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2009.04.15

宇宙基本計画パブコメにむけて:笹本祐一さんの意見(2) 月への遠い道

 前の記事に引き続き、日本の有人月計画について、SF作家の笹本祐一さんが、3月に宇宙作家クラブニュース掲示板に投稿した意見の2回目を、以下に転載する。

 今月末に始まる宇宙基本計画に対するパブリックコメントの募集に向けて、笹本さんの意見を日本の宇宙開発の将来を考える上での参考にしてもらえればと思う。

No.1323 :月への遠い道 投稿日 2009年3月13日(金)12時51分 投稿者 笹本祐一

 日本は月探査を目標とした有人探査を提案した。
 では、これから先どんな展開、開発が予想されるか。
 これから日本の宇宙開発が取るべき道、取りうる可能性について考察してみよう。
 前提条件として、日本単独で有人月探査を行う。国際技術協力については、自前の技術がない場合には便利なお財布にしか使われないことはスペースシャトル、国際宇宙ステーション関連で日本の関係者には身に染みているだろうから、全ての技術は自前で賄うこととする。

 現在の日本には、独自の有人宇宙技術はない。
 現状で使えるロケットはH2A、H2Bのみ。これで、低軌道に最大20トン弱の構造物は投入出来る。
 しかし、有人宇宙船の技術はない。
 HTVは宇宙ステーションにドッキングすれば与圧して人がはいる。また、JEMも軌道上で与圧されて活動しているので、構造体を作る技術はあると判断出来る。
 もちろん、有人宇宙船は構造体だけでは出来ない。生命維持のためには酸素を供給し、二酸化炭素を回収する技術が必要である。基礎技術は自衛隊や深海探査用の潜水艦で確立されているので、その宇宙方面への転用はそう難しくないはずである。
 軌道に上げた宇宙船は、再突入させて回収しなければならない。
 日本に於いて、再突入回収の技術は少ないながらも実績がある。まだ有人での回収はないし、HOPEで耐熱タイルの開発にも失敗してるが、昔ながらの溶融剤を分厚く塗り込めてその蒸発により再突入時の熱衝撃を緩和するという技術は完成されているのでそれほど難しいものではない。もちろん数度の実証実験は必要だろうが、新規開発は必要ではない。
 有人宇宙船の開発に於いて一番大事なのは、飛行の全行程に於ける安全で確実な脱出手段を確保することである。
 打ち上げから軌道投入までのもっともクリティカルな段階に於いて、多重の脱出手段を確保することは有人飛行実現の初期段階に於いてもっとも重要な開発になるだろう。
 カウントゼロから軌道投入までの全ての段階で安全に有人カプセルを脱出させ、地球に帰還させるためには、現状のH2Aロケットの飛行径路の多少の変更も必要になる。
 現在のH2Aの飛行径路は衛星の軌道投入に最適化されている。しかし、それをそのまま有人飛行に当てはめると、飛行の途中の段階で緊急脱出した場合に想定される脱出経路で宇宙船にかかるGが8Gを越え、乗員に多大な負担がかかってしまう。
 対策のためにはH2Aの飛行径路を有人向けに脱出は確実に出来るけれども飛行効率は多少悪化するものに変更しなければならない。そして、飛行の全領域で確実に作動する信頼性の高い脱出ロケットさえ開発出来れば、H2Aでの有人カプセルの打ち上げは夢物語ではない。

 つまり、今の日本に於いて低軌道地球周回のための有人カプセルの開発及び運用はそれほどハードルの高いものではない。困難な新規開発が予想されるものもないし、莫大な予算も必要とはされない。
 莫大な予算を必要とされないというこの一点が、組織としてのJAXAにとっても協同開発するメーカーにとってもうまみのない計画であることが予測されるが、それは本稿の本筋ではないので指摘するに留めておく。

 では、HTVをベースとするか、あるいはかつて検討した有人宇宙船ふじくらいの3人乗りのベーゴマ型カプセルを開発するか。順当に考えれば、最初は三人乗り小型カプセルで有人宇宙飛行技術の実証を進め、並行してHTVベースの大型船、あるいは長期滞在のための拡張モジュールを開発するのが常道だろう。すでにいくつかの国で実績があるとはいえ、有人宇宙技術は日本にとって未知の新天地である。ひとつひとつ足元を固めて登って行くに勝る途はない。
 日本が、安心して運用出来る有人宇宙船を開発するのに必要な年月はおそらく5年程度。困難を予想される新規開発がなく、また現在持っている宇宙技術から転用出来るものがいっぱいあるから、ここまでは平坦な道と予測される。並行して、軌道上にある宇宙船から24時間通信体制を確保するために高軌道に通信衛星をカバーのために上げるか、はたまた世界各国にお願いして地上、あるいは洋上にも通信ステーションを確保するか、インフラの建設も開始しなければならない。

 有人宇宙船、及びその乗員を日本が確保したとして、それだけでは月には行けない。
 なにせ月は遠い。平均で38万キロ彼方、そこに至るのに必要な推進剤は、ざっくり考えて低軌道に投入する場合の2倍となる。
 H2Aロケットの場合、低軌道に投入可能なペイロードは約10トン。有人打ち上げのための飛行最適化及び脱出ロケットの追加により、これは減ることはあっても増えることはない。
 そして、月飛行と条件が似ている静止軌道投入の場合、H2Aロケットの静止軌道への遷移軌道投入可能重量は4・5トン。
 増加型のH2Bロケットでも、低軌道への投入重量は19トン。遷移軌道で8トン。
 つまり、有人カプセルを月軌道に乗せて地球に返すというアポロ8号同様のミッションでも、推進剤まで含めた有人カプセルの全重量を8トン以下にしなければならない。
 最低でも一週間、非常時の余裕を見込めば二週間は乗員の軌道上滞在を必要とする有人宇宙船を、全てのシステムに月にまで届く推進剤まで入れて8トンで作らなければならないというのは、実はかなりシビアである。
 参考までに、アポロは脱出システムが3・6トン、司令船6トン、機械船25トンで推進剤込みの重量は合わせて35トン近い。脱出システムは第一段燃焼終了と共に切り離せるし、司令船、機械船ともに現代の技術で作ればかなりの軽量化が期待出来るが、推進剤の化学効率は変更出来ない以上、それにも限界がある。
 現実的な解としては、有人カプセル本体と別に地球周回軌道脱出のための推進剤、あるいはブースターを本体と別に打上げるという技術が必要になる。
 現在の種子島では、ロケット一基の打上げに必要なタイムスケジュールは最短一ヶ月といわれている。軌道上での貯蔵に耐える極低温でない燃料を使うブースターを最初に打上げ、一ヶ月後に有人カプセルを打上げ、軌道上でドッキングすれば有人カプセルを月周回軌道まで押し上げる事が出来るだろう。
 そのためには、宇宙空間で長期保存に耐え、複数回の点火に使えるブースターを別に開発しなければならない。燃料タンクと高効率のロケットエンジンを装備したそれは、無人であることを除けば間違いなく宇宙船である。そして、有人宇宙船とブースターを軌道上でランデブー、ドッキングさせ、確実に作動する技術も開発しなければならない。
 さーて技術水準が上がってきたぞ。
 まともに考えれば、軌道上で常温保持が可能でしかも動作も保証されて実績がある推進剤、ヒドラジン系を使うというのが通常の選択肢である。しかし、ヒドラジン系推進剤には猛毒というデメリットがあり、種子島からそんな猛毒のブースタータンクを打ち上げられるのに周囲の同意が得られるか、という政治的な問題が出てくる。
 では、液酸液水系の無毒な推進剤を使うのならどうか。これなら、H2Aロケットで上段をもうひとつ上げる、みたいな設計思想で開発も可能であり、エンジンのLE5も作動実績がある。
 しかしその場合、日照側はプラス200度、日陰はマイナス100度になる宇宙空間で、極低温燃料を長期に渡って保存しなければならない。液体酸素、液体水素ともに地上でタンクに注入すると入れる端から沸騰して蒸発していくので、H2Aでもスペースシャトルでも打上げ寸前まで液体燃料の注入を続けるくらいのものである。
 また、水素燃料は分子が小さいので、どれだけ念入りにパッキングしても隙間から洩れていく。
 現在では、極低温燃料を軌道上で安定して貯蔵する技術はない。この技術レベルは高い。
 解決のためには、種子島から打上げるロケットのタイムスケジュールを詰めるか、軌道上に上げるペイロードの重量を一気に上げるしかない。
 たとえば、ほんの数時間のタイムラグで二基のロケットを上げられるのであれば、液酸液水系のブースターを使って地球周回軌道上から月軌道に有人カプセルを上げることが出来る。
 種子島の設備は現状でも二基同時のロケットの準備が可能なVABがあり、また射点もふたつある。
 同時に射点に二つのロケットを並べるのは、射点間の距離が短いから現実的ではないが、一基目を打上げてから24時間後に2基目を打上げ、というのであれば不可能なスケジュールではない。
 その場合、種子島宇宙基地に二基分以上の液体燃料を貯蔵する設備を作るなどの増強は必要だが、ペイロードが倍の新規ロケットの開発は不要である。
 ここまでやって、やっと月軌道周回飛行が可能になる。
 しかし、ここまでやっても月軌道に送り込めるのは月着陸設備を持たない有人カプセルだけである。
 地球周回低軌道に宇宙船と、そこからもう一段分の推進剤を搭載した月軌道に宇宙船を届かせるためのブースターを送り込まなくては月面探査は実現出来ない。
 サターンV型がかくも巨大になったのは、軌道上にもう一段分の燃料もろとも着陸船、司令船を一度に送り込もうとしたからである。それが証拠に、月面探査という目標がなければ、サターンVはスカイラブという巨大な宇宙ステーションをわずか二段で地球低軌道に投入することが出来る。
 さて、前項で考察した日本独自の月宇宙船には着陸船はない。
 着陸船は、完全な新規開発が必要になる。
 この着陸船に要求される性能は、月面への安全な着陸と、月面から再び月周回軌道に飛び上がるだけの推進剤とエンジンを併せ持つエンジンの搭載である。
 もしこれを単段で済まそうと思うと、着陸船は減速、着陸、離陸のためのエンジンと推進剤をひとつの機体の中に内包しなければならない。
 先例として、アポロ月着陸船がどのような構造だったか見てみよう。
 月着陸船の中で、月周回軌道に復帰するのは上昇段と呼ばれる上部の部分だけである。
 減速、着陸に必要な逆噴射エンジンと推進剤タンク、着陸脚はすべて下降段と呼ばれる下の部分に取り付けられ、月面周回軌道に復帰する時には発射台として使用され、月面に置いて行かれる。すなわち、月着陸船は極限の重量軽減のために二段化されたロケットであると言える。
 一段目の下降段は、月面周回軌道からの減速、着陸に使われる。
 月面から再び周回軌道に復帰するため、上昇段は下降段を切り離して単体で上昇する。下降段を切り離していくから、再び軌道に復帰するのに着陸時ほど大きなエンジンは必要ない。
 現代の技術で、月面に着陸し、再び軌道に復帰する宇宙船にどんな構成が最適なのか、もちろん研究開発の余地は大きいだろう。同じエンジンを使うのであれば、着陸脚及び着陸用推進剤タンクは月面で切り離していく、ただしエンジンは減速、着陸と離陸、軌道復帰に同じものを使うという選択肢もあり得る。
 1969年にアポロ着陸船が成功しているものを現代の技術で作り直すのだから、その開発は平易ではないだろうが困難でもないだろう。きわめて厳しい重量制限とコンセプトさえ見失わなければ、その開発は不可能ではない。
 しかし、月着陸船を月に着陸させるためには、あたりまえの事ながら月着陸船を月周回軌道に持っていく、という手間が必要になる。
 月着陸船の重量をどの程度に見積るかによっても数字は違ってくるが、アポロを例に取れば司令船、機械船の合計が約30トンに対し、着陸船は約16トン。この差は、司令船は三人が往復7日間合わせて21人日暮さなければならないのに対して、着陸船は長くても二人が二日合わせて4人日で済むという生命維持システムのキャパシティによるところも大きい。
 では、H2Bの静止トランスファー軌道に8トンという制限の中に着陸船を収めることは可能だろうか。
 可能ならば、月着陸船は一度の打ち上げで月周回軌道に投入出来る。
 不可能ならば、月着陸船は有人カプセル同様に軌道上でブースターとドッキング、月軌道に向かうという有人カプセル同様の手間を踏まなければならない。ただし、こちらは完全に無人化出来ることが期待出来るから、先に月着陸船を地球周回軌道に投入、あとからブースターを打上げて、ドッキング、月に向かい、月周回軌道に安定させたのを確認してから有人宇宙船を打上げるという手順を踏むことが可能になる。

 もし、これらの打ち上げを一度で済ませようとしたら、静止トランスファー軌道に約30トンの投入を可能とする大型ロケットの開発が必要になる。低軌道換算で約70トン。失敗に終わったソ連月ロケット、N1ブースターと同じような性能か。
 低軌道でH2Aロケットの7倍、H2Bと比べても4倍近いペイロードのロケットの打ち上げ重量はいくらくらいになるか。
 そのまま巨大化すれば、約2000トン。
 あくまでも机上の計算でしかないが、低軌道に70トンを投入出来る大型ブースターなら一度の打ち上げで全システムを月周回軌道に投入出来る。それが出来ない場合、最低三回、ひょっとしたら四回のロケットの打ち上げが必要になる。
 一度で済まそうと思ったら、構成はともかく推定重量2000トン、ペイロード70トンの大型ロケットの開発が必要になる。そして、種子島の現状の射点ではさすがにそんな大型ロケットの打ち上げは爆発物取り扱い法の関係上、安全距離が獲れないので不可能である。となれば、それだけの大きなロケットを運用するVABごと新規の建設が必要になる。
 種子島で現状の吉信岬のさらに先を埋め立てて新たな射点を作るというのも解のひとつになるだろう。
 その場合でも、新型ロケットのためには新たなVABの建設が必要になるし、埋め立てて空港ひとつ作るくらいの予算が必要になる。
 さあて、有人月探査二兆円じゃ足りなくなってきたぞー。

 他に必要な要素技術として、宇宙服の開発及び宇宙遊泳、月面歩行の技術習得も必要である。
 しかし、これも新規開発が必要な技術ではない。技術習得のためのハードルは高いが、すべて海外で実現可能なことが実証され、なによりも40年前の技術でアポロが達成している技術である。確固たる意思とゴールさえ明確なら、それは開発可能だろう。

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Comments

>有人カプセルの開発及び運用はそれほどハードルの高いものではない。
永田教授の一言が苦い「我が国の宇宙開発技術というのは、物凄くアンバランスです。歪と言ってもいいです。軌道上ランデヴーに成功した国は日米ソの三カ国だけです。一方で、軌道上から地球上の狙った場所に衛星を落として回収する技術は相変らずお粗末で、失敗してばかりいます。地上の狙った場所に落す技術は軍事関連技術として開発が避けられてきたためです。」
http://myhome.cururu.jp/camuispaceworks/blog/article/81002642139

Posted by: pongchang | 2009.04.16 at 10:23 AM

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