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2009.11.19

はやぶさリンク:はやぶさ、帰還に向けてイオンエンジン再起動

Kawaguchi Kuninaka


 トラブルを起こしていた小惑星探査機「はやぶさ」は、11月11日の試験で推力の回復を確認。12日以降、イオンエンジンの連続運転を再開した。残る必要加速は200m/s強。3月下旬までにこの加速を達成できれば、来年6月の帰還が可能になる。

 運転再開を可能にしたのは、AからDのイオンエンジンのうち、Bのイオン加速器とAの中和器を同時使用するという裏技だった。これにより6.5mNの推力発生が可能になった。


 まず、はやぶさのイオンエンジンの構造について。
 はやぶさのイオンンエンジンは、推進剤のキセノンガスをマイクロ波でイオン化し、電気的に加速して噴射する。このままでは+イオンのキセノンが出て行った分、探査機本体が-に帯電してしまう。そこで噴射口の外側に中和器が設置してある。中和器からは少量のキセノンを噴射、同じくマイクロ波でイオン化して、噴射口から出てくるキセノンに電気的な橋をかける。そこに電子を流し込むことで、キセノンの+イオンを電気的に中性のガスに中和し、同時に本体への帯電を避ける。
 中和器からキセノンの噴流へ電子を流すためには、ある程度中和器の電圧が高くなくてはいけない。中和器が劣化してくると、電子を流すために必要な電圧が高くなる。その限界値として50V以上の電圧になるとエンジンを停止するという仕組みになっている。

 以下、本日午後6時からの記者会見の様子。私が少し遅刻したので、最初のほうはプレスリリースより補足している。

 出席者は川口淳一郎教授と、イオンエンジン担当の國中均教授。


國中 イオンエンジンの状況について。

 はやぶさは、イオンエンジンAからDの4台を搭載し、3基を同時使用できる設計となっている。Aは打ち上げ直後の動作試験で不安定だったために、予備に回し、BからDの3基で小惑星イトカワに到達した。

 帰還途中の2007年4月に、エンジンBが中和器電圧の上昇を起こし、運用停止に。残るCとDとで地球帰還を目指してきたが、今年11月4日にエンジンDの中和器が電圧上昇を起こし、安全限界の50Vを超えて停止した。この時点でCもDも劣化が進行しており、推力は5mNしか発生できていなかった。

 はやぶさはイオンエンジン用の電源を3台搭載しており、それぞれ、AB BC CDに電力を供給できるようになっている。と、同時に、異なるエンジンのイオン源と中和器を使って運転を行うことも想定して、電源を結合する回路も搭載している。

 11月11日に、イオンエンジンBのイオン源とイオンエンジンAの中和器を使っての運転を行ったところ、6.5mNの推力発生と安定した運転を確認。軌道計画的にも2010年6月の帰還が可能になった。

 イオンエンジンは、イオン源と中和器への推進剤の供給を、ひとつのバルブでコントロールしている。重量軽減のためにバルブを減らしそのような設計となった。このため、使っていないエンジンAのイオン源と、エンジンBの中和器からも生ガスが噴出している状態。
 しかし、推進剤のキセノンは推定であと20kg残っている。残る加速に必要な量は5kgほどなので十分対応可能。
 また、エンジン2基で1基分の推力を発生させるので、電力は2基のエンジンを稼働する分だけ必要となる。しかし、今はやぶさは、太陽に近づきつつあるので、太陽電池の電力発生量は増えつつある。こちらも対応可能。

 現在使えるのは、A中和器とBイオン源の同時運転と、Cの単独運転。

川口 帰還に必要なデルタVは2200m/s。すでに2000m/sは達成。残るは200数十m/s。現状では2010年6月の帰還は可能。しかしさらなるトラブルが起きると2013年帰還となる可能性もある。

  現状はAB2基のエンジンの使える部分を使って推力を得ている状態。これは地上試験を行っていない。打ち上げ前に、このような運転があり得ることは想定していたが、そもそもこのような運転はアースの関係で地上での試験ができなかった。

 今回は運がいいと思っている。はやぶさが太陽に近づきつつあり、電力に余裕が出てきつつあったからこそ、この運転が可能になった。もっと地球から遠いところで今回の故障が起きていたら、この方法は使えなかったろう。


以下質疑応答
読売:現状で推力はどれほどなのか。

國中:6.5mN。今後エンジン2台で噴射を行う運転は考えていない。今後このまま来年の3月中旬まで6.5mN噴射を続ければ帰還可能となる。

川口:はやぶさの現在位置は、地球からの距離は約1天文単位。本当に火星の近くにある。

時事通信:このような動作ができることは事前に解っていたのか。

國中:これができることが実験室では自明だった。現状では探査機が数十ボルトに帯電し、帯電することで電子が引き出されるという運転をしている。このような状況は地上では再現できないため、地上試験ではこのような運転を行っていない。

川口:ちょっと盛り上げるなら、これは電気回路にダイオードが一つが入っていないとできない。あらかじめそういう回路を組み上げ、搭載して打ち上げたということを注目してもらいたい。

國中 はやぶさは、設計時の重量制限が厳しかった。色々考えた末にダイオードひとつを追加するだけで今回のような運転が可能な電源回路を組んで搭載した。


毎日 こういったトラブルを想定して回路を積んだのか。

國中 そうだ。

毎日 他のスラスターでもこういう運転はできるのか。

國中 そうである。ただし、今回エンジンBのイオン源と中和器Dの組み合わせて試験運転してみたところ、うまく動かなかった。

毎日 帰還日は決まっているのか。

川口 今のところ言わないことになっている。勘弁してください。旅行する人が大変になったりするので…

朝日 スラスターと中和器の位置がノミナルと変わるわけだが、推力方向が変化してしまうことはないのか。

國中 実際そういう現象も観測されている。ただし推力ベクトルの角度のずれは1°以内で、イオンエンジンの首を振るジンバルで修正可能な量。ビームのよれがおきるという現象は、宇宙プラズマ物理にとっても貴重な知見である。

朝日 最終的な軌道修正は可能なのだろうか。

川口 今の状態を維持できれば可能である。

朝日 2013年に遅れる可能性があるというが、それは余計に太陽を一周ということか。

川口 はやぶさは太陽を1.5年で1周する軌道に入っている。地球が3周、はやぶさが2周

朝日 計画にかかったこれまでのコストを知りたい。

川口 ここまで打ち上げや運用費用も含めて計画遂行の総額は約210億円。事業仕分けされないようにしなければいけない。運用費は年1億円程度なので、3年伸びると3億増える。

國中 この11月から臼田局は改修工事を行う予定だったが、今回の事故を受けて、工事の開始を一週間遅らせてもらった。現在は臼田の工事が始まったために、鹿児島内之浦の34mアンテナで通信しているがこれだと臼田に比べてビットレートが1/4になる。ぎりぎりで臼田が使えて幸運だった。

時事通信 エンジンAを使っていなかったのが幸運だったのだろうか。

川口 Aの中和器が健全にリザーブできていたことが今回の運転につながっている。

不明 Cを運転していないのはバックアップ用か。

川口 その通りだ。Cも劣化の兆候があるので長時間運転は難しいと見ている。

時事通信 帯電は悪影響を及ぼさないのか。

國中 はやぶさには帯電センサーが積んでいない。従って中和機のヘルスチェックができない。しかし現状では不具合を示すようなデータは出ていない。宇宙で何KVという帯電は常時起きているので問題にはならないだろう。中和機の電圧が高くなると劣化が早まるのだが、現在の運用ではA中和器の電圧を知る方法はない。

不明:現在はBのイオン源からイオンを吹いているのか。

國中 そうだ。

不明 いつが2013年へと帰還がずれこむタイムリミットとなるのだろうか。

川口 Cは推力がないので、それほど加速できない。例えば来月にでAとBによる現状の運転が不調になると2013年になるだろう。しかし不調になるのが来年2月3月ならCだけで6月に間に合うだろう。年内に再度故障が起きたら2010年帰還はアウトと思ってもらいたい。

読売 復旧方法を見つけた時の感想を聞きたい。

川口 エンジン停止の時は「来るものが来た、これはもう2013年帰還か」と思った。イオン源と中和器のクロス運転を可能にする電源回路の存在は知っていたので、対策の検討会ではイオンエンジングループに検討を依頼した。イオンエンジングループは自信を持っていたかも知れないが、私は淡い期待を持っていた程度だった。最初BとDで動かしたがうまくいかなかった。

國中 電力収支が厳しかったので、100W近くの電力を消費する通信機をいったんとめてAとBを運転、データを記録して通信を復帰してから送信するというやりかたで、動作試験を行った。通信復帰の途端に、はやぶさからの電波のドップラーシフトが不連続にジャンプしたので、「これは動いたぞ」と思った。その後、データをダウンロードして正常運転を確認した。

不明:CとDの運転はできるのか。

川口 おそらくイオン源の寿命はまだまだある。問題があるとしたら中和器A。AとCの運転は試験をしていない。時間がないので組み合わせ試験よりもイオンエンジンの連続運転を優先した。地球帰還にはあと2000時間の運転が必要である。

産経 Dが止まったということはどういうことか。

國中 中和器の電圧が上昇したというのが観測された事象。中和器は電圧をかけて電子を放出している。中和器が劣化すると同じだけの電子を放出するのに必要な電圧が上昇する。電圧の限界値が50V。イオンエンジンの定格は1万4000時間だが、Dはすでに1万5000時間運転している。Bは9500時間。まだまだ、惑星探査用のエンジンとしては長寿命を目指して研究を進めねばならないと思っている。
 中和器Aはイオン源Aとの組み合わせて10時間、11月11日以降、イオン源Bの組み合わせて180時間運転している。

インプレス もう少し詳しく運転の様子を知りたい。

國中 各スラスターには一つバルブがあって、それを開けると、中和器とエンジンの両方に推進剤のガスが流れ始める。中和器Bを動作させると必然的にイオン源Bからガスも流出する。現状6.5mNで軌道計画が立てられている。

アビエーションウィーク 姿勢制御用のホイールも一つになっているがどうなっているのか。

川口 止まったホイールはもう使えないものと考えている。残る1台も回転数を下げたり、加速減速もゆるやかにして寿命を延ばすように運用をしている。中和器と同じぐらい心配している。


宇宙作家クラブ 加速量達成後、地球へのカプセル投下にための最後の軌道修正はどうするのか。

川口 イオンエンジンで行う。1m/s程度。この修正に1日から数日かかる。


不明 ホイールがダメになったらもうギブアップか。

川口 その場合も方策は考えているがかなり致命的だと思う。

 記者会見後のぶらさがり取材にて。


川口 「ずっと前にダメになるのも、ぎりぎりまで粘ってダメになるのも同じ、帰ってこれるか、これないか。それが問題です」

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2009.11.10

はやぶさリンク:はやぶさ2の現状について

Hayabysa2_2

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 はやぶさ2について、とりあえず知っていることを書く。

 まず、来年度に実質的な開発に持ち込めなければ、はやぶさ2は消滅する。2014年打ち上げが絶対条件となるので、機体開発期間5年を考えると、来年からの着手が必須になるためだ。

 2014年の次の打ち上げチャンスは2020年。ところが、2020年の打ち上げウインドウは条件が悪い。2014年と同程度に条件の良いウインドウとなると、2020年代後半となってしまう。

 その一方で、欧州と共同で進めようとしていた「マルコ・ポーロ」(はやぶさMark2)も、主に欧州の財政難が原因で頓挫している。2017年打ち上げはほとんど消滅状態。つまり「はやぶさ2がなくとも、マルコ・ポーロがある」とはとても言えない状態だ。

 はやぶさ2が消滅すると、はやぶさをきっかけに育ってきた国内の固体惑星系の科学者コミュニティが事実上消滅する。探査機は科学者コミュニティの核だ。これがなければ、論文を書けず、業績を積み上げることもできないので、研究者は他分野に散っていくものである。
 このあたりは分かりにくいかもしれないが、例えば、固体の惑星を探査する機体であっても、例えば金星探査機「あかつき」は惑星大気を研究するための探査機である。固体惑星系とは専門が異なる。もちろん搭載しているセンサーの用途も違う。単純に「あかつき」があるから固体惑星の研究者も大丈夫とは言えない事情がある。

 もちろん、JAXA、メーカー、研究者の3つに渡る人材、開発した工学的技術、運用経験のノウハウなど、1990年代からはやぶさの開発と運用で、積みかさねてきたものも四散し、これでおしまいとなる。

 来年度概算要求(宇宙開発戦略本部発表:pdf)に、「はやぶさ2」の文字はない。つまり、予算要求時点で、まだプロジェクト化されていない。しかし、これで終わったわけではなく、関係者はまだ粘る方策を探して動いているとのこと。

 例えば、実質的な開発開始に持ち込むという手段が考えられる。
 以前、5億円あれば初年度の着手はできるという話があったのは覚えておられるだろうか。あれと同じ状況が現出しつつある。JAXAは独立行政法人なので、ある程度の予算編成の自由度を持つ。その中から、なんとか初年と着手に必要な分を認めてもらって、実質的な開発開始に持ち込む。

 さらには、10月22日にアメリカで、有人月探査から、ラグランジェ点や地球近傍小惑星など幅広い有人探査への転換を求めたオーガスチン委員会の報告書が出た。
 もしもオバマ政権が、ブッシュ前政権の打ち出した有人月探査計画を方針転換するならば、はやぶさ2には、「アメリカが実施する有人小惑星探査に先行する無人探査」として、政治的な利用価値が出てくる。

 また、昨今の日本の政治状況は、どこでなにがひっくり返ってもおかしくない。そこに希望をつなぐチャンスがあるかもしれない(あくまで、「かも」という希望的観測なのだけれども)。

 というわけで、まだまだ「はやぶさ2」も粘っている。

 「はやぶさ2」は、民話のお姫様のようだ。様々な難題を解き、難関をくぐり、ここまできた。が、まだ「めでたし、めでたし」には至っていない。

 鉢かぶり姫や、シンデレラのように、「はやぶさ2」についてのハッピーエンドはあるのだろうか。「めでたし、めでたし」と、打ち上げを見送ることはできるのだろうか。日本は、星の世界へ新たな船を送り出すことはできるのだろうか。


 写真は、10月19〜20日に東京で開催されたInternational Workshop on Small Body Exploration by Physical Interactionsでプレゼンされていた、はやぶさ2(上)及び衝突機(下)の概要。

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2009.11.09

はやぶさリンク:イオンエンジンに異常、ついにエンジン1基に

09:51pm追記:読売新聞によると、スラスターAも起動しなかったとのこと。これは本当に厳しくなった。今後必要となる増速量如何では、ギブアップになるのかもしれない、



 小惑星探査機「はやぶさ」にまた危難が。

小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン異常について

 11月4日、2基残っていたCとDの2基のイオンエンジンのうち、Dが動かなくなった。おそらく、まだ再起動できるかどうかの検討が行われているだろうが、難しいかも知れない。

 当初、2003年〜2007年で5年の予定だった航行は、すでに7年が過ぎた。イオンエンジンは当初の予定以上の運転実績を重ねており、劣化が目立ち始めている。いつ、どのエンジンが壊れてもおかしくない状況だったが、ついにエンジン1基が動かなくなってしまった。

 はやぶさのイオンエンジン「μ10」は、AからDまでの4基が搭載されている。通常運転時はうち3基を使用する。定格推力は8.5mN(ミリニュートン)だが、実際には7.5mN付近で運転されてきた。
 スラスターAは、打ち上げ直後の運転試験で動作不安定が出たために、予備機に回り、残るBからDの3基ではやぶさは小惑星イトカワに到達した。

 2005年11月の劇的なイトカワへのタッチダウンの後、はやぶさは各所が壊れ、満身創痍という状態になった。姿勢を制御するリアクション・ホイールは3基中2基が壊れて1基のみ。ヒドラジン系の2液推進剤を使用する化学スラスターは、推進剤が燃料・酸化剤共に漏れてしまって空っぽに。

 その状況下で、はやぶさを地球に帰還させる作業が続いていた。

 2007年4月にはスラスターBが、中和器(加速したキセノンイオンに電子を与えて電気的に中和する装置)が、電圧上昇を起こしたため運用を中止した。残るCとDも、劣化が進み、推力は5mN程度しか出なくなっていたと聞いている。

 はやぶさは、来年3月までCとDを噴射し続けて、地球帰還に必要な速度を稼ぎ、残る6月までの慣性飛行中に、より正確にオーストラリアのウーメラ砂漠にカプセルを落とせるように軌道修正を数回にわたって行う計画だった。

 今回この計画が崩れた。エンジン1基では3月までに必要な増速量を稼ぐことができない。


 ここからは今後の検討課題であり、私の推測が入る。

 エンジン推力が足りなくなったなら、運転期間を延ばすしかない。おそらく今後、はやぶさは残るスラスターCを6月の地球帰還ぎりぎりまで噴射することになるのではないか。
 この場合、軌道修正は、地球に近づいてからの一発勝負となる。地球に近いと軌道修正のために必要な噴射量も大きくなる。もう化学スラスターは使えないので、例のキセノン生ガス噴射で最大限の補正をかけるしかないだろう。

 残るスラスターCがダメになった場合は、危険承知でスラスターAを再起動することになるだろう。Aは電源系にトラブルがあって、B〜Dとの同時使用は危ないということで休眠状態にあった。逆にB〜Dが使えなくなれば、Aの使用をためらう必要はなくなる。

 まだまだ、運用チームは地球帰還に向けて粘りを見せるだろう。


 ただし、——私の感触なのだけれども——これは本当に“最後”を覚悟しておいたほうがいいのかも知れない。

 というのも、今回のトラブルは先週末の時点で、科学メンバーなどにも通知が回っていたとのこと。今まではやぶさの運用でこんなことはなかった。訂正(pm.09:25):「これまでも、はやぶさの状況について結構連絡は受けていたよ」という指摘を貰いました。とりあえず直しておきます。)
 運用チームが、相当な覚悟をしていることは間違いない。

追記:いま「はやぶさ」は、天球上のかに座のあたり、火星のすぐそばにいるとのこと。今夜は月のすぐ隣、真夜中に東から昇り、午前5時ごろ南中する(情報提供:lizard_isanaさん、http://twitter.com/lizard_isana/status/5555477171)。

 夜更かしの方は、今夜、月を見てほしい。その方角にはやぶさはいる。

 ここで問題になるのが、まだ予算がついていない後継機「はやぶさ2」だ。

 後継機を立ち上げなくては、ここまでも成果も、運用経験も、技術蓄積も、すべてが無駄になってしまう。

 ああ、本当に「はやぶさ2」はまだか。JAXAは何をしているのか。

 この件は記事を分けることにする。

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2009.08.24

さようなら、KIMさん

 木村雅文さんが8月11日、この世を去った。享年50歳。22日に葬儀があり、私も参列してきた。

 日本の宇宙開発は貴重な人材を、私はかけがえのない友人を失った。

 木村さんは、日本電気航空宇宙システム(NAS)の技術者で、軌道設計の専門家だった。1985年のハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」に始まり、スイングバイ技術試験衛星「ひてん」(1990)、日米共同の磁気圏観測衛星Geotail(1992)、火星探査機「のぞみ」(1998)、小惑星探査機「はやぶさ」(2003)などなど、宇宙科学研究所(現宇宙科学研究本部)が実施した、ほぼすべての衛星・探査機の軌道計画立案に参加してきた。

 もっとも分かりやすい部分で代表させるならば、「軌道の魔術師」川口淳一郎教授が立案する軌道計画に対して、数値計算による裏付けを与えてきたのが木村さんであり、木村さんが育てたNASの技術者達だった。宇宙の彼方で緊急の事態が起きたとき、川口教授の指揮下、昼夜を分かたぬ突貫作業で救出のための新たな軌道を計算し、妥当性を検証し、最終的にまとめ上げたのが木村さん達だった。
 彼らは、川口教授が描いたデッサンを、物理法則にかなう一本の優雅な線に仕上げたのだった。

 「ひてん」の華麗なスイングバイ軌道も、地球脱出時にトラブルを起こした「のぞみ」を救うためのアクロバティックな軌道も、イオンエンジンを噴射し続け、刻一刻と軌道要素が変化し続ける「はやぶさ」の軌道も――すべて木村さんとその仲間達の緻密な計算によって現実のものとなったのである。

 私にとって、木村さんはパソコン通信のハンドルネームKIMさんだった。インターネット以前の1990年頃、パソコン通信Nifty-SERVEのスペースフォーラム(FSPACE)で、私は「宇宙開発の部屋」の管理人をしていた。KIMさんは常連の一人だった。あの頃、「宇宙開発の部屋」は、素人、マニア、本職が入り乱れる一種独特の言語空間だったが、彼はそこに常に的確な内容の文章を書き込んでいた。オフ会で本人と会い、本職であると知った。
 うまが合った我々は、時折連絡を取っては町田の街を飲み歩くようになった。お互いの仕事の内容について差し支えない範囲内で話し合い、現在を憂い未来を語る。そんなつき合いだった。町田の飲み屋での交遊はインターネットの時代になり、FSPACEに集った者らが四散した後も続いた。
 彼は常に節度を持って酒を飲んだ。飲み過ぎで終電を逃した私が彼の家に泊まったこともあった。気が付くとなぜか自宅にいることもあった、前後不覚になった私を、彼が送ったらしかった。

 全く持って私はKIMさんの世話になりっぱなしで、ダメな飲み友達だった。

 しかもこのダメ友は、しっかりと交友から元を取った。2002年の半ば頃だったか、「もう話してもいいだろうけれど、1998年ののぞみの地球脱出の時は本当に大変で大変で」と話してくれた。「これは書ける!」と私は直感し、その直感は後に「恐るべき旅路」となった。執筆時も彼は節度を保ちつつ、様々な資料を提供してくれた。「私はメーカーの人間でチームで動いています。宇宙研の先生達と違って、私一人でなにかができたわけじゃない。だから私のことは書いちゃダメですよ」という言葉と共に。

 しかし、私はすでに彼の果たした役割を知っていた。あくまで事実に即しつつ、彼の仕事の邪魔にならず、なおかつ彼の立ち位置と役割が分かる書き方を色々と考え、私は「恐るべき旅路」の掉尾を飾る「最後の勇者達」の部分に、一度だけ、彼の名前を書き込んだ。

 KIMさんは「恐るべき旅路」の出版を喜んでくれた…と思う。内心「コノヤロー余計なこと書きやがって」と思っていたのだとしても、少なくとも顔色には出さなかった。
 2005年初夏、私たちは町田で出版記念の祝杯を挙げ、間近となった「はやぶさ」のイトカワ探査に思いを馳せた。

 月探査機「かぐや」で、彼は軌道ではなくハイゲインアンテナによる高速データ通信システムを担当した。「おかしいでしょう。みんな『木村さんは軌道担当じゃないの』って聞くんですよ。人の使い方、間違ってるよね」といいつつも、彼は熱意を持って仕事にあたった。通信システムは開発時に色々なトラブルを出したが、打ち上げ後はノートラブルで順調にデータを送信してきた。
 KIMさんは、すべての任務を達成して月面に落下するかぐやから、最後の瞬間までデータが途切れることなく送信されてくるかということを懸念していた。かぐやの月面落下は6月11日早朝と決まった。それなのに。

 彼はは6月4日に病に倒れた。すぐに集中治療室入りとなり、治療のため意識レベルを下げる処置が続いた。そのまま闘病2ヶ月。

 かぐやが最後の最後までデータを送ってきたことをついぞ知ることなく、忽然と君は旅立ってしまった。

 ああ、KIMさん、俺は本当に悲しいよ。かぐやのミッションが終わったら乾杯するはずだったろ。「はやぶさ」の帰還だって見るはずだったよな。自分が結婚し、家庭を持った後は口癖のように「松浦さんも結婚しないと長生きできないよ」と言っていたじゃないか。長生きして、もっともっとたくさんの華麗な軌道を太陽系空間に描くんじゃなかったのかよ。

 今は宇宙へと飛翔した君の魂の旅路が安からんことを祈る。そして今後とも、様々な探査機が、君の後を追って宇宙に様々な軌道を描いていくのであろう。

さようなら、KIMさん。



 この本を、著者の私がこのようなエントリにおいて「読んでくれ」と書くのは、ひどく恥知らずな事なのかも知れない。それでも私は、「この本を読んでください」と言いたい。すでに読んだ人には「読み返してください」とお願いしたい。そして、私が書かなかった部分に木村雅文さんという有能で謙虚な技術者がいたことに、ほんの少しだけ思いを馳せてもらえれば、と強く願う。


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2009.08.05

はやぶさリンク:映画「サマーウォーズ」に小惑星探査機が登場

 「はやぶさ」をモデルにした小惑星探査機が登場すると聞いて、これは行かねば、と見に行ってきた。現在ロードショー公開中のアニメーション映画「サマーウォーズ」(公式サイト)

 「時をかける少女」でブレイクした細田守監督作品。監督:細田守、脚本:奥寺佐渡子、キャラクターデザイン:貞本義行の3人は、「時をかける少女」と共通。
 「時かけ」は小規模公開から口コミでヒットしたが、今回は堂々のロードショー公開である。

 あらすじは、公式サイトの「イントロダクション」を参照のこと。

 面白かった!

 長野県上田市に集う旧家の一族が、ひょんなことから巻き起こる世界の危機に一致団結して立ち向かうという、なんとも妙な筋書きだが、それが滅法面白い。「華麗なる一族」や「犬神家の一族」のような、日本の“一族映画”が描き出す湿っぽさや陰湿さは、この映画の陣内一族にはこれっぽっちもない。「ダイナスティ」に代表されるアメリカ“一族ドラマ”にあるようなどろどろの愛憎劇とも無縁だ。乾いて、からっとしていて、陽気だ。

 なにより脚本がいい。かなり複雑な状況設定を、オープニングの陣内本家に集まってくる親族の会話だけでテンポ良く説明してしまうのもうまいし、そこから畳み込むように事件を起こして、本筋である“夏の戦争”に持ち込むストーリー運びも見事だ。

 しかも、主人公とヒロインを含め、主要登場人物29人という群像劇であるにもかかわらず、すべてキャラクターがくっきりと対比されており、「これ、誰だっけ?」ということが一切ない。血の繋がった親族と、そこに嫁入りした女性、生まれた子供など顔や体格を描き分けたキャラクターデザインが、とてもよい仕事をしている。

 この夏のお薦めだ。私も、もう一回ぐらいは映画館に足を運ぶことになるかもしれない。

 が、理工系のシチュエーションとなると、けっこう緩い。冒頭、主人公が量子コンピューターで素因数分解を行うための「ショアのアルゴリズム」に関する本を読んでいるので、スタッフも事前に相当調査したらしいことが分かる。が、それでも、暗号のあり様とか、ネットセキュリティの描写とか、アバターの操作方法とか、もうちょっとなんとかできただろうという部分がある。
 多分、理工系のアドバイザーを入れて、あと数回脚本の練り直しをやっていたら、もっと良い映画になっていたろう。

 小惑星探査機「はやぶさ」ならぬ「あらわし」については、「このストーリーなら仕方ないかな」といったところだ。

 小惑星「イトカワ」ならぬ、小惑星「マトガワ」を探査した「あらわし」、この「あらわし」の再突入カプセルが、ラストのクライマックスに関係してくるのだが、まあ、あれはないよね。

 ネタバレは避けるが、本来、再突入カプセルは、サンプルを保護するために、最後はパラシュートでふわふわ降りてくるものだ。また、「はやぶさ」の帰還カプセルは惑星間軌道から直接大気圏に突入する。地球周回軌道にいったん入るなんて、まだるっこいことはしない。運動エネルギーという点では、地球周回軌道からの帰還よりも、惑星間軌道からの直接突入のほうが、ずっと大きくなる。

 ちなみに、小惑星「マトガワ」は、実在する。
★新しい小惑星を「マトガワ」と命名(ISASニュース1997年7月号)。

 とはいえ、この映画により、「はやぶさ」にもう一つの称号が加わったことは間違いない。すなわち、「映画のモデルとなった、日本初の惑星間探査機」である。これまで、ストーリーの根幹に関わる存在として映画に登場した探査機といえば、私は「スタートレック」の“ヴィジャー”ことヴォイジャー探査機ぐらいしか思いつかない。実際、「はやぶさ」は大したものだな。

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2009.07.27

はやぶさリンク:はやぶさ in メイド喫茶@秋葉原

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 秋葉原に、シャッツキステというメイド喫茶がある。“秋葉原カルチャーカフェ”という売り文句にあるように、単にメイドがいる喫茶店ではなく、図書館のような知的雰囲気を目指すというコンセプトなのだそうだが、そこで7/18〜22に「宇宙七衛星物語」パネル展というイベントが開催された。現代萌衛星図鑑関連だ。

 掲載された衛星を解説したパネルを展示、宇宙関連図書が読め、著者であるしきしまさんのこれまでの衛星関連同人誌が購入できる、というもの。私は見ていないが、JAXAから借りてきたビデオの上映もあったとか。

 そこで、初めてメイド喫茶というところに行ってきた。

 なんとも面白い空間だった。小劇場系の演劇で、観客も演劇に参加させてしまうというところがあるが、そんな雰囲気。メイドさんたちが、こちらに語りかけるでもなく、衛星の話題を話し合っており、客はそれを聞くでもなく、見るでもなく、文字通り“経験する”。それはもちろん演出であり演技なのだが、相当練習したらしく、不自然さはない。もちろん彼女らとしても毎日職場で演技しているわけだから、慣れていくに従って演技とも日常ともつかないものとなる。

 メイド喫茶という非日常空間で、演出を仕掛けることにより、逆説的に日々の生活ではありえない日常が現れ出る、というか。

 私の本も展示されていた。なんともくすぐったい。ここはいっちょ「あーチミチミ、わしはそこな本を書いた松浦というもんじゃがー、ちと足元がくらいのお」とかなんとかいって、1万円札に火を付けて足元を照らしてみるか、などとも考えたが、もちろんそんなことをできるはずもなく、おとなしくケーキを食べて退散したのであった。

 写真は、会期中の特別メニュー「はやぶさ」ケーキ。他に「さきがけ」ケーキもあった。

 数々の世界初を達成した「はやぶさ」だが、ここでもう一つタイトルが加わった。「メイド喫茶でメニューに掲載された史上初の小惑星探査機」である。

 はやぶさケーキは、オレンジ風味のしっかりしたスポンジと甘すぎないクリームが大変おいしかった。

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2009.07.25

はやぶさリンク:JAXA相模原一般公開での「はやぶさ2」展示

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一般公開のポスターに掲載された、着陸帰還機と衝突機

 昨日のはやぶさ2はサンプルリターン機・インパクターの2機構成にについての補足だ。本日25日、JAXA相模原キャンパスの一般公開に行って、少し話を聞いてきた。以下、訂正と補足である。サンプルリターン機と書いていたものは、日本語正式名称は「着陸帰還機」、インパクターは「衝突機」という名称だった。

 以下箇条書きにする。

  • 衝突機は、イオンエンジンも観測機器も持たない。
  • 衝突機はやや小さい。着陸帰還機が500kg程度なのに対して、衝突機は300kg程度。推進系はイオンエンジンを搭載せずに化学推進系のみを使用。
  • 衝突機は、通信系は最低限のもの、センサーは衝突時の誘導用のもののみ。いかに安く作るかが勝負。
  • 打ち上げはH-IIAを予定。H-IIAを使えるだけの予算を確保するのが目標。
  • 着陸帰還機はイオン推進、地球スイングバイ。衝突機は地球スイングバイのみ。それぞれ別の軌道に投入する。
  • 着陸帰還機は、目標天体の1999JU3に到達後、1年間に渡って表面の観測を行い、またサンプル採取を実施する。
  • 衝突機は、1年遅れて1999JU3に到達。相対速度3〜4km/sで衝突。直径15m前後のクレーターができることを期待。
  • 衝突時、着陸帰還機は安全な距離まで待避し、光学センサーで衝突を観測。
  • 衝突後に再度表面を観測。個別の岩石の移動状況を調査することで、内部構造を推定する。
  • 可能と判断できれば、衝突で生成したクレーター内部からのサンプル採取も実施する。
  • 衝突は、小惑星帯形成における重要な要素であり、人工衝突実験は学問的価値が高い。
  • 地球に小天体が衝突するのを防止する、スペースガード構想の初期実験としても意味がある。
  • 2014年打ち上げ、2020年帰還を目指す。

 ポスター展示を撮影したので、そのまま掲載する。これを読めば、現状がほぼ分かるだろう。



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 関係学会からの支援文書も公表されていた。文書を出したのは、日本鉱物科学会、日本地球化学学会、日本スペースガード協会。



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 すべて2008年10〜11月にかけての日付であり、この時期に「ほんとうにはやぶさ2ミッションは、サイエンス的な意義があるのか」を巡って、JAXA内部で激論があったらしいことが推察される。すべて、文書が読める解像度で、掲載する。

Mine
日本鉱物科学会

Earthchem
日本地球化学学会

Spaceguard
日本スペースガード協会

 ひとつ大きな疑問がある。惑星科学を専門とする日本惑星科学会は、「はやぶさ2」支持声明を出さなかったのだろうか。科学者にすれば、「はやぶさ2」は、JAXAの予算で論文を書くチャンスのはずなのだ。

 日本惑星科学会 学会概要には以下のようにある。

日本での惑星科学研究

結構大変な状況ではありますが, 国産のロケットもあり, 月, 火星, 金星への探査, 惑星間物質のサンプル取得計画も進行中で, 鋭意奮闘努力中です.

 ここに、声明文がないということは、「鋭意奮闘努力していない」ということになるのだが、はて?

 この件に関して、説明者から納得のいく説明は得られなかった。

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2009.07.24

はやぶさリンク:はやぶさ2はサンプルリターン機・インパクターの2機構成に

 はやぶさ2の現状について。前回書いた時点から、はやぶさ2計画そのものも、周辺状況も大きく変化している。

 まずはやぶさ2計画本体。

 探査機が同サイズの探査機を2機同時に打ち上げる形式となった。これまでの「はやぶさ2」、すなわち「はやぶさ」とほぼ同型の探査機「サンプルリターン機」に加えて、NASAのディープインパクトのような小惑星に突入するインパクター(突入機)との2機構成である。2機のサイズはほぼ同じぐらい。ただし、はやぶさのやり方だと、どうしてもイオンエンジンと太陽電池パドルがインパクターにも必要となる。2機は同時に同じロケットで打ち上げる。ロケットは、H-IIAを想定している模様。目標は従来と同じ、C型小惑星「1999JU3」である。

 同時打ち上げだが、サンプルリターン機とインパクターは違う軌道で1999JU3に向かう。共にイオン推進と、地球スイングバイを使うので、その両方で違う軌道に投入するのだろう。まず、サンプルリターン機が1999JU3に到達して表面を十分に観測。ついでインパクターが到着し、そのまま1999 JU3に対する相対速度を保ったまま突入し、小惑星に人工クレーターを形成して内部の地層を露出させる。
 サンプルリターン機は、人工クレーター内部を含む小惑星表面でサンプル採取を行い、地球に帰還する。

 すでに、JAXA内の技術審査は終わり、技術的には実行OKということになったとのこと。ただし、技術的にOKということは、JAXAの経営的にOKということを意味しない。

 このような計画になった背景に、ESAのサイエンス部門が前回書いた理由から予算不足になったことが大きく影響しているようだ。JAXAとESAは「はやぶさ2」後継の「マルコ・ポーロ(はやぶさMark2)」で協力体制を構築していたが、予算不足によりESA側がかなり弱気になっているようなのだ。マルコ・ポーロはより遠くにある枯渇彗星核を探査することを目指していたが、ESAは「マルコ・ポーロを計画縮小して2010年代後半にC型小惑星を探査できるだけでもいい」という態度になりつつあるらしい——と、ここまでが私が、あちこちで聞いた状況をまとめたものである。

 ここからは、私の推測となる。

 これではESAに付き合っていると、2010年代後半に「はやぶさ2」をESAとの協力で実施するのと変わりない。探査実施時期は遅れるし、計画は縮小する。しかも、計画には国際協力という不確定要素が入り込む。ということは、2010年代後半に確実に実施できるとは限らないわけだ。

 さらには国内的に「予算もないことだし、ESAもそういっているならば、いっそ時期を遅らせてESAと一緒にはやぶさ2をやればいい」などということになったら目も当てられない。現状の日本の宇宙開発には、残念ながら「それでもいいじゃないか」と言ってしまいそうな雰囲気が存在する。
 それでなくとも「はやぶさ2」は2010年打ち上げの予定がすでに4年も引っ張られて、2014年になっている。これが2010年代後半になると、「はやぶさ」から15年も間が空くことになる。「はやぶさ」で育った技術者も研究者も散逸するし、後継者も育たない。「はやぶさ」の成果も経験もすべて無駄になることになる。

 そこで限られた状況の中で、マルコ・ポーロでもやらない特色、しかも工学的にも理学的にもインパクトのある結果を出すには、ということで、この「サンプルリターン機・インパクター」の2機体制が出てきた——私は現状をそのように理解している。

 「はやぶさ2」の目標天体である1999JU3への打ち上げウインドウは2014年だ。探査機の開発には5年かかる。ということは、来年度予算で開発に移行しなければ、もう「はやぶさ2」実現の目はない。そのためには、今夏に行われるJAXAの来年度予算概算要求の中で、可能な限り高い優先順位に「はやぶさ2」を押し込まねばならない。

 そして、どうやらJAXA経営側が今年のJAXA概算要求優先順位のトップに据えようとしているのは「はやぶさ2」ではなく、地球観測衛星「だいち」後継の合成開口レーダー衛星「ALOS-2」であるらしい。
 さらにGXロケット開発経費も重くJAXAの財政にのしかかっている。IHIが開発費の官による負担を要望し、河村建夫内閣官房長官がGX開発継続を指示しているためだ。「GXがなくなれば、あの計画だってこの計画だってやれる」という声も聞こえてくる。
 JAXA-ESAの思惑、JAXA内のポリティクスの双方が「はやぶさ2」を揺さぶっている。

 とにかく、あと数ヶ月で結果はでる。

 待つしかない。

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2009.04.10

はやぶさリンク:はやぶさ2の現状

 宇宙基本計画と共に、ここで報告しておかねばならないこと。「はやぶさ2」の現状だ。

 海外から打ち上げ手段を調達することを計画実施の条件とすることとされてしまった「はやぶさ2」は、イタリアが主導して開発している「ヴェガ」ロケットによる打ち上げを模索していた。

 が、この話は完全に潰れた。

 理由は、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙科学部門で深刻な予算超過が2つも発生したためだ。結果として、欧州の宇宙科学予算から打ち上げ手段の調達を行うことが不可能になった。

 予算超過を起こしたのは、日欧共同の水星探査機「ベピ・コロンボ」と、火星無人探査車「エクソマーズ」だ。ベピ・コロンボは、水星に到達するためにイオンエンジンを使う設計だが、欧州が担当しているイオンエンジンの開発が難航、大幅な重量超過を起こすことが判明した。結果としてソユーズロケットによる打ち上げが不可能になり、昨年夏以降大騒ぎをして、結局打ち上げロケットをより大型のアリアン5に変更することとなった。当然アリアン5はソユーズより高価であり、その分多額の予算を必要とするし、イオンエンジンの開発にも余計な経費がかかることになる。

 エクソマーズも開発がトラブル続きで、当初2011年打ち上げだったものが、2013年に、さらに昨年10月には2016年まで延期された。その結果、超過した開発経費が、2010年代半ばのESAの宇宙科学予算に食い込むこととなってしまった。

 私見だが、日本はベピ・コロンボでの欧州との協力体制構築に失敗したように見える。

 国際協力はお互い相手を骨の髄まで利用し合う過酷なものだ。どちらかがバカを見ないためには、それこそ「キンタマを握り合う」ぐらいに相互の弱みを実効的に捕まえる必要がある。しかし、日本の開発する水星磁気圏探査衛星は、完全に「欧州のロケットと欧州のイオンエンジンで、水星まで連れて行ってもらう」設計だ。欧州側でトラブルが発生すると、日本はなすすべもなく、欧州の意向に従わなくてはならない。国際宇宙ステーション(ISS)と全く同じ構図である。

 せめて、イオンエンジンを日本が提供する形に持ち込んでいれば「バカなこといっていると、イオンエンジンを引き揚げるぞ。水星に行けなくなるがそれでもいいのか」と欧州に言えたのだが。なにしろ日本のイオンエンジンは「はやぶさ」で惑星間航行の実績がある。一方欧州のエンジンは、新規開発なのだ。

 探査機を欧州に運んでもらうという選択には、「国際協力で浮いた経費をセンサーに突っ込めば、より多くの科学的成果が期待できて、インパクトのある論文を多数生産できる」という思惑があったのかも知れない。が、それは相手の言うなりになるということに、どうして気が付かなかったのだろうか。ベピ・コロンボに関しては、今後「宇宙科学におけるISS」になりはしないか、非常に心配である。

 ヴェガロケット利用の話は潰れたが、「はやぶさ2」は生きている。皮肉な話だが、打ち上げが2014年以降になった結果だ。

 そもそも、「海外から打ち上げ手段を取ってくる」という条件の背景には「JAXAの中期計画(2009年2013年)の予算では、はやぶさ2にロケットを付けるだけの金がない」という、JAXAの経営上の理由から出てきたものだった。打ち上げが2014年になると、資金は次の中期計画で賄うことができるというわけだ。H-IIAが使えるんじゃないか、ということである。

 打ち上げが遅れ、そして後述する「はやぶさMark2」の先行きが不透明であることもあって、はやぶさ2の設計は徐々に変化して、「はやぶさの同型機」というコンセプトから離れつつあるようだ。若干Mark2の要素を取り入れつつあるらしい。

 「はやぶさMark2(欧州名マルコ・ポーロ)」は、まったく先が読めない情勢になっている。ベピ・コロンボとエクソマーズの予算超過と計画遅延によって、2010年代のESAの科学探査の予算見積もりがガタガタになった結果、そもそも「次にどんな計画を実施するか」のセレクションが二転三転しているためである。
 一応、今年9月に行われる予定のESAの次期探査計画セレクションには応募する方向で日欧における検討は進んでいる。が、私のところには「マルコポーロは八方ふさがりですよ」という話も聞こえてきており、先行きどうなるのかは分からない。

 そうこうしているうちに、アメリカでは、昨年、小型探査機シリーズ「ディスカバリー」のコンペで落選した小惑星探査機構想「オシリス」のチームが、またNASAの予算獲得を目指して動き出したそうだ。日欧とアメリカの2つの計画は、どちらかが実施されれば、どちらかは科学的価値を失って消える運命にある。どちらが、予算を獲得して先に進めるかは、なんとも予断を許さない。

 私の知る限りの現状は、こんなところだ。であるからして、宇宙基本計画では、ぜひとも太陽系探査をきちんと日本の長期計画の中に位置付けてほしいのだが、どうも文章を読んでいくと…。

 宇宙基本計画の件については、改めて別の記事で書くことにする。

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2008.08.25

8/23:JAXAタウンミーティング@岸和田

 8月23〜24日、大阪府岸和田市で開催された日本SF大会「DAICON7」に行ってきた。大会ゲストとして、4つの企画に出演してきた。
 DAICON7では、JAXAのタウンミーティングが同時開催された。SF大会と同時開催というのはJAXAも味なことをする。

 これまでJAXAタウンミーティングを見たことがなかったので、途中までではあるがのぞいてきた。


 以下はSF大会DAICON7とともに開催されたJAXAタウンミーティングの様子。

まず舘和夫広報部長からJAXAの説明。

 「JAXAを知っている人?」、という質問に4割ほどの人が手を挙げる。

舘:驚きました。毎年JAXAは無作為抽出で国民にアンケートをしているのですが、そこでは0.1〜0.2パーセントの正答率です。1000人に一人とか二人ですから、この会場はすごいですね。

 以下舘部長よりJAXAの説明(省略)

 小澤秀司理事から個別のプロジェクトについて説明(省略)

 
質疑応答
Q:「はやぶさ2」の予定はどうなってるんでしょうか。
小澤:はやぶさが戻ってくるのが2010年です。その次については色々な検討をしているますが、これからの5年間ではちょっと予定はありません。その次の5年間に打ちたいと思っています。
阪本成一・JAXA宇宙科学研究本部教授(対外協力室長):何年頃に打つというはとうてい言えないのですが、しかるべき時に打つということで着々準備を進めています。

Q:JAXA独自の技術について。はやぶさでは独自の姿勢制御を使っていると聞いていたのですが、どんなものか。
小澤:はやぶさはホイールによる姿勢制御を行っている。トラブルが出たら地上で同じ部品を使っているかどうか調べる。
阪本:ご質問があったのは太陽の輻射圧を使った姿勢制御だと思う。太陽電池パネルに光を受けることで、重心周りに発生するトルクを姿勢制御に使っている。

Q:実用衛星で失敗は困るけれども探査とか先進的のことでは失敗は込みと考えるべきではないだろうか。かぐややはやぶさは見ていて大変興奮した。サンプルリターンは日本が世界の最先端を走っているのだから、次の探査機を全くやる余地はないのだろうか。
小澤:実用衛星に関する考え方、先進的な衛星とは分けて考えるべきという提案と受け取った。ありがたいことだ。そうしなければチャレンジの気持ちが萎えてしまいます。
 マルコポーロだとかはやぶさ2については、一生懸命やっている。制約条件が2つある、お金と目標天体だ。この2つが2008年〜2012年の5カ年計画ではうまく合わない。欧州かとの協力を含めて考えている。

Q:日本のロケットではやぶさ2は打ち上げられないんでしょうか。
小澤:お金の問題と全体計画の中のバランスだ。皆さんの声は届けたい。

Q:日本のロケットは無理なんでしょうか。
小澤:色々なオプションはあります。全部日本でやる話もあるし、絶対に欧州とやるという話でもないです。決して外国ありきではないです。

司会の舘部長から「はやぶさ以外で何か質問を…」

Q:広報活動がごく普通の人に届いているとは思えない。広報の充実についてはどう考えているか。
舘:なによりの広報は衛星ロケットすべてがうまくいくことだと思う。私たちは、テレビ報道においてJAXAの話題が何秒間放送されたかという調査をしているが、星出飛行士シャトル搭乗のニュースはコマーシャルとして2億円の価値があった。マスメディアの一般への影響力ではまずテレビ、そして新聞という順番になる。講演や展示の影響規模は小さい。まずマスメディアである。どうやってマスメディアに情報を提供できるかを考えている。
 今回の会場は女性の方が多いが、女性の認知度が低い。これをなんとかしたいと考えている。

Q:惑星探査など、つまるところお金の話になるわけだが、チャレンジングな惑星探査などでは寄付や宝くじ方式の活用は考えているか。国の予算を使って失敗を恐れて、萎縮するのは宇宙開発ファンとして悲しいものがある。
小澤:確かにそういう国民の皆さんの支持があればできるのかもしれませんが、まだ「宇宙宝くじ」という発想には行き着いていない。今考えているのは実用衛星のほうで、研究開発目的で通信実験衛星を上げる時に、通信ビジネス会社と一緒にやって、折半できないかということを検討している。これから色々考えていけると思う。
阪本:宇宙科学の分野は魂を揺さぶる部分があって、寄付金の申し出もあります。年1万円未満なら出すよという人は多い。しかし、私は国立天文台勤務時代、そういう申し出があると断っていた。宇宙科学が寄付金で回るということになると残りの基礎科学全体は痩せてしまう。そのことを恐れている。

Q:スペースシャトル後継機としてのオファーが日本にあったという報道があったが、具体的に何があったのか。
小澤:宇宙ステーション補給機HTVのことだと思う。2010年にシャトルが引退する。シャトルの運んでいる物資を何を使って補給するかが問題になる。アメリカはシャトル引退後、新しい宇宙船を作ろうとしている。その過渡期で、今世界で使えるような補給船はないか、という話があったことは事実。しかし新聞報道にあったようにシャトルの後HTVをアメリカが使うという話にはなっていない。

Q:日本の一般は基礎科学に興味がないが、マスメディアはそもそも基礎科学を理解していないのではないだろうか。広報はもう少しわかりやすくマスメディアに基礎科学を伝える必要があると思うがどうだろうか。
舘 なかなか科学には難しいところがあって、今まさに記者さんに伝える工夫を始めたところである。きぼうの実験で実験実施の前に記者向けの説明会を開始した。
阪本:研究者自ら時間を削って広報に出歩いています(拍手あり)。今後にご期待ください。

Q:今日入っているはSFの方なんで色々と特別なんかと思いますが…
 研究と仕事は別にしたほうがいいんじゃはいでしょうか。研究にはお金が必要です。糸川先生は「金を持ってくるのが良い研究者だ」と言っていましたけれど、阪本先生の寄付を受け取らないというのはあまりに後ろ向きじゃないでしょうか。
 今のプレゼンですけれど、宇宙開発事業団ばかりですよね。宇宙科学研究所の話はどうしたんでしょうか。この前S520ロケットの打ち上げの話もプレゼンに入っていませんでしたよね。
 内之浦でも最近はフェンスを張ってロケットをみんなに見せない方向に向かっています。もっと皆さんにロケットを見せればいいじゃないですか。
小澤:ロケットに触れないんじゃないかという話ですが、最近はセキュリティというのが大切になっています。世の中の流れとしてセキュリティを厳しくする流れがある。筑波や相模原に実物のロケットを展示していますから、そちらで見てもらいたい。

 ここで第一部終了。

第二部 阪本教授プレゼンテーション(略)。

以下質疑応答

Q:宇宙基本法の話。制定されても素性がまだよく分からない。今後JAXAはどうなるのか。GXロケットはどうなったのか。M-Vではなぜダメだったのか。
小澤:宇宙基本法は8/27に施行される。私なりの解釈になるが、議論の背景には日本の宇宙開発が研究開発中心だった。それを国の利益につながるようなものにすべきという意志が存在する。国の利益とは国民に役立つということ。そのうちのひとつとして安全保障が出てきている。
 効率的な宇宙開発としての国際協力。国の外交政策とマッチした国際協力を考えねばならない。
 JAXAの見直しも法文に入っている。今はまな板の鯉のような気分だ。
 GXは、今宇宙開発委員会で議論をしている。8月末の来年度予算の概算要求に間に合うように結論が出るはずが、まだ結論が出ていない。私個人の感触では、宇宙基本法の施行により舞台は宇宙開発委員会だけではなく、内閣府の宇宙開発戦略本部も含めた議論になると予測している。まだキャンセルという話にはなっていない。

Q:スペースVLBI衛星のASTRO-Gはもっと干渉計の基線長を伸ばす軌道に入れることはできないのだろうか。
阪本 高分解能の観測を行うためには基線長を伸ばすことと、観測周波数を上げるという2つの方法がある。ASTRO-Gは後者の手法を採用している。

Q:宇宙論的なダークマター、ダークエナジーのような観測は行っているのか。
阪本 高エネルギー物理が関連している。アメリカと共同で行っているGRASTというガンマ線観測衛星にも日本は関わっている。ダークマターの候補に未知の粒子があるが、その対消滅でガンマ線が観測される可能性が指摘されている。

——ここで私は参加企画があったので退席した。

 笹本祐一さんのレポートによると、どうやらその後で以下のようなやりとりがあったそうだ。

 この件については、笹本が質問して確認してみたところ以下のような答えを得ました。
小澤理事「今の中期、2006年から11年までの5年間のあいだには打ち上げ計画はありません。JAXAとしては、2012年から17年の次の中期においてはやぶさ2をぜひ打ち上げたいと思っています」
「なんでH2Aロケットではやぶさを打ち上げないんですか?官需だし、打ち上げ機会の増大にも繋がると思うんですが」
小澤理事「H2Aではやぶさ打ち上げというオプションも、もちろん検討しています。H2Aでさまざまな衛星を打ち上げたいと考えています。科学衛星も、ものによっては上げます。用途に合わせて効率良くロケットを上げていきたいと考えています」

 これはひょっとすると期待が持てるかも、だ。小澤理事は、経営企画と宇宙探査を担当している。その本人がJAXAとしては、2012年から17年の次の中期においてはやぶさ2をぜひ打ち上げたいと発言している。

 はやぶさ2の計画は当初2010年打ち上げを目指していたものが、予算が付かなかったり、海外の打ち上げ手段調達を実施条件に付けられたりで、ずるずると遅れている。

 私は、2014年打ち上げがタイムリミットと聞いている。これ以降になると今のところ適当な目標天体が存在せず、その次のチャンスが2018年になるのだという。こうなると、「マルコポーロ(はやぶさMark2)」と実施時期がかぶってしまうので、「はやぶさ2」は自動的に消滅する(8/26追記:つまり、はやぶさ2が消滅すると、日本の小惑星探査は2003年打ち上げのはやぶさから15年も空いてしまうということになる。あれほどまでの成果を挙げたミッションに対してあまりにひどい仕打ちだと思う。なによりも15年も空けてしまうと、はやぶさで蓄積した技術も、育てた惑星科学の研究者も散逸してしまうだろう。そしてもちろん、現状ではマルコポーロを2018年に打ち上げられる保証などない)。

 逆に言えば2013年か2014年打ち上げとなると、たとえ海外の打ち上げ手段調達が失敗に終わっても、H-IIAによる打ち上げがあり得るということだ。

 担当理事がタウンミーティングでそう発言したのだ。今後に注目しよう。

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