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2005.10.31

「はやぶさリンク」:イトカワの「北」はどちらか

 JAXAトップページの頭に、最新の「はやぶさ」情報へのリンクが入るようになった。素晴らしい。この調子で、どうやったら効果的に情報を一般に届けられるか考え、実践していけば、きっと本番の着陸2回では、普通の人でもかなり楽しめることになるのではないだろうか。

 本日のリリースは一件。

イトカワの「北」はどちらか:10月31日

 小惑星の自転軸はあっちをむいたりこっちを向いたりしている。必ずしも天の北極を向いているわけではないし、地球とは逆回転していることもある。
 さて、その時「北」をどうやって決めるのか。どんな星でも、方面の地図を作製したら、東西南北を決めてやる必要がある。でなければ、「その地形のちょっと北」というような会話すらできない。

 天の北極を北とするのか、それとも…

 詳細はリリースを読んでもらうとして、「北」の決め方を、別の説明方法で書いてみるとしよう。

 あなたが、その小惑星の上に立っているとしよう。ぐりぐり小惑星が回っているので、星は地平線から姿を現し、やがて反対側の地平線に消えていく。
 太陽はそうとは限らない。自転軸がどっちを向いているかで変わってくる。しかし星は必ず昇り、そして沈む。全天どっちを向いても、星は存在しているからだ。

 そこで、星の登る方角を東、沈む方角を西とする。そうすれば自ずと北と南も決まる。


 応用問題として、自転軸がどっちを向いているかで、小惑星表面から見た太陽は、どのように動くかを考えてみよう。

 さらにちょっと詩的な応用問題。サン・テクジュペリの「星の王子さま」には、ガス灯とガス灯点灯夫だけの小惑星が出てくる。どうやらこの星は地球と同じく、天の北極方向を向いた自転軸を持っているらしい。
 が、もしこのガス灯とガス灯点灯夫だけの小惑星の自転軸があっちゃこっちゃを向いていたら、ガス灯点灯夫は、どんなタイミングでガス灯を付けたり消したりすることになるのだろうか。
 色々な場合を想定して考えてみよう。

 今日のリリースは、マスコミ的に言えば「小ネタ」と言う奴。でも、これでいいと思う。毎日大ネタがあるわけでもないし、大ネタばかりを連発しても、慣れがきてインパクトが減ってしまう。
 毎日情報を出し続けて、興味を持った人が、1日に一回「なにか出ているかな」とホームページを見にやってくるようになれば成功なのだ。

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2005.10.30

「はやぶさリンク」:こんな画像が見たい

 10月30日深夜現在、「はやぶさ」の最新情報は更新されていない。運用は土日を問わず続いているはずなので、とりあえずは週明けを楽しみに待つこととする。

 繰り返しになるが、ひとえにミッションのみならず、広報でもここが正念場だ。現在、宇宙科学研究本部は、「はやぶさ」後継ミッションとしてソーラー電力セイル実証ミッション「MUSES-D」を提案している。ここで一押し二押しの広報があればこそ、後継ミッションの予算確保のための、国民的支持というやつが得られるというものだ。宇宙開発委員会と文部科学省と財務省に説明すればいいという時代では、もはやないだろう。

 情報がないので、要望を書く。要望というよりも、「自分はこんな絵が見たい」という願望だ。
 宇宙科学の一般向け広報とは、一にも二にも「きれいで衝撃的な絵や動画像」であることは言うまでもない。こと広報に関しては、学問的価値よりもヴィジュアルなインパクトが絶対的に優越する。

 まずはイトカワへの接近アプローチ中に撮影した連続画像だ。接近するにつれて、細かい様子が見えてくるというのがなんとも素晴らしい。古くは月面に衝突したアメリカの「レンジャー」、小惑星関係では、小惑星エロスを探査した「NEAR」が最後の着陸の時に次々と送ってきた映像だ。

 こんな画像が、着地の興奮冷めやらぬタイミングで公表されようものなら、新聞一面、テレビ各局がゴールデンタイムのニュースで取り上げることは間違いないだろう。宇宙に興味がない人も、このような画像を見るというのは大きな意味がある。

 きびしいのは、「はやぶさ」の姿勢制御に制限が発生しているので、それだけのデータを地球に送信できるかどうかだ。しかし、このような画像は学問的価値も高いので、是非とも一般に素早く公開して欲しいなと思う。

 マイクロローバー「ミネルヴァ」の投下は11月4日の着地リハーサル時ということなので、もう一つ。

 着地した「ミネルヴァ」から撮影した、「はやぶさ」の勇姿が見たい。

 地球から遠く離れた宇宙機の現場における画像というのは、アポロ計画や最近のNASA火星ローバーなどを除いては、ほとんどない。カメラマンが写真に写らないのと同じ理屈だ。NASAの「ヴォイジャー」探査機は、素晴らしい外惑星系の画像を送ってきたが、その写真を撮影した時にヴォイジャーがどんな風だったかという画像はない。木星を背後にしたヴォイジャー、なんて画像が撮れたなら、素晴らしい絵になったろうが。

 日本でも旧宇宙開発事業団(NASDA)のランデブー・ドッキング実験衛星「きく7号」が、ミッション終了にあたって、ロボットアーム先端に搭載したカメラで、自画像を撮影している。
 と、思ったらこの画像、JAXAのホームページにはないな。確か「oss1.tksc.nasda.go.jp」で公開されていたはずだが、NASDAからJAXAにドメイン名が移転した時に消えてしまったらしい。惜しい話だ。復活を望むものである。

 話を戻して「はやぶさ」だ。「はやぶさ」は、「ミネルヴァ」を搭載している。そして「ミネルヴァ」にはカメラが付いている。

 これはもう、是非とも「ミネルヴァ」から「はやぶさ」を撮影して欲しい。3億キロの彼方で、イトカワ上空30mのところに太陽電池パドルを広げて浮遊する、我らが「はやぶさ」の勇姿を是非とも見たいではないか。それはもう、涙ものの画像となるだろう。

 ちょっと理屈をつければ、本番のタッチダウン前に「はやぶさ」外観がどうなっているかを検査できれば、それだけタッチダウンを安全に行えるはずだ。

 「ミネルヴァ」がどんな姿勢で着地するか分からない、あるいはそんなに長時間、30mのところに「はやぶさ」をホバリングさせるような危険なマネはできないなどなど。運用手順、通信容量、探査機の安全性確保——様々な条件が科せられる中で、できるかどうかは分からない。

 が、あえて無責任に言ってしまおう。「見たい!」と。

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2005.10.29

ロケットまつりに出演する

 夕方から新宿へ。ロフトプラスワン「ロケット祭り」出演のため。

 すでに垣見さん、林さんは到着していた。林さんはロフト気付でなにやら大きなつづらを送ってきている。
「先広げちゃおう。手伝ってくれる?」
というので、お客さんの前で中身を演台に並べていく…林さん、いいんですか。

 大きなつづらのなかからは、オバケが一杯でてきて、おばーさんはびっくりしてしまいましたよ!

 そこで始まったトークライブだけれども…書けない。まったくもって書けない話が次から次へ。林さんの突っ込みで、垣見さんが乗ってくれることよ。

「要らないボルトなら最初からつけるんじゃない」
「バカ穴の三菱、現物合わせの中島」
「あー、やっちゃったあ」
「若造が公差なんか分からないんですよ」

 ぐらいが、まあ書いて良い限界か。あの場にいた皆さん、実にいい話を聴いたと思います。私も勉強になりました。

 回数を重ねて、さすがに私も演題に突っ伏さなくなってきた。しかし実態はと言えば、ひたすらびっくりを押し隠して、話を聴いているのです。

 次回は12月2日になりそうです。詳細は追ってお知らせします。

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2005.10.28

「はやぶさリンク」を開始する

 JAXAトップページの頭に、小惑星探査機「はやぶさ」関連ページへのリンクが入った。しかし、まだニュース自体をトップページをどんどん書き換えて知らせていく体制にはなっていないようだ。インターネットでは変化こそが人を引きつける。頑張って欲しい。

 なかなか実態が出てこない「はやぶさ」の運用だが、やはり大変なようだ。姿勢を制御する3基のリアクション・ホイールのうち2基が故障してしまったので、「はやぶさ」を姿勢制御用の推進剤を使って姿勢を保ちつつ、地球まで帰還しなくてはならなくなった。姿勢制御用推進剤を可能な限り節約しなくてはならなくなったのである。
 「はやぶさ」は太陽電池パドルと高利得のパラボラアンテナが同じ面を向いて固定された設計になっている。基本的に太陽電池パドルを太陽に向け、地球と高速データ通信を行う時だけ姿勢を変えてパラボラを地球に向ける。
 当然リアクション・ホイールを使って姿勢を変えていたわけだが、故障が発生した今、「はやぶさ」は推進剤を使わないと姿勢を変えられなくなってしまった。

 そして推進剤は節約しなくてはならない。姿勢は極力変えたくない。

 しかし高速データ通信でデータを地球に送らなくては、そもそも観測をしている意味がない。搭載データレコーダーをオーバーフローさせるというようなことはしたくない。

 これは、パラボラにステアリング機構を持たせて、太陽電池パドルとは独立に地球方向を向けることを可能にした欧米の探査機ではあり得ないジレンマだ(正確にはステアリングに伴う反動トルクがあるが、衛星全体の姿勢を変える時ほどは、推進剤を消費しない…はず)。「はやぶさ」の場合、ステアリング機構をも省いて軽量化しなければ、小惑星イトカワに届かなかった。

 詳細は私も知らない。が、非常にアクロバティックかつ、地上のオペレーターの体力を消費する方法で、この問題に立ち向かっているらしい。いつものこととはいえ、泣けてくる。

 部外者がネットの片隅で泣いていても仕方ないので、当分、なにか新しい情報が出てきたら、このblogからリンクを張ることにした。題して「はやぶさリンク」。JAXAトップを見ても、「はやぶさ」最新情報が出ているか出ていないかも分からないなら、こっちで勝手にやってしまおうというわけ。

 とりあえず10月28日深夜時点の最新情報。

「はやぶさ」の今後の運用について
:10月27日

 推進剤は地球帰還まで持たせるメドがついた。どんな方法かについては、「新規に導入した制御策により、微小なジェットの噴射を精度よく管理して加える方法」としか公表されていない。

1. 11月4日 リハーサル降下
2. 11月12日 第1回着陸・試料採取
3. 11月25日 第2回着陸・試料採取

 着地・試料採取は日本時間の日中、つまり長野県・臼田町にある64mアンテナから、直接「はやぶさ」と交信できる時間に行う。

 リハーサル降下はイトカワに30mまで近づく。小惑星の30m上空ホバリングというのは、2000年から2001年にかけて小惑星エロスを探査したアメリカの小惑星探査機「NEAR」もやっていない。実現すれば世界初。ちなみに「NEAR」はミッションの最後にエロスにランディングしたが、その過程で120mの高度で表面を撮影している。高度30mで撮影が行えれば、これまた世界記録となる。

 搭載ローバー「ミネルヴァ」はリハーサルで放出される。

はやぶさ、イトカワの「衝」観測 に成功!:10月27日

 大気を持たない衛星や小惑星のほとんどが、太陽から真正面に光を受けるような角度に近づくにつれて、急速に明るくなるという性質をもっている。この性質の「衝効果」という。衝効果を利用すると、表面の組成、岩石部分と砂礫部分との区別などを調べることができる。

 イトカワにおいても衝効果が確認された、というリリース。

 衝効果を観測するためには、太陽——「はやぶさ」——イトカワを一直線に並べる必要がある。イトカワはせいぜい600mほどの大きさしかないから、「はやぶさ」は数百m程度の精度で位置決めしなくてはならない。今回の観測は、地球から3億km離れたところを飛行している探査機を、数百メートルの精度で誘導することに成功した、ということも意味する。

 もちろんこの精度で制御できなければタッチダウンなどできない道理だ。

 関係者の方にお願い:何か間違いがありましたら、指摘をお願いします。随時訂正しますので。また、待ってますのでがんがんリリースをお願いいたします。

 宇宙開発に興味のあるホームページ、日記、ブログなどの運営者の方にお願い;よろしければ、皆さんのページでも随時「はやぶさ最新情報」へのリンクを掲載していただけないでしょうか。慢性人手不足である日本の宇宙科学の広報を草の根で支援すると同時に、情報公開を外から促すという意義があるかと思います。

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2005.10.27

東大Cubesat XI-V成功の場に立ち会う

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 ワンパス前の中須賀研究室の様子。ネクタイを締めているのが酒匂助手。酒匂さんは前回打ち上げたXI-Vのプロマネでもある。


 27日は1日原稿を書き続ける。午後3時過ぎから、東京大学のCubesat「XI-V」打ち上げ速報ページにリロードをかけ続け、無事に打ち上げられ、どうやら衛星分離まで行ったらしいことを確認。東京大学へと出かける。

 東京大学本郷キャンパスにある中須賀研究室に到着したのは午後7時過ぎ。研究棟に入るとなにやらぶっそうな張り紙が。「この建物は耐震性がないことが確認されたので補強工事をします。強い地震があったときは直ちに屋外に逃げること」…

 大学衛星のコンソーシアムであるUNISEC事務局長の川島レイさんと、川島さんのキューブサット物語や私のスペースシャトルの落日を担当した編集者のまんぷく屋ことIさんが、「遅いよ、何やってんの」と迎えてくれる。

 川島さんはびしっと赤いスーツを着こなしている。勝負服?

 研究室では、背広で決めた助手の酒匂さんが「どもっ」と迎えてくれた。学生達はそれぞれパソコンに張り付いている。一人はチャットで国内外との連絡を担当している。模造紙に投影されたプロジェクター映像には、世界地図上のXI-Vの現在位置と軌道、受信可能範囲、そして受信可能になるまでの時刻が写っている。

 中須賀研究室のCubesat「XI-V(サイ・ファイブ)」は、ロシアの「コスモス」ロケットで打ち上げられた。欧州宇宙機関の教育用衛星「SSETI」本体に組み込まれ、ロケットから「SSETI」が分離後に、放出される。私が到着した時点でSSETIの分離、電波発信は確認されていた。軌道上物体をレーダーで監視している北米防空司令部(NORAD)からは、軌道上に4物体が飛んでいると連絡が入ったという。どうやらSSETIと3機のCubesatらしい。分離は成功したようだ。
 だが、SSETIとなにか壊れた破片という可能性だってある。最終的には東京上空を通る時に、衛星からの電波を受信して確認しなくてはならない。今回の打ち上げにあたっては、国内数大学が受信体制を組んでいる他、海外のアマチュア無線愛好家にも協力を依頼している。
 研究室のホワイトボードには、今日のタイムラインが書き込んである。本日の受信チャンスは2回、ワンパスが午後9時20分過ぎから、ツーパスが午後10時46分から。
 衛星の上空通過をパスという。ワンパスは第一可視、ツーパスは2回目の第二可視。Cubesatは地球を南北に回る太陽同期極軌道という軌道に投入された。Cubesatが地球を巡るほどに、地球も回るので、Cubesat直下にどの地域が来るかは衛星の周回ごとに異なる。軌道の性質からして、受信のチャンスは朝2回夜2回程度だ。

 ホワイトボードにはワンパスのところに「EL低い」と書き込んである。EL、エレべーション、仰角のことだ。地平線から角度にして何度のところを衛星が通過するか。ワンパスは東京から見て地平線近くをかすめるようにして通過するので、電波の受信が難しくなる。ツーパスはどんぴしゃり、東京上空を通過する。

 すぐに、研究室の主、中須賀真一教授が登場する。昼間は、冬に実施するロケットを使った網展開実験の準備で、相模原の宇宙科学研究本部で実験をしていたという。来るやいなや、学生が取り寄せていたデリバリーのピザをトースターで温め、食べ始める。
「いやー、お腹減っちゃって。昼もちゃんと食べたんだけど、まだお腹減っちゃって」とピザを食べつつ、やってきたマスコミの質問に答える。
「ドイツは取れたそうです」と、チャット担当者が報告する。同時に打ち上げたドイツのCubesat「UWE-1」の電波が確認できたという。これなら「XI-V」も見込みは明るそうだ。

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卒業生と話す中須賀教授

 どんどん人が集まってくる。一昨年の「XI-IV」に参加した卒業生達だ。中須賀先生「同窓会みたいだね」。静かに緊張が高まっていき、ワンパスが始まる。

 受信担当の学生が受信機を操作するが電波は受からない。ワンパスは地平線から7度程度のところを通過するので捕捉が難しい。どうしても衛星からの電波を受信できないまま、時間切れ。

 どんな心境ですかとマスコミに質問された中須賀先生、「いやー余裕ですよ」。続けて「電池が減ってるかなあ。9月打ち上げ予定の時期があって、その前に搭載電池に充電したのが最後だから、電池が減っている可能性がありますね。太陽電池に光が当たればじき充電されるんだけれども、地球の影に入る軌道を飛んでいるからなあ」
 時々誰かが、「今どこ飛んでる?」という。海外のアマチュア無線局が受信し、受信レポートが来るのを期待しているのだ。中須賀先生も気にしている模様。「今回はSSETIが、電波を受信した局に懸賞金を出すと言ったから、みんなそっちの受信体制になっちゃったんじゃないかな。まあ、向こうは受信できたことだし、次の周回では、こっちの衛星を狙ってくる局も出てくるでしょう」。

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 パソコン画面に赤点でXI-Vの位置が表示されている。


 次のパスまで1時間半。ここでIさんと夕食に出る。

 研究室に戻ると可視15分前。また、静かに緊張が高まっていく。衛星は北側から日本列島に近づいてくる。

 東京の可視が始まる2分前、チャット担当の学生が声を上げた。「道工大、取れました!」
 すぐに反応したのは中須賀先生だった。「受信できたって?」
 東京より北で受信している北海道工業大学の受信チームがXI-Vの電波を受信したという。成功だ!
 もうすぐ東京でも電波が受信可能になる。

 「みんな静かに!静かに」と中須賀先生が声をかける。

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 ツーパスが始まった。


 ツーパス開始。ほどなく、UHF帯のノイズの中から、XI-Vの発するモールス信号が聞こえてきた。最初は弱く、やがて強く、1分間に10秒の割合で、XI-Vはモールス信号を繰り返している。モールスを読み解く係の学生が、必死にメモを取っている。
 意外なほど静かだった。「おおっ」と一瞬歓声が上がっただけ。みな張りつめた表情で、XI-Vの信号を聴いている。受信担当の学生が、周波数のシフトを測定していく。XI-Vからの電波はドップラーシフトに加え、衛星の温度によって周波数が変化する。安定した運用のためには、まず、どれだけの周波数変移が起きるかを測定する必要がある。
「ドリフトしてますね」「ええ」というような小声の会話だけが、研究室に響く。

 私はパソコンモニター上に表示される、XI-Vの仰角を見ていた。数字はすぐに30度を超え60度、そしてついに85度を超えた。

 あれだ、あさりよしとお「なつのロケット」のラスト。

 「今、真上」

 学生達はあのラストを体験しているんだ。

 やがてXI-Vからの信号は弱くなり、ノイズが優勢になり、ツーパスは終わった。

 中須賀教授と酒匂助手が「やー成功だね」「やりましたぜ」と握手し、抱き合う。ぱらぱらマスコミ関係者から拍手が起きるが、すぐに止む。中須賀先生が言う。「一回目はラッキーだったとも言えるけれど、二回目はそうじゃない。こうやって成功を積み重ねていくことが大事なんです」。そして、「おう、こっち来い」とXI-Vプロジェクトマネージャーの船瀬さんを引っ張りだして握手した。「おめでとう」。

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 「おめでとう!」

 ここに至るまでにいくつもの難関を乗り越えたのだろう。船瀬さんが一回だけ、目尻をぬぐう。中須賀、酒匂、船瀬の握手をマスコミが撮影する。

 そこで初めて拍手が起きた。

 中須賀先生が学生達に言う。「みんな良くやった。努力の結果だと思います」そして、「おめでとう」。

 先生が「おめでとう」と言う。XI-Vが先生のプロジェクトではなく、学生のものであると言っているのだ。

 酒匂さんが、「乾杯の準備を」と言って部屋を走り出ていく。残念ながら、私は時間切れ、ここで研究室を辞去し、終電一つ前の東海道線で帰宅した。

 最後に一言、「みんな、おめでとう!」
 2機のCubesatは、地球を回り続ける。

 2003年6月に打ち上げられた、日本初の2機のCubesat、東京大学中須賀研究室の「XI-IV」と、東京工業大学松永研究室の「Cute-I」を開発した学生と先生の奮闘振りをまとめたノンフィクション。学生の衛星を打ち上げる——不可能を可能にするとはこういうことだ、という本。カバーの下にはちょっとした仕掛けがあるので、読み終えたらカバーを外してみて欲しい。

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2005.10.26

ハイブリッドロケットの学生らと飲む

 東京に出て二件ほど人と会う。頼ったり頼られたり、まあ世間は色々だ。

 夜は秋田大学の秋山さん、そして東海大学のハイブリッドロケット研究グループの学生さん達と飲む。

 東海大の学生達は。ロケット開発に必要な資金を企業回りをして集めているという。実にアグレッシブで頭が下がる。自分が学生の時何をしていたかを考えると、そうだなあ、バイクに乗ってフルート吹いてプラモ作って…社会的なことは何もしてなかったなあ。そんなダメ学生でも、まあこの程度の大人になれるというべきか、この程度にしかなれなかったというべきか。

 キューブサットの学生達といい、ロケットを作り始めた東海大学(会ったことはないが北海道大学のロケット野郎達もきっとそうなのだろう)といい、皆、自分の学生時代よりもはるかに立派だ。いや彼らに限らず、宇宙にモチベーションを持って活動している学生さんたちは、皆素晴らしいと思う。よれよれの俺がでかい顔して彼らに偉そうにしゃべっていていいんかね、という気分になる。

 大学レベルでハイブリッドロケットの開発が始まってから、日本の宇宙はJAXAの独占という状況が崩れつつある。これは面白い、ものすごく面白い。だいたい、「宇宙開発は国家の独占事業」だなどと誰が決めたのか。独占は大抵腐敗するものだ。
 大学回りの動きが今後どのように進展するか——願わくばJAXAの足下を切り崩し、JAXAも必死にならなければならないような(もちろん妙な政治的動きはなしだ)、力を持った運動へと成長して欲しいと願う。

 27日はロシアで、東大のキューブサット2号機が打ち上げられる。

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2005.10.25

回れ!イトカワ

 現在、小惑星イトカワの近傍で探査を続けている小惑星探査機「はやぶさ」から、素晴らしい観測結果が届いた。回るイトカワの動画像だ。

「イトカワ」の自転アニメーション

 正確にはイトカワの観測データを処理して動画像を作成したということなのだが、堅いことは言いっこなし。今、我々の「はやぶさ」は、確かに未知の世界にいるのだ。

 「はやぶさ」のイトカワ到着後の広報について、実は関係者およびその周辺で議論が起こっている。何をやっているのか何も出てこないではないか、広報どうした、というのだ。

 実態はといえば、連日素晴らしいデータが出ていて、相模原に詰めている惑星科学者らは興奮しっぱなし状態なのだという。

 ところが人がいない。出てくるデータを、誰にでも分かる形で整理して広報資料を手早く作成できる人手が足りない。現状では、なんとか広報しなくては、と考えた研究者の一部が広報資料を作成し、やっと少しずつ成果をホームページに出しているという。「言い出した者がやる」というのが旧宇宙研の伝統だが、この場合はマイナスに働いている。言い出した者がより一層の負担を強いられていることになるから。

 しかも見るところ、その少ない広報資料をきちんと公開するJAXA全社体制もできていない。今回の素晴らしい動画像も、JAXAトップにはリンクされていない。

 歯がゆくてしょうがない。

 この大一番で、がんがん情報を出しておけば、例え後で探査機がトラブルを起こし、場合によっては沈黙してしまっても、世間の評価は「あれだけ色々やったんだからいいか」ということになる。「●●億円が宇宙のチリに」というマスコミの常套句だって封じることができる。
 ひいては、次の小惑星探査機、次の科学衛星の予算を得るにあたっても効果があるはずだ。「日本の宇宙科学ってこれだけのことをやっているんだね」ということが、世間一般に知れていれば、自ずと政治も行政も実績を正しく評価することになるのだ。

 それは回り回ってJAXAの仕事全体へのイメージアップにもつながる。一般の人は、旧NASDAだのISASだのを区別していない、「なんか宇宙」、これだけである。いや、「日本の宇宙ロケット」とか「日本の衛星」とか意識してくれているなら、御の字だ。

 ひっくり返って「なんか『はやぶさ』って情報出てこなくて感じ悪い」となると、その悪印象は回り回って例えばH-IIA/Bロケットに影響することだって考えられる。

 これは常識と、ちょっとした想像力の問題だ。

 毎日1枚の画像を「今日のはやぶさ・イトカワ」と、JAXAのトップからリンクを張る。それだけでいいのだ。後は毎日どんな一枚を緩急を付けて出していくかという演出の問題である。もちろん嘘はいけないが、ページ構成とか、アクセントの付け方などは十分考える必要がある。
 淡々と情報を出しているだけでは、訴求力に欠ける。アクセントをつけないと。届かない情報は、「出してますよー」という言い訳でしかない。

 今からでも遅くはない。11月のイトカワへのタッチダウンにむけて、できることはまだまだあるはずだ。

 惑星科学者にとって、重要なことは論文を書き、新たな知見を発表することだ。が、狭いアカデミズムの枠を超えて、「自分対置は今、知の最前線でこんなことをやっているんだ」と、世間一般に向かって語る努力を忘れてはならないだろう。探査機の予算を、回り回って出しているのは、世間一般なのだから。

 がんばれ、「はやぶさ」。


 とりあえず、JAXAトップページがあてにならないので、いち早く「はやぶさ」情報を知りたい人のためのリンクを掲載する。

 宇宙科学の広報を巡る問題点は、この本の後半に書いたのだがなあ…とこれは私の嘆き節。届かない情報が無意味ということは、私自身にも適用される。とにかく、宇宙科学に携わる人々は素晴らしくクレバーかつ恐ろしくタフで、しかも命を削るようにして仕事に打ち込んでいる。本当は彼らが広報などに心患わされないでも十分な広報ができる体制を整えるべきなのだが、それもこれも金次第の部分があまりに多い。

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2005.10.24

大井浩明氏のblogを発見する

 例によって逃避して、ネットをさ迷っていたらピアニストの大井浩明氏のblogに行き当たった。

閘門ブッコロリ

 大井浩明。2002年に「史上最も演奏が困難なピアノ協奏曲」と言われたヤニス・クセナキスの「シナファイ」を録音し、クラシックファンの間にセンセーションを巻き起こしたピアニストだ。無茶苦茶指がよく回る人である。

 ちなみにネットにはシナファイのピアノパート解説もある。日本初演の時にはピアノを担当した高橋悠治の指から出血したという曰く付きの曲だ。HMVの紹介はなかなか詳しくてお薦めである。

 こんな曲を書く方もいい加減イカれているが、演奏する方はもっとすごいと思う。

 大井氏のページからは、様々な現代曲をストリーミングで聴くことができる。しかもその「シナファイ」のライブ録音を聴くことができるではないか。

■2005/09/29(木) That’s made for you and me, ミッキー井上 ヘイ!ハイ!ホウ!

 こいつは豪気だ!と思ったけれど、なぜか私のPowerbookではうまく再生できない。他の曲はうまく再生できるのに残念だ。

 それでも、なかなかお薦めのページだ。

 興味のある方はどうぞ。シナファイのCD発売時の大井氏インタビューもなかなか面白い。

 大井演奏によるシナファイのCD。好奇心の強い方は是非とも史上最難のピアノ演奏に耳で挑んでみて欲しい。ただし、かなり手強い曲だから、分かろうが分かるまいがとにかく10回以上聴き込むことを覚悟したほうがいいだろう。  恐るべき密度の曲であることは確かだ。  ちなみに“シナファイ”は、別に中国とは関係ない。「結合」という意味である。シナプスの“シナ”と同じ。

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2005.10.23

素晴らしき4D2U

 野尻ボードより。

国立天文台4D2Uプロジェクト

 素晴らしい!!一つ一つ見ていくと、それだけで時空を超えた旅に出た気分になる。いつの間に、国立天文台はこれだけのことができるほどの広報マインドを持つようになったのだろうか。

 私は直接知らないのだけれども、天文普及関係の知人によると、東京天文台という名前だった頃の天文台の広報は最低に近かったそうだ。典型的お役所仕事で、応対は悪く、情報サービスは使いにくく、しかも直そうという機運は皆無だったという。その後、国立天文台が発足し、渡部潤一先生が広報担当となって、ずいぶんと改善されたと聞いてはいた。聞いてはいたが、これほど美しく衝撃的な普及広報ページを作成するほどになっているとは。

 繰り返そう。なんと素晴らしい。

 この仕事にはデザイナーの小坂淳氏が参加している。広報に、優れたデザイナーが参加することの重要性を、誰が気が付いたのだろう(そう、広報はその意味では広告に近い性格を持つ)。国立天文台に拍手である。


 本日、参議院神奈川選挙区補選。前外務大臣の自民党・川口順子候補が当選した。

 投票率は32.75%。こっちは全くもって素晴らしくないな。

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2005.10.22

赤外線天文学の話を聴く

 22日は午後から、宇宙作家クラブの10月例会。東京大学の上野宗孝先生をお招きし、赤外線天文学の現状、この冬に打ち上げ予定の赤外線望遠鏡衛星「ASTRO-F」のこと、さらには2010年打ち上げを目指して開発を進めている金星探査機「PLANET-C」のことなどうかがう。

 とにかく面白い。どの話をとっても面白い。学者という人種はかくも楽しい話題に身を浸して生きているのか、と思ってしまうほど刺激的な話ばかり。

 中でもハワイのマウナケア山頂で行っている黄道光の観測が、非常に面白かった。視野角100度を超える特製のレンズで全天を撮影し、黄道光の撮影をしているのだという。
 黄道光は、天の太陽の通り道である黄道が、夜間かすかに光る現象のこと。太陽系には、惑星の周回する平面に沿ってかすかにダストが残っており、太陽光を反射している。それが黄道光だ。

 これまでは天文観測の邪魔としか考えられていなかった黄道光だが、上野先生のグループは、今後の赤外線観測のためには妨害要素も知っておかなくては、と黄道光の観測を開始した。
 すると黄道光には、軌道平面の異なる2つの群が存在することが分かったのだという。一つは地球軌道の軌道面に乗ったもの。もう一つは木星軌道の軌道面に乗ったもの。しかも色々と観測していくと、それぞれダスト粒子の大きさが異なることも見えてきた。それはダストの起源の違いでもある。木星軌道のものは彗星起源で粒子が大きい。地球軌道のものは小惑星起源で粒子が小さい。
 一見ぼおっと広がっているだけに思われていた黄道光に、このような構造が存在するということはどういうことなのか。

「意外なぐらい、我々は太陽系のことを知らないんですよ。なにも分かっちゃいない」と上野先生。

 他にもマウナケア山頂の望遠鏡の数の話。マウナケア山頂は地元の聖地であり、ハワイ大学が最初に望遠鏡を建設するにあたって望遠鏡の数を制限する取り決めを地元と交わしたのだという。すでに望遠鏡の数は飽和状態にあり、今や小さなものを撤去して大きな望遠鏡を建設するという状態になっているそうだ。
「『ケック』望遠鏡(2基の10m複合鏡を連動させて一つの像を得る)は1基と数えているんでしょすか」
「いや、2基だそうです」

 そこで望遠鏡建設に向いた土地を探すということになる。世界的には、ハワイ・マウナケア、南米ラスカンパナス、大西洋カナリア諸島ぐらいしか巨大望遠鏡建設の適地はない。
 そこであらたな適地を求めてインド奥地、ヒマラヤの中腹にある望遠鏡建設候補地に行った時の映像を見せて貰う。ヒマラヤ奥地の飛行場からさらに自動車で道なき道を6時間という僻地だ。「空気が薄い。ほら、学生の顔色が紫になっているでしょう…」。過酷だ。天文学は体力勝負なのか。「ここは土地がちょっと盆地になっているんですよ。だから高山病を起こしても逃げられない。どっちに向かっても登るだけですから。マウナケアだと山を降りることができるんですけどね」

 その他、PLANET-Cの赤外線センサーの話、金星大気のスーパーローテーションの話、NASAの木星探査機ガリレオが金星と地球を観測した時の話などなど。興味深い話を聴かせてもらう。どうも、ありがとうございました。

 懇親会は調子に乗って飲み過ぎる。結局終電を逃し、Oさんの自宅に泊めて貰い、朝帰り。

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2005.10.21

原稿のストレスに耐えかね毒を吐く

 原稿を書く。状況分析の原稿。基本は公開されたデータを解析して、新しい視点を提示することだ。公開データをつつき合わせたり、斜めに読んでみたり、表計算ソフトに入力して分析してみたり。

 リヒャルト・ゾルゲがせっせとスターリンに送っていた情報のあらかたは、公開された情報の分析だったという話がある。諜報活動の主力は公開情報の分析であり、007的な非合法活動で得られる情報は全体の1/10以下なのだそうだ。

 調査報道と言う奴も似たようなものだ。いや、自分がやっているのが調査報道に値するのかはあまり自信がないのだけれど。

 こういう話を書いていると、ふつふつと情報収集衛星の悪口が書きたくなってしまって困る。このblogは人畜無害な身辺雑記に終始するつもりだったのに。

 衛星という道具の特徴は何か。比較的短時間に全球的な地球のデータを取得できることだ。
 国家戦略にとって重要な全地球的データとはどんなものか。いくらでもある。植生、気象、土地利用、オゾンの全球分布、降雨のリアルタイムデータ——すべて国家戦略の策定のために重要だ。
 そのようなデータを得るにはどうしたらいいか。もちろん各種地球観測衛星をがんがん打ち上げ、迅速にデータを解析し、効果的に解析結果を利用する体制を構築すればいい。

 で、情報収集衛星の目的は何か。朝鮮半島北部と、日本海のいくつかの特定設備の戦術的監視である。

 アホかーっ。

 事実だけ指摘しておこう。
 全地球的戦略データの収集に向いた衛星という道具を、戦術情報を得るための高々度偵察機の代用にするのは、冷戦期の米ソの発想だ。

 同じ金を使うなら、朝鮮半島を巡るヒューミント(人対人の007的情報収集のことだ)に突っ込めば、ずっと効果的に情報を集められたろう。

 情報収集衛星が集めているような可視光高分解能データは、GISのような地図情報システム、店舗出店にあたっての商圏把握、都市計画といったむしろ民生面で有用だ。情報収集衛星の撮影データは、Google Mapのような仕組みで全面公開してこそ生きるのである。そうすれば物好き達が、専門家の分析しきれなかったデータも、喜んで分析してくれるだろう。タダで。

でもって結論。
 情報の秘匿で国家の優位を保つのではなく、情報の公開と共有が、国家間の危機を回避する方向に働くような仕組みを模索するべきなのである。

 書いてしまって自己嫌悪。不十分な煮詰めのままblogに書く話じゃないなあ。ごめんなさい。

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2005.10.20

スクーター後席の太ももにバカの壁を見る

 本日は晴れ。素晴らしい秋晴れ。

 出かけたいぞ遊びたいぞ。でも仕事がある。どうするか。昼飯を食いに出かけるのだ。それもバイクで。

 AX-1のエンジンに火を入れ、湘南海岸を鎌倉へ。以前から目を付けていたインド料理屋で昼食とする。なかなかの味だった。

 すっかり良い気分で走っていた帰り道、江ノ島付近で、二人乗りのビッグスクーターと並んだ。おうおう兄ちゃんやるじゃないか。後ろに乗っているのは彼女かい。太ももがまぶしいぜ。

 太もも…?

 後ろに乗っていた女性は、ミニスカート姿だった。

 おい、その格好で乗せるな。いや、色っぽいとかじゃなくて、転倒したら大事な彼女の脚がずるむけになるぞ。イージーライドはいいのだけれど、スクーターはあくまでバイク。覚悟を持って乗る乗り物なのだ。

 はやりものに飛びつく者すべてが阿呆ではない。が、はやりものに喜んで群がる連中の中には少なからぬ阿呆がいる。私の世代ではレーサーレプリカだった。どいつもこいつも皮ツナギを着て、峠道を腰を落としてすっ飛ばしていた。中には本当に速い奴もいたが、速いつもりになっているだけの奴も多く、けっこうな事故を起こしたものだ。
 ちょっと前ならTW200だな。あれこれ取り外して、スカスカにして乗るのが流行した。どういうわけかタンクトップに半ズボンで乗るバカが多かった。服装までスカスカにするなよ。転べば痛い目に会うのは自分だ。

 で、今はビッグスクーターだ。とりあえずまともな奴と阿呆を見分けるポイントはヘルメット。阿呆は原付用のお椀型ハーフヘルメットをかぶっている。それじゃ何かあった時に危ないぞ。

 二人乗りがしやすいせいか、後ろに女の子を乗せている奴は多い。が、ミニスカートだけは止めたほうがいい。

 TW200のあほんだらは、自分が痛い目に合うだけだった。ビッグスクーターの困ったチャンは、自分の彼女を危険にさらしている。どちらかというとスクーターの方が罪深いと思う。

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2005.10.19

2ちゃんねるで若気の至りの記憶が蘇る

 中学生の時だった。小説を書こうとしたことがある。タイトルは「ナンセンス・ゲリラ」というもの…

 そこっ、笑わないように。30年近く昔だ。まだ「ナンセンス」という言葉は死語になっていなかった。

——突然、奇妙な事件が続発する。タンカーがいつの間にか丘に上がったり、長谷の大仏が後ろ向きになっていたり、霞が関ビルに巨大なはてなマークがペイントされたり。警察はいたずら事件と判断して捜査を始めるが犯人は捕まらない。そのうち実行犯の何人かが検挙されるが、彼らは異口同音に「何となく」「面白そうだったから」という、共犯はと問いつめると「知らない人と一緒に」と答える。やがて、一連の事件に「ナンセンス・ゲリラ」という名前が付く——

 こんなアイデアを思いつくにあたっては前史がある。小学生の時に見ていた「人造人間キカイダー」、私は、キカイダーが阿呆に見えて仕方なかったのだ。
 毎回、敵の首領プロフェッサー・ギルは、ひょろろろーと妙な笛を吹く。良心回路が不完全なキカイダーはその度に苦しみ(ロボットが苦しむとはどういう事だ、というのはさておいて)、やっと敵の戦闘ロボットを倒すのだった。

 「やっつける順番が逆だろう」と子供心に思った。笛の音が聞こえるということは、ギルも近くにいるということだ。だったら、先にギル(生身の人間だから、力はキカイダーの敵じゃない)をやっつけて、しかる後に戦闘ロボットをやっつけるべきじゃないか。
 で、思いついたのだ。「悪の組織において最大の弱点は一人しかいない首領である」。もう一歩進んで「最強の悪の組織は、首領がいない悪の組織である」と。

 ところが、そんな番組はいつまでたっても始まらない。で、中三の時に自分で書いてみようと思ったのだった。つまり「ナンセンス・ゲリラ」が、首領がいない、実行犯だけの組織だったのだ。戦闘員だけのショッカーというべきか。イー。

 私はこの小説を書き上げることができなかった。というのは、大仏を動かすなんてことは、事前にかなりの打ち合わせが必要になる。実行犯相互が、「なんとなく」「顔も知らず」「知り合いでもない」状態で、事前打ち合わせをするにはどうしたらいいのか、どうしても思いつかなかったのだった。

 私は嘘が下手だった。もしも「百匹目の猿」のような仕組みを思いついていたら、今頃は適当に論文趣旨を適当にねじ曲げて一般解説書を書くスーパー・ネイチャーな自然科学者か、中小企業経営者相手に嘘八百を付きまくる経営コンサルタントになっていただろう。

 そして私には工学の才能もなかった。もしもあったら、パケット伝送による中心がないネットワークを考案して世界的な名声を得て、今頃は日経新聞に「私の履歴書」を執筆していたかも知れない(私が中学の時には、現在のインターネットの原型はとうの昔に出来ていたわけだが)。

 何が言いたいか、といえば、2ちゃんねるのような匿名巨大掲示板は、まさに中学生の私が夢想したような運動体になっているな、ということだ。日韓共催のワールドカップの時、妙な報道をしたフジテレビに抗議して、2ちゃんねらー達が、テレビ番組に先駆けて江ノ島海岸を清掃してしまった時、この事に気が付いた。お互いに
顔も知らない匿名の個人が、事前に図ってその時だけの運動体を結成して、社会に影響を及ぼす——中学生の私はこれが書きたかったけれども、書けなかったのだった。

 いや、気が付いたからどうということでもないのだけれど。子供がようよう書ききらなかった小説など、存在しないも同じだ。

 で、今日の本題。知人から流れてきた面白い情報。

・まずこの画像
・で、この動画像

 震源地はどうやら、2ちゃんねるらしい。つまらん討議の時は、こういうことをしたくなるのは良く分かるが、こうやってキャプチャーでその画像が津々浦々に流れてしまうのは、ネットならではだろう。ご愁傷様でした。

 もうひとつ、のまねこ関連で。

空耳じゃないマイアヒ

 そうか、切ない恋の歌だったのか。

 聴き手が空耳をして遊ぶのは、聴き手の勝手だろう。しかしクリエイター側の意向を汲んで音楽を売るべきレコード会社が、歌の内容を無視してはいかんだろう。空耳で売ろうとしたエイベックスは、やはりどこかおかしい。音楽産業として、何か大切なものが、すっぽり欠けていたという感じがする。

 ま、2ちゃんねるからの情報で若気の至りを思い出してしまった、ということで。

 ご多分に漏れず、私もハカイダーが大好きだった。いくらでも弾丸が出て来るハカイダーショットは、実に欲しかったな。銀玉鉄砲でも、装弾に限りがあるのがくやしくてねえ。

 それ以上にカワサキのバイクも格好良かった。なにしろキカイダーが乗るサイドマシンは、1970年のモーターショーにカワサキが出展したメーカーワンオフのレーシング・ニーラーなのだ。しかも2ストトリプルのマッハ改造なのだよ。
 その低い走行姿勢は、ホンダの市販バイク改造の仮面ライダーよりも、後に宇宙刑事シリーズでいやというほど出てきたスズキ製バイク改造のサイドカーよりも、ずっと見栄えがした。
 サイドカースタントも素晴らしかった。ダートをニーラーで突っ走り、パッセンジャー側を大きく振り回してドリフトターンする姿は、本当に格好良かった。

 話はどうであれ、バイクに関してはとても贅沢な特撮番組であったことは間違いない。

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2005.10.18

宣伝:10月29日(土曜日)、新宿・ロフトプラスワンでトークライブを開催します

 次回のロフトのライブトークのお知らせです。10月29日(土曜日)、垣見恒男さん、林紀幸さんが日本初の衛星を打ち上げたラムダロケットについて語ります。


宇宙作家クラブPRESENTS
「ロケットまつり8」

 ラムダロケットは日本初、世界で四番目の人工衛星を打ち上げたロケットだ。しかし成功に至るまでには4回の失敗があった。5度目の正直で、ラムダ4S-5ロケットは1970年2月11日、衛星「おおすみ」を打ち上げることに成功した。それから35年、今こそ存分に語ろう。ラムダロケットのことを。

【Guest】林紀幸、垣見恒男
【出演】浅利義遠、笹本祐一、松浦晋也

ロフトプラスワン :新宿・歌舞伎町

Open/18:30 Start/19:30
¥1000(飲食別)
当日券のみ

 意外に知られていないラムダロケットの実際を、お二方に語ってもらいます。

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2005.10.17

「戦ふ東條首相」(昭和18年)

 2回、スニークプレビューをしたネタを公開しよう。

 これだ。右の本である。

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 「聖戦書帳 戦ふ東條首相」という、戦争中の子供向け絵本である。昭和18年4月発行、小田俊與という人の編・著。奥付によると5万部を印刷している。当時は紙が配給になっていたはずなので、異例の印刷部数である。定価は2円80銭。子供向けの本としてはかなり高額である。出版は博文館。今も続いている出版社だ。

 内容といえば、当時一流の画家や詩人による、全編これ東條英機ヨイショなのである。昭和18年だから、東條英機は権力の絶頂にいる。時局とはいえあまりにあんまりなおべんちゃらで、よくも一冊の本を作ったものだ。

 その内容はと言えば——一部見出しを抜粋すると


  • 「世界にとどろく大獅子吼(原文は旧字体、以下同様)」(東條首相、帝国議会で演説)
  • 「鉄壁完たり東條内閣」(組閣)
  • 荒鷲の育て親(航空兵団を視察)
  • 靖国の子と共に(靖国神社参拝)
  • 兵と共に(演習視察)
  • 鶴はし戦士を激励(炭坑視察)
  • 盟邦の子供(日本軍占領地域の子供らの頭をなでる)
  • 日々此戦争(首相職務に精励)
  • 生きた戦陣訓(編著者の小田によるヨイショ)

 とまあ、こんな具合だ。これだけ持ち上げられた人物が、二年半後に、戦犯として拘束されると思うと、なんとも言えない気分になる。

 一部を画像で紹介すると——

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 これは「敬神」というページ。「東條首相は、毎朝のやうに明治神宮や靖国神社に参拝し、皇国の安泰を祈り奉り、護国の英霊に心から感謝の誠を捧げることを欠かしません」。とある。

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 これは「軍神の子」というページ。「東條首相は、軍神加藤少将家を弔問して三人の遺児を激励しました」とある。加藤少将とは加藤隼戦闘隊で有名な加藤武夫中佐のこと。昭和17年に戦死して、二階級特進で少将となった。

 全編こんな調子なのだ。驚くべきことには、「荒城の月」で有名な土井晩翠が、「東條首相に寄す」という詩を寄稿している。

 廟堂いくたび風貌変えて
 最後に東條陰雲破り
 霹靂轟き清風起る

と、おべんちゃらでも素晴らしく格調高い。

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 巻末にはご丁寧に「東條兵団」なる歌の楽譜まで掲載されている。作曲は、中山晋平、古賀政男などと共に「歌謡界四天王」と言われた大村能章だ。

 この本は、大学のクラブの後輩で、現在は某大手新聞社で記者をしている軍服コスプレイヤーU君が、「コミケで分析書を出して下さいよ」という条件で譲ってくれた。その約束を果たせぬままかなりの時間が経過してしまったので、一部ここで公開する次第。

 いったい何だってこんな本が、あの戦時中に出てしまったのか。

 実はこの本の細かい解説が空席通信on the netというページにある。学生諸君へと題されたページだ。

 同ページによると、どうやら編著者の小田俊與が、この奇妙な本を読み解く鍵らしい。

 画帳の編著者小田俊與は、敗戦後、社会大衆党などの党首を名乗って衆議院、参議院、東京都知事など、選挙のたびに立候補し落選する、「泡沫候補」の常連だった人物だ。選挙のつど、公報に記載される経歴が微妙に異なるので真偽の程は定かではないが、ある選挙公報によると、一九四二年には「首相秘書官」、つまり東條首相の秘書官をしていたとある。

 つまり時局に乗ろうとして、政治の周辺を飛び回っていたかなり軽薄な人物だったらしいのだ。どうやら、そんな人物が、飛ぶ鳥を落とす勢いだった東條英機におべんちゃらするために、こんな本を作らせたらしい。

 小田が東條首相の秘書官というのが事実ならば、企画の存在を東條が知っていた可能性がある。知っていて、こんな本の出版を許したとしたら、当時の東條はかなり浮かれていたということになる。正直、この本には現在の北朝鮮の「偉大なる将軍様」とよく似た雰囲気がある。天皇の忠臣を自認していた東條に、将軍様になる意志はなかったろうが、周囲には勝手に東條を将軍様へと祭り上げる雰囲気があったのだろう。つまり、それほどの権力を東條は手中に収めていたわけだ。


 東條英機に関しては、ここ数年再評価の動きが出てきている。再評価にあたっては、戦後ひたすら沈黙を守ってきた東條家の人々が、佐藤早苗氏による一連の「東條もの」以降少しずつ生身の東條英機の有り様を語り始めたということが大きいだろう。

 が、この本が示すのは、子供向けおべんちゃら本が出るほどの権力の腐臭が、最盛期の東條周辺に漂っていたということではないだろうか。

 私としては、東條が松前重義をはじめとした反対者を、徴兵年齢が過ぎているにも関わらず徴兵し、しかも激戦地に追いやったことを重く見る(Wikipedia東條英機の項、現在の一般的な評価を参照のこと)。理由はどうあれ、東條は明らかに権力を濫用している。首相としての東條は同時に権力を濫用する人物だったということだ。

 東條家の人々は、東條英機を良き家庭人だったと語る。しかし首相に良き家庭人という資質は必須ではない。逆に権力の濫用をしないという資質は必須だ。石原莞爾の「東條一等兵」という酷評はともかくとして、権力の濫用という一点を見ても、彼は首相の器ではなかったのだろう。

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2005.10.16

福岡県弁護士会の書評で、「月のひつじ」を思い出す

 「月のひつじ」という映画がある。アポロ11号の月着陸時の電波を中継したオーストラリア・パークスのパラボラアンテナを巡る映画だ。この映画が銀座・シネスイッチで公開された時、同時に映画館ロビーでアポロの写真パネルが展示された。

 私が映画を観た後で、パネル展示の解説を読んでいると、横にやってきたカップルの男の方が、得々と説明を始めた。「アポロってさあ、本当は月に行ってないんだぜ…」

 脱力した。思いっきり脱力した。お前ら今まで何の映画を観てたんだ。アポロの月着陸船からの電波を受けたのは、オーストラリアのアンテナだって映画だったろうが。オーストラリアの技術者がなんでアメリカの偽造に付き合う必要があるのか——そう考えれば事の真偽など一発だろう。

 こんのバカモンがあっ。

 とはどならずに、私は礼儀正しく会話に割り込み、「そんなことはないですよ」と諄々と解説したのであった。女性にいい顔をしたかったと思しき男は少々不満な顔をしていたが、女性のほうは「へえ、そうなんですか」と聴いてくれた。おじゃま虫ではあるが、もちろん嘘ネタで女の子に対して精神的に優位に立とうとした男がいかんのである。

 なぜ、こんな思い出話をするかといえば、こんなページを見つけてしまったからだ。

福岡県弁護士会の読書:人類の月面着陸は無かったろう論

 あのなあ…

 弁護士の職務には、様々な証拠から真実を見いだすということも入っている。それが無批判に信じ込んでどうするというのだろう。「ああ、私も真実が知りたい・・・!」って、検索もかけなかったのだろうか。

 とはいえ、責めてばかりはいられない。

 この記事を書いた 霧山昴さんという弁護士さんは、他にもアポロとソユーズの書評もアップしている。無関心ではなく、人並み以上に宇宙に対する興味を持っておられる方なのだろう。

 「アポロとソユーズ」書評にある

「 いや、ともかく私は本当に彼らが月面を歩いたという見える証拠がもっとほしい。そう思ってしまいました。なにしろ、スコット飛行士だけでも月面に3日間もいたというのです。もっとたくさんの写真があれば・・・、と思いました。」

というのは、「NASAのホームページに行け!」で終わる話だ。

 しかし

「 34年も前に月世界におりたち歩いた人類は、今ではそんな高度な技術があったのか不思議に思われるほど、後退してしまった印象があります。それは今回のスペースシャトルの出発と帰還がヒヤヒヤの連続だったことにもとづきます。」

という印象は、かなり多くの人が持っているのではないだろうか。

 アポロ月着陸が偽造だったとする意見が跳梁する背景には、「1969年に出来たことがなぜ今できないのか」という素朴な感覚がある。それに対する答えは、「アメリカがスペースシャトルという巨大な迷い道に踏み込んでしまったからだ」というものだが、こちらの認識は、まだ浸透していない。

 頑張らねばいかんな、と、これは自戒である。

 アポロ11号の歴史的な月着陸の時、月からの画像を中継したのはオーストラリアの片田舎、パークスにあるパラボラアンテナだった。アンテナに詰める技術者達は、確実な受信を目指して奮闘する——地味だけれども、心温まるとても素晴らしい映画。実際のところ、パークスのアンテナにはもっと多くの技術者が詰めた、しかし映画では、登場人物を思いきり絞り込むことで、どことなく田舎っぽいオーストラリアの雰囲気を出し、同時に映画としても密度を上げている。いや、本当にいいねえ、しみじみ。


 デイヴィッド・スコット、アレクセイ・レオノフというアメリカとソ連の宇宙飛行士が、それぞれの立場から1960年代から70年代にかけての体験を綴った本。注目すべきは、レオノフのパート。ソ連崩壊後に色々な話が出てくるようにはなったけれども、それでも日本語で読めるソ連の宇宙飛行士の回想は貴重だ。

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2005.10.15

用意しているネタをもう一回先出しする

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 用意しているネタを先出しするで、ちょっと出した奴。小林伸光さんにはばれでしまったが、もうちょっと引っ張ることにして画像をさらに一枚出そう。先のマンガ絵と同一人物だ。

 そしてこれらは、同じ書籍に掲載されている。つまりその書籍がネタというわけ。

 この絵はかなり美化されているが、まあ誰か分からないわけじゃない。そう、その人物を巡る本なのです。

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2005.10.14

ミヤタの方に質問する

 以前前輪駆動・後輪ステアリングのリカンベントを夢見るという記事を書いた。その後、私の興味は消えたわけではなく、色々考えていたのだが、昨日、たまたま縁あって宮田工業の方に質問する機会を得た。そう、ミヤタ自転車の会社だ。消火器と自転車の製造が主な事業で、茅ヶ崎に工場がある。

「自転車の開発にあたって、動力学的解析なんですが、なにか参考文献はありませんか」
「開発にあたって、解析はやってないです」

 へ?
 そうなのか?

「自転車というのは乗車する人も込みの系なんです。人は60kgとか70kgあるのに対して自転車はせいぜい十数kg。しかも人は均一ではなくて、千差万別です。だから事実上解析ができないんです」
「しかし、人が乗らない自転車が坂道を下るというような場合の安定性は、解析の対象ですよね」
「できますが、それじゃ実際の使用状況じゃないでしょ」
「じゃあ、自転車の開発というのは試行錯誤でやっているんですか」
「そうです。人は千差万別なんですが、それでもちょっとした設計変更による違いを感じ取るものなんですよ。それこそセンサーに引っかからないような微小な変化でも『なにか違う』ということで感じ取ることができる。だから試行錯誤をせざるを得ないんです」

 そうか…そういうものなのか。

 逆に言えば、試行錯誤でできるなら、私にも何かできそうだ。

 私の抱えているアイデアをぶつけてみる。「そんなことはとうの昔にやりました」と言われるかと思っていたが、そうは言われなかった。

「やってみなけりゃ分かりませんが、面白いですね」
「そうですか」
「いや、自転車って面白いですよね。色々なアイデアが次々に出てくる」

 そうだよなあ。最近だと、思い切り小さな6インチや8インチの車輪を使った折り畳み自転車があれこれ出てきているし(KOMAのようなものだ)、二輪駆動自転車も製品化されたようだし、まだまだ工夫の余地があるということだろう。

「今の自転車の形状ですが、これまでにさんざん工夫されてもう改良の余地がないような気がしますが、意外に『自転車はこんなもの』という先入観にとらわれているだけということはないですか」
「それは、あるかも知れませんね。最近だとリカンベントも面白いし」

 一つ言われたのが、人間の保守性だ。
「色々我々も工夫するんですが、すぐに『これは違う』ということになって売れないんですよ。乗り続ければ一週間で慣れるようなものなんですが、試乗ではそこまで分からない。とにかくお客様は保守的なものです」

 新しいシステムを提案するなら、違和感を最小にする工夫が必要がありそうだ。

 しかし、その道のプロに、無碍に否定はされなかったというのはうれしい。社交辞令の可能性はあるが、こういう時は調子に乗るほうが楽しい。

 時間を作ってちょいと頑張ってみるかな。

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2005.10.13

神舟6号打ち上げに関するネット上の意見に意見する

 「神舟6号」の打ち上げと飛行に関連して、ネットではかなりいい加減なデータに基づいた独善的な意見が散見される

 何を考察し意見を表明するにしても、まずは事実関係を押さえなくてはならない。「神舟6号」は、有人宇宙活動について多くの人が自分なりに考えるチャンスでもある。

 以下に私が知る限りの事実関係、及び私の意見をまとめておく。


・打ち上げ直前まで、どの宇宙飛行士チームが乗るかは、決定されなかった。安全性配慮皆無。さすが人権無視の国。


  • 同じ訓練を受けた飛行士チームを用意し、ぎりぎりまで引っ張って当日の体調までを加味して飛行チームを選抜するのは決して悪いやり方ではない。むしろ成功率を上げるためには当然の方法だ。
  • 神舟宇宙船は、1999年以降まずは4回の無人飛行でテストを行い、5機目で有人飛行を実施した。それだけ慎重かつ段階的に技術開発を進めているということである。
  • 安全性を云々するなら、最初の打ち上げであるSTS-1(1981年、オービターは「コロンビア」)に2人の宇宙飛行士を搭乗させたスペースシャトルのほうが、遙かに危険を犯していたといえるだろう。スペースシャトルはそれまでの「マーキュリー」から「アポロ」までのカプセル型宇宙船とは全く異なるシステムだった。しかも開発はトラブル続きで、初飛行時には耐熱タイル脱落の危険性が完全には解決していなかった。その状態でアメリカは、無人の飛行試験を行わずに、宇宙飛行士を乗せて打ち上げた。もっとも、それは人権無視ではなく、リスクを十分に理解した上で、宇宙飛行士が任務を遂行する意思を表明したということではある。


・中国はロケット失敗で村を吹っ飛ばしたことを隠すような国だ。どうせ有人飛行でも人権無視バリバリだろう。


  • 1996年2月14日、「インテルサット708」を搭載した長征3Bロケットが打ち上げ直後に近傍の村に墜落し、多数の死者を出した。中国政府はこれを隠蔽したが、打ち上げに立ち会っていた衛星製造元の米スペースシステムズ/ロラール社の技術者によって事実が世界に知れ渡った。これは事実だ。
  • しかし、その後中国の宇宙開発上層部では、粛正と形容すべき苛烈な責任追及が行われ、主要メンバーが一新した。
  • その後、長征ロケットは9年間、40機以上もの打ち上げ成功を続けている。
  • この事実から推測するに、1996年の事故以降、「無能」と判断された者は容赦なく引きずり降ろされ、変わって有能な者が主要な職に就いたと考えられる。
  • 事故隠蔽は恥ずべきことだが、彼らが組織の自浄能力を持つことを過小評価するべきではない。果たして我々のJAXAはどうか。省みる必要がある。


・宇宙船は40年前のソユーズ宇宙船のコピー、ロケットはソ連の技術だ、中国の宇宙技術など大したことない。


  • 中国のロケット開発は、アメリカのジェット推進研究所で、創設者セオドア・フォン・カルマンの片腕として活躍した銭学森博士が、帰国してから始まっている。また、現在主力の長征ロケットは、中国とソ連の関係が悪化した1960年代以降に開発された。このことから、中国のロケットはルーツはアメリカの技術で、実際面では独力で開発されたと見るべきである。決してソ連の技術をそのまま導入したというものではない。
  • 一部では、「中国のロケットはヒドラジンなんかを使った時代遅れだ」という意見もある。しかしヒドラジンと四酸化二窒素の組み合わせは、混合すれば確実に着火する。確実性の高い推進剤だ。ロケットに要求されるのは「定時に確実に打ち上げられ、確実に荷物を軌道に送り届けること」だけだ。先端技術を使う使わないは、道具としてのロケットの評価には関係ない。ヒドラジン系推進剤の使用は、むしろ手慣れた古いが信頼できる技術を、適材適所に使っていると評価できる。
  • 神舟宇宙船は、確かに機械モジュール、再突入カプセル、軌道モジュールの3分割構成で、再突入カプセルの形状はソユーズ宇宙船とほぼ相似形だ。中国とロシアは1995年3月に有人衛星技術供与の協定を結んでおり、ソユーズの技術が神舟に導入されたのは間違いない。
  • しかし、神舟の構成を子細に見ていくと、それがソユーズのデッドコピーではなく、中国なりの改良を大幅に盛り込んだものであることが分かってくる。おそらくは、再突入から着陸までの最も危険なフェーズに関連する技術——例えばカプセルの空力形状や耐熱技術、パラシュート展開や着地時の逆噴射ロケット——といった部分については実績のあるソユーズの技術を導入し、その一方で、機械モジュールや軌道モジュール、アビオニクスなどは中国独自で開発したのではないだろうか。
  • 特に、太陽電池パドルと姿勢制御系を持つ軌道モジュールは、ほぼ完全に中国の技術で開発されたと見るべきだろう。ソユーズの軌道モジュールは、とりあえず宇宙飛行士が脚を伸ばして過ごす空間という程度のものだが、神舟の軌道モジュールは、高度な自律性を持った小型宇宙ステーションである。
  • 機械モジュールを見ると、太陽電池パドルが回転機構を備えていることが目に付く。ソユーズのパドルは回転機構を持たず、定常飛行中のソユーズはパドルを太陽に向けた姿勢でスピン安定を取る。パドルが回転するということは、神舟がスピン安定ではなく、三軸安定を行うことを意味している。つまり内部の設計は根本からソユーズと異なるであろうことが分かる。


・有人宇宙飛行のようなことをやる前に、国内の貧富格差や人権問題など地上で解決すべき問題が山積しているのに、中国はなにをやっているのか。


  • 国内に貧富格差や、民族問題を抱える中国にとって、有人宇宙開発は、国家統合のシンボルとして、国内統治にとって有効な手段でもある。有人宇宙飛行は、必ずしも一枚岩ではない中国人民に国家意識を持たせる有効な統治策なのだ。中国首脳部は、有人宇宙飛行は貧富格差や人権問題を「解決」ないし「棚上げ」にする有効な統治策として認識しているはずである。
  • また、2008年北京オリンピック、2010年上海万国博と続くビッグイベントに向けた、国威発揚としても意味がある。中国はここ数年、太平洋を挟んだアメリカと対峙する姿勢を示しつつある。アメリカに対して中国のプレゼンスを示すには、有人宇宙飛行は大きな外交的パワーとなる。


・中国が有人宇宙船を作ったと言っても、技術的に遅れているカプセル型だから大した事ない。日本はもっと進んだ有翼型の有人宇宙船を作る。中国に遅れを取っているわけではない。


  • カプセル型宇宙船が、無条件に有翼型宇宙船よりも劣るというのは、スペースシャトルが振りまいた幻想である。評価すべきは「安全に人間を宇宙に送り届け、安全に帰還できるか」ということであり、次いで「安全性を確保した上で低コストかつ定時の運航ができるか」ということである。神舟は、コストは1回5億元と言われている。安いとは言い難い。しかし、安全性については実績のあるソユーズの技術を使っている。また、今回の神舟6号が、予告時刻通りに打ち上げられたことで分かるように、定時運行も可能だ。安全性と定時運行という面では、神舟は要求を満たしている。
  • 中国の有人宇宙開発で、私が脅威と考えるのは、十分な時間をかけて、一歩ずつ前進するという方針で進めていることだ。新しい技術で一気に高飛びというようなことを一切してない。一回一回の飛行の間隔を十分に取り、毎回の打ち上げごとに基本の設計に対して改良を加えて完成度を上げてきている。宇宙船が使い捨てであることを逆に利用して、毎回少しずつ進化させているのだ。今回の6号では、軌道モジュールが、5号の時のものに比べて、長期滞在用設備を拡充しているという。


 最後に。

[FLASH]神舟6号の宇宙活動(asahi.com)


  • このフラッシュでは「軌道船」となっているが、軌道モジュールの太陽電池パドルが開いていない。
  • ささいなことだが、「推進部」となっている機械モジュールの後部が太すぎる。
  • 「帰還船」となっているが、再突入カプセルの突入方向が反対。この方向だとカプセルは燃え尽きてしまう。
  • 資料提供、未来工学研究所となっているが、このフラッシュを見て、未来工研は頭を抱えていると思う。しっかりしろ、朝日新聞。

 中国にかこつけて自分の宣伝をしてどうするよ、とも思うが、カプセル宇宙船と有翼宇宙船という件については著書2冊で、十分書いたと思っている。疑問のある方は、とにかくこれらの2冊をまずは読んでみてほしい。カプセル型宇宙船については、こちらの本で集中的に解説している。

 スペースシャトルに代表される有翼型宇宙船の問題点についてはこの本に書き込んだ。

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2005.10.12

中国、神舟6号を打ち上げ

 本日10月12日、午前10時(日本時間)、中国は2人の宇宙飛行士が搭乗した有人宇宙船「神舟6号」を内モンゴル自治区西部の酒泉衛星発射センターから打ち上げた。打ち上げは成功し、費俊竜(Fei Junlong)、聶海勝(Nie Haisheng)の2名の中国人宇宙飛行士が、今現在地球を回る軌道に滞在している。
 打ち上げは中央電視台で生中継された。ロケットの打ち上げをテレビで生中継するということは、打ち上げの確実さについて中国が相当の自信を持っているということだ。

 ここでは多くを書かない。事実のみを指摘する。

 日本は1985年からアメリカのスペースシャトル利用と国際宇宙ステーション(ISS)への参加を通じて有人宇宙活動を開始した。

 それから20年が過ぎた。

 スペースシャトルで5人の宇宙飛行士が飛んだ。しかしISS日本モジュール「きぼう」は完成し、フロリダに出荷されているにもかかわらず、いつ打ち上げられるかは不明。そもそも打ち上げられるのかどうかすら、スペースシャトルの不調のために分からなくなっている。
 しかし日本にできることはない。宇宙への輸送手段であるスペースシャトルはアメリカのものであり、日本のものではない。このため日本の都合でどうこうできない。日本の有人宇宙活動は地上から宇宙へと連続して繋がってはいない。


 中国は1992年から独自有人宇宙船「神舟」の開発を開始した。

 それから13年が過ぎた。

 神舟は1999年以降、4回の無人飛行によってテストされ、2003年10月の「神舟5号」で、初の有人飛行を成功させた。今回の「神舟6号」では2人の飛行士が5日間の宇宙滞在を行い、宇宙空間での実験を実施する。

 中国の有人宇宙開発は輸送手段である「長征2F」ロケットから「神舟」宇宙船に至るまでの一式を中国が保有している。地上から宇宙へ、そして宇宙から地上へと連続してつながっているのだ。このため自分で将来計画を立てることが可能である。


 日本の有人宇宙計画は、将来不安なISS日本モジュール以降の計画を持っていない。現状は「とにかく巨額の開発費と時間をかけた『きぼう』をなんとか成功させないと」というところで思考停止を起こしている。しかもその成功は、ひとえにアメリカの態度にかかっている。日本に意志決定の自由はない。

 中国は、今後の有人宇宙開発に関してはっきりしたロードマップを持っている。次の「神舟7号」では、宇宙服を着用しての船外活動を行う。7号にには女性飛行士を搭乗させることも検討されているという。「神舟8号」と「神舟9号」はランデブー・ドッキングを行う。神舟の軌道モジュールは、太陽電池パドルと姿勢制御機能を持つ。つまり小型の宇宙ステーションとして機能するように設計されている。有人のランデブー・ドッキングを実現するということは、中国が小型の独自有人宇宙ステーションを持つということを意味する。 

 この先10年、日本と中国は何を実現するのだろうか、考えてみて欲しい。

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2005.10.11

喫煙に関するページをいくつか見つける

 「禁煙ファシズムと戦う」と関連してネットを回っていると、色々面白いページが見つかった。

  • 喫煙者を救え!

       明快かつ簡潔にまとまった正論。素晴らしい。筆者は元喫煙者。

  • ダメ人間の認知的不協和論

       ああ、あるある。私もこのパターンにはまりこんだことがある。

  • 煙草とワタクシの暗い思い出

       あまりに悲しい体験談。ここまでむごい経験を私はしたことがないけれども、帰宅してセーターを脱いだ時など、セーターに付着した煙のにおいにうんざりすることはある。

 「禁煙ファシズムと戦う」を読む人は、これらのページも参考にすると良いと思う。

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2005.10.10

「禁煙ファシズムと戦う」を読む

 「禁煙ファシズムと戦う」(小野谷敦編著、斎藤貴男著、栗原裕一郎著 ベスト新書)を読んだ。

 川端裕人さんの「ニコチアナ」を読んで以来、タバコの害というものを否応なしに考えさせられている。もちろんその背後には、「俺はタバコを吸い続けて長生きするんだ」とタバコを止めることなく、死に臨んでもタバコを止められなかった父の姿がある。父が何を考えていたかは手に取るように分かる。健康なときは「俺がタバコごときで死ぬはずがない」、体を悪くしてからは「どうせ死ぬのだからタバコを止める必要はない。タバコぐらいは吸い続けたい」だったのだ。

 あるいは、ちょっとばかり話題になっている「禁煙ファシズム発動(大事な人に押し付ける)」を読んでみたり。そう、私もまた、誰がタバコを吸おうと、私が煙たくなければ知ったことではない。でも、父にはタバコを止めて欲しかった。大腸ガンの発病確率が幾分なりと下がるなら、止めて欲しかったのである。

 しかも上記エントリのコメント欄に、上記本の著者の一人である小谷野敦氏が「煙草と肺癌はあまり関係ないです。癌の原因は一に遺伝、二にストレス。ファシズムはやめてください。(小谷野敦)」という、かなり感情的と思える書き込みをしている。

 どうやら「禁煙ファシズムと戦う」は喫煙者の理論武装の書らしい。なら読んでみなくてはならない。そう考えたのだった。

  本書は事実上、小谷野敦氏の著書だ。氏が企画し、文章を書き下ろし、氏の頼みに応じて斎藤貴男氏と栗原裕一郎氏が、過去に発表した文章を再掲載している。

 中核となる小谷野氏の議論だが、あまり冷静とは言えない。喫煙の害については、受動喫煙の害を否定するエンストローム論文(本書末尾に掲載されている)にのみ拠っており、その他の論文は何をどう検討し、どのような結論に至っているかを調べてはいない。つまり都合の良い論文をつまみ食いしている。受動喫煙の先駆的研究である平山雄の論文を「インチキであることはほぼ明らかになっている」と書くが、それは平山の論文の否定であっても、受動喫煙の害の否定ではない。本書からは、小谷野氏が受動喫煙の害を主張する平山以降の多くの論文を直接吟味した形跡は読み取れない。このあたりは、川端裕人さんが「『禁煙ファシズムと戦う』についてのコメント1、疫学の誤解について」で、きちんと論証している。

 川端さんの議論は、以下の3つの記事で公開されている。これも喫煙問題を考える上ではずせない文書だと思う。

 基本的な小谷野氏の主張は、以下の通りだ。


  1. 自動車の排気ガスや飲酒など、タバコの他にも社会に害なすものは多い、なぜタバコだけがかくも排斥されるのか。
  2. タバコの害をことさらに言い立てるのは特定集団を排斥したい考える心の有り様だ。それはファシズムである。
  3. ニコチンはストレス解消に効果がある。喫煙者にとってタバコよりもストレス社会であることがより大きな問題である。
  4. 人間の寿命は喫煙如何ではなく遺伝的素因で決まることが、分かってきた。先天的に寿命が決まるという不条理に耐えられない者が「遺伝」という科学に代わって「受動喫煙の害」というエセ科学にすがろうとしているのだ。

 私の意見はといえば、
 1)は、確かにその通り。しかしこれらをタバコの害とリンクさせて語るべきではない。独立して考えるべき問題だ。
 2)は、小谷野氏の考えすぎと見る。タバコを吸わない者として私は、昨今の分煙と禁煙の進行で、「タバコの煙がないということは、かくもすがすがしいものだったのか」と感じている。つまるところ、根本にあるのは喫煙者と非喫煙者がタバコというものに持つイメージが大きく異なるというところに、禁煙運動が喫煙者を必要以上に圧迫する原因があると思う。
 3)は、その通り。ニコチンに鎮静効果があり、紙巻きタバコは第一次世界大戦を契機に世界に広がった。が、戦場で死の恐怖から逃れるために使われたタバコを、いかにストレス社会とはいえ、平和な社会で一体どこまで容認するべきなのかは、よく考えねばならないだろう。
 4)は粗雑な議論だ。ガンにかかりやすいガン遺伝子は確かに見つかっているが、遺伝的素因のみで寿命が決まるわけではない。能動的喫煙が、ガン遺伝子を持つ者も持たない者の双方でガンの罹患可能性を上げることを無視してはいけない。

 本書の面白さは、むしろ小谷野氏の嘆き節とでもいうべき書き口にある。自分の体験を肴に、怒りや嘆きを文章芸にまで高めているといえるのではないだろうか。純粋に読み物として面白い。

 それと、1)に関して、少なくとも自動車が社会にもたらす害に関しては、かなり的確な指摘をしている。一体自動車がもたらす利便は、大気汚染や交通事故による不利益を補ってあまりあるものなのか。
 それはタバコの害と切り離して、十分に議論し、行動しなければならない事柄だ。自動車がタバコ以上に問題にすべき事柄だと主張するならば、小谷野氏はタバコとは独立して自動車という文明の利器がもたらす効用と害悪について、一冊の本を書くべきと思う。

 一体我々は、タバコというものと今後どう向き合うべきなのだろうか。その害ははっきりしているが、ではどう行動すべきなのだろうか。小谷野氏は自動車の害について、自動車産業の利権を指摘するが、タバコ産業もまた巨大な利益を生み出す利権だ。利権には、それで生活する者が張り付き、そこから搾取をする者が寄生する。利権の絡む問題を解決するのは非常に難しい。なにしろ国家もまた、税金という形でタバコ産業に寄生しているのだ(タバコは、税収以上に保険財政の悪化という形で国家財政を蝕んでいるわけだが)。

 私思うに、本気で社会の脱ニコチン化を進めるなら、日本統治下の台湾で、後藤新平が採用した阿片政策を採用するしかないのではないだろうか。後藤は、まず阿片中毒患者に対しては阿片を供給し、一方で阿片の流通を徹底的に取り締まり、新規の中毒者が出ないようにした。そのうちに阿片中毒患者は死に絶え、阿片中毒に支払う社会的コストはゼロになるという、極めて気の長い方法だ。

 例えば、タバコの購入を特定の電子マネーカードでしかできないようにする。現在の喫煙者には全員このカードを配布する。一方、一切の新規申請は認めないことにする。カードは本人の死去に伴って無効になる仕掛けをしておく。こうして100年も経てば、社会の脱ニコチン化は達成されるだろう。それは同時に100年をかけてタバコ産業を安楽死させるということでもある。

 それでも残るものはあるだろう。パイプで吸う刻みタバコと葉巻ぐらいは、文化として残しても良いかもしれない。しかし、手軽に喫煙できる紙巻きタバコは、はっきり絶滅させるべきだ。「ニコチアナ」を読んで、私は「紙巻きタバコは文化ですらない。ニコチン依存症を金にする商品だ」と考えるようになった。

 小谷野氏はファシズムというが、私は、現在の分煙の傾向を好ましく感じている。これほどまでにタバコの煙が社会に充満したのは、ウォルター・ローリーが喫煙をファッションとして新大陸から欧州に持ち込んて以降、なかんずく紙巻きタバコというテクノロジーが第一次世界大戦を契機に世界に広がって以降だ。そう考えれば、脱ニコチン化ということは、単に第一次世界大戦以前、ウォルター・ローリー以前に戻るということなのだ。

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2005.10.09

山中湖でメッサーシュミットについて話し合う

 8日、夕方から山中湖へ。三河方面からバイクツーリングに来たおうやんさんを迎撃し、コテージで宴会。自動車技術者のおうやんさんから、ああだこうだと話を聴く。メッサーシュミットを初めとした、戦後の一時期、欧州で流行した屋根付きスクーター(カビネン・ローラー)の話など。

「ドイツは道が良かったからあんな小さなタイヤのクルマが実用的に走れたわけですね。日本は道が悪かったからカビネン・ローラーはものにならなかった。日本のモータリゼーションはスバル360まで待たねばならないわけです」
「スバル360のサスペンションは、確か日本の悪路を快適に走れることが目的でしたっけ」
「そうですね」
「最近、メッサーはレプリカも買えますけど」
「でもね、今はレプリカのほうが故障しなくていいかも知れないけれども、10年も経つとオリジナルのほうがパーツ流通がいいってことになるかもですよ。とにかくメッサーはパーツが手に入りますから」

 うむむ、メッサーは欲しい。前から欲しいと思っているのだ。が、手に入れれば泥沼になるのは目に見えているので、控えている(金もないし)。大田区にコレクターズオートという専門店があって、かつては北澤さんという偉大な職人さんが一人で日本のメッサーの面倒を見ていた。北澤さんは数年前に天寿を全うされたとのことで、今、コレクターズオートはどうなっているのだろうか。
 そういえば以前、野田さんや野尻さんと遊びに行った小美濃さんがメッサーのレストアをしていたはずだけれど、進んでいるだろうか。あ、ジェットエンジンなんか載せて遊んでる!さすがだなあ。

「日常的に脚に使いたいのですが」
「そいつは無理かもですよ」

 そうか…。

 バイクは刀を手に入れてから、もう欲しいものがなくなってしまった。強いて言えば後一台、日本車とは全く文化が異なる外車に乗ってみたいと思うぐらいだろうか。
 が、クルマはけっこう気が多い。古い360カーが欲しいなと思うし、もちろん憧れはピンツガウアーだったりチンクだったり。いやというほど金があったら、坊ちゃん嬢ちゃんあこがれのカウンタックの飼い主になるのもいいか、などと考えるし、やはりロータスのクルマはセブンでもエランでもヨーロッパでも、一度は持ってみたいとも思う。

 ま、縁があればいつかは手に入るでしょう。

 翌日は石割の湯に入ってから帰宅。御殿場IC、箱根湯本駅前と渋滞に引っかかってずいぶんと時間を食う。夕暮れの国道134号で、突然目の前に救急車が割り込んできた。何事かと思えば、走り屋風のクルマ3台が絡んだ事故が起きていた。
 クルマで遊べるのも命あったればこそ。気を引き締めて帰宅。

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2005.10.08

イベント:宇宙世代会議2005が開催されます。

 10月16日から21日にかけて、宇宙開発関連の大規模な国際会議第56回国際宇宙会議(IAC)福岡大会が、開催される。

 それに合わせて、学生が主体となったディスカッション・イベント、「宇宙世代会議(SGC)2005」が開かれる。


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宇宙世代会議2005の開催について


次世代の宇宙分野を担う青年世代におけるリーダ育成と、平和的な宇宙利用と探査のビジョンの策定・実現のため、標記のとおり「宇宙世代会議(SGC)2005」を下記のとおり開催しますので、ご案内いたします。

■ 日時 : 平成17年10月14日(金)~16日(日) の3日間

■ 場所 : ASCビルディング(福岡県福岡市)

■ 主催 : 宇宙世代諮問委員会(SGAC) 
代表:Paul Rielly、日本代表:村木祐介

■ 共催 : 国際宇宙会議(IAC)

■ 後援 : 宇宙航空研究開発機構(JAXA)

■ 目的
宇宙世代会議( Space Generation Congress : SGC )は、国連宇宙局の公式な承認を得た国際宇宙会議であり、青年世代の意見を国連宇宙空間平和利用委員会(UN COUPOS)に反映できる唯一の場である。SGCは、次世代の宇宙分野を担う青年世代におけるリーダの育成と、他国との競争資源として閉鎖的になりがちな宇宙分野の平和的な利用と探査のビジョン策定、実現に取り組んでいる。
2005年はIACと公式に統合して開催され、この会議を通して、各国で行われている宇宙活動の経験とそれに基づく新しい宇宙ビジョンの必要性を共有し、現状の宇宙機関とは異なった観点から、青年世代独自の宇宙ビジョンを提言としてまとめ、IACで発表し、最終的にUN COUPOSに提出することを目的とする。

■ディスカッション
1.ディスカッション
ディスカッショングループは宇宙開発全体を大きく対象とした共通セッションと宇宙開発の中のある分野に特化した専門プロジェクトの2つに大きく分かれている。さらに、共通セッションは5テーマ、専門プロジェクトは14テーマに細分化されている。
35カ国160名以上の参加者は、共通セッション、専門プロジェクトからそれぞれ1つ以上のグループに参加する。当日は、事前に行ってきたオンラインディスカッションを基に議論をまとめ、そのアウトプットはIACで発表するほか、最終的には国連へ提出する。

■主催団体プロフィール
 宇宙世代会議(SGC)は国連宇宙局(UN OOSA)の主導で設立された、宇宙世代諮問委員会(Space Generation Advisory Council :SGAC)が主催する。SGACは、1999年の第 3 回国連宇宙会議(ウィーン)において、その原形が作られ、当会議で若手参加者が出した提案は、宇宙と人間の発展に関する”ウィーン宣言”に盛り込まれた。その後、宇宙政策立案を促進することや若者の意見を国連等の組織へ発信することを主目的として活動を続け、2002年、若者の意見集約の場としてSGCを立ち上げた。その他、“ユーリーズナイト”という人類初の宇宙飛行を祝う世界規模(参加規模:2500万人)のアウトリーチや “アンダー・アフリカン・スカイ”というアフリカを4週間旅しながら教育活動を行うプロジェクト等を進めている。

■SGCのこれまでの経緯
2002年 第1回SGC開催(アメリカ・ヒューストン)
2003年 第2回SGC開催(ドイツ・ブレーメン)
2004年 第3回SGC開催(カナダ・バンクーバー)
2005年 第4回SGC開催(日本・福岡)
2006年 第5回SGC開催(スペイン・バレンシア) 予定
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 若い人たちが自分で考えるためのきっかけとなるべく企画されたイベントだ。福岡近辺で興味を持った方は参加してみてはどうだろうか。

 こういうイベントの一方で、では現実の宇宙開発は、と考えると、やらねばならない事が山積している。未来は彼ら若者に任すとして、今をなんとかするのは我々の役目だろう。自分に何ができるわけでもないことは自覚しているが、それでもできることをしないと、と思う。

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2005.10.07

「作曲家の個展2005−松平頼暁」を聴く

 6日は、夕方からアークヒルズのサントリーホールへ。「作曲家の個展2005−松平頼暁」を聴きに行く(朝日新聞によるコンサート紹介)。サントリーホールは毎年、一人の作曲家に焦点を当てたオーケストラによるコンサートを開催している。そのシリーズの24回目。

「作曲家の個展2005松平頼暁」


  • 曲目

    • 「コンフィギュレーションI」(1961−63)
    • 「コンフィギュレーションII」(1963)
    • 「リメンブランス」(1996)
    • 「モルフォジェネシスI」(1991)
    • 「ダイアレクティクスII」(2004)【サントリー音楽財団委嘱 世界初演】

    • 指揮:下野竜也
    • ピアノ:中村和枝(「モルフォジェネシスI」)
    • 管弦楽:東京都交響楽団


 松平頼暁(まつだいら・よりあき)の音楽を、クラシック系音楽を知らない人にどう説明したものか…

 まず彼は「俺の魂の叫びを聴け!」的な音楽の対極に位置する。

 どうやら彼は「今までに聴いたことがない音楽を聴いてみたい」という欲求の上に活動しているらしい。

 だから彼はシステムによる作曲をする。最初にいくつかの規則を設定し、それを自動的に展開していったものが結果として作品となる。あくまで「今までに聴いたことがない音楽」が目的なので、「内面の発露としての音楽」には興味がない、らしい。

 松平の作品は、とても面白い。まずシステムありきで、過去の作曲技法を一切無視するからだ。クールで、キッチュで、しかもシリアスでもあり、ユーモラスでもある。

 実は彼の作品は、独奏や室内楽のような奏者の少ない曲のほうが理解しやすい。彼が作曲にあたって採用したシステムがそのまま音楽の形となっているということが、はっきりと聴き取れるからである。一方、オーケストラ曲は、「なにやってんだこりゃ」になりやすい。複雑な音の動きが、システムの面白さを覆い隠してしまいがちなのだ。

 さあ、今宵はどうかな、と思ったら、半々だった。

 一番古い2曲の「コンフィギュレーション」、特にIの方は、システムがはっきりと聴き取れる面白い曲だった。基本は分散和音に続いて音列技法によるぽつん、ぽつんと音が鳴る点描のフレーズが続く。繰り返すたびに分散和音も、点描の部分も微妙に変化し、聴き手の意識は繰り返しと変化へと集中していく。
 「リメンブランス」、これはかなりきつかった。元はピアノ曲なのだけれど、オーケストラ版への展開で音が分厚くなり、基本的なアイデアがわかりにくくなってしまっている。松平は伝統的なオーケストラ書法に顧慮しない。管弦楽法という技法は、「バランスよく、すべての音を聴き手の耳に届ける」ためのものだ。それを無視するのだから、何をやっているのか、どうしても聴きづらいものになる。
 「モルフォジェネシスI」、こいつもきつい。ピアノソロが入る事実上のピアノ協奏曲だが、オーケストラとソロの関係は伝統的な協奏曲のものではない。ピアノソロが音楽的に重要なパッセージを展開しているのに、オーケストラが覆い被さって聴き取れないというようなことが起こる。

 最後の「ダイアレクティクスII」は面白かった。松平お得意の引用(それもイタリアルネサンスの作曲家ジェスアルドのモテットを、ストラヴィンスキーが編曲した曲を、さらに引用するというひねくれっぷりだ)から始まり、様々な作曲家の曲を直接引用するのではなく、オーケストラ技法を引用するという曲。システム即音楽という身も蓋もない明快さが快い。
 コンサート前のプレトークで、一部ネタばらしをしていたが、曲のラストはショスタコービッチの第5交響曲第3楽章ラストのオーケストレーションをそのまま引っ張ってきて、その上に自分の音を展開するというものだった。

 演奏は、楽譜を忠実に再現するというもの。指揮者の下野竜也は初めて聴いたけれども、とてつもないテクニシャンだ。かなり難しい曲を易々と指揮していた。オーケストラは少々練習不足か。もう少し練習時間があれば、もっと切れの良い演奏になったろう。

 松平は当年74歳。プレトークでは、最近、40年近く作曲してきた演奏時間が2時間近い大作「レクイエム」を完成させ、さらにこれからオペラを三部作で3曲作曲するという予定を話していた。
 前衛という言葉が無意味になってから、もうずいぶん経つけれども、1950年代に前衛として出発した彼が、一貫して自分なりの方法論を貫き、ますます旺盛に作曲をしているという事実は、敬服に値する。今年は彼の個展が3回あるそうだ。

 私は、松平の音楽が好きだ。というのは、松平自身が色々な矛盾を抱えているらしいことがなんとなく分かるから。

 彼はあちこちで「ショパンは嫌いだ」と公言しているが、自作では何度となくそのショパンを引用している。システムによる作曲で一貫し、自分は自作が最終的にどう響くかよりもシステムのほうが重要だ、としているのに、作品表を見ると「墓碑銘」と題した親しい人の死に触発された作品が散見される。かなり激しい政治的主張を目指したと思われる曲すらある(曲名は忘れたが、隠れキリシタンのオラショと、オリジナルのグレコリオ聖歌を同時演奏するという曲もあった。作曲者によると、オラショの変形の度合は、幕府によるキリシタン弾圧の強度を意味するという)。
 自らをマイノリティと規定するのに、作品が英語の題名を持つことについて、「日本にはこういう曲の市場が無かったから」という。つまり英語圏の音楽市場を目指して作曲したということであり、マイノリティといいつつマジョリティになりたいという意志もあるわけだ。
 
その矛盾が面白い。

 こういう作曲家の曲を、どう薦めたものか迷ってしまうが、「とにかく無茶苦茶変てこなキッチュな曲があるよ!」と薦めるのがいいのかも知れない。いや、本当に面白いんだから。


 松平頼暁の代表作を一曲となると、このアルバムに収録された「マリンバとオーケストラのためのオシレーション」ということになるのだろう。これが、見事にぐらいに変な、良い意味で「狂ってる曲」だ。

 まずオーケストラは3群に分割される。しかも3つのオーケストラは1/3音ずつチューニングをずらす。「恋のバッドチューニング」どころじゃない。

 で、ソロのマリンバ共々、オーケストラは、3連符5連符7連符9連符と、通常とは異なる分割のリズムで、短い旋法的なフレーズ(つまり割とわかりやすい響きだ)をえんえんと繰り返す。例えば5連符で音符6個で1フレーズに、7連符で音符8個で1フレーズというような、ひねたリズムが重ねられる。もちろんそういうフレーズは厳密なシステムに基づいて作られる。
 つまり様々なやりかたでシステマティックに「ずれ」を音楽に組み込んで、音響的にもリズム的にもモアレ模様を作り出すというのが、この曲の目的なのだ。

 結果として鳴る音楽は、豪華絢爛そのもの。ガムランとも中国の礼楽ともつかない異様な響きで朗々と鳴り渡ることになる。しかも曲全体の要となるソロのマリンバは、音楽を司る巫女のように「狂う」ことが要求される。マリンバ奏者は、叫び、演技し、曲の後半にはかなり長い即興を行う。

 にも関わらず、作曲者にとっては、この曲が派手で狂っているように響くということは無意味なのだ。確か初演の時だったか「極彩色の鳥が飛ぶようだ」という批評が出たことことがある。作曲者の反応と言えば「システマティックに音を組んだだけで、そんな印象を引き出すように意図したつもりはない」というものだった。

 この曲、NHKが出している尾高賞という賞を取った。尾高賞受賞作は、NHK交響楽団が定期演奏会で2回演奏することになっている。ところがN響メンバーが「こんな曲やってられるか」と怒ったために、2回目の演奏はキャンセルされてしまった。オケのチューニングをずらすというところで、演奏家の生理的反感を買ってしまったらしい。まったくもって、この素晴らしく狂った名曲にふさわしいエピソードだと思う。

 余談だけれども、誰か新進のマリンバ奏者が、池野成「エヴォケイション」、松平「オシレーション」、伊福部昭「マリンバとオーケストラのためのラウダ・コンチェルタータ」というプログラムでコンサートを開かないかしらん。どれも体力勝負で狂気全開でありつつクールに演奏しなくてはならない曲だ。一晩でまとめて、是非とも聴いてみたいところ。

 システムを聴き取るという点では、こちらのピアノ作品集のほうが面白いかも知れない。どの曲も「オシレーション」のような派手な印象はなく、静かな佇まいを見せる。特にアルバム表題作である「BINARY-STARS 連星」は、どこにも刺激的なところがないとてもクールな曲だ。例えば、坂本龍一のピアノ曲が好きな人ならば、きっと気に入るのではないだろうか。

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2005.10.06

用意しているネタを先出しする

face

 今日は、用意しているネタをちょっとスニークプレビューすることにする。
 さあ、この絵は何でしょうか。なにやら時代がかっているし、なんとはなしに不穏当な雰囲気もある。ひょっとして戦争中にアメリカが配布した抗日ビラか!イエロー・モンキー死すべし!!

 もちろんそうではなくて、もっと情けないものだ。近いうちにきちんと説明するので、乞うご期待(というわけでもないか)。

 これがなんだか分かる人います?

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2005.10.05

飛行機の脚を愛でる

 ある種の男の子にとって、メカニカルな構造は愛玩の対象だ。もちろん私はその「ある種」に属しており(もう男の子、ではないが)、機械の仕組みに多大な興味を抱き続けている。

 で、こんなページを見つけた。

 ・飛行機の脚

 いやあ、これは楽しい。飛行機の脚の引き込み方法は古今東西様々な工夫が凝らされている。それをこうやって動きも込みでまとめて見ることができるとは。インターネット万歳だ。

 そこで思い出したサラリーマン時代の先輩が話してくれたエピソード。その先輩はサスペンションのカヤバで働いていたことがあり、ボーイングB-767旅客機の脚開発で、一時期ボーイングに長期出張したことがあった。そのときの話。

 完成した767用の脚が、テストでうまく引っ込まなかったのだそうだ。引っ込みかけた脚が、どうしても機体側と干渉してしまう。蒼白になった先輩の肩をボーイングのベテラン技術者が叩いた。なんでもB-29の脚を設計したという練達のおっさんだったという。
「心配ない。明日、Yシャツのパッケージに入っている厚紙を持ってこよう」
 Yシャツは型くずれしないように、ボール紙の型紙を挟んで売っている。そのボール紙を持ってくるといったのだそうだ。
 先輩は何を言っているのかさっぱり理解できなかったという。
 翌日、ボーイングのベテラン技術者は、本当にYシャツのパッケージに入っているようなボール紙を持ってきた。そして、ボール紙を脚の干渉する部分に当てて、マジックインキでハッチングをすると「この部分をこれぐらい切り取ってくれ」と指示を出した。

 これでOK。何事もなく、脚は引っ込むようになった。

 何しろ酔った時に聞いたので、このエピソードが本当かどうかは知らない。でも、いかにもありそうな話ではある。今でこそ、部品の干渉はコンピューターでシミュレーションできるが、767の開発をしていた1980年代前半ぐらいまでは、干渉を避けつつ可動部品を設計するということは、名人芸の領域だった。

 その後767の脚は、ノースロップのB-2ステルス爆撃機に流用された。その先輩は酔うと、よく「B-2の脚を設計したのは俺だー」とのたまったものである。

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2005.10.04

知られざる「祝典序曲」を紹介する

 うわ、この曲、CDが出ていたのか!

 「三善晃」をキーワードにネットをさ迷っていて、見つけてしまった。三善晃「祝典序曲」(1970)のCD。オリジナル曲はオーケストラだが、CDは天野正道による編曲版で、ブラスバンドが演奏している。

 この曲、題名と年代でもうお分かりだろう。大阪万国博「EXPO'70」の開会式のために作曲された約5分ほどの曲だ。

 それだけでは珍しくもないが、実は非常に特異な曲なのである。

 聴けばすぐに分かるのだけれども、全然「祝典」という雰囲気ではないのだ。冒頭のファンファーレからして微妙な不安感に満ちており、そこかからなだれ込むようにして始まる主部は、変拍子の不安定かつ荒々しい行進曲だ。

 この曲は、祝祭的な華々しさとも晴れ晴れとした感情とも無縁だ。正反対の「なにかは分からない不安で巨大なものが、ものすごい勢いで否応なく迫ってくる」という雰囲気で一貫している。
 古今東西様々な、作曲家が「祝典序曲」を作曲している。が、三善晃のこの曲ほど、祝祭の喜ばしさからほど遠い「祝典序曲」はないだろう。
 およそ、他に類のない「祝典のための音楽」なのである。この曲は。

 しかし、1970年前後の時代の変化を考えると、評価は逆転する。

 この曲は見事なまでに大阪万国博を象徴している。無遠慮で荒々しい高度経済成長、その頂点で大阪万国博は開催された。すべては大阪万博で反転し、日本は公害とオイルショックとドル変動相場制の1970年代へと突入していくのである。
 時代の転換点である大阪万博のオープニングに、この不安で荒々しい祝典序曲は見事にマッチしているのだ。

 EXPO'70の開会式でこの曲を聴いた人たちは、一体何を感じたろうか。

 三善晃の曲を紹介するなら、彼25歳の傑作「交響三章」、あるいは1960年代を飾る「ピアノ協奏曲」「管弦楽のための協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」、合唱とオーケストラのための戦争三部作「レクイエム」「詩編」「響紋」、あるいは女声合唱をやったなら誰もが一回は歌う傑作「三つの叙情」などを紹介するべきなのかも知れない。が、あえて、あまり知られていない「祝典序曲」を紹介する次第。

 音楽の価値は時代を超越するが、この曲のように時代を見事に表象することで生じる価値もまた存在するのである。

 「祝典序曲」は、LP時代の「三善晃の音楽」に収録されただけで、長い間簡単に聴くことはできなかった。こうやってCDで聴くことができるようになるとは。しかし、主に吹奏楽分野で活躍する天野正道の作品集に天野編曲版として収録されているものだから、せっかく録音されたのにまたも埋もれてしまっている。

 このCD、AMAZONの登録データがまるでいい加減なので、収録曲を以下に掲載する。

 1. 天野正道 / シンボル・マーチ (05:43)
 2. 三善晃(天野正道編曲) / 祝典序曲 (04:38)
 3. モーリス・ラヴェル(天野正道編曲) / ラ・ヴァルス (07:38)
 4. モーリス・ラヴェル(天野正道編曲) / 「夜のガスパール」よりスカルボ (06:56)
 5. モーリス・ラヴェル(天野正道編曲) / 「クープランの墓」よりプレリュード、トッカータ (06:52)
 6. 天野正道 / 舞楽 (07:46)
 7. 天野正道 / 式典のための前奏曲 (08:41)
 8. 天野正道 / セレブレーション・アンド・セレブレーション (07:20)
 9. 真島俊夫 / マンボ・イン (04:21)

指揮:阿部智博 演奏:秋田県立秋田南高等学校吹奏楽部

 こちらは大阪万博の記録映画。音楽は三善晃ではなく、間宮芳生が担当している。

 なお余談だが、三善は1972年の札幌冬季オリンピックでもファンファーレを作曲している。

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2005.10.03

「赤毛のアン」の音楽を称揚する

 ちょうど番組自体は終わってしまったが、NHK朝の連続ドラマ「ファイト」。最終回も近くなってたまたまテーマ音楽が耳に入ってきたのだけれど、びっくりしたのは、メロディ。こんなに貧弱なメロディラインでいいのだろうか。

 音楽の心得のある人は、和声もオーケストレーションも忘れて、メロディだけをピアノで弾いてみて欲しい。冒頭は、3連符と八分音符(多分、だ。記譜的には四分音符でもおかしくはない)が連なって音階を降下してくる。リズムも音の動きも基本的に同じ動きを3回繰り返してまとめのフレーズが付くだけ。まるで芸がない。
 これがもう一回繰り返す。続けて冒頭部分を受けるABA三部形式ならBの部分が来るが、ここが全く工夫がない三連符の連続だ。音の動く範囲も狭い。
 再度冒頭の三連符と八分音符の降下音型が2回繰り返されて、最後はちょっと変化があって終始和音となる。

 過去には「おはなはん」「おていちゃん」、最近では「あぐり」というように器楽メロディの傑作を生み出してきたNHK朝の連続ドラマだけれども、どうしたことか。

 メロディを作るということは、感性と技術の両方をぎりぎりまで生かすかなり難しい作業だ。それは一言で言えば「繰り返すものと繰り返さないものを組み合わせて、聞き手の短期記憶と長期記憶を操り、感興を引き起こす技法」である。

 「なにこいつ傲慢なことかいていやがるんだ」と思った方は、時折ここにも顔を出す大澤徹訓さんが書いたブラームス第3交響曲の有名なメロディの分析を読んでみて欲しい。あの美しいメロディの中に、ブラームスがいかにして記憶を刺激する細かい仕掛けをしているかが理解できると思う。

 ともあれ、毒を言うのが本稿の目的ではない。ここまでは前振りであって「では、お前にとって最高のテーマ音楽とは」が書きたいのである。

 それはアニメ「赤毛のアン」(日本アニメーション1979年)のエンディング、「さめない夢」だ。

 高畑勲(演出)、宮崎駿(場面設計)、近藤喜文(キャラクターデザイン、作画監督)、富野喜幸(絵コンテ)などなどといった、信じがたいほどの豪華メンバーで制作された「赤毛のアン」だが、音楽もまた豪華だった。この番組のために三善晃が、渾身の力を込めて音楽を書いたのだ。あまりの力の入りように、桐朋学園大学学長も務める三善の時間が足りなくなったので、音楽の大部分は弟子の毛利蔵人が受け継いだ。
 三善、毛利共に、どの音楽も素晴らしいのだが、特に三善が作曲したオープニング「きこえるかしら」とエンディング「さめない夢」は別格だ。しかも「きこえるかしら」が、アニメーションとかみ合って初めて演奏効果が現れるように書かれているのに対して、動きのないスタッフのテロップで流れる「さめない夢」は、日本人作曲家によるオーケストラ伴奏歌曲という括りで見ても一二を争う傑作である。

 もしも「さめない夢」を聴くことができたなら、前奏と間奏、特に大きく盛り上がる間奏の部分をじっくりと聴き込んでみて欲しい。そこには、ほとんど完璧としか形容のしようがない対位法とオーケストレーションがある。無駄な音符は一つもないし、無駄に重ねられた音もない。にも関わらず音楽は軽やかに、高らかに、高揚する。

 2分ほどの短い曲だが、機会があったら是非聴いてもらいたい傑作だ。

 1979年頃の三善晃というと、桐朋学園大学学長の仕事が忙しくなって作曲が減っていった時期に当たる。それでも同じ年には、1972年の「レクイエム」に続く“戦争三部作”第二弾の「詩編」を発表している。その一方で「赤毛のアン」のような密度の高い仕事をしているわけで、才能という奴にはかなわないな、と感じ入ってしまう。

 「赤毛のアン」のために三善が作曲した曲を聴くと、確かに伝統の上に立脚するアカデミズムというものには意味があるのだと思わせる。三善の音楽には、「論理の安定感」が存在するのだ。それは、長年にわたって西洋音楽が追究してきた和声法や対位法といった技法に基づくものなのだろう。

 毛利蔵人は、才能の開花を期待されつつ、1997年に47歳の若さでこの世を去ってしまった。音大に進学せず、私的に三善に作曲を習ったという変わり種である。寡作でもあり、オーケストラ曲「GROOM IS GLOOMY」、いくつかの室内楽曲と合唱曲、「泥の河」を初めとしたいくつかの映画音楽のみが、彼を偲ぶよすがとなってしまった。非常に真面目な作風で「正面を向いているがその顔は青い」などと評されたりもした。

 「赤毛のアン」の音楽は、毛利の音楽としては珍しい、素直な明るさに満ちている。ただ、あちこちに折り目正しさがちらちらしてしまうあたりが、師匠に負けているところ。三善の音楽はあくまで折り目正しいのだけれども、そんなことを聴く者に感じさせない。

 「赤毛のアン」と同じ1979年に三善晃が上梓した彼唯一の本格的なエッセイ集。2002年に再刊された。三善は作曲家として破格の文章の書き手であり、本書では硬質の文体で音楽や日常、生や死といった事柄を語っている。これほど文章が書ける作曲家は、後は武満徹ぐらいではないだろうか。逆に言えば三善と武満の間には「文章が上手」という程度の共通点しかなかった。相互理解も人生行路も、見事にすれ違っている。このあたりはちょっと面白いところ。

 三善のエッセイには、悩み迷う青春の子羊たちを酔わす毒があるようだ。本書刊行から数年、作曲コンクールに出てくる学生の作品がどれもこれも三善風の物言いのライナーノート付きになったという嘘のような本当の話がある。今となっては当時の自分の書いたライナーを若気の至りとして引っ込めたい中堅作曲家は多いのではないだろうか。

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2005.10.02

のまねこ炎上中

 のまねこ問題は、解決どころかますます炎上している。図ってやっているとしか思えないタイミングでエイベックス側が新たなトラブルを起こし、それがますます2ちゃんねる、ネットワーク側を刺激しているためだ。

 詳しくは エイベックスのまネコ問題まとめサイト を見るといいだろう。当ページもリンクされてしまった。おかげで現在、アクセスが小爆発している。

 この件に関して、2ちゃんねるに殺人予告が書き込まれ、エイベックスが警察に訴えた。ところが2ちゃんねるが公表した書き込みのIPアドレスはUSEN、つまりエイベックス筆頭株主の会社のものだった。
 USENはプロバイダーなので、これをもってすぐにエイベックスの自作自演と決めつけるべきではない。警察は捜査権を持つので、いずれ真実が明らかになるだろう。

 9月30日の書き込み以上に、私からエイベックスについて言えることはない。
 しかし、音楽業界全般として考えると、今回の事件は古い体質とネットという新しいメディアが衝突した事件と捉えることができる。

 ポピュラーミュージック業界は、ヒットすれば天国、しなければ地獄という状況の中、何年にも渡ってヒット至上の体質を育ててきた。ヒットするためには何をしてもいいというアウトロー体質だ。その中には剽窃も含まれる。過去にも洋楽からのパクリはあれこれ指摘されてきたが、一向に改まる風もない。

 今回はその「パクリオッケー」な業界体質と、インターネット時代の「コモンズ(共有知的財産)」の概念とが衝突していると言えるのではないだろうか。今回の件をただの「吉牛と同じ2ちゃんねらーのマツリ」と思っていると、事の本質を見損なう気がする。

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2005.10.01

福知山線事故の貴重な記録を見つける

 素晴らしい記録を見つけたので紹介する。

 福知山線脱線事故で、1両目に乗り合わせ、助かった鉄道マニアの方の手記だ。

 多分鉄道マニアは乗り合わせているだろうとは思っていた。だから、私としては、常人以上に鉄道のメカニズムに詳しいマニアなら、事故の瞬間なにをどう感じただろうか、知りたかった。

 が、まさか1両目で助かった方がいたとは。

 大変貴重な証言だと思う。特に、1)事前に運転手の不審な運転操作に気が付いていた、2)事故時にブレーキをかけたという感じを受けなかった、3)車掌がしっかりしていれば事故は防げたはずという指摘——などは興味深い。

 ニュースの多い昨今、すでに事故を忘れかけている人もいるかもしれないが、日本第二の大都市圏で100人以上の死者を出した大事故だ。今後とも様々な形で検証しなければならない。あっさりと忘れてしまわないためにも、是非とも呼んで欲しい。

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