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2005.09.13

レポーターが演技するということについて、考察する

 ここしばらくアクセスが小爆発している。どうしたのかと思ったら、台風にテレビ報道の退廃を見るが、大手ニュースサイトに紹介されたためだった。この前の台風14号で、日本テレビの報道番組に出演した阿部祐二氏というレポーターが、強風で立っているのもやっとという風でレポートを終えると、まだ放送が続いているにも関わらず、すたすたとなんでもない様子で画面の外に歩いていったのだという。

 こちらに問題の映像のmpeg画像があるとコメント欄で教えて貰った。なるほど、これでは突っ込まれても仕方がない。阿部氏が俳優出身ということもあって、一部ではマツリ状態になったそうだ。
 なお、このようなテレビ画像のキャプチャーをアップロードすることを、テレビ局各社は著作権侵害であるとアピールしている。
 が、私は番組を当該シーンの脈絡を失わない程度に長く、番組全体を構成するには短いという長さでアップロードすることは、検証目的に限り、従来の書籍における「引用」と同等であるとして認めるべきだと考えている。放送メディアだけが「引用」から自由というのは理不尽だ。

 この7月から8月にかけて、スペースシャトル関連でテレビに出演していた時、テレビが視聴者に見せずに行っているからくりの一端をかいま見る機会があった。

 とある報道バラエティ番組に出演した時のこと。

 取材チームは1時間以上、私を取材し、ビデオを撮っていった。ビデオ取材の場合、そのごく一部だけが放送される。私はどの一部を切り離されても恣意的に編集されにくいように努めて話したが、それでも恣意的な編集は避けられなかった。

 それはいい、あり得るだろうと思っていた程度だったし、編集する側にはする側の権利がある。

 問題は、スタジオに詰めたタレントのコメントだった。
「アメリカはスペースシャトルに飽きているんですよ。止めたがってるんです。それで国際宇宙ステーションのほうにシフトしたいと考えているんです」と、タレントは言ったのだ。

 これが、いかに奇妙なコメントかは、すこしでも宇宙開発に興味があれば分かるだろう。アメリカは2004年1月に発表した新宇宙政策で、2010年のシャトル引退と2016の国際宇宙ステーション運用終了を発表し、有人月・火星探査へと大きく舵を切った。

 私はだいたいのところ、取材で次のように話した。「アメリカはスペースシャトルや国際宇宙ステーションにうんざりしているんですよ。止めたがってるんです。それで有人月・火星探査にシフトしたいと考えているんです」

 おそらくこのタレントは宇宙分野について何も知らなかったのだ。私を取材した記者が、私のコメントをタレントに伝え、「本番ではこう話して下さい」と振り付けしたのだろう。そこで伝言ゲームが発生して、上記の発言となったと思われる。

 これの意味するところは、タレントを並べて勝手にしゃべらせるバラエティ番組の、少々まともなコメントは、事前にタレントに教え込んでおく仕込みである可能性があるということだ。
 いかにも賢げに語るタレントのまともなコメントは、実は演技であって、タレント自体は空虚なのである。

 そりゃそうだ、タレントは演技をするのが本職であり、様々な知識を持っている必要はない。しかし一方で「頭が良い」「まともなことをいう」「意外と鋭い」というキャラクターイメージで売っているタレントもいる。タレントは商品であり、イメージは傷つけられない。となれば、事前に仕込みをして、タレントはあたかも自分の考えであるかのようにカメラの前で覚えたての知識を開陳するしかない。

 虚像を維持することによって、タレントと所属事務所はタレントの価値を維持し、テレビはタレントを利用することで、視聴率、つまり収益を上げる。24時間という時間しか売るものがないテレビ局にとって、収益を上げるには番組の時間単価を上げるしかない。現状、時間単価は視聴率で決まる。視聴率を上げることは、私企業である民間放送によって至上命題となる。

 もちろん、正しい知識をネタ元である私のような者が話そうがタレントが話そうが、視聴者にはどうでもいいことだ。だが、このような細工を繰り返すことで、番組の作り手はごくプリミティブな「正義」を少しずつ失っていく。「嘘をつかないこと」という「正義」をだ。

 真実がどこにあるかは実のところ微妙であって、なかなか難しい問題だ。しかし、「嘘を付かないこと」という「正義」が失われることで、はっきり消滅するものがある、

「真実を追究する態度」だ。

 これは深刻だ。「真実のふりをして真実ではないことを伝える」ことが日常化するということだから。その弊害が、今やあちこちに出てきている。受ければいい。だからレポーターは、大したことのない風によろける演技をする。真実はどこかに忘れ去られる。

 そして、テレビ局がそのような形で収益を上げる根源には、公共の電波を国家の承認の元、利用しているという事実がある。本来国民のものである電波帯域で、収益を上げているのだ。
 私企業が国民のものである電波を占有し、不実を世間に振りまくことで収益を上げるという構図が、こうして完成する。

 テレビ番組すべてが、不実であるわけではない。しかし、こと私に関しては、ほとんど地上波の番組を見なくなってしまって久しい。見る意味を感じないのだ。
 ケーブルテレビに加入した今、ディスカバリーチャンネルとヒストリーチャンネル。CNNやBBCを初めとしたニュース専門チャンネル、それにいくつかのアニメ系チャンネルにドラマ・映画系チャンネル、これだけあれば地上波はほとんど不要だというのが私の実感である。いくつかの真摯なドキュメンタリーのみが、私にとっての地上波テレビの価値だ。

 NHKはどうなんだ、とか、デジタルBSやスカパー!はどうだとか、色々意見はあるかも知れない。このあたりは、また気が向いたら。

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