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2009.11.16

月の水みたび

 米航空宇宙局か(NASA)から、月面を衝突探査したLCROSSのデータ解析の結果、月面に水が存在することが分かった、という発表があった。

 報道では、衝突により飛散した水分は90リットルほどという数字が出てくる。

 月の南極付近のクレーター「カベウス」には太陽光が永久に当たらない部分があり、水分が氷の形で存在する可能性が高いとされていた。NASAは十月九日、エルクロスをカベウスに激突させ、高く舞い上がった噴出物を分光計で分析。その結果、土砂の中に水蒸気が確認された。飛散した水分は約九十リットル相当に上るという。

 この数字はNASAリリースには出てこない。記者会見にて口頭で示した数字だのこと。記者会見では2ガロン(7.5リットル)のバケツを持ち出して、「このバケツ1ダース分の水」と説明したそうだ(だからメートル法と十進法を使えってば、アメリカ)。

 リリースによると水の存在の証拠となる事実はは以下の2つ。


  1. 衝突を見下ろす形で観測を行った近赤外分光計のデータは、灰色(colorless)の暖かい(リリースには230Cとあるのだが、230℃ということだろうか?)噴出物の放射を捉えたが、そこに水分子による吸収と解釈できる一部波長帯のへこみが存在した。
  2. 可視/紫外分光計が、励起された水分が発する波長の光が噴出物から放射されるのを観測した。

 月面の永久影地域は、極めて低温なので、水が氷の形で存在しうる。以前から、そこには水分が存在するのではないかと言われていた。
 過去何億年もの間に、月面には水分を含む彗星が多数衝突している。彗星の水分の大部分は月の重力を逃れて宇宙空間に散っていくが、一部は永久影の部分に吸着されて溜まるだろう。一回一回の量は小さいとしても、それが何億年もの長きにわたって続けば——。

 最初は、アポロ計画以来22年振りにアメリカが月に向けて打ち上げた探査機「クレメンタイン」(1994年打ち上げ)だった。クレメンタインが発した電波を月の極地方に反射させ、反射波を地上で受信するという観測で、「水があるのではないか」という結果が得られた。
 この時の観測は「水があるとも解釈できる」というレベルのものだった。「月には水が60億トン存在する」と報道されたが、これは乏しい証拠からそうも見積もることができるという程度の数値だった。

 次いで、同じくアメリカの「ルナ・プロスペクター」(1998年打ち上げ)が水を探した。ルナ・プロスペクターには、中性子分光計が搭載されていた。宇宙線に含まれる中性子は、水素に当たると跳ね返り、運動エネルギーが小さい中性子となる。“遅い”中性子が検出できると、そこには水素がある。すなわち水がある可能性が出てくるというわけだ。
 ルナ・プロスペクターは月の両極上空で、月面から反射してくる中性子のエネルギーが下がることを観測した。そこには水素があるということだ。もしもそれが水であるならば、1000万〜3億トンの水が存在することになると推計された。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、存在が確認されたのは「水素」であり「水」ではないということだ。水素があるとしたら多分酸素と結合して水になっているだろうと推定されているだけなのだ。たとえ水が存在したとしても、それが氷なのか、それとも鉱物に結晶水の形で含まれているのか、なんとも言えない。また、月面に存在する量の推計も大きな誤差を含んでいた。

 次は日本の月探査機「かぐや」(2007年)だった。かぐやは地形カメラで月の南極にあるシャックルトン・クレーターの内部を観測した。シャックルトン・クレーター内部には永久影地域が存在し、氷が存在する可能性がある有力な候補だった。斜面に反射する僅かな間接光でかぐやはクレーター内部の地形を観測。そこには、平らな地形が存在しないことを確認した。つまり期待されたような“氷の池”は存在しないということだ。

 これも注意しなければならないのだけれど、かぐやのシャックルトン・クレーター観測は即、月に水が存在しないということを意味するわけではない。水が土砂と混ざった状態で存在する可能性は残っている。あるいは、氷の上に土砂が被さっているのかも知れない。氷の池が露出している可能性が消えたというだけなのである。

 かぐやにはガンマ線分光計が搭載されていた。月の表面に宇宙線が当たると表面の元素はそれぞれの種類に応じたエネルギーのガンマ線を発生する。ガンマ線のエネルギー分布を計測すると、どのような元素が存在するかが分かる。当然、水素の分布も知ることができる。ガンマ線分光計の観測データは今なお整理と分析が続いているが、今のところ水素の分布に関する発表はない。この件に関しては、あるいは今後…といったところである。

 さらに今年に9月にはNASAから、インドの探査機「チャンドラヤーン1号」のM3センサー、小惑星を探査したアメリカの探査機「ディープ・インパクト」と、土星探査機「カッシーニ」がそれぞれ地球近傍を通過した際に月を観測したデータから月の表面に水分子が存在するという発表があった。NASAが国際協力でチャンドラヤーンに搭載したM3(Moon Mineralogy Mapper)は、近赤外線で月面を分光観測して、どのような化学組成になっているかを調べるセンサーだ。M3は、月面に水分子、そしてヒドロキシ基(OH)が広く薄く分布していることを見いだした。これはおそらく、太陽から月面に吹き付ける太陽風(水素を含む)起源のものと推定されている。量は1000ppmで、極の永久影地域で期待されていた水と比べると大分少ない。

 今回のLCROSSの観測は、まず水素ではなく、まとまった量の水分子の存在を直接確認したというところに意義がある。詳細は論文発表を待たねばならないのだろうが、プレスリリースにでていたグラフにかなりはっきりとしたピークが出ているので、水分子の量も決して少なくはないようだ。

 では、「月面には水があり、水資源の存在を前提にした探査計画を策定できるようになった」か、といえば、まだそのレベルではないだろう。これをもって、「アメリカは有人月探査に一層力を注ぐようになる」とは言い難いと思う。

 まず、今回の発表では、LCROSSの落下によって液体にして90リットル分の水分子が噴出したというが、多分これはまだかなりの誤差を含んだ数値ではないだろうか。プラスにもマイナスにも1桁は誤差があると思っておいたほうがいいだろう。このあたりは論文が出たら、様々な突っ込みが入ってより正確な見積もりになっていくのではないかと思う。

 次に、水が確実にあるとして、ではどのような形態で存在するのかが問題となってくる。例えば硫酸銅の5水和物(きれいな青色の結晶だ)は、1mol250gのなかに90gもの水を含む。だから、レゴリスと氷の混合物になっていると決めつけるわけにもいかない。結晶水の形で鉱物に含まれている可能性もある。

 「月面水資源を前提とした有人月探査計画」を実施するためには、少なくとも複数地点でのボーリングとサンプル採取(地上に持ち帰っての分析)を行い、リモートセンシングの世界で言う「グラウンド・トゥルース(地上の実態)」を把握した上で、月の全球リモートセンシングを行い、月面水資源量を正確に把握する必要があるだろう。

 月の水を当てにした有人探査の前に、まだまだやるべきことが山ほどあるということだ。

 以下は、素人のお遊び、様々な仮定をおきまくっての、ごくごく簡単な計算である。

 LCROSSは、直径直径27m、深さ5mほどのクレーターを月面に作ったと考えられている。大ざっぱにクレーターが円筒だとして、吹き飛んだ体積は2860立方m。実際にはクレーター形状は球面だろうから一声半分ということにして1430立方m(積分?めんどくさいよ)。レゴリスのかさ密度として1.5を採用すると、質量は2145トン。NASAの発表によれば、ここに0.09トンの水が入っていたわけだから、存在比は4.2×10^-5。
 月の永久影の面積はかぐやが測定していたはずなのだけれど、数字が見つからなかったのでかぐや以前の推定値の両極合わせて3000平方kmを採用する。3×10^9平方m。
 表面を5mまでの深さに水があると仮定。すると水分含有の土壌体積は、1.5×10^10立方m、密度1.5を採用して2.25×10^10トン中に水が4.2×10^-5だけ存在するならば、総量は9.45×10^5トン。だいたい10^6トン。すなわち100万トンということになる。一見けっこうな量のようだが、東京の村山貯水池(多摩湖)の最大貯水量が300万立方メートル(300万トン)であることを考えると、月全体で、村山貯水池の1/3しかないわけだ。かなり貴重な資源である。

 しかも、クレメンタインやルナ・プロスペクターの観測時に出た推定よりも2桁から4桁も少ない。当時の推計が楽観的過ぎたのか、予算を取るためにわざと楽観的な見積もりを採用したのか…

 スペースシャトルは打ち上げ時、およそ730トンの液体水素と液体酸素を搭載する。シャトル主エンジンは実際には若干水素リッチで燃焼させているのだが、これを「730トンの水を電気分解した結果」と無理矢理丸めて 考えると、100万トンの水は、シャトル打ち上げ約1370回分の推進剤ということになる。月からの脱出速度は地球よりもずっと小さいから、けっこう使いではある。今の宇宙開発の規模から考えると、とても有望な資源となるだろう。しかし、本気で経済活動を始めたらあっという間になくなる量でもある。

 本気で月の水を使うつもりならば、月の水資源を使い切るころには、別の物質循環(それこそ、彗星を地球近傍に引っ張ってくるとか、逆に彗星まで進出して有人拠点を築くとか)で宇宙空間の経済が回るような、計画的な宇宙開発が必要になるのではないだろうか。


 月の水というと、やはりこのSF。作中でフランスの宇宙飛行士ソランジュが語る「宇宙への階段」は、この小説が執筆された1999年頃、野尻さんも含めて宇宙作家クラブの中で何回か話題になった記憶がある。


 


  同じネタが小川さんに回ると、この「第六大陸」になる(などと言っちゃっていいのか)。同じような話題から全く異なる小説が生まれるのは、当たり前の事ではあるが、なんとも興味深い。


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