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2004.02.21

伊福部昭にはまる

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 音楽会に行ったのがきっかけで、ここしばらく伊福部昭にはまりこんでいる。持ってる限りのCDを繰り返しかけ続け、本棚から「音楽入門」(伊福部昭著)を取り出し、「伊福部昭 音楽家の誕生」(木部与巴仁著:新潮社)を読み返し、ついにはボイジャーのホームページから「音楽家の誕生」の続編、「タブカラーラの彼方へ」(木部与巴仁著:T-Time版電子ブック)をダウンロード購入してしまった。

 行った音楽会は「伊福部昭/文化功労者顕彰 お祝いコンサート」というもの。


2004年2月1日(日)13時半開演 第一生命ホール

演奏曲目と出演者

  『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』 (1985年) 小林武史/梅村裕子

  二十五絃筝曲『琵琶行』 (1998年) 野坂恵子

  『アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌』  (1956年) 弓田真理子/長谷川友紀

  以降  演奏:オーケストラ・ニッポニカ 指揮:長田雅人 

  『伊福部 讃』 (1988年) 原田甫、石井真木、真鍋理一郎、今井重幸、松村禎三、三木稔、芥川也寸志、池野成、黛敏郎 各氏作曲

  『土俗的三連画』  (1940年)

  絃楽オーケストラのための『日本組曲』 (1933・1998年)

 目当てはまず滅多に演奏されないであろう「伊福部 讃」(伊福部喜寿の記念に弟子達が作曲した小品集)だったのだけれども、「アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌」の「ヤイシャマーエーナ」を聴いて、込められた感情の深さに思わず泣いてしまったのだった。しかも、ステージには今年90歳の作曲家が出てきてあいさつまでした。足は相当弱っているようだったが頭はしっかりしたもので、「自分の音楽は長い間認められなかったけれども今日このような会を催してもらえるのは大変にうれしい」「芥川君も黛君も私より先に死んでしまって悲しい」というようなことをはっきりした口調で話した。
 あらためて伊福部音楽の強靱さと深さに触れ、作曲者の年齢からすれば一期一会かもしれないお姿を遠望し、思わず火がついてしまった次第。

 やはり、この人はすごいな、としか言いようがない。どこをとっても強烈な個性が刻印されていて、なおかつそれが深いのだ。
 多くの人は「ゴジラ」の音楽を作った人、ぐらいに思っているのかも知れないけれども、そう、だまされたと思って「タプカーラ交響曲」のCDを買って10回続けて聴いてみて欲しい。演奏会用音楽と映画音楽を器用に作り分ける作曲家もいるけれども(例えば池辺晋一郎などはそう。これはけなしているのではなく作家の質がそうなのだ)、伊福部の場合両者は地続きだ。大学の時、ゴジラマニアの友人に「リトミカ・オスティナータ」を聴かせたところ、「おお、ゴジラとおんなじじゃん」と感嘆したのを思い出す。

「タプカーラの彼方へ」も熱い本だった。「音楽家の誕生」は一応評伝の体裁を取っているが、「タプカーラの彼方へ」はもう全編伊福部へのラブレターのような本だ。多分私が担当編集者なら「自分の意見の部分を削ってほしい」と指示をだすだろう。何とはなしに紙の出版ではなく、ボイジャーからの電子出版となったのが理解できる。しかし、これはこれでいいのだ、と思う。


以下は、以前某掲示板に書き込んだ与太話。


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 と、ここで架空戦記ネタを思いついてしまう。しかも架空音楽戦記ネタ。

 発端は、マーラーが1910年に死ななかったということです。「ドヴォルザークの風邪もわしがなおした」とかいうアメリカンネイティブの魔法医師が、マーラーの心臓をあやしい煎じ薬で治しちゃう。で、生きたままウィーンに帰ったマーラーはニューヨークでした約束通りにアイブスの交響曲3番をヨーロッパで演奏するのです。
 その聴衆の中には欧州留学中の山田耕筰がいたということにします。山田耕筰の留学は1908年から14年ですから丁度うまく話があう。
 でもって、2600年委嘱で山田の意向でアイブスに話が行くのです。引退していたアイブスは最初拒絶するのですが、三国同盟成立に怒った愛国者アイブスはアメリカ文化で東洋の猿をぶちのめすことを決意、未完だった「ユニバース・シンフォニー」にソリストを加えた「ユニバース・コンチェルト」を作曲して日本の楽壇に挑戦状をたたき付けます。ソリストはもちろんクラリネットのベニー・グットマン!彼は後にバルトーク、シゲティと共演してみたり、ストラヴィンスキーの「エボニーコンチェルト」を初演していますから、まったく適任ではありますね。
 日本側は最初「相手にせず」でしたが、イベント大好きの朝日新聞がこの話に乗った結果、代々木練兵場を使った一大音楽試合へと発展してしまいます。ところが誰がアイブスの相手をして日本側の曲を作曲するかで楽壇は大もめ。山田耕筰はさっさと逃げちゃうし、池内友次郎も諸井三郎も後込みしちゃう。ただ一人、お人好しの清瀬保二が「わたしがやりましょうか」と言うけれど、回りが「あんたの私小説音楽じゃ破壊力が足りない」と押しとどめちゃう。
 すったもんだのあげく、「野蛮なヤンキーには野蛮人を」ということで、厚岸から伊福部昭が呼ばれることになる。伊福部は初期作品の「日本狂詩曲」を巨大オーケストラに編曲した上に、なんと津軽三味線をソロに立てる。もちろん演奏するのは若き日の高橋竹山だ。
 かくして代々木練兵場で開催された一大コンサートは、会場全体に散らばった1000人以上の演奏者がパラパラのテンポで演奏するユニバースコンチェルトと、強化された打楽器群のリズムで押しまくる伊福部作品との大騒ぎになる。音響効果は日本放送協会で高柳健次郎が東京オリンピック向けに開発していたハイファイ拡声器で完璧だ!
 決着が付くはずもなく、熱狂した聴衆のリクエストで、ついにベニー・グットマンと高橋竹山の即興合戦へ!!
 しかしクラリネットと津軽三味線では体力の消耗具合が違った。遂にバチを取り落とす竹山。ここまでかっ!
 やおら竹山はマイクを掴むと歌い出したっ「わだば三味線弾き、ヤクザな三味線弾き…」

 そういうオチかい。
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 馬鹿話はともかくとして、伊福部の「タプカーラ交響曲」と早坂文雄の「交響組曲ユーカラ」とというプログラムの演奏会は、まじめに聞いてみたいな、と思う。魂の盟友だった2人の、共にアイヌに題材を取った管弦楽曲は、同じ空間でどのように響くだろうか。

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