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2008.12.31

アイマスMadに魅せられて

 昨日NHKで高専ロボコン全国大会を見た。
 NHKの腐敗もここまできたか。

 鹿児島高専が「篤姫」ネタで来たからといって、それに10分以上の時間を割き、あまつさえ本編の映像まで流すとは。ここはいくら「宣伝になる!」と算盤を弾いたとしても、さらりと流すのが公共放送の矜持だろう。

 そして、ゲストが全員邪魔。私は高専生と彼らの作ったロボットとその戦いが見たいのであって、稲垣吾郎がマスタ・スレーブに驚く様を見たいのではない。全試合バージョンを、新年1月2日の午前10時15分〜午前11時44分でBS-2で放送するとのこと。ゲストの出演を切れば、全試合を地上波で放送できたろうに。

 年末に紅白歌合戦などを見るよりもニコニコ動画で過ごした方が数等ましというものだろう(結局それかい)。以下、というわけで、初音ミクを離れて「アイマスMad」の話。

 ニコニコ動画の三大勢力は、初音ミク以下のボーカロイドに「アイドルマスター」、そして「東方」なんだそうだ。東方というのは、一連の「東方●●」という名前の同人シューティングゲームで、その音楽が格好良いということで追従者を生み、一連の「東方系」と呼ばれる音楽ジャンルを形成したらしい。「…らしい」というのは、私はあまり東方系の音楽がピンとこないので、きちんと聴いていないのだ。

 そして「アイドルマスター(THE IDOLM@STER:通称“アイマス[im@s]”)」はナムコ(現バンダイナムコ)の開発したゲームで現在はXBOX360用に販売されている。音楽プロデューサーになって女の子キャラクターを一流アイドルに育てるという育成ゲーム。
 特筆すべきは、3Dグラフィックスで踊る女の子達が、いわゆる「不気味の谷」をうまい具合にごまかして、それっぽく、かわいく見えること。そこで、ゲームマシンからの画像をパソコンでキャプチャーして、あれこれ加工して別の意味を与えた「Madビデオ」がニコニコ動画に氾濫し、現在に至るというわけだ。

 この「アイマスMad」達、もちろん玉石混淆なのだが、選んでみていくとアマチュアとは思えないほどの高品位の映像作品が見つかったりもする。私の場合は、「im@sclassic」というタグを見つけたことが、この世界に踏み込むきっかけだった。


 「im@sclassic」タグから、このカルミナPの作品を見つけたのだった。正直、独自の美意識を貫徹した出来映えにびっくりした。ラヴェルの「クープランの墓」から他の5曲ではなく「トッカータ」を選んだ選曲眼から始まり、ビデオ編集で独自の映像美を生み出しているところとか、後半の音楽の使い方など、どこから見てもこれはパロティ系のMadというよりも“作品”と呼ぶに相応しい。
 

 カルミナPの名前の由来は、初期にカール・オルフのカンタータ「カルミナ・ブラーナ」の曲を使った作品をまとめて投稿していたことらしい。この作品も、なんとも表現に困る面白さがある。朗々と歌い上げるフィッシャー=ディースカウの声が、かくもぴったりと踊る女の子達の映像がはまるとは。


 カルミナPの場合、選曲も渋いというか、「よくこれを選ぶ!」と感嘆することが多い。これもそうでバルトークのバレエ音楽「中国の不思議な役人」(Wikipedia)を使っている。このバレエが、どんな筋かを知った上でこのビデオを見ると、音楽と映像との落差にくらくら来る。


 これまた無茶苦茶渋い選曲。そして音楽と映像が見事にマッチしている。

 カルミナPの作品で味をしめた私は、せっせとアイマスMadを発掘することになったのだった。もちろん再生数はあてにならない。信じるは己の感性と勘のみだ。自分が面白いと思うものを、タグや本人説明などのちょっとした手がかりで探し始めたのである。


 ごく普通のアイマスMadは好きな音楽に合わせてお気に入りのキャラクターの踊る映像を組み合わせるというもの。これは正統派の作品だと思うが、ビデオ映像の作り込みが半端ではない。「世の中にはセンスのある人がいるんだなあ」と、感嘆しつつ「俺にはできねえ」と自分の卑小さにがっくりくる動画ではある。


 うはは、こんなものまであるとは。なんだか子供の頃に戻って「シャボン玉ホリデー」を白黒テレビで観ている気分になってくる。オリジナルの映画は筋としては大して面白くなかったが、空撮まで使った大がかりな映像と、ラストの円谷英二が指揮したという大爆発シーンが印象的だった。
 この森江春策Pは、どうやら推理作家の芦辺拓氏らしい。50歳を過ぎてアイマスMad作成でニコニコ動画生活とは、なんとも若々しい。


 いやもう、この堂々たるレトロっぷりは素晴らしいの一言に尽きる。


 もうひとつレトロ路線で。画用紙に柔らかめの鉛筆で書かれたと思しきイラストに独自の味わいがある。アストロPはレトロ一辺倒というわけではないのだけれど、妙な雰囲気のある作品を次々に投稿している。


 同じくアストロPの作品。ストラヴィンスキーの「春の祭典」。大混乱を引き起こした1913年の初演時に、ニジンスキーが付けた振り付けの再現映像と組み合わせるとは…良い意味であきれてしまう。


 一方で、これだからなあ。掛け値なしで、紅白歌合戦よりも面白いと思うぞ。


 コンロン・ナンカロウの一発アイデアの傑作「習作21番」にその通りの映像をつけた作品。
 これはちょっと説明の必要があるだろう。コンロン・ナンカロウは20世紀アメリカの作曲家だが、共産主義者だったことが災いし、アメリカを出てメキシコに住まざるを得なくなった。メキシコに住み着いた時、彼の手元にあったのは、ロール紙に空けた穴の通りに演奏する自動ピアノだけだった。
 ところが彼はそれを逆手にとって、「人間ではとても演奏できない、自動ピアノでしか演奏できない音楽」を作り始める。「習作21番」はその代表作。基本的に上声下声の2声部から成るポリフォニーなのだけれど、上声部と下声部のテンポが異なっている。上声部は無茶苦茶な速さから徐々に徐々にテンポがゆっくりになっていき、下声部はゆっくりとしたテンポから徐々に速くなっていく。曲の真ん中で2つのテンポは交差し、最後で上声部はゆっくりに、下声部は滅茶苦茶に速いテンポとなって終わる。
 アイドルマスターには亜美と真美という一卵性双生児のキャラクターが出てくるが、この作品は、2人のダンスをそれぞれ、スローモーションから高速再生に、逆に高速再生からスローモーションにと加工して、「習作21番」と組み合わせているというわけ。
 確かに「習作21番」を知っていれば、割と思いつきやすいアイデアだとは思うけれども、それにしても本当にやってしまうとは…

 というわけで当blogの2008年は(NHKのロボコン番組より面白い)ニコニコ動画とアイドルマスターで終わるのだった。

 皆様、良いお年を。2009年も引き続き当blogをよろしくお願いいたします。

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2008.12.29

ますますニコ動にはまるのだ

 野尻さんのアピールに乗せられて、ニコニコ動画のプレミアム会員になった。快適な回線容量が確保され、ますますニコニコ動画にはまり込むのである。

 以下、今年秋以降にアップされた/見つけた、面白かった音楽系動画を。初音ミクもそれ以外もごっちゃになっています。


 今年後半もっとも衝撃的だった作品。鉄風Pの曲に機能美Pがビデオを付けたコラボレーション作品だが、音楽と映像の両方とも斬新、かつ両方が組み合わさってさらに素晴らしい。間違いなく、ニコニコ動画がなければ現れることがなかった作品だろう。
 鉄風Pの音楽そのものが「変拍子を基調にしたモーダルな仏教ロック」というショッキングなものである上に、ビデオもタイポグラフィの限界に挑むような高品位。10万アクセス突破は当然だ。

 作中に頻出する女の子のシルエットは、実は「M@STER FONT」というフォント。ナムコが販売しているゲーム「アイドルマスター」に登場する女の子達のシルエットを文字フォント化したものだ。
 この「アイドルマスター」の映像を加工したビデオ画像は、ニコニコ動画で一大勢力を形成している。というよりもこのゲームの人気はニコニコ動画に投稿されるユーザーが作成したビデオ(パロディ的な内容が多いので「Mad」と呼ばれる)なくして考えられない。


 その「M@STER FONT」のプロモーションのために作成されたビデオ。これまたとんでもないセンスの発露で、感心するしかない。


 萌え声サンプリングミュージック、と一言で片づけるにはあまりに良くできた逸品。もとはMusicMakerというドイツ製の音楽ソフトに、輸入元が声優さんの音声サンプルを付けて萌えパッケージで出荷したもの。その音声サンプルをいじくって一曲に仕立ててしまった。
 サンプリングミュージックは繰り返し一辺倒になってしまいがちだが、この曲は繰り返すフレーズと繰り返さない一回限りのフレーズとのバランスがすばらしい。音楽とは、繰り返しとその時一回限りの出会いを駆使して聴き手の記憶を操る技法なのである。


 脱力ロックが楽しい長靴Pの新作。そうか、長靴Pは実は絵もうまかったんだと見入ってしまう。イラストも音楽も歌詞も、そしてギター演奏もほどよく力が抜けていて、なおかつ脱力しきっていない。いいねえ。いいなあ。


 以前、音女-オトメを紹介したまうPの作品。軽やかなピアノとフランス風の和声が快い。ミクの声も、べーゼンドルファーのサンプリング音も曲の雰囲気に実によく合っている。本当にこの人は、心にすとんと落ちる曲を書く。


 そもそも人間の声と言うには表情がどうしても乏しい初音ミクに、極限までの表現力を要求するワーグナーを歌わせるというのは無謀そのもの。しかし、無謀の行為を通じて見えてくるものもあることも事実だ。
 この調子で技術が進んでいけば、ボーカロイドを組み合わせてオペラを歌わせ、MikuMikuDanceで3Dモデルに演技をさせて、たった一人でバーチャルオペラを作り上げる事も可能ではないかと夢想してしまう。
 そのためにはもう少しボーカロイドの種類が増えないとなあ。せめて男声のバス歌手は欲しいところ(需要があるかどうかというのは難しいところだろうが)。


 と、思ったらまうPの新作はオペラ風の曲だった。曲はできるな。後は、これにMikuMikuDanceで動きを付ける人が出てくるかどうか。


 私はいいと思うのだけれど、なぜかアクセス数が伸びないトゥルララPの最新スキャット曲。どこかYMOを思わせるクールで落ち着いた雰囲気だが、こういうのはニコニコ動画のメインユーザーには受けないのだろうか。「尻P」こと野尻抱介さんは「ラノベ感性が足りないんじゃないでしょうか」と分析していた。「ニコニコ動画のユーザーは若いので、ラノベっぽい感性がないといかんのでしょう、『メルト』とか」。そうかもなあ。
 その割にかなり年配のPも多いようなのだけれど。


 ボーカロイド一家が歌う武満徹。無伴奏合唱曲もなかなかいい。
 武満は、感性の根本部分に多量のポップス成分を抱えていた。それが良く分かる佳品。ほろっとくる緩やかな暖かさに満ちた曲だ。「こどものころをおもいだした」というあたりの和声は古いアメリカンポップスの匂いがする。
 「風の馬」、私も聴きたいです、アビヨヨ←作者の方。


 おそらくもっとも有名な現代詩であろう谷川俊太郎「二十億年の孤独」に木下牧子が曲を付けた合唱曲。現代日本の合唱曲の指標的な作品だ。武満作品は、表面的な親しみやすさとは別の演奏のしにくさがあるのだけれど、この曲は特に訓練を受けていない中学生から高校生が歌うことを前提に、色々と歌いやすくなる工夫が盛り込まれている。なおかつ音楽として中高生が興味を持てる曲になっているのは、まさしく「プロの仕事」だ。


 強烈な鬱曲を、精力的にアップしているネガティブPによる、「すげーコワイクリスマスの曲」。映画「シャイニング」の映像あたりと合わせたら、全世界でクリスマスが中止になりそう。

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2008.12.27

BD-Frog:前輪を外さなくとも折り畳めるようになる

8total

 長らく報告していなかったBD-Frog。実はこの秋、3ヶ月に渡ってサイクルハウスしぶやに長期入院していた。
 といってもトラブルが出たわけではない。かなりの距離を乗ったのでメンテナンスをお願いしたのだ。9月にショップに持ち込んだ段階ではそのつもりだった。メンテナンスとちょっとした改造。改造はフロントのクランクとギアを交換し、オリジナルの52Tから手持ちの56Tにハイギアードすることだけ、のはずだった。

 ところが10月にアメリカに行ったこともあって京成電鉄のお花茶屋駅近くのサイクルハウスしぶやに受け取りに行くことができたのは11月になってからだった。
 ショップに着くと「実は前輪を外さなくとも畳めるようになりました」との一言が待っていた。
 リアの変速機をカプレオからシマノの新しいデオーレXTというディレイラーに交換すると前輪を外さなくとも畳めるようになったという。
 聞いてすぐに思ったのは、「こりゃ人柱にならないかというお誘いだな」ということだった。以前、「もっと小さな変速機に変えたら前輪を外さずに畳めるようになりませんかね」と相談したことがあった。そのことを覚えられていて、「人柱は如何?」と誘われたのだろう。

 もちろんお誘いに乗りましたとも。

 一週間で出来るという話だったが、一週間後に届いた連絡は「ちょっとトラブルが出まして」というものだった。今回、フロントを56Tの大径にしたところ、ひかかってしまったというのだ。「大丈夫です。変速機のアームを切断して加工します」
 うわあ…と思ったが、もうここでは引くことはできない。「お願いします」と言ってさらに二週間。やっと完成した。




2zenrinhiroge 3derailer


 畳んだ状態でのBD-Frog。この通り前輪を外さなくてもきちんと折り畳まれている。前輪を出した状態で見ると、きちんと外装変速機が畳んだ状態で収まっている。

4delailer2  広げた状態で外装変速機を見る。シマノの新しいディレイラーのデオーレXTをアームを切断し、短くして使用している。

6stem  フロントのステム回り。ステムを短くしたので、ワイヤーも短くした。

7seatpost_2  今回最大の投資ポイント。チタン製のシートポストを入れた。およそ100gの軽量化。その100gに支払った値段は…聞くな!

5bb フロントは手持ちのパーツを使って52Tから56Tにした。52Tだと自分の脚力でもトップギアを踏み切ってしまうため。少しハイギアードに振ってみたわけだ。

 まず折り畳みだが、これは格段に楽になった。畳むと必ずチェーンがはずれるので、組み立て時にチェーンをきちんとギアに掛けなくてはならない。どうしても手が汚れてしまうが、それでも以前フロントタイヤを外していたことを考えると全然簡単だ。
 ハイギヤード化は、成功だった。よりスピーディに走ることが可能になった。ただしこれでも軽い。

 残念ながら変速の感触は悪くなった。特に3段目からトップギアにかけては、手元のシフターを操作してもきちんと変速しないことがある。これは、リアのギアがカプレオ、変速機がXT、シフターがカプレオという組み合わせだからかも知れない。シマノは部品の組み合わせをあまりにかっちり設計するので、違うグレードを組み合わせるのが難しいと聞いたことがある。

 問題点が一つ、思い切りペダルを漕いでいる時に強いショックが加わると、チェーンがディレイラーから外れることがある。これはフロントを大径化したこととディレイターのアームを短く切りつめたこととで、ディレイラーに入るチェーンのラインが完全にはディレイラーのギアとかみ合わなくなっているかららしい。
 今後フロントに60Tを入れることも考えていたのだけれど、60Tは無理かもしれない。逆にフロントを小径化することを考慮すべきかも。となると、Speed Driveを入れるしかないのだが、値段が…。どうしたものか。

 結論から言うと、これでまた理想の折り畳み自転車に一歩近づいたという感触がある。細かなトラブルはこれから徐々につぶしていけばいい。

 Frogに乗っていると20歳で初めて原付に乗った時の「おお、これに乗っていればどこまででも行くことができるぞ」という高揚感が甦ってくるのを感じる。面白いものだ。

 さあ、これでどこを走るか。

9firework
 12月20日の夕闇、江ノ島付近を走っていたら、突如冬の花火が上がった。夏の花火大会に向けての技術試験だろうか。  こういうことがあるから走るのは楽しい。26年前、初めて原付に乗った夏、伊豆半島を三島から回って下田経由で熱海まで来た時、花火大会にぶつかったのを思い出した。狙って見に行くのではなく、思わず出会う花火。

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2008.12.23

一転、気象衛星の予算がついた。しかし…

 前の記事を書いてから1日で、事態は大きく変化した。次の世代のひまわり2機は予算が付くことが決まった。


気象衛星「ひまわり」の後継機整備へ(日本経済新聞)

 気象庁は22日、2009年度予算の「重要課題推進枠」で、静止気象衛星「ひまわり」後継機の整備予算77億3200万円が要求通り認められたと発表した。(中略)  同日付で内示を受けた。整備予算を確保したひまわり8、9号はそれぞれ14年度、16年度に打ち上げる計画。(中略)  ひまわりは2基体制で運用し、現在の6号は10年度に、7号は15年度に寿命を迎える。(後略)(22日 22:19)

 気象衛星継が、「多目的衛星にして空港特別会計から予算を持ってくる」というような無理矢理の手段ではなく、きちんと気象庁に予算を付けるという形で予算化されたことは非常に喜ばしい。

 しかし、なぜ「重要課題推進枠」なのか…

 「重要課題推進枠」は、内閣総理大臣の裁量で使途を決めることができる予算枠で、来年度予算では約3300億円となっている。気象衛星と同時に、医師不足や救急医療の対策に304億円、麦や大豆など穀物の生産農家を支援に423億円、中小企業の資金繰り支援に123億円などが支出されることが内示された。

 このことから分かるように、「重要課題推進枠」は本来、世界情勢や経済状況の変化に政治の判断で素早く対応するための予算だ。

 気象衛星を巡る問題は、2年や3年の間に持ち上がったものではない。遡れば最初の気象衛星「ひまわり」が打ち上げられた1977年から、バックアップなしの運用に対する批判は存在した。過去30年近く、「いったいどうするのか」と言われ続けた問題だ。

 その根深さを考えるなら、予算処置としては気象庁の予算請求に対して財務省がきちんと査定して内示を出すという本来の予算折衝で予算化されるべきだった。

 政治の側は、内閣官房・宇宙開発戦略本部が、12月2日に出した
平成21年度における宇宙開発利用に関する施策について(宇宙開発戦略本部決定)(pdfファイル:リンク先の文書は「案」となっているが、12/2付けでこの文書は決定となっている) で以下のように明言している。

気象衛星は、我が国のみならず、アジア・太平洋地域の三十数カ国、22億人以 上の生活を支える気象予測に不可欠であり、観測に空白期間が生じないよう、現 在運用されている「ひまわり」の後継機については、平成26年度及び平成28年度 の打上げに向けた開発を進めることが必要である。

 宇宙開発戦略本部は内閣総理大臣を長として、閣僚が構成員となる。事実上内閣と同じだ。宇宙開発戦略本部が明言しているということは、内閣の総意ということと同じであり、官僚の側は通常ならば、予算を付けないわけにはいかないはずなのだ。

 それが、一度ゼロ査定となり、「重要課題推進枠」で復活した。急速な変化に政治が対応するための予算枠から、復活の形で予算が付いたというのは奇妙である。

 復活折衝が本当に揉める場合には、年末ギリギリまで議論が続く。22日の段階であっさり復活したということは、当初から官僚の側で復活をお膳立てしていたということだ。つまり「重要課題推進枠」を使うということで、政治と行政の間で事前に話がついていたということである。

 いくつか考えられる。まず、気象庁の予算枠への大幅増加となるのを財務省が嫌い、「政治が言うから仕方なく増やしたのだ」という形を作りたかった可能性がある。

 もう一つは、「国民の関心が高い気象衛星にやっと予算がついたということを、政治の側が手柄に仕立てたかった」という可能性だ。
 かつて自民党単独長期政権の時代は、この手の復活折衝が横行していた。大蔵省査定で切られた予算を、政治家がねじ込んで復活させるという形だ。実際には「復活」は仕組まれた出来レースであり、政治家は「私が大蔵に声をかけたから予算が復活したのだ」と地元で話すことにより「さすがセンセの権力はすごい」とばかりに支持を集め、官僚は恩を売ることで政治家を操縦するという関係が成立していた。
 特に来年度予算の場合、宇宙基本法施行後、初の予算折衝だったので、政治の側には自分たちがイニシアチブを取っていることを一般にアピールする必要性があったことは間違いない。

 さらに、前の記事のコメント欄に、きゅーてぃ渡部さんという方が、気象庁・気象研究所の独立行政法人化に絡んで、気象庁がきちんと気象衛星の重要性を財務省に説明しなかった可能性を指摘している。

 何があったかは、私もつかんではいない。が、気象衛星の予算が、正規の予算要求→内示の流れでは計上されず、「重要課題推進枠」で復活したことは、政治か官僚組織かのどちらか、あるいは両方に「道理が通らない」状況が存在することを予感させる。

 今後の宇宙開発のありように不安を感じさせる事態ではある。

 なお、今回の予算化により、気象衛星に関する話題は、「どこのメーカーが衛星を受注するか」「どの観測センサーを使用するか」に移る。
 海外メーカーになるか、国内メーカーになるかは、1989年の対米通商交渉・通称「スーパー301」による市場開放(結果として日本の衛星メーカーは壊滅的打撃を被った)と、宇宙基本法の定める「国内宇宙産業の振興」との絡みで、かなり難しく、政治も関係する問題となるだろう。

 日本は気象衛星の観測センサーを開発した経験はない。アメリカのメーカーから買ってくるしかないが、気象センサーの生産能力は限られており、発注から納入までのリードタイムは長い。三菱電機(ひまわり7号の製造実績あり)も日本電気もセンサー購入で動いているだろうか。

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2008.12.21

あまりに悲しく、あまりに腹立たしく

 あまりに悲しく、腹立たしいニュース。

政府:宇宙予算増額、1966億円に(毎日新聞12月18日)

 政府は17日、文部科学省が09年度予算編成で要求している中型ロケット「GX」の開発プロジェクトなど宇宙開発利用予算について、前年度比60億円(3・1%)の大幅な増額を認める方向で調整に入った。総額は1966億円となる。来年度を「宇宙基本法元年」と位置付け、宇宙開発を積極的に推進する姿勢を打ち出すため、例外的な大幅増を認める。

 GXロケット関連では、第2段に搭載する液化天然ガス(LNG)エンジン技術の完成度を高めるプロジェクトの費用として、前年度比51億円増の107億円が確保される見通しとなった。

(後略)

平成21年度気象庁予算案の概要について

 気象庁は、来年度予算の概算要求に次期気象衛星のための予算77億円を盛り込んだが認められなかった。

 GXロケットが気象衛星に優先するというのは、どういうことか。

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 宇宙基本法には、宇宙開発の意志決定を官僚主導から政治主導に変革することで、宇宙を日本という国の国家戦略のためのツールとして利用することを可能にする、という意図があった。

 政治家が、宇宙開発の方向性を決めるということである。

 となると、政治家はよくよく宇宙という場所の特質を知り、宇宙開発の実情を熟知し、責任を持って宇宙開発政策を策定しなくてはならない。

 では、現在の自公連立政権の政治家は、気象衛星よりもGXロケットが大事だと、主体的に判断したのだろうか?

 気象衛星の重要性は気象衛星の危機的状況地球環境問題と気象衛星の価値気象衛星について補足の3つの記事で書いた。

 ここで一つ指摘しておくと、気象情報は安全保障面でも重大な意味を持つ。なぜならば、気象状況の把握なくして軍事行動はあり得ないから。


 一方、GXロケットの開発が昨年来なかなか決着が付かないままにずるずると、意志決定が引き延ばされている。

 この件に関しては、宇宙開発委員会の主要メンバーは一致して「中止ないしまき直しすべき」と考えている。文部科学省は、かなり強い中止の意向を持っており、経済産業省も安易な推進には疑問を持っている。
 安全保障用途としてロケット完成の暁にはユーザーとなる防衛省は、ロケット完成に関心を示していない。他官庁の予算で完成させてくれるならありがたく受け取るが、開発のために防衛予算を割くのは困るという立場だ。

 これに対して、かなりの経費を開発に注ぎ込んだメーカーのIHIは、「GXロケットは商業打ち上げ用ロケット」という開発当初の立場を転換し、「GXは安全保障用途として有用なロケットなので開発を継続したい。その為には官からの開発費出資が必要である」としている。その背景にあるのは、民間航空機用のジェットエンジン「V2500」の開発で、最後まで通産省(現経済産業省)の方針に付いていき、通産省も開発を見捨てず、最終的に商業的成功を収めたことからくる成功体験があるようだ。
 「官が民を裏切ることはないはず」「官は民を裏切るべきでない」というわけである。

 過去の事例からすると、このような力関係ならGXはあっさり中止と決まるはずだった。

 にも関わらず、ここまで「開発続行か中止か」で議論が紛糾している理由は、自由民主党の一部政治家が「GXロケットは安全保障用途の打ち上げのために重要なロケットであり、その開発を継続するべき」と強く主張しているためである。


 「安全保障用途のGX開発を継続すべし」の主張の中心にいるのは、河村建夫現内閣官房長官(山口3区選出 衆議院)だ。河村官房長官は、宇宙基本法の成立でも主導権を発揮した。
 河村長官の他には、河井克行衆議院議員(広島三区選出)も、かなり強い態度でGX開発続行を主張している。今年4月の自由民主党・宇宙基本政策小委員会では、出席した河内山治朗JAXAロケット担当理事に舌鋒鋭く開発続行を迫ったという話が、私のところまで聞こえてきている。河井議員も、議員立法での宇宙基本法の成立にあたり、有力なメンバーとして活動した。

 内閣官房長官は内閣の要職であり、その職を務める者の発言を官僚は無視することはできない。今回GX開発続行に51億円の追加投資が付いたのは、河村官房長官の意志が働いていると見て間違いないだろう。

 しかしながら、本当に投資すべきはそこだったのか?

 政治家は、何が日本の未来と国民の福利厚生にとって重要かを的確に判断し、限られた予算の中でどこに投資するべきかを判断する責務を持つ。
 政治家が、宇宙を安全保障用途の政策ツールとして有効活用しようとするのはいい。現実問題として宇宙開発にはそのような利用方法が存在するのだから。
 だが、そのためには「日本の安全保障にとって今一番投資を必要としているのはどこか」を、政治家が主体的に判断できなくてはならない。

 GXに関しては「安全保障に役立つ」とされながらも、「では、GXでどんな安全保障用途の衛星を打ち上げるのか」が明確になっていない。「需要は存在する」というだけで、具体的にどんな衛星なのかは不明である。
 一方、気象衛星は、安全保障のみならず、防災、アジア全域への国際貢献、地球環境変動の監視など、様々な役割を今現に果たしつつある。

 日本の宇宙政策にとってどちらが重要かは、あまりに明白ではないだろうか。

 気象庁は国土交通省の下に付く弱小官庁であり、過去も気象衛星の予算を捻出するのに四苦八苦してきた。気象衛星の重要性を考えれば、政治家が今、一番支援すべきはIHIではなく気象庁ではなかったのか。

 GXへの51億円は、GX開発が順調ならば不要の出費だった。政治家とメーカー以外が、中止に傾いている今、政治家の主張によって51億円が積み増しされたということは、決して「宇宙開発予算が大幅増」ということではない。単に政治側の主張を通すために予算を積み増したということでしかない。
 日本の未来のために遂行すべき他の計画にもきちんと予算が回って、初めて「大幅増」と言いうるのだ。

 来年度宇宙開発予算が、61億円増、うち51億円がGXロケットへの積み増しという状況で、政治家が、毎日新聞の記事にあるように「来年度を『宇宙基本法元年』と位置付け、宇宙開発を積極的に推進する姿勢を打ち出す」と考えているなら、宇宙基本法の理念は、法律施行から4ヶ月を経ずして、すでに空洞化していることになる。
 政治家が宇宙開発政策を主導する法律に対して、政治家が宇宙開発に対して的確な判断ができないということを世間に示してしまうということだから。


 今後、年末にかけて来年度予算の復活折衝がある。気象衛星の予算が今後どうなるか、注目しよう。それは日本の政治家が、宇宙開発をどの程度理解しているかを試す、リトマス試験紙でもある。

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