2006.01.06

青春スーツの音楽を聴く

 以前紹介したピアニスト・大井浩明氏の「閘門ブッコロリ」を起点に、あちこちのぞいたり、ストリーミングを聴いているうちに、たどりついた。とんでもない録音のストリーミング。

鈴木貴彦の演奏:ジャン・バラケ:ピアノ・ソナタ(1950-52、日本初演)ほか

 バラケ、ジャン・バラケ!

 私がバラケの名前を知ったのは、中学三年生で音楽に興味を持って、最初のオーケストラスコアを買った時だった。全音のポケットスコア、諸井三郎著のスコアの読み方を解説した「スコアリーディング」、そしてドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」だ。
 全音楽譜出版社のポケットスコアには、かなり詳細な楽曲解説が付属している。「牧神」の解説は、ジャン・バラケの分析に基づくものだった。

 その後、ジャン・バラケ(1928〜1973)が、難解な曲を書くことで知られた作曲家であることを知った。しかし、その曲を聴くことは、このストリーミングに出会うまで、なかった。

 バラケは大輪の、しかし日陰の花だった。日陰の花には対になる日向の花がつきものだ。バラケにも、巨大なひまわりたるライバルがいた。その名はピエール・ブーレーズ

 作曲家にして指揮者、斬新な解釈を施した数々の演奏で知られたブーレーズは、クラシックに興味がある人なら誰でも知っている大物である。
 ブーレーズとバラケ、一体何が起きたのか?(以下、若干芝居がかって)。

 アドルフ・ヒトラーがドイツに出現し、あの悲惨な第二次世界大戦へと世界を導いたことは、音楽の世界にも大きな影響を残した。大戦後の音楽業界では、ヒトラー的なるものが忌避されたのである。
 ヒトラーはワーグナーが大好きだった。このため、戦後欧州の作曲家の間では、ワーグナーのように聴き手の心を巻き込み、翻弄し、絶頂とどん底を経験させて感動に導くような音楽は忌避されるようになった。

 代わって、作曲家達の意識の中央を占めたのは、純粋に抽象的な美だった。

 戦後の若い作曲家達の動きは、後に「トータル・セリエリズム」と呼ばれるようになる。詳細は略するけれども、音程、音の長さ、強さなど、音楽を構成するすべての要素を、一つの数理的秩序のもとに統一しようとする考え方だ。過酷な戦争を子供として体験した彼らは、ロマンなどという曖昧なものに音楽の美をゆだねることに耐えられなかった。

 音程は、Hzで表される。つまり数字だ。音の長さは、秒で表すことができる。これまた数字、音の強さはデシベルで記述可能。やはり数字だ。もちろんテンポはメトロノームで記述できるわけで、数字そのものだ。
 若い作曲家達は、音楽のすべてを数理的秩序の元にコントロールしようと考えたのである。

 トータル・セリエリズムについては以下のページが詳しい。

全面的セリー主義:芸大の横田敬氏が公開している論考。


 ここでは本題に話を絞ることにしよう。

 当時、フランスにおいて若手作曲家として将来を嘱望されていたのが、ピエール・ブーレーズとジャン・バラケだった。二人はトータル・セリエリズムの可能性にむかって突き進み、それぞれに作曲していった。

閑話休題
 「ハチミツとクローバー」(羽海野チカ著)というマンガに、「青春スーツ」という言葉が出てくる。若いが故の自意識過剰と全能感と無力感が混合された精神状態を「青春スーツ真っ盛り」と表現し、そこからの脱却を「青春スーツを脱ぐ」と形容するわけだ。

 その伝でいえば、ブーレーズとバラケのトータル・セリエリズムは、「青春スーツの音楽」であった。俺たちが新しい音楽を創るんだ戦争は終わった老人共何するものぞ他のやり方は駄目俺は絶対正しいロマン派死ね民族主義死ね新古典主義死ねトータルセリエリズム万歳…。

 ブーレーズの「2台のピアノのための構造」や「第2ピアノソナタ」(共に1948年、ブーレーズ23歳の作品)、あるいはバラケのピアノソナタ(1952年、バラケ24歳の作品)などは、年齢から言っても「青春スーツ真っ盛りの音楽」だったわけである。

 しかし、その後の人生行路はあまりに違っていた。

 ブーレーズは女声と室内楽のための「主なき槌(ル・マルトー・サン・メートル)」(1954年、ブーレーズ29歳の作品)で、世界的な名声を獲得する。シュールレアリスト詩人・ルネ・シャールの詩を、メゾ・ソプラノが歌い、フルート、ヴィヴラフォン、ギター、ヴィオラ、打楽器が絡まっていく——どんな聴き手も魅惑せずにおかない結晶的な美に溢れた、間違いなく20世紀を代表する作品だ。
 この曲で、ブーレーズは「感覚的修正」ということを言い出した。トータル・セリエリズムで数理的に書いた曲に、「ここは俺の感覚に合う、合わない」で修正を施すということだ。むやみやたらに技法にこだわることをやめて、自分の感性を信用する態度に回帰したといっていいだろう。

 ブーレーズは大人になった、というのは言い過ぎだろうか。「マルトー」で彼は青春スーツを脱ぎ捨てた——私はそう読む。

 その後ブーレーズは、徐々に作曲から演奏へと活動の場を移していく。パリのポンピドーセンターを拠点に「アンサンブル・アンテルコンテンポラン」という演奏家集団を組織して、様々な曲を演奏し、録音を行い、斬新な楽曲解釈で世間を驚かせ——今や80歳となったブーレーズは、世界的名声を得た指揮者であり、かつてのカラヤンにも近い地位を楽壇において獲得しているといえる。

 一方、バラケの人生はといえば——そもそも彼は完璧主義者でぎりぎりまで自分を追いつめずにはいられなかった。それが災いしたか、作品はなかなか完成せず、望んだ職は得られず、家が火事になってそれまでの作品が焼失したり、交通事故に遭ったり、アル中になったり。
 彼は同性愛者でもあり、特に若き日の哲学者ミシェル・フーコーとの関係は有名だった。フーコー周辺の爛れた関係はこれまた知る人ぞ知る話であり、おそらくはバラケもホモの痴話喧嘩に巻き込まれたのだろう。
 何にどう絶望したのだろうか。バラケは45歳で自ら毒を飲み、自殺してしまった。

 彼の作品は7曲しか残っていない。その死から四半世紀も経ってから作品集が出版されたが、その内容は全く持って完璧からはほど遠い、未校訂のものだという。なんてついてないんだ…バラケ。


 ここで冒頭に戻り、・鈴木貴彦氏の演奏するジャン・バラケ「ピアノ・ソナタ」を聴いてみよう。

 構造があるんだかないんだか、精緻なのかでたらめなのか判別しにくい音から、やがて立ち上ってくるのは、痛々しい自負心と才能のかけらだ。確かに難解なのだけれども、瑞々しい感性が隠しようもなく聞こえてくる。

 その名前を知ってから30年、私はやっとバラケの音楽にたどり着くことができた。

 果たして、ピアノソナタを書いた後、バラケは青春スーツを脱ぎ捨てることができたのだろうか。ブーレーズのように。
 以下のエッセイを読むと、どうも一生青春スーツのまま、七転八倒していたように思える。

ジャン・バラケ(前編):深良マユミ氏のエッセイ
ジャン・バラケ(後編):同上

 深良氏の自己紹介にも、どことなく青春スーツの切れっ端が。ひょっとしてバラケには青春スーツがつきものなのだろうか?


 というわけで、「ハチミツとクローバー」。美大にたむろする若者達の青春七転八倒を描いたマンガだ。青春ただ中の読者は、「うんうん」と感情移入して読むし、より年齢が進めば「あったよなあ」とこれまたうなずいて読むという傑作。
 テレビアニメにもなったけれども、私は未見。この映像にしにくいマンガをどう料理したんだろう。

 不器用な真山と、さらに不器用な山田の関係に感情移入する人も多いだろうが、私には竹本の間抜けな七転八倒ぶりが面白い。バラケのソナタを聴きながら、思わず「青春の塔」のあたりを読み返してしまった。
 きっとバラケには、でこぼこでごつごつの作品に対して「素晴らしい、これこそ青春じゃあ〜」と言ってくれるおじいちゃん先生達や、煮詰まった時に乗って逃げることができるママチャリがなかったんだね、と思ったりして。

 まさかあるまいと思って調べてみたら、ありました。バラケ「ピアノソナタ」のCD。驚いたな。

 まずは、鈴木貴彦氏の男気に満ちた日本初演の音をストリーミングで聴いて、それから注文するかどうかを判断すればいいと思う。

 鈴木貴彦氏は、東京芸大中退後、京都大学で哲学を学び、大学院まで出て、なおかつピアニストになったという変わり種。大井氏とは京都大学で出会ったらしい(大井氏も京都大学卒、独学でばりばり現代曲を弾く技巧を身につけたというこれまた変わり種)。どういわけか、こういう型破りの演奏家は、芸術系大学からは出てこない。

 「ル・マルトー・サン・メートル(主なき槌)」——「大輪のひまわり」こと、ピエール・ブーレーズ、畢生の傑作。この「マルトー…」を聴かずして二十世紀音楽を語ることはできない。一聴すると、いわゆる「キンコンカン」系の現代音楽なのだが、とにかく一つ一つの音の美しさが尋常ではない。この曲がドイツの温泉保養地、バーデンバーデンの音楽祭で初演された時には、大変なセンセーションを巻き起こしたという。

 ブーレーズは指揮者として「マルトー…」を5回録音していて、このCDは2002年の最新録音。そう、室内楽でありながら、指揮者を必要とする至難の曲でもあるのだ。

 以前の録音が突きつける、目の前の空気を切断するかのような切れの良さはない。しかし、全体のまとまりと、一つ一つの音の美しさはこっちのほうが上だ。なにより、高音質の録音が必須の曲だけに、新しい機材で録音されたこの盤のほうが、曲を理解するには良いと思う。

 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.01.01

謹賀新年:おもしろアニメを紹介する

 あけましておめでとうございます。

 年頭なので、構えずに、去年教えて貰ったいくつかのミニアニメを紹介しよう。

こまねこ
  映像はExciteシネマ こまねこで見ることができる。

 コマ取りの人形アニメで「人形アニメを撮影するネコ」を作ったというもの。NHK「ドーモくん」のスタッフの作だが、こまねこの動き、表情、すべてが愛らしく、素晴らしい。
 誰かこのスタッフにお金を出しませんか。アードマンプロが吹っ飛ぶような傑作を作ってくれるに違いない。

#1月7日注記:なんと「こまねこ」は長編アニメ化が進行中だった。公式ページの冒頭で紹介されていたのだけれど、フラッシュが使ってあるとさっさとスルーする癖がついているので気が付かなかった。これは楽しみだ。

弥栄堂

 とても高品位のフラッシュアニメを個人で作っている。私のお気に入りは「オーニソプター」。独特の世界観が面白い。


ウェブテント:いきなり音が出るので注意。

 変な感性が癖になるフラッシュアニメ「クワガタツマミ」を公開中。ライブドアインターネットアニメーションで、「やわらか戦車」も公開中。


 サイドバーに、過去にnikkeibp.jpに書いた記事へのリンクをまとめてみた。けっこう書いたものだ。今読み返すと、もう少し突っ込めたものや、方向が間違ったかと思えるもの、しつこかったかと反省しなくてはならないものなど色々。
 サイドバーが赤いリンクで一杯なのもうっとうしいものだ。しばらくはこのまま掲載するが、そのうちに2005年以降のものに絞ることにする。

 今年もよろしくお願いいたします。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2005.10.24

大井浩明氏のblogを発見する

 例によって逃避して、ネットをさ迷っていたらピアニストの大井浩明氏のblogに行き当たった。

閘門ブッコロリ

 大井浩明。2002年に「史上最も演奏が困難なピアノ協奏曲」と言われたヤニス・クセナキスの「シナファイ」を録音し、クラシックファンの間にセンセーションを巻き起こしたピアニストだ。無茶苦茶指がよく回る人である。

 ちなみにネットにはシナファイのピアノパート解説もある。日本初演の時にはピアノを担当した高橋悠治の指から出血したという曰く付きの曲だ。HMVの紹介はなかなか詳しくてお薦めである。

 こんな曲を書く方もいい加減イカれているが、演奏する方はもっとすごいと思う。

 大井氏のページからは、様々な現代曲をストリーミングで聴くことができる。しかもその「シナファイ」のライブ録音を聴くことができるではないか。

■2005/09/29(木) That’s made for you and me, ミッキー井上 ヘイ!ハイ!ホウ!

 こいつは豪気だ!と思ったけれど、なぜか私のPowerbookではうまく再生できない。他の曲はうまく再生できるのに残念だ。

 それでも、なかなかお薦めのページだ。

 興味のある方はどうぞ。シナファイのCD発売時の大井氏インタビューもなかなか面白い。

 大井演奏によるシナファイのCD。好奇心の強い方は是非とも史上最難のピアノ演奏に耳で挑んでみて欲しい。ただし、かなり手強い曲だから、分かろうが分かるまいがとにかく10回以上聴き込むことを覚悟したほうがいいだろう。  恐るべき密度の曲であることは確かだ。  ちなみに“シナファイ”は、別に中国とは関係ない。「結合」という意味である。シナプスの“シナ”と同じ。

| | Comments (5) | TrackBack (2)

2005.10.23

素晴らしき4D2U

 野尻ボードより。

国立天文台4D2Uプロジェクト

 素晴らしい!!一つ一つ見ていくと、それだけで時空を超えた旅に出た気分になる。いつの間に、国立天文台はこれだけのことができるほどの広報マインドを持つようになったのだろうか。

 私は直接知らないのだけれども、天文普及関係の知人によると、東京天文台という名前だった頃の天文台の広報は最低に近かったそうだ。典型的お役所仕事で、応対は悪く、情報サービスは使いにくく、しかも直そうという機運は皆無だったという。その後、国立天文台が発足し、渡部潤一先生が広報担当となって、ずいぶんと改善されたと聞いてはいた。聞いてはいたが、これほど美しく衝撃的な普及広報ページを作成するほどになっているとは。

 繰り返そう。なんと素晴らしい。

 この仕事にはデザイナーの小坂淳氏が参加している。広報に、優れたデザイナーが参加することの重要性を、誰が気が付いたのだろう(そう、広報はその意味では広告に近い性格を持つ)。国立天文台に拍手である。


 本日、参議院神奈川選挙区補選。前外務大臣の自民党・川口順子候補が当選した。

 投票率は32.75%。こっちは全くもって素晴らしくないな。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

2005.10.19

2ちゃんねるで若気の至りの記憶が蘇る

 中学生の時だった。小説を書こうとしたことがある。タイトルは「ナンセンス・ゲリラ」というもの…

 そこっ、笑わないように。30年近く昔だ。まだ「ナンセンス」という言葉は死語になっていなかった。

——突然、奇妙な事件が続発する。タンカーがいつの間にか丘に上がったり、長谷の大仏が後ろ向きになっていたり、霞が関ビルに巨大なはてなマークがペイントされたり。警察はいたずら事件と判断して捜査を始めるが犯人は捕まらない。そのうち実行犯の何人かが検挙されるが、彼らは異口同音に「何となく」「面白そうだったから」という、共犯はと問いつめると「知らない人と一緒に」と答える。やがて、一連の事件に「ナンセンス・ゲリラ」という名前が付く——

 こんなアイデアを思いつくにあたっては前史がある。小学生の時に見ていた「人造人間キカイダー」、私は、キカイダーが阿呆に見えて仕方なかったのだ。
 毎回、敵の首領プロフェッサー・ギルは、ひょろろろーと妙な笛を吹く。良心回路が不完全なキカイダーはその度に苦しみ(ロボットが苦しむとはどういう事だ、というのはさておいて)、やっと敵の戦闘ロボットを倒すのだった。

 「やっつける順番が逆だろう」と子供心に思った。笛の音が聞こえるということは、ギルも近くにいるということだ。だったら、先にギル(生身の人間だから、力はキカイダーの敵じゃない)をやっつけて、しかる後に戦闘ロボットをやっつけるべきじゃないか。
 で、思いついたのだ。「悪の組織において最大の弱点は一人しかいない首領である」。もう一歩進んで「最強の悪の組織は、首領がいない悪の組織である」と。

 ところが、そんな番組はいつまでたっても始まらない。で、中三の時に自分で書いてみようと思ったのだった。つまり「ナンセンス・ゲリラ」が、首領がいない、実行犯だけの組織だったのだ。戦闘員だけのショッカーというべきか。イー。

 私はこの小説を書き上げることができなかった。というのは、大仏を動かすなんてことは、事前にかなりの打ち合わせが必要になる。実行犯相互が、「なんとなく」「顔も知らず」「知り合いでもない」状態で、事前打ち合わせをするにはどうしたらいいのか、どうしても思いつかなかったのだった。

 私は嘘が下手だった。もしも「百匹目の猿」のような仕組みを思いついていたら、今頃は適当に論文趣旨を適当にねじ曲げて一般解説書を書くスーパー・ネイチャーな自然科学者か、中小企業経営者相手に嘘八百を付きまくる経営コンサルタントになっていただろう。

 そして私には工学の才能もなかった。もしもあったら、パケット伝送による中心がないネットワークを考案して世界的な名声を得て、今頃は日経新聞に「私の履歴書」を執筆していたかも知れない(私が中学の時には、現在のインターネットの原型はとうの昔に出来ていたわけだが)。

 何が言いたいか、といえば、2ちゃんねるのような匿名巨大掲示板は、まさに中学生の私が夢想したような運動体になっているな、ということだ。日韓共催のワールドカップの時、妙な報道をしたフジテレビに抗議して、2ちゃんねらー達が、テレビ番組に先駆けて江ノ島海岸を清掃してしまった時、この事に気が付いた。お互いに
顔も知らない匿名の個人が、事前に図ってその時だけの運動体を結成して、社会に影響を及ぼす——中学生の私はこれが書きたかったけれども、書けなかったのだった。

 いや、気が付いたからどうということでもないのだけれど。子供がようよう書ききらなかった小説など、存在しないも同じだ。

 で、今日の本題。知人から流れてきた面白い情報。

・まずこの画像
・で、この動画像

 震源地はどうやら、2ちゃんねるらしい。つまらん討議の時は、こういうことをしたくなるのは良く分かるが、こうやってキャプチャーでその画像が津々浦々に流れてしまうのは、ネットならではだろう。ご愁傷様でした。

 もうひとつ、のまねこ関連で。

空耳じゃないマイアヒ

 そうか、切ない恋の歌だったのか。

 聴き手が空耳をして遊ぶのは、聴き手の勝手だろう。しかしクリエイター側の意向を汲んで音楽を売るべきレコード会社が、歌の内容を無視してはいかんだろう。空耳で売ろうとしたエイベックスは、やはりどこかおかしい。音楽産業として、何か大切なものが、すっぽり欠けていたという感じがする。

 ま、2ちゃんねるからの情報で若気の至りを思い出してしまった、ということで。

 ご多分に漏れず、私もハカイダーが大好きだった。いくらでも弾丸が出て来るハカイダーショットは、実に欲しかったな。銀玉鉄砲でも、装弾に限りがあるのがくやしくてねえ。

 それ以上にカワサキのバイクも格好良かった。なにしろキカイダーが乗るサイドマシンは、1970年のモーターショーにカワサキが出展したメーカーワンオフのレーシング・ニーラーなのだ。しかも2ストトリプルのマッハ改造なのだよ。
 その低い走行姿勢は、ホンダの市販バイク改造の仮面ライダーよりも、後に宇宙刑事シリーズでいやというほど出てきたスズキ製バイク改造のサイドカーよりも、ずっと見栄えがした。
 サイドカースタントも素晴らしかった。なんでも後にカワサキのワークスライダーとして「ミスター・カワサキ」の称号を欲しいままにした清原明彦氏が担当していたのだという。ダートをニーラーで突っ走り、パッセンジャー側を大きく振り回してドリフトターンする姿は、本当に素晴らしかった。

 話はどうであれ、バイクに関してはとても贅沢な特撮番組であったことは間違いない。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.10.11

喫煙に関するページをいくつか見つける

 「禁煙ファシズムと戦う」と関連してネットを回っていると、色々面白いページが見つかった。

  • 喫煙者を救え!

       明快かつ簡潔にまとまった正論。素晴らしい。筆者は元喫煙者。

  • ダメ人間の認知的不協和論

       ああ、あるある。私もこのパターンにはまりこんだことがある。

  • 煙草とワタクシの暗い思い出

       あまりに悲しい体験談。ここまでむごい経験を私はしたことがないけれども、帰宅してセーターを脱いだ時など、セーターに付着した煙のにおいにうんざりすることはある。

 「禁煙ファシズムと戦う」を読む人は、これらのページも参考にすると良いと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.05

飛行機の脚を愛でる

 ある種の男の子にとって、メカニカルな構造は愛玩の対象だ。もちろん私はその「ある種」に属しており(もう男の子、ではないが)、機械の仕組みに多大な興味を抱き続けている。

 で、こんなページを見つけた。

 ・飛行機の脚

 いやあ、これは楽しい。飛行機の脚の引き込み方法は古今東西様々な工夫が凝らされている。それをこうやって動きも込みでまとめて見ることができるとは。インターネット万歳だ。

 そこで思い出したサラリーマン時代の先輩が話してくれたエピソード。その先輩はサスペンションのカヤバで働いていたことがあり、ボーイングB-767旅客機の脚開発で、一時期ボーイングに長期出張したことがあった。そのときの話。

 完成した767用の脚が、テストでうまく引っ込まなかったのだそうだ。引っ込みかけた脚が、どうしても機体側と干渉してしまう。蒼白になった先輩の肩をボーイングのベテラン技術者が叩いた。なんでもB-29の脚を設計したという練達のおっさんだったという。
「心配ない。明日、Yシャツのパッケージに入っている厚紙を持ってこよう」
 Yシャツは型くずれしないように、ボール紙の型紙を挟んで売っている。そのボール紙を持ってくるといったのだそうだ。
 先輩は何を言っているのかさっぱり理解できなかったという。
 翌日、ボーイングのベテラン技術者は、本当にYシャツのパッケージに入っているようなボール紙を持ってきた。そして、ボール紙を脚の干渉する部分に当てて、マジックインキでハッチングをすると「この部分をこれぐらい切り取ってくれ」と指示を出した。

 これでOK。何事もなく、脚は引っ込むようになった。

 何しろ酔った時に聞いたので、このエピソードが本当かどうかは知らない。でも、いかにもありそうな話ではある。今でこそ、部品の干渉はコンピューターでシミュレーションできるが、767の開発をしていた1980年代前半ぐらいまでは、干渉を避けつつ可動部品を設計するということは、名人芸の領域だった。

 その後767の脚は、ノースロップのB-2ステルス爆撃機に流用された。その先輩は酔うと、よく「B-2の脚を設計したのは俺だー」とのたまったものである。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

2005.10.01

福知山線事故の貴重な記録を見つける

 素晴らしい記録を見つけたので紹介する。

 福知山線脱線事故で、1両目に乗り合わせ、助かった鉄道マニアの方の手記だ。

 多分鉄道マニアは乗り合わせているだろうとは思っていた。だから、私としては、常人以上に鉄道のメカニズムに詳しいマニアなら、事故の瞬間なにをどう感じただろうか、知りたかった。

 が、まさか1両目で助かった方がいたとは。

 大変貴重な証言だと思う。特に、1)事前に運転手の不審な運転操作に気が付いていた、2)事故時にブレーキをかけたという感じを受けなかった、3)車掌がしっかりしていれば事故は防げたはずという指摘——などは興味深い。

 ニュースの多い昨今、すでに事故を忘れかけている人もいるかもしれないが、日本第二の大都市圏で100人以上の死者を出した大事故だ。今後とも様々な形で検証しなければならない。あっさりと忘れてしまわないためにも、是非とも呼んで欲しい。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.08.29

ネット古書店で本を買いあさる

 次々と宅急便が到着している。送り元は、全国各地の古本屋で中身は本。何のことはない、自分がネット古本屋に注文した本が届いているだけだ。

 スーパー源氏という、ネット古本屋の在庫を横断検索できるページを見つけてから、せっせと資料本を買うようになった。「恐るべき旅路」を書いた時には、過去に出版された火星関連本を、スーパー源氏経由で相当買い込んだ。もっとも資料を一番多く使用した、火星観測の歴史を書いた章は、そっくりそのまま削除してしまったが。

 ここのところ狙っているのは音楽関係の本。黛敏郎の「題名のない音楽会」と「題名のない独白」は入手済。秋山邦晴「日本の作曲家たち」は、注文をかけたら「売り切れ」という返事が返ってきた。船山隆「現代音楽 音とポエジー」は注文中。さあ、来るかどうか。
 大田黒元雄「バッハよりシェーンベルヒ」は探しているのだけれども見つからない。その昔、神保町の古賀書店で見かけたのだけれど、その時金がなかったのが運の尽き。あの時買っておけば良かった。

 大学に入ってバイトをするようになり、何がうれしかったって、本が存分に買えることだった。そういうことをやっていると、書庫だか生活空間だか分からない部屋に住む羽目になるわけで、実際今の私はそういう部屋に住んでいる。

 電子書籍が云々されるようになって大分経つが、未だ普及の兆しはない。私の場合、本というマテリアルに価値を見いだしているのではなく、とにかく中身が読みたいから買うのだ。だから電子書籍があればそれでも一向に構わない。
 どうも、あまりにきびしい著作権管理が普及を妨げているという気がする。現状の電子書籍の著作権管理では、ハードディスクがクラッシュしたら蔵書全滅ということになる。どうにかして欲しいところだ。


 最近読んだ中では出色の大当たりだった本。パロマ山の5m望遠鏡の建造を追ったドキュメンタリーだ。戦後すぐに翻訳された本だが、ハワイの「すばる」望遠鏡の建設関係者が望遠鏡建設にあたって参考書として読んだことから復刊したというもの。

 望遠鏡のような巨大建造物を作る過程が面白くないはずがないが、本書も実に面白い。多くの人々の人生を飲み込み、巨大な建造物が動きだすまでのドラマはとてもダイナミックだ。ヤーキースの1m、ウィルソン山の2.5m、そしてパロマー山の5m——望遠鏡を作るたびに、誰かが体を壊したり、あまつさえ死んでいるのだから壮絶である。


 下巻のクライマックスは、5m鏡の輸送。巨大構造物の輸送は、それだけで胸躍るものがある。輸送に従事した鉄道関係者のプロ根性が泣かせる。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2005.08.28

非電化冷蔵庫について、ほんの少しだけ考察する

 5月18日の面白いページを2つ紹介するで紹介した非電化冷蔵庫について。

 「<新>地球温暖化とその影響」(内嶋善兵衛著 裳華房)を読んでいて、使えそうなデータを見つけた。同書27ページの図2・4だ。
 地表に入射する波長別の太陽エネルギーと、地表からの宇宙への輻射の波長別エネルギーのグラフだ。実は「大気の窓」がどの程度のエネルギーを透過するか、今まで知らなかった。同書のグラフでは、本当にどかんとグラフが谷を描いている。これほどの割合で透過するならば、非電化冷蔵庫に応用できそうだ。

 波長8〜13μmの赤外線は、大気に吸収されない。「大気の窓」というやつである。だから、この赤外線は、宇宙から直接地表に届くし、地表から放射した場合はそのまま宇宙へと出て行く。
 つまりこの波長帯で夜空へ輻射すれば、宇宙を背景輻射3Kを低温熱源として利用できるということになる。この波長帯は雲も透過する。だから曇っていても構わない(嘘でした。コメント参照のこと。2005.8.29)。

 つまりこの波長帯の赤外線を集中的に放射する材質を放熱板に使うと、非電化冷蔵庫の冷却効率は上がることになる。

 と、ここまで考えて、ちょっと検索をかけてみたが、そのような材料を見つけることができなかった。なにかありそうな気がするのだけれども。前回の記事へのコメントで教えてもらったまず貼る一番はどうだろうと思って、資料をダウンロードしてみたが、「熱を遠赤外線に変換して放射」としか書いていなかった。遠赤外線というのはだいたい波長3μmから1mmまでのかなり幅広い領域を指す。ちょっとこれだけではなんとも言えない。

 ちなみに黒体輻射のピークは常温の300K(27℃)で10μm、273K(0℃)で11μm。都合がよさそうだが、実は大気の窓はこの波長付近にちょっとした“曇り”があって透明度が落ちる。オゾンがこの波長域の赤外線を吸収するためだ。
 できれば300Kで8.5μm付近、あるいは11μm付近に輻射のピークが来る物質が好ましい。得に300Kで11μm付近にピークがくる物質だと、273Kでもピークがうまく大気の窓に入りそうだ。

 ここ数日の考察はここまで。まあ、日頃、あれこれの日常の合間に、こんなことを考えているのであります。


 今回の参考書。地球という星の基本的な熱収支がどうなっているかを、わかりやすい言葉でまとめてあるのが便利だ。巻末に詳細な参考文献リストが突いているので、地球温暖化について、もう一歩突っ込んで調べるための出発点としても使える本だ。


追記:お、ポチは見た!が、少し更新しているぞ。あるある大事典のニセ実験と洗脳など、いいところを突いている。  ネット利用者とそれ以外で、メディア・リテラシーに大きな格差が発生しつつあるような気がする。例えばみのもんたが、「奥さん、あれが体にいいっすよ。分かる?」とやると疑いもせずにスーパーに殺到する人々と、そうではない人と。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.08.26

ネットで聴ける現代音楽を紹介する

 色々現代音楽について書いているが、「聴いたこともない、耳慣れない曲に金は払えない」と思う人も多いだろう。

 そこで、とりあえず無料で聴くことができる曲の紹介。

 ヤマハミュージックイークラブというヤマハが公開しているHPにあるプレイヤーズ王国というところだ。さまざまな人が自分の演奏や打ち込みを公開しているページだが、ここに忍冬さんという方が、芥川也寸志「ラ・ダンス」を初めとした現代曲をアップしている。
 プレイヤーズ王国にアップされている曲はまさに玉石混淆なのだが、忍冬さんの曲はどれもなかなか素晴らしい演奏だ。

 ここのアップ曲は、MIDIやmp3の音源をストリーミングで流すというちょっと特殊なファイル形式で、専用のプレーヤーソフト「MidRadio Player」が必要だ。著作権管理の関係でこうなっているのだろう。ソフトは上記リンクから無料でダウンロードできる。

 アップされている曲は以下の通りだ。

 私からあれこれ言うよりも、とりあえず聴いてみて欲しい。特に芥川也寸志の作品番号1である「ラ・ダンス」と、芸大在学中の黛が作曲した若々しい「オール・ドゥーブル」は、CDすらない、貴重な演奏だ。

 忍冬さん、ありがとうございます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.05.18

面白いページを2つ紹介する

 まずは、かなりあちこちで紹介されているのだが。

ポチは見た

 副題が「マスコミにだまされないために、虚構に満ちたマスコミの嘘と裏を知ろう!」というもので、マスコミ業界がやらかすろくでもない情報操作を、犬のポチとご主人様との会話で軽妙に解説したページ。Geoctiesにある匿名ページなのだけれども、作者はおそらくマスコミ関係者だ。
 私の知る範囲では間違ったことは書いていない。
 文章も達者で、読みやすい。ポチのキャラクターもきちんとエッジが立っている。

 残念ながら作者が忙しくなったのか飽きたのか、途中で更新が止まってしまっているが、是非とも完結して欲しい。


 もうひとつは、「ヤングサンデー」誌の連載「絶望に効くクスリ」(山田玲司)で知ったページ。

非電化工房

 同じことができるなら電気なんか使わない方がいいということで、電気を使わない家電製品(!?)を開発している人のページだ。

 「おーおー、エコかよエコ」と思う人もいるだろうが、私はこの非電化冷蔵庫が気になってしょうがないのだ。そりゃまあ宇宙の背景輻射は3Kだから、宇宙空間に放射冷却するというコンセプトは分かる。でも地上からやろうとすると、間に結構な温度の赤外線を放射する空気の層がある。そんなに都合良く冷えるものなのだろうか。

 確かに天気予報で言う放射冷却は、まさに宇宙空間へ熱が出ているから起きるわけだけれども。

 どなたか、この冷蔵庫が本当にこの原理で冷えるのか、解析してみてはくれないだろうか。

#自分で作ってみれば早いのだよなあ。

| | Comments (9) | TrackBack (1)