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2005.02.09

宣伝:2月12日(土)、新宿・ロフトプラスワンでトークライブに出演します

宇宙作家クラブpresents

「ロケットまつり4〜ロケット一代男再び」
宇宙作家クラブのメンバーが「ロケットの神様」と呼んでいる、林紀幸氏が再び登場。ロケット440機の打ち上げに携わったその経験の中で、まだ伺ってないことがまだまだ。今回はラムダについて伺いたいと思っています。
【Guest】林紀幸(現NPO「二見浦・賓日館の会」事務局長、元宇宙研・ロケット班長)
【出演】浅利義遠(漫画家)、笹本祐一(SF作家)、松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、他

場所:新宿・ロフトプラスワン

Open/18:30 Start/19:30 \1000(飲食代別)当日券のみ

 昨年11月に続いて、林紀幸さんに話をお聞きする。ラムダロケットは、日本初の衛星「おおすみ」を打ち上げたロケットだが、成功の前に4回失敗し、「おおすみ」の後の第1号科学衛星も打ち上げ失敗と、失敗を重ねたロケットでもあった。
 今回は衛星打ち上げ草創期の苦闘とドタバタと人間くさいエピソードを聴く予定。また、私はロフトの壇上で絶句することになるかも知れない。

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2005.02.04

楽しかった高校の頃を回想する

 なにやら高校生っぽい書き込みがやってきたので、思わず自分の高校時代を思い出してしまった。

 私は神奈川の県立高校の出身だ。江ノ電で通学するその高校は、自由といい加減が校風だった。海岸に面した南斜面に建つ校舎は、窓からは太陽輝く海が見え、環境は最高だった。学校に向かう坂は通称「ボケ坂」と呼ばれ、「どんな秀才もボケ坂を上って3年間潮風に吹かれれば浪人する」とか言われていた。

 高校の3年間、私には楽しい思い出ばかりが残っている。毎日通学するのが楽しかった。私も含めた生徒らは3年間、のびのびと遊び、部活をし、文化祭やら体育祭やら合唱祭(というイベントがあったのだ)やらに熱中し、十代の時間を楽しんだ。

 先生の質が高かったとは思わない。良い先生もいたし悪い先生もいた。そもそも私の時の校長は、「まあこれでこの人、人生上がりかな」と生意気高校生にも思わせる無気力な人だった。
 名物先生もいた。倫理社会の先生などは、授業では教科書を放り出してかつて自分が担任した「名物生徒」の話ばかりしていた。教師としては授業放棄だ。とんでもない無責任である。が、生徒の我々はその先生を敬愛していた。なにしろ落第なしの楽勝先生だったし、「名物生徒」の話たるや、倫理社会の教科書よりもはるかにおもしろかったからだ。

 そう、高校の授業なんてのは聞き流すのが適当であろう、と独断を交えて言い切ってしまおう(現役の先生の皆さん、ごめんなさい。でも実感です)。

 高校レベルで本当の勉強をしようと思えば本人の意志が不可欠だ。とにかく必要最低限を教え込む小中学校の授業と、自分で学ばねばならない大学の授業の狭間で、高校の授業はひどく奇妙なポジションにある。そこには大学受験というバイアスまで加わっている。
 だが、基本的に高校レベルに至れば、勉強は自分のために自分でするものへと移行するべきだろう。

 あるいは「3年をかけて自分で勉強をするという行為を学ぶ」のが高校というシステムの機能なのかも知れない。

 勉強で追いまくられた記憶もないし、成績で差別されたこともない。遅刻したからといってぶん殴られたこともないし(だいたいあの当時は学校に門がなかったのである!)、理不尽な理由で正座させられたこともない。
 あったのは、「まあ君らそろそろ大人だから」という生暖かい信頼の感覚だけだった。多分、あの時の先生達からすれば、トラブルは多々あれども我々生徒は「みんなええ子や」だったんだろう。それはとっても幸福なことだったに違いない。

 後に、「究極超人あ〜る」(ゆうきまさみ)というマンガで、こういう学校は少ないものの、全国あちこちにあるらしいことを知った。あのマンガを読んだことがある方は、「海岸の南向き斜面に建っている春風高校」を思い浮かべて欲しい。それが私の過ごした四半世紀前の母校であった。


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 自身が幸福な高校生活を過ごしただけに、私は基本的に管理教育には反対だ。が、自由はまた自律あってこそでもある。自律できないバカにとって、自由は渡してはならない禁断の果実であるのだ。

 「そういうあんたは高校の時自律できていたのか」と問われるなら、答えは「うーん、できてなかったかもなあ」だ。今にして思えば我々が享受していた自由とは、先生やら家庭やらに生ぬるく管理された「偽りの自由」だったとも言える。が、そもそもろくな人生経験もない高校生に扱える自由はどうしても生ぬるいものになるだろう。

 つまり自分は高校生という年齢に最適な程度の自由を与えられて育ったのだった。あらためて「お前ら、我々に見つかるようなところで酒を飲むんじゃない!」という先生の叱責は、実に含蓄に富むものであったな、と思う次第だ。

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