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2008.01.25

宣伝:1月26日土曜日、ジュンク堂書店池袋本店のトークセッションに出演します

 このところ、きちんとイベント告知できているなとうぬぼれていたら、うわあ、明日のイベントを忘れていました。

 明日1月26日、ジュンク堂書店池袋本店で、「昭和のロケット屋さん」発売記念のトークセッションに出演します。

 「昭和のロケット屋さん」発売記念トークセッション
 出演:垣見恒男・林 紀幸・松浦晋也・笹本祐一・あさりよしとお

1月26日(土)19時から

場所:
ジュンク堂書店池袋本店 4F喫茶 地図
〒171-0022 東京都豊島区南池袋2-15-5
TEL 03-5956-6111 FAX 03-5956-6100

入場料:
ドリンク付きで1000円。

以下、ジュンク堂HPから。入場方法です。

☆申し込みは池袋本店1Fサービスカウンターで承ります。(電話:03-5956-6111)
☆入場料はドリンク付きで1000円です。当日、会場の4F喫茶受付でお支払いくださいませ。
※トークは特には整理券、ご予約のお控え等をお渡ししておりません。
※ご予約をキャンセルされる場合、ご連絡をお願い致します。(電話:03-5956-6111)

 ということです。

 よろしくお願いいたします。

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2008.01.24

呼びかけ:「「宇宙開発に関する長期的な計画」に関する意見募集」 に意見を送って下さい

 ここでは「はやぶさ2」の件以来、何回も呼びかけを行ってきた。

 またの呼びかけだ。皆さんの声を文部科学省に届けて下さい。

 「松浦は狼少年か」と思われそうではあるのだけれど、残念ながら、一回の意見だけで動くほど日本の意志決定システムは機敏ではない。ねばり強く、機会を捉えて何度でも声を政治家や官僚、宇宙開発関係者に届けていく必要がある。

 そして一般国民からの声は、国民が思っている以上に効く。「どうせお上のやることになにいっても無駄さ」ということはない。声が一つならなしのつぶてになることも多いが、数が増えるとお上といえども無視はできなくなる。

 今回のテーマは重要である。文部科学省が「宇宙開発に関する長期的な計画」に対するパブリックコメントを募集している。締め切りは一週間後の1月31日木曜日だ

 「宇宙開発に関する長期的な計画」について(中間とりまとめ)を読んだ上で、意見を文部科学省に送る。

 「宇宙開発に関する長期的な計画」がどんなものかは、以下の通り募集要項に書いてある。

「宇宙開発に関する長期的な計画」は、独立行政法人宇宙航空研究開発機構法第19条に基づき、宇宙開発委員会の議決を経て主務大臣が定めるもので、今後20年~30年の将来の我が国の宇宙開発利用の在り方を展望しつつ、10年程度の期間を対象とし、同機構が果たすべき役割を定め、同機構の平成20年4月からの中期目標のもととなるものです。

 つまり、この文章が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の中期計画、つまり今年4月からの5ヶ年計画を規定する。逆に言えばこの文章に入らなかった項目や、実施に向けた強い文言が入らなかった計画は、5ヶ年計画の途中でどんなに必要になったとしても、後で割り込ませることは非常に困難だ。

 非常に理不尽な話だが、日本の官僚システムは硬直化した制度で動いているために、そういうことになってしまう。

 ここで間違えると、今後5年間、日本の宇宙開発は間違えっぱなしになり、さらには次の5ヶ年計画では間違いの後始末に追われ、新しいことができなくなる。

 資料の「『宇宙開発に関する長期的な計画』について」は30ページもある官僚の作文であり、読み解くのが面倒かも知れない。それでも少しでも多くの人に読んでもらいたい。全部読み切れない人は、自分の興味のある部分だけでもいい。

 官僚の作文である以上、この文章の全ての部分には意味がある。

 まず、項目の記載順番はそのまま重要度を示すものと思って良い。表向きは「平等」ということになっているが、重要だと考えるものから順番に書いていくのは、新聞記事などと同じである。
 なぜなら、そうしないと財務省や政治家への説明で困るからだ。

 具体的なアイテム名が入っているものは「絶対やるもの」だし、具体的な名前が記入されていない項目はそれよりも優先度が落ちる。はっきり書くならば、この文書に「はやぶさ2」というアイテム名が入れば、もう実施は確定となる。

 語尾が「実施する」「取り組む」「習得する」と具体的なアクションを示す動詞であるなら、その項目は優先度が高い。一方、語尾が「推進する」「努める」というような抽象的動作を示す動詞、あるいは「必要である」というような現状認識を示したに過ぎない場合は、その項目の優先度は低いと書かれているに等しい。公文書に記載されただけまし、ということになるわけだ。

 以上のようなことに注意して、まずは読んでもらいたい。その上で、「この部分の実施するは、推進するに落とすべきだ」、あるいは「この推進する、は具体的な計画名にまで触れて実施すると書くべきだ」と考え、それをパブリックコメントとして投稿してもらえればと思う。

 委員会などを傍聴していると、文書表現の問題点を指摘する委員に対して、官僚側は「そのことはここに書いてあるので」と答えるのをよく見聞する。
 もちろん本当に書いてあるわけだが、よく見ると具体的計画名の有無や語尾のニュアンスの強弱で、微妙に書き分けてあるわけだ。
 結果、物事が進行してしまってから「この計画のほうが重要ではないか」という状況が発生しても、「『宇宙開発に関する長期的な計画』においては、こちらは『実施する』アイテムでして、一方こっちは『推進する』アイテムです。どちらかといえば、『実施する』のほうを重視しなければならないわけでして…」などと現状追認を迫られたりするのだ。

 今回のパブリックコメント募集は幸いなことに文字数制限がない。問題点をきちんと指摘するコメントを投稿することができる。

 できるだけ多くの人に、コメントを投稿してもらえればと思う。

 もちろん私もする。これは今後5年間の日本の宇宙開発を決める文書なのだ。

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2008.01.23

宣伝:2月3日(日曜日)、ロフトプラスワンのイベントに出演します

 いつの間にか「ロケットまつり外伝」というタイトルが付いてしまいましたが、日本電気で多数の衛星に関わった小野英男さんが語る、日本衛星開発初期の話、第3回です。今回は東大衛星に続いて小野さんが関わった最初期の宇宙開発事業団の衛星について話して貰う予定です。


宇宙作家クラブpresents
ロケットまつり外伝「衛星まつり3」
〜日本で一番多く人工衛星を設計した男〜

40年前、衛星開発に挑んだ本人が、日本の人工衛星開発のはじまりを語る、1回目の熱気を残したまま語る3回目

【Guest】小野英男(日本で一番多く人工衛星を設計した男)
【出演】浅利義遠(漫画家)、松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、笹本祐一(今度こそ来ます!)

2月3日(日曜日)
Open18:00/Start19:00
¥1000(飲食別)

場所:ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 03-3205-6864、地図)

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ベロモービルの可能性

Goone
写真はgo-one3。出典はこちら

 18日は阿佐ヶ谷ロフトAにいらっしゃった皆様、どうもありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか。

 新しいシリーズの立ち上げということで、ネタを用意しすぎたようで、終演時間が遅くなった上に、一部のネタは話すことができませんでした。どうも申し訳ありません。次回がありましたら、もう少し手際よく進行できるよう注意します。

 以下は、私が話したベロモービル(velomobile)関連のリンクを掲載する。

 ベロモービルは、流線型のフェアリングを付けた人力の乗り物だ。フェアリング付きリカンベントといってもいいかも知れない。私は、全天候で渋滞知らず、省エネな乗り物としてベロモービルに注目している。

 ベロモービルの存在を知ったのは、A-Bikeについて調べていて行き当たったなるほどれおなるほどというblogからだった。このblogを手がかりに色々検索し、情報を仕入れた。どうも御世話になりました。

 拙著「コダワリ人のおもちゃ箱」に、SDVという自転車が登場する。脚の動きを円運動ではなく直線運動にして、効率を上げようという仕組みだ。開発者の織田紀之さんは、この仕組みを使ってフェアリング付きの全天候対応の人力乗り物を造る希望を語っていた。
 執筆時、私はベロモービルの存在を知らなかった。リサーチ不足だといえばその通りと言うほかない。

 遅ればせながら気が付いて正直びっくりしたのだ。「織田さんが言っていたのは、このベロモービルではないか」と。

 ニュートンの運動法則によれば、動いている物体はその状態を維持しようとする。もちろんこれは運動エネルギー損失がゼロの理想状態においてであって、実際には空気抵抗がかかったり車軸やタイヤの損失があったりで減速し、止まってしまう。だが、抵抗を可能な限り減らし、軽量化すれば、ごく小さなパワーでも日常十分な程度の加速と最高速度、そして航続距離を達成できるのではないか——織田さんはそう考えていたわけだが、欧州では一足先に、同じ発想がビジネスになっていたわけだ。

 もちろん、ロフトでのトークでも出たように、今のベロモービルは完全なものではない。季節によっては内部が暑くなるのではないか、とか、雨の時の前方視界をどう確保するかとか。
 社会的には、汗をかきながらベロモービルで移動した後、人に会うというのはいかがなものか、という問題もある。

 その一方で、大きなメリットも存在するように思える。

 都市交通では、自動車に一人で乗るというのが大きな問題となる。ひと一人ならば30cm四方でも立つことができるが、自動車は大ざっぱに見積もっても2m×5m程度の面積を必要とする。それだけ道路を占有するわけだ。また、70kgの人間を運ぶのに1t以上の自動車も一緒に動かなくてはならない。昨今の自動車は大きく重くなりつつあり、普通乗用車でも1.5tという数字が珍しくなくなっている。人間1人を、20人分の重量がある自動車で運ぶことにある。燃料の大部分は、人ではなく入れ物である自動車を移動させるために使われる。

 ベロモービルは、少なくとも近距離において、この問題を解決する一助になるのではないだろうか。それは、燃料の使用削減につながるし、個人の家計という点では自動車維持にかかる諸経費の節約になる。そしてもちろん、日常に組み込まれた適度の運動によって、健康増進も図ることができる。

 「そんなうまいこといくか!」という声が聞こえてきそうだが、突っ込んで検討する価値はあると思うのだ。

 私としては、このようなベロモービルにハイブリッド技術を適用すべきではないかと思う。上記リンクにあるTWIKEは、人力とモーターのハイブリッド動力で、最高時速85km/h、航続距離200kmを実現している。これは半世紀昔の360cc軽自動車に匹敵する。

 日本は原付の登録基準が比較的緩いので、ハイブリッドのベロモービルを原付として登録して公道を走らせることができるのではないだろうか。もちろんそんな車両が増えるならば、同時に交通体系全体を考え直す必要もあるわけだが。

閑話休題
 ロフトのイベントがあった翌日、19日には、宇宙作家クラブの例会で、マイレッジマラソン世界記録を出したFC-Design中根久典さんの講義を聴いた。中根さんはマイレッジマラソン用の車両開発で、25〜30km/hの速度域における空気抵抗軽減のノウハウを豊富に持っている。

 色々質問してみると、現在のベロモービルは、まだまだ空気抵抗を軽減する余地があるようだった。写真を掲載したgo-one3なども、今以上に空気抵抗を減らせるようだ。

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2008.01.17

知っていることと知りたいこと、知らないこと

 12月の話だが、日経新聞の先輩Tさんと忘年会をした。科学技術報道の先輩なのだが、昨年、ひょんなことから2人ともクラシックファン、しかもショスタコーヴィチが好きということが判明し、「一度飲みますか」ということになった。

 昨年11月から12月にかけて、記念碑的コンサートが開催された。指揮者の井上道義がショスタコーヴィチの交響曲、全15曲を8回の連続演奏会ですべて演奏したのだ。

「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」

 私はこれにすべて通った。Tさんも仕事が許す限り通った。「いやあ、すばらしかったね」とワインを飲みつつ盛り上がる。

 話は、テレビドラマやアニメで盛り上がっている「のだめカンタービレ」へと流れた。

「松浦さんねえ、クラシックの側から見た『のだめ』の功績って、ベートーベンの7番を一般に知らしめたことだと思わないか」

 ここでいう7番というのは第7交響曲のこと。5番の「運命」、6番の「田園」に続く曲だが、前2曲のようなニックネームを持たない。

「そうですねえ。みんな『運命』も『田園』も一応知ってますけれど、その次の7番を聴いたことがある人は意外に少ないですね」
「良い曲なんだけどねえ」
「大傑作ですよ。あのリズムの取り方はベートーベンが書いたロックとかダンスミュージックとか、そうといってもいいでしょ」

「本当になあ」
と、Tさんが言う。
「みんな知っているものは知りたがるんだ。知っているのに聴きたがるんだ」
「そして知らないものは聴きたがらない。知りたがらない」と私。
「5番の『運命』はじゃじゃじゃじゃーんで知っていて、6番の『田園』はたーらーたーたーららたったーで知っている。でも次に7番があるなんてことを思いもしない」
「ちゃんと9番『合唱』があることは知っているのにね」
「そうなんだ」
「8番も知られてませんね。いい曲なんですけどね」
「他人事じゃないよなあ。僕らの仕事も同じだ。知っていることしか知りたがらない人たちに、知らないことを伝えて行かなくちゃならない」

 2人でため息をつく

 Tさんはずっと科学技術報道に携わってきた。私は今、宇宙分野で物を書いてどうやら生きている。「人間、知っていることしか知りたがらない」というのはまったくもって実感だ。

 人間は本質的に保守的な生き物だ。知っていることを確認して安心することを好む。新しいことを知って楽しむ「好奇心」という属性も持っているが、どちらかといえば「知っていることだけを、知る」傾向の方が強い。

 例えばベートーベンの第5交響曲、通称「運命」だが、冒頭の「ジャジャジャジャーン」は知っているとして、あの曇天から晴れ間がのぞくような第2楽章のメロディを思い出せる人はどれぐらいいるだろう。なかなか格好良い第3楽章のフーガは、あるいは第3楽章からトンネルのような暗い接続部を経て、昂然と鳴り出す晴れやかな第4楽章の冒頭はどうだろう。
 知らないとしたらなぜ知らないのか。興味がないのか。「この道はどこに続いているんだろう」と同じような、「このメロディはどこにつながっていくのだろう」という好奇心がなぜ働かないのか。

 そう、たとえ冒頭の「ジャジャジャジャーン」を知っていても、その続きに好奇心が働く人はわずかだ。曲の全体にベートーベンが込めた深い創意にたどり着く人は、「クラシックマニア」と呼ばれてしまう。

 あるいは、「歓喜の歌」の第9交響曲。あのメロディは覚えているとして、では付点付きのリズムが力強い第1楽章冒頭はどうか。ティンパニのオクターブ跳躍が付点付き音符の3拍子で響く第2楽章は、あの天国的な平穏さに満ちた第3楽章は。あなたは覚えているだろうか。きちんと聴いているだろうか。
 ひょっとして、「あのメロディが出てくるまで退屈でたまらん」とか言って、演奏会に行くと寝てはいないか。そして第4楽章のバリトンが「おお友よ」と歌い出すところで、「やあ、そろそろだ」と起き出して、すでに知っているメロディを聴いてはいないか。

「だってつまらなそうだから」という人もいる。そんな人でもベートーベンが楽聖と呼ばれる存在であることは学校で習っていたりする。
 楽聖とまで呼ばれる男が全力を尽くして作った作品が面白いかつまらないか、試してみる。それだけの好奇心が働く人は、数少ない。

 知られていないから、皆知りたがらない。だからますます知られない――クラシック音楽はいつもこんなマイナスのスパイラルと戦っている。

 そして科学報道も。

 知らないものを知りたがらない人々に、新しい物を知らしめる方法は存在する。マスメディアでヘヴィ・ローテーションをかけて、無意識のうちにその情報にふれている状態を作り出す。つまり、知らないものをいつのまにか「知っていること」に割り込ませてしまうのである。

 音楽業界ではよく使われる手法だ。テレビドラマの主題歌タイアップというのもこの手法の一つである。ドラマを見ている人に、音楽を刷り込んでしまうわけである。

 しかし、科学報道で同じ手法は使えない。結局、Tさんも私も延々と匍匐前進を続けるしかないのだろう。

 「のだめ」でベートーベンの7番を初めて知った方は、ぜひともCDを買って7番の全曲を聴いてもらいたい。とても楽しい曲だから。あなたは、音楽を楽しむにあたっての、すばらしいチャンスを手に入れたのだ。

 その上で、できれば同じベートーベンの8番とか(冒頭、弦楽器が「あーくたびれたー」と演奏を始める。本当だよ!)、あるいは最終楽章でファゴットが超絶技巧を発揮する4番など聴いてみてもらえれば… ちょっとばかりうれしいね。

 ベートーベン7番だが、ここではベタにカラヤン・ベルリンフィルの1983年録音盤を推薦しておくことにする。クラシックファンはうるさ方が多くて、「カラヤンなんて流麗なだけで中身がない」という人も多いのだけれど、私はカラヤンの演奏をバカにしてはいけないと思う。
 流麗に演奏するのは実のところとっても難しいのだ。最初に聴く人には、彼のような演奏のほうがなじみやすいのではないだろうか。

 もう一枚、カラヤンと同時期に活躍したカール・ベームが壮年期に入れた録音を。この録音ではそうでもないのだけれど、晩年になるにつれてベームの演奏は、音楽の本質のみを取り出した、それこそ「音楽の骨格」としか言いようのないものになっていった。最後の来日時に演奏したチャイコフスキーの「悲壮」、私はNHKの放送でしか聴いていないけれど、あれはすごかった。本来ふくよかなはずのチャイコフスキーの音楽から、柔らかな表情が一切そぎ落とされ、ホネホネの厳しい、しかし音楽の本質だけが結晶したかのような響きだった。
 一説によると、最晩年になって体が動かなくなり、どんどん不明確になっていったベームの指揮棒に、オケが必死になって合わせていった結果そんな音楽になってしまったそうなのだが、本当にそうなのか、私は知らない。

 クラシック系の音楽は、知られていないが故に知られない、ということを実証した曲。ポーランドの作曲家ヘンリク・ミコワイ・グレツキの「交響曲3番・悲歌のシンフォニー」。1976年に作曲された。全3楽章で、ソプラノの独唱が付く。すべての楽章がゆっくりとしたテンポで、人生をおそう悲しみを歌う。第2楽章の歌詞は、ナチスの収容所の壁に残された犠牲者の言葉だ。巨大で、悲しく、最後に淡いなぐさめを感じさせる美しい曲である。
 この地味な曲は、傑作ではあるがそのままでは忘れ去れて終わりだったろう。しかしイギリスのとある放送局が番組のテーマ曲として、第2楽章をヘヴィローテーションしたところ、欧州を中心に人気が爆発し、1980年代半ばには世界的な大ヒットとなった。ウィキペディアにも一項目が立っているほどだ。
 そうだ、傑作はいつだって存在するし、聴かれるのを待っている。知っていることしか知りたがらない私たちの耳は、数多くの傑作を忘却の森の中に置き去りにしているのだろう。

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2008.01.16

はやぶさ2、ASIが正式検討を開始

 14日から今日までの日程で、沖縄で国際始原天体探査ワーキンググループ(IPEWG)という会合が開催されている。小惑星探査の世界的な連絡組織の立ち上げだ。JAXA/JSPECが、この分野で国際的な主導権を持つ国際協力をリードしていこうとしている現れである。

 取材に行きたかったが、どうしても行けなかった。それでも現地から情報はぼつぼつと入ってくる。

 イタリア宇宙機関(ASI)は、「はやぶさ2」打ち上げにベガロケットを使う検討を正式にはじめたことを公表したそうだ。

 さあ、面白くなってきた。

 見えてきたのは、「はやぶさ」が国際的にいかに高く評価されているかということだ。なぜ高く評価されているのかといえば、それまで誰もやったことがなかったこと、しかも大きな意味のあることを、独力で成し遂げたからだ。

 このことは、今後の日本の宇宙科学、それのみならず宇宙開発全体の指針になるのではないか。

  • 誰もやっていないことで
  • 本当に意味のあることを見抜き(はやぶさの場合は始原天体としての小惑星の探査。なかんずくサンプルリターン)
  • 持てる技術とリソースの範囲内で実現可能な計画にまとめあげ
  • それを独力で成し遂げること

 この観点からして、JAXAの次の中期計画はどう評価できるだろうか。「かぐや2」は? 準天頂衛星は? 防災衛星は? GXロケットは? HTVは?  H-IIBは?

「それができたら、日本と是非とも協力したい。ロケットぐらい提供したっていい」と外国に思わせるだけのミッションになっているだろうか。

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2008.01.15

つくばりんりんロードを走る

 昨年末に発作的に青春18切符を購入した。1万1500円で5枚綴り。1日2300円で、どこまでも普通列車に乗れる「地上の銀河鉄道切符」だ。「カムパネルラ、僕たちはどこまでも行けるよね。鈍行だけど」

 ところが18切符の期限があと一週間というのに5日分のチケットをまだ1日しか使っていないではないか!

 どこかに行こうとあれこれ調べているうちに、土浦から岩瀬まで、茨城県道501号桜川土浦自転車道線、愛称「つくばりんりんロード」という自転車専用道があるのを思い出した。かつての関東鉄道筑波線が廃線となり、跡が自転車専用道になっている。全長約40km、Frogで走るにはちょうど良い距離だ。

 子供の頃の記憶が蘇る。母方の祖父母は土浦に住んでいた。そして祖母の故郷は、筑波線沿線の雨引だった。筑波線には何回か乗っている。

 よし、Frogを輪行して行って来よう。というわけで13日日曜日に走ってきました。

Start 自転車道路の始点。

Map こんなコースです。筑波山を回り込み、雨引観音をかすめて岩瀬へ。

Road 走り出してから気が付いた。西高東低の冬型気圧配置ではないか。つまり風は西から東に吹く。西に向かって走るということは向かい風だ。しまった、岩瀬から走るべきだったと思うも後の祭り。強い向かい風の中、軽いギアでひたすら脚を回して進む。

 風景はもう北関東の冬そのもの。空はあくまで澄んで、寒くて風が強くて、道はまっすぐ続いている。道路が遠近法そのものでまっすぐ地平線に消えているという風景を、東京の近場で楽しめるのだ。

 季節の良い時期は、自転車で一杯になるという道も、誰も来ない。道を独り占めというのはなかなか気分がよい。脚はつらいが。

Tower 空に伸びる鉄塔のなんと魅惑的なことよ。鉄塔武蔵野線の世界だ。

Kazari どんと焼きの準備らしい。

Minseisinnpoh 沿線には加波山事件の加波山がある。なにやら自由民権運動のにおいのする看板を発見。民声新報で検索すると色々出てくるが、これはたぶん小地方紙じゃないかなと思う。

Platform 筑波線のホームが、自転車用の休憩所となって残っている。横を走ると自分が列車になったような気がする。気分は「どですかでん」の六ちゃんだ。頭の中で武満徹のテーマ音楽を鳴らして、「どですかでん、どですかでん」と声に出して走ってみる。すると、近所の子供が「わーい、バカー」とはやし立てて追っかけてくる…ということはない。

Rail 廃線になって20年経つのに、まだこうやって線路が残っているところもある。

Ruin いい感じの廃墟。

Amabiki 母方の祖母の故郷、雨引。祖母は、大地主の六人兄弟の末っ子として生まれ、何一つ不自由せずに育った人だった。子供の頃はこのあたりの野山を思うがままに駆け回っていたそうだ。
 生前、色々と聞いた田舎の地主末っ子のワイルドライフ。
「カエルを捕ってもって帰っとな、女中さんがカエルの皮をプリっと剥いて醤油で焼いてくれるんだ。あれはおいしかったな」とか。
「アオダイショウふんずかまえっと、しっぽもって振り回して頭を石にぶつけて殺すのさ」(これも食ったんだろうなあ)とか。
「虫下し飲んだら、山で遊んでたらお尻の穴から長いのが出てきちまってよ、虫ぶらさげたまんま泣きながら山を走って降りて、家で取ってもらった」とか。
 その他サンショウウオも捕ってきて焼いて食べたとか。

Amabikikannnon1 せっかくなので、雨引観音に詣でる。急な坂を自転車を引いて登る。

 大学に入った年の春、「おまえのために取ってきた学業成就のお札を雨引さんに返すから来い」といわれ、祖母と二人で雨引観音に詣でた。筑波線で土浦から確か一時間以上かかったはず。
 祖母はぜいぜいしながら「雨引さん」への坂を登っていた。そのあと、祖母の長兄が継いだ実家に寄ったが、その長兄との会話が、生粋の茨城弁。もう何を話しているのかさっぱりわからなかった。
「ああ、楽しかった。年に一回。また来年来るさ」と祖母はにこにこしていたが、直後に急逝。雨引観音詣では祖母との最後の思い出となった。

Amabikikannon2 感傷的な記憶が残る雨引観音だが、お札を買おうとすると、キティちゃんの刺繍の付いた恋愛成就のお守りがなどというものが売っていた。なにか間違っている。なんだかがっくりしてしまい、買わずに下山する。

Sunset 雨引観音から見る日没。この、北関東のなにもなさというのは決して嫌いではない。

Iwasest 日没少しすぎに水戸線の岩瀬駅に到着。きちんと計ってはいないが、走行距離は雨引観音への寄り道を含めて46kmぐらいか。
 東北本線に出て湘南新宿ライナーで帰るつもりだったが、なにやら人身事故があったということなので常磐線経由に変更。

Dentyu 途中、土浦駅で買った。我が心の菓子「吉原殿中」。水戸名物なのだが、土浦でも売っている。子供の頃、大好きでたまらなかったお菓子。

 本日現在で、青春18切符はあと2日分残っている。期限は今週末。さあどうしよう。


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2008.01.13

宣伝:1月18日金曜日、阿佐ヶ谷ロフトAに出演します

 前回、林紀幸さんと出演した場所です。今回は「かっこいい機械ナイトvol.1」と題して、出演者がこのメカがどう格好良いかをひたすら語り合うという、メカフェチ向けの企画…といっていいのかなあ。

 実はロフト・プロデューサーの斎藤さんが私の「コダワリ人のおもちゃ箱」を読んで、「こんな人たち呼んだら面白いでしょ、ね、ね」と言い出してひょうたんから駒が出てしまいました。

 今回はイラストレーターの寺田克也さんと初めての共演です。出る私としても楽しみです。また、ここでも時々紹介している驚異の蒸気機関車サークル羅須地人鉄道協会の相場事務局長が参加します。

 相場さんは、しゃべりもむちゃくちゃ面白い方なので、こちらも楽しみです。「何でも乗り」というあだ名を持っている人で、ハンドルが付いている乗り物なら何でも乗りこなすという特技の持ち主です。筋金入りの四駆の人だったりもします。

 八谷さんは、ここを読みに来る方ならば特に説明の必要もないですね。OpenSky Projectで「メーヴェのようなもの」を作っている方です。最近、飛行訓練用に本物の飛行機を買っちゃったらしいので、その話がでるかも。

 今村さんは、「コダワリ人のおもちゃ箱」の担当編集者です。実はImamuraの日記という軽妙な日記を書いている、はてなの住人でもあります。

 続くようでしたら、あんなメカこんなメカ、使っている人作っている人を呼んでくることになっています。どうぞおいで下さい。


「かっこいい機械ナイトvol.1」
ジェットエンジン、熱気球、蒸気機関車、etc
みんなでかっこいいと思う機械を愛で、語る会。

開場18:30/開演19:30
【出演】
松浦晋也(ノンフィクション作家/科学ジャーナリスト)
八谷和彦(メディアアーティスト)
今村勇輔(編集者/エクスナレッジ)
寺田克也(イラストレーター/漫画家)
相場二郎(羅須地人鉄道協会・事務局長)

1月18日金曜日
OPEN18:30/START19:30
¥1,200(飲食代別) <当日券のみ>

場所:阿佐ヶ谷ロフトA
:JR中央線阿佐谷駅パールセンター街徒歩2分
杉並区阿佐谷南1−36−16ーB1
地図
電話:03-5929-3445

 自分としても、編集者の今村さんとしても「面白い本を作った!」という実感があった本です。正直、売れ行きが今ひとつなので、2人で「面白いのになあ」とクビをひねっている次第。ともあれ、斎藤さんをびりびり刺激して、こんなイベントにつながったことを考えると、作って良かったなと思っています。

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2008.01.12

蛙の詳細

 かくして手に入れたBD-Frogである。現状の改造箇所は以下の通り。

  • 変速機:シマノ・カプレオ
  • ブレーキ:シマノ・カプレオ
  • タイヤ:シュワルベ・シティジェット
  • フロント・スプリング:サイクルハウスしぶやオリジナル・スーパーハード(ステンレス)
  • リアスプリング:同ハード(ステンレス)
  • グリップ:Ergon パフォーマンスグリップ
  • ライト:TOPEAK 「ホワイトライト」
Frogall
 全体はこんなもの。一見したところ、特にオリジナルと変わるところはない。

Frontsus Frogに限らずR&Mの自転車全般に言えることだが、サスペンションのスプリングをよりハードなものに交換しないとふわふわして長距離を走るのがつらい。サイクルハウスしぶやのスーパーハードスプリングはオリジナルの2倍のばね定数ということだが、Frogにはちょうど良いぐらい。海に近いところに住んでいるので、錆を警戒してステンレス製を選択した。

 バネだけではサスペンションにはならない。ダンパーも必要なのだが、それはフロントタイヤ支持部の回転部分がやや動きが渋く、その部分の摩擦がダンパーの役割を果たしているようだ。今のところサスペンションとしての機能は快調である。

Rearsus リアのスプリングはフロントと同じくしぶやオリジナルのハードスプリングのステンレス製。これはもっと硬いもののほうがいいようだが、リアのスーパーハードは販売されていない。こちらはもう少しダンパーが効いたほうがいいようだ。スプリングの中にブチルゴムを丸めて詰め込もうかと思っている。

 フロントとリアを合わせたサスペンションの感触は、まあまあだ。さすがにモールトンのシルキーライドとは比べるべくもないが、BD-1ストレートフレームモデルの、どことなくがさつな動きに比べると、こちらのほうがまだだいぶましである。

 ただし、私のBD-1は2001年モデルだ。2002年以降は大幅改良されたという話もあるので、あるいは現行のBD-1はずっと改善されているのかもしれない。

 どちらにせよ12インチのタイヤでどんどん走ろうと思えば、サスは不可欠。もしもサスなしにすると、スポークが折れるだろう。今後も躾けつつ、付き合っていくしかない。

Capreo 一番の特徴である、カプレオ8速の外装変速機。幅が足りないので9速全部を使うことができない。タイヤが12インチと小さいので、ディレイラーの地面からのクリアランスがけっこう厳しい。普通に走る分には問題ないが、ショップからは「路肩では気をつけた方が良い」と言われた。

 タイヤは、12インチでは唯一のスポーツ走行用であるシュワルベの「シティジェット」。ほとんどこのFrogぐらいしか使用しないタイヤなので、製造中止が心配だ。何セットか備蓄しておくべきか…

Offsetrear かなり無理矢理外装変速機を取り付けているので、リアタイヤは左にオフセットしてしまっている。このため、右にやや曲がる傾向があるが、乗って走っている分にはほどんと意識することはない。

 逆にこれだけオフセットしていても、すいすい走れるというのは新鮮な発見だった。人間はたいていの状況に適応してしまうものだということだろう。

Front クランク周りはノーマルのままだ。今後少しずついじっていくつもり。ギア比的にはフロントを60Tにするのがいいだろうと思っている。なるべく重量は増やさしたくない。逆にこの部分では減らしていきたい。軽量化のためには、シマノの最高級コンポのデュラエースに入れ替えるのが一番簡単だが、けっこうなお値段がする。

 SpeedDriveについても悩んでいるところだが、プラス1kgの重量増加となることを考えると付けない方が良いのかも知れない。財布にもやさしいし…

Handlebar ハンドルは、携行性を重視してバーハンドルのままにすることにした。その代わり、このエルゴノミクスグリップを付けてみた。なかなか具合が良い。シートと合わせて今後少しずつ調整していくつもり。

 もう少しハンドルは短いほうがいいのだが、このグリップを使う限り現状が限界だ。ショップでは「グリップを切りつめればいいんですけどね」と言われた。そこまでやるべきかどうか、検討中である。

Lightbrake ブレーキもカプレオに変更した。ブレーキの効きは良好。これはマストアイテムといえるかも知れない。シマノのコンポーネントが世界を席巻したおかげで、私達はあちこちのメーカーのコンポを選ぶという楽しみを失ってしまったが、シマノ製品が高品質であるというのもまた事実である。

 ライトはこれまた小型軽量を優先してTOPEAKの「ホワイトライト」を選択した。私の場合、機能を追い求めて重量増加を招き、気楽に持ち歩けなくなったら本末転倒である。

Brake 折りたたむ時はまずフロントのブレーキをはずし、前輪を取り外す必要がある。外装変速機を装着したことのデメリットである。ショップによると「新型のXTR(シマノのマウンテンバイク用最高級コンポーネント)のディレイラーだったら、前輪を外さなくとも畳めるかも」ということだが、現状本当にできるかどうかは不明。

 まあ、以前ランドナーで輪行していた時のことを考えれば、フロントタイヤを外すぐらい、なんということはない。

Fold1Fold2 畳む時の注意点。ディレイラーを持ち上げて、できた隙間にフロントを押し込む必要がある。

Fold3Fold4 こんな感じに畳むことができる。

 現状でだいたい10kgちょうど。今後は、ハンドル周り、シート、フロントのクランク周りを交換することで9kg前半まで軽量化できるだろうと踏んでいる。もちろん高価な部品を投入すれば、それだけ軽くできるはずだが、「気楽に使える道具」を目指すに当たっては自ずと限界があるだろう。  まずはシートを交換したいところ。オリジナルは自分のお尻にあわないらしく、すぐにお尻が痛くなってしまう。

 なによりも走るために購入した道具だ。せっせと持ち歩いて、あちこちを走ってみなくては面白くない。

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蛙の品定め

 私が赴いたのは、お花茶屋駅近くにあるサイクルハウスしぶやだった。ここは、Frogの改造を手がけており、シマノのカプレオによる外装変速機8段のモデルを販売している。試乗車を置いているというので、まずは乗ってみるか、ということだった。

 しぶやの試乗車は、カプレオだけではなく、フロントにSpeed Driveも組み込んであった。フロントに組み込む2段変速機である。「フロントは70T相当になっています」という話だった。

 この試乗でノックアウトされてしまった。

 良く走るのだ。

「こりゃ、走るフレームだ」と思った段階で、私はFrogを購入することを決めていた。

 サイクルハウスしぶやに発注する以上、カプレオ仕様だ。カプレオにすると前輪を外さないと折りたためなくなってしまうが、輪行用と思えば大したことではない。ギアの塊で重い内装変速機から、外装変速機にすることで軽量化も期待できる。

 調子に乗ってSpeedDriveも付けようかと思ったが、なにしろ車両価格と同じぐらい高価な部品なので断念。自分が必要最小限と考える装備変更に留めることにした。

 納期は約1ヶ月。というわけで年の瀬、輪行バッグを持って再度サイクルハウスしぶやに赴く。

 畳み方が変わるので、まずはそれを習う。外装変速機にしたことで、きちんとした手順で畳まないといけない、ややデリケートになってしまっている。

 そのまま店から走り出す。その日はお花茶屋から荒川に出て、東京駅まで走った。楽しい。なかなか楽しい自転車だ。これはしばらくの間、輪行と改造の両面で遊ぶことができそうではないか。

 というわけで、私は蛙の飼い主となった。どこをどう改造したかは、次回書くことにする。

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2008.01.10

蛙を選ぶ

 BD-Frogを選ぶに当たっての条件。

 もともと小径車を夢見るや、一気に自転車の試乗をするのあたりから色々と情報収集はしていたのであった。

 かくしてまとまった条件は以下の通り。

  • 輪行時に電車内で、そこそこ混んだ状態であっても他のお客さんのじゃまにならないこと
  • それなりの段数の変速機が付いているか後付可能で、長距離を気楽に走れること。
  • よく走る筋のいいフレームであること
  • なるべく軽いこと
  • AZ-1に搭載できる程度に小さいこと

 まず、BD-1ブロンプトンのような、スタンダードな折り畳み自転車ははずすことにした。これらはそもそもAZ-1に入らない。
 また、輪行となると意外に邪魔になる。少なくともこれらの自転車を持って通勤通学時間帯の電車に乗るのは避けたいところ。
 A-Bikeはかなり混雑した電車内にも持ち込める。そこまではいかないにしても、小さくまとまることは、それだけ利便性を向上させる。
 極論するならば多少重くても構わない。小さくまとまることが優先だ。

 村山コーポレーションのMC-1Aや、バイク技術研究所YS-11は、折り畳み後のサイズが微妙なので落ちる。YS-11は多段変速機を組み込めるかどうかも微妙だ。

 Smartcogantは、かなり理想に近い。しかし、折り畳み方法が輪行に特化しており、AZ-1には入らない。

 残った候補は以下の通りである(画像は楽天へのリンクになっている)。


 Panasonicのトレンクル6500:6.5kgの軽量自転車だ。多段化も和田サイクルなどでノウハウが蓄積されている。問題は多段化すると25万円程度と、財布直撃の値段になること。さらに、6.5kgというかなり軽量化のため、タイヤやタイヤチューブなどの耐久性が犠牲になっている。気楽に乗れる自転車に仕立てるにはさらなる投資を必要とする。


 ブリジストンのトランジットスーパーライト:重量は7.4kgだが、トレンクルよりもずっと安い。多段化の実績もあり。欠点は見かけが地味なことか。


 BD-Frog:重量は10.5kgと一番重い。デザインは一番斬新。ノーマルで3段変速だが、シマノのカプレオを組み込むと8段変速になる(リアの幅がきついので9段フルにはつかえない)。

 これらのうち、最初に落ちたのが、トランジットスーパーライトだった。理由は簡単。「見かけが好みではない」。機能とコストパフォーマンスという点では悪くないのだが、自転車は嗜好品だ。なによりも自分が持っていてうれしくなくてはいけない。走るだけではなく、眺めてニヤリ、というところがなくてはね。

 というわけで、しばらくの間、トレンクルとBD-Frogの間で揺れていった。

 Frogについてはイラストレーターの米田裕さんが開設しているFrogBlogがずいぶんと参考になった。

 米田さんのFrogは、購入1年後同2年後同3年後と大幅な改造を受けている。つまりそれだけ改造の楽しみがあるわけだ。

 だが、同時にこれらを見ているうちに一つの傾向に気が付いた。米田さんの改造は機能追求型で結果として重量増加を招いている。

 とすると、機能追求をほどほどにして、軽量化に注意していじっていけば、米田Frogとは違うFrogを仕立てることができるのではないだろうか。

 いくつかのホームページで、カプレオ装着のFrogについて「良く走る」と書いていることも気になった。ひょっとしてFrogのフレームは「よく走る」のではないだろうか。
 あれこれ自転車に乗っていると分かるが、自転車のフレームには明らかに「よく走るフレーム」と「そうではないフレーム」が存在する。よく走るフレームは、自分の踏み込んだ力がそのまま前進する力に変換されるという印象がある。折り畳み自転車で、良く走るフレームはなかなか難しいらしい。私も持っているBD-1(旧モデルのストレートフレーム)は、まあまあではあるが決して「良く走るフレーム」ではない。試乗した印象で語ってしまえば、ブロンプトンストライダも、どんどん前に出る「走るフレーム」ではない。

 Frogが、走るフレームを持っているなら、これは入手する価値があるのではないだろうか。

 Frogは、製品としては色々と中途半端である。

 R&Mは日本市場に向けて「BD-1よりコンパクト」というセールスポイントで売ろうとしたらしい。

 ところが、10.5kgという製品重量でも分かるように、Frogのフレームはやたらと頑丈だ。加えてシートポストは2段になっていて身長2m近くあっても乗ることができる。つまり設計は、体の大きなドイツ人が基準となっている。日本人に売りたければ、フレームをもっと華奢にしても軽量化を優先するべきだった。
 しかも、欧州では7段変速モデルを販売しているにもかかわらず、日本では3段変速モデルしか販売しなかった。
 10万円を超える製品だ。日本でのユーザーがマニア層になることは自明である。と、なれば7段変速を売るのが普通だろうに。

 これに加えて2007年モデル限りで製造中止だ。こういう「素材としては良いのだけども、製品トータルでみるとなんだかなあ」というものを、自分なりにその潜在能力を開花させるのは面白そうではないか。

 というわけで、昨年11月のある日、私は日暮里経由で京成電車に乗ったのであった。日暮里駅は改装中で、一部で有名になった修悦体の乗り換え案内が出ていた。

Syuetsu


 これだけで自転車好きなら私がどこに向かったかは分かるであろう。というわけで続くのです。

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2008.01.09

蛙(Frog)を飼う(買う)

Bdfrog

 A-Bikeを入手して、まだ1年経っていないというのに、また自転車を買ってしまった。

 R&MのBD-Frog。折り畳み自転車だ。

 正確に言うと、A-Bikeを入手したからこそ、Frogを買ってしまったのである。

 A-Bikeを持ち歩き、主に都内を走り回っていると、JRと地下鉄を使って移動していた時とは地理感覚が変化してくる。遠いと思っていた2点間が近く感じられるようになる。例えば表参道から信濃町、あるいは白金から品川。本郷三丁目から竹橋を経由して東京駅などというのもすぐ近くに思えてくる。

 こうなってくると、もっと違う道を走りたくなる。もともとバイク乗りの私は、知らない道を迷いつつ走るのが大好きだ。しかしA-Bikeではやはり10km以上を走る気にはならない。

 持ち歩きがそこそこ楽で、もっと長距離を走れる輪行用自転車。休日にちょっと持ち出して知らない町に出かけ、30km~50kmぐらいを楽しく走るための自転車。そんなものが欲しくなってしまったのだ。

 できれば、小さく狭いAZ-1に乗せることができるものがいい。リカンベントに改装したBD-1はAZ-1に積むには大きすぎる。

 去年の初夏あたりから、そんな欲望の虫が頭にとりついて「買えや~」「買わんかいな~」とささやくようになってしまった。

 欲望に支配されつつも冷静に考える。いったい自分はどんな自転車が欲しいのか。

 まず、AZ-1に搭載できる程度に小さいこと。輪行時に電車内で、そこそこ混んだ状態であっても他のお客さんのじゃまにならないこと。それなりの段数の変速機が付いているか後付可能で、長距離を気楽に走れること。よく走る筋のいいフレームであること。なるべく軽いこと。

 いくつか候補をチョイスして、ああでもないこうでもないと楽しく悩んでいたのだけれど、2つの出来事が背中を押してしまった。まず、臨時の仕事で収入があったこと。次に、Frogが2007年モデルで生産終了となってしまったこと。

 「もう手に入らなくなる」となると欲しくなるものだ。あの心理にやられてしまった。
 写真は正月に茅ヶ崎から鎌倉・鶴岡八幡宮まで走った時のもの。往復30kmを特に疲れるでもなく、ごく普通に走ることができた。

 こりゃいい買い物をしたと、今はご機嫌である。

 詳細についてはおいおいと書いていくことにする。実は、すでにノーマルのFrogではないのです。

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2008.01.08

はやぶさ2計画は生きている

 相模原の宇宙科学研究本部に来ている。新年恒例の宇宙科学シンポジウム出席のためだ。
 会場は机をはずして椅子だけが一杯に並んでいる。そこに人が一杯。15年ほど前の、椅子も机も入って、しかも結構空いていた科学衛星シンポジウム(宇宙科学シンポジウムの前身)を知っているだけに、「ずいぶんと遠くまで来たもんだなあ」という感慨を禁じ得ない。

 午前中は現在運用中のプロジェクトに関する発表。最後に川口淳一郎教授が「はやぶさ」の発表をした。

 おそらくこのページを見に来るネットユーザーの誰しもが知りたがっている話を。

 後継計画「はやぶさ2」は生きている。イタリア宇宙機関(ASI)の長官から立川JAXA理事長に宛てて「共同で計画を進めたい」旨の書簡が届き、立川理事長が「前向きに検討しましょう」という返事を出したとのこと。探査機を日本が、イタリアが「ベガ」ロケットを提供するという形式を考えている。このほかNASAとも協力の検討を進めているそうだ。

 ただし、JAXA内部でのゴーサインはまだだそうだ。川口教授が「私は理事長ではありませんから」と、言葉を濁すシーンもあった。

 結局のところ、この件に関するJAXAの内情は「既存計画で手一杯、新規計画向けの金なんかない」に尽きる。さっさとつまらん失敗プロジェクトをやめて、その分を「はやぶさ2」につければいいのに、というのは無責任な部外者の言い分であって、当事者としてはなんとかして既存計画を成功させる、ないしは成功ということにして終わらせる必要に迫られている。そして旧三機関の力関係というのはJAXA内に厳然と存在しており、ISASの立場は決して強くない。

 その中で、川口教授以下月惑星探査推進センター(JSPEC)は、天上の「はやぶさ」と同じぐらい、いやそれ以上に粘り腰を発揮している。「海外からロケット取ってこい」という、ほとんど昔話の主人公が遭遇するような無理無体に対して、ロケットを取ってこれそうな情勢を作り上げつつあるのだ。

 私思うに、昨年度の予算折衝で、たった5000万円ではあるが「次の小惑星探査機」の名目で予算がとれたことはとても大きな意味があった。予算というのは一度名目が立つとなかなかつぶせない。2006年の段階で、予算項目をとれたことで、JSPECは計画継続に向けて粘る足がかりを得た。

 そう考えると、一般からのあちこちへのメールは決して無駄ではなかったのだろう。

「2011年か2012年には打ち上げたい。その後はしばらく(おそらくは目標天体の軌道の関係で)打ち上げのチャンスがなくなる。2003年(はやぶさ打ち上げ)の次が15年空くというのでは、プログラム的探査の意味がなくなってしまう。15年といえば人が働く期間の半分ですよ」と、川口教授は言っていた。

 昔話なら、主人公はいくつもの無理難題を知恵で切り抜け、最後は「幸せに暮らしましたとさ」で終わる。もちろん小惑星探査はそんなわけにはいかない。予算が付いてゴーがかかっても、開発、打ち上げ、運用と、次の難関が続くのだ。


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2008.01.03

「マリアの月」

 年末年始、いつもならばSFとノンフィクションばかりを読んでいる私だが、珍しくハードボイルドを読んだ。これがなかなか面白かった。

 以下、アマゾンの宣伝文句をやや書き直しての紹介だ。


 将来を期待されながら、ある事件がきっかけで精神的に絵筆がとれなくなってしまった洋画家の本庄敦史は、知的障害者更生施設「ユーカリ園」で美術の指導をすることになる。
 そこで彼は22歳の河合真理亜と出会う。真理亜は少女時代に頭部を打ったことによる精神発達遅滞のため「ユーカリ園」で暮らしていた。

 敦史はすぐに、言葉を持たない真理亜が驚異的な才能の持ち主であることに気が付く。彼女は、頭部打撲の後遺症で言葉を失ったのと引き替えに、高度な直観像記憶能力「カメラ・アイ」を獲得していたのだ。真理亜の絵は評判となり、彼女は「美しくあどけない奇跡」として成功への道を歩み始める。

 しかし、彼女が描いた一枚の絵が、2人の運命を変えていく。それはただの絵画ではなかった。彼女が幼少時に目撃した殺人事件、しかも時効を目前に控えた殺人事件の「目撃証言」そのものだったのである。

 敵は単なる殺人者ではなかった。政治の中枢にまで食い込んだ巨悪の組織だった。真理亜の存在を知った組織は、彼女にじわじわと迫ってくる。合法的に、あくまで合法的に彼女を圧殺するために。殺人事件の背後にある、より巨大な犯罪を隠蔽するために。

 物語はラスト、華やかなパーティの場へと収束していく。真理亜の絵筆は真実をえぐり出すことができるのか。それとも組織が真理亜を絡め取り、すべてを闇に葬り去るのか。そして敦史は、真理亜を連れて、光溢れる創作の場に復帰することができるのか。



 「マリアの月」の作者である三上洸氏は、私にとっては「大学のクラブで後輩の、本名K君」である。

 私は大学時代、プラモデラーが集う「模型クラブ」なるクラブに所属していた、K君は、私が卒業した年に入ってきたのだった。つまり彼と同時期に在学したことはない。
 モデラーも大学生レベルとなると、とんでもない腕前の者がいる。歴代の腕達者は、「ゴッドハンド」「ゴールドフィンガー」などと呼ばれたものだが、K君もその流れを組む一人だった。

 分かる人にしか分からない言い方をすれば、彼はあのタウロ1/35のA7Vを完璧な精度で美しく組み上げてきた。分からない人向けに言い直すならば、およそ不完全でどうしようもないプラモデル・キットを完璧な美しさで完成させるだけの腕前を持っていた。

 しかし彼の才能はプラモデルだけのためにのみあるわけではなかった。

 私が彼に注目したのは、クラブの部誌に寄稿したA7Vの制作記事の文章が、素晴らしく良かったからだ。一読すれば、難物キットA7Vを自分が作っているように感じることができた。大学生の部誌の文章は、どれもこれもぐしゃぐしゃなのが普通だが、彼の文章は当時から素人離れした読みやすさと表現力を持っていた。

「こいつ、ただ者ではないな」と思ったものだが、その当時はあくまで予感に留まっていた。

 卒業してからしばらく音信がなかった彼が、突如「期待の新星・三上洸」として私の眼前に現れたのは2002年秋のことだった。「アリスの夜」で、光文社の「日本ミステリー文学新人賞」を受賞。

 授賞式は盛会だった。背広を着た彼は、照れくさそうに壇上に立っていた。挨拶は、文章ではひねた表現を多用する彼にしてはストレートな「頑張ります」調のものだった。
 同時開催の日本ミステリー文学大賞は都筑道夫氏が受賞した。この時の都筑氏のあいさつは、ユーモア溢れる素晴らしいものだったが、それは私にとって、子どもの時からさんざん御世話になった老作家との一期一会となった。

 しかし、その後の彼の行路は順調だったとは言い難い。「アリスの夜」は幼女売春というショッキングなテーマで、ひたすら暗さのみが目立つストーリーを読んでいくと最後にほのかな明るさが見えるというものだった。緻密な構成と達意の文章力は魅力的だったが、読み通すのがつらいという評価も受けた。
 本人にも反省があったのか、第2作「ハード・ヒート」は、緻密な構成はそのままにルパン三世のような軽妙な探偵物に仕上がっていた。ところが、これはあまり受けなかったようだ。そのまま彼はしばらく沈黙した。

 「現時点の自分のすべてを突っ込んで書きました」と、本人から連絡があったのは昨年の晩秋のことだった。そして、私の手元に「マリアの月」が届いた。

 以下、やや内容に触れるのでフォントカラーで隠蔽しました。読みたい方はテキストを選択・反転表示してくだい。(1/6記)

 彼は、ハードボイルドの定型を決して外さない。過去に傷を持つ男がいる。男が「自分が救わねばならない」と思い定める女がいる。そして敵がいる。絶望的なまでに強大な敵だ。
 男は決して英雄ではない。時におびえ、時に逃げ、時に哀願し、それでも筋は曲げない。

 しかし、同時に彼の書く小説は、ハードボイルドという枠の限界を試すかのように、様々な方向に拡張されている。

 「アリスの夜」で、主人公は借金と薬物中毒に絡め取られてヤクザの下働きとなった情けない中年だった。そんな人物が、組織の飼う9歳の幼女売春婦「アリス」と出会ったことで、彼女を当たり前の子どもに戻すため、絶望的な逃避行を決行する。物語の1/3で逃避行が始まると、後はノンストップだ。読者は吹き荒れる暴力の嵐に翻弄され、結末まで運ばれる。

 逆に「マリアの月」では、前半2/3を使って、じっくりと真理亜と敦史を初めとした関係者の抱える因縁を描いていく。かつての殺人事件を追う新聞記者、敦史に淡い恋心を抱く療法士、余命いくばくもない身で敦史の将来を気遣う彼の師匠、ユーカリ園の理事長、派手な政策で人目を集めて国政進出を狙う女性市長。そして、口当たりの良いキャッチフレーズで善意を集めて食い物にするNGOと、そのトップを務める権力欲の塊のような青年。

 と、同時に前半では、「絵画を描くということが、人間にとってどういう意味を持つのか」が執拗に描写される。真理亜は言葉を持たない。その感情は彼女の絵筆からあふれ出る絵画で判断するしかない。作者は、文字メディアである小説で、言葉を持たない者の思考を絵画経由で描き出すというアクロバティックな業に挑戦し、しかも成功している。
 それを補足するのが、敦史と彼の師匠との間で交わされる芸術談義だ。彼らが交わす会話の中に現れる「ゴヤの“黒の絵画”のような、それを描いてしまったら画家は終わる、というモチーフ」は、ラストへの重要な伏線となる。

 物語前半は、真理亜が巨大なフレスコ画を描くシーンでクライマックスとなる。フレスコ画は一人では描けない。多くの画工が協力して下地を作ることで、初めて絵師が筆を振るうことが可能になる。真理亜と共に敦史に絵を習ったユーカリ園の入園者達が、画工を務める。このシーンは感動的だ。

 後半1/3は、一気のジェットコースター的展開となる。前半でじわじわと真理亜の身辺に迫っていた巨悪は、一気に真理亜を取り込み、利用しようとする。激しいアクションを含むいくつものストーリーが同時に進行し、やがてただ一つの焦点「真理亜の手元に、彼女自身が描いた一枚のスケッチを届けることができるか」に収斂していく。

 驚いたことに、すべてが終わった後のエピローグで、ストーリーはさらに展開する。それはSF的といえるかもしれない。最後の一ページを読み終えると、本書がハードボイルド小説というのみならず、絵画と言語を巡る論考でもあったことがわかる仕組みになっているのだ。

 多分本書で一番意見が分かれるのは、「敵」の設定だと思う。まあなんというか、現代日本に巣くうありとあらゆるうさんくさいものが一体になった設定を、「いくらなんでもやりすぎだ」と感じるか「よくやった!」と思うかで、本書の受け止め方が変わるだろう。その実行部隊のヘッドである「一矢」を、ねちねちと気色悪く描くその筆致といったら、なかなかたまらないものがある。
 映画化するとしたらキムタクだな。演技開眼とかなんとかいって、この怪物的な悪役をやらせたらぴったりはまりそうだ。沢田研二が「魔界転生」で演じた天草四郎以上のショックかも。

 ともあれ、作者と個人的付き合いのある私としては、やはり一言いわねばならないだろう。

 三上センセー、いやさK君、よく書いたね。確かに本気の文章を読ませてもらったよ。

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2008.01.02

モバゲータウンの高校生

 年末、恒例の高校クラス会。なぜか2年の時のクラスが卒業以来四半世紀以上、一年も欠かすことなくクラス会を開き続けている。

 一人、大学の新入生に情報リテラシーを教えている友人がいる。彼が言うに「俺、最近モバゲータウンやってんだよ」

 白状するならすぐにモバゲータウンのなんたるかを思い出せなかった。「モバゲーって、モバイルのゲームか?」

「違う違う、SNSだけど携帯専用なんだ。今の高校生のけっこうな部分がモバゲータウンやってんだよ」
「この年して女子高生とお友達になりたいとか」
「バカ、この春にはモバゲータウンやってた連中が、新入生で入ってくるんだ。情報リテラシーを教える側が、モバゲータウンを知ってないとまずいだろ」

 高校生のほとんどは自分が自由に使えるパソコンを持っていない。しかし携帯電話は持っている。彼らはパソコンではなく携帯電話経由で ネットを利用しているのだという。

 彼によると、最近問題になっている高校の裏サイト問題や、無防備なプライバシーの露出なども基本的には携帯電話サイトにおける問題なのだとか。

「ホントにね、みんな携帯電話でネットしてるんだよね」

 話題は携帯の弊害へと向かう。道具は思考を支援する。問題は携帯電話という道具が、人間の思考を支援し拡張するだけではなく、モバイルという特性故の不自由さを持っていることだ。小さく低解像度のディスプレイ、テンキーを使う日本語入力、相対的に小さいメモリー容量——。

 携帯電話を、電話として捉えるなら、他に置き換え不可能なコミュニケーションの道具だ。しかし、メール送受信装置、デジカメ、音楽プレーヤーとしては、十徳ナイフ的なもどかしさがつきまとう。確かに役立つが、専用の道具とは比較にならない。

 しかし、道具は人を育てる。極端な例だが、十徳ナイフでは宮大工は育たない。

 日本語に、ケータイ小説という文体が、新たに付け加わるなら、それはそれでいい。しかし、携帯電話によるコミュニケーションに依存することで、ケータイ小説文体でしか思考できないようになるとこれは問題だ。

 音楽に関しても然り。CDで16ビット、44.1kHzのクオリティを手に入れた我々だが、今や圧縮音声により、手に入る音楽データのクオリティは逆に低下している。「人間の聴覚では聞こえないデータを削ることでファイル容量とビットレートを落としている」とはいうがどこまで下げて良いのか。

 自分自身、携帯電話にHE-AAC、48kbpsでCDからリッピングした音楽データを入れており、それでモバイル用途は満足している。しかし、その一方で自宅にはCDを再生する環境を持っており、通常はCDで音楽を聴いている。
 携帯電話のHE-AAC、48kbpsという音環境で、果たして「良い音を聴き分ける耳」は育つのか(自分がそんな耳を持っているかというのは、この際別にして)。

 酒も入っているせいか、ぐるぐると議論は回る。

 日頃パソコンを使い、同時に携帯電話も使っている身からすると、携帯電話には「葭の髄から天上覗く」のようなもどかしさがつきまとう。広い情報の海を狭い狭い窓から観ているような。

 今の高校生が、その狭く小さな窓だけでビットの海を観て触って、育っているとしたら、それは問題だ。

 携帯電話端末がタダではなくなり、その一方で「EeePC」のような低価格ノートパソコンが日本でも発売されるようになると、状況は変わるだろうか。

 いや、そう簡単ではないだろうな。

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2008.01.01

初音ミクと原盤権

 あけましておめでとうございます。もう何年も前に年賀状を出すのを止めてしまったので、ここでの挨拶が生存証明となります。

 2008年が皆様にとって良い年でありますように。


 初音ミクを巡る、今回のドワンゴの対応で、ずっと気になっていたのは「ドワンゴは、原盤権をどう扱おうとしていたのか」ということだった。

 12月25日付のドワンゴ・ミュージックパブリッシングとクリプトン・フューチャー・メディアの共同メッセージで、この件は以下のように明快に記載された。

2 「初音ミク」ソフトウエアを使用して作成された音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認し、その権利行使代行会社を制作者自身の意思により決定することができることを確認します。

 すばらしい。誰がこの条項を入れるよう主張したかは分からないが、この条項ひとつをとっても、ネットの音楽事業をきちんと理解した上で、共同メッセージが作成されたことが分かる。

 私がこの分野を取材していた8年前の段階で、すでに音楽のネット配信では、原盤権を誰が保有しているかが死命を制するということが、業界の常識となっていた。
 
 とりあえずは、ここで原盤権について解説しておくことも無駄ではないだろう。

 例によって8年前に取材し、勉強した事項なので、誤りがあったならばコメント欄での指摘をお願いします。

 結論を先に書いておくと、今後自作の曲を商用利用に出す方は、間違っても契約相手に原盤権を渡してはならない。
 著作権のJASRAC管理が、「その曲を色々な人が利用すること」を制限するものなら、原盤権の譲渡は「自分が完成させた音を、自分の意志で扱うことができなくなる」ということを意味する。

 著作権の周囲には様々な権利がくっついている。原盤権というのはそれらのうちの一つだ。

 まずはWikipediaの原盤権を読んでみよう。「原盤権(げんばんけん)は、一般に音楽を録音・編集し完成した音源(いわゆる原盤、マスター音源)に対して発生する権利のこと。」とある。

 音楽の場合、作詞家が詩を書いて作曲家が曲を付けても、それだけでは聴衆の耳に届かない。まずは実演家が演奏する必要がある。
 ライブならそれでおしまいだが、レコード(CD、音楽配信)ならば、録音を行い、録音技術者が様々な調整を行って、複製可能なマスターデータを作成する必要がある。

 このマスタデータを自分の意志でどうこうする権利が、原盤権だ。原盤というのは、アナログレコード時代、レコードを作成するための最初のマスターのことを原盤と呼んだことに由来している。

 原盤権の保有者は、自らの意志でそのデータをCDにして販売したり、送信可能化権を行使してネット配信したりすることができる。その場合、著作権者の了解を得る必要はない。
 もちろん著作権者に対して著作権料の支払いは生じる。しかし著作権者が、原盤権保有者に対して、例えば「その録音は若気の至りだから再発売するな」「自分はネットを信用していない。ネット音楽配信するな」というような要求をすることはできない。

 従来、原盤権は音楽出版社、つまり各アーチストが所属する音楽プロダクションが保有することが多かった。これは、レコードの企画と制作の手配を音プロが行っていたかららしい。
 その昔は一般的に、音プロがレコード会社に企画を売り込み、録音の段取りを行い、セッションを用意してからおもむろに看板歌手がスタジオにやってきて録音し、録音をマスタリングするという手順でレコードを作っていた。

 ところがそのうちに、原盤権の重要性に気が付くレコード会社が出てきた。一番最初に原盤権の重要性に気が付いたレコード会社は、ソニー・ミュージック・エンタテインメント(SME、現ソニーBMG・ミュージックエンタテインメント)だったと記憶している。同社の社長を務めた丸山茂雄氏(現247music社長)が、アーチストとの契約の際に「原盤権はSMEが持つ」という条項を入れるようにしたのだった。

 余談だが、丸山氏はJ-POP草創期に主にロックの分野で活躍したプロデューサーだった。取材していて「この人は信用できる」と思えた数少ない業界人の一人である。
 丸山氏の先見の明で、原盤権を押さえたソニーは、そのまま音楽ネット配信事業の勝者となってもおかしくはなかった。しかし実際にはOpenMGのようなおよそユーザーフレンドリーではないコピープロテクションに走ったあげく、CCCDの導入でユーザーの総スカンを食らってしまい、AppleのiTunes Music Storeの後塵を拝する結果となった。
 その過程で丸山氏はSMEを退社し、247musicを設立した。何があったのだろうか…

 そのSMEのやり方を真似たのがエイベックスで、こちらも原盤権を会社が持つというやりかたをとっている。エイベックス——今回の初音ミク騒動の一方の当事者であるドワンゴの筆頭株主である(1/2記:「親会社」を「筆頭株主」に訂正しました)。

 今回の初音ミクを巡る動きの中で、当初ドワンゴは原盤権を押さえるつもりでいたに違いない——などと主張するつもりはない。それは出来の悪い陰謀論だろう。

 それでも、私は今回のドワンゴ、クリプトン間の合意の文面で、エイベックス流の「原盤権よこせ」ではなく、「音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認」と、はっきり原盤権がそれぞれの作者にあることが明記されたことは大きな意味があると考える。

 初音ミクのオリジナル曲の場合、作者が作詞作曲から、最終的にリスナーの耳に届く音データに至るまでを制作している。音プロがレコードを企画して、歌手が乗っかるだけというのとは根本的に事情が異なる。
 自分の曲をどうネットで配信すべきかは、レコード会社が決めることではない。
 それぞれの作者が、自分の保有する原盤権に基づいて決めるべきことだろう。

 ちなみに、丸山氏とは別の方面から、原盤権の重要性を主張していた人物がいた。シンセサイザーで有名な冨田勲氏だ。私が音楽配信の取材に従事していた当時、氏は「原盤権はクリエイターが持つべき」とあちこちで発言していた。

 その事情はJASRACのHPに掲載されたこの記事にある通りだ。ムーグ・シンセサイザーによる最初のアルバム「月の光」のレコードを出すにあたって、レコード会社のRCAは2つの条件を提示した。原盤権をRCAで買い上げるというものと、原盤権は冨田氏が持ち、印税形式で報酬を受け取るか、だ。原盤権の買い取り価格はかなり高額で、借金をしてまでシンセサイザーを購入していた氏は相当悩んだそうだが、自分で原盤権を保持する方を選んだ。

 トミタ・シンセサイザー・ミュージックはその後、世界を席巻し、その原盤権は冨田氏に大きな収入をもたらすと同時に「サウンド・クラウド」のような大きなイベントを開催するための礎となった。

 「月の光」も冨田氏ひとりがゼロから作り上げたものだった(ドビュッシーは1918年に死去しており、その著作権は1968年末日で切れている…と思ったのだが、日本の場合戦時加算で10年以上延びていたのだった。このあたりどのような権利処理をしたのだろう?)。その意味では、初音ミクオリジナル曲と、状況は似ていると言えるのではないだろうか。

 ワルター・カーロスの「スイッチト・オン・バッハ」がシーケンサーによるテクノ音楽に繋がったとしたら、ドビュッシーをフィーチャーした「月の光」は、未だかつて存在し得なかった新たな音色を創造するという方向への第一歩だった。発売から30年以上を経て、今なお新鮮に響く名盤である。未聴の方は是非是非。


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