2008.04.07

書籍紹介:「音盤考現学」(片山杜秀著)

 音楽評論家の片山杜秀氏の本「音盤考現学」が出た。主に明治以降、日本人が西洋音楽と格闘し、作り上げてきた音楽について縦横無尽に語っている。

 本日読了。これが無類に面白かった。

 コンテンツが社会においてコンテンツとして機能するためには、「そのようなコンテンツが存在する」ということをある程度の数の人が知っていなくてはならない。
 知られていない情報は存在しないのと同然だ。J-POPの存在を知らない人は、そもそもJ-POPを聴こうとはしないし、「誰か他の歌手」と聴き進むこともない。

 この点でクラシック音楽はその他の音楽に比べて決定的に不利である。まず一曲一曲が長い。音楽の理解には繰り返し聴くことが必須だが、一曲が長いと自ずと繰り返しの回数は減る(マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」の冒頭は、映画「エクソシスト」のテーマ音楽となったので誰でも知っているだろう。では、あの素晴らしい「アンド・チューブラー・ベルズ!」というナレーションと共に高揚する第一部のラストはどうだろうか)。

 多くの人々に耳に音楽を届けるためには、テレビ・ラジオのような放送メディアでのヘビー・ローテーションが有効だが、曲が長ければローテーションの回数も減る。もちろん放送メディアは商業メディアであって、番組の枠を超えるような長い曲をそうそうかけることはできない。
 繰り返しができないから、ヘビー・ローテーションがかからない。ヘビー・ローテーションがかからないから、ますます知られない。知られないから、ヘビー・ローテーションにはならない。じり貧だ。

 ましてや邦人のクラシック系の曲となると状況は絶望的である。伊福部昭の音楽が人口に膾炙するまでに、ゴジラをはじめとした多数の映画音楽、そして30年近い時間が必要だった。

 従って、この分野は音楽評論家の役割が非常に大きくなる。単に演奏がいいとか悪いとかではない。その曲の魅力を的確にえぐり出し、知識のパースペクティブの中に曲を位置付け、読者を「この曲を聴いてみないか」と誘惑する、メフィストフェレスのような評論家が。

 片山氏の文章は、読者に対して「ほーら、これは面白いよ、聴いてごらん」と誘惑する力が非常に強い。その力の一部は、彼自身が邦人作曲家の音楽が大好きだという熱意にある。なにしろナクソスの「日本作曲家選輯」では、目が爆発するほど小さな活字にもかかわらず、CDケースが破裂するようなぶ厚いブックレットが必要になる、長大な解説を毎回書いているのだ。

 しかし、それ以上に重要なことは、彼が蓄積した膨大な知識だ。一つ一つはトリビアとしか思えない知識を組み合わせ、あっと思わせる構図を描いてみせるのである。

 團伊玖磨のオペラ「ひかりごけ」に刻印された三島由紀夫の姿を読み解いてみたり、東宝映画「大阪城物語」に伊福部昭がつけた音楽から、明治のお雇い外国人ルルーが作曲した「分列行進曲」を読み取り、その上で日本近代史において「分列行進曲」が表象したイメージを語り…あるいは社会主義リアリズムと戦前の大日本帝国が作ろうとした「国民詩曲」を並べて、その中に外山雄三を位置付けてみたり——片山氏の筆は縦横無尽に飛び回る。そして気が付けば「おおお、この曲が聴いてみたい」と思わされているのだ。

 思い出せば、私が邦人作品を聴き始めた30年以上昔、何人もの優れたメフィストフェレス的評論家が筆を振るっていた。

 札幌で同級生だった伊福部昭を作曲の道に引き込んだ“特大のメフィストフェレス”三浦淳史は、まだまだ現役で記事を書いていた。武満徹を語らせてはピカイチの秋山邦晴も元気だった。船山隆と武田明倫は新進の評論家だったし、ラジオをつければ柴田南雄がとつとつとしゃべっていた。私は彼らの文章を読み、ラジオ解説を聴き、NHK-FMの「現代の音楽」をエアチェックした。

 その後、しばらくの間、メフィストフェレス的評論家の系譜が絶えていた(そういえば秋山邦晴の訃報を、私は種子島でH-IIロケット4号機を見送った日に聞いたのだった)。

 さあ、片山杜秀という久し振りに出現した“特大のメフィストフェレス”の語りを読んで、「うう、この曲が聴いてみたい」と身もだえしてみよう。私がせっせと音楽を聴き進めていた30年前に比べれば、状況は大分良い。大抵の曲は、アマゾンでクリック一発。アマゾンになくとも、ほぼ間違いなくTower RecordやHMVには在庫がある。ものによってはiTunes Music Storeで見つかるだろう。

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2008.04.03

【ニコニコ動画】かっとなってやった…わけではないけれど【初音ミク】

 「初音ミク」を衝動買いしてから半年以上、やっとこさ一つ形にしてニコニコ動画にアップした。

 私がもたもたしている間に野尻抱介さんは、ばんばんニコ動に投稿してウケを取っていた。それをうらやましいと思いつつ、自分の立場だと著作権的にアレなことはちょっとできないしなあ、などと言い訳をしていたのだった。あちこちで「『初音ミク』買ったんだって?で、何やってんの?」と言われたりもした。

 これでもう言い訳もなしだ。

 ここはやはり、テンプレート発言をしておくべきだろうな。

「かっとなってやった。後悔していない」

 実際にはかっとなってやったどころか、17年物のそれこそ古酒のようなものではある。古酒というほど“うまい”ものではないが。

 20代後半から30台初めの頃、心にひかかった詩にちょこちょこと曲を付けていた時期があって、その中でまあましかな、と思える曲なのだ。今回のことで楽譜を引っ張り出したら1991年3月と書いてあった。20代最後の年、日経エアロスペース勤務が4年目になって、「俺、宇宙ばっかり取材していると偏った記者になっちゃうんじゃないかなあ」なとと考えていた時期だ。後に自分がもっと偏った道を突き進むことになるなどとは思ってもいない。

 それにしても、「初音ミク」はもちろんのこと、パソコンでさくさくとビデオ編集はできるわ、ピアプロに参加する皆さんがイラストをアップしてくれているわ、もちろんニコ動のような発表場所はあるわ——便利になったもんだなあ、とつくづく感じ入ってしまった。それもこれも半導体技術の急速な進歩あってのことだ。ムーアの法則万歳!

 実のところ今回のアップも、歌詞において著作権的にアレな部分が残っている。それでもここしばらくのニコニコ動画の動きを見ていて、なにもかもを杓子定規に考えるのではなく、むしろ柔軟に行動したほうが良い結果を生むのではないかと考えるようになった。

 こういうものは考えるだけではダメで、実際に自分が動きの中に入ってみて、あっちうろうろ、こっちうろうろしなくては本当のことは分からない。もちろん面白くもない。

 というわけで、詩人の中本道代さんについてご存知の方、おられましたらご一報下さい。

 曲はまだいくつかあるので、そのうちにまたアップするかも知れません。こんな青春晩期の残渣がネット・コンテンツのにぎやかしになるのだから、愉快だね。

 一方野尻さんのほうは、さっさと先に進んでいて、SFマガジンに書いた短編「南極点のピアピア動画」を題材に、ネット上でコラボレーションを展開している。こういうところは、かなわないな。じゃんじゃんやってください。


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2008.03.03

伊福部の「管絃楽法」、復刊!

 音楽好きには大ニュース。長らく絶版だった伊福部昭「管絃楽法」が復刊された。

音楽之友社HPの紹介

 作曲においてオーケストラの各楽器にどのような音を担わせるかという作業をオーケストレーションという。オーケストレーションにあたっては、それぞれの楽器の音域から始まって、音域毎の音色の特徴、発音原理や運指などから来る限界、さらには複数の楽器を組み合わせたときに得られる効果などを熟知している必要がある。

 そのようなオーケストレーションに必要な知識をすべてまとめた教科書的な本が、この「管絃楽法」だ。

 自らも魔法のようなオーケストレーションの腕前を持つ伊福部が、第二次世界大戦中、二十代の頃にから構想し、戦後執筆を開始。最初の判は1958年に出版され、15年後の1968年の改訂時にこれを「上巻」として、新たに下巻を加えて完成したという、とてつもなく時間を掛けた大著である。

 オーケストレーションの教科書は、古くはベルリオーズやリムスキー・コルサコフのものから、近代ではウォルター・ピストンのものなど各種ある。伊福部の「管絃楽法」は、それらの中にあっても、最高峰と評価される名著なのだ。

 今回の復刊にあたっては、著者自身が死の直前まで校訂し、その後伊福部門下が作業を引き継いだとのこと。上下二巻だったものを一冊にまとめると共に、内容をが一部追加されている。

 「専門的な教科書を紹介してどうする」と言われそうだが、私は買う。高い本だがそれでも買う。長年捜して、これまで手に入らなかった本だから。

 作曲家になりたくて勝手な音符を書き散らしていた高校生の頃、この本が読みたかったのだ。結局手には入らず、私は全音のポケットスコアに入っていた諸井三郎による薄っぺらい「スコアリーディング」に載っていた各楽器の音域表を頼りに、オーケストラの曲を書こうとしたものだ。もちろんものになるはずもなく、あの頃書いた音楽まがいの楽譜は後で全部棄ててしまった。

 大学に入ってからも、この本は見つからず、代わりにウォルター・ピストンの本を買った。だからといって、自由自在に作曲ができるようになるわけではなくて、結局私は理工学部を出て記者になり、今は皆さんがご存知の通りである。

 それが今になって、この本が買えるようになるなんて…複雑な気分ではあるが、なんと幸せなことだろうか。

 音大作曲科の学生なら買うべし、伊福部ファンなら買うべし。そして——

 ニコニコ動画あたりに初音ミクで投稿していて、なおかついつかはシンセの代わりに本物のオーケストラをがーんと鳴らしてみたいという野望を持っている人は買うべし。覚悟を決めて買うべし。そして、伊福部が書き残した技術を、知と情の両面で喰らい、咀嚼嚥下すべし。


 
 伊福部の技術が、「管絃楽法」に詰まっているとするなら、伊福部の精神はこの「音楽入門」に凝縮されている。本来はクラシック音楽初心者のため平易な入門書として企画された本だが、出来上がってみれば伊福部の音楽芸術に対する態度がはっきりと現れた本になった。1951年初版なので、まさに「管絃楽法」を執筆している最中に書かれた本である。
 「2万5200円なんて高い本、しかも音大生用教科書なんて買えるか!」という人はこちらの本を読もう。

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2008.01.17

知っていることと知りたいこと、知らないこと

 12月の話だが、日経新聞の先輩Tさんと忘年会をした。科学技術報道の先輩なのだが、昨年、ひょんなことから2人ともクラシックファン、しかもショスタコーヴィチが好きということが判明し、「一度飲みますか」ということになった。

 昨年11月から12月にかけて、記念碑的コンサートが開催された。指揮者の井上道義がショスタコーヴィチの交響曲、全15曲を8回の連続演奏会ですべて演奏したのだ。

「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」

 私はこれにすべて通った。Tさんも仕事が許す限り通った。「いやあ、すばらしかったね」とワインを飲みつつ盛り上がる。

 話は、テレビドラマやアニメで盛り上がっている「のだめカンタービレ」へと流れた。

「松浦さんねえ、クラシックの側から見た『のだめ』の功績って、ベートーベンの7番を一般に知らしめたことだと思わないか」

 ここでいう7番というのは第7交響曲のこと。5番の「運命」、6番の「田園」に続く曲だが、前2曲のようなニックネームを持たない。

「そうですねえ。みんな『運命』も『田園』も一応知ってますけれど、その次の7番を聴いたことがある人は意外に少ないですね」
「良い曲なんだけどねえ」
「大傑作ですよ。あのリズムの取り方はベートーベンが書いたロックとかダンスミュージックとか、そうといってもいいでしょ」

「本当になあ」
と、Tさんが言う。
「みんな知っているものは知りたがるんだ。知っているのに聴きたがるんだ」
「そして知らないものは聴きたがらない。知りたがらない」と私。
「5番の『運命』はじゃじゃじゃじゃーんで知っていて、6番の『田園』はたーらーたーたーららたったーで知っている。でも次に7番があるなんてことを思いもしない」
「ちゃんと9番『合唱』があることは知っているのにね」
「そうなんだ」
「8番も知られてませんね。いい曲なんですけどね」
「他人事じゃないよなあ。僕らの仕事も同じだ。知っていることしか知りたがらない人たちに、知らないことを伝えて行かなくちゃならない」

 2人でため息をつく

 Tさんはずっと科学技術報道に携わってきた。私は今、宇宙分野で物を書いてどうやら生きている。「人間、知っていることしか知りたがらない」というのはまったくもって実感だ。

 人間は本質的に保守的な生き物だ。知っていることを確認して安心することを好む。新しいことを知って楽しむ「好奇心」という属性も持っているが、どちらかといえば「知っていることだけを、知る」傾向の方が強い。

 例えばベートーベンの第5交響曲、通称「運命」だが、冒頭の「ジャジャジャジャーン」は知っているとして、あの曇天から晴れ間がのぞくような第2楽章のメロディを思い出せる人はどれぐらいいるだろう。なかなか格好良い第3楽章のフーガは、あるいは第3楽章からトンネルのような暗い接続部を経て、昂然と鳴り出す晴れやかな第4楽章の冒頭はどうだろう。
 知らないとしたらなぜ知らないのか。興味がないのか。「この道はどこに続いているんだろう」と同じような、「このメロディはどこにつながっていくのだろう」という好奇心がなぜ働かないのか。

 そう、たとえ冒頭の「ジャジャジャジャーン」を知っていても、その続きに好奇心が働く人はわずかだ。曲の全体にベートーベンが込めた深い創意にたどり着く人は、「クラシックマニア」と呼ばれてしまう。

 あるいは、「歓喜の歌」の第9交響曲。あのメロディは覚えているとして、では付点付きのリズムが力強い第1楽章冒頭はどうか。ティンパニのオクターブ跳躍が付点付き音符の3拍子で響く第2楽章は、あの天国的な平穏さに満ちた第3楽章は。あなたは覚えているだろうか。きちんと聴いているだろうか。
 ひょっとして、「あのメロディが出てくるまで退屈でたまらん」とか言って、演奏会に行くと寝てはいないか。そして第4楽章のバリトンが「おお友よ」と歌い出すところで、「やあ、そろそろだ」と起き出して、すでに知っているメロディを聴いてはいないか。

「だってつまらなそうだから」という人もいる。そんな人でもベートーベンが楽聖と呼ばれる存在であることは学校で習っていたりする。
 楽聖とまで呼ばれる男が全力を尽くして作った作品が面白いかつまらないか、試してみる。それだけの好奇心が働く人は、数少ない。

 知られていないから、皆知りたがらない。だからますます知られない――クラシック音楽はいつもこんなマイナスのスパイラルと戦っている。

 そして科学報道も。

 知らないものを知りたがらない人々に、新しい物を知らしめる方法は存在する。マスメディアでヘヴィ・ローテーションをかけて、無意識のうちにその情報にふれている状態を作り出す。つまり、知らないものをいつのまにか「知っていること」に割り込ませてしまうのである。

 音楽業界ではよく使われる手法だ。テレビドラマの主題歌タイアップというのもこの手法の一つである。ドラマを見ている人に、音楽を刷り込んでしまうわけである。

 しかし、科学報道で同じ手法は使えない。結局、Tさんも私も延々と匍匐前進を続けるしかないのだろう。

 「のだめ」でベートーベンの7番を初めて知った方は、ぜひともCDを買って7番の全曲を聴いてもらいたい。とても楽しい曲だから。あなたは、音楽を楽しむにあたっての、すばらしいチャンスを手に入れたのだ。

 その上で、できれば同じベートーベンの8番とか(冒頭、弦楽器が「あーくたびれたー」と演奏を始める。本当だよ!)、あるいは最終楽章でファゴットが超絶技巧を発揮する4番など聴いてみてもらえれば… ちょっとばかりうれしいね。

 ベートーベン7番だが、ここではベタにカラヤン・ベルリンフィルの1983年録音盤を推薦しておくことにする。クラシックファンはうるさ方が多くて、「カラヤンなんて流麗なだけで中身がない」という人も多いのだけれど、私はカラヤンの演奏をバカにしてはいけないと思う。
 流麗に演奏するのは実のところとっても難しいのだ。最初に聴く人には、彼のような演奏のほうがなじみやすいのではないだろうか。

 もう一枚、カラヤンと同時期に活躍したカール・ベームが壮年期に入れた録音を。この録音ではそうでもないのだけれど、晩年になるにつれてベームの演奏は、音楽の本質のみを取り出した、それこそ「音楽の骨格」としか言いようのないものになっていった。最後の来日時に演奏したチャイコフスキーの「悲壮」、私はNHKの放送でしか聴いていないけれど、あれはすごかった。本来ふくよかなはずのチャイコフスキーの音楽から、柔らかな表情が一切そぎ落とされ、ホネホネの厳しい、しかし音楽の本質だけが結晶したかのような響きだった。
 一説によると、最晩年になって体が動かなくなり、どんどん不明確になっていったベームの指揮棒に、オケが必死になって合わせていった結果そんな音楽になってしまったそうなのだが、本当にそうなのか、私は知らない。

 クラシック系の音楽は、知られていないが故に知られない、ということを実証した曲。ポーランドの作曲家ヘンリク・ミコワイ・グレツキの「交響曲3番・悲歌のシンフォニー」。1976年に作曲された。全3楽章で、ソプラノの独唱が付く。すべての楽章がゆっくりとしたテンポで、人生をおそう悲しみを歌う。第2楽章の歌詞は、ナチスの収容所の壁に残された犠牲者の言葉だ。巨大で、悲しく、最後に淡いなぐさめを感じさせる美しい曲である。
 この地味な曲は、傑作ではあるがそのままでは忘れ去れて終わりだったろう。しかしイギリスのとある放送局が番組のテーマ曲として、第2楽章をヘヴィローテーションしたところ、欧州を中心に人気が爆発し、1980年代半ばには世界的な大ヒットとなった。ウィキペディアにも一項目が立っているほどだ。
 そうだ、傑作はいつだって存在するし、聴かれるのを待っている。知っていることしか知りたがらない私たちの耳は、数多くの傑作を忘却の森の中に置き去りにしているのだろう。

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2008.01.01

初音ミクと原盤権

 あけましておめでとうございます。もう何年も前に年賀状を出すのを止めてしまったので、ここでの挨拶が生存証明となります。

 2008年が皆様にとって良い年でありますように。


 初音ミクを巡る、今回のドワンゴの対応で、ずっと気になっていたのは「ドワンゴは、原盤権をどう扱おうとしていたのか」ということだった。

 12月25日付のドワンゴ・ミュージックパブリッシングとクリプトン・フューチャー・メディアの共同メッセージで、この件は以下のように明快に記載された。

2 「初音ミク」ソフトウエアを使用して作成された音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認し、その権利行使代行会社を制作者自身の意思により決定することができることを確認します。

 すばらしい。誰がこの条項を入れるよう主張したかは分からないが、この条項ひとつをとっても、ネットの音楽事業をきちんと理解した上で、共同メッセージが作成されたことが分かる。

 私がこの分野を取材していた8年前の段階で、すでに音楽のネット配信では、原盤権を誰が保有しているかが死命を制するということが、業界の常識となっていた。
 
 とりあえずは、ここで原盤権について解説しておくことも無駄ではないだろう。

 例によって8年前に取材し、勉強した事項なので、誤りがあったならばコメント欄での指摘をお願いします。

 結論を先に書いておくと、今後自作の曲を商用利用に出す方は、間違っても契約相手に原盤権を渡してはならない。
 著作権のJASRAC管理が、「その曲を色々な人が利用すること」を制限するものなら、原盤権の譲渡は「自分が完成させた音を、自分の意志で扱うことができなくなる」ということを意味する。

 著作権の周囲には様々な権利がくっついている。原盤権というのはそれらのうちの一つだ。

 まずはWikipediaの原盤権を読んでみよう。「原盤権(げんばんけん)は、一般に音楽を録音・編集し完成した音源(いわゆる原盤、マスター音源)に対して発生する権利のこと。」とある。

 音楽の場合、作詞家が詩を書いて作曲家が曲を付けても、それだけでは聴衆の耳に届かない。まずは実演家が演奏する必要がある。
 ライブならそれでおしまいだが、レコード(CD、音楽配信)ならば、録音を行い、録音技術者が様々な調整を行って、複製可能なマスターデータを作成する必要がある。

 このマスタデータを自分の意志でどうこうする権利が、原盤権だ。原盤というのは、アナログレコード時代、レコードを作成するための最初のマスターのことを原盤と呼んだことに由来している。

 原盤権の保有者は、自らの意志でそのデータをCDにして販売したり、送信可能化権を行使してネット配信したりすることができる。その場合、著作権者の了解を得る必要はない。
 もちろん著作権者に対して著作権料の支払いは生じる。しかし著作権者が、原盤権保有者に対して、例えば「その録音は若気の至りだから再発売するな」「自分はネットを信用していない。ネット音楽配信するな」というような要求をすることはできない。

 従来、原盤権は音楽出版社、つまり各アーチストが所属する音楽プロダクションが保有することが多かった。これは、レコードの企画と制作の手配を音プロが行っていたかららしい。
 その昔は一般的に、音プロがレコード会社に企画を売り込み、録音の段取りを行い、セッションを用意してからおもむろに看板歌手がスタジオにやってきて録音し、録音をマスタリングするという手順でレコードを作っていた。

 ところがそのうちに、原盤権の重要性に気が付くレコード会社が出てきた。一番最初に原盤権の重要性に気が付いたレコード会社は、ソニー・ミュージック・エンタテインメント(SME、現ソニーBMG・ミュージックエンタテインメント)だったと記憶している。同社の社長を務めた丸山茂雄氏(現247music社長)が、アーチストとの契約の際に「原盤権はSMEが持つ」という条項を入れるようにしたのだった。

 余談だが、丸山氏はJ-POP草創期に主にロックの分野で活躍したプロデューサーだった。取材していて「この人は信用できる」と思えた数少ない業界人の一人である。
 丸山氏の先見の明で、原盤権を押さえたソニーは、そのまま音楽ネット配信事業の勝者となってもおかしくはなかった。しかし実際にはOpenMGのようなおよそユーザーフレンドリーではないコピープロテクションに走ったあげく、CCCDの導入でユーザーの総スカンを食らってしまい、AppleのiTunes Music Storeの後塵を拝する結果となった。
 その過程で丸山氏はSMEを退社し、247musicを設立した。何があったのだろうか…

 そのSMEのやり方を真似たのがエイベックスで、こちらも原盤権を会社が持つというやりかたをとっている。エイベックス——今回の初音ミク騒動の一方の当事者であるドワンゴの筆頭株主である(1/2記:「親会社」を「筆頭株主」に訂正しました)。

 今回の初音ミクを巡る動きの中で、当初ドワンゴは原盤権を押さえるつもりでいたに違いない——などと主張するつもりはない。それは出来の悪い陰謀論だろう。

 それでも、私は今回のドワンゴ、クリプトン間の合意の文面で、エイベックス流の「原盤権よこせ」ではなく、「音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認」と、はっきり原盤権がそれぞれの作者にあることが明記されたことは大きな意味があると考える。

 初音ミクのオリジナル曲の場合、作者が作詞作曲から、最終的にリスナーの耳に届く音データに至るまでを制作している。音プロがレコードを企画して、歌手が乗っかるだけというのとは根本的に事情が異なる。
 自分の曲をどうネットで配信すべきかは、レコード会社が決めることではない。
 それぞれの作者が、自分の保有する原盤権に基づいて決めるべきことだろう。

 ちなみに、丸山氏とは別の方面から、原盤権の重要性を主張していた人物がいた。シンセサイザーで有名な冨田勲氏だ。私が音楽配信の取材に従事していた当時、氏は「原盤権はクリエイターが持つべき」とあちこちで発言していた。

 その事情はJASRACのHPに掲載されたこの記事にある通りだ。ムーグ・シンセサイザーによる最初のアルバム「月の光」のレコードを出すにあたって、レコード会社のRCAは2つの条件を提示した。原盤権をRCAで買い上げるというものと、原盤権は冨田氏が持ち、印税形式で報酬を受け取るか、だ。原盤権の買い取り価格はかなり高額で、借金をしてまでシンセサイザーを購入していた氏は相当悩んだそうだが、自分で原盤権を保持する方を選んだ。

 トミタ・シンセサイザー・ミュージックはその後、世界を席巻し、その原盤権は冨田氏に大きな収入をもたらすと同時に「サウンド・クラウド」のような大きなイベントを開催するための礎となった。

 「月の光」も冨田氏ひとりがゼロから作り上げたものだった(ドビュッシーは1918年に死去しており、その著作権は1968年末日で切れている…と思ったのだが、日本の場合戦時加算で10年以上延びていたのだった。このあたりどのような権利処理をしたのだろう?)。その意味では、初音ミクオリジナル曲と、状況は似ていると言えるのではないだろうか。

 ワルター・カーロスの「スイッチト・オン・バッハ」がシーケンサーによるテクノ音楽に繋がったとしたら、ドビュッシーをフィーチャーした「月の光」は、未だかつて存在し得なかった新たな音色を創造するという方向への第一歩だった。発売から30年以上を経て、今なお新鮮に響く名盤である。未聴の方は是非是非。


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2007.12.28

初音ミクとJASRAC

 初音ミクと日本音楽著作権協会(JASRAC)の話。

 8年前の取材経験に基づいて書くので、事実誤認が紛れ込むかもしれない。それでも記者として知り得たことはネットに還元しておいたほうがいいと判断するので、以下書いていきます。
 間違いに気が付いた方は、コメント欄で指摘して下さい。

 「カスラック」という蔑称に代表されるように、ネットにおけるJASRACの評判は極めて悪い。

 例えばJASRACは「放送通信融合」の敵か味方か--菅原常任理事に聞くというCNET Japanの記事に対するはてなブックマークの反応を見ると…「JASRACの負の部分が凝縮された、ある意味永久保存版の記事。見識の無さをここまで披露してくれてありがとうと言いたい。」「ラスボスらし過ぎるwww」「そりゃ日本の音楽が衰退していく訳だわ」などなど、JASRAC非難のオンパレードだ。

 ただし、ここで注意しなくてはならない。JASRACのような組織がないと立ち行かないこともまた存在する。

 例えば日本人作品に対する海外からの権利金徴収だ。JASRACは世界各国の音楽著作権管理団体と協定を結んで、日本での海外作品の著作権料を送金すると共に、海外からの著作権料を受け取り、国内の権利者に分配している。このような業務はJASRACのような組織でなくては難しい。

 初音ミクと終わりのはじまりに付いたぴょんきちさんのコメントにあるように、JASRACがあることでルールが明確化され、フェアユースが可能になる案件も存在する。

 それでは、なぜJASRACがかくもネットで嫌われるのかといえば、ネットが出現したことにより、これまで存在し得なかったような新たな創造的な場が出現しつつあることに対して、従来の著作権の考えをそのまま拡張し、押しつけようとしているからだろう。

 つまりJASRACは新たなテクノロジーの出現に対して、どのように対応すれば、よりみんなが音楽を楽しむことができるようなるか」という発想ではなく、「従来の著作権の考えに、いかにしてネットのような新しい媒体を組み込むか」という発想しか持てないでいるのだ。

 その背景はCNET Japanの記事に現れていると、私は思う。

 この記事の中で、菅原瑞夫常任理事は、徹頭徹尾、お金の話しかしていない。CNET Japan側がインタビュー内容を取捨選択した可能性もあるが、読んだ印象では「金に関する部分の話が圧倒的に多かったのでそこを中心にインタビュー記事を構成した」のではないかと思う。

 菅原理事がお金の話しかしていない理由を私なりに推察すると、菅原理事が、事務方出身だからではないだろうか。

 JASRACの議決機関、そして組織図を見てもらいたい。なぜか会長と理事長が存在し、総会、評議員会、理事会と3つの議決機関が存在している。総会は言ってみれば株主総会のようなものだから、ここでは除こう。日常的な意志決定は評議員会と理事会が行っている。

 実はJASRACの意志決定のシステムは二重底になっている。会長と評議員会は会員、つまりクリエイターや所属する法人の関係者で構成される。

 一方、理事長と理事会は事務方、つまりクリエイターだけではなくJASRACの社員も入って構成されている。定款によると最大29人以内とされる理事のうち、18人以内は評議会で選ばれるクリエイターだ。しかし実際問題として、理事の中から理事長が選ぶ常務理事及び常任理事が強い力を持っている。これらの席はほとんどJASRAC社員、つまり事務方が占めている。


 定款を見るとそれぞれの議決機関の役割分担が書いてある。簡単に言うと、クリエイター側の評議員会はお金の分配方法を決め、一方事務方主導の理事会は、お金の徴収方法を決定している。
 とはいえ1つの組織に2つの意志決定の仕組みがあるので、そこには力関係が存在する。

 ここからは8年前に取材していた時の実感となる。実際問題として、理事会と評議員会とのどちらが力があるかというと、圧倒的に理事会だった。
 まず、クリエイターの集まりである評議員会は、まとまらない。もともと一匹狼気質の強いクリエイターが集まるのだから、議論百出でまとまるものもまとまらなくなるのが当然だ。

 さらに、クリエイター側には、演歌関係者とそれ以外という内部対立も存在する。いわゆる古賀問題だ。

 JASRACは1994年に新橋から現在の代々木上原に移転した。その時に、JASRACから古賀政男音楽文化振興財団へ、ビル建設費用78億円が無利子で融資され、しかも完成後のビルにJASRACが入居したのだった(このあたりこのあたりを参考にしてほしい)。現在、JASRACと同じ敷地には古賀政男音楽博物館が入っている。

 私も詳細は知らないのだが、8年前に関係者から聞いた時の口ぶりでは、先生-弟子の人間関係が非常に強い演歌関係者が「古賀先生のために」と、JASRACの資金を一部理事の協力を得て、その他のクリエイターに無断で古賀政男を記念する施設を作るために、不明朗ななあなあの意志決定で使ってしまったらしい。当時、カラオケ施設からの著作権料聴取が進み、演歌関係者はかなり潤っており、同時にJASRACでの発言権も増していた。

 演歌以外からすれば「俺たちの著作権料をなんてことに使ってくれたんだ」ということになる。このことは、演歌とそれ以外のクリエイターの間に深刻な対立を引き起こした。結果、ただでさえまとまらない評議員会は、ますますまとまらなくなってしまった。

 さらに困ったことに、演歌関係者の多くは技術革新に見事なぐらいに疎かった。つまり評議会で「新たなネット社会に合わせた著作権のあり方を考える」としても、かなりの勢力を持っていた演歌関係者は「なにそれ? そんなこと必要なの?」状態だったのだ。

 ちょうど私が取材していた頃は、「こんなことではいけない」と、カシオペアの向谷実さんや、「うる星やつら」の音楽で知られる安西史孝さんなどが、評議員として活動を開始した時期だった。しかし、今のJASRACを見ると、どうもこの活動はなかなかうまくいかなかったように思える。

 クリエイター側がこのような状態である一方で、事務方が力を持つ理事会は、基本的な体質が官僚である。つまり「権限を大きくする」という意識が先に立ち、事業目的にある「音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に資する」という部分への配慮が足りない。

 権限第一の官僚的思考をJASRACに当てはめると、著作権の強化もネットからの徴収も、JASRACに集まる著作権料を増加させるので組織にとっての正義であるということになる。「取ることは、著作権者のためだ、その分著作権者にお金が回るのだから正義である」という大義名分もある。

 この結果、JASRACは「取れるところからどんどん取る」というコワモテ体質になってしまい、今やネットでカスラックと罵られるようになっている——これが私の現状判断である。

 今回の初音ミクの問題をJASRACとネットの関係で見ると、「ネットに出現した新たな創造の場をどう見るか」という問題に帰着するように思う。JASRACの事業目的に「音楽文化の普及発展に資する」とある。ネットに対してこれまでのやり方を押しつけるだけでは、事業目的に違反することは明らかだ。JASRACは、どう振る舞うことが音楽文化の普及発展に資するのかをよくよく考えたほうがいい。

 それが絵画であれ音楽であれ、創造は模倣から始まる。模倣無くして創造はあり得ない。今、ネットに誕生しつつあるのは模倣と相互評価による世界規模の切磋琢磨の場ではないだろうか。
 私には、これを著作権を楯にして、潰していいとはとても思えない。

 菅原理事は、CNET Japanのインタビューで、「切り貼り”は創造にあらず」などという、不見識をさらしてしまっている。引用とコラージュが現代芸術の一大問題であることを、音楽に関係する組織の管理職が知らないとしたら、それは職務怠慢ですらある。

 一つ、私が希望を見るのは、現在の理事長が加藤衛氏であることだ。この人は文部官僚の天下りではなくJASRAC生え抜きで、私が取材していた頃は理事になったばかりだった。かなりのやり手であり音楽書誌の電子データ化やオンライン登録・徴収システムの整備に積極的に取り組んでいた、
 当時は記者会見などで唯一まともなことを言う理事という印象だった。この8年間、彼が気骨を貫いていたら、あるいは良い解決法を打ち出してくれるかもしれない。

 まあ、加藤理事長が今のコワモテの姿勢を指示している可能性も否定はできないのだけれども。このあたりは、現在取材をしていないので、私にはなんとも言えない。

 なお、JASRACの評議員会の様子は、作曲家でヴァイオリニストでもある玉木宏樹氏のホームページ内の、音楽著作権のJASRAC問題というページで、そのいくらかを知ることができる。

 以下は余談。本題とは関係ないのだが、JASRACに関連して思い出したので、備忘録としてここに書き記しておく。

 JASRAC60周年のパーティでのことだ。何日だったかは忘れたが、1999年11月15日にH-IIロケット8号機が打ち上げに失敗した直後だった。

 ホテルオークラの大きな宴会場には、音楽関係者だけではなく官僚も政治家も来ていた。当時、JASRACの理事長は文部省からの天下りの加戸守行氏(理事長を退任後、愛媛県知事選に出馬して当選)から、小野清子氏に変わったばかりであり、パーティは新理事長のお披露目も兼ねていた。小野理事長の横には風船を付けたJASRACの職員が付いていた。風船は、新理事長に挨拶に来る人に居場所を知らせる目印で、似たような風船は、会場に集まった文教族の政治家の後ろにも立っていた。

 当時取材で付き合いのあったとある音楽プロの社長が、理事長の風船を指さして声を潜めて言った。

「見なさい。いくらオリンピックで銅メダルを取った体操選手だからと言って、音楽のことが分かっているわけではない。まるで無知ですよ。誰か偉い人が言ったんでしょう。『JASRACあたりで次の選挙まで腰掛けしておきなさい』って。ふざけてますよ!」

 小野清子理事長はその前年の参議院選挙で落選し、浪人中の身だった。就任当初は「腰掛けではなく3年の任期を全うする」と発言していたが、2001年には選挙に出馬するため任期を18ヶ月残してJASRAC理事長を辞職している。その間の年俸は3700万円。退職金は1000万円だったそうだ。

 私は小野新理事長に近づき、話しかけた。どんな人にも名刺一枚で話しかけられるのは記者の特権である。すぐに分かったのは、新理事長が著作権のなんたるかを理解していないということだった。こちらの質問に対する返答に詰まると、お付きのJASRAC職員がこしょこしょと後ろから耳打ちしていた。「まるで二人羽織だな」と私は思った。
 この人に何を聞いてもニュースは取れないと判断した私は、そこから離れたのだった。

 その場には小野理事長を押し込んだ“偉い人”らしき人物も来ていた。小渕恵三内閣総理大臣である。この時私は、小渕総理と数語言葉を交わし、かなりのショックを受けたのだが、これはまた別の話になるのでいずれ。

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2007.12.25

初音ミクと終わりのはじまり

 久し振りに野田司令に会ったら、「初音ミクはどうした?」と言われた。

 もちろんいじっております。試作品もあります。が、なかなか腰を据えて歌わせることができないのでありますよ。

 その間にも世界は動いていて、ニコニコ動画では初音ミクをフィーチャーしたオリジナル曲はどんどん出てくるわ、マッシュアップが進んでとんでもない高クオリティの映像が付くやらで、素晴らしい事態が進行しているではないか。

 こういうものは参加してみるに限る。是非とも自分も混沌広がるマッシュアップの場に乱入してボコボコにされてみたいのだけれど、悲しいことに私には野尻抱介さんのように、ささっとセンスの良い作品を作る能力はないのであった。あまりにうらやましかったので、野尻さんの投稿に、「先生なにやってんですか」とコメントを付けた…というのはウソですが。

 いやもうなんてえか。もっとやって下さい。

 ここに来て、ネットのムーブメントを旧来の権利処理の方法でビジネスをしようとしたドワンゴ(ニコニコ動画を運営するニワンゴに出資している。ちなみにのまネコ問題でミソ付けたエイベックスの関連会社でもある)と、初音ミク発売元のクリプトン・フューチャー・メディアの間で、トラブルが発生していたが、この度無事解決した。

 詳細はまとめWikiをみてもらいたい。要約するとニコニコ動画で短期間のうちに200万アクセス超えるヒットとなった「みくみくにしてあげる」という曲を、ドワンゴがカラオケに使おうとした際、JASRACに登録したことから、これまでネットで自由にマッシュアップされてきた曲が使えなくなるとしてネット利用者から大きな反発が起きていたのである。

 旧来の著作権ビジネスを展開しようとしたドワンゴが、著作権無視の花園に開いた花であるヒット曲を自分一人でつみ取ろうとしたことの帰結がこれである。

 明らかに、なにか今までとは違う事態が進行している。
 
 私は1998年から2000年春まで、つまりサラリーマン生活の最後の2年間、音楽のネット配信関連の取材に従事した。その時にずいぶんと音楽関係者に会ったのだけれど、つくづく感じたのは「音楽業界は嫉妬の連鎖で構成されている」ということだった。

 以下は一般論として読んでもらいたい。

 音楽業界に身を投じる者に音楽嫌いはまずいない。その多くは最初、自分がミュージシャン、クリエイターとして成功することを夢見ている。しかし、目標を達成するのはごく一部だ。残る者のうち一部はバックバンドやスタジオミュージシャンとなる、そこからも脱落すると、今度は音楽プロダクション関係者としてマネジメントや経営に携わることになる。

 つまり、夢破れた者が、かつて自分も追いかけた夢を実現した者を管理することになる。

 音楽プロダクション(業界的には音楽出版社などという)からも脱落した者は、より音楽から遠い場所、すなわち業界団体の事務などに流れていく。脱落に脱落を重ねた者が、業界を束ねて関係官庁との折衝を行うのだ。

 これに、地方のコンサートなどを仕切るプロモーター(彼らの多くも夢やぶれた者だ)や、興行に張り付いてくるヤクザなどを加えると、嫉妬と権力とのドロドロの場ができあがる。「なるほど、美空ひばりが絡め取られたのはこれか!」と取材で何度も思ったものだ。

 このどろどろの場が崩壊しない最大の原因は金だ。音楽の世界はヒットしなければ、極貧のどん底でのたうち回ることになる。しかし、その一方で一発ヒットが出ると、投資に対するリターンがとんでもない比率となる。
 つまり、音楽のクリエイターとしての才能がなくとも、業界に張り付いてヒットのおこぼれで食っていこうと思えば、食っていけるのだ。

 そのような資金のリターンを保証しているのが著作権を初めとした各種権利であり、JASRACというわけだ。JASRACは同時に、著作権料回収代行の手数料を徴収している。ヒット曲となるとこの額はバカにならない。それは同時に日本一の弱小官庁などと言われる文化庁にとって、とても貴重な利権になっているわけである。 

 結論を言えば、音楽業界は、一部のクリエイターの才能に、多くの関係者がぶらさがって食っている世界なのだ。

 初音ミクの件は、そのような業界構造が崩壊に向かう一つの象徴なのではないかという気がする。

 才能というものは、ダイヤの原石よりもキノコのほうによほど似ている。条件さえそろえば、勝手に生えてくる。
 食えるかどうかの判別に、知識と才能が必要という点もキノコそっくりだ。そして音楽業界を仕切っている者のすべてが、才能を見抜く能力を持っているわけではない。

 クリエイターとしては、創造の喜びと、人々の称賛、そして普通に暮らす生活費があれば十分だ。しかし業界はそれでは困るので、利益を最大にするための色々な仕組みを作り上げてきた。著作権のありようなどもその一つである。アーティストが音楽プロに所属するというシステムや、原盤権という権利も、あるいは送信可能化権などというものもそのうちのひとつだ。

 しかし今や、ニコニコ動画のように、才能と大衆が勝手に集まってきて音プロもJASRACもなしで楽しく遊ぶ場が動き出してしまった。
 もちろん、ヒット曲には対価が必要だろう。カラオケ配信で儲けたっていい。そこにJASRACが入ったってまあ良し。
 でも、そこだけにしといてもらいたいというのが、多くの人の感じるところじゃないだろうか。ネット配信の制限だの、マッシュアップが著作権侵害だの、JASRAC余計なことしてくれるな、ということだろう。

 私としては、音楽シーンのごく一部が現在のような巨大ビジネスになっていることのほうが、異常だと思っている。歌は英語でAir、空気だ。空気のように無償で、口伝えで、多くの人々の間に広がっていくのが、本来の歌ではなかったか。そして今や、ネットという歌を伝える新たな媒質が存在している。

 1994年に日本でインターネットの一般への開放があった時、「これで世界は変わる」と言っても理解できない人は多かった。あれから13年、そろそろ色々な変化がでてきたな、という気がする。

 それにしても、うう、自分もマッシュアップに参加してみたい!

 著作権については、色々書きたいことがあるので、この話題は続きます。

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2007.10.30

踊れ、買うたやめた音頭

 「買うたやめた音頭」というのは、そろそろ20年近く昔、模型雑誌「モデルグラフィックス」に寄稿していた松本州平さんというモデラーが言い出した言葉だ。

 模型店の店頭で、プラモデルを手に取り、ためらいつつもレジに歩き出し、そこで思い直して棚に置き直し、歩き出そうとしてまた思い直してプラモデルを手にとって、以下繰り返す——「買おうか、買うまいか」を迷うと、よくやってしまう仕草だが、それが踊っているようだということで、「買うたやめた音頭」と命名されたわけである・

 「あるある、俺もやったよ」と共感を呼び、一部マニアでは今でも使われている言葉である。一時期プラモデルを買い集めていた頃、私もよく踊ったものだ、買うたやめた音頭を。

 最近だとネット通販だな。ここでぽちっとするか、やめとくべきか。カーソルがあっちいきこっちいき、ああ〜どうしようどうしようと、自分の代わりにディスプレイ上で踊るのである。

 というわけで、以下は最近私が踊っているアイテム。

 宮崎監督がすべてを仕切って全力投球した唯一のテレビシリーズ。というよりも、考えようによっては宮崎駿の最高傑作であり、関係者が「コナンはどこを切っても宮崎さん」という作品である。当時37歳の宮崎監督のリビドー全開。大塚康生作画のラナを「ブスだ」「大塚さんは自分の奥さんに似ちゃうんだよな」といって自分で全部直したというのだから気合いが入っている。

 以前5万円近い値段で出ていたものが、この値段で復活だ。うわ、これは買わねば。

 だが私はレーザーディスクで出ていた全話セットを今なお持ち続けているのである。しかもレーザーディスクプレーヤーも現役だ。

 さあ、どうするどうする。ハァ〜買うたやめた買うたやめた買うたやめた…

 「未来少年コナン」は色々と思い出深いアニメだ。NHKのテレビアニメ第一作というのもびっくりだが、それが「アルプスの少女ハイジ」を思わせる絵柄のSFというのは二度びっくりだった。放映当時私は高校2年生で、合唱部の部活から帰ってきて晩ご飯を食べていると、池辺晋一郎の「じゃじゃじゃじょわーん」という音楽と共にコナンが始まるのであった。

 記憶に頼って書いてしまうと、確か池辺晋一郎のテレビ劇伴第一作だったはず。ミトラという、マリンバの共鳴筒に紙を貼ってびびり音を加えた珍しい楽器が使われている。

 当時は、高校生ともなればテレビマンガ(アニメじゃないよ)を見るのは幼稚ではずかしいという感覚があった。それがコナンで一気に引き戻されたのである。確か同時期に「機動戦士ガンダム」も放送していて、マン研の友人が「シャアだ、やっぱりシャアだよ」と騒ぎだしたのも覚えている。

 そんなに面白いのかよ、と最初に見たのが、サイド6からホワイトベースが出港して、テレビ中継による衆人環視の中でガンダムがドム6機をまとめてたたき落とす回だったなあ。




 これまた、よく残っていたものだよな、の日本語吹き替えトラックが付いた「モンティ・パイソン」。とかなんとかいっちゃったりして〜ぇ、つーんつん。

 英語で見るモンティパイソンは、ひねたロジックやあてこすりを楽しむクールな番組だが、日本語吹き替えは、広川太一郎以下の声優の狂ったような怪演で、まったく印象が異なるものになっていた。

 日本でも「シャボン玉ホリデー」から「ゲバゲバ90分」ぐらいまでは、この手の「笑えないお前はバカだ」的挑発をするバラエティがあったのだが、多分変化が起きたのは「8時だよ!全員集合」あたりからだろう。

 それでもドリフターズは演芸コントの流れを受けて緻密に笑いを設計していくというスタイルだったが、「俺たちひょうきん族」以降は、そもそも笑いを設計するという概念が消えていく。

 個人的に決定的だったのは、とんねるずの登場で、私はとんねるずをまったく評価しない。当時からどこが面白いのかまったく理解できなかった。

 昔は良かった的な物言いは、記憶に美化作用がある以上、厳しく慎まねばならないが、私は今のテレビのバラエティに一切観る価値を見いだせない。そもそも、最近は地上波テレビを観ることもまれだ。

 で、日本語版モンティ・パイソン、買うべきか。ハァ〜買うたやめた買うたやめた買うたやめた…




 最近気になっている作曲家アラン・ペッテション(1911〜1980)の交響曲全集。たまたま聞いたウェブラジオで、彼の交響曲7番をやっていて、度肝を抜かれた。「うわ、ショスタコーヴィチよりもど真っ暗な音楽がある!」。

 交響曲を、「その作曲家の人生のすべてを突っ込んだ大規模管弦楽曲」と広く定義するなら、まさにペッテションの交響曲は、交響曲の王道を行く。どの曲も1時間、さらにはそれ以上の演奏時間であり、ダイナミックな音響に溢れている。

 が、それ以上に彼の交響曲を特色付けるのは、全編を貫く、絶望と呪詛だ。

 実際、彼の人生行路は安泰とはほど遠いもので、絶望につぐ絶望だったようだ。ところが彼は絶望をパワーにして、真っ暗な交響曲を次々に書いたのである。いくつか聴いた曲は、そのどれもが漆黒の闇すら、極め、貫通すれば輝き出すといった風情を湛えている。

 20世紀音楽で、「交響曲は死んだ」と言うことが良く言われる。現代の表現に、交響曲という形式は似合わないというわけだ。確か作曲家の諸井誠は、交響曲の終着点を、オリヴィエ・メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」とショスタコーヴィチの「交響曲14番・死者の歌」としていたな。

 ところがどっこい、色々なところに交響曲はしぶとく生きているのですな。それどころか、その暗さにおいてショスタコーヴィチをもしのぐような作品が生まれていたわけだ。

 そんなど真っ暗などれも1時間超の交響曲を集めた全集を、さあ、果たして精神のバランスを保ったまま聴き通すことができるかどうか。そもそも、これを買う前にもっと買うべきCDがあるのではないか。

 ハァ〜買うたやめた買うたやめた買うたやめた…


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2007.09.19

初音ミクからボイセスカミングへ、その2

 では「ボイセスカミング」の話を。

 「Voices Coming」、「声ぞ来る」とでも訳せばいいのだろうか。この曲は、湯浅譲二により1969年にNHK電子音楽スタジオで制作された。作曲者は当時ちょうど40歳、バリバリに前衛の先頭を走っていた湯浅譲二。湯浅のイメージをテープに定着する仕事をこなした技術者は佐藤茂である。

 全体で20分50秒の尺があり、3部構成。うち大阪万国博の電電公社パビリオン「電気通信館」で流れたのは第1部の「テレフォノパシー」である。

 全3部とも、電子的に合成した音響と、実際の具体音とを融通無碍に使いこなしており、この時点の湯浅が「これは具体音から作ったからミュージック・コンクレート」「こっちは電子音で作った電子音楽」というような区別をせずに、「電子回路とテープなんだからまとめてもいいじゃないか」という意識であったことがうかがえる。

 3部の構成は1)テレフォノパシー、2)インタビュー、3)平和のために戦い殺された二人を記念して。

 テレフォノパシーは、当時の国際通話のオペレーターの声を録音し、これをテープを切った貼ったでつないでいったりして構成している。「ハロー、ハロー」さらには基地局名を告げる女声が交錯する、おそらく電電公社は、電話を象徴するオペレーターの声で、当時最新の電子音楽を創るというのが、「人類の進歩と調和」を標榜する万博に相応しいと思ったであろう。
 曲としては、当時の前衛系電子音楽の標準のような仕上がりを見せている。

 が、次の「インタビュー」はとんでもない問題作だった。

 インタビューというタイトル通り、様々な識者にシリアスな問題を投げかけ、その返事の音声をつぎはぎして作られている。…のだが、使われているのは、返事そのものではなく「あのー」「でもね」「それは、」「うーん」といった、返事の中の意味を持たない部分なのだ。

 技術者の佐藤によると、最初はインタビューから無意味なところを全て取り除き、意味のある部分だけで構成しようとしていたという。ところそれでは面白くないので、逆に無意味な部分だけを取り出すということになったのだそうだ。
 確かに聴いていると、無意味な間投詞にこそ、インタビューされた人の性格が投影されているのがありありと分かる。制作から37年も経った今、聴くと、これはとても面白い試みに思える。

 ところが公開当時、この部分はかなり激烈な批判にさらされたのだそうだ。「無意味な部分になんの意味があるのか」とか、変調などの操作をあまりかけない生の音声をつぎはぎした構成のせいだろう、「これは音楽ではない」とか。

 音楽かどうかはともかく、音響オブジェと考えれば、これもありかと思うのだが、当時はそうではなかったようだ。

 いやあ、本当にこれは面白いです。時間が経ったので、「ここで『うーん』と言っているのは誰それに違いない」というようなクイズ的要素も加わっているし。

 「平和のために戦い殺された二人を記念して」は、全曲で一番音楽っぽい、というと妙な言い方だが、音楽のように聞こえる音楽。
「平和のために戦い殺された二人」とは、ジョン・F・ケネディと浅沼稲次郎。演説が、そもそも音楽的要素を含むものなのだから、音楽的に響くのは当然なのかも知れない。

 前の2部では殆ど使われなかった電子変調が派手に使われ、ディストーションされたケネディと浅沼の声が、ステレオ音声で左右に行ったり来たりするところに、湯浅お得意の変調されたホワイトノイズが、がーっとかぶさる。ケネディの発する「As a result,」という言葉でクライマックスが来る。

 この曲の奇妙さ、怪作っぷりは、湯浅の問題意識の鋭さと、佐藤の技術の確かさががっちり組み合ったところにあるのだろう。音楽として聴こうと思えば聴けるし、音響オブジェと思えば音響オブジェだし、「人の声だ」と思えば人の声に聞こえる。そういう、音楽と言葉と音響の真ん中あたりに宙ぶらりんになっているところが、ものすごく面白い。

 こういう面白い曲(と言っていいのだろうか、いいんだろうな)が埋もれているのはとてももったいない。
 少しでも興味を持った人は聴いてみてもらいたい。


 というわけで、またもアマゾンからは買えないCDだ。検索に「音の始源を求めて3 佐藤茂の仕事」と入れて、オンラインで扱っているCDショップをさがしてみてもらいたい。

Sigen3 音の始源を求めて3 佐藤茂の仕事
収録曲
「小懺悔」(諸井誠)
「ディスプレイ'70」(柴田南雄):万国博日本政府館の音楽
「電子音と声によるマンダラ」(黛敏郎)
「ボイセスカミング」(湯浅譲二):万国博電気通信館の音楽
「ブロードキャスティング」 (篠原真)

 普通の人は海の物とも山の物ともつかないCDに3000円を払うのは冒険かと思う。が、他にも面白い曲が入っているので、私としてはお薦めである。

 例えば、篠原真の「ブロードキャスティング」(1973)は、当時のNHK5波(テレビ、教育テレビ、ラジオ第一、ラジオ第二、NHK-FM)を、ある1日すべて録音し、それらをつぎはぎして作った「NHKのある1日」のような作品だ。

 作者としては、現代の放送というものを象徴させたかったらしいいのだけれども、今聴くと、ここにあるのは34年前にNHKがどんな放送をしていたかをダイジェストした生々しい記録である。
 私と同年代ならば、「ああ、あの頃のNHKってこんな雰囲気だったよなあ」と当時の記憶まで蘇ってきてしまう、ちょっとノスタルジックな曲になっている。

Utukushi
 「こんな変なことばっかりやっている湯浅なんて作曲家に興味ないよ」と思ったあなた。いえいえ、多分あなたもまた、知らないうちに湯浅の作品で育てられているのです。  実は湯浅譲二は、童謡の分野でも様々な作品を書いている。「インディアンがとおる」「ピコットさん」「はっぱがわらった」「はしれちょうとっきゅう」——すべて湯浅の作品なのである。

 このblogを読みに来る人なら、おおかたは「びゅわーん、びゅわーん、は、し、るー」と超特急の歌を歌って育ったはずだ。。

 湯浅の童謡は「美しいこどものうた」という1枚のCDにまとまっている。これまたアマゾンでは買えないが、HMVとタワーレコードは扱っているのでそんなに入手は難しくないはずだ。

美しいこどものうた(HMV)
美しいこどものうた(タワーレコード)

 収録曲は以下の通り。いくつ歌えるだろうか。


「美しいこどものうた」:平松英子(ソプラノ)、中川賢一(ピアノ)

  • ほんとだよ
  • ピコットさん
  • あめのひ
  • インディアンがとおる
  • やさいはきらい
  • こおろぎ
  • まど
  • チビのハクボク
  • 大きくなったでしょ
  • ちゃっぷちゃっぷらん
  • それでも あんよ
  • かぜ
  • ふしぎなおかお
  • とけい
  • 僕だけが知ってたうた
  • しゃぼんだま
  • はしれちょうとっきゅう
  • きょうはなにいろ
  • はっぱがわらった
  • 甘い夏みかん
  • ジェット機きゅーん
  • 宇宙船ペペペペランと弱虫ロン
  • 冬の思い出
  • 二冊の本
  • じゃあね
  •  あるいは前衛保守を問わず、メロディストであることが作曲家の条件なのかも知れない。

     とりあえずアマゾンは、「美しいこどものうた」の楽譜にリンクしておく。


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    2007.09.18

    初音ミクからボイセスカミングへ、その1

     もののつ