NHKの現状について本を紹介する
火星探査機の話を書き続けているので、本日は簡潔に。
相次ぐNHKの不祥事に関連して、労組が海老沢勝二会長の辞任要求を突きつけている。
私は海老沢会長を、「エビジョンイル」などと呼んで溜飲を下げる前に、まず、NHKとはそもそもどのような組織で、特に政治権力とこれまでどのような形で関わってきたかを知ることが第一だと考える。
まず必要なのデータだ。「事実」と言ってもいいだろう。
そこでこの問題について興味を持つ方に以下の本を推薦する。
著者はNHK政治部記者出身。内側で見たNHKの実態を、調査によって裏付けていく。見えてくるのは、放送とはどういう権力装置で、その威力に何がすり寄り、何が屈服したかだ。
特にNHKという組織の歴史をきちんと追っていることは評価できる。歴史的経緯を抜きにして、NHKの現状を理解できないと、私は思う。
それこそ「ひょっこりひょうたん島」をはじめとして、NHKは真のコンテンツと呼びうる優れた番組をも作ってきた。それ故、私は昨今の状況をひどく腹立たしく感じている。
ひとつだけ、実際に見聞した例を書こう。
数年前に人気番組の「プロジェクトX」がH-IIロケットを扱った時のことだ。私のところに宇宙開発事業団(NASDA)の広報から電話が掛かってきた。「松浦さんが本で書いた科技庁の資料をNHKが見たいと言ってきているがすぐに出せるか」というものだった。私は終わった仕事の資料はまとめてしまい込む癖がある。というか住んでいるところが狭いので他の方法がとれないのだ。「資料はありますが、すぐには出てきません」と返答すると、この件はそれっきりになった。
すこし読書家ならば、「プロジェクトX」にはほぼ毎回ネタ本が存在することがすぐに分かる。どうやら「プロジェクトX」のディレクターは、私が書いた「H-IIロケット上昇」を少なくともネタ本の一冊に使うつもりのようだった。
私にも、出版社である日経BP社出版局にもNHKからは一言も連絡はなかったが、それはどうでもいいことだ。私が書き得なかったことを補って、一層事実が露わになるならば、しかもそれが出版よりも大きな影響力を持つNHテレビK第1で放送されるならば、そのほうが遙かに好ましい。
が、私は不安を感じた。私から資料が出てこなければ、私に資料を貸してくれた関係者に直接当たればいいだけの話だ。「どうもNHK、取材が足りないんじゃないか」、そう思った。
結論を言えば、「プロジェクトX」が前編後編の2回を費やして全国に放送したのは、事実の歪曲だった。ロケット開発の経緯は「アメリカからの屈辱のブラックボックス供与に対して男達が立ち上がった」という形にゆがめられていた。
1969年の時点で、日本もまたアメリカからの技術供与を望み、最終的に新幹線建設を指揮した島秀雄がNASDA初代理事長になって、アメリカからの技術導入を決断した経緯は、故意に無視された。というか番組では、島秀雄について一言も触れなかった。
ロケット開発のもう一つの系統である東大ロケットについては、糸川英夫によるペンシルロケット実験に一言触れただけで、そこから一気にNASDAのブラックボックスに話が飛んでいた。
番組にはNASDAのOB達が憤慨して立ち上がった。新聞に投書し、もちろんNHKにも抗議をした。
詳細は知らないのだが、抗議に対してNHKは「あれはドキュメンタリーではなくドラマですから」と返答したという。
当時の関係者が登場し、昔を思い出して涙を流す番組は、NHKの定義によればドラマに入るのだそうだ。
実はNHKはH-IIロケット1号機が打ち上げられた1994年、立花隆氏をフィーチャーしてH-IIロケット開発に関する大変に優れた2時間のドキュメンタリーを制作している。「プロジェクトX」のディレクターは、この社内のリソースすら観ていないようだった。
ドキュメンタリーと作為というのは非常に難しい問題で、どうしてもドキュメンタリーは事実そのものにはなり得ない。必ず作り手の作為なり意図なりが入る。が、「プロジェクトX」は、踏み越えてはいけない線を大幅に踏み越えていた。
テレビ業界は視聴率が命だから、視聴率のためには何をしてもいい、それがビジネスだ。この命題は一見正しく思えるが、放送が多くの人に影響を与える権力だ、ということを考えると実は間違っている。一昨日も書いたが、権力である以上、商売の前に倫理が必要なのだ。
まして、視聴率に左右されない受信料という収入源を持つNHKは、「皆様のNHK」であればこそ、商売以前の倫理を堅持しなければいけない立場のはずだ。それが視聴率を追って水戸黄門のように、番組開始後40分で「男達の逆転のドラマ」が始まるような一見ドキュメンタリー風の創作を放送するというのは、明らかに組織の腐敗である。
案の定、今回のNHKを巡る問題の中で、「プロジェクトX展」において、登場企業に協賛金を要求するという問題が出ている。
NHK労組は、海老沢会長の辞任を要求しているが、おそらく会長辞任では何も解決しないだろう。事の本質は公共放送の矜持をどう保つかというところにあるからだ。その問題を理解するためには、NHKの歴史を押さえておく必要がある。
上掲書を紹介する由縁である。
ああ、また怒ってしまった。なかなか心豊かに遊ぶというわけにはいかないなあ。しかも全然簡潔ではなくなってしまったよ。
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Comments
教育からエンターテイメントまで、すべてを網羅する公共放送としての NHK はすでにその役目を終えたと思います。
今後は現在の数十分の一の規模の公共放送局と民放に分割すべきではないでしょうか?
Posted by: 小林泰三 | 2004.11.11 at 02:18 AM
あ、小林さんだ。こちらでは初めまして。
なにが公共放送に必要な機能かはよほど考える必要があると思います。正直、紅白歌合戦や大河ドラマをNHKが放送する理由が私には分からないです(もう番組の寿命として終わってますよね)。
もっと言えば、地上波のテレビ放送という放送形態そのものが終わっているのではないかとも考えています。
NHKは日本全国あまねく放送を行うという義務を法律で負っているのですが、今や放送というだけなら衛星であまねく電波が届いているわけです。それも何百チャンネルも。
原理原則から考えるとスカパー開局の時点で、NHKの使命は終わったとも言えるのです。
だから地上波デジタルの時に、地上波を廃止するという選択肢もありえたな、と思うのですよ。
もちろん既存の受像機はどうするとか、電波利権のどろどろの話はあるわけですが。
ちなみにNHKの年間予算は約6600億円。宇宙開発の3倍ほどの額を毎年使っております。
Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.11 at 08:48 PM
そう言えば、こちらでは初めまして、でしたね。
皆さん、申し遅れました。小林泰三と申します。よろしくお願いいたします。
NHK の最大の問題点は、民間企業における株主総会のような手綱が存在しないことですね。
とにかく、民間と競合する公共事業は百害あって一利なしなので、とっとと民営化するか、廃止すべきだと思います。
はたして、6600億のうちいくらが有効利用されているんでしょう?
Posted by: 小林泰三 | 2004.11.12 at 12:26 AM
NHKの場合、毎年の予算は国会の承認を受けなければなりません。国会審議が株主総会に相当するわけです。
そこで総会屋を雇ってしゃんしゃんと…じゃなくてNHKは「ご説明に伺う」という名目の国会対策をやっています。このあたりがNHKと政治の癒着における原点でして、詳細は紹介した本に書いてあります。
ちなみに通信・放送業界を取材していた時期に聞いたのですが、NHK会長の秘書は政治部の記者から選ばれるのだそうです。もちろん、日常の取材で政治家と顔見知りになっている記者が、会長と政治家の間を取り持つわけですね。
Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.12 at 11:25 AM
国会の承認がおりない、という事態は具体的にありうるのでしょうか?
今までの NHK の対応を見ていますと、
問題があるので国会に呼び出される。→問題はないと言い張る。→質問者と噛み合わず時間切れ。→お咎めなし。
というパターンのようですが。
Posted by: 小林泰三 | 2004.11.12 at 06:16 PM
>国会の承認がおりない、という事態は具体的にありうるのでしょうか?
予算案の否決は制度としてはあり得ます。が、運用上そのようなことになったことはありませんね。政治は政治家が「大したことではない」と判断する事柄は、自然に任せて例年通りに流すということがありますが、NHK予算もそのような「流しておく事柄」に分類されているのではないかと思います。
かつて保釈中の田中角栄を小野NHK会長が見舞い、世間の非難を浴びて辞任したという事件がありましたが、おそらく予算不成立の状況になると会長辞任あたりで手を打って成立させようという動きが出てくるのではないかと思います。
当然、そこでは様々な思惑がうごめくことになるでしょう。
Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.14 at 07:45 PM