2010.02.02

アメリカの宇宙開発政策が大方針転換、有人月探査中止よりも堅実な技術開発に注目せよ

 2月1日(日本時間2月2日早朝)、2011年アメリカ予算教書と共に、アメリカ宇宙開発の大方針転換が発表された。

 メディアでは有人月探査中止が話題になっているが、NASAの予算サマリーをざっと読んだところ、それは大した問題ではないように思われる。
 オリオン・アレス1、アレスV、アルテアというコンステレーション計画は、設計変更と遅延と試験トラブル、そしてなによりも重度の予算不足を起こしていたわけで、ここで中止するのは良い判断だ(アメリカ国内では有人月探査の中止に反発も出ているが)。

 コンステレーション計画中止とシャトル引退とで、NASAにはかなりの予算の余裕ができる。
 オバマ大統領は、そこにさらに予算を積み増した上で、少なくともこれから5年間は、1)探査に向けた基礎技術開発、2)太陽系各所への先行無人ミッションの実施、3)民間セクターを活用した有人宇宙システム開発への大規模助成といった、極めて筋肉質で堅実な計画を打ち出した。

 サマリーを読んだ段階では、これは高く評価できる。特に堅実に基礎技術開発を進めるとしたところは素晴らしい。ありものを組み合わせて月に届かせようとしたコンステレーションとは逆にに、必要な技術をひとつづつ積みかさねて結果として月、火星、火星の衛星、近傍小惑星に届かせようという考え方である。

 こういう方針で動くと、予算が潤沢なだけにNASAは強いぞ。

 さあ、有人と月探査と二足歩行をごたまぜに議論してしまっている日本は、一体どうするのか。

 以下、とりあえずTwitterで書いたことを若干整理しつつ掲載する。なお、様々な宇宙に関心がある人の発言もすでにまとまっている。あわせて読んでもらいたい。

  • ざざっとNASA予算サマリーを読んだ。第一印象は「まともだ」。 2004年時点のブッシュ新宇宙政策よりはるかにまとも。これをきちんとやれば、2010年代後半、アメリカの宇宙開発はぐっと伸びるかも。

  • 予算総額は結構手厚い。今後5年の総額は1000億ドルを突破。年平均200億ドル超は初めてではないか。

  • その一方でコンステレーションをキャンセル、シャトル引退。これでかなりの財政余裕ができる。

  • できた余裕を突っ込む先は、基礎技術開発(特に宇宙輸送システム、ロケットエンジン)、宇宙科学、そして地球環境…というよりも太陽も含む地球近傍空間の環境変動観測。古くなったNASA施設の更新も行う。

  • 軌道上推進剤保存・補給、推進剤、材料科学、燃焼過程の解明、といった項目が予算サマリーに出てくるレベルで組み込まれたのは特筆もの。基礎の基礎からがっちりやるぜ、ということだ。

  • 太陽系探査は、有人に先行して無人先行探査を実施。でもって…

  • identify hazards and resources for human visitation and habitation. とあるのは、小惑星をやると読めるのだが…hazardsというのは小惑星衝突だろうし(注:これは読み間違いの可能性大。多分月・火星・小惑星すべてについての人間居住時の資源と危険性を調べるという意味)。

  • 探査関連ではFlagship demonstration programをやるとしている。軌道上推進剤保存・補給、インフレータブル構造の開発と実証、(完全)自動ランデブー・ドッキング、軌道上閉鎖ライフサポートシステム実証などなど。

  • 1億ドル以下の小型技術実証ミッションも(おそらくは多数)実施する。行った先の資源を利用するデモンストレーター、や次世代宇宙推進系(イオンエンジンやソーラーセイルか??)。

  • 燃焼から推進剤選定に至るまでの推進系基礎研究がどんと柱に入った。しかもヘビーリフターに向けて第1段推進系をやると明記(New approaches to first-stage launch propulsion)

  • アメリカが本腰入れて液体ロケットエンジン開発に復帰するということ。狙うは、ロシア並み、あるいはそれを超える超高圧燃焼と、高比推力ノズル…かな(これは私の想像)。なんにせよ基礎からやると言っている。

  • 先行無人ミッションは、月、火星、火星の衛星、ラグランジェ点、近傍小惑星と幅広く送り込む。各ミッション総額は80億ドル以下(日本から見るとかぐや以上の巨額)。明記されたミッションは、月着陸ロボティックミッションと、月・小惑星の資源を活用する工場デモンストレーター

  • ISS利用は2020年まで延長。地上側、軌道側双方のアップグレードを実施(新モジュール??)。最後の最後まで使い倒す姿勢を打ち出している。

  • 民間セクターにもどんと金を流す。民間の有人宇宙輸送に今後5年間で60億ドル投資。ドル90円で換算しても5400億円かあ…

  • 2011会計年度だけで既存の民間貨物輸送(COTSのことだろう)に3億1200万ドルを付ける。

  • 計画的なリスク分散を実施。既存ロケットの有人対応や、複数種類のロケットで打ち上げ可能な有人宇宙機の開発(ドラゴンをアトラスやデルタで上げることを想定しているのか?)。

  • 民間と共同で将来宇宙技術の研究を実施。あまり具体的なことは書いていないが、プレゼンシートにはアルマジロかどこかの垂直離着陸機の写真が貼ってある。

  • 地球環境監視は強化。ミッション名がずらっと並んでいてちゃんと GPMも入っている。

  • 太陽系探査。地球近傍小天体のカタログ化。そして、軍用および深宇宙探査用にプルトニウム238を再生産すると明記。ずらっと並んだミッションの中には、次世代RTG技術実証機が2014/15打ち上げとなっている。 2016年火星ミッションとエウロパ探査ミッションが明記。

  • 宇宙望遠鏡系は予算横ばい。あまり力が入っていないみたいだ。日本のAstro-Hが、堂々と記入されているし(NASAとの協力ミッション)。目玉はハッブル後継のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡。

  • 予算は微増ながら、太陽観測が独立した項目に。地球環境関連だろうか。太陽近傍まで飛行するソーラー・プローブ・プラス計画が明記されている。

  • 航空機研究も横ばい。主軸は環境負荷の低減と安全性向上。

  • NASAの古くなった施設の改修に計画的に予算を付けていく。教育にも毎年1億4600万ドル(はやぶさが作れるぐらいの予算だ)ずつ投資していく。

  • まとめ。この計画を次世代への投資と位置付けている。より affordableでsustainable(お値打ち価格で持続可能)、かつアメリカの次世代を喚起し、知識を富ませる——そんな未来のスペースフライトを作り上げる、と。

  • 次世代のための道具を作るとハッキリ言い切っている。

  • ここ数年、自分が「日本はこうすればいいと思う」と考えたり、言ってきたことがすべて入っていて、なおかつその先も考えているという印象。はっ、さては自分の家の裏にNASAのスパイがっ(妄想です)

  • で、どうするんだ、日本。

  • 特に、きちんと基礎に戻ってロケット第1段の開発をやるというところは重要だと思う。本当に低コストで安全な輸送系の開発には、いくらお金がかかってもこの部分の研究開発は欠かせないから。民間には過大な投資は、国が持つということなのだろう。

  • こういう方向修正が効くあたり、アメリカの底力はすごい。


 閑話休題。気が付けば、今年初めての更新だった。2月になってあけましておめでとうございますもないもんだが、今年も、よろしくお願いいたします。

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2009.11.24

底抜けに明るくて、かつ大規模なアレグロ——原博の「交響曲」

 懐かしくなり、久し振りに聴きたくなって、アマゾンで検索をかけたらば品切れになっていた。在庫を探してHMVで「ダメもと」で注文したら届いたので、このところ繰り返し聴いている。

 原博の「交響曲」である。

 アマゾンでは一時的な品切れで、版元では在庫があるようなので、注文すれば届くだろう。急ぐならば、HMVで注文すればいい。

 原博(1933〜2002)は、孤高の作曲家だった。1950年代から1960年代にかけての前衛の時代を、バッハとモーツアルトを理想として一切の前衛的技法に見向きもせず古典的機能和声と対位法を追求した。12音技法とそれに続く一連の技法を否定しただけではなく、ドビュッシー以降の旋法的音楽にも目を向けなかった。その意味では、伊福部昭や別宮貞雄といった調性に基づいた音楽を主張する作曲家よりも保守的とすら言えた。
 といっても実作ではモーツアルトの模写に留まらず、機能和声の限界を追求する行き方をとった——そうなのだが、私はそんなに原の音楽をきちんと追っかけて聴いているわけではない。交響曲の他にピアノ協奏曲など数曲をCDで聴いているだけである。

 だから、ここは、いかにして私が彼の交響曲に出会ったかを書くべきだろう。

 原博の交響曲(彼は生涯にこの一曲しか大規模な交響曲を書いていない)は1979年に完成し、1980年夏に、渡邉暁雄指揮のNHK交響楽団あにより放送向けに録音された。放送初演はNHK-FMで1981年2月5日に行われた。

 私はこの放送をエアチェックしたのである。

 1981年2月というと、私は浪人中で大学入試真っ盛りだったはずだが、NHK-FMでめぼしい邦人作品のエアチェックは欠かさなかったのだった。今にして思えばろくでもない受験生だ。

 当時既に武満徹のファンだった私にとって、原の交響曲は妙な曲だな、と聞こえた。当時、私が欲していたのは「いまだ聴いたことがないすごい音楽」だった。その意味では、作曲年代は関係なかった。当時すごいなと思った交響曲は、セザール・フランクの交響曲ニ短調だったり、グスタフ・マーラーの6番と10番だったり、ストラヴィンスキーの詩編交響曲だったり、ショスタコーヴィチの4番であったり、アントン・フォン・ウェーベルンの「交響曲」だったり、あるいは松村禎三の「交響曲」だったりした。これらの曲に感じた「すごさ」は、原の交響曲にはなかった。

 しかし、それとは別に、原の交響曲、特にフィナーレの第4楽章は、私を魅了した。がっちりと構成された古典的フーガであるにもかかわらず、アレグロで疾走する音楽は、底抜けの明るさに溢れていた。こんなにも明朗な音楽、しかも明朗快活の裏にがっちりとした構造を持った音楽は聴いたことがなかった。

 音楽のすべてが明るくて、愉快で、しかもその輝きが決してくどくなく、わざとらしいいやらしさもなかったのである。

 両面120分のカセットテープの片面一杯に録音した交響曲。私はその第4楽章だけを繰り返し、繰り返し聴いた。忘れられない19歳の思い出だ。

 演奏時間50分もの長大な交響曲の1から3楽章は、暗く抑圧された情熱の連続だ。しかし、3つの楽章で鬱積した気分は、ラスト、10分以上の演奏時間をアレグロ・ジョコーソ(快活なアレグロ)で突っ走る第4楽章で、すべて昇華する。

 その明朗快活さは、例えば芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」(1950)の第2楽章に近い。シンバル一発の響きと共に金管楽器が朗々とテーマを吹き鳴らし、弦楽器が調子よくリズムを刻み始める芥川の曲は、かなり原のフィナーレに近い。が、芥川也寸志25歳の快活さと、原博46歳の快活さは自ずと異なる。なんといったらいいのか、芥川にはない、そしてないことが魅力になっているわずかな陰りが、原の交響曲にはある。そして、うっすらとした陰りのあることが、逆になんともいえない魅力になっているのだ。ラスト間近、一瞬だけ引用される秩父音頭がなんと効果的であることか。

 この曲は、NHK-FMの放送初演のあと、長らく演奏の機会に恵まれなかった。舞台初演は、作曲者の死後、作曲から25年を経た2004年6月7日に「追悼 原博作品展 VOL.2」というコンサートで行われた。

 無調と前衛を攻撃し、機能和声にこだわり、調性にこだわった原は、一定数のファンを演奏家と聴衆の両方に獲得しているようだ。この追悼コンサートは2008年までに4回開催されている。

 実のところ、私には原の機能和声へのこだわりは、よく分からない。機能性といっても、それは18世紀ドイツの耳の趣味の組織化でしかないだろうと思えるためだ。そこにあるのは正当性ではなく地方性ではないかと。

 しかしそんな私の疑念はこの曲の価値を損ねるものではない。私にとっては「日本人が書いた、もっとも明朗快活かつ大規模なアレグロの音楽」、もうそれだけで十分である。

 比較対象というのは、芥川也寸志にも原博にも失礼だろうが、原の交響曲のアレグロと、芥川「交響管弦楽のための音楽」のアレグロを比べると、確かに芥川のほうがポピュラリティの面では上だな、と感じる。芥川の音楽は、「交響三章」(1947)であっても、「交響管弦楽のための音楽」(1950)であっても、「弦楽のためのトリプティーク」(1953)であっても、あるいは「交響曲1番」(1954/1955)であっても、さらには作風が変わり、より混沌としてマッシブな音響性を増した「エローラ交響曲」(1958)であっても、作曲者本人がそうであったような、ダンディさ、格好良さがある。

 原の音楽は誠実ではあるが、決して格好良くはない。その原が、もっとも芥川的な格好良さに近づいたのが、交響曲の第4楽章だと言えるのかもしれない。

 原には、遺作となった「ミニシンフォニー変ホ長調」(2001)という曲がある。日本吹奏楽コンクールの課題曲で、6分ほどの短い演奏時間の中に、古典的な4楽章の交響曲を詰め込んだ、まさに原の技巧の到達点を示す作品らしい。機会があれば聴いてみたい。


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2009.11.23

宣伝;11月24日(火曜日)、ロフトプラスワンのトークライブに出演します

 宇宙ネタです。ロケットです。有人宇宙船です。

 しかし、今回はロケットまつりではなく、ホリエモンこと堀江貴文さんが主役のトークライブに、我々ロケットまつりの面子がゲストとしてお邪魔します。あさりさんの出演も決まりました。

 堀江さんについて、説明の要はないでしょう。彼に対する評価は色々あれど、傑物であるとことを否定する人はないと思います。

 実は私、このところホリエモンづいている、というのは妙な言い方ですが、雑誌記事のまとめをしたり、対談をしたりとよく顔を合わせています。堀江さんの宇宙への情熱は本物であるといって間違いありません。

 では、我々はいかにして宇宙をめざすべきなのか。少々考えにくい顔合わせで展開する、「宇宙への行き方」をお楽しみあれ。


ホリエモン・トークライブSESSION 6
「堀江貴文&松浦晋也&笹本祐一&あさりよしとおの宇宙はそんなに遠くない!」
ウェブマガジン「魚の目」でも宇宙論を展開する堀江貴文が、ロケットまつりでお馴染みの松浦晋也、笹本祐一、あさりよしとおを迎えて本気で話す宇宙の未来。

【出演】
堀江貴文
【Guest】
松浦晋也(ノンフィクション作家/ロケットまつり)
笹本祐一(SF作家/ロケットまつり)
あさりよしとお(漫画家/ロケットまつり)

OPEN18:00/START19:00
前売¥2500/当日¥2800(共に飲食代別)
※前売券はローソンチケットにて発売中。
【Lコード:32294】

場所:ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 03-3205-6864、地図)

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2009.11.19

はやぶさリンク:はやぶさ、帰還に向けてイオンエンジン再起動

Kawaguchi Kuninaka


 トラブルを起こしていた小惑星探査機「はやぶさ」は、11月11日の試験で推力の回復を確認。12日以降、イオンエンジンの連続運転を再開した。残る必要加速は200m/s強。3月下旬までにこの加速を達成できれば、来年6月の帰還が可能になる。

 運転再開を可能にしたのは、AからDのイオンエンジンのうち、Bのイオン加速器とAの中和器を同時使用するという裏技だった。これにより6.5mNの推力発生が可能になった。


 まず、はやぶさのイオンエンジンの構造について。
 はやぶさのイオンンエンジンは、推進剤のキセノンガスをマイクロ波でイオン化し、電気的に加速して噴射する。このままでは+イオンのキセノンが出て行った分、探査機本体が-に帯電してしまう。そこで噴射口の外側に中和器が設置してある。中和器からは少量のキセノンを噴射、同じくマイクロ波でイオン化して、噴射口から出てくるキセノンに電気的な橋をかける。そこに電子を流し込むことで、キセノンの+イオンを電気的に中性のガスに中和し、同時に本体への帯電を避ける。
 中和器からキセノンの噴流へ電子を流すためには、ある程度中和器の電圧が高くなくてはいけない。中和器が劣化してくると、電子を流すために必要な電圧が高くなる。その限界値として50V以上の電圧になるとエンジンを停止するという仕組みになっている。

 以下、本日午後6時からの記者会見の様子。私が少し遅刻したので、最初のほうはプレスリリースより補足している。

 出席者は川口淳一郎教授と、イオンエンジン担当の國中均教授。


國中 イオンエンジンの状況について。

 はやぶさは、イオンエンジンAからDの4台を搭載し、3基を同時使用できる設計となっている。Aは打ち上げ直後の動作試験で不安定だったために、予備に回し、BからDの3基で小惑星イトカワに到達した。

 帰還途中の2007年4月に、エンジンBが中和器電圧の上昇を起こし、運用停止に。残るCとDとで地球帰還を目指してきたが、今年11月4日にエンジンDの中和器が電圧上昇を起こし、安全限界の50Vを超えて停止した。この時点でCもDも劣化が進行しており、推力は5mNしか発生できていなかった。

 はやぶさはイオンエンジン用の電源を3台搭載しており、それぞれ、AB BC CDに電力を供給できるようになっている。と、同時に、異なるエンジンのイオン源と中和器を使って運転を行うことも想定して、電源を結合する回路も搭載している。

 11月11日に、イオンエンジンBのイオン源とイオンエンジンAの中和器を使っての運転を行ったところ、6.5mNの推力発生と安定した運転を確認。軌道計画的にも2010年6月の帰還が可能になった。

 イオンエンジンは、イオン源と中和器への推進剤の供給を、ひとつのバルブでコントロールしている。重量軽減のためにバルブを減らしそのような設計となった。このため、使っていないエンジンAのイオン源と、エンジンBの中和器からも生ガスが噴出している状態。
 しかし、推進剤のキセノンは推定であと20kg残っている。残る加速に必要な量は5kgほどなので十分対応可能。
 また、エンジン2基で1基分の推力を発生させるので、電力は2基のエンジンを稼働する分だけ必要となる。しかし、今はやぶさは、太陽に近づきつつあるので、太陽電池の電力発生量は増えつつある。こちらも対応可能。

 現在使えるのは、A中和器とBイオン源の同時運転と、Cの単独運転。

川口 帰還に必要なデルタVは2200m/s。すでに2000m/sは達成。残るは200数十m/s。現状では2010年6月の帰還は可能。しかしさらなるトラブルが起きると2013年帰還となる可能性もある。

  現状はAB2基のエンジンの使える部分を使って推力を得ている状態。これは地上試験を行っていない。打ち上げ前に、このような運転があり得ることは想定していたが、そもそもこのような運転はアースの関係で地上での試験ができなかった。

 今回は運がいいと思っている。はやぶさが太陽に近づきつつあり、電力に余裕が出てきつつあったからこそ、この運転が可能になった。もっと地球から遠いところで今回の故障が起きていたら、この方法は使えなかったろう。


以下質疑応答
読売:現状で推力はどれほどなのか。

國中:6.5mN。今後エンジン2台で噴射を行う運転は考えていない。今後このまま来年の3月中旬まで6.5mN噴射を続ければ帰還可能となる。

川口:はやぶさの現在位置は、地球からの距離は約1天文単位。本当に火星の近くにある。

時事通信:このような動作ができることは事前に解っていたのか。

國中:これができることが実験室では自明だった。現状では探査機が数十ボルトに帯電し、帯電することで電子が引き出されるという運転をしている。このような状況は地上では再現できないため、地上試験ではこのような運転を行っていない。

川口:ちょっと盛り上げるなら、これは電気回路にダイオードが一つが入っていないとできない。あらかじめそういう回路を組み上げ、搭載して打ち上げたということを注目してもらいたい。

國中 はやぶさは、設計時の重量制限が厳しかった。色々考えた末にダイオードひとつを追加するだけで今回のような運転が可能な電源回路を組んで搭載した。


毎日 こういったトラブルを想定して回路を積んだのか。

國中 そうだ。

毎日 他のスラスターでもこういう運転はできるのか。

國中 そうである。ただし、今回エンジンBのイオン源と中和器Dの組み合わせて試験運転してみたところ、うまく動かなかった。

毎日 帰還日は決まっているのか。

川口 今のところ言わないことになっている。勘弁してください。旅行する人が大変になったりするので…

朝日 スラスターと中和器の位置がノミナルと変わるわけだが、推力方向が変化してしまうことはないのか。

國中 実際そういう現象も観測されている。ただし推力ベクトルの角度のずれは1°以内で、イオンエンジンの首を振るジンバルで修正可能な量。ビームのよれがおきるという現象は、宇宙プラズマ物理にとっても貴重な知見である。

朝日 最終的な軌道修正は可能なのだろうか。

川口 今の状態を維持できれば可能である。

朝日 2013年に遅れる可能性があるというが、それは余計に太陽を一周ということか。

川口 はやぶさは太陽を1.5年で1周する軌道に入っている。地球が3周、はやぶさが2周

朝日 計画にかかったこれまでのコストを知りたい。

川口 ここまで打ち上げや運用費用も含めて計画遂行の総額は約210億円。事業仕分けされないようにしなければいけない。運用費は年1億円程度なので、3年伸びると3億増える。

國中 この11月から臼田局は改修工事を行う予定だったが、今回の事故を受けて、工事の開始を一週間遅らせてもらった。現在は臼田の工事が始まったために、鹿児島内之浦の34mアンテナで通信しているがこれだと臼田に比べてビットレートが1/4になる。ぎりぎりで臼田が使えて幸運だった。

時事通信 エンジンAを使っていなかったのが幸運だったのだろうか。

川口 Aの中和器が健全にリザーブできていたことが今回の運転につながっている。

不明 Cを運転していないのはバックアップ用か。

川口 その通りだ。Cも劣化の兆候があるので長時間運転は難しいと見ている。

時事通信 帯電は悪影響を及ぼさないのか。

國中 はやぶさには帯電センサーが積んでいない。従って中和機のヘルスチェックができない。しかし現状では不具合を示すようなデータは出ていない。宇宙で何KVという帯電は常時起きているので問題にはならないだろう。中和機の電圧が高くなると劣化が早まるのだが、現在の運用ではA中和器の電圧を知る方法はない。

不明:現在はBのイオン源からイオンを吹いているのか。

國中 そうだ。

不明 いつが2013年へと帰還がずれこむタイムリミットとなるのだろうか。

川口 Cは推力がないので、それほど加速できない。例えば来月にでAとBによる現状の運転が不調になると2013年になるだろう。しかし不調になるのが来年2月3月ならCだけで6月に間に合うだろう。年内に再度故障が起きたら2010年帰還はアウトと思ってもらいたい。

読売 復旧方法を見つけた時の感想を聞きたい。

川口 エンジン停止の時は「来るものが来た、これはもう2013年帰還か」と思った。イオン源と中和器のクロス運転を可能にする電源回路の存在は知っていたので、対策の検討会ではイオンエンジングループに検討を依頼した。イオンエンジングループは自信を持っていたかも知れないが、私は淡い期待を持っていた程度だった。最初BとDで動かしたがうまくいかなかった。

國中 電力収支が厳しかったので、100W近くの電力を消費する通信機をいったんとめてAとBを運転、データを記録して通信を復帰してから送信するというやりかたで、動作試験を行った。通信復帰の途端に、はやぶさからの電波のドップラーシフトが不連続にジャンプしたので、「これは動いたぞ」と思った。その後、データをダウンロードして正常運転を確認した。

不明:CとDの運転はできるのか。

川口 おそらくイオン源の寿命はまだまだある。問題があるとしたら中和器A。AとCの運転は試験をしていない。時間がないので組み合わせ試験よりもイオンエンジンの連続運転を優先した。地球帰還にはあと2000時間の運転が必要である。

産経 Dが止まったということはどういうことか。

國中 中和器の電圧が上昇したというのが観測された事象。中和器は電圧をかけて電子を放出している。中和器が劣化すると同じだけの電子を放出するのに必要な電圧が上昇する。電圧の限界値が50V。イオンエンジンの定格は1万4000時間だが、Dはすでに1万5000時間運転している。Bは9500時間。まだまだ、惑星探査用のエンジンとしては長寿命を目指して研究を進めねばならないと思っている。
 中和器Aはイオン源Aとの組み合わせて10時間、11月11日以降、イオン源Bの組み合わせて180時間運転している。

インプレス もう少し詳しく運転の様子を知りたい。

國中 各スラスターには一つバルブがあって、それを開けると、中和器とエンジンの両方に推進剤のガスが流れ始める。中和器Bを動作させると必然的にイオン源Bからガスも流出する。現状6.5mNで軌道計画が立てられている。

アビエーションウィーク 姿勢制御用のホイールも一つになっているがどうなっているのか。

川口 止まったホイールはもう使えないものと考えている。残る1台も回転数を下げたり、加速減速もゆるやかにして寿命を延ばすように運用をしている。中和器と同じぐらい心配している。


宇宙作家クラブ 加速量達成後、地球へのカプセル投下にための最後の軌道修正はどうするのか。

川口 イオンエンジンで行う。1m/s程度。この修正に1日から数日かかる。


不明 ホイールがダメになったらもうギブアップか。

川口 その場合も方策は考えているがかなり致命的だと思う。

 記者会見後のぶらさがり取材にて。


川口 「ずっと前にダメになるのも、ぎりぎりまで粘ってダメになるのも同じ、帰ってこれるか、これないか。それが問題です」

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2009.11.16

月の水みたび

 米航空宇宙局か(NASA)から、月面を衝突探査したLCROSSのデータ解析の結果、月面に水が存在することが分かった、という発表があった。

 報道では、衝突により飛散した水分は90リットルほどという数字が出てくる。

 月の南極付近のクレーター「カベウス」には太陽光が永久に当たらない部分があり、水分が氷の形で存在する可能性が高いとされていた。NASAは十月九日、エルクロスをカベウスに激突させ、高く舞い上がった噴出物を分光計で分析。その結果、土砂の中に水蒸気が確認された。飛散した水分は約九十リットル相当に上るという。

 この数字はNASAリリースには出てこない。記者会見にて口頭で示した数字だのこと。記者会見では2ガロン(7.5リットル)のバケツを持ち出して、「このバケツ1ダース分の水」と説明したそうだ(だからメートル法と十進法を使えってば、アメリカ)。

 リリースによると水の存在の証拠となる事実はは以下の2つ。


  1. 衝突を見下ろす形で観測を行った近赤外分光計のデータは、灰色(colorless)の暖かい(リリースには230Cとあるのだが、230℃ということだろうか?)噴出物の放射を捉えたが、そこに水分子による吸収と解釈できる一部波長帯のへこみが存在した。
  2. 可視/紫外分光計が、励起された水分が発する波長の光が噴出物から放射されるのを観測した。

 月面の永久影地域は、極めて低温なので、水が氷の形で存在しうる。以前から、そこには水分が存在するのではないかと言われていた。
 過去何億年もの間に、月面には水分を含む彗星が多数衝突している。彗星の水分の大部分は月の重力を逃れて宇宙空間に散っていくが、一部は永久影の部分に吸着されて溜まるだろう。一回一回の量は小さいとしても、それが何億年もの長きにわたって続けば——。

 最初は、アポロ計画以来22年振りにアメリカが月に向けて打ち上げた探査機「クレメンタイン」(1994年打ち上げ)だった。クレメンタインが発した電波を月の極地方に反射させ、反射波を地上で受信するという観測で、「水があるのではないか」という結果が得られた。
 この時の観測は「水があるとも解釈できる」というレベルのものだった。「月には水が60億トン存在する」と報道されたが、これは乏しい証拠からそうも見積もることができるという程度の数値だった。

 次いで、同じくアメリカの「ルナ・プロスペクター」(1998年打ち上げ)が水を探した。ルナ・プロスペクターには、中性子分光計が搭載されていた。宇宙線に含まれる中性子は、水素に当たると跳ね返り、運動エネルギーが小さい中性子となる。“遅い”中性子が検出できると、そこには水素がある。すなわち水がある可能性が出てくるというわけだ。
 ルナ・プロスペクターは月の両極上空で、月面から反射してくる中性子のエネルギーが下がることを観測した。そこには水素があるということだ。もしもそれが水であるならば、1000万〜3億トンの水が存在することになると推計された。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、存在が確認されたのは「水素」であり「水」ではないということだ。水素があるとしたら多分酸素と結合して水になっているだろうと推定されているだけなのだ。たとえ水が存在したとしても、それが氷なのか、それとも鉱物に結晶水の形で含まれているのか、なんとも言えない。また、月面に存在する量の推計も大きな誤差を含んでいた。

 次は日本の月探査機「かぐや」(2007年)だった。かぐやは地形カメラで月の南極にあるシャックルトン・クレーターの内部を観測した。シャックルトン・クレーター内部には永久影地域が存在し、氷が存在する可能性がある有力な候補だった。斜面に反射する僅かな間接光でかぐやはクレーター内部の地形を観測。そこには、平らな地形が存在しないことを確認した。つまり期待されたような“氷の池”は存在しないということだ。

 これも注意しなければならないのだけれど、かぐやのシャックルトン・クレーター観測は即、月に水が存在しないということを意味するわけではない。水が土砂と混ざった状態で存在する可能性は残っている。あるいは、氷の上に土砂が被さっているのかも知れない。氷の池が露出している可能性が消えたというだけなのである。

 かぐやにはガンマ線分光計が搭載されていた。月の表面に宇宙線が当たると表面の元素はそれぞれの種類に応じたエネルギーのガンマ線を発生する。ガンマ線のエネルギー分布を計測すると、どのような元素が存在するかが分かる。当然、水素の分布も知ることができる。ガンマ線分光計の観測データは今なお整理と分析が続いているが、今のところ水素の分布に関する発表はない。この件に関しては、あるいは今後…といったところである。

 さらに今年に9月にはNASAから、インドの探査機「チャンドラヤーン1号」のM3センサー、小惑星を探査したアメリカの探査機「ディープ・インパクト」と、土星探査機「カッシーニ」がそれぞれ地球近傍を通過した際に月を観測したデータから月の表面に水分子が存在するという発表があった。NASAが国際協力でチャンドラヤーンに搭載したM3(Moon Mineralogy Mapper)は、近赤外線で月面を分光観測して、どのような化学組成になっているかを調べるセンサーだ。M3は、月面に水分子、そしてヒドロキシ基(OH)が広く薄く分布していることを見いだした。これはおそらく、太陽から月面に吹き付ける太陽風(水素を含む)起源のものと推定されている。量は1000ppmで、極の永久影地域で期待されていた水と比べると大分少ない。

 今回のLCROSSの観測は、まず水素ではなく、まとまった量の水分子の存在を直接確認したというところに意義がある。詳細は論文発表を待たねばならないのだろうが、プレスリリースにでていたグラフにかなりはっきりとしたピークが出ているので、水分子の量も決して少なくはないようだ。

 では、「月面には水があり、水資源の存在を前提にした探査計画を策定できるようになった」か、といえば、まだそのレベルではないだろう。これをもって、「アメリカは有人月探査に一層力を注ぐようになる」とは言い難いと思う。

 まず、今回の発表では、LCROSSの落下によって液体にして90リットル分の水分子が噴出したというが、多分これはまだかなりの誤差を含んだ数値ではないだろうか。プラスにもマイナスにも1桁は誤差があると思っておいたほうがいいだろう。このあたりは論文が出たら、様々な突っ込みが入ってより正確な見積もりになっていくのではないかと思う。

 次に、水が確実にあるとして、ではどのような形態で存在するのかが問題となってくる。例えば硫酸銅の5水和物(きれいな青色の結晶だ)は、1mol250gのなかに90gもの水を含む。だから、レゴリスと氷の混合物になっていると決めつけるわけにもいかない。結晶水の形で鉱物に含まれている可能性もある。

 「月面水資源を前提とした有人月探査計画」を実施するためには、少なくとも複数地点でのボーリングとサンプル採取(地上に持ち帰っての分析)を行い、リモートセンシングの世界で言う「グラウンド・トゥルース(地上の実態)」を把握した上で、月の全球リモートセンシングを行い、月面水資源量を正確に把握する必要があるだろう。

 月の水を当てにした有人探査の前に、まだまだやるべきことが山ほどあるということだ。

 以下は、素人のお遊び、様々な仮定をおきまくっての、ごくごく簡単な計算である。

 LCROSSは、直径直径27m、深さ5mほどのクレーターを月面に作ったと考えられている。大ざっぱにクレーターが円筒だとして、吹き飛んだ体積は2860立方m。実際にはクレーター形状は球面だろうから一声半分ということにして1430立方m(積分?めんどくさいよ)。レゴリスのかさ密度として1.5を採用すると、質量は2145トン。NASAの発表によれば、ここに0.09トンの水が入っていたわけだから、存在比は4.2×10^-5。
 月の永久影の面積はかぐやが測定していたはずなのだけれど、数字が見つからなかったのでかぐや以前の推定値の両極合わせて3000平方kmを採用する。3×10^9平方m。
 表面を5mまでの深さに水があると仮定。すると水分含有の土壌体積は、1.5×10^10立方m、密度1.5を採用して2.25×10^10トン中に水が4.2×10^-5だけ存在するならば、総量は9.45×10^5トン。だいたい10^6トン。すなわち100万トンということになる。一見けっこうな量のようだが、東京の村山貯水池(多摩湖)の最大貯水量が300万立方メートル(300万トン)であることを考えると、月全体で、村山貯水池の1/3しかないわけだ。かなり貴重な資源である。

 しかも、クレメンタインやルナ・プロスペクターの観測時に出た推定よりも2桁から4桁も少ない。当時の推計が楽観的過ぎたのか、予算を取るためにわざと楽観的な見積もりを採用したのか…

 スペースシャトルは打ち上げ時、およそ730トンの液体水素と液体酸素を搭載する。シャトル主エンジンは実際には若干水素リッチで燃焼させているのだが、これを「730トンの水を電気分解した結果」と無理矢理丸めて 考えると、100万トンの水は、シャトル打ち上げ約1370回分の推進剤ということになる。月からの脱出速度は地球よりもずっと小さいから、けっこう使いではある。今の宇宙開発の規模から考えると、とても有望な資源となるだろう。しかし、本気で経済活動を始めたらあっという間になくなる量でもある。

 本気で月の水を使うつもりならば、月の水資源を使い切るころには、別の物質循環(それこそ、彗星を地球近傍に引っ張ってくるとか、逆に彗星まで進出して有人拠点を築くとか)で宇宙空間の経済が回るような、計画的な宇宙開発が必要になるのではないだろうか。

 月の水というと、やはりこのSF。作中でフランスの宇宙飛行士ソランジュが語る「宇宙への階段」は、この小説が執筆された1999年頃、野尻さんも含めて宇宙作家クラブの中で何回か話題になった記憶がある。

 

  同じネタが小川さんに回ると、この「第六大陸」になる(などと言っちゃっていいのか)。同じような話題から全く異なる小説が生まれるのは、当たり前の事ではあるが、なんとも興味深い。

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