「天にひびき」(やまむらはじめ)が面白くなりそうだ
ヤングキングOURSで連載が始まった、「天にひびき」(やまむらはじめ)が、面白くなりそうな予感を感じさせる。
奏者も空気もすべて引き込んで、まとめてしまう天才的な指揮の才能を持った少女・ひびき。彼女との鮮烈な出会いによって秋生の人生は大きく変わっていった!夢を追う青年達の希望と苦悩…。音を奏でる若者たちの青春ストーリー!(ヤングキングOURSホームページより)
という、女性指揮者をテーマとした音楽マンガなのだが、作者のやまむらはじめさんが、どうも相当にクラシック系音楽に入れ込んでいる節があるのだ。
このことに気が付いたのは、同じOURSで以前連載していた伝奇物マンガ「カムナガラ」の最終回直前のサブタイトルに、「そしてそれが風である事を知った」(武満徹の室内楽曲)、「閃光の彼方へ」(オリヴィエ・メシアンの管弦楽曲)といった曲名を使用していたことからだった。
さらに続く青春ストーリー「夢のアトサキ」で、主人公の名前が「也寸志」君だったり、「武満さん」というかわいい女の子が出てきたりで、「おや?」と思っていたら、この連載である。
クラシック音楽好きには、かなり期待の持てる連載だと思う。冒頭に、ベートーベンの第4交響曲を巡るエピソードをもってくるあたり「分かっているなあ」という雰囲気だ。ひょっとすると同じベートーベンの第7交響曲をメジャーに押し上げた「のだめカンタービレ」への対抗意識でもあったのだろうか。
第4は、名前付きの2曲に挟まれて(第3「英雄」と、あまりに有名な第5「運命」)、今ひとつ知名度が低いのだが、実はとてもチャーミングな曲だ。第4楽章には、ファゴットのおよそ吹けそうもないほどの超絶高速パッセージがあって、これをどうこなすかがファゴット奏者の腕の見せ所だったりする。
ベートーベンの交響曲は1番と2番が、ハイドンの影響が濃い習作であり、第3「英雄」、第4、第5「運命」、第6「田園」、第7、第8、第9「合唱」と続く。どれも超が付く有名曲である題名付きを除くと、残るは第4、第7、第8。
のだめが第7を持っていったので、マンガで使えるのは第4と第8だが、第8は室内楽的な小振りで力が抜けた曲なので、ちょっとマンガの冒頭では使いにくい。
この第4番の選択ひとつをみても、かなりクラシックを理解した上で選んでいるな、と思えるのである。
クラシック音楽マンガは、多分手塚治虫の「虹のプレリュード」あたりから始まるのだろうか。手塚は執筆時に音楽を欠かさない音楽好きで、ピアノも弾いたので、音楽をテーマにマンガを描くというのはごく自然なことだったのだろう。もっとも、「虹のプレリュード」は、ショパンが登場するものの、ショパン本人と彼の音楽は添え物であって、主題は手塚好みの男装の麗人を巡る悲恋物語だった。「ルードウィヒ・B」では、ベートーベン本人の伝記に挑戦したが、これは完結させることができなかった。
「虹のプレリュード」の次のクラシック音楽マンガというと、くらもちふさこ「いつもポケットにショパン」(1980〜1981)まで飛んでしまう、といっていいのだろうか(あまり熱心にマンガを読んでいるわけではないので自信はない)。だた、これも音楽がストーリーの根幹に食い込んでくるというよりも、音楽高校に通う女の子の恋愛ストーリーだった。
「いつもポケットにショパン」よりちょっと後、竹坂かほり「ディ・カデンツ」「プレリュード」(1984)という音楽マンガが登場する。これは、同じ音大に通うヴァイオリンとピアノの男女の恋愛物語だった。この作品もまた、音楽はテーマというよりファッションだったと記憶している。クライマックスが、ヴァイオリンの男の子のコンクールでの演奏なのだが、演奏する曲がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲なのだよ!
当時、「そりゃ、あんまりに安易だ」と思ったものである。なにしろ、この通称「メンコン」は、学校の音楽鑑賞教材に入っているぐらいの超有名曲だったから。当時、「そこは、バルトークとはいわないから、せめてシベリウスのヴァイオリン協奏曲を使うところだろ」とマンガに向けて突っ込みを入れたものである。
多分、クラシック音楽を抜き差しならない主題として扱った最初のマンガは、さそうあきら「神童」(1997〜1998)ではないかと思う。それまで私はさそうあきらを「キタナイ絵で、どうしようもない自我垂れ流しのマンガを描く奴」と認識していたので、「神童」を読んだ時には、本当にびっくりした。
「神童」は、主人公である天才少女“うた”が、はるか年上の冴えない音大生“ワオ”を振りまわす話と思わせて、実は老いた元神童の御木柴教授、そして“うた”とは違う意味で、実は神童であった、“ワオ”と彼の恋人香音(カノン)という、「才能とは何か」を巡る物語だった。「はじめて恋愛以外をテーマにしたクラシック音楽マンガ」と言っても良いかもしれない。
ストーリーの中での曲の選択も的確で、特に御子柴教授の復活と、うたに降りかかる試練という物語の転回点に、バルトークの第3ピアノ協奏曲を持ってきたのには感心した。
その後、作者は指揮者を巡る「マエストロ」というマンガも描いている。
その後は、一色まこと「ピアノの森」が出て、そしてなによりも二ノ宮知子「のだめカンタービレ」の大ヒットが出る。「のだめ」の凄さは、徹底した調査とストーリーテリングを融合させたところで(ここにも時々コメントを書いてくれる大澤徹訓さんがブレーンをしている)、「音大生って、こういう曲を演るよな」「コンクールってこんなもんだよな」というところで、一切隙がない。大澤さんは、作中のコンクールの架空の課題曲としてピアノ曲「ロンド・トッカータ」を一曲まるまる作曲してしまったぐらいだ。
さあ、「天にひびき」は、どんな展開をしてくれるのだろうか。掲載誌はかなりマニアックな内容も許容するので、連載打ち切りにならない程度に、どんどん趣味に走ってやってもらいたいと思う。主人公のひびきが、やがて登場する2人のライバルと共に、3人の指揮者を必要とするシュトックハウゼンのオーケストラ曲「グルッペン」を演奏するとか(やり過ぎ?)。
なお、現在発売中の9月号からは、作曲家の吉松隆氏による解説も始まった。初回は「指揮者のお仕事<誕生編>」で、指揮者という職業ができた歴史的経緯を説明している。こちらも本編と合わせて楽しみである。
「カムナガラ」「エンブリヲン・ロード 」、そして現在連載中の「神様ドォルズ」と、やまむら作品はうねるようなストーリーが特徴だが、実は連作短編の名手でもある。マンガの短編集はどうしても部数が少なく、すぐに絶版になってしまうが、彼の短編を読まずにすますのは惜しい。今、入手できるのは「夢のアトサキ」だけだが、ここでは「境界戦線」「未来のゆくえ」も紹介しておく。私は特に「未来のゆくえ」が気に入っている。
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