2008.04.08

書籍紹介:「日本の『食』は安すぎる」(山本謙治著)

 やまけんの新著が出た。本人blogによれば売り上げ好調のようで、すでに再重版までかかったという。私のとやまけんの関係は、以前書いた通り

 本書の主張は単純だ。「安全で、おいしい食にはそれ相応の生産コストがかかる」——これだけである。やまけんはこの事実を消費者に突きつける。「安くて安全でうまい食を求めるなんて、それは虫がよいというものだ」。そう、安い食事には、かならず安さを実現するための裏があるのである。

 彼は、自ら農業を実践し、社会に出てからは日本全国の食料生産の現場を巡り、その上でこう考えるようになったのだろう。本書の大部分が、彼が巡った生産現場のレポートであり、どの現場の状況からも、安さを求める消費者からの圧力に応じようとして応じかねている苦悩が見えてくる。

 私も以前こんなことを書いているし、この主張には完全に同意する。

 これは想像力の問題だろう。

 地場のナマのほうれん草よりも安い冷凍ほうれん草には、それなりの裏があるに決まっている。ほうれん草を茹で、切りそろえ、冷凍し、パックするコストはどこに行っているのか——素材のほうれん草へとしわ寄せされているわけだ。

 かつて400円以上した牛丼を200円台で提供しようとすれば、それなりのコストダウンがあると想像するのは難しくない。

 ファストフードのハンバーガーのパティに、どれだけのコストがかけられているのか。自分で牛肉を買って作るハンバーグと比べれば、いくら、大量仕入れによるスケールメリットがあるとしても何かの仕掛けがあると思わざるを得ない。

 彼は問いかける。「おいしさも安全もタダではありえないのですよ」と。

 私には、その深層にはもっと大きな構図があるような気もする。

 牛丼が値下げ競争を始めたたしか1999年頃だったか、大学時代との友人と飲んでいた時のことだ。飲み屋のテレビでは、値下げした牛丼のニュースが流れていた。街頭インタビューを受けたサラリーマンが「やっぱり安いのはいいですね」などと答えている。

「こいつはバカか!」不意に友人が毒づいた。
「物価が下がるということは、次に賃金引き下げが起きるということだ。これは経済学の常識だよ。この男…」と、画面を指さし「自分の給料が下がることを喜んでいるんだ。バカだ、こいつ」

 彼は続けた。「これから、こういう連中の給料がどんどん下がっていく時代が来るんだ」

 経済学部出身の友人の毒舌を、私は「そんなもんか」と聞き流してしまったのだけれども、その後友人が予言した通りの時代となった。正規雇用は臨時雇用へと崩壊し、さらには法の網をかいくぐる偽装雇用まで発生、賃金は低下した。

 賃金が低下しても人は食べて行かなくてはならない。低賃金に陥った人々の食生活を、やまけんが憤る「生産者にしわ寄せを持っていく」格安の食品が支えていたのではないだろうか。

 一昨年から昨年にかけてキヤノンやら松下やらの偽装雇用が発覚した(この件に関して、私はこんな書評を書いている)。つまるところこれらの企業は、第一次産業からの収奪の上に収益を上げたということになるのではないだろうか。

 ここしばらくやまけんは、「食い倒ラー」として名前を売っていたけれど、この本でやっと本来の——私にはこっちが本来の顔だと思える——真摯に日本の食を考え、現状を訴える行動者としての側面をあらわにした。

 そうだ、やまけん、語れ。本当は僕らはどんなものを食べるべきなのか、どんな食生活が豊かな食生活なのか、未来に向けてどんな食文化を保持していくべきなのかを。


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2007.09.24

野菜炒め大実験

 以前、ジャンクフードの定義を試みたが、今回はその続き。

 前回、最後にジャンクフードの定義における「過度」を適度に書き換えると、ヘルシーフードの定義となる、という話を書いた。自分の書いた文を引用してみると、

上記のジャンクフードの定義から、「過剰」を抜いて、代わりに「適度」と入れてみよう。

・炭水化物を中心に
 1)適度の塩分と油脂で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)適度なアミノ酸
   b)肉、チーズなど適度なタンパク質
   c)適度な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

・タンパク質を中心に
 1)適度な塩分と油脂で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)適度なアミノ酸
   b)適度な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

途端にヘルシーフードに早変わりする。二郎ラーメンのようにこれに適度の野菜が加わるならば、けっこうな健康食だ。

 主題はヘルシーフードとジャンクフードの定義は何故似ているのか。実はここ数日の食事で実験をしていたのである。

 実験材料は、キャベツともやしだけの野菜炒めだ。要するにキャベツを玉一つ買ってしまったので、もやしと合わせて食べ尽くそうとしたわけ。ついでに実験もしてしまえと考えたのだ。

 キャベツともやしをごま油で炒める。このままでは野菜と植物性油脂だけだ。当然まずい。

 そこで味付けする。塩を入れると一応食べられる味になる。物足りないのでコショウを振りかける。ますますおいしくなる。

 適度なアミノ酸を求めて、塩の代わりに醤油を使ってみる。これもいい。

 ここまでで欠けているのは、タンパク質と炭水化物だ。豚肉の細切れを入れると、いっそうおいしくなる。思い立って、油揚げを細切りにして入れてみると、これもなかなかいける。

 次に炭水化物として、炊いたご飯も少しいれてみた。悪くない。野菜主で米が従のチャーハンみたいになるが、ごま油と合っておいしく食べられる。

 では異なるタンパク質はどうか。味付けを塩コショウにして、チーズをちぎって入れてみた。ナチュラルチーズを使いたいところだが、お手軽にコンビニで買ったプロセスチーズを使った。

 うまいっ。味にこくがでる。チーズはタンパク質でもあるしアミノ酸でもある。なるほどなるほど。

 ややリゾット風になったので、次はもう少し工夫してみる。米の代わりに手元にあったせんべいをちぎっていれてみた。

 これまでで最高の味になった。食感も、もっちりしたチーズにぱりぱりのせんべいが加わって意外なぐらいに良好だ。

 なぜ、このような料理を美味しく感じるのか。その原因は当然生物進化に求められるべきであろう。野菜炒めは、塩分、香辛料、アミノ酸、タンパク質、炭水化物を加えることによって、より生体を維持するのに適した食事になったのだ。

 つまり我々は、より的確に必須栄養素を的確に摂取できる食事を美味と感じるのである。

 そう考えると、なぜジャンクフードがおいしいかも理解できる。つまり、ジャンクフードは我々が本能的に持っている「より生体を維持するのに適した食事をおいしいと感じる性向」に対する超正常刺激なのだ。

 この次の段階としては、野菜炒めをベースに過剰さを付け加えて、ジャンクフードを作るということが考えられるだろう。

 いずれやってみよう。

 なお、この実験は、あくまで個人的なものであり、これにより何かを主張するものではない。「対照実験は?」とか「二重盲検は?」とか「条件が一定になっていない」「サンプル数が少なすぎる」といった疑問や批判は却下である。というか実験そのものが、批判に値しない。はい、自覚しております。

 で、当面野菜炒めはもういいやというのが、オチでありました。

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2007.09.08

きさくの燃麺を食べる

 色々書きたいことは多いのだが、まずは気楽なところから。

 以前も紹介した広島の汁なし担々麺の「きさく」(楽天内通販ショップ)だが、メニューを増やしている。

に、加えていつの間にか


が、メニューに加わっていた。

 この夏、燃麺を取り寄せて食べたのだが、これがなかなか良い。

 きさくの汁なし担々麺は辛くておいしいのだが、私のような辛党には一つ問題があった。がつがつとあっという間に食べてしまいがちなのだ。楽しんで食べることがなかなかできないのである。これは極辛汁なし担々麺であっても同じであった。極辛といいつつ、食べる勢いを押しとどめるほどは辛くないのである。

 ところが、この燃麺は、本当に辛い。がつんと来るほど辛い。一口食べると、しばし箸を止めないとたまらないほどに辛い。

 しかもうま味は通常の汁なし担々麺と変わらない。

 これをがっつける人は、よほどの辛党だろう。少なくとも私にはできない。そしてこれならしっかりゆっくりと味わいつつ、なおかつ強烈な辛味も楽しむことができるのである。通常の汁なし担々麺よりちと高いが、それだけの価値はある。

 これはいい。葱を刻んで半熟卵を落としてまず一杯。残った汁に白いご飯を入れて、さらに一杯。今年の暑い夏、実に楽しめた。

 ここの担々麺は唐辛子の辛味だけではなく、ちゃんと山椒の「麻」の辛さ効いていて、しかもうま味も感じるというのがよろしい。基本的にジャンクな食べ物であり、毎日食ってはいかんと思うのだけれど、それでも私は好きだ。

 と言う訳で、辛党の皆様、お薦めですよ。

こちらは、燃麺2、通常の汁なし担々麺2のセット(2250円)。「さすがに燃麺4食セットを初めて買うのは怖い」という人向けだろう。

 なお、楽天の通販を使う時には、申し込みページの一番下にあるダイレクトメール受け取りのチェックを必ず外すこと。これまた以前書いたが楽天のeメールマーケティングは、相変わらず稚拙で、ユーザーの反感を買うようなことを平気で続けている。いい加減、メール不要をデフォルトにすべきなのだが、態度を改める様子はない。

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2007.05.20

食の極端を極める

「極」が重なった変てこなタイトルだが、別にあの親子の「究極」とか「至高」には関係ない。そういえばビッグコミック・スピリッツも長い間読んでいないが、彼らの献立は少しは確定したのだろうか?

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 19日、週遅れの母の日ということで、母と我ら兄弟で、葉山の日陰茶屋に行く。
 出てくるのは、一目で手間のかかっていることが分かる小鉢料理。ひとつ出てくるたびに、「おいしいねえ」と言いつつ頂く。

 質の良い季節の食材を選び、一手間を掛け、一つの食器に一つの料理を盛りつけ、流れるように給仕する。和食は手間を食べるという言葉通りの一席。
 がつがつ食うのではなく、心静かにゆっくりと食べる、幸福な時間。

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 20日、お台場海浜公園に、6インチタイヤの小径車のオーナーで集まり、乗り比べをする。A-Bikeも、Handy-6も、KOMAも、それぞれに性格が異なり、なかなか面白い。

「ハンバーガー食おうぜ」という話になって、KUA`AINAの「アボガドバーガー1/2ポンド」を食べる。
 佐世保バーガーは食べたことがあるが、ハワイアン・バーガーは初めて。「いや、もっとでかい立川バーガーってものもあるんですよ」などという話を聞きつつ、がつがつ食う。

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 これとマクドナルドのハンバーガーを一緒にしてはいけない。マクドナルドのハンバーガーに挟まっているのは「マクドナルドのパティ」であり、「肉」ではない。
 KUA`AINAのバーガーに挟まっているのは、まごうことなき「肉」だ。分厚い、炭焼きのハンバーグ・パティ。中はレア。噛むと肉の脂が口の中に広がる。

 問題は、味付けが基本的に付属のチューブに入ったケチャップとのマスタードだということ。この味が単調で、食べきる頃には「すいません、しばらくは食いに来ません」という気分になる。

 自転車と巨大ハンバーガーで満ち足りた気分になり、東海道線で帰る。茅ヶ崎の駅を降りると、やや、もう腹が減っているではないか。

 ふらふらと吉野家に入り、「豚丼並卵」を注文する。

 ここんところ、野尻ボードでジャンクフードな話題をしていたからかも知れないが、久し振りに学生の頃やっていた、ジャンキーな食い方をしてしまう。

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 まず生卵を肉の下のご飯と念入りに混ぜる。次いで紅ショウガを山盛りにし、さらにその上から思いっきり七味唐辛子をかける。

 最後にこれを肉ごとぐりぐりとかき混ぜ、すべてをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてかき込む。途中で、遠慮無く紅ショウガと七味唐辛子を追加する。

 「船が7分に海が3分」ではないが「米が7分に紅ショウガが3分。七味唐辛子数知れず」ぐらいに混ぜるのがコツ。もちろん、がつがつと短期決戦水際防御でかき込むのである。

 ああ、日陰茶屋から大分遠くに来ちゃったなあ、と思いつつ、今、胸焼けをかかえてこの文章をかいております。

 ぐええ…

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2007.04.16

ジャンクフードを考える

Jiroramen

 タイトルは「考える」であって「食う」ではない。念のため。

 昨年春、ほぼ四半世紀振りに「ラーメン二郎」のラーメンを食べた。

 その日は、神保町の出版社で打ち合わせが長引いたのだった。腹が減ったぞ、さあどうしよう、と歩き回ると、靖国通りから路地を入ったところに行列を発見した。「二郎神保町店」とある。

 一つの記憶が蘇った。学生最後の年の三田祭(そう、私は慶應出身である。ただし三田には学祭ぐらいでしか通わない理工学部生だった)、私は「最後の記念に食べておくか」と、まだ三田の四つ角にあった「二郎」本店の行列に並んだのだった。ところが行列はあまりに長く、別の用事が入っていたので、途中で列を外れざるを得なかったのである。

 見ると行列はそう長くない。よし、学生時代の妄執をここで晴らしておこう。私は行列に並び、二郎ラーメンにありついたのである。

 山のようにもやしが載ったアブラぎとぎとのラーメンを一口食べて、思い出した。「俺、これ食ったことあるわ」

 記憶はさらに遡る。大学に入った年、学祭の準備で先輩に連れられ、三田にやってきた私は、「三田に来たらこれ食わなくっちゃな」という先輩と共に二郎ラーメンを食べたのだった。不味いとしか形容しようがない味に「なんだこりゃ」と思った。
 ずっと忘れていたのだが、最初の一口でありありと、それこそ、脂で微妙に粘っている二郎本店のカウンターの手触りまで含めて思い出した。
 おお、プルーストの「失われた時を求めて」みたいじゃないか。


 二郎のラーメンについては、このあたりのページWikipediaの記述を参照してほしい。かつては三田の四つ角にあり、慶大生に絶大な人気を誇ったラーメン屋だ。場所こそ移動したものの、現在も三田で本店は営業しており、その他のれん分けの店が首都圏を中心に多数存在する。

 二郎のラーメンはとにかく盛りが良い。野菜がどんぶりにてんこ盛りになって出てくる。その味は脂ぎとぎと、化学調味料たっぷりの奇怪なものだが、くせになる習慣性を持つ。
 二郎にはまった者は「ジロリアン」を自称し、のれん分け全店制覇する者や、自宅で二郎の味を再現しようと研究を重ねる者(「家二郎」なる単語まで存在する!)など、多彩な活動を展開しているらしい。

 その他、勉強せずに卒論のネタに詰まった学生が、二郎のおやじさんにインタビューして「二郎ラーメンの来歴」を卒論代わりに提出して卒業したとか(驚いたことにネットにアップされている。これだ)、「ラーメン二郎」の商標を他者に登録されて名乗れなくなりそうになった時、慶大出身の弁護士が一致団結して無償で協力し、商標を取り返しただとか、二郎を巡るエピソードは尽きない。
 ジロリアン作と伝えられる「二郎はラーメンではなく、二郎という食べ物である」という言葉は、けだし名言であろう。

 さて、ここからが本題。

 四半世紀振りに二郎ラーメンを食べた私の脳裏で、ひとつの疑問がわき上がったのである。「二郎ラーメンは明らかにジャンクフードだ。ではジャンクフードとは何か?」

 Wikipediaでは「ジャンクフード(junk food)とは、エネルギー(カロリー)は高いが他の栄養価・栄養素の低い食べ物のこと。」と書いているが、二郎ラーメンがカロリー以外の栄養価が低いとも思えない。
 単にカロリーが高いことがジャンクフードの条件にすれば、氷砂糖なども入ってしまうことになる。

 昨年の夏から秋にかけて色々考えた末に、遂に私は妥当と思われるジャンクフードの定義にたどり着いた。キーワードは「過剰」である。

ジャンクフードの定義(松浦による、2007)
・炭水化物を中心に
 1)過剰な塩分と油脂で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)過剰なアミノ酸
   b)肉、チーズなど過剰なタンパク質
   c)過剰な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

・タンパク質を中心に
 1)過剰な塩分で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)過剰な油脂
   b)過剰なアミノ酸
   c)過剰な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

 この定義ならば、カップ麺や駅の立ち食い蕎麦や牛丼から、ビーフジャーキーや魚肉ソーセージに至るまでをカバーすることができる。
 すべての項目に「過剰」とあるところに注意して貰いたい。過剰さこそが、ジャンクフードのジャンクフードたる所以なのである。

 この定義に従うと、二郎ラーメンのジャンクフードとしての完成度が見えてくる。まず、中心となる炭水化物は自家製極太麺だ。醤油味で化学調味料たっぷり豚骨スープには、塩分とアミノ酸がたっぷり入っている。もちろん脂ぎとぎとで油脂は十分。「ブタ」と称する極端な厚切りチャーシューで過剰なタンパク質という条件もクリアする。「ニンニク」山盛りトッピングで、過剰な香辛料もオッケーだ。
 しかし、それだけに留まらないのが二郎ラーメンの恐るべきところと言えるだろう。「野菜マシマシ」のコールとともにトッピングされる山盛りのゆでたもやしとキャベツ。

 そう、二郎ラーメンには、「過剰な野菜」というもう一つの隠し武器まで装備されているのだ。すごいぞ二郎ラーメン、まさに無敵。最強のジャンクフードの名にふさわしい。

 そんな二郎ラーメンの欠点は、極太麺を茹でるため、作るのに時間がかかるということ。店の前にはいつも行列ができるので、熱烈なジロリアン以外は、なかなかその味に触れる機会がない。中毒患者を増やすのが困難なのである。

 ふ、そんなことでは世界征服に使えぬではないか。目指すはジャンクフードによる世界の食の蹂躙。手本はマクドナルド、と、昨年来「究極のジャンクフード」というレシピをつらつらと考え続けている。モデルは二郎ラーメンだ。これを短時間でサーブ出来るように改良すれば、世界のいかなる民族をも味で支配できるに違いない。
 わはははは、世界が我の足下にひれ伏す日は近いぞ。

 が、考えてみれば、ジャンクフードで生活習慣病ばかりの国民となった国を征服しても、大して面白くはないのだっだ。

 究極のジャンクフードレシピは、とりあえずは、レインボーマンの「死ね死ね団」あたりに、「日本を破滅させるにはこれっすよ」とフランチャイズ権として売りつけるのが適当なのであろう。


 なにやら話が妙な方向に向かってしまったが、気にせずまとめることにしよう。
 上記のジャンクフードの定義から、「過剰」を抜いて、代わりに「適度」と入れてみよう。

・炭水化物を中心に
 1)適度の塩分と油脂で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)適度なアミノ酸
   b)肉、チーズなど適度なタンパク質
   c)適度な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

・タンパク質を中心に
 1)適度な塩分と油脂で味付けされた食物
 2)さらにそれらに
   a)適度なアミノ酸
   b)適度な香辛料
  の一部、ないし全部が付加された食物

途端にヘルシーフードに早変わりする。二郎ラーメンのようにこれに適度の野菜が加わるならば、けっこうな健康食だ。

 つまりは程度問題であり、人間の脳は過剰に対して快感を感じるようにできているのだな、というまあ当たり前と言えば当たり前の話なのであった。

——我ながら詭弁っぽい話ではあるが、ともあれ昨年来ジャンクフードについて考え続けているのは事実。ちょっとばかり実験もしているのだけれど、その話はまた気が向いたら。

 写真はラーメン二郎神保町店のラーメン。

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2006.06.06

広島で汁なし担々麺を食べる

 少々以前のことだが、5/19、20と仕事で広島に行ってきた。

 で、食べてきました。「きさく」の汁なし担々麺。

 ネットをさ迷っていて、某所で激賞する記事を見つけ、辛い物好きとしては食ってみなければいかんだろうと、楽天で4食セットを取り寄せたのは今年の1月の事。

 これがうまかった。

「辛い、うまい!」

 四川料理らしく唐辛子ではなく山椒の「麻」な辛さがつんと来る。「本場中国から山椒を初めとした香辛料を取り寄せた」という宣伝文句は伊達じゃない。ネギを山ほどかけて、半熟卵を載せて食べると最高。食った後に残ったソースに白ご飯をからめてたべるとまた良い。結局4食セットを、2食ずつ2日で食べてしまった。

 その後、あちこちで「うまいぞ」と勧めたものだから、一時期私の周囲は汁なし担々麺がちょっとしたブームとなった。

 こうなると「きさく」はどんな店なのか気になる。広島に行く機会があったら是非とも、と考えていたのであった。広島の友人達は一足先に偵察に行き、「やる気のなさそうなあんちゃんが、一刻も早く仕事から上がりたいような顔をして作ってますぜ」などという情報をよこしてくる。
 ますます気になる。



汁なし担担麺「きさく」

広島市中区舟入川口町5-13 佐々木ビル1F

Tel 082-231-0317

 「きさく」は広島中心部から少し離れた自動車通り沿いにあった。夜、わざわざタクシーを飛ばして行ったので、分かりずらかったがいかにも中華な店構えは昼間なら目立つのではないだろうか。

 大盛り卵乗せ、山椒増量で食券を買う。あんちゃんは、私がいった時にはそうだらだらはしていなかったな。カウンターには「がんがんかき混ぜて食ってくれ」という表示がしてある。もちろん従う。

 うまい。やはりうまい。山椒を増やすと、つんとくる「麻」の辛さがますます効いて素晴らしい。最後、どんぶりの底に残った汁でご飯でも、とご飯の食券を買ってカウンターに出すと、「店の隅にあります」と言われた。おお、巨大炊飯器がそのままどんとおいてある。ご飯盛りたい放題だ。

 満足しました。ごちそうさま。

 帰りは前線の通過で大雨になり、またもタクシーでホテルに戻った。たかが担々麺一杯に何をやっているのやらだが、それでも気分は痛快だった。

 基本的に、この汁なし担々麺は、ジャンクフードだと思う。ただ、通常のジャンクフードは過度の脂と塩味、あるいは過度の甘さで構成されているのに対して、こちらは、強烈な中国山椒がメインなのだ。健康への影響はどっちもどっちという気がするが、どちらを選ぶかといえば、私はためらわずに汁なし担々麺を選ぶ。

 辛い物が好きならば、一度は食べて損はないです。


・汁なし担々麺「きさく」楽天内通販ページ

:Web2.0の一環として楽天に「きさく」ショップへのアフィリエイトリンクを作ってみた。楽天のメールマガジンに関する態度は気に入らないのだけれど、まあとりあえずやってみるか、ということで。


・汁なし担々麺4食セット:2100円(税込み送料別)

:「ちょっと試してみるか」という方には4食セットをお薦めする。送料込みだとけっこうな値段になってしまうのが難点だけれど、辛い物が好きならそれだけの価値があると保証する。もちろん、気に入ったら10食セットを購入すればいい。賞味期限は一週間だけれど、冷凍保存は可能。だが、おそらく一週間もせずに食べ尽くすと思う。


・極辛汁なし担々麺2食セット:1050円(税込み送料別)

:多分、店で食べた山椒増量がこれだと思う。こっちもいけます。なぜか通販は2食単位のみ。

 なお、この他に「マイルド汁なし担々麺」もある。私は食べていないが、私の周囲における評判はあまりよくなかった。だいたい辛い物を食べるのだから、マイルドなどと言ってはいけないと思う。ひーひー言いながら、食うべし、食うべし、食うべし。

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2006.02.01

「バランタイン17年物」の梅酒を堪能する

 種子島から帰還以来、しばし潜航しているのだが、いい加減時季外れになっている正月の話を。

 例によって妹一家が来た。我らが母に甥やら姪やらを見せたり、温泉に連れて行ったり。彼女曰く「いつもより疲れたよ」。まあそう言うな。母は孫に会うのを楽しみにしているのだから。

 で、覚えておられるだろうか。妹が昨年の正月、「シーバス・リーガル12年」の梅酒を漬けて持ってきたのを。

 彼女は今年、さらなる弾頭を用意してきていた。すなわち「バランタイン17年物」で漬けた梅酒。一体なぜ、そんなものを漬ける気になったのか、そもそもお前んとこになぜそんなにバランタインがあったのとか、問いつめたいことはいくつもあれど、もちろん問いつめない。彼女の機嫌をそこねて、飲ませてくれないということになったら大変だ。

 ええ、話を聞いた時から、そりゃあ期待していましたとも。バランタイン、しかも17年物で漬けた梅酒ですぜ。酒飲みなら言語道断と言い切るであろう邪道の梅酒。いったいどんな味かと思うじゃないですか。

 例によってブツは、500mlのペットボトルに無造作に入っている。バランタイン様17年ものの梅酒を、ストレート用の小さなグラスでちょこっと味見する。

 …旨い。

 シーバス・リーガル12年梅酒では、梅のさわやかな味とシーバス本来の風味がうまく溶け合って、えもいわれぬ香りと味の饗宴を醸し出していたが、こいつは溶け合ってはいない。梅とバランタインが鋭く対立し、香りも味もがつんとショックを与える味になっている。
 笑いが止まらない。この、邪悪なる梅酒と、そんなものを漬けた我が妹の両方に対して笑いがこみ上げてくる。

 が、妹は不満そうな顔をしている。
「まずくはないんだよ。まずくは。でもね、うまく梅とベースが溶け合っていないのさ。生かし合っていないというか」
「これはこれでいいじゃないか」
「うーん、でも、もうバランタインで梅酒を漬けることはしないと思うよ」

 なんだか罰当たりな会話だが、とにかく、バランタイン17年の梅酒は、私の人生でこれが最後ということになるらしい。そうそう彼女のところに、バランタイン17年が回ってくることもないだろうし、一期一会という奴か。

 しかしこいつ、と妹を見る。つくづく思い切りのいい奴っちゃ。ともあれ、滅多に出来ない体験をありがとう。

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2005.09.22

甕出しの上澄み紹興酒を堪能する

 昨夕は、神保町の新世界菜館で友人達と会食。目的は、紹興酒。

 日本では紹興酒と言い習わしているが、実は餅米を紅麹で発酵させた黄酒のこと。黄酒のうち浙江省の紹興市で作られたもののみを紹興酒と呼ぶ。
 実は紹興酒、発酵に使う甕の上澄みや底によって大きく味が異なるのだという。そこらへんで買う瓶詰めは、ボトリングの際に一切合切を混ぜてしまっているのだそうだ。
 新世界菜館は紹興酒を甕で仕入れてている。つまり、甕の上澄みや底の濃い部分など、さまざま紹興酒を味わうことができるのだ。一人が、ここで上澄みの紹興酒を飲み、その味に感激したと言うので、「そんなうまいものなら俺も」「俺も」ということで会食となった次第。

 で、その上澄み部分の紹興酒の味だが、実に素晴らしかった。すっきりしたさわやかな味で、上質のブランデーを思わせる。これを普通は混ぜ合わせて出荷してしまうのか。なんともったいない。
とはいえ、食事が進むにつれて、舌のコンディションが、この淡麗な紹興酒を味わうには向かなくなるということで、出してくれるのは最初の一杯のみ。

 だから味わって飲む。舌で転がすように飲む。

 もちろん食事も最高。うまいうまい。

 その後は、甕の底のほうの紹興酒が出てくる。これがまた食事に合う。ずっと味が濃く、深く、幾分は渋みすら感じさせる味わいが、脂の勝った食事と相まって、我々を至福に誘う。

 文化だよなあ。

 生命維持のために食事に要求されるのは、栄養のみだ。だが、人間は栄養の摂取のみに満足できず、多種多様な食文化を作り出した。文明は必ず食文化を育んだ。逆に食文化のあるところには必ず高い水準の文化が存在するといってもいいだろう(その意味では、アメリカは私にとって野蛮の園である!!)。
 この紹興酒の飲み方一つをとっても、中国が尊敬すべき文化を育んできたことが身体の細胞ひとつひとつで実感できる。

 うまい酒とうまい食事で話題が弾む。素晴らしい酔い心地で、気分良く帰宅。
 

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2005.09.10

味噌漬けを作る、その結果

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 味噌漬けマグロその後。

 最高でした。うまくできました。

 考えてみれば素材は新鮮、味噌は悪くないし、調理の手順は簡単。うまくならないはずはない。

 水分が抜けて味噌の味がしみた魚肉は最高だ。焦がさないように弱火で焼いて、ほうれん草のおひたしと付け合わせる。若干塩味がきつめとなったが、それもまたご飯に合う。

 うまくできたので、次のターゲットを考えることにする。最近安くなっているサンマでも付けてみるか。豚肉もいいし、いっそステーキ肉でも買ってきて牛肉でやってもいいだろう。

 味噌はまだたっぷりある。

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2005.09.05

味噌漬けを作る

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 今年の7月、M-Vロケット6号機の取材に行った時、宿泊した高山やぶさめ館という宿泊施設の物産売り場で麦味噌を買った。地元の婦人会が作った手作り味噌ということで、きっとうまかろうと思ったのだ。
 ところが持って帰ってきて、味噌汁を作ってびっくり。甘い麹味噌だった。これは味噌汁には使えない。
 ちょうど弟が恒例の釣りで、メバチマグロを釣ってきた。そこでお裾分けに預かって味噌漬けにチャレンジすることにした。味噌漬けでは甘味を出すために味醂をつかうこともあるそうで、それならこの甘い味噌も生きるだろう。
 切り身にしたメバチマグロに軽く塩を振ってペーパータオルに包み、水分を抜く。そして麹味噌の中につけ込むだけだ。完全に漬かるまで冷蔵庫内で3日ほどかかるらしい。

 さあ吉と出るか凶と出るか。味噌はまだまだあるので、うまくいくようならば豚肉でもチャレンジしてみることにしよう。

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2005.09.02

あり合わせの材料でガーリック炒飯をでっちあげる

 夕方だ。腹が減った。

 冷蔵庫をかき回すと、昨日炊いたご飯と卵がある。む、納豆がない。仕方ない。ご飯を温めて卵を落として食べるとするか。

 なんだその貧しい夕食は、などと思うなかれ。いい年齢の独身者がかき込む日常的食事はそんなものだ。

 が、今日は精神的に少々余裕がある。一手間かけようかという気になる。冷蔵庫をさらに漁ると、まずニンニクがひとかけら。それから一昨日のスープに使った残りのキャベツとタマネギ、油揚げが一枚。

 そこでガーリック炒飯を作ることにする。

 フライパンにオリーブオイルを適当にいれ、少し暖まったら刻んだニンニクを落とす。あまり温度を上げずに低い温度でじわじわとニンニクの風味を油に移す。そこに刻んだキャベツ、タマネギと油揚げを入れる。本当はベーコンがあればいいのだけれど、まあタンパク質と油という点では肉も油揚げも似たようなものだ(と、自分を納得させる)。

 タマネギに火が通ったところでブラックペッパーを振る。その上からご飯を入れて強火で炒める。
 醤油を惜しみなく使って味を付ける。醤油の水分を飛ばすためにしばし炒めるのがコツだ。最後に卵を一つ割り入れる。一気にかき回して米粒の表面に半熟の卵がコーティングされた状態になったら火を止める。卵を入れてから炒めすぎず、半熟のとろみを残す。最後にまたブラックペッパーを振れば、あり合わせのガーリック炒飯のできあがりだ。
 冷凍グリンピースでもあればよかったんだけどな。黒ごまがあれば、最後に振りかけるのもいい。

 味は醤油とブラックペッパーの加減で決まる。「健康のためには薄味」などと考えずに、ややきつめの味をつけたほうがおいしい。

 料理の味は、素材とレシピに加えて、作り手の精神状態にも左右される。
 肉代わりの油揚げが入った奇妙なガーリック炒飯は、とてもおいしく食べられた。よしよし、このコンディションを維持しないとな。

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2005.07.12

梅酒を漬ける

umesyu

 今年は念願の梅酒を漬けた。

 私は梅酒が大好きだ。梅酒の味覚は小学生の自分の夏休みの記憶と分かちがたく結びついている。あの頃、夏とはいっても、38℃などという気温になることはまずなかった。太陽光線も心なしか今よりもやさしかった覚えがある。33℃と聞くと「うわ、暑い!」と思ったものだ。
 たかだか30年ほどのタイムスパンだが、記憶の夏と現在の夏を照合すると、地球温暖化は明らかに進行していると思える。

 そんな夏休み、おやつに出てくる梅酒がとても楽しみだった。あの頃母は、毎年1瓶梅酒を漬け、夏に1瓶飲み切るのを常としていた。私は梅の味も、甘く溶け出した氷砂糖の味も、もちろん水で思い切り薄めた後もほのかに残るアルコールの味わいも大好きだった。ろくでもない小学生ではある。みんなで押しかけた友達の家でも、おばさんが梅酒を出してくれた。一人が極端にアルコールに弱く、真っ赤になってしまうということもあった。

 そんな記憶があるので、以前から自分でも梅酒を漬けたいと思っていた。まして今年は妹がシバース・リーガルの梅酒などを飲ませてくれたのだ。そうか、うまい酒で漬ければ旨い梅酒になるのか、ってなもんだ。ホワイトリカーだの果実酒用ブランデーなどではなく、普通に飲んでもうまい酒で漬ければ、おいしい梅酒ができる。それならやらずばなるまい。

 当初は泡盛で漬けようかと思っていた。東京は飯田橋にある沖縄料理屋「島」では、泡盛で漬けた梅酒を飲むことができる。甘くなく、すっきりしており、非常においしい。レシピを聞くと、砂糖を使わずに普通に梅を漬けて3ヶ月という。これを作ろうと思っていた。

 しかし、梅の果汁がしみ出すには氷砂糖が必須という説もある。氷砂糖を入れないとカビが出るとも。
 さらには、折悪しく、近所の酒屋で適当な泡盛を入手できなかった。そこで、酒は奄美大島の黒糖焼酎、氷砂糖は通常レシピの半量ということにした。

 なにしろ意地汚いので広口瓶は5リットルのものを使用。広口瓶の内部を無水エタノールで入念に消毒する。そこにへたを取って洗った南高梅と氷砂糖を交互に積んで入れて、最後に上から30度の黒糖焼酎を注ぐ。

 カビがでるかどうかは微妙なところかも知れない。もう少し小さな瓶で条件を変えて漬ければよかったか、と少々後悔する。

 すべては一年後のお楽しみだ。

 ところで妹は、またとんでもない酒で梅酒を漬けているようだ。彼女の家の方面からは「17年ものを…」とかいうひそひそ声が聞こえているのだが、はて。

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2005.06.20

よく噛んで食べる

 味覚についてあれこれ書いていたら、こんな記事を見つけた。サラリーマン時代の後輩、加藤小也香さんのblog「小也香の一日一膳」から。

噛めよ、噛めよ、噛め噛めよ

 今日は、Sさんがおっしゃった「皆、栄養がうんぬん、食育がどうのと、色々言い出しているけれど、本当はもっと基本的なことを考えなくちゃいけない」というお話が印象的でした。何かというと、それは「よく噛んで食べること」。

 食べ物をきちんと咀嚼できているか否かで、同じものを食べても体内での吸収率は格段に違うのだそうです。だから、医食同源だの予防医学だのと言い、「何を食べるか」にこだわるのも大切だけれど、それを「きちんと食べる」ことにも注力しなくちゃいけない、というのです。

 何を食べるにせよ、食べ方を考えろという話。この視点は私にはなかった。そうか、良く噛めか。

 ただ、我田引水してしまうならば、不味い食事ほどかまずに飲み込むようにしてがつがつと食べてしまうものだ。味に満足が得られないので、満腹感に満足を求めるためだ。おいしい食事だと、味わおうとする意識が働くのでおのずとゆっくりと噛みしめる食事となる。

 もう一つ、一人でする食事はがつがつごっくんになりやすい。食事は家族と一緒にするべきものなのだ。

 気をつけよう。独り者はどうあっても孤食から逃れられない。意識して噛むようにしなければな…

 一人で咀嚼回数を数えつつ食べるというのは、それはそれでむなしいものではあるが。

 そういえば、ジョージ・ロイ・ヒル監督の映画「スローターハウス5」で、主人公のビリーがドイツの捕虜収容所に放り込まれ、やっとスープにありつけると思ったら、元からいたイギリス軍の将校に捕虜生活を生き抜く方法をえんえんと講釈されて、空腹のあまりスープの中に顔を突っ込んで気絶してしまうシーンがあったな。
 イギリス軍将校は、「良く噛んで食え」といっていたろうか。言っていたような気もするが、記憶は定かではない。

 以下は余談

 amazonで検索してみたが、「スローターハウス5」のDVDはまだ出ていなかった。レンタルには出ているようなので、機会があったら是非見て欲しい。とてもいい映画だ。

 原作はカート・ヴォネガット・ジュニア。1945年に連合軍が行ったドレスデン空襲を主題に、自分の人生の時間をいったりきたりする男の話だ。音楽はあの孤高のピアニスト、グレン・グールドが担当している。
 映画冒頭、所属部隊からはぐれて雪の西部戦線をさまようビリーの映像に、バッハのピアノ協奏曲が被さる部分や、捕虜達がドレスデンの街を引き回されるシーンに鳴るブランデンブルグ協奏曲など、映像と音楽の結合が素晴らしい。

 もっともグールドはこの映画は「ふざけすぎている」と気に入らなかったそうだ。冒頭の大笑いシーン「デトロイトタイガースの三塁手の名前を言え!アメリカ人なら分かるはずだ」、とか、なにかというと「私やせるわ」と言いつつ時代が下るほどに太っていくビリーの奥さんの扱い(実に笑うしかないひどい死に方をするのである)が嫌だったらしい。

 でも、それがジョージ・ロイ・ヒルの持ち味というものだろう。後で「華麗なるヒコーキ野郎」「ガープの世界」でも、彼は「笑うしかない悲劇」「泣くしかない喜劇」を描いている。

 ああ、また見たくなってしまったよ。

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2005.06.17

味覚を鍛えるということ

 どうも風邪が抜けなくてしばらく更新をさぼっていました。

 団藤保晴さんの「ブログ時評」に取り上げられたことで、アクセスが集まり、当該記事の「代用ビールに怒る」に様々コメントが付いた。この問題を多くの人が、その人なりに考えるのはいいことだと思う。

 「さすらいの食い倒ラー」やまけんこと山本謙治氏が、「やまけんの出張食い倒れ日記」に、この件へ援用できる記事を書いている。

グレート山菜三昧の日々(2005年06月13日)

 記事自体は山菜についてのものなのだが、以下の記述に注目したい。

 そして、山菜には必ずえぐみや苦みがある。これも重要なポイントだ。人間がデフォルトでは美味しいと思わない味がある。それを我慢して食べ続けていると、ある時点でいきなり「美味しい」と感じる瞬間が来る。こうやって味覚のダイナミックレンジが拡がっていくのだと思う。幼い頃から、糖分や油分といった、人間が学習しないでも美味しいと思ってしまうものだけで育てられてしまうと、こうした味覚のダイナミックレンジは拡がっていかないはずだ。そういう意味でも、山菜を食べるということは重要な文化だと思う。子供に山菜を食べさせるのは必須だと思うな。

 美味を感じ取る味覚は、先天的に与えられるものではなく、食文化の中で獲得するものであるという主張だ。おいしいものを食べていく過程で味覚のダイナミックレンジが広がる——おいしいと感じる感覚は、後天的に獲得するものというわけである。

 「代用ビール」を巡る状況も、この考えで理解することができるのではないか。本物を飲まなくては、本物を本物として味わう感覚は身に付かないのだ。

 違いの分かる味覚は文化である。文化を引き継ぎ損ねれば、美味は美味として認識されなくなる。そこに「安ければいい」「酔えるならなんでもいい」という考えが出てくる素地がある。

 同じ事は芸術にも言えるだろう。古美術に通ずるには古美術を観ろという。絵画を楽しむためには、様々な絵画を観ることが必要だ。様々な音楽を楽しむには、多種多様な音楽を聴いて耳を作る必要がある。

 意識して自分の感覚を鍛えましょう。そう私は思う。それが味覚であれ視覚であれ聴覚であれ、様々な情報を楽しむことができれば、それだけ人生は豊かになるのだから。

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2005.05.29

代用ビールに怒る

beer

 アサヒビールが、「新生」という発泡酒を発売した。税法上は「その他の雑酒2」に分類されるビールテイストのアルコール飲料だ。酒税が低率で、その分販売価格も安い。

 一応この手の新製品が出ると一本は試してみることにしてみている。「新生」も一本だけ買ってきた。一本だけというのは、どうにも「地雷」のような気がしたからだ。

 地雷であった。

 発泡酒全般がビールの劣化コピーならば、こいつはドライビールの劣化コピーだ。ドライビールですら許し難いほどまずいというのに、その劣化コピーを堂々発売するとはどういうつもりだアサヒビール。

 ネットを観ていると「自分には発泡酒で十分」と書いている人は意外に多い。そう書いている文章をよくよく読み込んでいくと「自分にはビールの味が分からないし」という自己規定があるようだ。

 私思うに、そういう人は、きちんと味覚や嗅覚、口腔内粘膜の触覚などを使って味わっていない。「まあこんなもんだろう」という味覚の先入観というかフォーミュラというか、そんなものが脳内に出来ていて、味覚の刺激入力に対して、その先入観が発動してしまっている。先入観が味覚を始めとした入力をブロックしてしまい、代わりにあらかじめ生成されている「まあこんなもんだろう」という刺激が脳内を駆けめぐっているのだ。
 速水螺旋人さんの書くところの大脳食法だ。速水さんは、積極的に「大脳で食うべし」と書いているわけだが。

 つまり、ビールを飲んでいてもビールを味わっておらず、ビールは脳内のフォーミュラを発動させるトリガーにしかなっていないのである。ただのトリガーなら、より安い発泡酒のほうがいいし、さらに安いその他の雑酒はさらに好ましいということになる。

 考えてみれば。「とりあえずビール」という飲み方は、ビールを脳内フォーミュラのトリガーにしか使っていないということの証拠なのだろう。で、最適トリガーとしての地位を得た味が、ビール市場を制するわけだ。

 かつて私が就職した頃は、「ビールはやはりキリンでないと」というオヤジ世代はかなり多かった。当時の私の好みはサントリーのモルトであって、なぜオヤジ共がキリンにこだわるか理解できなかった。要は彼らの脳内にトリガーとしてのキリンがすり込まれていたということだったのだろう。
 やがて、アサヒビールが、「スーパードライ」を発売し、キリンの地位を奪った。何をどう味わっても「スーパードライ」は「キリンビール」よりもまずかった。が、刺激的な味で大多数の消費者の脳内トリガーの地位を奪った「スーパードライ」はアサヒを業界一位メーカーに押し上げた。

 そして発泡酒だ。同じトリガーなら安い方が良い。財務省が税金逃れだとして発泡酒の税率をアップした。ならばトリガーとして機能するもっと安い酒でシェアアップだ。そうして「新生」が出た。

 なあ、味は一体どこにいったんだ?

 ビール缶に入っているがこれはビールじゃない。発泡酒というような呼び方も事実を隠蔽する命名だ。これは「代用ビール」だ。なぜ我々は、十分に豊かになった日本で、大豆ペプチドなどを使った代用ビールを飲まねばならないのだろうか。

 税法が味覚文化を破壊するという面で見るならば、かつての日本酒がたどった道を、ビールも進んでいるように思える。太平洋戦争中の食料統制において、日本酒には等級制が導入された。特級、一級、二級という税法上の区分では、本物である純米酒が非常に造りにくい仕組みになっていた。貴重な米を酒ごときで消費するなということだ。
 ところが大蔵省は、戦後に米が余りだしても頑として税法を変えなかった。巷にはアルコール添加のまずい日本酒があふれ、「日本酒はまずいもの」という認識が一般に定着した。しぶしぶ大蔵省が税法改正に同意した時、そもそも人々の間から「日本酒を飲む」という習慣が失われており、様々な蔵元がおいしい純米酒を出すようになっても市場規模は回復しなかった。

 ドイツには「ビール純粋法」という法律があり、ビールには「大麦、ホップ、酵母、水」以外を使用してはいけない」と規定されている。コーンスターチやら米やらを使った日本のビールは、本場ドイツの定義ではビールではない。
 そしてドイツで飲んだピルスナーは、とてもおいしかった。


 写真は、ドイツに持っていっても「ビール」として通用する「エビスビール」と「新生」。もちろん「エビス」2本は、口直しに買っておいたものであり、新生を飲んだ後、私は「エビス」を買っておいて良かったと、つくづく思ったのであった。
 税金には腹が立つが、私はそれでもおいしい本物のビールが飲みたい。

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2005.01.16

月面せんべいに宇宙開発の停滞を見る

 「ホイヘンス」のタイタン着陸の興奮も冷めやらず、あれこれ考えていると妙な単語が浮かび上がってきた。

「ホイヘンスまんじゅう」

 自分の無意識をごそごそとまさぐると、どうやら「これだけのイベントなんだから便乗商売があって当たり前」という感覚が、こんな単語を作り出したらしい。少々情けない。

 まあ「アポロチョコ」だってあるのだからなんでもありだよなあ。「ホイヘンスどらやき」、「タイタンサブレー」、「カッシーニしゅうまい」とか。

 そこでまた連想が働いて思い出す。そうだ、かつて「月面せんべい」というのがあった。直径30cmもあろうかという巨大な堅焼き醤油せんべいで、表面に月面のクレーターが焼き込んであるというものだった。
 月面せんべいを発見したのはもう15年も昔、私が航空宇宙業界ニューズレター誌で働いていた頃だ。JR東京駅構内の売店に売っていたのである。

「いったいなんだこれは?」

 職業的な興味もあって、売り子さんに質問してみた。分かった事実は以下の通り。

     
  • アポロ11号の頃に売り出したもの。その後ずっと売っている。  
  • クレーターは焼き型でつけている。本物の月の地図ときちんと合わせてある。

 もっとも、あの時点ですでにアポロの月着陸から21年。焼き型がだいぶ痛んでいたのか、クレーターは「本当に月面か」と思うほどおぼろになっていた。
 買って食えばよかったのだろうが、いまいち食欲が湧かずに結局そのままとなった。その後しばらく月面せんべいは売っていたが、いつの間にか姿を消し、今は東京駅に行っても買うことはできない。

 食っときゃよかったなあ。

 しかし(と、ここでまじめな話にするのだ)、これは宇宙開発の根本的問題の現れではないだろうか。アポロからこっち、一番便乗ものが出やすい食品分野で便乗商品が出ないというのは、それだけ停滞しているということではないか。

 うん、やっぱりあの月面せんべい、買って食っておくべきだったな

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2005.01.10

スコッチで漬けた梅酒を味わう

 9日は妹が姪を連れてピンポイントで実家に帰ってきた。とんでもないおみやげを持って。

 「金は天下の回りもの」というが、金だけではなく贈答品も結構使い回され、あちこちの家庭を回っている。いかなる理由か、何年かかったかは知らないが、妹夫婦のところにスコッチウイスキーの「シーバス・リーガル12年」が4本集まった。義弟は酒は飲むものの、「酒がなくて何が人生」というタイプではない。そして妹は大胆な性格である。何が起きたか。

 妹はありったけのシーバス・リーガル12年で、梅酒を漬けたのだ!

 12年もの熟成期間を要したスコッチだぞ。なんてことしやがる。慨嘆する兄に妹は言った。「これがうまいんだよ兄ちゃん。今度持って行ってあげるから」

 で、エヴィアンの350mlペットボトルに入ってやってきましたシーバス・リーガルの梅酒。味はどうかといえば——

 負けたよ妹よ。うまいじゃないか。それもとてつもなくおいしいではないか。なめらかで芳醇で、梅の味わいとスコッチの深みが見事にマッチしている。アルコールくさい甲類焼酎で漬けた梅酒とはまるで別の酒だ。

 そうだった。こいつは大胆な決断をぱっと下して、しかも外さないタイプだった。おかげでおいしい梅酒を味わうことができた。ありがとうよ。

 妹による