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2004.11.20

父の原稿を公開する(その2)

 亡父が書いた原稿を、昨日掲載した通り、もう一本公開する。

「北京の景観を見て、絶対君主制を考える」という文章だ。北京の景観から説き始め、中国という国の成立を考えていくという内容だ。

 この文章は1998年の3月に書かれている。

 父は、中国首脳部では、朱鎔基首相を高く評価し、その一方で江沢民国家主席を「あいつはバカだ」と言ってはばからなかった。2004年9月に江沢民は国家主席を引退すると発表した。死の床についていた父は、苦しい息で「あんなバカヤロウはさっさと辞めるべきだったんだ。ざまあみろだ。辞めるのが遅すぎたよ」と毒づいた。

 父はそういう人だった。


 いつも通り「続きを読む」以降に掲載するので、読みたい方だけクリックして、読んでください。

北京の景観を見て、絶対君主制を考える

松浦龍雄

 3月の日曜日、T君らと景山公園にいく。北京市の内城は9キロ四方、そこに10万人を越す満州族の貴族達が無為徒食していた。
 北海公園はその満族も入れない王族だけの遊び場だ。西大后が愛したという公園は流石に広い。池の周回約3kmというが、井の頭公園より遥かに広い。残念ながら池の鯉に餌をやる習慣はないらしい。鴨や雁はいるが、遥かに日本のほうが野鳥を優遇している。それが良いかどうかは別として。池の魚も目につかない。中国の通例に漏れず、水が汚れているせいもある。
 五龍亭は五軒のあづま屋だ。九龍壁は9匹の龍が躍る幅20mを越す陶器である。 康煕帝が焼かせたという。それ自体は到達した文化の水準を表す立派なものだが、要するに人民の役には立たない。絶対君主の玩具だ。


恐るべし絶対君主
 しかし絶対君主というのは偉いものだ。支配者の感覚が人民の万事を決定する。それは遊離なんてものではない。
 故宮には130トンの石を新彊から引っ張って来て作った階段がある。見事な龍と鳳凰が彫ってある。この石を新彊から運ぶには、冬の最も寒い時期に砂漠に井戸を堀り、水で道を凍らせ、そこをコロに乗せて馬を使って引いたらしい。何万人もの人と馬を毎日砂漠の中で食べさせながら、氷を張って引くのだから気が遠くなるような費用と時間のかかる仕事だ。絶対君主の命令とは凄いものだ。しかも作った階段は、庶民の暮らしには何の関係もない。天子だけが通れる階段だ。

 わが国にも仁徳天皇陵の前方後円墳が、やはり100万人からの労働を動員したと言われるから、絶対君主に似た行いの支配者がいなかったわけではない。しかしそのスケールが違う。
 故宮の庭の堅く焼き固めた煉瓦は3メートルの厚さに敷きつめてあるそうだ。柱に使った木材はその太さから見て、とても中原の文化が発達した地帯から産出したものではない。貴州か雲南か、とにかく、千古斧が入ったことのない地域から切り出している筈だ。5千年の文化があれば、樹齢千年からの巨木はとっくに切り倒されている。その太さからして、運ぶのは大変な労力を費やしている筈である。中国の巨大工事は万里の長城だけではない。北京が地震にあっても、故宮だけはびくともしないと言われるのは理解できる。

 この絶対君主制が人治5千年の伝統を持っている、天命を受けた天子が天下を治めるのである。天子の命令は文字どおり絶対である。おそらくは仕える百官は勿論のこと、庶民の端に至るまで、戦々兢々として、お髭の塵を払うのに懸命だったろう。まかり間違えば殺されるのだ。
 英明な君主ほど、百官、庶民には恐ろしい。何時、自分の首が飛ぶか判らない。絶対君主とは国民を何時でも奴隷に落とすことができる存在だ。


 ブラブラと歩いて、先ず満福楼で羊肉の火鍋子(シャブシャブ)で昼食。一人、一人の鍋で食べるのはこの店だけのスタイルとか。ゴマ垂れが塩辛いが美味い。私の大好きな糖蒜(タンスワン=にんにくの砂糖漬け)もついている。これは捌羊肉には欠かせない。老北京人のT君が自慢すること。


ぶっ壊し屋の中国共産党
 景山に登る。北京市が360度の大パノラマで見える。明朝の最後の皇帝、崇禎皇帝は気がついたら、臣下は誰もいなくなり、景山の麓まで逃げて槐樹で首を括って自殺した。その遺跡も見る。
 流石に故宮や中南海は綺麗な色瓦の波を打たせているが、だがその外側周辺は、俗悪なマンション、ビジネスビルが立ち並んで、景観はぶちこわし。中心部でも、目立った歴史的建築はほとんどが壊されたらしい。ごく一部が幹部住宅などで残ったそうだ。
 本当に共産党は田舎者だ。貴重な文化財の意味が判らなかったらしい。彭真北京市長は十元帥の一人で、これまでは偉い人だと思っていた。しかし、この故宮をこわして政府機関を収容する計画を立てていたそうな。聞いた途端に「田舎者だったんだ」と軽蔑したくなった。

 これからは北京の重要な国家的遺産の建造物をもっと大切にする事を、真剣に考えなければ駄目だ。最近は中国人の中でも深刻な反省の声が出ている。歴史遺産で外国の観光客を呼べることに気がついたらしい。有名なテレビドキュメンタリー「実話実証」の作者の一人、楊東平の「城市季風」を読むと、毛沢東なんか田舎の農民的思考しか出来ないと、クソミソである。これはNHK出版から「北京人と上海人」という題で翻訳が出ている。

 それにしても、自分で作った文明を自分で壊すとは中華の名前が泣く。四合院を破壊したことで、伝統ある京味文化は消え去った。後にやってきたのは、田舎者主体、農民出身の共産党幹部達、しかも建国早々、朝鮮戦争に巻き込まれるなど、資金不足は明かで、新中国、新北京の都市計画を組むに当たって、以前からあった物を利用する事から始まった。幹部は中南海の幹部住宅に入り、国家機関は以前からあった、清朝の親王府を活用した。
 それでもって手当たり次第、必要に応じて古い建造物は壊して、俗悪な新しいビルをニョキニョキと建てた。かの人民大会堂にしても突貫工事で建てたものである。天安門の辺りは、古い建造物を一掃して、広くして、大前門だけを残した。まさしくクレムリン広場を模倣して、一層でかくしたわけだ。スターリン模倣時代の産物である。ソ連は口は出したが、金は出さなかった。ソ連の専門家の提案も大きく影響したという。
 しかし、こうした傾向は、何も共産党だけではない。漢、唐の昔から同じといってよい。遺跡で見せられるとこんなものかと通り過ぎてしまうのだが、どうしてこんなに破壊の爪痕が凄まじいのだろうか。人類遺産の由々しい損失である。
 梅棹忠夫さんの観察は鋭い。「文明の生態史観」でしかこの状況は説明がつかない。多分貰い物の文化を発展させた西欧や日本が近代化で一歩先んじたのは偶然ではないだろう。貰ったものだから一層大切にしたのだ。

 応仁の乱は奈良を手付かずで残した。まして金閣、銀閣は勿論のこと、鎌倉、室町文化もかなり残した。日本歴史で最も旧時代を破壊したのは織田信長だが、彼はせいぜい延暦寺その他ぐらいである。むしろ楽市楽座を奨励して、自由交易をすすめて、商業資本の蓄積に力を尽くした点で、独創力に欠けた秀吉より優れている。徳川はその新しい時代に鎖国のストップを掛けたことで、日本の近代化をいびつにした。功罪半ばする。確かに260年に及ぶ四つの島での自給自足という貴重な経験は残した。、これは今後のリサイクル時代のとって重要な遺産である。


自ら文明を興した地域は文明を大切にしない
 これに比べて、中国の前時代の文化に対する破壊は凄まじい。特に今は機械技術が昔と違い、物凄い短時日で破壊をやり遂げる能力を持っているから怖い。三峡ダム建設で白帝城はじめ莫大な文化遺産を失うことになるが、中国はまだちっとも懲りていない。始皇帝の陵墓の上にはミシン工場を建てたそうだ。後世の人から、共産党独裁の最大の愚行として、記憶されるのではないか。

 唐、天竺、朝鮮からの文明を貰って、ご生大事に守ってきた日本、或いはギリシャ、ローマの文明を貰って、大事にしてきた西欧の国々は、貰ったものだから大事にしたのか。不思議なことに、自分で文明を作った、地中海やチグリス、ユーフラテス、或いは中央アジアの諸文明、更にインドなどにしても、あっさりと前の時代の文明を破壊してしまう。こうした乾燥地帯、或いは半乾燥の草原には、これまでいろんな文明が生まれては消え、生まれては消えていった。そして近代化は、貰った文明をご生大事に守り育てた、西欧とその系統を受け継いで、資源が豊富な新大陸のアメリカ、及び日本で上手く近代社会に成長した。

 そして諸文明を生んだ地帯は、今、血で血を争う喧嘩や未開の闇に沈んでいる。一体これはどうしたことか。壊したら又作ればよいと考えるのか、毛沢東は文化大革命の最中に、前時代の文物の破壊を、ちっとも気にしなかったそうだ。もっとやれと号令したという。中国共産党がやった北京の旧跡の破壊を聞くと呆れてしまう。T君は反体制のゴリゴリだから、こんな話をさせると何時間でもぶちまくる。


毛沢東は受命の皇帝である
 私の理解では、要するに毛沢東は易世革命に成功した天命を受けた受命の皇帝である。だから前の時代は革命を必要とした悪政なのだ。そんな時代の遺産は壊して差し支えないのである。むしろ積極的に「壊せ」「毀せ」と命令する。満州国は清朝の最後の皇帝傅儀を日本軍が復活させ、担いだのだから、いくら壊しても良い訳だ。

 彼等が平気で満州の建設、例えば新京の都市計画を踏みにじったのもこう考えれば良く分かる。今の長春に満州国時代の面影が殆どないのは彼等が意識的に壊して、歴史的事実を否定しているからだ。前の時代は革命が起きる程の悪政だったと、彼等は考えている。
中国は今も易世革命の思想で動いている
 これは共産主義とも関係のない伝統的な易世革命の思想に過ぎない。しかし、だからこそ毛沢東を受命の皇帝として受け入れて、文革のように受命の皇帝がタクトを振れば、全国民が踊ったのである。これは中華世界の昔からの思想に過ぎない。粟散辺土に位置する日本が何か大きな事を云っても相手にしないのは当然だろう。所謂華夷秩序の思想だ。

 中国はちっとも変わって無かった。朝鮮が近代化を拒み、「夷をもって夷を制す」方針をとったから、当時の近代化された西洋世界の常識に従って、日本は帝国主義侵略に踏み切った。もちろんロシアに対する戦争も当然の論理である。近代化もせずに領土を返せと民族運動が盛んなだけでは、先進帝国主義国は納得しない。日本は不平等条約の改正はじめ、近代化を証拠としてみせるのにさんざん苦労している。睦奥宗光は偉い。


朱鎔基は改革を推進できるか
 ところで、今度の全国人民代表大会で朱鎔基総理が選ばれたが、彼の記者会見はテレビの現場中継で見た。凄まじい迫力で、政府機構の整理や国営企業の合理化を強調していた。一切原稿無しのフリーハンドである。中国の指導者では前代未聞だ。嫌な質問、例えば、追放されて労働改造所に入れられていた時の感想を聞かれて、ニヤリと笑って、「良い勉強になったよ」或いは「中国は金がない。それは政府機関が勝手に浪費するからだ」こんな話を判りやすく、つまり私にも分かるように話す。
 だから一般人民の人気は良い。T君に人民日報を買って呉れと頼んでおいたが、翌朝の人民日報は立ち売りスタンドに遅れて到着、しかも珍しいことにすぐ売り切れたという。残念ながら、内容はかなり編集して、彼の持ち味を殺していた。がっかりだ。

 それにしても朱鎔基は中央省庁40を29に減らすという、凄まじい行政改革だ。朱鎔基総理の構想は日本型官僚政治にあるようで、日本人には判りやすい仕組みに変わるらしい。だが中国人はどこかの単位に属さないと、生活が出来ない。その単位を壊すというのだから、これは大変な事だ。

 しかし、この特権に安住した生活に、果たしてどれだけメスが入るか、いささか絶望的になる。先だって北京市共産党の腐敗ぶりが裁かれ、陳希同党書記が被告で裁判に臨む映像が一度報道された。最終的に16年の実刑判決がでたが、ところが、彼の不正蓄財はたった60万元である。これでは外国から高級車を買ったら吹っ飛んでしまう。巷では、上海派が北京派を押さえ付けたものとして受け取られ、目下は上海閥の天下と言っている。無理はない。
 果たしてそれで、政府の内部の貪官汚吏が消えるとは思えない。朱鎔基総理のお膝元の財務部でも、若い官僚は結構良く遊んでいるそうだ。そんな金が安月給から出るはずがない。こんな情報は私のような世捨て人にも、大学の先生方を通じて、かなり入って来る。とにかく縁故=有関係が総てに優先するお国柄である。

 ただ朱鎔基総理は日本に来たら、江沢民主席より人気が出ることは確実だ。不人気だった李鵬前首相とは全く違う。しかし彼は老幹部の特権をどしどし剥奪するので、一部に評判が悪いことは確かである。しかしそんな空気は「蛙の面に小便」という強気な姿勢がはっきり判る。しかし、老幹部や整理されて、これまでの特権を失うものは勿論のこと、人民大学の学生でも、就職の機会が減るといって、不満を漏らすものもいる。確かに失業問題は彼のアキレス腱だ。果たして彼が上手く乗り切れるか、5,000年にわたる「有関係」が総てに物を言う国だから、其の意味ではどれだけ出きるかではなくて、どれだけ出来ないかを測定するべきだろう。その点になると、いささか懐疑的になる。


特権階級の大院文化はそう簡単には滅びない
 早い話、北京には大院文化と言うものがある。新中国になって共産党が田舎から乗り込んで来て、それぞれに政府機関を作り、その職員、家族まで職住接近で大きく北京の旧市街を囲み込み、古い住宅をどんどん壊して、学校から病院、スーパーまでその中に作った。大院の中に居れば一歩も外に出なくて生活できる。人民大学も一つの大院である。

 これは北京の昔ながらの胡同にひっそりと存在する、伝統的な四合院の京味文化と対立するものである。このほど米国に追放された反体制活動家の魏京生などは、大院文化の申し子だ。政府幹部はすべて同じ住宅群に住み、。政府の地位に応じて、受けられる特権の範囲も決まる。大院育ちの子女は親から様々な秘密文書も見せられて、一般の子女より遥かに世界情勢に通じている。文革の時に大院の特権子女の紅衛兵と、町の子女の紅衛兵が、物凄い私闘を繰り返した。その対抗意識も、北京に来てやっと分かった。

 かくも染み付いた特権意識を抜きさる事は、朱鎔基総理一人でできることではない。極力多くの若者が外国の見聞を広めることだけが可能にするだろう。近代化、中国では現代化というが、彼らにとっては中華こそが自分の世界なのだ。なぜ問題があるのか、伝統的中華世界の思考の外に出ないと理解できないはずだ。今の人民大学の学生も、漢族優越の中華古代帝国の版図が、今の中国だと信じて疑いもしない。

 朱鎔基は打つ手も素早い。昨日のテレビは中国人民銀行の対銀行向けの金利、つまり公定歩合と銀行の企業向け貸し出し金利を引き下げると発表した。テレビ記者会見で脅しておいて、実際は緩和措置をとる、上手いことやるもんだ。もっとも何%引き下げかはまだ判らない。日本なら引き下げ幅が直ちに問題になるのに。

 だからかどうか、深センや上海の株式相場は、まだ上げより下げが目立つ。多分銀行貸し出しの窓口指導も日本のように併用するのではないか。所謂選別貸し出しだ。彼は日本のやり方が面白いと部下に指示したそうだ。

 大学は金融や財政、マスコミの政府幹部とルートがあるらしく、情報は早くて面白い。

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Comments

 smatsuさん御尊父、松浦龍雄氏の文章は(ご紹介いただいた2つのエッセイしか知らないのですが)とても爽やかですね。なにかが澱んでいた脳のひだが洗われるような心地よさを感じました。
 随筆にこのような新鮮さを感じたのは、昔々、自分が中学生のころ團伊玖磨の「パイプのけむり」にはじめて出会って以来のことです………もっと読みたいです。もし可能なら、ぜひに。(検索でいくつか見つかる専門分野の御著作は脇においといて^^;)

Posted by: Agnus | 2004.11.21 at 04:57 AM

 おお、お久しぶりです。って、今ホームページを見に行ったら13日に来ていたのですね。顔を出してくれれば良かったのに。

 気に入ってもらえれば、その気持ちは父にとってなによりの手向けです。團伊玖磨はちとほめすぎと思いますが。

 ばかばかアップするのはさすがに気恥ずかしいので、もしも他にリクエストがあったら、ということにさせてください。

Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.21 at 09:10 PM

はじめまして。
すごいですね。
「毛沢東は易世革命に成功した天命を受けた受命の皇帝である。」このような考え方を読んだのは初めてです。共産主義で装飾されているが、結局は周の文王や漢の劉邦と変わらない。新鮮というか、古いというか…。
では現在の中華の皇帝はいったい…と考えてしまいます。

Posted by: Tanaka | 2004.11.23 at 02:40 AM

「毛沢東は受命皇帝だ」というのは父の持論でした。「でなければ、文化大革命のような大それたこと、できるわけない」とも。

>現在の中華の皇帝はいったい
 遺稿にはそこらへんの分析をした文章もありました。要は受命皇帝なき現在、中国首脳部は最後の皇帝の遺言である毛沢東主義を掲げつつ、それを裏切る市場開放を進めるという矛盾を抱えて進んでいると。

 最晩年は「北京オリンピックの後、2020年だか2030年だか知らないが中国は割れる。『天下、麻の如く乱れ』というが、元来、統一されていた時代のほうが短いんだ。そのとき日本は大変な難題に直面するだろうが、もう俺の考える問題じゃない」と言っていました。

Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.23 at 07:47 PM

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