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2007.11.23

月からのハイビジョン画像と公共性

 nikkeibp.netに次のような記事を書いた。

 画像公開からこちら、なんとかフルクオリティの動画像をネットで公開できないものかと色々聞いて回り、働きかけもしたのだが、結果はリンク先にある通りだった。

 本当に、NHKには考えを変えてもらいたいと思う。どう考えてもNHK自身が損をしているのだし、なによりも私は、NHKがネット公開に同意しないことで、日本という国が行っている探査の実績をもっとも分かりやすい形で示す動画像が、世界に届かないことを危惧する。

 受信料で作られたカメラが、税金で打ち上げられた探査機に搭載されて撮影した映像だ。どこに成果を還元すべきかは、明らかだ。

 まず日本国民、それも一人でも多くの国民にであり、次いで画像の人類史的価値(私はこの形容を決しておおげさとは思わない)を考えれば、全世界の人々に、だろう。記事に書いたが、NHKの著作権を尊重しつつできることはいくらでもある。

 高精細テレビ画像に関しては、例の悪評ばかりのコピーワンスをダビングテンに切り替えるということもあり、色々動きにくいようではある。だが、原理原則に拘ってNHKすら損をしているという状況を理解してもらいたいところだ。

 この件に関しては様々な話を聞いたが、ひとつ言えるのは実際に現場で働いている人は例外なくネットで公開できればと考えていたということだ。

 では何が問題なのか。NHKは巨大な組織で、どこでどんな意志決定をしているのか定かでない部分がある。どうも著作権絡みの部分は、NHKの“奥の院”的なところで意志決定が行われているらしく、一介のフリーランスである私は、核心にまでアクセスすることができなかった。

 以下、記事を書き終えた後で、気が付いたことをまとめておく。

 NHKのことを公共放送と呼ぶ。「公共」とは、辞書を引けば「(1)社会全体に関すること。おおやけ。(2)おおやけのものとして共有すること。」とある。

 今回の問題は、テレビ、ラジオといった情報の伝達形態が「公共」から滑り落ちる過程で起きたのではないだろうか。

 公共放送という以上、その内容は全ての人に伝達されなければならない。放送法ではNHKに「あまねく」放送を届ける義務を課している。電波を届ける義務は、「公共」であることの証拠であり、逆にNHKの公共放送としての特権的地位を保証してきた。

 それは同時に、「日本国民にあまねく情報を伝達するメディアはNHKしかない」という事実に基づくものであった。

 インターネット、特にブロードバンド接続の急速な普及によって、この部分が今、急速に崩れているのではないだろうか。

 NHKとしては、自らが公共放送である以上、国民に月からのハイビジョンを伝える最適な手段は自らの番組プログラムによる放送であるというロジックなのだろう。

 しかし、ハイビジョン・テレビの普及がまだまだだ。デジタル放送普及推進協会の速報値を見ると、今年10月末の段階で、地上波デジタル受信機は約2637万台は、BSデジタル放送受信機は約3036万件となっている。日本の総世帯数が4753万世帯であることを考えると、まだ1700万世帯ほどがそもそもハイビジョン放送を受信できない状況にあることがわかる。

 しかも、この数字は受信機の数字であって、ハイビジョンクオリティを映すテレビ受像器の数字ではない。今年5月時点での総務省発表(pdfファイル)によると、地上波デジタル対応受信機の普及率は27.8%。しかしこの中にはチューナー内蔵録画機とやCATVセットトップボックスなどが入っている。はっきり「ハイビジョンクオリティを映すことができるテレビ」であるチューナー内蔵テレビの世帯普及率は19.3%。

 つまり、NHKが「公共放送だから放送で国民に月からのハイビジョン画像を伝える」と言っても、最大でも2割ほどの世帯にしか、ハイビジョンクオリティでは届かないということになる。

 一方、ブロードバンドの世帯普及率はインターネット協会の調べて今年3月において50.9%だ。つまり、放送しても2割の世帯にしか届かない情報が、ネットに出せば5割の世帯に届くのである。

 しかもネットに出せば、日本だけではなく、全世界に届く。NHKは世界の放送局にハイビジョンクオリティの月からの画像を配信したが、ネットに出すならば配信の手間をかけることなく、世界中、それもハイビジョン放送が始まっていない国にまで、画像が届くわけだ。

 これが人気の映画などだったらとんでもないことで、実際動画像共有サイトは、著作権絡みで問題になっているわけだ。しかし、日本国民の受信料と税金とで得られたデータは、せめてそのハイライト部分ぐらいは、日本という国のプレゼンスを世界に示すためにも、なるべく多くの人がアクセスできる形態で公開すべきだろう。

 通信放送融合時代に、「公共放送の公共性」を真剣に考えるなら、ネットへのアップロードよりも良い方法があるとは、私には考えられない。

 多分に、NHKは、放送が唯一の公共放送だった時代の思考法にとらわれているのだろう、というのが私の結論である。

 おそらく、今は「公共」が放送というメディアからネットへと移行していく過程にあるのだろう。その過程で起きたのが、今回のNHKの対応だったのだと思う。

 許認可、利権、収益の3方面から放送業界の実態を解説した良書。この本を読むと、放送業界の表裏が一応理解できる。ちなみに私が以前書いた書評はこちら


 元NHK記者が書いた、NHKと政治の内幕。あまり新しい情報はないが、公共放送というものがどのようにあちこちにぶれつつ現在に至ったかを知るには良い本だ。

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Comments

インターネットにさらすと、世界中で好き勝手にダウンロードされ、著作権を侵害されることについてはどうお考えなのでしょうか?
現に新華社のサイトでは、今回の地球の入り画像に新華社のクレジットが上書きされている始末です。その他、既に動画サイトでも勝手に加工されまくっているようです。
何が撮ったものかわからかなくなったとしても、ネット上にさらすべきだというお考えなのでしょうか?

Posted by: 名無し | 2007.11.23 at 10:14 PM

何が(誰が)撮影したものかを主張したいのであればなおさら、ハイビジョン撮影できるのが「かぐや」だけであるうちに公開しておくべきなのではないでしょうか。
今なら上手くやれば『月の画像=日本の「かぐや」』というふうに世界に認識させられると思うのですが。

Posted by: すが | 2007.11.23 at 11:28 PM

既に打ち上げられた中国の嫦娥1号の他、来年はインドのチャンドラヤーン1、アメリカのルナー・リコナイサンス・オービタと、月探査機は目白押しです。
これらの探査機のデータが発表されるようになると「かぐや」の存在感は薄くなるでしょう。
日本を世界にアピール出来る絶好のタイミングなのに、一団体のしがらみでそのチャンスが潰されようとしています。

Posted by: kazuo | 2007.11.24 at 09:16 AM

録画ネットとまねきTVの問題でわかるようにNHKだけでなく放送業界全体がネットによる二次使用、再送信に神経質になっています。

奥の院さまが時代の流れについていけず・・・
と言うところですね。

「録画ネット裁判」で明らかになったタブー (1/3)
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0512/05/news015.html

テレビ業界を震撼させた新たな司法判断「まねきTV」仮処分却下
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMITel000015082006

まあ、利権が絡むとこうしたおかしな決定が出てきます。

失礼!

Posted by: DVDを見せたがる男 | 2007.11.24 at 07:30 PM

CCTVが「2~3日後には嫦娥の取得した画像が公開される模様」と
言っておりました
情報を公開するスタンスに日中でどういう違いが出るでしょうか

Posted by: STC | 2007.11.24 at 09:41 PM

201X年に中国が本格的な月探査を開始し、中国の国力と権益を世界にアピールするために、ハイビジョンで撮影した月面の動画をインターネットで世界に配信。世界中が中国の撮影したすばらしいハイビジョン映像に衝撃を受けます。さらに戦略思考に長けた中国は、あらゆる目的での撮影素材の二次利用を認め、むしろ積極的に推奨。教育用からエンターテイメントまで、完全に「月面ハイビジョン動画=中国が撮影」のイメージが世界に浸透します。

それを目の当たりにした経済評論家や政治評論家がNHKとJAXAの2007年当時の対応を民放テレビの日曜鼎談で批判。ついには日本の文部科学大臣の「我が国は何をやっているんだ!」との鶴の一言でNHKの方針が180度転換。2007年に撮影された「かぐや」の映像に「世界で始めて月面をハイビジョン撮影したのはNHK/JAXAです」という英語のキャプションをつけたハイビジョン動画がNHKとJAXAのサイトでひっそりと公開されたのは、中国が月面有人宇宙飛行の様子をハイビジョンで生中継した1ヵ月後のことでした。

Posted by: A.S. | 2007.11.25 at 09:01 AM

>何が撮ったものかわからかなくなったとしても、ネット上にさらすべきだというお考えなのでしょうか?

「元ソースはこれ」と示すことが出来ないのでそういう改変がまかり通る。

コピーガード技術云々以前に著作権者を示すためにはステガノグラフィ、電子透かし技術とかも追求すべきであったのだが、提言もあったのに全く考慮しなかった放送業界の技術オンチぶりがそんな状況を招いている。
 技術は法にすべて従うべきとする勢力は、国外に国内法を適用しようとするのは無駄だという事を忘れないでもらいたい。

Posted by: まひわり | 2007.11.25 at 07:33 PM

例え、放送でだけ公開しても、
それを収録した人に、ネットで上げられると終わりなんですよね。

今、音楽産業が崩壊してますが、
オトナの消費者は、ネットのせいで音楽産業が崩壊したのを認知した上で、
どうでも良い音楽は適当な入手方法で、お茶を濁し、
キチンと手間暇掛かった音楽は正規ルートで購入している。

この事実が重要だと思います。

あと、NHKは、事前に「かぐや」の映像をどう活用するか、を考え、
ハイビジョンのダウンロードに合わせて、
かぐやの特集番組を組めば良かったのに、それをせずに
ハイビジョンのデータを持て余してる。

この手際の悪さは、ちょっと指摘すべきかも知れませんよね

Posted by: ぴょんきち | 2007.11.26 at 12:43 AM

NHKがインターネットで情報発信することに民放が批判的であるっていう周辺状況もありますね。

Posted by: traverse | 2007.11.26 at 03:38 AM

NHKの公共性を根拠にするのは、現時点ではロジックとして上手くない面があると思います。
仮に今、NHKが公共放送としてその番組全てをネット上で公開しているのであれば、当然「公共性」の観点から「かぐや」の映像も公開されるべきだと思います。
しかし現時点ではそういう状況にありません。
つまりNHKの考える「公共性」は放送電波に乗って日本の各家庭の受像器に届く、という事が第一義であり、ネット公開はエクストラなものと考えられるからです。
残念ながら、現時点においてはNHKはあくまでも放送事業者であり、ネットコンテンツ事業者ではない、という結論になるのでしょう。
ですから、NHKには、かぐや映像が何者にも代え難い貴重な映像であることから、特別にネット公開して欲しい、と、お願いする。
そういうロジックのほうが良いのではないでしょうか?

Posted by: しらすぼし | 2007.11.29 at 06:38 PM

国土交通省は、かなり太っ腹ですな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Template‐ノート:国土情報航空写真

Posted by: K | 2007.12.20 at 11:12 PM

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