【宣伝】12月10日土曜日、早朝5時からのテレビ番組で、はやぶさ2の解説をします
12月10日土曜日の早朝5時から、フジテレビの「新・週刊フジテレビ時評」という番組に出ます。関東ローカルの番組なのですが、「はやぶさ2…予算削減、打ち上げピンチ!テレビ報道は?」というタイトルで、ここ一週間ほどのはやぶさ2の予算削減(実質中止)周辺の情報を解説します。
12月10日土曜日の早朝5時から、フジテレビの「新・週刊フジテレビ時評」という番組に出ます。関東ローカルの番組なのですが、「はやぶさ2…予算削減、打ち上げピンチ!テレビ報道は?」というタイトルで、ここ一週間ほどのはやぶさ2の予算削減(実質中止)周辺の情報を解説します。
これはひどいなあ。
第29回宇宙開発委員会の資料を読んでいるのだが…
文部科学省としても「ファイルを公開しているという姿勢を見せたいだけ、本当はあまり観られたくないから極力いやがらせ」ということもないだろうし、要は「見る人にとって何が便利か」がそもそも念頭にないのだろう。
こういう場合は、分割したファイルとは別に、全体を一つのファイルにまとめてアップしておくものだろう。その場合、ファイルサイズを明示しておくといい。
「なにがユーザーにとって便利か」をきちんと考えた上で、ページを設計していけば、すぐに正解にたどり着けるはずなのに。
8月28日土曜日のNHK総合「追跡!A to Z」(総合午後10時)ははやぶさを特集する。「"はやぶさ" 快挙はなぜ実現したか」。
NHKには、2003年5月のはやぶさ打ち上げにぶつけて「プロジェクトX」で日本初の惑星間探査機「さきがけ・すいせい」を取り上げたはいいが、そのあまりのぐだぐだで事実と異なる内容に、内之浦に詰めていた打ち上げ関係者をがっくりさせた、という前科があるのだけれど。詳細はこの笹本祐一「宇宙へのパスポート2」に書いてあります。
先ほど、録画しておいたNHK総合昨晩放送の「わたしが子どもだったころ」の毛利衛さんの回を見た。間違いを放送してしまっている。
2009年10月19日(月) 『日本科学未来館 館長・毛利 衛』 ディレクター 今関裕子(テレビマンユニオン)日本初の宇宙飛行士、毛利衛。宇宙の専門家として、また、日本科学未来館の館長として科学後術の将来をロマンをもって語りかける。しかし、その少年時代は意外な姿だった。
前にも書いたが、日本人初の宇宙飛行士はTBSの秋山豊寛さんである(1990年12月2日打ち上げの「ソユーズTM11」に搭乗)。
毛利さんは、旧宇宙開発事業団の最初の宇宙飛行士公募で選抜されて、1992年9月12日打ち上げのスペースシャトル「エンデバー」(飛行ナンバーSTS-47)に搭乗した。
なぜ今になってなお、この間違いがメディアに出てしまうのだろう。
番組を見ると、かなり微妙な言い回しをしている。当該部分のナレーションは以下の通り。
「1985年、国内応募者533名の中から、日本初の宇宙飛行士に選ばれた毛利さん…」
「日本初」が、「宇宙飛行士」にかかるのか、「1985年に選ばれた」にかかるのか、微妙だ。だが、「1985年に選ばれた」にかかるならば、誤解を避けるために「宇宙飛行士」ではなく「宇宙飛行士候補」としなくてはならない。この時点では、毛利、向井、土井と3人の候補がいて、誰が最初に飛ぶかは未定だった。
大切なのは、日本初の宇宙飛行士が秋山さんであっても、毛利さんのした仕事の意味は損なわれないということだ。日本人で最初にスペースシャトルに搭乗したのは毛利さんだし、大規模な宇宙実験を実施したのも毛利さんである。秋山さんは1回限りの飛行だったが、毛利さんはその後、ミッション・スペシャリストの資格を取得して1999年にシャトルSTS-99にも搭乗している。
私が、このことを繰り返し書くのは、毛利さんの飛んだ1992年頃に、主に科学技術庁関係で、秋山さんがいたことをなんとはなしに隠そうする雰囲気、秋山さんの飛行をなかったことにしたいような雰囲気が存在したことを記憶しているからである。
その結果のひとつが、「宇宙の日」制定(1992年)だった。宇宙の日の9月12日は毛利さんの搭乗したSTS-47の打ち上げ日だ。
この日付は一般公募で選ばれたということになっているが、では、なぜ4月12日(ペンシルロケットの公開実験)でも、2月11日(日本初の衛星「おおすみ」打ち上げ)でも、12月2日(秋山さんの打ち上げ日)でもないか、ということである。
秋山さんの飛行から19年、毛利さんの初飛行から17年が経った。
官の選んだ飛行士がアメリカのシャトルで飛行するまで、チャレンジャー爆発事故を挟んで7年かかったのに対し、民間がソ連のソユーズで宇宙に送り込もうとした飛行士は、選抜から2年で宇宙を飛び、日本人初の宇宙飛行士となった——この事実は、その後の宇宙開発を象徴しているという気が、私にはしている。
1990年代初頭に、誰がどんな順番で飛び、どんな経緯があったかを知っておくのは、今後の宇宙開発を考える一つの手がかりになるだろう。
しかし、よりによってTBSと縁浅からぬテレビマンユニオンのディレクターが、こういう間違いをしてしまうというのも、面白いというか情けないというべきか(テレビマンユニオンは、TBSを退職したディレクターらが中心になって1970年に設立した番組製作会社)。そして、NHKのチェック機構も弱体化しているという印象だ。
私は終戦記念日という言葉は好まない。負けは負けであり、8月15日は敗戦記念日というべきだと思っている。
NHKが素晴らしいサイトを立ち上げている。
敗戦から64年を経て、すでに80歳を過ぎた人々から戦争の記憶を聞き出し、なんとノーカットで公開している。
それぞれの証言は、動画像に加えてインタビューから起こされたテキストも読むことができる。読む速度は話す速度より速いので、時間のない向きは、テキストを読むことで内容を把握することができる。
サイト設計もよい。戦争証言には不可欠のいつごろ、どこの話なのかというデータががすぐにわかる。
しかも公開されているのは証言だけではない。以下ご覧になる前により引用
- 証言 NHKが番組制作の過程で、2007年から2009年にかけて、日本全国の戦争体験者の方々に対して行ったインタビューの収録映像を、閲覧に適した長さにしたものです。「証言」を閲覧する前に、下記の「証言」閲覧上の注意をお読みください。
- 番組
1992年から1993年にかけて放送された「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第1集から第6集」や、衛星ハイビジョンで放送された「証言記録 兵士たちの戦争」などのNHK制作のドキュメンタリー番組を公開しています。
証言をお話しいただいている方々が体験した戦場やできごとなどに関しては、「証言記録 兵士たちの戦争」の関連する部分をご覧いただき、証言に関する理解を深めることにお役立てください。また、太平洋戦争全体の動きなどについては、さまざまな側面から掘り下げた「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争」をご参照ください。- 日本ニュース
「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。今回の「戦争証言アーカイブス」では、太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)、1945年(昭和20年)の9月までに上映された70号分のニュースを公開しています。「日本ニュース」を閲覧する際には、事前に下記の「日本ニュース」閲覧上の注意をよくお読みください。- 戦時録音資料
NHKは、初期の円盤式レコードであるSP盤を、戦時中の重要な記録媒体として使い、およそ16000枚のSP盤を保管してきました。
その中から、当時の「大本営発表」や要人の演説など戦時中の肉声が記録された貴重な「歴史的音源」の一部を公開します。
つまり、敗戦から六十余年を経て、記憶の風化を受けた証言に加えて、それを客観的(それはNHKにとっての“客観的”であるという限界を抱えているが)に検証した「番組」、さらには当時に一次資料である「ニュース映像」「録音」もまとめて公開されている。多面的に太平洋戦争を振り返ることができる仕組みだ。
これこそ、公共放送の為すべき仕事だろう。
問題点は2つ。小さいほうから言えば、公開されている画像が、「全画面」での視聴ができない。これは、放送法のなどの制限なのか、それともNHKエンタープライズあたりで後でDVDだかブルーレイディスクだかを売って儲けようという魂胆なのかは、私には分からない。
そして、もっと重大な問題。
このサイトは2009年8月13日から同年10月12日までの2か月間のみの限定公開なのだ!
以前書いた月探査機「かぐや」のハイビジョン配信問題の時に気が付いたのだが、NHKは巨大組織であり、内部には本当に様々な人がいるということだ。
かぐやハイビジョン配信問題については、以下の記事参照のこと。
放送事業のビジネスモデル——国家から電波を使用する権利を独占的に与えられ、全国民に対する情報の流通経路を占有する——が、インターネットの発達によって崩れつつあるのは、すでに明らかだ。
だが、NHKのような巨大組織には、そのことを理解している人と理解していない人の両方が在籍している。
例えばBBCがネット配信に関してNHKよりもはるかに先を行く取り組みをしていることを、理解している人と理解していない人がいる。
さらに、理解している人の中にも、「どうせ大したことない」と高をくくっている人や、「自分が定年になるまで今の体制で押し通し、逃げ切れば勝ち」と思っている人や、そもそも「ネットも放送も興味ない、給料さえもらえれば無事此名馬」という人もいる。
そして、必ずしも、危機感を抱いて行動する人が、組織内で昇進するとは限らない。硬直化した組織では、うまく立ち回った者が偉くなる傾向がある。そうやって偉くなった者は、自分の地位を脅かさないおとなしい——あるいは場合によっては無能な——者を引き立てる傾向がある。
公共放送の使命に、「日本という国が健忘症に陥らないため、可能な限り国の有り様を写し取った映像をアーカイブし、誰でもいつでも閲覧できるようにする」というものがあるだろう。これは、スポンサーを持つ民放にはできない。法律で視聴料の徴収が認められているNHKにしかできない仕事だ。
その意味では、NHK戦争証言アーカイブズは、期間限定であってはならない。未来永劫公開されるべきものだ。
それが、期間限定のトライアル公開になっているあたり、内部では様々な軋轢が発生しているらしきことが見て取れる。
取りあえず、NHKとその周辺において、このサイトを作り上げた人たちには大きな拍手を。このサイトを限定公開に留める判断に与した人たちには派手なブーイングを。10月の公開終了までに、なんらかの進展があることを期待しよう。
NHKが敗戦後64年目にしてやっている「当時を知る者から証言を集める」という極めて公共性の高い仕事を、伝説の編集者・花森安治が率いる暮らしの手帖社は、敗戦後24年目の段階で行っていた。
しかも、雑誌「暮らしの手帖」の販売収益を使って、だ。彼らは、法律に守られた視聴料徴収の権利など持たずして、これだけの仕事をやったのである。
本書は、戦時下において人々の暮らしがどんなものであったのかを、まだ記憶が鮮明であった戦後24年目の段階で記録したものだ。戦時下において、人々は何を食べていたのか、何を着ていたのか、どんな生活リズムだったのか、政治は戦況はどう報道されていたのか、それを人々はどう受け止めていたのか——具体的な戦時下における「朝起きてから寝るまで」を様々な証言を集めてまとめている。
戦争というものを考える上で、必読の本である。この本を読まずして、どのような形であっても敗戦までの昭和の歴史を語ってはならない——そう言い切れるほどの価値を持つ本だと思う。
さらに暮らしの手帖社が偉いのは、この本が発売された1969年から現在に至るまで絶版にすることなく市場に供給し続けていることだ。自分たちの仕事が持つ公共性をきちんと認識していなければ、一私企業が、この姿勢を保ち続けることはできないだろう。
この本があるので、私の「期間限定公開に留めた側のNHKの中の人たち」に対する評価は極端に低くなる。
お前ら全員切腹な。腹切って黄泉まで下り、花森安治にあやまってこい!
「はやぶさ」をモデルにした小惑星探査機が登場すると聞いて、これは行かねば、と見に行ってきた。現在ロードショー公開中のアニメーション映画「サマーウォーズ」(公式サイト)。
「時をかける少女」でブレイクした細田守監督作品。監督:細田守、脚本:奥寺佐渡子、キャラクターデザイン:貞本義行の3人は、「時をかける少女」と共通。
「時かけ」は小規模公開から口コミでヒットしたが、今回は堂々のロードショー公開である。
あらすじは、公式サイトの「イントロダクション」を参照のこと。
面白かった!
長野県上田市に集う旧家の一族が、ひょんなことから巻き起こる世界の危機に一致団結して立ち向かうという、なんとも妙な筋書きだが、それが滅法面白い。「華麗なる一族」や「犬神家の一族」のような、日本の“一族映画”が描き出す湿っぽさや陰湿さは、この映画の陣内一族にはこれっぽっちもない。「ダイナスティ」に代表されるアメリカ“一族ドラマ”にあるようなどろどろの愛憎劇とも無縁だ。乾いて、からっとしていて、陽気だ。
なにより脚本がいい。かなり複雑な状況設定を、オープニングの陣内本家に集まってくる親族の会話だけでテンポ良く説明してしまうのもうまいし、そこから畳み込むように事件を起こして、本筋である“夏の戦争”に持ち込むストーリー運びも見事だ。
しかも、主人公とヒロインを含め、主要登場人物29人という群像劇であるにもかかわらず、すべてキャラクターがくっきりと対比されており、「これ、誰だっけ?」ということが一切ない。血の繋がった親族と、そこに嫁入りした女性、生まれた子供など顔や体格を描き分けたキャラクターデザインが、とてもよい仕事をしている。
この夏のお薦めだ。私も、もう一回ぐらいは映画館に足を運ぶことになるかもしれない。
が、理工系のシチュエーションとなると、けっこう緩い。冒頭、主人公が量子コンピューターで素因数分解を行うための「ショアのアルゴリズム」に関する本を読んでいるので、スタッフも事前に相当調査したらしいことが分かる。が、それでも、暗号のあり様とか、ネットセキュリティの描写とか、アバターの操作方法とか、もうちょっとなんとかできただろうという部分がある。
多分、理工系のアドバイザーを入れて、あと数回脚本の練り直しをやっていたら、もっと良い映画になっていたろう。
小惑星探査機「はやぶさ」ならぬ「あらわし」については、「このストーリーなら仕方ないかな」といったところだ。
小惑星「イトカワ」ならぬ、小惑星「マトガワ」を探査した「あらわし」、この「あらわし」の再突入カプセルが、ラストのクライマックスに関係してくるのだが、まあ、あれはないよね。
ネタバレは避けるが、本来、再突入カプセルは、サンプルを保護するために、最後はパラシュートでふわふわ降りてくるものだ。また、「はやぶさ」の帰還カプセルは惑星間軌道から直接大気圏に突入する。地球周回軌道にいったん入るなんて、まだるっこいことはしない。運動エネルギーという点では、地球周回軌道からの帰還よりも、惑星間軌道からの直接突入のほうが、ずっと大きくなる。
ちなみに、小惑星「マトガワ」は、実在する。
・★新しい小惑星を「マトガワ」と命名(ISASニュース1997年7月号)。
とはいえ、この映画により、「はやぶさ」にもう一つの称号が加わったことは間違いない。すなわち、「映画のモデルとなった、日本初の惑星間探査機」である。これまで、ストーリーの根幹に関わる存在として映画に登場した探査機といえば、私は「スタートレック」の“ヴィジャー”ことヴォイジャー探査機ぐらいしか思いつかない。実際、「はやぶさ」は大したものだな。
以下、「何を今更」の話かもしれないが。
仕事をする机には、小さな液晶テレビが置いてある。つけっぱなしにして仕事をすることもある。通常はニュースチャンネルかディスカバリー、ヒストリー、アニマルプラネットのドキュメンタリーチャンネルつけっぱなしなのだが、たまに地上波を流しっぱなしにすることもある。そんな環境で気が付いた。
かけっぱなしにしているテレビから、何か気になるキーワードが聞こえて来た時、それで検索するとテレビ番組の進行よりも早く情報が手に入るのである。
私の場合、仕事をしているパソコンは当然ネットにつないであるから、ちょっと原稿を書く手を休めて検索をかけると、テレビ番組の側が「さあ、いったんこの謎は何なんでしょーか?」とかなんとか言ってCMに入っている間に、もうCM後になにが写るかが分かってしまうのだ。
具体例で行くと、例えばTBSの「世界ふしぎ発見」、「黒柳さんの答えは…」と番組がやっているうちに、答えが分かってしまう。それどころか、時折やらかす「未確定の学説をさも確定したことのように説明する」というのも、その場でばれてしまう。
あるいは、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」。「どこそこの名店です」とか紹介しているうちに、その店の住所から定休日、メニューやら名物の値段。それどころか、Google Mapで店の地図まで分かってしまう。
考えてみれば当たり前の話だ。バラエティ情報番組は、多くの場合下請けプロダクションの製作で、毎回のネタだしといえばプロダクション社員や、バイト、外部ライターといった面子が、それこそネットを検索して調べている。ネタ元がネットであり、検索エンジンもGoogleであったり、Yahoo!であったりと共通なのだから、検索をかければ先回りして情報が分かるに決まっている。
この傾向は、どうも「安易な番組作り」と無関係の、もっと本質的なことのように思われる。
NHKの「ためしてガッテン」は、バックの調査チームがしっかりしているらしく、検索してもそうそう簡単には出てこないネタを扱っている。ところが、番組の再放送が終わると、過去の放送のページに要約が掲載される。これを読むと、5〜10分で番組の内容が分かってしまうのだ。もちろん、本番の番組は映像の力で分かりやすく見せてくれるというのはあるのだけれど、立川志の輔/山瀬まみの掛け合いに興味がなければ、テレビを見るよりずっと簡単、かつ素早く知識を得ることができる。
そしてバラエティ情報番組でなくとも、例えばドキュメンタリーでも、登場した名前を検索すると、番組冒頭を見ただけで、本人のblogが読めてしまったりもする。それがまた、本人blogと番組のトーンが微妙にずれていたりして、「おうおう、演出しとるわい」ということが見えてしまう。
テレビをつけて仕事をしているという環境は、そうはないだろうが、家庭に無線LANを導入し、ノートパソコンを使っている人はそれなりの数はいるだろう。ノーパソを膝に乗せてテレビに向かえば、これと同じ事ができる。
最近ならば、ノートパソコンすらいらないかもしれない。iPhoneのような、ネットアクセス可能な携帯電話でも同じ事ができるはずだ(文字入力の速度が問題になるだろうが)。
今はさほど使い勝手が良くはないようだが、ネット機能を持たせ、ブラウザーを搭載したテレビもある。とすると、テレビそのもので視聴中の検索ができるようになるかも知れない。それどころか、ネットで配信される番組表からキーワードを抽出し、事前に検索をかけてテレビ番組と同時に表示する機能なども考え得る。もっと進めば番組音声の解析で、検索キーワードを抽出することだってあり得るだろう。
動画像コンテンツは、視聴者が一定時間ディスプレイの前に座ってもらい、見て貰わなければ成立しないものだが、今後は、「ちょいと膝の上で検索」「ちょこっと携帯で検索」を意識した上で、番組を作らねばならないことになる。
そういえば「ニコ生」では、すでにそんな感じでつっこみの字幕が入るようになっている。
それが、「いい」とか「悪い」とかは別にして、私たちがよく知っている「テレビ」という情報配信形態が終わりつつあるのは、間違いないと思う。
今年の鳥人間コンテストが中止となった。来年、2010年は実施するとのこと。
さて、2009年の大会ですが、残念ながら休止することが決定しました。
昨今の厳しい経済環境はテレビ業界も同様で、番組制作費の見直しが検討されております。その中で、「鳥人間コンテスト」は参加者の安全な飛行を重視して大掛かりなセットや救助システムを組んでおり、予算削減を理由に安全面を軽視することは考えられません。事務局としても、大会開催にむけて検討を重ねてまいりましたが、上記の理由で09年の開催休止を選択しました。バードマン、また関係者の皆さまには、何とぞご理解を承りたくお願いいたします。
これを受けてmixiの鳥人間コミュ(閲覧にはmixiのアカウントが必要)では、色々な意見が飛び交っている。「つまらないバラエティー番組から切ってほしかった」とか、「会社の上のほうは何が適切な費用かを判断できていない」と、怒りの声も出ている。
しかし、これはチャンスではないか。
世界記録に挑戦するチャンスなのだ。
現在の鳥人間コンテストに参加する上位チームの実力は、私の見るところ、人力飛行機の飛行距離世界記録を狙えるところまで来ている。
しかし、鳥人間コンテストに参加する限り、いくら飛行距離を伸ばしても、世界記録としては認められない。人力飛行機の世界記録のレギュレーションには、「自力で地上から離陸すること」という条件が付いている。湖面から10mのカタパルトから離陸する鳥人間コンテストでは、いくら長距離を飛んでも世界記録として公認されないのだ。
私は2003年8月に、鳥人間コンテスト常連だったヤマハ発動機の「チーム・エアロセプシー」が琵琶湖で日本記録を目指して飛行を行った時、随伴ボートに乗って取材した。この時、エアロセプシーのリーダーである鈴木正人さんから、記録と鳥人間コンテストの関係を色々とお聞きした。
当時の取材メモを引っぱりだして、要約すると以下の通り。
・日本の機体の水準は世界トップクラス。世界記録が狙えるところまで来ている。
・世界記録を出すためには、機体、パイロット(操縦技術と体力)、飛行に向いた良いコンディションの天候の3つが必要。このうち、良いコンディションの天候が一番難しい。アメリカが世界記録を出した時は、天候が飛行に向いたギリシャにチームが乗り込み、1ヶ月間も風待ちをして最高のコンディションの天候で飛行を実施した。
・自分たちサラリーマンの挑戦では、風の良いコンディションを1ヶ月も待つということができない。
実際、この時のエアロセプシーの飛行は、琵琶湖上空の空気が最高のコンディションとなる7月末から8月始めの2週間の週末土日4日間だけが飛行のチャンスだった。かならずしも最高の風ではない状態で飛んだ「極楽とんぼ」だが、10.9kmという当時の日本記録を樹立した。
私は、鳥人間トップクラスの大学生チームが、最高の飛行コンディションが狙える土地に乗り込み、1ヶ月の風待ちをするなら、マサチューセッツ工科大学(MIT)の記録を破ることだって夢ではないと思う。
MITの世界記録は1989年4月23日に達成。場所はギリシャ・クレタ島、機体は「ダイダロス」、パイロットはK. Kanelopoulos。飛行距離は119kmだ。
一方、日本記録は日本大学航空研究会の「Möwe21」が2005年8月6日に、静岡県庵原郡蒲原町・富士川滑空場〜駿河湾で出した49.172kmである。パイロットは、増田成幸。
もちろん記録への挑戦は容易なことではない。まず、機体を自力離陸可能なように改造する必要がある。チーム・エアロセプシーの機体「極楽とんぼ」は、一部の動力を車輪に回して、地上離陸を容易にする工夫がしてあった。
また、鳥人間コンテストのように、飛行環境を全部テレビ局が整えてくれるのではなく、関係官庁や地方自治体、地域住民などに説明に回って、記録飛行を行える環境を整える必要がある。これはかなりの負担だ。
それでも、得られるものは大きい。鳥人間コンテストは、基本的にテレビ局主催のショーなので、風や天候の条件が最高ではなくとも、主催者が飛べると判断したならば飛ばなくてはならない。世界記録を狙うなら、記録飛行に適した最高の土地、最高の天候を選ぶことができるのである。
MITの「ダイダロス」は、例えばギアをマグネシウム合金から削り出すというようにすべての部品に惜しみなく予算を投じて軽量化した機体だった。その機体と、競輪選手並みの脚力のパイロットを組み合わせ、最高の天候が見込めるギリシャに乗り込んで、ぎりぎりまで風待ちをして出した記録だ。
しかし、その記録もすでに樹立から20年経っている。その間の技術の進歩は著しい。鳥人間コンテストでさんざん鍛えられてきた日本のチームが世界記録を狙える可能性は十分あるだろう。
「当事者でもないのに無責任なことを言うな」と言われそうだが、どうせテレビ番組が中止になったのだ。ならば、テレビに関わっていてはできないことをすればいい。世界記録を出して、読売テレビに「やはり他の番組を潰しても、鳥人間コンテストを開催しておくべきだった」と後悔させてやればいい。
番組がなくともやれることはある。がんばれ、バードマン達。
写真は、2003年8月3日、琵琶湖におけるチーム・エアロセプシー「極楽とんぼ」記録飛行の様子。早朝の風待ち(上)と記録飛行(下)。撮影:松浦晋也
過去30年の歴史をまとめたDVD。鳥人間コンテスト30年の記録だ。
鳥人間コンテストが、日本の航空界に与えた影響は莫大だったと言わねばならない。三菱重工ですらろくに新型機が作れない状況下で、規模こそ異なるものの、参加者達は毎年1回、必ず新型機を作り、30年以上に渡って琵琶湖に集まってきたのだ。どんどん新しいものを作るということが、物事を進めるのにどれほど大切なことか。
ずっとテレビ番組で見てきたが、残念なのは年を追う毎に番組が演出過多になっていったこと。本人はろくに飛行機に興味を持ってもいないお笑い芸人など不要だ。狙って演技するアナウンサーの絶叫も邪魔以外の何者でもない。お涙頂戴のビデオ編集はうっとうしいだけである。
私はただただ、飛行機が見たいのだ。琵琶湖上空を晴れ晴れと飛ぶ、バードマン達の飛行機が見たいのである。
ただいま、5日の午後11時半、ディスカバリーチャンネルの名物番組「怪しい伝説」で、「月着陸のウソ、ホント」をやっている。月着陸はNASAの捏造だったという説が、実証的に論破されている。
お正月期間に「ベスト オブ 怪しい伝説」と題して、過去のプログラムを放送しており、そのうちの一つとのこと。
今、番組が終わった。月着陸捏造説は、完全に「BUSTED!」(ウソや!)だった。つまりは「よくある怪しい伝説だった」ということだ。
シリーズ:怪しい伝説
怪しい伝説:月面着陸の嘘ホント
怪しい伝説:月面着陸の嘘ホント
【HV制作】人類の偉業のひとつ月面着陸。全世界で放映された映像は、巨大なPRでNASAによるねつ造だったのか。陰謀説は山ほどあるが、それを検証して確かめた人は誰もいない。それなら伝説バスターズの出番だ。アダムとジェイミーが最初に注目したのは、月面着陸を撮影した写真だった。有名な2枚の写真からわかることとは。そして、彼らは当時の映像に疑いの目を向け、スタジオで撮影したもフィルムの速度を落としたのではないかと考えた。
放送日 放送時刻
12/15 (月) 04:00〜05:00
01/05 (月) 23:00〜00:00
01/06 (火) 05:00〜06:00
01/12 (月) 13:00〜14:00
あと2回、明日の午前5時と12日の昼13時からも放送する。
少なくとも「あれはNASAの捏造だ」と思っている人は是非とも見よう。見て、自分で考えてみよう。
なかんづく、この記事で取り上げた2冊の本の著者である、副島隆彦氏、エム・ハーガこと芳賀正光氏と原著出版時の朝日新聞社出版局局長、及び担当編集者は必見と言わねばならない。
彼らから、なんらかの申し開きが聴ければうれしいが…まあないだろう。
放映から随分遅れたが、アニメ「マクロスF」を全話見終わった。
私の立場からすると、まずは「アレを本物の宇宙と思ってはいけない。あれは“マクロス宇宙”である」と言わねばならない(あんな宇宙があるわけない)。
それはさておき、面白かった。きちんとキャラクターは生きているし、ラストは盛り上がって終わってくれた。三角関係の決着がラストでついていない、との批判もあったようだが、決着は映画版に持ち越されるのがマクロスというものだ。
最初の「超時空要塞マクロス」の放映(1982〜1983)から、もう四半世紀経った。当時私は大学生。「スタジオぬえの絵が動く」という事前情報に私たちは期待したものだが、家庭用ビデオもろくに普及していなかった当時、日曜昼2時という放送時間は、まったくもって「ご無体な!」であった。
とはいえ、貴重な毎日曜日の午後をテレビの前に座るのは、確か5話ぐらいで終わった。作り手の側も若かったし経験不足だったのだろう。そこにあったのは、意欲の空回りの典型例だった。
第1話(2話をまとめて1時間枠で放送した)を見て、「はて?」となり、さらに数週間見続けて疑惑は確信に変わり、「これは観る価値はない」と切ったものである。
その後、アニメ雑誌が「27話(愛は流れる)はすげえ」という話を掲載し、「なにっ、実はすごかったのか」と、再度見始めたらば、そこは作画崩壊の嵐であった。ええそうです、私は壮絶作画で伝説と化した最終回「やさしさサヨナラ」をリアルタイムで見ておりますよ。ちなみに今、レンタルショップなどで見ることが出来る最終回は、全面的に作り直してあるので、あのものすごい最終回は、個人のビデオアーカイブにしかないはずだ。
その後ずっと続いたマクロスシリーズは、作る側からすれば最初のマクロスに対するリベンジの繰り返しだったのだろう。今回、「マクロスF」は、かなり高いレベルでリベンジを果たしたと思う。
さて、ここからが本題。ネットで誰かが言及しているだろうと思ったのだが、検索をかけても見つからなかったので以下、書き留めておく。
Fの何話目だったか、マクロス・フロンティア内が統制経済モードに入るので商店街が一斉売り尽くしセールをやるという話があった。そこにオペレーター3人娘が買い物に行くと、あの人もこの人もというお笑いになっていたのだが。
これは明らかに設定ミスだろう。
1000万人が居住する巨大移民船の内部経済は閉鎖系と考えて良いだろう。とすると通貨は移民船の政府が信用を保証し、艦内に蓄積、生産される富に応じた通貨の量を供給、コントロールして通貨の価値を維持しているはずである。
統制経済モードに入るということは、物資イコール艦内の富が減少している状態だから、物資の価値は上がり、通貨価値は下がる。となると物価は上昇し、通貨を持っているよりも現物を持っているほうが得になる。
マクロス艦内では起きるのは売り尽くしバーゲンではなく、物資を求める人々のパニックでなくてはならないはずだ。このあたりは高校の社会で習う経済学の初歩の初歩である。
これをやると話が暗く陰惨になるのは分かるのだけれど、長距離大規模移民船で経済の話をやるなら逃げられないところだと思う。
以下、中年の思い出話。
特撮・アニメなどに登場する経済ネタというと思い出すのは「レインボーマン」のお多福会だ。日本人殲滅を目指す「死ね死ね団」(すごいネーミングだ)が現世利益新興宗教の「お多福会」を通じて社会に偽札をばらまき、結果ハイパーインフレが起きて日本経済大混乱という話である。
これをちゃんと子供にも分かるようにストーリーを展開していたのが、当時の製作スタッフの偉いところ。物価が上昇して食べ物が買えなくなってしまった子供が、ひもじさと出来心でインスタントラーメンを万引して食料品店主らから袋だたきにあう、ど真っ暗な描写をきちんとやっていた。
主人公のヤマトタケシが子供を救うのだが、そこに食料品店の店主が怒りの形相もすさまじく「お前が金を払ってくれるのかよ」と詰め寄るのだ。ヤマトタケシ「いくらだ?」、店主「千円だ!」。で、ヒーローは財布から千円札を出すのである。
(注:このあたり、記憶が偽造されている可能性もある。子供を救ったのはヤマトタケシではなく、彼の周囲の人々だったかも知れない)
「レインボーマン」放映当時の1972年、袋ラーメンはスーパーの特売ならば30円ほどだった。はっきり覚えている。覚えているのも当然で、テレビで「ラーメン一袋千円だ!!」を見た翌日だったか翌々日だったか、新聞折り込み広告のチラシでラーメンの価格を調べたのだった。
子供心には、それほどまでに「ラーメンひとつ千円!」は強烈だったのである。しかし…
昨年来、ジンバブエが超絶的なハイパーインフレ状態に陥っている。そのインフレ率たるや年間10万%だそうで、30円のラーメンが1000円になる、レインボーマン世界のインフレ率3300%というのは、実はそれでも生ぬるいものではあったのだった。
なぜ、「レインボーマン」では、あれほど冷酷なインフレ描写ができたのかを考えるに、当時の製作スタップは皆、敗戦後、占領下の日本でインフレやら預金封鎖やら闇市やらを体験してきた人々だったからなのだろう。彼らにとって、物がない、つらい、くやしい、さびしい、もの悲しい、ひもじい、という感覚は実体験に基づくものだったことは間違いない。
「それに比べてマクロスFのスタッフは…」などということは書かない(なにしろ河森総監督以下、私と同世代だ)。ただ、ちょっとしたことではあるけれども、艦内統制経済モードという用語を使うからには、そのつらくて悲しい部分を描写しても良かったのではないか、とは思うのであった。
さんざん楽しませて貰っておいて、何をいうやら、なのだけれど。
「マクロスF」はDVDとBlu-rayで同時に発売されている。「Blu-ray出し惜しみなしだ」と称賛したいところだが、私の聞く範囲では、 ビデオコンテンツ業界においてはBlu-rayのメディアとしての寿命を5年と踏んでいるとのこと。つまり5年間で可能な限りの売り上げを立てなくてはならない状況らしい。
というのも、Blu-rayの次にネット経由のHDTV配信が来るということがあまりにはっきりと見えてしまっているからである。
こうなると、DVDのようにすでに普及している物理フォーマットのほうが強いかも知れない。どちらを買うかは、かなり悩むところだろう。
私はといえば、どちらも買うつもりはない。「マクロスF」に関しては見損ねた回をすべてバンダイチャンネルで視聴した。画質を云々せず。「これはテレビアニメである」と思って見るなら、私にはそれで十分である。今後も、見たくなったならばバンダイチャンネルに1回105円を支払うだろう。オンデマンドTVの便利さには105円の価値は十分にあると思う。
アニメ本体の映像ディスクよりも、買うならこちらかも。実際、マクロスFでは歌手の選択から曲の構成に至るまで、高品位の音楽を理想的なプロモーションで売っているという印象。管野よう子絶好調だ。
私がびっくりしたのは、「星間飛行」の「キラッ☆」…ではなくて、松本隆のあまりに若々しくも瑞々しい歌詞だった。この歌詞は素晴らしい。なかなか素人には書けない、真のプロの仕事だと思う。
インターネットの出現で、情報のありようが2つの面で変化した——そう私は考えている。
ひとつは同時性。あらゆる情報が瞬時に拡がり、共有されるようになった。
もうひとつが通時性。ネットに貯蔵された情報はすべて等価であり、どんなに古い情報も、埋もれてしまうということはなく、瞬時に引き出すことができる。
この通時性に関する、非常に素晴らしいサイトを2つ発見した。
まず、朝日ニュース昭和映像ブログ。
昭和30年代の、ニュース映画を観ることができる。当時の日本がどんな状況だったのか、どんな雰囲気だったのか、貴重な記録をネットで閲覧できる。
様々なニュース映画を観ていると、「ALWAYS 三丁目の夕日」に代表される「昔は良かった」系のフィクションが虚構であることが実感される。昔は昔で、欲望と欲求不満と騒然とした社会状況の中で、皆、いがいがとトゲを突き出しつつ必死に生きていたのだ。
そして科学映像館。
こちらは昭和20年代以降多数作られた科学映画の映像をネットで公開している。制作大手の岩波映画の映像が収録されていないのが残念なのだけれども(何か権利関係の理由があるのだろう)、僕らの先輩が科学というものをどのように映像化してきたかを、一望することができる。
こちらは、スタッフロールがしっかりしているので、思わぬ作曲家がとんでもないところで映画音楽を付けているのを見つけるという楽しみもある。
こういう過去の情報を、誰でも閲覧できる形でののアーカイブ化は、社会の基礎的な情報インフラストラクチャとして、とても大事だ。NHKが今、過去の番組を次々にデジタル化しているが、これも適切な形式でネットに広く公開されるべきだろう。
ところでひとつ提案。これらの映像にニコニコ動画のようなコメントをつける機能は付かないだろうか。今後コメントが集積していけば、それをコメントが付けられた年代別に整理していくことにより、「どの時代には、この映像がどのように受け止められたか」を示すメタ情報も蓄積できるようになるわけだ。
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