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2007.09.26

神と戦うドーキンス

 書評という仕事をしていると、自分の楽しみとしての読書がなかなか難しくなってしまう。そんな中、電車の中で読み進めていたドーキンスの「神は妄想である—宗教との決別」を読み終えた。

 日本で「無神論者です」といっても、「へえ、そうですか」で終わるけれども、キリスト教圏では無神論者というと、「悪魔の手先」と思われるほどである。キリスト教圏にせよイスラム教圏にせよ、宗教は人々の思考をがっちりと規定している。

 そんな中、ドーキンスは、多くの人々が薄々、あるいは無意識に感じていた事を、この本ではっきりと言ってのけた。「何をどう考えていっても、神などというものがこの世を見守っていると信じる合理的理由はない」「宗教が人の世の平和や、真の心の平安に役に立った試しはない」。

 特定の宗教が有害無益だというのではない。そもそも宗教というものが、人間にとって有害無益だと言うのである。

 言われてみればその通りだ。例えば、「キリスト教によって平和がもたらされた歴史的事例」をあなたは思い出せるだろうか。私はすぐには思い浮かばない(なんかあったっけかなあ…マザー・テレサのような個人的努力ぐらいしか心当たりがない)。
 逆に「キリスト教などというものがあったばかりに発生した悲惨な事例」なら、十字軍、インカ帝国滅亡とそれに続くスペインによる現地民の扱い、ドイツ農民戦争、スペインの異端審問などなど、いくらでも思い出せる。

 宗教の否定という点では、「宗教は阿片である」としたマルキシズムを思い起こす。が、結局共産主義という新しい宗教を作っただけに終わったマルキシズムと比べると、ドーキンスの態度はより柔軟で、科学的方法論に忠実である。

 彼は、激することなく平静に、「そもそも神がいるとする合理的理由はどこにあるのか」を追求していく。彼の論理は、過去何度となく繰り返された神学関係者との論争で鍛えられているのだろう。冷静で、隙がなく、破綻もしていない上に、容赦ない。神の存在を主張する意見をひとつずつとりあげ、確実に論破していく。宗教関係者が「要するに信じたいのだから信じるんだ。別にいいじゃないか」というトートロジーに陥るところまで、詰め将棋のように一手ずつ包囲網を縮めていく。

 本の後半に入るとドーキンスは、宗教に帰依することにより、いかに人間性がゆがめられ、生きていく上での不利益を被るかという事例を、これでもか、これでもかと列挙していく。この辺り、彼もヒートアップしているという印象だ。

「宗教上の信念は、それが宗教上の信念であるというだけの理由で尊重されねばならないという原則を受け入れているかぎり、私たちはオサマ・ビン・ラディンや自爆テロ犯が抱いている信念を尊重しないわけにはいかない。」(p.448)

 いや、まったくその通り。

 本書が描くキリスト教圏におけるキリスト教のありようを読んでいくと、アメリカという国が滅ぶならば、イスラム教原理主義との戦いで滅ぶのではなく、内部に抱えたキリスト教が振りまく無知蒙昧のために滅ぶのではないかと思えてくる。

 先だって死去した、テレビ宣教師ジェリー・ファルウェルのテレビ伝道におけるデタラメっぷりは一部知っていたけれども、彼のようなテレビ宣教師が他にもいくらでもいるとは知らなかった。

 ジェリー・ファルウェルについては、町山智浩氏のTBSラジオ「コラムの花道」5月22日(Podcast)あたりを参考にしてもらいたい。

 ちなみにドーキンスは、宗教が生み出してきた文化や芸術を否定はしていない。宗教の否定とは別に、それらの文化を理解し、観賞することは可能だと、生真面目に説明していく。その通りだと思う。

 本書を書くのは、大変勇気のいることだったろう。それでもドーキンスのような世界第一線級の知性が、このような本を書いた理由の一つに、欧米社会でのキリスト教原理主義の台頭、911テロに始まるイスラム教原理主義との対決のエスカレートがあるのだろう。
 本書には、テロを起こす殉教者の心理も分析されている。

 宗教というやくたいもないものが、世界を壊そうとしている——その危機感こそが、本書執筆の原動力だったのだろう。

 こんな書評を最近書いたせいもあるのだろうけれど、「宗教とは、溺れる者がつかむ藁」という気がしている。つかんだ者は、「やれうれしや、つかんだぞ」と思っているし、思ったことによって心の持ち方は安定するが、事態が改善するわけではない。

 生きることが一大事業だった時代には、心が安定するだけでも意味があったのかも知れない。が、これだけ科学技術が進歩し、平均寿命も延びたとなると、藁をつかんだまま沈んでいくことの弊害のほうが、遙かに大きくなっている——ということかな、と思うのだ。

 本書に見るキリスト教圏の惨状(確かにこれは惨状だろう)からすると、ぼくらは八百万の神のいましめす 豊葦原瑞穂の国に生まれてよかった。山田正紀「神三部作」(「神狩り」「弥勒戦争」「神々の埋葬」だったっけ)のような小説を、さらっと受け入れられる社会というのは悪くない。

 いや、日本人であるということは、そういいことではないのかも。昨今はやりのスピリチュアルやら「水からの伝言」のようなニセ科学は、エセ宗教でもあるという点で、宗教以上に性悪なのかも知れないな。


 神をも相対化して思考実験の道具に使えるのがSFの醍醐味だ。「神は沈黙せず」は、ここ数年に読んだSFの中でも出色の、神SF…じゃない「神ネタSF」である。







 山田正紀「神三部作」は、「神々の埋葬」が現在入手不可能のようだ。まだ私は読んでいないのだけれども、「神狩り2」へのリンクを置いておく。アマゾンの書評を読むと読むのが怖いような作品のようなのだけれども、これは読まねばならないだろう。

 私は中学生の時、SFマガジンに一挙掲載された「神狩り」を読んでいる。図書館の子ども向け小説の棚ばかり読んでいた、まだ小学生気分が抜けない中坊は、疾走する文体に圧倒された。それからしばらくの間、確か「宝石泥棒」ぐらいまでは、熱狂的な山田正紀ファンだった。「神狩り」は小説として評価すると、未完成で欠点だらけだと思う。それでも、あの悪夢のような熱を帯びた文体だけは、あの時25歳だった山田正紀にしか書けなかったろう。


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Comments

アメリカにおけるキリスト教原理主義やTV宣教師の行状がどんなものかということについては、フランク・ザッパが書いた「フランク・ザッパ自伝」を読むとよくわかると思います(興味がありましたらご一読を)。

このようなキリスト教勢力は、昔から共和党の最も強大な支持勢力のひとつだということを念頭に置いておくと、さらに興味深く読めると思います。

日本の現状だって、早稲田大学の大槻義彦教授が「身の回りは科学であふれているのに、思想を支配しているのがシャーマニズムとは、こんなおかしいことはない」ということを再三言っている通り、決して褒められたものではありませんけれどね。

Posted by: Almost Prayed | 2007.09.26 at 03:54 PM

日本の信仰態度はアニミズムに分類されていますね。日本人は無宗教だといってもアニミズムにがっちりとらわれている国民です。

自分は別に宗教なんて意識していませんが、少なくとも「お天道様は見ている」とかそういう事は普通に思ってしまうわけで、ある意味アニミズムな感覚を持っています。でも、こういう価値観はあんまり他人には迷惑かけない。むしろ、自分に対して律するとか、世の理不尽をありのままに受け入れざるを得ない事を認める態度なわけです。自然は全ての人に平等に悪意も善意ももたらすものですから。

で、キリスト教、それに先立つユダヤ教、後に出てくるイスラム教。これらは全て、一神教であり、現代風に言うならば新興宗教です。新興宗教は人間の純粋な意識に立脚せずに、集団の排他性により存在している特殊な宗教であります。これらが、多くの不幸を生むのは、その宗教の必然です。

というわけで、マルキシズムが最終的に自身も新興宗教になってしまったのは、やはりマルキシズムが他の流儀の価値観をまったく認めず、仲間になったものと利益を分かち合うというスタンスであり、徹頭徹尾人間社会での利害を規定するものだったからだと思う次第。

Posted by: 通行人 | 2007.09.27 at 01:31 AM

宗教というのは戦争のための道具です。私も無神論者なので、下記のような内容のページをアップしてあります。

http://www.geocities.jp/researcher2008_1_25/index.html

Posted by: Akio Kato | 2013.02.08 at 12:53 PM

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