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2009.08.24

さようなら、KIMさん

 木村雅文さんが8月11日、この世を去った。享年50歳。22日に葬儀があり、私も参列してきた。

 日本の宇宙開発は貴重な人材を、私はかけがえのない友人を失った。

 木村さんは、日本電気航空宇宙システム(NAS)の技術者で、軌道設計の専門家だった。1985年のハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」に始まり、スイングバイ技術試験衛星「ひてん」(1990)、日米共同の磁気圏観測衛星Geotail(1992)、火星探査機「のぞみ」(1998)、小惑星探査機「はやぶさ」(2003)などなど、宇宙科学研究所(現宇宙科学研究本部)が実施した、ほぼすべての衛星・探査機の軌道計画立案に参加してきた。

 もっとも分かりやすい部分で代表させるならば、「軌道の魔術師」川口淳一郎教授が立案する軌道計画に対して、数値計算による裏付けを与えてきたのが木村さんであり、木村さんが育てたNASの技術者達だった。宇宙の彼方で緊急の事態が起きたとき、川口教授の指揮下、昼夜を分かたぬ突貫作業で救出のための新たな軌道を計算し、妥当性を検証し、最終的にまとめ上げたのが木村さん達だった。
 彼らは、川口教授が描いたデッサンを、物理法則にかなう一本の優雅な線に仕上げたのだった。

 「ひてん」の華麗なスイングバイ軌道も、地球脱出時にトラブルを起こした「のぞみ」を救うためのアクロバティックな軌道も、イオンエンジンを噴射し続け、刻一刻と軌道要素が変化し続ける「はやぶさ」の軌道も――すべて木村さんとその仲間達の緻密な計算によって現実のものとなったのである。

 私にとって、木村さんはパソコン通信のハンドルネームKIMさんだった。インターネット以前の1990年頃、パソコン通信Nifty-SERVEのスペースフォーラム(FSPACE)で、私は「宇宙開発の部屋」の管理人をしていた。KIMさんは常連の一人だった。あの頃、「宇宙開発の部屋」は、素人、マニア、本職が入り乱れる一種独特の言語空間だったが、彼はそこに常に的確な内容の文章を書き込んでいた。オフ会で本人と会い、本職であると知った。
 うまが合った我々は、時折連絡を取っては町田の街を飲み歩くようになった。お互いの仕事の内容について差し支えない範囲内で話し合い、現在を憂い未来を語る。そんなつき合いだった。町田の飲み屋での交遊はインターネットの時代になり、FSPACEに集った者らが四散した後も続いた。
 彼は常に節度を持って酒を飲んだ。飲み過ぎで終電を逃した私が彼の家に泊まったこともあった。気が付くとなぜか自宅にいることもあった、前後不覚になった私を、彼が送ったらしかった。

 全く持って私はKIMさんの世話になりっぱなしで、ダメな飲み友達だった。

 しかもこのダメ友は、しっかりと交友から元を取った。2002年の半ば頃だったか、「もう話してもいいだろうけれど、1998年ののぞみの地球脱出の時は本当に大変で大変で」と話してくれた。「これは書ける!」と私は直感し、その直感は後に「恐るべき旅路」となった。執筆時も彼は節度を保ちつつ、様々な資料を提供してくれた。「私はメーカーの人間でチームで動いています。宇宙研の先生達と違って、私一人でなにかができたわけじゃない。だから私のことは書いちゃダメですよ」という言葉と共に。

 しかし、私はすでに彼の果たした役割を知っていた。あくまで事実に即しつつ、彼の仕事の邪魔にならず、なおかつ彼の立ち位置と役割が分かる書き方を色々と考え、私は「恐るべき旅路」の掉尾を飾る「最後の勇者達」の部分に、一度だけ、彼の名前を書き込んだ。

 KIMさんは「恐るべき旅路」の出版を喜んでくれた…と思う。内心「コノヤロー余計なこと書きやがって」と思っていたのだとしても、少なくとも顔色には出さなかった。
 2005年初夏、私たちは町田で出版記念の祝杯を挙げ、間近となった「はやぶさ」のイトカワ探査に思いを馳せた。

 月探査機「かぐや」で、彼は軌道ではなくハイゲインアンテナによる高速データ通信システムを担当した。「おかしいでしょう。みんな『木村さんは軌道担当じゃないの』って聞くんですよ。人の使い方、間違ってるよね」といいつつも、彼は熱意を持って仕事にあたった。通信システムは開発時に色々なトラブルを出したが、打ち上げ後はノートラブルで順調にデータを送信してきた。
 KIMさんは、すべての任務を達成して月面に落下するかぐやから、最後の瞬間までデータが途切れることなく送信されてくるかということを懸念していた。かぐやの月面落下は6月11日早朝と決まった。それなのに。

 彼はは6月4日に病に倒れた。すぐに集中治療室入りとなり、治療のため意識レベルを下げる処置が続いた。そのまま闘病2ヶ月。

 かぐやが最後の最後までデータを送ってきたことをついぞ知ることなく、忽然と君は旅立ってしまった。

 ああ、KIMさん、俺は本当に悲しいよ。かぐやのミッションが終わったら乾杯するはずだったろ。「はやぶさ」の帰還だって見るはずだったよな。自分が結婚し、家庭を持った後は口癖のように「松浦さんも結婚しないと長生きできないよ」と言っていたじゃないか。長生きして、もっともっとたくさんの華麗な軌道を太陽系空間に描くんじゃなかったのかよ。

 今は宇宙へと飛翔した君の魂の旅路が安からんことを祈る。そして今後とも、様々な探査機が、君の後を追って宇宙に様々な軌道を描いていくのであろう。

さようなら、KIMさん。



 この本を、著者の私がこのようなエントリにおいて「読んでくれ」と書くのは、ひどく恥知らずな事なのかも知れない。それでも私は、「この本を読んでください」と言いたい。すでに読んだ人には「読み返してください」とお願いしたい。そして、私が書かなかった部分に木村雅文さんという有能で謙虚な技術者がいたことに、ほんの少しだけ思いを馳せてもらえれば、と強く願う。


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2009.08.19

NHK戦争証言アーカイブズ——公共放送が為すべき仕事

 私は終戦記念日という言葉は好まない。負けは負けであり、8月15日は敗戦記念日というべきだと思っている。

 NHKが素晴らしいサイトを立ち上げている。

NHK戦争証言アーカイブズ

 敗戦から64年を経て、すでに80歳を過ぎた人々から戦争の記憶を聞き出し、なんとノーカットで公開している。

 それぞれの証言は、動画像に加えてインタビューから起こされたテキストも読むことができる。読む速度は話す速度より速いので、時間のない向きは、テキストを読むことで内容を把握することができる。
 サイト設計もよい。戦争証言には不可欠のいつごろ、どこの話なのかというデータががすぐにわかる。

 しかも公開されているのは証言だけではない。以下ご覧になる前により引用

  1. 証言 NHKが番組制作の過程で、2007年から2009年にかけて、日本全国の戦争体験者の方々に対して行ったインタビューの収録映像を、閲覧に適した長さにしたものです。「証言」を閲覧する前に、下記の「証言」閲覧上の注意をお読みください。

  2. 番組
    1992年から1993年にかけて放送された「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第1集から第6集」や、衛星ハイビジョンで放送された「証言記録 兵士たちの戦争」などのNHK制作のドキュメンタリー番組を公開しています。
    証言をお話しいただいている方々が体験した戦場やできごとなどに関しては、「証言記録 兵士たちの戦争」の関連する部分をご覧いただき、証言に関する理解を深めることにお役立てください。また、太平洋戦争全体の動きなどについては、さまざまな側面から掘り下げた「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争」をご参照ください。

  3. 日本ニュース
    「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
    「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。今回の「戦争証言アーカイブス」では、太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)、1945年(昭和20年)の9月までに上映された70号分のニュースを公開しています。「日本ニュース」を閲覧する際には、事前に下記の「日本ニュース」閲覧上の注意をよくお読みください。

  4. 戦時録音資料
    NHKは、初期の円盤式レコードであるSP盤を、戦時中の重要な記録媒体として使い、およそ16000枚のSP盤を保管してきました。
    その中から、当時の「大本営発表」や要人の演説など戦時中の肉声が記録された貴重な「歴史的音源」の一部を公開します。

 つまり、敗戦から六十余年を経て、記憶の風化を受けた証言に加えて、それを客観的(それはNHKにとっての“客観的”であるという限界を抱えているが)に検証した「番組」、さらには当時に一次資料である「ニュース映像」「録音」もまとめて公開されている。多面的に太平洋戦争を振り返ることができる仕組みだ。

 これこそ、公共放送の為すべき仕事だろう。

 問題点は2つ。小さいほうから言えば、公開されている画像が、「全画面」での視聴ができない。これは、放送法のなどの制限なのか、それともNHKエンタープライズあたりで後でDVDだかブルーレイディスクだかを売って儲けようという魂胆なのかは、私には分からない。

 そして、もっと重大な問題。

このサイトは2009年8月13日から同年10月12日までの2か月間のみの限定公開なのだ!

 以前書いた月探査機「かぐや」のハイビジョン配信問題の時に気が付いたのだが、NHKは巨大組織であり、内部には本当に様々な人がいるということだ。


 かぐやハイビジョン配信問題については、以下の記事参照のこと。


 放送事業のビジネスモデル——国家から電波を使用する権利を独占的に与えられ、全国民に対する情報の流通経路を占有する——が、インターネットの発達によって崩れつつあるのは、すでに明らかだ。
 だが、NHKのような巨大組織には、そのことを理解している人と理解していない人の両方が在籍している。
 例えばBBCがネット配信に関してNHKよりもはるかに先を行く取り組みをしていることを、理解している人と理解していない人がいる。
 さらに、理解している人の中にも、「どうせ大したことない」と高をくくっている人や、「自分が定年になるまで今の体制で押し通し、逃げ切れば勝ち」と思っている人や、そもそも「ネットも放送も興味ない、給料さえもらえれば無事此名馬」という人もいる。
 そして、必ずしも、危機感を抱いて行動する人が、組織内で昇進するとは限らない。硬直化した組織では、うまく立ち回った者が偉くなる傾向がある。そうやって偉くなった者は、自分の地位を脅かさないおとなしい——あるいは場合によっては無能な——者を引き立てる傾向がある。

 公共放送の使命に、「日本という国が健忘症に陥らないため、可能な限り国の有り様を写し取った映像をアーカイブし、誰でもいつでも閲覧できるようにする」というものがあるだろう。これは、スポンサーを持つ民放にはできない。法律で視聴料の徴収が認められているNHKにしかできない仕事だ。

 その意味では、NHK戦争証言アーカイブズは、期間限定であってはならない。未来永劫公開されるべきものだ。

 それが、期間限定のトライアル公開になっているあたり、内部では様々な軋轢が発生しているらしきことが見て取れる。

 取りあえず、NHKとその周辺において、このサイトを作り上げた人たちには大きな拍手を。このサイトを限定公開に留める判断に与した人たちには派手なブーイングを。10月の公開終了までに、なんらかの進展があることを期待しよう。

 NHKが敗戦後64年目にしてやっている「当時を知る者から証言を集める」という極めて公共性の高い仕事を、伝説の編集者・花森安治が率いる暮らしの手帖社は、敗戦後24年目の段階で行っていた。

 しかも、雑誌「暮らしの手帖」の販売収益を使って、だ。彼らは、法律に守られた視聴料徴収の権利など持たずして、これだけの仕事をやったのである。
 本書は、戦時下において人々の暮らしがどんなものであったのかを、まだ記憶が鮮明であった戦後24年目の段階で記録したものだ。戦時下において、人々は何を食べていたのか、何を着ていたのか、どんな生活リズムだったのか、政治は戦況はどう報道されていたのか、それを人々はどう受け止めていたのか——具体的な戦時下における「朝起きてから寝るまで」を様々な証言を集めてまとめている。

 戦争というものを考える上で、必読の本である。この本を読まずして、どのような形であっても敗戦までの昭和の歴史を語ってはならない——そう言い切れるほどの価値を持つ本だと思う。

 さらに暮らしの手帖社が偉いのは、この本が発売された1969年から現在に至るまで絶版にすることなく市場に供給し続けていることだ。自分たちの仕事が持つ公共性をきちんと認識していなければ、一私企業が、この姿勢を保ち続けることはできないだろう。

 この本があるので、私の「期間限定公開に留めた側のNHKの中の人たち」に対する評価は極端に低くなる。
 お前ら全員切腹な。腹切って黄泉まで下り、花森安治にあやまってこい!


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2009.08.18

宣伝:8月21日(金曜日)、ロフトプラスワンのトークライブに出演します

 この金曜日はロケットまつり。小野英男さんによる衛星シリーズの第7回、テーマはアマチュア衛星です。日本はこれまでにアマチュア無線衛星を3機打ち上げています。その後、東大・東工大が世界に先駆けて打ち上げた重量1kgのキューブサットによって、まさにアマチュアが作った衛星が次々に打ち上げられる時代になりました。

 小野さんが古参アマチュア無線愛好家として関わったアマチュア無線衛星「ふじ1〜3号」の話を聞きつつ、今後のアマチュア衛星の展開をお聞きします。


宇宙作家クラブpresents
ロケットまつり34『衛星まつり7』〜日本で初めて人工衛星を創った男〜

 40年前、衛星開発に挑んだ本人が、日本の人工衛星開発のはじまりを語る、7回目。今回のテーマは「アマチュア衛星」。

 「アマチュア衛星」と云う言葉には「プロでない者が作った衛星」と云う意味と「プロでない目的で使われる衛星」の意味があります。日本最初のアマチュア衛星はアマチュア無線の中継を行う「アマチュア無線通信衛星」でプロの衛星メーカーで作られました。当時の政府がプロ目的の衛星と同等の品質を持った衛星でなければロケットへの搭載をOKしなかったからです。しかし製作はアマチュア無線のライセンスを持った衛星プロが中心になって、品質的にはプロ並みで採算的には民生品並みに作られました。打上結果は完全でした。

 それから20年以上経って、プロでない者が作った衛星が打ち上げられるようになり、今年の2月にはアマチュア衛星が、H-IIAロケットで一度に7機打ち上げられました。当然ボロも出るわけで結果は余り芳しくないようですがそれなりの価値はあったのでしょう。

 アメリカでは早い時代からアマチュア衛星が打ち上げられていました。何事も始めはプロは居らず皆アマチュアです。その伝では東大科学衛星はまさにアマチュア衛星だったのです。

【Guest】小野英男(〜日本で初めて人工衛星を創った男〜)
【出演】松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、笹本祐一(予定)、浅利義遠(マンガ家)、他

場所:ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 03-3205-6864、地図)

Open18:30/Start19:30
¥1000(飲食別)※当日券のみ

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2009.08.07

ゴミとプライバシー、横浜市の例

 知人のH.Nるてんしとさん(めもりーくりーなー等のフリーウエア作者)が、「横浜市がゴミ回収にあたって個人情報を収集している」という事実を発掘してきた。

横浜市の「ゴミ」と「個人情報

 横浜市がゴミ収集業務の一環として、2008年5月から、

  1. ゴミ袋を開けて、内容物の写真を撮影している
  2. 個人情報が特定できる書類などを、内容が読める状態の画像で記録している
  3. 収集された画像データは市の資源循環局の職員なら誰でも閲覧できる
  4. 横浜市は資源循環局の仕事を公募型指名競争入札で業務を委託している

 るてんしとさんの記述からは、横浜市資源循環局がすべての回収ゴミの内容物を撮影をしているのかどうかは分からない。手間を考えると分別に誤りがあったゴミ袋のみを撮影していると考えるのが妥当だ。

 おそらく、横浜市としては分別をきちんとしない者への注意喚起を狙ってこのようなことを行っているのだろう。が、これはかなりの問題含みだ。

 なぜならばゴミはプライバシーの反映であるから。

 ストーカーにとっても、ゴミを調べるというのは常套手段だ。それぐらいゴミはプライバシーを反映する。

 その情報が市の資源循環局に蓄積されつつあり、しかも資源循環局の仕事は外部への委託が進んでいるという。情報の管理手法によってはデータ流出事件の発生を危惧しなくてはならない状況というわけだ。

 この場合、画像は取得したとしても可能な限り早期に消去するのが筋だろう。分別のトラブルは例えばテキストデータとして「いつ、どこで、だれが」を記録するにしても、「どんなゴミを出しているか」の画像まで保存するのはまずい。

 今回の例は、官による1984的情報管理というよりも、横浜市資源循環局が便利な仕事の手順を追求した結果なのだろう。しかし、だからといってプライバシーへの配慮を欠いてよいわけではない。  こういったことは他の自治体でも起きているのだろうか。自分もかなり大量の書類を扱う仕事をしている以上、シュレッダー必須と思い、アマゾンに注文をかけたのだった。

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2009.08.06

「天にひびき」(やまむらはじめ)が面白くなりそうだ

 ヤングキングOURSで連載が始まった、「天にひびき」(やまむらはじめ)が、面白くなりそうな予感を感じさせる。

 奏者も空気もすべて引き込んで、まとめてしまう天才的な指揮の才能を持った少女・ひびき。彼女との鮮烈な出会いによって秋生の人生は大きく変わっていった!夢を追う青年達の希望と苦悩…。音を奏でる若者たちの青春ストーリー!
(ヤングキングOURSホームページより)

という、女性指揮者をテーマとした音楽マンガなのだが、作者のやまむらはじめさんが、どうも相当にクラシック系音楽に入れ込んでいる節があるのだ。

 このことに気が付いたのは、同じOURSで以前連載していた伝奇物マンガ「カムナガラ」の最終回直前のサブタイトルに、「そしてそれが風である事を知った」(武満徹の室内楽曲)、「閃光の彼方へ」(オリヴィエ・メシアンの管弦楽曲)といった曲名を使用していたことからだった。

 さらに続く青春ストーリー「夢のアトサキ」で、主人公の名前が「也寸志」君だったり、「武満さん」というかわいい女の子が出てきたりで、「おや?」と思っていたら、この連載である。

 クラシック音楽好きには、かなり期待の持てる連載だと思う。冒頭に、ベートーベンの第4交響曲を巡るエピソードをもってくるあたり「分かっているなあ」という雰囲気だ。ひょっとすると同じベートーベンの第7交響曲をメジャーに押し上げた「のだめカンタービレ」への対抗意識でもあったのだろうか。

 第4は、名前付きの2曲に挟まれて(第3「英雄」と、あまりに有名な第5「運命」)、今ひとつ知名度が低いのだが、実はとてもチャーミングな曲だ。第4楽章には、ファゴットのおよそ吹けそうもないほどの超絶高速パッセージがあって、これをどうこなすかがファゴット奏者の腕の見せ所だったりする。

 ベートーベンの交響曲は1番と2番が、ハイドンの影響が濃い習作であり、第3「英雄」、第4、第5「運命」、第6「田園」、第7、第8、第9「合唱」と続く。どれも超が付く有名曲である題名付きを除くと、残るは第4、第7、第8。
 のだめが第7を持っていったので、マンガで使えるのは第4と第8だが、第8は室内楽的な小振りで力が抜けた曲なので、ちょっとマンガの冒頭では使いにくい。

 この第4番の選択ひとつをみても、かなりクラシックを理解した上で選んでいるな、と思えるのである。

 クラシック音楽マンガは、多分手塚治虫の「虹のプレリュード」あたりから始まるのだろうか。手塚は執筆時に音楽を欠かさない音楽好きで、ピアノも弾いたので、音楽をテーマにマンガを描くというのはごく自然なことだったのだろう。もっとも、「虹のプレリュード」は、ショパンが登場するものの、ショパン本人と彼の音楽は添え物であって、主題は手塚好みの男装の麗人を巡る悲恋物語だった。「ルードウィヒ・B」では、ベートーベン本人の伝記に挑戦したが、これは完結させることができなかった。

 「虹のプレリュード」の次のクラシック音楽マンガというと、くらもちふさこ「いつもポケットにショパン」(1980〜1981)まで飛んでしまう、といっていいのだろうか(あまり熱心にマンガを読んでいるわけではないので自信はない)。だた、これも音楽がストーリーの根幹に食い込んでくるというよりも、音楽高校に通う女の子の恋愛ストーリーだった。
 「いつもポケットにショパン」よりちょっと後、竹坂かほり「ディ・カデンツ」「プレリュード」(1984)という音楽マンガが登場する。これは、同じ音大に通うヴァイオリンとピアノの男女の恋愛物語だった。この作品もまた、音楽はテーマというよりファッションだったと記憶している。クライマックスが、ヴァイオリンの男の子のコンクールでの演奏なのだが、演奏する曲がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲なのだよ!
 当時、「そりゃ、あんまりに安易だ」と思ったものである。なにしろ、この通称「メンコン」は、学校の音楽鑑賞教材に入っているぐらいの超有名曲だったから。当時、「そこは、バルトークとはいわないから、せめてシベリウスのヴァイオリン協奏曲を使うところだろ」とマンガに向けて突っ込みを入れたものである。

 多分、クラシック音楽を抜き差しならない主題として扱った最初のマンガは、さそうあきら「神童」(1997〜1998)ではないかと思う。それまで私はさそうあきらを「キタナイ絵で、どうしようもない自我垂れ流しのマンガを描く奴」と認識していたので、「神童」を読んだ時には、本当にびっくりした。
 「神童」は、主人公である天才少女“うた”が、はるか年上の冴えない音大生“ワオ”を振りまわす話と思わせて、実は老いた元神童の御木柴教授、そして“うた”とは違う意味で、実は神童であった、“ワオ”と彼の恋人香音(カノン)という、「才能とは何か」を巡る物語だった。「はじめて恋愛以外をテーマにしたクラシック音楽マンガ」と言っても良いかもしれない。
 ストーリーの中での曲の選択も的確で、特に御子柴教授の復活と、うたに降りかかる試練という物語の転回点に、バルトークの第3ピアノ協奏曲を持ってきたのには感心した。
 その後、作者は指揮者を巡る「マエストロ」というマンガも描いている。

 その後は、一色まこと「ピアノの森」が出て、そしてなによりも二ノ宮知子「のだめカンタービレ」の大ヒットが出る。「のだめ」の凄さは、徹底した調査とストーリーテリングを融合させたところで(ここにも時々コメントを書いてくれる大澤徹訓さんがブレーンをしている)、「音大生って、こういう曲を演るよな」「コンクールってこんなもんだよな」というところで、一切隙がない。大澤さんは、作中のコンクールの架空の課題曲としてピアノ曲「ロンド・トッカータ」を一曲まるまる作曲してしまったぐらいだ。

 さあ、「天にひびき」は、どんな展開をしてくれるのだろうか。掲載誌はかなりマニアックな内容も許容するので、連載打ち切りにならない程度に、どんどん趣味に走ってやってもらいたいと思う。主人公のひびきが、やがて登場する2人のライバルと共に、3人の指揮者を必要とするシュトックハウゼンのオーケストラ曲「グルッペン」を演奏するとか(やり過ぎ?)。

 なお、現在発売中の9月号からは、作曲家の吉松隆氏による解説も始まった。初回は「指揮者のお仕事<誕生編>」で、指揮者という職業ができた歴史的経緯を説明している。こちらも本編と合わせて楽しみである。

   

 「カムナガラ」「エンブリヲン・ロード 」、そして現在連載中の「神様ドォルズ」と、やまむら作品はうねるようなストーリーが特徴だが、実は連作短編の名手でもある。マンガの短編集はどうしても部数が少なく、すぐに絶版になってしまうが、彼の短編を読まずにすますのは惜しい。今、入手できるのは「夢のアトサキ」だけだが、ここでは「境界戦線」「未来のゆくえ」も紹介しておく。私は特に「未来のゆくえ」が気に入っている。

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2009.08.05

はやぶさリンク:映画「サマーウォーズ」に小惑星探査機が登場

 「はやぶさ」をモデルにした小惑星探査機が登場すると聞いて、これは行かねば、と見に行ってきた。現在ロードショー公開中のアニメーション映画「サマーウォーズ」(公式サイト)

 「時をかける少女」でブレイクした細田守監督作品。監督:細田守、脚本:奥寺佐渡子、キャラクターデザイン:貞本義行の3人は、「時をかける少女」と共通。
 「時かけ」は小規模公開から口コミでヒットしたが、今回は堂々のロードショー公開である。

 あらすじは、公式サイトの「イントロダクション」を参照のこと。

 面白かった!

 長野県上田市に集う旧家の一族が、ひょんなことから巻き起こる世界の危機に一致団結して立ち向かうという、なんとも妙な筋書きだが、それが滅法面白い。「華麗なる一族」や「犬神家の一族」のような、日本の“一族映画”が描き出す湿っぽさや陰湿さは、この映画の陣内一族にはこれっぽっちもない。「ダイナスティ」に代表されるアメリカ“一族ドラマ”にあるようなどろどろの愛憎劇とも無縁だ。乾いて、からっとしていて、陽気だ。

 なにより脚本がいい。かなり複雑な状況設定を、オープニングの陣内本家に集まってくる親族の会話だけでテンポ良く説明してしまうのもうまいし、そこから畳み込むように事件を起こして、本筋である“夏の戦争”に持ち込むストーリー運びも見事だ。

 しかも、主人公とヒロインを含め、主要登場人物29人という群像劇であるにもかかわらず、すべてキャラクターがくっきりと対比されており、「これ、誰だっけ?」ということが一切ない。血の繋がった親族と、そこに嫁入りした女性、生まれた子供など顔や体格を描き分けたキャラクターデザインが、とてもよい仕事をしている。

 この夏のお薦めだ。私も、もう一回ぐらいは映画館に足を運ぶことになるかもしれない。

 が、理工系のシチュエーションとなると、けっこう緩い。冒頭、主人公が量子コンピューターで素因数分解を行うための「ショアのアルゴリズム」に関する本を読んでいるので、スタッフも事前に相当調査したらしいことが分かる。が、それでも、暗号のあり様とか、ネットセキュリティの描写とか、アバターの操作方法とか、もうちょっとなんとかできただろうという部分がある。
 多分、理工系のアドバイザーを入れて、あと数回脚本の練り直しをやっていたら、もっと良い映画になっていたろう。

 小惑星探査機「はやぶさ」ならぬ「あらわし」については、「このストーリーなら仕方ないかな」といったところだ。

 小惑星「イトカワ」ならぬ、小惑星「マトガワ」を探査した「あらわし」、この「あらわし」の再突入カプセルが、ラストのクライマックスに関係してくるのだが、まあ、あれはないよね。

 ネタバレは避けるが、本来、再突入カプセルは、サンプルを保護するために、最後はパラシュートでふわふわ降りてくるものだ。また、「はやぶさ」の帰還カプセルは惑星間軌道から直接大気圏に突入する。地球周回軌道にいったん入るなんて、まだるっこいことはしない。運動エネルギーという点では、地球周回軌道からの帰還よりも、惑星間軌道からの直接突入のほうが、ずっと大きくなる。

 ちなみに、小惑星「マトガワ」は、実在する。
★新しい小惑星を「マトガワ」と命名(ISASニュース1997年7月号)。

 とはいえ、この映画により、「はやぶさ」にもう一つの称号が加わったことは間違いない。すなわち、「映画のモデルとなった、日本初の惑星間探査機」である。これまで、ストーリーの根幹に関わる存在として映画に登場した探査機といえば、私は「スタートレック」の“ヴィジャー”ことヴォイジャー探査機ぐらいしか思いつかない。実際、「はやぶさ」は大したものだな。

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2009.08.04

傍聴記録:月探査に関する懇談会 第1回会合

 本日、宇宙開発戦略本部の月探査に関する懇談会の第1回を傍聴してきた。以下そのまとめである。

 宇宙開発戦略本部は、ここまで委員会を非公開にしてきたが、なぜかこの懇談会だけは傍聴が可能ということになった。資料も他の委員会に比べて素早くホームページにアップされており、今日の懇談会資料もすでにアップされている。

宇宙開発戦略本部 月探査に関する懇談会 第1回会合 議事次第
 また、この他に、毛利委員から、なぜ二足歩行ロボットによる月探査かを主張した雑誌記事抜粋などが委員限定で配布された。

 即日アップがこのように可能ということは、これまで、意図的に資料のアップを遅らせてきたということなのだろうか。だとしたら、宇宙開発戦略本部事務局は、国民に対して不誠実ということになる。

 今日は事務局からの進行の確認と、配布資料の読み上げに引き続き、各委員の自己紹介とコメントがあった。

 月探査に関する懇談会の構成メンバーは以下の通り。本日は、伊丹、國井、里中、観山の各委員は欠席した。
 また、委員の他に、宇宙開発戦略本部事務局から、豊田正和事務局長、丸山剛司事務局長代理、宮本参事官、佐藤企画官が、文部科学省から佐野太・宇宙開発利用課長、松尾参事官が出席した。

  • 青木節子(慶應義塾大学総合政策学部教授)
  • 伊丹敬之(東京理科大学総合科学技術経営研究科長)
  • 井上博允(東京大学名誉教授、日本学術振興会監事 )
  • 小久見善八(国立大学法人京都大学産官学連携センター特任教授)
  • 折井武(財団法人日本宇宙フォーラム常務理事)
  • 國井秀子(リコーITソリューションズ株式会社取締役会長執行役員)
  • 久保田弘敏(帝京大学大学院理工学研究科長)
  • 古城佳子(国立大学法人東京大学大学院総合文化研究科教授)
  • 里中満智子(マンガ家)
  • 白井克彦(座長:早稲田大学総長、日本私立大学連盟会長)
  • 鈴木章夫(東京海上日動火災保険株式会社技術顧問)
  • 鶴田浩一郎(宇宙科学研究所名誉教授、財団法人宇宙科学振興会常務理事)
  • 長谷川義幸(独立行政法人宇宙航空研究開発機構執行役
  • 月・惑星探査プログラムグループ統括リーダ )
  • 葉山稔樹(トヨタ自動車株式会社技監)
  • 広瀬茂男(国立大学法人東京工業大学大学院理工学研究科教授)
  • 的川泰宣(独立行政法人宇宙航空研究開発機構名誉教授、技術参与、特定非営利活動法人子ども・宇宙・未来の会会長)
  • 水嶋繁光(シャープ株式会社常務執行役員研究開発本部長)
  • 觀山正見(大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台長)
  • 毛利衛(日本科学未来館館長、宇宙飛行士)
  • 山根一眞(ノンフィクション作家)


 今日の懇談会で重要だったのは、各委員のコメントだ。以下に発言要旨を掲載する。あくまでメモから起こした要旨なので文責は松浦にある。

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青木:あくまで日本の国益に資する探査ということで考えて行かねばならない。それを議論の出発点としていくべき。
 月に関する国際的な制度は未確定な部分が多い。月の所有権、天然資源の開発などを定めた月協定が存在するが、宇宙開発をしていない13カ国しか批准していない。となると、100カ国が批准している宇宙条約が実効的となるが、宇宙条約は月探査について規定していない。

井上;自分は1965年に大学を卒業し、ロボットの研究をしてきた。人型ロボットで月探査というのは、「思い切ったことをするものだ」とわくわくした。
 月であれ極地であれ、人が命をかけて探査をする時にはロボットを伴っていくということになるのだと思う。重点は信頼性だ。
 ヒューマノイドだからこその、超高信頼性のシステムを作れると考えている。ヒューマノイドロボットには自己修理能力を持たせることができ、また高い多重性を持つので、故障の際に自分自身を部品とすることができる。人間とロボットと共通の道具を使える。あながち有人月探査に同伴させるロボットとして無理ではない。
 またロボットのオペレーションシステムを工夫すれば地球上の人があたかも月にいるかのように操縦することもできる。これは日本独自で開発すべき。外国の技術開発に頼るべきではない。その技術は少子高齢社会に役立つ。次の基幹産業になりうる。
 ただし、月で実現するよりも茶の間のほうではやく実現するだろう。

小久見:自分は燃料電池の研究をずっとやってきた。燃料電池はアメリカの有人飛行で開発されたもの。月面は120〜マイナス170℃の過酷な状況なので、蓄電池の技術革新が必要になる。新たな技術革新を起こせば、日本が世界をリードすることが可能になる。

折井:自分は元々NECで衛星開発をしていた。現場の立場で衛星開発に関わってきた。人類の活動領域の拡大という意味で、有人宇宙活動に日本がコミットすることは重要。そのためには「20XX年に人を宇宙に送る」という明確な目標を立てて、それから必要となる手段を考えるべきと思う。課題は2つ、具体的な計画のステップの設定と、日本の現状をきちんと把握することだ。
 二足歩行ロボットについては、一つの手法ではあるが、これまで検討してきた月着陸機セレーネ2,サンプルリターン機セレーネXというステップも、きちんと考えて欲しい。

久保田:私は1970年に東大で博士号を取得した。その後NALと東大で極超音速の宇宙輸送系の研究をしてきた。2002年の総合科学技術会議の宇宙専門調査会では、山根一眞委員と「日本も有人宇宙活動を実施すべし」と主張したのだけれど、その時は容れられなかった。今回「有人」という言葉が宇宙基本計画に入ったのはうれしい。そのためには「なぜ有人活動をやるか」をきちんと議論しなくてはならない。
 きちんとした有人活動には宇宙輸送系の確立が重要である。

古城:自分の専門は国際政治学。月の開発は冷戦と密接に関連していた。現在、新興経済国が国威発揚を目指して宇宙開発に参入している。日本が民生に役立つ宇宙開発をどう進められるかに興味がある。日本は、これまで限られた予算で宇宙開発をやってきた。今後の経済状況でどうやって予算を得るか。宇宙活動の意義をきちんと国民に説明することが必要。
 日本の宇宙開発はアメリカとの協力のもとに行ってきている。現在、月探査の国際協力の枠組みが、オバマ政権による見直しにより不透明になっている。国際協力と独自計画をどう切り分けるかが重要になっている。

鈴木:自分は東京海上火災で宇宙保険の仕事をしている。その前はH-IIまで三菱重工でロケットの開発をやってきた。実用ロケットの開発は、アメリカからの技術導入で開発したN-I/N-IIの前に、LS-Cという独自ロケットを開発しており、それが技術の基礎となっている。その後、技術導入だけでは駄目だ、日本独自のロケットを、ということで液体酸素・液体水素推進剤の技術開発をやった。当時アメリカが日本に、液酸・液水の技術を渡せないということだったので、ゼロからの技術開発となった。
 宇宙開発は国力とのバランスの上でやるべきことである。H-IIロケットの開発の時、政治的絡みで純国産となったが、その時に、我が国には素晴らしい技術基盤があると感じた。どんなものを作りたいと思っても、日本にはそれに対応できる設計と製造の技術が存在する。世界を見てもそんな国はあまりない。
 技術基盤とは人そのものである。これをつないでいくことは非常に重要。そのためには若者に「良い仕事」を与えていくことが必要である。
 我が国の技術基盤を強化するという観点で議論してもらいたい。

鶴田:元宇宙研です。「あけぼの」「のぞみ」のマネジメントを担当した。
 月探査も本物志向でなければダメ。世の中の受けがいいというのではダメ。「かぐや」ではアポロのやらなかった月の全球探査を行った。次のステップは月に着陸して表面を詳細に観察すること、その次は土壌をもって帰ってくるサンプルリターンだ。この流れできちっとした探査を進めていくべきと考える。

 ここで白井座長からまくりがはいる。「時間もないのでもっと短くお願いします」

長谷川:JAXAでISS計画に15年担当し、4月にJSPECのリーダーとなった。ISSの経験を生かしていきたい。

葉山:中国もインドも月を目指す中で、日本独自の方針を世界に発信して実行していくことが必要。日本だからこそできる月探査が重要。
 産業界にいる者として言えるのは、月探査はすごくお金がかかるのだから、いかに圧倒的に安く実現できるかということが、日本に期待されるところではないか。科学技術立国とは、素晴らしい成果をいかに安く実現するかというプロセスであった。
 有人探査について。宇宙飛行士と共存するパートナーとなるロボットとして、二足歩行で考えていきたい。

広瀬:これまで蛇型をはじめ様々なロボットなどを研究してきた。地雷除去ロボットも研究したし、宇宙関係ではローバー試験機をたくさん作ってきた。その経験から言うと、ロボット工学の分野では、本当に役立つ物を作るのはとても難しい。予算と目的とで、常にぎりぎりとなるのがロボット。目的に対する合理性が重要だ。
 日本の技術はすごいとは言うが、こと宇宙ロボットに関しては大したことはない。

的川:今回のキーワードが、月と有人。ロボットも大きなキーワードになっている。ロボットは別に二足歩行というわけではなく、宇宙分野では有人でないものは軒並みロボットに分類されてきた。はやぶさもかぐやもロボットだ。しかし、いわゆるロボット研究者が宇宙開発に本格参入というのはこれが初めてとなる。
 二足歩行は、月探査と限定するならば、他のロボット技術と比較してどちらがいいかをきちんと検討しなくてはならない。
 来年は金星探査機PLANET-Cが打ち上げられる。同時に木星探査を睨んだソーラーセイルの技術試験機IKAROSも打ち上げられる。月探査も独立して考えるのではなく、太陽系探査の大きな視野の中に位置づけねばならない。
 宇宙基本計画へのパブコメに、二足歩行に議論が集中することを危惧する意見が非常に多かった。
 有人宇宙活動と月探査は本当にリンクしていいのだろうか。有人で別途懇談会を立ち上げてもらえればと思う。

水嶋:自分の専門は光電気科学。現在はシャープの研究開発本部を束ねている。産業界への技術の波及は狙ってやるものと、結果として貢献するものとがあるだろう。
 税金を使う以上、国民への説明と還元が必須。例えば映像による臨場感。一般の人々の知的興味に応えることも必要。それが技術立国の人材を育てることにもつながる。

毛利:宇宙基本計画は、どうしても色々な解釈が可能になる。実際のプロジェクトを進めるにあたってあいまいさは許されない。3つの同意ポイントを挙げたい。


  • 多様な人材が集まっているが、共通言語が必要である。
     「国際協力」と「日本独自」のところで共通言語をきちんとしなければならない。
  • 専門家を信頼する。しかし日本全体ということを忘れず、狭い専門分野の視点からの意見の突出を避けねばならない。
  • 日本国民に夢を与えるということ。

山根:今回の委員の中には10人の大学関係者がいる。自分も今、大学で講義をしているが、宇宙の話をすると若者は食いついてくる。しかし国は、若者の熱に応えていない。
 今、「若田さんが帰ってきて、さあ次は月だ」という報道をされている。
 久保田先生が言った、2002年の総合科学技術会議・宇宙専門調査会での有人の議論について補足する。あの時の議論では委員の65%が有人に賛成だったが、最後に文書にはなぜか「向こう10年有人はやらない」と書かれた。文部科学省の策略に引っかかったか。今回はそのようなことがないようにしたい。
 今回、有人か月か、ロボットかということが不明確。自分なりの提案だが、月探査は本来わくわくすることである。ところが、今回話を聞いていてあまりわくわくしない。かつてアメリカ大使館のレセプションで、子どもらから「月に遊園地を作る」という話がでたことがある。それぐらいのことは言ってもいいんじゃないか。例えばロボットだけを月に送り込んで月にオリンピックをやる、ということもありではないか。月で自動車レースをやるというのもありだろう。世界中のローバーが集まってレースをするわけだ。
 日本としては、国威発揚ではなく、人類発揚ということを考えるべき。
 皆さん、2020年に自分が何歳になっているか考えて欲しい。今回の宇宙基本計画に、有人の実現年代は書いていないが、まずはいつ頃有人宇宙活動ができるようになるかを考え、その時自分が何歳になっているか考えて欲しい。あまり遅いと自分たちは寿命が間に合わない。
 もっともっと若い人たちを今回の議論に参加させてほしい。文部科学省も、定年前には計画が実現するという年代の若い人を(事務局として)出して欲しい。

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 今回の傍聴を通じての、私の印象と感想。

  • 二足歩行ロボットの積極推進は毛利委員のみという印象。二足歩行ロボットを支持するかのような井上委員の発言だが、最後に「ただし、月で実現するよりも茶の間のほうではやく実現するだろう。」とまとめたのはかなり強烈なパンチだと思った。
  • 実践的なロボットを多数研究してきた広瀬委員の「日本の技術はすごいとは言うが、こと宇宙ロボットに関しては大したことはない。」というのも重みある発言ではないか。
  • 各委員の間に、文科省への不信感がかなり増幅しているように思える。2002年の総合科学技術会議で「今後10年、有人計画を持たない」としたことの影響が、今になって表面化しつつあるのではないか。
  • 懇談会席上で、事務局が資料にある「月に関する基礎知識」をかなりの時間をかけて読み上げたが、これは全くの無駄。事前に委員に資料を配付するか、基礎知識のある委員のみを選べば済むこと。もっと本筋の議論に時間をかけるべき。事務局は事務が仕事であり、議論の時間を浪費するべきではない。

 懇談会終了後、2002年の総合科学技術会議での議論について山根さんから聞いた。

 2002年6月、内閣府・総合科学技術会議は「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について(pdfファイル)」という文書を出したが、その中で、「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」(同文書p.11)と明記してしまった。この文言は、有人宇宙活動に関する基礎検討までもが(文書全体としては検討は行うべきということになっていたにも関わらず)事実上抑圧されるという結果を招いた。

山根「あの時は、委員の65%、いや70%ぐらいが、有人やるべしの意見を持っていた。結局文面については会長預かりになったが、そうしたらあの『やらない』という文書が出てきた。有人宇宙活動に反対していたのは会長の桑原洋・元日立製作所副会長と山之内秀一郎NASDA理事長ぐらいだった」
 ここで的川先生が口を挟む。「でも山之内さんは、JR関連で書いたエッセイには『自分も宇宙に行ってみたい』、って書いていたんだよね。見つかるとは思っていなかったみたいだけれど、私が見つけちゃった(笑)」
山根「文科省としては、『やらない』という方向に議論をまとめるために、反対派の桑原さんを会長に据えたのかも知れない。そうやって議論を誘導したわけだ。で、宇宙開発利用専門調査会で有人宇宙活動の推進を主張した私と久保田先生は、次の任期から委員からはずされた。お払い箱になったというわけ」

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2009.08.03

書籍紹介:「日本の宇宙開発~果てなき空間への果てしなき夢~」(歴史群像シリーズ )

 Gakken  先だって、同じ学研の「ロケットと宇宙開発」を紹介したばかりだが、また宇宙関連の本が学研から出た。それも「歴史群像シリーズ」の一冊である(書影がAmazonに登録されていないので、学研ホームページから借用した)。科学探査、宇宙ステーション、大学衛星、サブオービタルの宇宙観光旅行、そしてCAMUIロケットと、今話題を集めているトピックを網羅し、解説した本だ。

 私も「M-Vロケット廃止から読み解く、日本宇宙開発の変動」と題して12ページの記事を寄稿した。

 かなり多彩な人々が寄稿しているので、内容や論調には幅があり、雑多でもある。が、それだけ「日本宇宙開発の今」が詰まっている本だと言えるだろう。特に科学探査と、大学系の小規模宇宙開発の紹介には力が入っており、月探査機「かぐや」、小惑星探査機「はやぶさ」は巻頭特集だし、その他「のぞみ」「さきがけ」「すいせい」「LUNAR-A」「はるか」は独立したページ構成で紹介している。LUNAR-Aが紹介されているのにはびっくりしてしまった。大学衛星に関しても、来年金星探査機「PLANET-C」と同時にH-IIAロケットで打ち上げる大学初の新宇宙技術試験機「UNITEC-1」を中心に、衛星を開発している各大学の活動を、かなり細かく紹介している。
 種子島と内之浦の観光ガイドも付いており、打ち上げ見物のガイドブック的な性格も持たせてある。

 科学探査、国際宇宙ステーションの有人活動、大学の衛星やロケット開発、サブオービタル宇宙観光旅行——このセレクトは、「一般の人々が興味を持つ」という基準で行ったものだろう。きちんと、次期固体ロケット「イプシロン」にも紙幅を割いているというのは、ペンシルロケット以来の日本独自技術に対して、一般の人々の間にも愛着と誇りがあることを反映したものだろう。

 ここで逆に、本書が取り上げなかった事柄を考えると、色々見えてくるものもある。
 「日本の宇宙開発」という題名で分かるように、この本は、普段宇宙開発に興味を持ったことのない、ごく普通の人向けのムックだ。その本書が取り上げず、他方で宇宙基本計画にも入り、JAXAも力を入れているプロジェクトが存在する。

 JAXAは、なぜ本書のような一般向けに宇宙開発を網羅した本が、それらのプロジェクトをが取り上げないかを、よほど徹底的に考えないといけないと思う。重要なのに地味なせいなのか、広報が足りないのか、それとも、そもそも不要不急のプロジェクトに入れ込んでしまっているのか——一般向けの本だが、プロも本書を読むことで色々と得るものがあるはずだ。

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2009.08.02

夏コミ、風虎通信の新刊、もう一冊はRD-170

 無事印刷所に入稿したという連絡を受け、表紙の画像データを送ってもらったので、この夏のコミックマーケット76、風虎通信の新刊2冊を改めて紹介する。

Rd170_3 Scud_2

 風虎通信は、3日目日曜日に出展。ブースは西館の「へ01b」。初めての方はコミケットカタログを事前購入し、ブースの位置を確認すること。

日曜(16日)西へ01b「風虎通信」
「宇宙の傑作機12 RD-170」
著者:T.H.Grace

「宇宙の傑作機別冊 スカッドミサイル」
著者:水城徹(宇宙機エンジニア)

 前回は「スカッドミサイル」を紹介したので、ここでは「RD-170」について書くことにする。

 この「宇宙の傑作機12 RD-170」は、三菱重工名古屋誘導推進システム製作所(LE-7AとLE-5B-2を製造)と、IHIエアロスペース(SRB-Aなど固体ロケットの製造、GXのシステム設計を担当)に、IHI相生事業所(GX用LNGエンジンを開発)が、それぞれコミケに人を派遣して、この「RD-170」を技術者の人数分購入していってもいい。それぐらい、この本には意味と価値がある。

 RD-170は旧ソ連が開発した巨大ロケット「エネルギヤ」のブースターに使用したロケットエンジンだ。だが、RD-170の意味はそれだけに留まらない。

 このRD-170系のエンジンこそが、現在世界最高の技術水準を誇るロケットエンジンなのである。

 ウクライナの「ゼニット」ロケット第1段に使用される「RD-171」、アメリカの「アトラスV」の第1段エンジン「RD-180」、ロシアの新型ロケット「アンガラ」の第1段「RD-191」、さらには今月にも韓国が打ち上げる新ロケット「ナロ1(KSLV)」第1段のRD-151(このエンジンはRD-191との説もあり)、と次々と派生型を生んだ、「ロケットエンジン最強の血統の祖」ともいえる。

 その恐るべき高性能っぷりは、こんな表を作るだけでも明らかだ(推力と燃焼室圧力は、SI単位系と慣用単位系を併記した)。



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エンジン名称LE-7ASSMERD-170F-1ヴァルカン2RS-68

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使用部位H-IIA第1段スペースシャトル主エンジンエネルギヤブースターサターンV第1段アリアン5第1段デルタ4第1段

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エンジンサイクル2段燃焼2段燃焼2段燃焼ガスジェネレーターガスジェネレーターガスジェネレーター

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推進剤LOX/LH2LOX/LH2LOX/ケロシンLOX/ケロシンLOX/LH2LOX/LH2

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推力(真空中 kN)110022787903774013503312

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推力(真空中 tf)112232806789137337

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比推力(真空中 s)440453337304434420

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燃焼室圧力(MPa)12.320.424.5711.69.6

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燃焼室圧力(気圧)1212012426911494

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再使用不可能可能可能不可能不可能不可能

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スロットリング定格の72±5%65% - 109%56-100%不可能不可能60-100%

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初打ち上げ年200119811987196720022002

 同じ推進剤を使う巨大なサターンVの第1段F-1エンジンよりも大きな推力、1割以上高い比推力。柔軟な出力調整(スロットリング)能力、再利用性。

 この高性能を支えているのが、高圧燃焼の技術だ。2段燃焼サイクルは当たり前。LE-7Aの2倍以上、スペースシャトル主エンジン(SSME)よりも2割以上高い燃焼室圧力を達成している。2段燃焼サイクルの場合、プリバーナーは主燃焼室のほぼ2倍の圧力で燃えている。RD-170のプリバーナーは500気圧もの高圧燃焼を実現している。

 しかも、RD-170の場合、プリバーナーが酸化剤リッチで燃焼している(LE-7A/SSMEは燃料である水素リッチ)。何百℃もの温度の酸素過剰な高温ガスを発生させ、それでターボポンプのタービンを駆動しているのだ(実際問題として、ケロシンが燃料だと、過剰なケロシンが高温で分解して炭素が配管やタービンに附着するので、事実上燃料リッチの燃焼は不可能である)。
 配管やタービンは、高温酸素による腐食を防ぐために特殊なコーティングが施されているのだという。コーティングの材質は酸化皮膜だと推定されるが、その材質や加工方法はノウハウとなっている。高温高圧環境で動作するプリバーナーの噴射エレメントなど、いったいどんな材質でできているのだろうか。どんな構造をしているのだろうか。

 なんと高度な、材料と設計の技術だろう。

 RD-170の存在は、日本に対して恐ろしい事実を突きつける。日本は、1980年代からLE-7、LE-7Aを開発した。LE-7系エンジン開発の手本となったのはSSMEだった。1980年代、アメリカはSSMEが世界最高のエンジンと疑いもしなかった。日本もそれを信じ、SSMEを手本に、SSMEよりちょっと性能が落ちる、より簡素な構造のエンジンとしてLE-7を開発した。

 が、その時、ソ連ははるかに先を行く高性能エンジンを開発していたのである。しかもそのエンジンの信頼性は非常に高かった。後に派生エンジンのRD-180をロッキード・マーチンが購入するほどに。

 LE-7のトラブルに手を焼いた日本は、LE-7をデチューンしてより高い安全性を狙ったLE-7Aを開発する。

 しかし、気が付いてみればLE-7Aは「世界最低性能の2段燃焼サイクルエンジン」となっていたのである。ガスジェネレーターサイクルを採用した「ヴァルカン2」と、どっこいどっこいの性能の。
 性能が似たようなものならば、開発と製造、エンジン起動シーケンスの容易さで、ガスジェネレーターのエンジンが優ることになる。

 世界最高クラスのエンジンを開発したつもりが、気が付いてみると「世界先進国のびりっけつ」に日本は位置していたのだ。

 現在、世界のロケットエンジン開発の方向性は、性能は低めに押さえ、構造をよりいっそう簡素化して低コストを狙う流れとなっている。その代表例がRS-68だ。JAXA/三菱重工も、次のエンジンLE-Xではこの方向性を狙っているようだ。

 だが、それでいいのか。エンジンを低コスト化して低性能だが安いロケットを作るのが正しいのか。頑張って高性能なエンジンを開発すべきなのか。
 安いロケットは必要だ。しかし、特に第1段エンジンで高性能を達成しなければ、劇的なコスト削減を保障する再利用型宇宙輸送システムは実現できない。

 そして、SSMEが失敗した高性能と信頼性の両立が、実現可能なことをRD-170は証明しているのである。

 日本が今後、どんなエンジンを目指すのかは、「今までどんなことをしてきたのか」とか、「この方向ならやったことがあるから確実」だとか、「どこかのメーカーがこの方向なら儲けることができる」といったことで決めるべきではないだろう。

 「何が正しい方向か」「どちらに向かうのが50年100年と、未来につながっていくのか」を、考えに考え抜いて決めなくてはならない。確かにRD-170は超絶的な技術の産物だが、別に理解不可能なオーバーテクノロジーを使っているわけではない。この世に存在する元素を適切に使用することで構成されている。現実に存在する、現実に作れるエンジンなのだ。

 「日本の宇宙輸送系の技術開発は、次に何をするべきか」を知るためには、なによりも幅広いデータと情報が必要になる。ある方向にし向けるために恣意的に集められた情報ではダメだ。全方向に、ありとあらゆる情報を集めて吟味しないといけない。

 今回のRD-170の本は、そのための基礎データとなる——と、私は考える。

 宇宙開発関係者必携、と思うのだ。

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2009.08.01

忘れないために

 そして。折に触れ自分が反省するために。

オリンパスの歩みより。

米谷美久講演会

 米谷美久氏。オリンパス・ペン、ペンF、OM-1、そしてXA。カメラの世界で4回もの技術革新を起こした技術者。

「ペン」の設計者、米谷美久さんが死去

 コンパクトカメラ「オリンパス・ペン」などを設計し、名設計者として知られる米谷美久(まいたによしひさ)さんが7月30日、呼吸不全のため死去した。76歳だった。

 1956年にオリンパス光学工業(現オリンパス)に入社。1959年に発売され、世界累計1700万台を販売した「ペン」のほか、「OM」シリーズ、「XA」シリーズなど名機を設計した。

 気が付けば、私もまたオリンパス・ペンの、そのまたはるかな末弟に育てられた、「ペンの息子」なのであった(私が子供の頃使っていたのは「トリップ35」という、35mmフルサイズを採用したペンシリーズの末裔だった)。

 偉大なる技術者に最敬礼。ありがとうございました。

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