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2005.10.03

「赤毛のアン」の音楽を称揚する

 ちょうど番組自体は終わってしまったが、NHK朝の連続ドラマ「ファイト」。最終回も近くなってたまたまテーマ音楽が耳に入ってきたのだけれど、びっくりしたのは、メロディ。こんなに貧弱なメロディラインでいいのだろうか。

 音楽の心得のある人は、和声もオーケストレーションも忘れて、メロディだけをピアノで弾いてみて欲しい。冒頭は、3連符と八分音符(多分、だ。記譜的には四分音符でもおかしくはない)が連なって音階を降下してくる。リズムも音の動きも基本的に同じ動きを3回繰り返してまとめのフレーズが付くだけ。まるで芸がない。
 これがもう一回繰り返す。続けて冒頭部分を受けるABA三部形式ならBの部分が来るが、ここが全く工夫がない三連符の連続だ。音の動く範囲も狭い。
 再度冒頭の三連符と八分音符の降下音型が2回繰り返されて、最後はちょっと変化があって終始和音となる。

 過去には「おはなはん」「おていちゃん」、最近では「あぐり」というように器楽メロディの傑作を生み出してきたNHK朝の連続ドラマだけれども、どうしたことか。

 メロディを作るということは、感性と技術の両方をぎりぎりまで生かすかなり難しい作業だ。それは一言で言えば「繰り返すものと繰り返さないものを組み合わせて、聞き手の短期記憶と長期記憶を操り、感興を引き起こす技法」である。

 「なにこいつ傲慢なことかいていやがるんだ」と思った方は、時折ここにも顔を出す大澤徹訓さんが書いたブラームス第3交響曲の有名なメロディの分析を読んでみて欲しい。あの美しいメロディの中に、ブラームスがいかにして記憶を刺激する細かい仕掛けをしているかが理解できると思う。

 ともあれ、毒を言うのが本稿の目的ではない。ここまでは前振りであって「では、お前にとって最高のテーマ音楽とは」が書きたいのである。

 それはアニメ「赤毛のアン」(日本アニメーション1979年)のエンディング、「さめない夢」だ。

 高畑勲(演出)、宮崎駿(場面設計)、近藤喜文(キャラクターデザイン、作画監督)、富野喜幸(絵コンテ)などなどといった、信じがたいほどの豪華メンバーで制作された「赤毛のアン」だが、音楽もまた豪華だった。この番組のために三善晃が、渾身の力を込めて音楽を書いたのだ。あまりの力の入りように、桐朋学園大学学長も務める三善の時間が足りなくなったので、音楽の大部分は弟子の毛利蔵人が受け継いだ。
 三善、毛利共に、どの音楽も素晴らしいのだが、特に三善が作曲したオープニング「きこえるかしら」とエンディング「さめない夢」は別格だ。しかも「きこえるかしら」が、アニメーションとかみ合って初めて演奏効果が現れるように書かれているのに対して、動きのないスタッフのテロップで流れる「さめない夢」は、日本人作曲家によるオーケストラ伴奏歌曲という括りで見ても一二を争う傑作である。

 もしも「さめない夢」を聴くことができたなら、前奏と間奏、特に大きく盛り上がる間奏の部分をじっくりと聴き込んでみて欲しい。そこには、ほとんど完璧としか形容のしようがない対位法とオーケストレーションがある。無駄な音符は一つもないし、無駄に重ねられた音もない。にも関わらず音楽は軽やかに、高らかに、高揚する。

 2分ほどの短い曲だが、機会があったら是非聴いてもらいたい傑作だ。


 1979年頃の三善晃というと、桐朋学園大学学長の仕事が忙しくなって作曲が減っていった時期に当たる。それでも同じ年には、1972年の「レクイエム」に続く“戦争三部作”第二弾の「詩編」を発表している。その一方で「赤毛のアン」のような密度の高い仕事をしているわけで、才能という奴にはかなわないな、と感じ入ってしまう。

 「赤毛のアン」のために三善が作曲した曲を聴くと、確かに伝統の上に立脚するアカデミズムというものには意味があるのだと思わせる。三善の音楽には、「論理の安定感」が存在するのだ。それは、長年にわたって西洋音楽が追究してきた和声法や対位法といった技法に基づくものなのだろう。


 毛利蔵人は、才能の開花を期待されつつ、1997年に47歳の若さでこの世を去ってしまった。音大に進学せず、私的に三善に作曲を習ったという変わり種である。寡作でもあり、オーケストラ曲「GROOM IS GLOOMY」、いくつかの室内楽曲と合唱曲、「泥の河」を初めとしたいくつかの映画音楽のみが、彼を偲ぶよすがとなってしまった。非常に真面目な作風で「正面を向いているがその顔は青い」などと評されたりもした。

 「赤毛のアン」の音楽は、毛利の音楽としては珍しい、素直な明るさに満ちている。ただ、あちこちに折り目正しさがちらちらしてしまうあたりが、師匠に負けているところ。三善の音楽はあくまで折り目正しいのだけれども、そんなことを聴く者に感じさせない。


 「赤毛のアン」と同じ1979年に三善晃が上梓した彼唯一の本格的なエッセイ集。2002年に再刊された。三善は作曲家として破格の文章の書き手であり、本書では硬質の文体で音楽や日常、生や死といった事柄を語っている。これほど文章が書ける作曲家は、後は武満徹ぐらいではないだろうか。逆に言えば三善と武満の間には「文章が上手」という程度の共通点しかなかった。相互理解も人生行路も、見事にすれ違っている。このあたりはちょっと面白いところ。

 三善のエッセイには、悩み迷う青春の子羊たちを酔わす毒があるようだ。本書刊行から数年、作曲コンクールに出てくる学生の作品がどれもこれも三善風の物言いのライナーノート付きになったという嘘のような本当の話がある。今となっては当時の自分の書いたライナーを若気の至りとして引っ込めたい中堅作曲家は多いのではないだろうか。

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Comments

赤毛のアンのBGMは、コロムビアのアニメBGM集の中で初のステレオ収録でして「ついにアニメのBGMもここまで来たか!」と感動した記憶がいまだ鮮明に残っています。
その後、LPに続いて出たCDを買い、その後に出たCDも買いと、うちには赤毛のアンのBGMがゴロゴロしてます。
このアルバム、BGM集のくせに通しで聞いていても全くダレないのがすごいところ。
普通なら多種多様な曲調を事前にぶち込むために、一枚に収録すると全体としては破綻するものなのですが。

Posted by: 浅利義遠 | 2005.10.05 12:31 AM

どうも、某クラシック漫画のために作ったヘッポコ解説、参考にして頂き恐縮です。

この朝の連ドラ、音楽書いてる人、まんざら面識が無いわけでもないので、あまり大きな事言えませんが、彼は作曲科出身じゃありませんから、曲作りはアマチュアです。アレンジャーがいかになんとかしようとしても大元はどうにもならんです。

三善晃は、池友門下で最高の存在だと思います。この人がいて矢代秋雄氏がいた事で、日本の現代音楽創作は、本当に地盤が強固になったと思います。
「赤毛のアン」は、サントラをきちんと聴いた事はありませんが、ケーブルテレビ等でこの作品を改めて観たとき、その音楽表現の、アカデミックな部分とポピュラーな部分がしっかり融和しているので、思わず誰が書いてるんだ!と最初は驚いたものです。
主題歌の作りの丁寧さは、山田耕筰ら日本歌曲伝統の直接の延長線上にあり、ここまで律儀にアカデミックなクオリティを保ったアニメ主題歌は、たぶんこの作品を置いて他にないかと思います。普通はもっとポピュラー的になるのにね。山本直純氏の「マグマ大使」や「ゼロテスター」が良い意味でのアカデミックなポピュラリティーですが、三善晃ほどオーセンティックじゃないです。

作曲理論を深く理解し、実際の曲をたくさん知って、そこから得たものを客観的に頭と耳両方で判断し、駆使する事が出来る、というのがアカデミックな、オーセンティックな作曲です。

しかし、毛利蔵人、いささか特異な作曲家でしたが、若くして亡くなりましたね。師匠より早く死ぬのは罪なものです。
まるで伊福部先生門下みたいです。

Posted by: 大澤徹訓 | 2005.10.05 01:03 AM

 伊福部一門は先生が長生きしましたからねえ。「みんな私より若いのに早く死んでしまってさびしい」とおっしゃっているそうですが。

 矢代、黛、芥川、團といった戦後第一世代については、片山杜秀氏が色々調べているみたいで、そのうちまとまった論考が出るだろうと楽しみにしています。その一部はNAXOSのCD付属のライナーノートになっていますね。
 矢代、黛が、同じく橋本國彦門下で、戦時中は橋本家に弟子入りの形で一緒に住んでいた、なんとことは片山氏の文章で知りました。
 戦後すぐのパリ留学は、矢代、黛、別宮貞雄が同期でしたっけ。観光も遊びもなしで勉強に没頭した矢代に対して、黛は1年で「見るものは全部見た!」とたんか切って帰国したんでしたっけ。真面目な別宮はダリウス・ミヨーのクラスに入って、そのとき別宮に押し出される形で不合格になったのがシュトックハウゼン、だったかな。

 そういえば三善も、音大ではなく東大仏文卒業でした。来日していたガロア・モンブランに作曲を習っています。若書きのヴァイオリンソナタをモンブランのところに持っていって、「お前、こんなものを書いていて幸せか」としかられる話が、「遠方から無へ」に出てきます。

Posted by: 松浦晋也 | 2005.10.06 11:45 PM

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