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2005.10.17

「戦ふ東條首相」(昭和18年)

 2回、スニークプレビューをしたネタを公開しよう。

 これだ。右の本である。

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 「聖戦書帳 戦ふ東條首相」という、戦争中の子供向け絵本である。昭和18年4月発行、小田俊與という人の編・著。奥付によると5万部を印刷している。当時は紙が配給になっていたはずなので、異例の印刷部数である。定価は2円80銭。子供向けの本としてはかなり高額である。出版は博文館。今も続いている出版社だ。

 内容といえば、当時一流の画家や詩人による、全編これ東條英機ヨイショなのである。昭和18年だから、東條英機は権力の絶頂にいる。時局とはいえあまりにあんまりなおべんちゃらで、よくも一冊の本を作ったものだ。

 その内容はと言えば——一部見出しを抜粋すると


  • 「世界にとどろく大獅子吼(原文は旧字体、以下同様)」(東條首相、帝国議会で演説)
  • 「鉄壁完たり東條内閣」(組閣)
  • 荒鷲の育て親(航空兵団を視察)
  • 靖国の子と共に(靖国神社参拝)
  • 兵と共に(演習視察)
  • 鶴はし戦士を激励(炭坑視察)
  • 盟邦の子供(日本軍占領地域の子供らの頭をなでる)
  • 日々此戦争(首相職務に精励)
  • 生きた戦陣訓(編著者の小田によるヨイショ)

 とまあ、こんな具合だ。これだけ持ち上げられた人物が、二年半後に、戦犯として拘束されると思うと、なんとも言えない気分になる。

 一部を画像で紹介すると——

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 これは「敬神」というページ。「東條首相は、毎朝のやうに明治神宮や靖国神社に参拝し、皇国の安泰を祈り奉り、護国の英霊に心から感謝の誠を捧げることを欠かしません」。とある。

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 これは「軍神の子」というページ。「東條首相は、軍神加藤少将家を弔問して三人の遺児を激励しました」とある。加藤少将とは加藤隼戦闘隊で有名な加藤武夫中佐のこと。昭和17年に戦死して、二階級特進で少将となった。

 全編こんな調子なのだ。驚くべきことには、「荒城の月」で有名な土井晩翠が、「東條首相に寄す」という詩を寄稿している。

 廟堂いくたび風貌変えて
 最後に東條陰雲破り
 霹靂轟き清風起る

と、おべんちゃらでも素晴らしく格調高い。

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 巻末にはご丁寧に「東條兵団」なる歌の楽譜まで掲載されている。作曲は、中山晋平、古賀政男などと共に「歌謡界四天王」と言われた大村能章だ。

 この本は、大学のクラブの後輩で、現在は某大手新聞社で記者をしている軍服コスプレイヤーU君が、「コミケで分析書を出して下さいよ」という条件で譲ってくれた。その約束を果たせぬままかなりの時間が経過してしまったので、一部ここで公開する次第。

 いったい何だってこんな本が、あの戦時中に出てしまったのか。

 実はこの本の細かい解説が空席通信on the netというページにある。学生諸君へと題されたページだ。

 同ページによると、どうやら編著者の小田俊與が、この奇妙な本を読み解く鍵らしい。

 画帳の編著者小田俊與は、敗戦後、社会大衆党などの党首を名乗って衆議院、参議院、東京都知事など、選挙のたびに立候補し落選する、「泡沫候補」の常連だった人物だ。選挙のつど、公報に記載される経歴が微妙に異なるので真偽の程は定かではないが、ある選挙公報によると、一九四二年には「首相秘書官」、つまり東條首相の秘書官をしていたとある。

 つまり時局に乗ろうとして、政治の周辺を飛び回っていたかなり軽薄な人物だったらしいのだ。どうやら、そんな人物が、飛ぶ鳥を落とす勢いだった東條英機におべんちゃらするために、こんな本を作らせたらしい。

 小田が東條首相の秘書官というのが事実ならば、企画の存在を東條が知っていた可能性がある。知っていて、こんな本の出版を許したとしたら、当時の東條はかなり浮かれていたということになる。正直、この本には現在の北朝鮮の「偉大なる将軍様」とよく似た雰囲気がある。天皇の忠臣を自認していた東條に、将軍様になる意志はなかったろうが、周囲には勝手に東條を将軍様へと祭り上げる雰囲気があったのだろう。つまり、それほどの権力を東條は手中に収めていたわけだ。


 東條英機に関しては、ここ数年再評価の動きが出てきている。再評価にあたっては、戦後ひたすら沈黙を守ってきた東條家の人々が、佐藤早苗氏による一連の「東條もの」以降少しずつ生身の東條英機の有り様を語り始めたということが大きいだろう。

 が、この本が示すのは、子供向けおべんちゃら本が出るほどの権力の腐臭が、最盛期の東條周辺に漂っていたということではないだろうか。

 私としては、東條が松前重義をはじめとした反対者を、徴兵年齢が過ぎているにも関わらず徴兵し、しかも激戦地に追いやったことを重く見る(Wikipedia東條英機の項、現在の一般的な評価を参照のこと)。理由はどうあれ、東條は明らかに権力を濫用している。首相としての東條は同時に権力を濫用する人物だったということだ。

 東條家の人々は、東條英機を良き家庭人だったと語る。しかし首相に良き家庭人という資質は必須ではない。逆に権力の濫用をしないという資質は必須だ。石原莞爾の「東條一等兵」という酷評はともかくとして、権力の濫用という一点を見ても、彼は首相の器ではなかったのだろう。

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