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2005.09.17

101歳大往生の報を聞く

 訃報を聞く。父方の祖母の友人であるTさん。享年101歳、寝込んでから5日目の大往生だったという。

 大阪に、梅花女子大学という学校がある。かつては梅花女学校という名前だった。祖母とTさんは、そこの寄宿舎で知り合った。
 祖母は曾祖母の離婚に伴い、家から離されて寄宿生になったのだという。一方のTさんは家が貧しく、寄宿生として学ぶ一方、学校の購買で働いていたそうだ。それぞれに不幸を抱えた女学生の出会いは、その後90年近い交遊となった。関西に育った二人は、まさか最晩年を湘南海岸で十数kmしか離れずに過ごすことになるとは思っていなかったろう。

 孫である私は、27歳の時に働きすぎで倒れたことからTさんと縁ができた。自律神経失調で、左半身が動かなくなってしまったのだ。三ヶ月の休職でとりあえず体は動くようになったものの、しびれは残ったままだった。この手の病気に、西洋医学は全く無力だった。首周りのレントゲンを撮り「異常はないですね」と言い、精神安定剤を処方するだけだった。
 その時、祖母が「Tさんは手かざしができる」と言い出したのだ。
 半信半疑だったが、他に方法があるわけでもない。私はしばらくTさんの家に通って、手かざしを受けることとなった。

 その時点で、すでに80台半ばになっていたが、Tさんはやさしい声で話す、とても魅力的なおばあさんだった。私の首筋に手をあて「一体あなた、何をやったらこんなに疲れを溜められるの」と驚いた。
 手かざしの効果があったかは分からない。ただTさんの手はとても温かく、手かざしを受けた後は気持ちが落ち着いた。手かざしの最中、Tさんは何度もあくびをし、終わると盛大に鼻水をかんだ。「あんたの体の悪いものが、こうやって私を通じて出て行くの」ということだった。
 手かざしを受けつつ、私はTさんと色々な話をした。実に明晰な頭脳の持ち主だった。私が仕事の話をすれば的確な質問を投げてきた。思い出話をすれば、そこには深い含蓄がにじみ出てきた。何度となく「あんたは色々な人や物に支えられて生きているのだから、感謝の心を忘れてはいかんのよ」と言われた。陳腐な内容だと思ったが、Tさんのやわらかな声で言われると、そんなものかという気になった。

 Tさんはとある新興宗教を信じており、手かざしは信仰の中で授かったのだと言っていた。実はその教祖にも引き合わされたのだけれど、こちらは私から見ると全くもって評価に値しない人物だった。教祖は「周囲に感謝しなければいけません」と言った。私は内心「けっ」と毒づいた。同じ内容の言葉でも、誰が話すかによって正反対に受け取られるということを、私は学んだ。

 あの頃は祖母、Tさん、そしてもう一人の梅花の同級生が近くに住んでおり、皆、年齢以上に元気だった。時々3人は集まってはおしゃべりを楽しんでいた。何度か、並んで歩く3人を見たことがある。湘南海岸の小路を、横に並んで小さな老婆三人がとことこと歩く。なぜかその姿は、女子高生を連想させ、ひどくかわいく見えた。

 Tさんのところには半年ほど通ったろうか。ある日、私の首筋に手をあてたTさんが「あら、もうなんにもないわ」と言って、手かざしは終わった。「さあ、ここから後はあんた次第よ」といってTさんは手を離した。その時点では体のしびれは残っていたが、その後数年で自然としびれは消えていった。

 あの力は一体何だったのだろうか。同時に鍼治療に通っていたので何が効いたのかははっきりしない。ずっと後に、脳波多点計測設備を持つ大学の研究室を知り、Tさんに被験者になってもらおうとしたことがある。
「あらまあ」、Tさんはころころと笑った。「はずかしいわあ。やめといて」。そう言われれば引き下がるしかなかった。

 最後に会ったのは2年半前、祖母をTさんの入った老人ホームに連れていった時だ。歩けなくなったTさんは車椅子に乗っていた。記憶というものは新しいほうから抜けていくらしい。もう私を見ても誰だか分からなかった。
 それでも祖母と会うと、Tさんは喜んだ。話す声と内容にはほとんど衰えを感じさせなかった。「もう歩けなくなったから、昔の楽しかったことを思い出して過ごしているの」と言った。
 祖母は耳が遠くなっていたので、Tさんと祖母の会話は通じているような通じていないような、なんとも言い難いものだった。それでも、90年近くを友人として過ごした二人は、満足しているようだった。

 その姿を見ながら、私は「二人が会うのはこれが最後になるだろう」と思った。その通りになった。面会の4ヶ月後、私の祖母は99年4ヶ月の人生を終えた。

 人格者という存在は、未熟者に自省を促すようだ。Tさんの訃報を聞き、私は最後の手かざしの日の言葉を思い出している。

 「さあ、ここから後はあんた次第よ」

 一世紀を超える人生の中で、つらいことも悲しいことも多かったろうに、Tさんはなぜあんなににこにこしておれたのだろうか。自分はこれから、いくぶんでもTさんのように生きることができるのか。

 今は、重荷を下ろしたTさんに「ごくろうさま」と言うことしかない。Tおばあさん、私は一緒に過ごす時間を幾分かもてて、大変幸運だったと思います。ゆっくりお休みください。

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