2007.04.10

「レッドショルダーマーチ」の正体が判明する

 気張った話を続けても仕方ないので、最近に私のところに届いた話を。

 2ちゃんねるでは数ヶ月前に騒ぎになっていたそうだから、情報の早い人はすでに知っているのだろうけれども。


「レッドショルダーマーチ」の正体が判明した。

 「装甲騎兵ボトムズ」というアニメがあった。私もこんな記事を書いている。

 作中で、主人公のキリコは、かつて軍の特殊部隊、通称「レッドショルダー」に所属していたという設定になっていた。このレッドショルダーは命令とあらば、どんな残酷なことでもする悪逆非道の軍隊であり、そんなところに所属していたことがキリコのトラウマになっているのだが、それはともかく。

 作中では、レッドショルダー部隊が登場する時に、実に格好良い行進曲がBGMにかかっていた。これが「レッドショルダーマーチ」である。

 放送当時、この音楽にヤられた我らアニオタ共は、サントラの発売を待ち望んだのだが、発売されたサントラには、なぜか「レッドショルダーマーチ」が収録されていなかった。その代わり、ボロディンの未完に終わった「交響曲3番」のポピュラー編曲が入っていたり——もちろん本編には使っていない——今考えるとあれも妙なサントラだったな。

 いったいあの曲は何だったのか?放送局が蓄積している著作権フリーの曲だとか、様々な噂があったものの、その正体は不明のまま四半世紀が過ぎたのである。

 それが、今年に入ってから2ちゃんねるへの投稿で、判明したのだった。

 こちらがその正体。おや、品切れを起こしているな。

 1966年のイタリア映画「Due marines e un generale」(2人の水兵と1人の将軍)のサントラ盤だ。このCDの2番目の曲「Arrivano i Marines」(水兵の到着)という曲が、「レッドショルダーマーチ」だったのである。作曲者はPiero Umiliani(ピエロ・ウミリアーニ)と言う人。イタリアではかなり有名な映画音楽の作者らしい。
 ちなみに、サントラ中6番目の曲「L’offensiva di primavera」(春の攻勢)は、「機動戦士ガンダム」の第12話「ジオンの脅威」で、ジオン公国のギレン総帥が演説するシーンでかかる音楽なんだそうだ(私は見たはずだけど覚えていない)。あの「諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。なぜだ!」「坊やだからさ」で有名なシーンですな。
 この「Due marines e un generale」という映画は、2人のアメリカ兵が、北アフリカでナチスドイツの将軍を捕獲しようとするという話とのこと。それに、ニセの作戦計画をわざと盗ませようとするナチス側と、本物を入手しようとするアメリカ兵の駆け引きが絡み、最後はアンツィオの攻防戦になだれ込むというストーリーのようだ。「アンツィオ・アニー(アンツィオ攻防戦で活躍したドイツの列車砲)」が出てくるなら見てみたいね。

 CDが品切れであっても、嘆くには及ばない。iTunes Music Storeでは、ちゃんと「Due marines e un generale」のサントラが売っている。試聴はできるし、曲をばら売りの1曲150円で購入できるし、品切れもない。やあ、いい時代になったもんだ。

 もちろん私はCDを買った。最初に気が付いた方は本当に偉いと思う。取りあえず長年の疑問と欲求を解消させて頂き、ありがとうございます。

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2006.08.09

ショスタコ第7交響曲を語る——「涼宮ハルヒの憂鬱:射手座の日」上級編

 「時かけ」「ハルヒ」「ゲド」と、アニメの話を続けて書いたらアクセスが急に増えた。
 これも一つの縁であろう、ということで、急遽「涼宮ハルヒの憂鬱:射手座の日」の上級編を書くことにする。

 といっても、実のところアニメとはほとんど関係ない。脳内宇宙艦隊戦シーンに使われているショスタコービッチ「交響曲第7番」第1楽章に存在する宇宙的恐怖にして深淵のような因縁について以下つらつらと述べていこうというわけ。若干ミリタリー風味も入ってくる話題だ。

 本当はもう少しきちんと調べてから書こうと思っていたネタなので、少々調査不足ではあり、一部は記憶に頼っている。事実誤認や新事実が分かり次第訂正を入れていくことになるだろう。
 ショスタコーヴィチのマニアの間では有名な話であるし、色々突っ込みを入れたいところもあるだろう。そのあたりはコメント欄で指摘してもらえるとうれしい。


 「射手座の日」に使われた第7交響曲(1941〜1942)は通称「レニングラード」とも呼ばれる。作曲年代で分かるように、この曲は第二次世界大戦最大級の激戦地であったレニングラード、現在のサンクトペテルブルグと密接な関連を持っている。

 独ソ戦開始時、作曲者ショスタコーヴィチは、レニングラード音楽院で作曲を教えていた。第7交響曲はドイツ軍が迫るレニングラードで、1941年7月から作曲が始まった。ドイツ軍がレニングラードを完全に包囲する前に、ショスタコーヴィチは、当時モスクワの首都機能が移転していたクイビシェフに避難し、そこで全曲は完成した。作曲者によるスケッチのメモによると、最後の第4楽章が完成したのは1941年12月27日。

 レニングラードは1941年8月末からドイツ軍に完全に包囲されており、作曲が終了したこの時、冬将軍が到来した市内は、物資の不足によりまさに阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 作曲者は、この曲を「レニングラード市」に捧げた。

 初演は1942年3月5日、クイビシェフで行われた。ソ連政府は、世界的に有名な作曲家であるショスタコーヴィチが完成させたこの一見壮大な交響曲を戦意高揚に利用する。複製された楽譜は空輸によってレニングラードに運ばれ、1942年8月9日、包囲下のレニングラードにおいて、レニングラード放送管弦楽団により演奏された。

 オケのメンバーはほとんどが、徴兵され最前線で戦っていた。皆、演奏のために市内に戻ることが許され、1日だけ銃を楽器を持ち替えて、演奏に参加し、そしてまた戦場へと戻っていった。
 彼らのほとんどが、そのまま帰ってこなかった。

 ソ連政府の手により、楽譜はマイクロフィルム化され連合国各国へと渡った。アメリカでは、1942年7月19日、トスカニーニの指揮、NBC交響楽団によって初演が行われた。アメリカはその演奏を、全世界にラジオ中継した。戦意高揚と連合国各国の連帯の強化のために、この曲を利用したのである。


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 と、いうような曲の来歴を頭に入れて、一度ハルヒの「射手座の日」に戻ろう。
 「射手座の日」で使用されるのは第1楽章。まず、コンピ研との戦闘開始にあたってハルヒが演説するシーンで、楽章冒頭の弦とファゴットのユニゾンによる雄大な印象の第一主題が使用される。

 この第1楽章は、非常に変則的なソナタ形式をしている。通常のソナタ形式では中間部は、2つの主題の展開部になる。ところがこの楽章では、展開部の代わりに、そこに全く別のメロディによる「ボレロまがい」が挟まっているのだ。

 この変ホ長調の主題は「戦争の主題」と呼ばれている。

 このメロディが14回ほど繰り返され、繰り返すたびに盛り上がり、最終的に暴力的なまでの音量ですべてを圧倒する。レニングラード市が戦争に巻き込まれる過程というわけだ。

 「射手座の日」では、この繰り返しの部分が使用される
「1600開戦」の部分では、弦楽器が並行和音でメロディを演奏する7回目と8回目の繰り返しが使われる。

 キョンの「どうにもならないんだ」からはオーケストラの全楽器が咆哮する12回目、続いてメロディが大きく変形されて短調で出現する13回目の部分が使われる。いきなり曲調が悲壮な雰囲気に変わる部分に、みくるの「みなさんどこにいっちゃったんですか〜」という悲鳴が重なるあたり、演出効果満点だ。


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 と、まあここまでは、ショスタコーヴィチが生きていた頃の解釈である。

 ところでここで、メロディを覚えている人は、「戦争の主題」を口ずさんでみて欲しい。
 なんだか間抜けな気はしないだろうか。メロディだけ取り出すと、およそ戦争とは思えないぐらいのどかで間抜けで、しかもどこか茶番じみてもいる。これならば、ジョン・ウィリアムズが「スターウォーズ」で書いた戦闘の音楽のほうが、ずっと戦争と言うには似つかわしい。
 そういえば、このメロディ、かつてCMでシュワルツネッガーが、「ちちんぷいぷい」という歌詞を付けて歌っていたではないか。それぐらい、メロディとしては間抜けなのだ。

 この間抜けなメロディが「戦争の主題」とはどういうことなのだろうか。

 実は間抜けなのは主題だけではない。この「ボレロまがい」は、ボレロのように厳格にオーケストレーションだけを変化させるのではなく、繰り返しごとに異なる装飾的な対旋律を伴っている。早い話が「合いの手」が付いているわけ。その合いの手もまた、どこかサーカスじみた茶番っぽい雰囲気を持っているのである。

 はて?


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閑話休題
 1942年に全米にラジオ放送された、第7交響曲の演奏を、アメリカに亡命した一人のハンガリー人の作曲家が聴いていた。

 その名は、バルトーク・ベーラ。ハンガリー人は、「姓・名」の順番で書くので、バルトークが姓である。

 彼は母国ではハンガリー民謡の研究で名前を上げ、民謡と近代的作曲技法とを統合した独自の作風を確立した作曲家として尊敬されていた。
 ところが彼の音楽は、アメリカが受け入れるには晦渋に過ぎた。そしてまた彼の性格もまた、アメリカでうまく立ち回るには実直に過ぎた。ナチスから逃れたアメリカに渡ったものの、ハリウッドを手玉に取ったストラヴィンスキーや、カリフォルニアに作曲の教師の職を見つけたシェーンベルグのようにうまくやることができず、この時期彼は貧乏のどん底にいた。
 しかも彼は、亡命による環境の激変によってか体調を崩しており、あまつさえ精神的には作曲すらできなくなっていた。
 何人かの音楽関係者が、彼を援助しようとしたが、援助を受けるにはバルトークは誇りが高すぎた。難儀な人である。

 そのバルトークは、このショスタコーヴィチの第7交響曲を聴いて怒り狂った。「なんという不真面目な曲だ」と。このことは、彼の息子のピーターが記録している。

 さあ、バルトークはこの曲の何を「不真面目だ」と怒ったのだろうか?


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 この時、指揮者のセルゲイ・クーセヴィツキーが、なんとかしてバルトークに生活費を渡そうとしていた。裕福な女性と結婚していた彼は、妻の財産を使ってクーセヴィツキー財団を設立し、様々な作曲家に新作を依頼し、自ら初演していた。
 誇り高いバルトークが生活費を受け取らないであろうことを知ったクーセヴィツキーは、代わってバルトークに「自分のためにオーケストラのための曲を書いて欲しい」と依頼した。それが、渡米以来萎えていたバルトークの創作意欲に火を付けた。

 かくしてバルトーク晩年の傑作、オーケストラの各楽器が縦横無尽に活躍する「管弦楽のための協奏曲」が生まれた。

 全5楽章からなる「管弦楽のための協奏曲」の第4楽章は「中断された間奏曲」という題名を持つ。ここで、ショスタコーヴィチの第7交響曲第1楽章の、あの「戦争の主題」後半が引用される。上から下へと音符が下がってくる部分だ。

 引用されたメロディの繰り返しが、木管楽器による人間の笑いを模擬したようなフレーズで3回中断される。「中断された間奏曲」という題名の由来だ。
 同時にバルトークのショスタコーヴィチに対する「不真面目だ!」という意思表示でもあるのだろう。


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 では、ショスタコーヴィチは、何が不真面目だったのか。私の記憶ではこれを指摘したのは日本の作曲家、柴田南雄だった。

 実は、「戦争の主題」の後半には元ネタがあった。ウィーンのオペレッタ作曲家フランツ・レハールの代表作「メリー・ウィドウ」(1905)だ。

 「メリー・ウィドウ」は、「会議は踊れど進まず」で有名な1814年のウィーン会議を舞台にした恋のさやあての物語だ。ご存知、ナポレオン後のヨーロッパの勢力図を確定しようと各国が角突き合いをしたあげく、ナポレオンのエルバ島脱出でお流れになった会議である。

 ショスタコーヴィチが引用したのは、登場人物の一人、ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵が酒場に繰り出すところで歌う歌。そして、ショスタコーヴィチが引用したまさにその部分の歌詞は「彼女ら(松浦注:酒場の女達)は祖国を忘れさせてくれるのさ」というものだったのである!

 おいおい、これはどういうことか。レニングラード市に捧げられた交響曲の「戦争の主題」が、「女で祖国を忘れよう」というのは一体何なのだろうか。バルトークが不真面目と怒った理由も分かろうというものだ。

 皮肉なことに、ショスタコーヴィチが第7交響曲を書き、バルトークがそれに怒って「管弦楽のための協奏曲」を書いたその時期、老いたレハールはナチスの庇護を受けていた。しかもユダヤ人の妻と共に。
 ヒトラーが「メリー・ウィドウ」が大好きだったという理由からだった。それ故、戦争終結後、レハール自体は一切政治的な動きをしていなかったにもかかわらず「戦争協力者」と非難されることになる。


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 ここで最大の問題は、なぜショスタコーヴィチは、本当に「メリー・ウィドウ」を引用したのか。そして、引用するとしたらその意図は何だったのかということだろう。

 実はショスタコーヴィチには、そのような引用を行う動機が十分にあった。彼は向かうところ敵なしの天才児としてスタートしたが、芸術をも統制しようとするソ連共産党によって1936年、プラウダ紙面で非難されたことがあった。
 スターリンが密告を奨励し、派手に粛正を繰り広げた時期、彼はこともあろうに共産党の機関紙の紙面で批判されたのだ。その恐怖はいかばかりだったろうか。彼は、彼の庇護者でもあった陸軍のトハチェフスキイ元帥に相談したのだが、翌1937年には、そのトハチェフスキイが、スターリンによって粛正されてしまうのである。

 プラウダによる批判以降、ショスタコーヴィチの音楽は変化した。生き延びるために「明るく健全で分かりやすい」という社会主義リアリズム方針に従った。
 彼の巨大な才能を持ってすれば、その路線ですら傑作を書くことが可能だった。そうして有名な第5交響曲が生み出された。
 彼は第二次世界大戦後、もう一度批判されるが、そのときはスターリンへのおべんちゃらに満ちたカンタータ「森の歌」を書いて生き延びた。歌詞はどうしようもないが、音楽は間違いなく傑作だった。

 その一方で、自由に作曲できない環境の中、彼は鬱屈し、屈折していった。彼は自分の音楽に謎めいた仕掛けをするようになる。奇妙に音楽の流れを断ち切るような音名象徴、それとは分からないような引用など。
 音楽は言葉と異なり、それ自身で確定した意味を持たない。いかようにでも解釈できる。有名なロッシーニの「ウィリアムテル」序曲は、アメリカ西部の騎兵隊の映像にもマッチするし、蒸気機関車の疾走にも、あるいは「スターウォーズ」のクライマックスで共和国軍を助けに駆けつけるハン・ソロとミレニアム・ファルコン号の映像にもぴったりだろう。
 その音楽の特質を生かし、ショスタコーヴィチは音楽の中に自分の真意をひそかに埋め込むようになっていった。


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 そう、ショスタコーヴィチが「戦争の主題」に込めたのは、反祖国的なもの、即ちスターリンによる粛正ではなかったのか。そう考えるとすべてが符合する。どこかおちゃらけた旋律が、サーカスのような対旋律を伴ってどんどん威圧的になっていく過程は、まさにスターリンの治世そのものでないか。
 すなわち、ショスタコーヴィチは、ナチスと戦う祖国の英雄を称える交響曲を書くと見せかけて、実はスターリンに対してあかんべえをかませていたということになるのだ!


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 ショスタコーヴィチの「音楽の暗号」は、彼の死後の1982年、西側で出版された衝撃的な「ショスタコーヴィチの証言」(ソロモン・ヴォルコフ編)で一躍表に飛び出た。回想録にはそれまで公式発言で形成されたいた西側のショスタコーヴィチ像とは全く異なる、彼があった。公式発言とは異なる、人間的に納得できるショスタコーヴィチがそこにいた。


 これで、めでたしめでたし。謎は解けたぜ、で終わればいいのだが…

 音楽の暗号は、数理的な暗号と異なり読み手がある意図を持っていなければ読み出せない。その意味では、ノストラダムスの予言とよく似ている。
 ということは、常に「それはショスタコーヴィチの真意か。深読みしすぎじゃないか」という問題がつきまとうことになる。戦争の主題が「メリー・ウィドウ」の引用って本当か?他人のそら似で、深読みしすぎじゃないか、というように。

 実際、現在では「証言」は「編者」ヴォルコフが、ショスタコーヴィチ周辺でプライベートに話されていたことや、ショスタコーヴィチが書いた文章を適当につなぎ合わせたものじゃないかという意見が優勢になっている。その証拠に、「証言」には、ショスタコーヴィチが死後に残した最大の爆弾が記載されていない。

 彼はスターリン時代に、スターリンをはじめとしたソ連政治を思い切り皮肉ったカンタータ「反形式主義的ラヨーク」を密かに書いていた。「証言」にはこの曲についての記述が一切ない。「反形式主義的ラヨーク」の存在を、本当に親しい人は皆知っていたが決して口には出さなかった。これが出てこないということは、「証言」は大して親しいわけでもないヴォルコフのでっちあげということだ、というわけである。


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 だが、私には、そういった混乱すら、実はショスタコーヴィチが意図したものじゃないかという気がする。

 ヴォルコフが西側の出版社に持ち込んだタイプ原稿にはショスタコーヴィチ自身のサインがしてあったという。

 私は想像してしまう。ソ連からの亡命を企てた若きヴォルコフが、西側へのみやげとして、ショスタコーヴィチの回想録をでっちあげるべく取材を開始する。それに気が付いたショスタコーヴィチは、ヴォルコフを呼びつける。おびえるヴォルコフに対して、老いたショスタコーヴィチは何も言わずに、彼の原稿にサインをいれる、というような鬼気迫る光景を。


 さて、長々とした話はこれでおしまい。「涼宮ハルヒの憂鬱」から始まって、ずいぶんと遠いところまで来てしまった。

 まあ、「射手座の日」でなにげなく使われた、そして、かつてシュワルツネッガーがCMで「ちちんぷいぷい」と歌ったメロディには、これだけの因縁がまとわりついていて、暗い暗い深淵が口をぽっかりと開けているのだ、ということで。


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 バルトークの「管弦楽のための協奏曲」は、色々な録音を聴いたけれど、このライナー指揮シカゴフィルの古い演奏が、やはり一番いい。歴史的名演だ。

 オーケストラの各楽器が、あたかもソリストのように縦横無尽に活躍する、エネルギッシュかつスタイリッシュな曲だ。第1楽章の途中、3本のトランペットと3本のトロンボーンがいきなり6声のカノンを演奏するあたりなど、背筋にぞくっと来るぐらい格好良い。




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 酸鼻を極めたレニングラード攻防戦の概要を知るには、このソールズベリーによるノンフィクションをお薦めする。長らく入手不可能だったが、最近再刊された。高いとかいわずに、買うべし。

 レニングラードの指導者だったジダーノフは、スターリンにとって目の上のタンコブ的存在だった。スターリンは、ジダーノフを消すために半ば意図的にレニングラードを見捨てたのである。その結果、市民は地獄を見ることになった。

 スターリンの意図に反し、ジダーノフは包囲戦を生き抜き、ナチス・ドイツを打ち破って、ソ連共産党における地位を固める。そして、戦後ジダーノフは、ショスタコーヴィチに対してさらなる個人攻撃を仕掛けることになるのだ。



 偽書だという説が優勢になっているものの、この「証言」が西側に出てきたときのショックは巨大だった。今後ともショスタコーヴィチの受容史を語るには欠かせない文献といえるのではないだろうか。
 最近はかなりショスタコーヴィチの研究も進んでいるようだが、私がフォローできていない。なにか良い本が出ているようならば、是非とも教えてほしい。


 ショスタコーヴィチ趣味の行き着く果て、ということで遺作の「ヴィオラソナタ」をリンクしておく。間違っても素人はこれを買ってはいけない。
 晩年に向かうにつれ、ショスタコーヴィチの音楽は鬱屈し、内省的で暗いものになっていった。その到達点が、死の直前に完成したこのヴィオラソナタだ。
 マーラーの後期交響曲を暗いと感じる人は多いだろうが、これはそれどころじゃない。おそらく、人類が手にした最も暗い、ブラックホールのような音楽である。
 にもかかわらず、この曲は、あたかもホーキング輻射のように光を放っている。恐ろしいまでに高貴で、気高く、そして真っ黒な絶望に彩られている。この曲と比べることができるのは、ゴヤが晩年に描いた一連の「黒の絵画」だけだろう。
 ショスタコ19歳のはつらつとした第1交響曲を考え合わせると、社会主義というのはいったい何だったんだろうかと考えざるを得ない。

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2006.01.01

謹賀新年:おもしろアニメを紹介する

 あけましておめでとうございます。

 年頭なので、構えずに、去年教えて貰ったいくつかのミニアニメを紹介しよう。

こまねこ
  映像はExciteシネマ こまねこで見ることができる。

 コマ取りの人形アニメで「人形アニメを撮影するネコ」を作ったというもの。NHK「ドーモくん」のスタッフの作だが、こまねこの動き、表情、すべてが愛らしく、素晴らしい。
 誰かこのスタッフにお金を出しませんか。アードマンプロが吹っ飛ぶような傑作を作ってくれるに違いない。

#1月7日注記:なんと「こまねこ」は長編アニメ化が進行中だった。公式ページの冒頭で紹介されていたのだけれど、フラッシュが使ってあるとさっさとスルーする癖がついているので気が付かなかった。これは楽しみだ。

弥栄堂

 とても高品位のフラッシュアニメを個人で作っている。私のお気に入りは「オーニソプター」。独特の世界観が面白い。


ウェブテント:いきなり音が出るので注意。

 変な感性が癖になるフラッシュアニメ「クワガタツマミ」を公開中。ライブドアインターネットアニメーションで、「やわらか戦車」も公開中。


 サイドバーに、過去にnikkeibp.jpに書いた記事へのリンクをまとめてみた。けっこう書いたものだ。今読み返すと、もう少し突っ込めたものや、方向が間違ったかと思えるもの、しつこかったかと反省しなくてはならないものなど色々。
 サイドバーが赤いリンクで一杯なのもうっとうしいものだ。しばらくはこのまま掲載するが、そのうちに2005年以降のものに絞ることにする。

 今年もよろしくお願いいたします。

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2005.11.07

楽天の広告メールに怒る

 まずはジャブを。

 鈴木慎一さんのところで知った、2ちゃんねるの投稿。

 ・ 漏れは見てしまった…
 ・羽田ラウンジローゼンメイデン事件の詳細

 今年の7月頃、羽田空港JAL・ダイヤモンドプレミアムラウンジで麻生太郎現外務大臣(当時は総務大臣)が 、ローゼンメイデンのコミックスを読んでいたという目撃情報だ。どこまで本当か分からないが、あのいかつい容貌と切り返しの速い弁舌が、どうにもゴシックロリータの人形を巡るファンタジーと思い切りギャップを感じさせるじゃないか。ビッグコミックあたりなら分からないでもないけれど、よりによってローゼンメイデン(ITmediaのニュース)

 ただ、麻生ホームページの太郎は考える(口述筆記をしているらしき文体だ)を読むと、「それまで悪名の高かった東京新宿の歌舞伎町、渋谷等の盛り場からいわゆる「マジヤバイ」のが消えて健全とはいえませんが「軽くヤバイ」程度に治安が向上したんです。」という言葉遣いをしている。意外とこの人は、オタク感性が豊富なのかも知れない。


 そして今日の本題。

 過日、楽天で買い物をした。それ自身はトラブルもなく、買った物も無事に届いた。

 問題はその後だ。頼んでもいない楽天からの広告メールが次から次へと届くようになった。

 実は楽天からの広告メール攻撃を受けたのはこれで二度目だ。前回も買い物の後、やたらと広告メールが届くようになったので、すべて送信を解除した。こちらの意志を向こうに伝え、広告メールを停止する手続きをしたにも関わらず、再度買い物をしたら、広告メールが再開したのである。

 再度配信停止の手続きをして、やっと楽天からの広告メール爆撃は停止した。

 問題は2点。
1)eメールマーケティングでは、「カスタマーに極力選択肢を与えること。カスタマーが積極的に望まないメールを送付しないこと」が基本とされる。広告メールについては、デフォルトが「送付しない」となったラジオボタンで受け取るか否かをカスタマーに選択させるのが普通だ。
 にも関わらず、楽天は有無を言わさず広告メールを送付しており、不要と感じるカスタマーに、配信停止という手間をかけさせている。

2)一端配信停止を申し込み、意志を表示したにも関わらず、買い物をしたことで広告メール送付を再開している。いらないとわざわざ意思表示をしたにも関わらず、なぜまたもメールを送ってくるのか。

 私には、どうにも広告メールを巡る楽天の態度は、行儀が悪いと思われる。ネットベンチャーの成功者の割には、ネットの使い方が傲慢ではないだろうか。「必要ならばこっちからアクセスするから、うるさくあれこれ言ってくるんじゃない」というのが、ネット通販の良いところだと思っていたのだが、違うのだろうか。

 困ったことに楽天の通販は非常に便利であり、「rakuten.co.jp」からのメールをすべてメーラーのゴミ箱直行にするわけにはいかない。だからといって、爆撃のように広告メールをぽんぽん送られるのは迷惑きわまりない。

 ともあれ、今回の件で、楽天に対する私の心証は、一気に悪化した。もちろん楽天にとっては痛くもかゆくもないだろうか、私は今後、折に触れて楽天の事を「行儀悪いネット企業」として思い出すだろう。

 楽天としては、そのようなユーザーが増えることよりも、広告メール爆撃のほうが効果的であると判断しているのだろうか。

 私が読んだ中では一番よく書けていたEメールマーケティングの解説書。5年前の本なのですでに絶版になっており、アマゾンのマーケットプレイスでは、思い切り悲しい値段が付いている(80円…)。が、同書に書かれている方法論は今でも有効だろう。上記「カスタマーに極力選択肢を与えること。カスタマーが積極的に望まないメールを送付しないこと」という基本戦略は、この本で知った。

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2005.09.30

のまねこ騒ぎ、決着の報を聞く

 本日、たまたま外苑前のエイベックス本社前を通ったところ、右翼の宣伝カーがなにかをがなっていた。しきりに現社長を糾弾しているようだ。
 おや、のまねこ絡みだろうか。2ちゃんねらーどころか、インターネット・ユーザー全体を敵に回そうかというような同社の拙い対応は、ついに右翼まで引っ張り出してしまったか。そう考えつつ帰宅すると、エイベックスがのまねこの商標登録を取り消すという報道が出ていた。当たり前の結果といえるだろう。

 それでも、今回の騒ぎでネットには同社の看板である浜崎あゆみとマドンナの類似を指摘したページができて、それなりのページビューを集めているわけで、エイベックスという会社がネットユーザーの間で「何をするかわからない行儀悪い会社」として認知されたのは間違いないだろう。

 現役記者生活の最後の頃、1999年始めだったろうか、エイベックスを取材したことがある。当時、同社は音楽分野で快進撃を続けており、取材に応じた依田巽社長は素晴らしく勢いが良かった。ちなみに依田氏はあまりに収益優先の姿勢を嫌われ、後にお家騒動で追い出されることになる。

 実のところ、そのときの取材は、映像コンテンツ業界を追っていた後輩記者に付いていっただけだった、このため話の内容はさほど覚えてない。ただインタビューの最後のほうで依田社長は、「これからはアニメも力を注ぎます」と言ったのははっきりと覚えている。「アニメのキャラクターは出演料が要りません。高収益が見込めるビジネスです」。

 その、あまりにビジネス優先の姿勢に少々鼻白んだが、それでも今後の展開を聞いてみた。依田社長からは「これから強力にプッシュしていきます」という2つの具体的作品名が出てきた。

 すなわち「OH! スーパーミルクチャン」「トラブルチョコレート」

 後で作品を見て、私が「エイベックスは映像作品に出ていかないほうがいいな」と考えたのは言うまでもない。

 その後も同社は「サイボーグ009」に出資したりしていたが、どうもぴんとこなかったという印象だ。今回の騒ぎも、私から見ると「やはり映像でミソつけたか」というところである。


#10月1日追記
 どうも「決着」というのは間違いのようだ。コメント欄にもあるように、エイベックスが撤回したのは「のまねこ」という名称の全く別のグラフィックの申請で、実際ののまねこのグラフィックスは「米酒」という名称で申請されているという。もしそうなら、かなり姑息な手段で収束を図ったということになる。
 その他、松浦真在人現エイベックス社長が、mixiで肖像写真を使ったmixiユーザーに「訴える」とメッセージを送ったり、ますます事態は混沌としているようだ。

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2004.11.11

究極のおやじアニメ、「装甲騎兵ボトムズ」を語る

 深刻な話題だけというのもいけないので、気楽にオタクな話題などを。

 現在、デジタルCS/CATVのアニマックスで、「装甲騎兵ボトムズ」(1983年サンライズ、高橋良輔監督)というアニメをやっている。仕事をしつつ深夜の放送を観ているのだが、いやあ、やっぱりボトムズは面白いですな。

 このアニメ、本放送の時にえらく流行った。どこで流行ったかといえば、当時私が所属していた大学の模型クラブで流行ったのである。

 最近「げんしけん」(木尾士目 アフタヌーン連載)というマンガが面白くて、「アフタヌーン」を久しぶりに買っている。
 このマンガが描くオタクライフは非常に生ぬるい(もちろんマンガを面白くするためであって、作者の能力不足ではない)。「高々テレビアニメでぐだぐだしている」とか「コミケに売り手ではなく単なる買い手で通っている」とか「同人誌あさりだけで秋葉原を徘徊している」とかで言っているのではない。

 「真のオタクの極北には、非オタクの彼女も、コスプレ好きのやおい巨乳娘も、自意識過剰のロリータ娘も来ない」のである。「ケバい化粧の妹」だって来ないのだ。

 真の漢は、プラモデルあるのみ!

 そういうクラブだった。渋谷の、壁に巨大なベアキャット戦闘機の写真が貼ってあった喫茶店に集まって、「メッサーシュミット戦闘機はバランスのE型かパワーのG型か」「フォッケウルフはA型かD型か、はたまたTa152CかHか」、「タイガーとT-34ではどちらが兵器として正しいか」とか、まあそんな話ばかりしていた。そういえばフォークランド紛争の時も「ミラージュかハリアーか」「エタンダールは本当に使えるのか」「そもそもフォークランド諸島と呼ぶべきなのか、マルビナス諸島と呼ぶべきか」なんて議論をした記憶もある。

 で、そこで流行ったのだ。「ボトムズ」が。

 どんなに流行ったかと言えば――

 キャンパスを歩いている奴がなにやら歌っている。「ちゃんちゃーっちゃちゃちゃちゃちゃちゃー」、そう、あまりの格好良さで話題になったレッドショルダーマーチを歌っているのだった。もちろんウォークマンなどはなしだ。

 バカである。

 あるいは、体育館のような天井の高い建物に入ると銀河万丈の声色で「ウドの街は金次第…」とウド編の次回ナレーションを始める奴が出る。

 バカである。

 さらには宴会、そろそろ空き瓶が転がる頃になると、必ずビール瓶を束ねて持つ奴が出てくる。ビール瓶2本、ノンアルコールの小さな瓶が1本というのが基本だ。で、顔の前に瓶の底面をかざして持ち、くるくる回して歌い出すのだ。「ぬすうまれーたかこさがしつーづけて」。ボトムズのオープニングだ。

 大バカである。

 どういう訳か、ボトムズにはまったのは、飛行機パートでもAFV(アーマード・ファイティング・ビークル:戦車とか装甲車とかです)パートではなく、ウォーターラインパートが多かった(ウォーターラインというのは喫水線から上だけを再現した艦船模型です。もちろん潜水艦であっても喫水線から上だけを作るのです)。

 その後も「ボトムズ」は再放送の度に楽しませてもらった。番組が面白い上に、青春のろくでもない楽しい思い出も付随してくるのだからたまらない。もちろん本放送の後でビデオで出た分は無視だ。真の漢は本編のみ!そこまでストイックであってこそボトムズである。

 今観ると、このボトムズ、なかなかとんでもないアニメだと思う。

 まず舞台はすべて当時流行った映画からの借り物だ。ウド編は「ブレードランナー」、クメン編は「地獄の黙示録」、サンサ編は「砂の惑星」、クエント編は「砂の惑星」プラス「2001年宇宙の旅」――オリジナリティはどこ?と問いたくなる。
 が、通してみると他に例のないものに仕上がっている。基本は井原西鶴だろうか、つまりは主人公キリコとヒロインであるフィアナの道行なのである。

 そして極端に女性キャラが少ない。全編を通して出てくるのは、フィアナとサブヒロインのココナの2人だけである。

 さらに登場人物の年齢がやたらと高い。はっきりティーンエイジャーと特定できるのはココナだけ。確かキリコは設定上は19歳だったはずだが、あの行動はどう考えても20代後半だ。フィアナも25歳前後の思慮を備えている。

 でもって可愛い娘に代わって出てくるのが、おやじ、おやじ、おやじ――ゴウト、ボロー、イスクイ、キリイ、ロッチナ、バッテンタイン、カンジェルマン、カン・ユー、ゴン・ヌー――魅力的なおやじキャラが輩出する史上最高のおやじアニメではないだろうか。

 なかでもクメン編に登場する傭兵の中間管理職、カン・ユー大尉は最高でありましたな。気が小さいくせに威張るのが大好き、強きを助け弱きをくじき、部下の手柄は独り占め、自分の失態は部下に押しつけ、部下を怒鳴って上司にゴマをする――ダメでイヤな中年男をあそこまで容赦なく描くというのは大笑いを通り越して感嘆するしかない。

 もちろんメカも素晴らしかった。「スコープドッグ」「機動戦士ガンダム」「ザク」に続く大河原邦男氏がデザインしたアニメメカの傑作だ。最近鉄工で作っている方もいますな。
 これらに「蒼き流星SPTレイズナー」「スカルガンナー」を加えると、私にとっての大河原メカは完結する。

 驚くべきことに、この格好いいスコープドッグ、作中ではただの量産メカであり、キリコは次々に乗り捨てにするのだ。赤と青と黄色で塗られて「主人公でござい」と記号付けされたメカではないのだ。あまつさえ全編のクライマックスで、キリコはスコープドッグではない、別のメカに搭乗するのである。初代ガンダムのクライマックスでアムロが足付きジオングに乗って登場するようなものじゃないだろうか。

 そんなこんなで、ボトムズに夢中になった模型クラブの面々だが、数年後には卒業して社会へと出ていった。そして――実はここが本当に恐るべきところなのだが――それぞれの職場で、カン・ユーだとかゴン・ヌーだとか、はたまたロッチナだとかの実物に出会って「どっひゃー」となったのである。

 実社会は、アニメどころではなく奥が深かったのであった。


追記:
 おお、ココログでDVD発売プロモのblogが始まっているではないか。いくら本編だけではなくビデオ版も入っているとはいえ10万5000円は私の財布から出ないなあ、と思いつつ、とりあえずトラックバックをかけることにする。

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2004.08.23

清原なつのさんに会う

 会うというより、お目通りしたといったものだろう。あいさつをしただけで名乗りもしなかったので。けれども、かつてファンであり今もファンであることを伝えることができた。幸せな気分だ。

 SF大会に参加した私は21日夜、小松左京研究会や宇宙作家クラブの皆さんと、ホテルの小松左京さんの部屋にお邪魔していた。小松さんの博覧強記という概念を実体化させたようなマシンガントークを聞いていると、とり・みきさんが、清楚な女性と共にやってきた。

「紹介します。清原なつのさんです」

 十代後半から二十代前半にかけて、私は熱烈な清原なつのさんの漫画のファンだった。最初は高校一年の初夏だったはずだ。当時茅ヶ崎市立図書館には「りぼん」が入っていた。

 なぜ「りぼん」を手に取ったのかは覚えていないが、そこには清原さん初期の代表作「花岡ちゃんの夏休み」が掲載されていた。

 十代というのは基本的に恥ずかしい時期だ。自意識過剰になって詩を書いたり歌を歌ったり、「パンクは生き方だぜ」とか力んでみたり、困った例ではバイクを盗んで走り出しちゃったりする。そんな過剰な自意識を、清原さんの漫画はざっくりと解剖し、かつ優しくはげましてもいた。しかも根底にははっきりとしたSFのテイストがあり、情緒過多に流れない理系の視線があった。

 一発でファンになった私は、少女漫画を買い始め、十代後半から二十代始めにかけては清原さんが掲載雑誌を変えるにつれて「りぼん」やら「ぶーけ」やらを買い続けた。私にとっての少女漫画遍歴は清原作品から始まるのだ。

 思わず私は「二十歳の頃、はずかしいのをこらえて清原さんの漫画読みたさに『りぼん』買ってました」というと、清原さんは「まあ」といってうつむいた。むさい男の信仰告白である。申し訳ない話だ。

 清原さんの漫画はSFファンをなにかインスパイアするものがあるらしい。SFファンには清原ファンが多い。翻訳家の大森望さんなどは、ペンネームを清原漫画の登場人物から取ったぐらいだ(「大森望」という登場人物が出てくる作品があるのです)。

 長い間絶版が多かった清原作品だが、現在早川書房が積極的に再刊しており、かなりの作品を書店で購入して読むことができる。

   ・清原なつの作品:bk1

 どれでもいいからぜひ購入して読んでみて欲しい。代表作といえば「花図鑑」だろうが、初期の「乙女ちっく」(という言葉が当時流行したのだ)タッチにひそかな毒を潜り込ませた作品も素晴らしい。

 しばらくは本業に専念していたが。近く漫画家として再起動する話もあるという。うれしい限りだ。

 しかし、小松左京さんの部屋で清原なつのさんに会う――こんな事があるなんて、二十歳の頃の自分に教えてみたいよ。

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2004.02.23

コミティアに行く

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 午後2時近くまで原稿、その後東京ビッグサイトで開催されている同人誌即売会「コミティア67」に行く。行くといっても同人誌を買いあさるわけではなく、知り合いであるしきしまさんが出ているのでそこをのぞきにいった次第。

 会場に入ったのはもう終了間際の午後3時過ぎ、しきしまさんのところは大変な盛況だったそうでなにより。彼の同人誌には、種子島の港から宇宙センターへとロケットを運ぶ輸送オペレーションを狐の嫁入りに例えたイラストが描いてあって大笑いする。そうだよなあ、確かに狐の嫁入りだよなあ。まあ狐ほどに情趣があるもんじゃないけれども、粛々とトレーラーが進む様は確かに狐の嫁入りだ。
 思わず黒沢映画「夢」を思い出したりして。物陰から見ていると、時々狐が「ぽん」という音と共に止まる。どうしたのかと思ったら「トレーラー脱輪です」とかね(種子島宇宙センター内の道は狭いのだ)。

 終了後は東雲のレストランで若い絵を描く友人達とだべる。若いこと、絵を描けること、どちらもすばらしいことだ。

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