10 posts categorized "携帯・デジカメ"

2010.08.04

太陽フレアと3D Sun

 1日に太陽表面で中規模の太陽フレアという爆発現象が発生した。

 アメリカの太陽観測衛星SDOのページを見てみよう。

 トップページに「Coronal Mass Ejection Headed for Earth?」という写真が掲載されている。

 太陽から吹き出したプラズマの巨大な塊が、地球に向かってきているわけだ。一部ニュースで「日本でもオーロラが見られるかも」と流しているが、(アストロアーツの記事が分かりやすい)これのことである。

 今日の本題はオーロラではなくて、太陽の様子を逐一知らせてくれる、iPhone/iPad用ソフト。「3d Sun」である。

 これはいいです。無料なので、iPhone/iPadユーザーは即ダウンロードして使ってみることをお薦めします。

 なにがどういいかを書きたいのだけれど…とにかく仕事に追われて時間がない。明日か明後日かに詳細を書きます。

 今回、あまりはやぶさとは関係ない内容に見えるが、はやぶさも、行きに巨大太陽フレアの直撃を受けて太陽電池の発生電力が落ちるという目に合っているので、関係ないこともないか。と。

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2008.07.22

iPhone 3G発売から10日

 iPhone 3Gが発売されてから10日以上が過ぎた。友人の数人は早速入手して色々と遊んでいるが、私自身は未入手。しばらくは様子見の予定。

 一度はソフトバンクから逃げた身というのもあるし、途中で乗り換えると違約金というのもあるが、最大の問題はソフトバンクの通信網がどこまできちんと高速通信を確保してくれるのか、危ういというところにある。私の場合、種子島の路上でも通信が出来ないと困るのだ。

 すでにネットでは賛否両論が渦巻いている。私の意見は「これがきっかけになって、携帯電話各社の囲い込み商売が終わればいい」「だからといってアップルの新しい囲い込みに入るのはかなわんな」というものだ。

 日本の携帯電話キャリアは、様々な囲い込み商売を展開してきた。データ通信でちょっと便利なサービスを受けようとすると、すぐに月100円〜300円の契約を要求される。それらがお金を払わねば入手できないサービスだったときには「仕方ないか」と諦めることもできたが、昨今インターネットの開かれた世界では同等のサービスが、より使いやすいインタフェースで提供されていたりする。しかもそちらのほうが使いやすかったりする。
 だからといって、お仕着せのメニューから外れて携帯電話から自由にネット接続しようとするとパケット単位の法外な料金を取られるという仕組みになっている。最近は若干崩れつつあるようだけれども。

 着うたの一曲315円低ビットレート著作権保護機能付き、というふざけたサービスが代表例だ。iTunes Music Storeでは、一曲150円高ビットレートファイルコピー自由の曲が入手できるのだ。

 iPhone 3GでiTMSからのデータを着うたにする方法も、さっそく見つかっている。

 無線通信のデータ転送速度が高速化した現在、有線のインターネットと無線通信によるネット接続とを区別する理由はない。無線端末からもすべてのネット環境に平等にアクセスできるべきである。

 iPhone 3Gはそちらの方向に一歩を踏み出した端末だと言える。

 携帯電話キャリアにすれば、これまで儲かってきたビジネスモデルが崩壊するのだからたまったものではないだろうが、技術の進歩はこの方向を向いている。
 私としては「技術の進歩に逆らっても無駄だから、キャリアはさっさと便利な土管になってくれ」というしかない。携帯電話キャリアが今後とも儲けるビジネスを継続したければ、既存のビジネスモデルにしがみつくのではなく、「自分たちがデータ通信の土管であることを前提とした新たなビジネスモデル」をいち早く構築するしかないだろう。

 出先でノートパソコンを使うことが多い私としては、ハンディルーターとしても使える携帯電話が、種子島や内之浦でも通信可能なキャリアから出れば、すぐにでも乗り換えるだろう。以前紹介した神環境はかなり理想に近いのだけれど、イーモバイルは残念ながら種子島に基地局を置いていないし、電話番号も持って行けない(端末のOSは是非ともWindows mobile以外でお願いしたいところ)。

 ちなみにJailbreakというアングラ的手法を必要とするものの、すでにiPhone 3Gをハンディルーター化する方法が見つかっている。これは本来、正規の機能として搭載しておいてしかるべきだと思うのだが。

 携帯端末メーカーに関しては、以前書いたことの繰り返しである。

 要は、ムーアの法則をどう考えるかということだったのだろう。ムーアの法則により、プロセッサーは高速化し、メモリーは大容量化していく。いずれ携帯端末で、かなり重いとされたOSも軽々動く時代が来る。すると、パソコン用だろうが携帯端末用だろうが、「筋の良いOS」が一種類あればいいということになる。筋の良いOSとは、優れたメモリー管理とタスク・スレッド管理機能、優れたユーザー・インタフェース、生産性の高い開発環境を兼ね備えたOSだ。OS のサイズや実行速度については、気にする必要はない。いずれムーアの法則が解決してくれる。ただ一つの筋の良いOSをブラッシュアップしていけば、いずれそのOSでパソコンから携帯端末までをカバーできる未来が来る。

 iPhone 3GはMacOSXで動いている。UNIXの堅牢性とNEXT STEPにルーツを持つ使いやすい開発環境、そして初代MacOS以来磨かれてきたユーザー・インタフェースの思想を実装した環境だ。アイデア次第で、この上でいくらでも新しいサービスを展開しうる。
 それに対して、その場しのぎの新サービスを付加することで消費者の目を眩ませてきた日本の携帯電話メーカーが、どこまで対抗できるか、ということである。

 リンクは張らないが、2ちゃんねるのプログラマー板にはかつて「もういや 携帯電話開発 お前ら元気ですか」というスレッドがあって、携帯電話のソフト開発に従事するプログラマーがそのデタラメな開発状況を告白していた。おそらく今頃、あちこちで「iPhoneのあの機能を実装しろ、なぜできない」という叱責が飛んでいるのだろう。

 できるわけがない。時間をかけて開発に必要な基礎から作っていかなければiPhoneのレベルには到達できない。MacOSXは、ジョブズがアップルに戻ってから考えても10年以上の開発期間をかけている。一貫した思想の元に10年をかけたソフトウエアに、仕様変更でプログラマーを振りまわしつつ半年で作り上げたソフトで対抗できるかといえば、かなり難しいだろう。

 ネット上でiPhoneの欠点として言われるものが、すべてCPUや電池などの要素技術の発達とソフトウエアのアップデートで対応可能であることは、皆気が付いていると思う。

 そして「日本の携帯電話のきめ細かいサービス」とされるものの、おおかたが1)実は大して必要ない(ワンセグ受信機能のように)、2)ユーザー側で簡単に置き換え可能(お財布携帯のように、Suicaカード1枚を別途持って、チャージに気をつけていれば済む話)、3)iPhoneのほうが安くて便利(着うたのように。中高生からぼったくるのはいい加減にやめにすればいいのに)、4)そのうちiPhone用サービスが出てくる(例えば、「常識的に考えればそのうちにモバゲータウンがiPhone用インタフェースを用意するであろう」、とか)——のどれかに該当する。

 今のiPhone 3Gのみでその成否を判断してはいけない。iPhoneを評価するには今後の発展性をも視野に入れておかなくてはならないはずだ。

 我々としては、アップルやソフトバンクがなんらかの囲い込みを行わないよう監視しつつ、どのサービスが便利かをみきわめて、ちゃっと乗り換えればいいのだろう。

 イヤな客かな?でも、これが当たり前だよね。

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2008.04.19

“神環境”が見せる未来

 ああ、やってしまったか。

「アナログ放送終わります」テレビ画面に常時字幕へ(asahi.com)

 2011年に予定される地上波テレビのアナログ放送停止を控え、今夏からテレビ画面に「アナログ」という共通の文字スーパーが流される。地上デジタル放送(地デジ)への完全移行をPRする。NHKや民放各社は完全移行3年前となる今年7月24日から始める方向で調整している。

 現在、地デジ受信機の世帯普及率は約28%にとどまっているため、アナログ停波の認知度を高める狙い。

 商品に魅力があれば、後は値段との兼ね合いで自ずと普及する。地上デジタル放送の普及が遅れているのは、商品としての魅力に欠けるという一点に尽きる。アナログ時代に構築した放送利権を維持するために、訴求力に欠けるシステムを組んだところに最初のボタンの掛け違いが存在するわけで、それが小手先の対策でどうなるわけでもない。

 テレビを見なくとも必要な情報を手に入れる環境はすでにできている。こんなことをしていると、先行き何が起きるかは明白だと思うのだけれど。

ここから今日の本題。

 先日、面白いものを教えて貰った。Windows Mobile用のWMWifiRouterというソフトだ。Windows Mobileを採用するスマートフォン、それも無線LAN機能を搭載する機種でこのソフトを走らせると、そのスマートフォンを無線LANルーターとして使うことができる。

 例えば、イーモバイルのEM ONEでこのソフトを走らせて、カバンの中かポケットにでも入れておけば、自分が最大7.2Mbpsの無線LANスポットを持ち歩いているのと同じになる。

 どういうことか。例えばiPod Touchのような端末をいつでもどこでも無線LANでネット接続できるようになるわけだ。「いつでもどこでもネット」という環境を、Windows Mobileのどうしようもないユーザー・インタフェースではなく、iPod Touchの洗練されたユーザー・インタフェースで使用することができるのである。

 次世代のWiMAXの環境を先取りだ。一部では「神環境」などと呼ばれているらしい。

 この環境のデモンストレーションは、日本に持ち込まれたiPhone(もちろん電話機能はアクティベートされていない)、それもジェイルブレイクしてさまざまなソフトを組み込めるようにした端末で見せてもらったけれど、やはりiPhone/iPod Touchのユーザー・インタフェースは良くできている。ほいほいとGoogle Mapを呼び出して、地図を確認できるのはとても便利そうだった。

 EM ONEがそもそもWindows Mobileなどを使っていなければ——という話ではあるのだけれど、今後高速通信が当たり前のものになれば、勝負の場は携帯端末のユーザー・インタフェースに移っていくのだろう。今現在、すでにアップルはiPhone/iPod Touchを実現しているわけで、日本の電機メーカーが対抗していくのは相当難しそうだ。

 要は、ムーアの法則をどう考えるかということだったのだろう。ムーアの法則により、プロセッサーは高速化し、メモリーは大容量化していく。いずれ携帯端末で、かなり重いとされたOSも軽々動く時代が来る。すると、パソコン用だろうが携帯端末用だろうが、「筋の良いOS」が一種類あればいいということになる。筋の良いOSとは、優れたメモリー管理とタスク・スレッド管理機能、優れたユーザー・インタフェース、生産性の高い開発環境を兼ね備えたOSだ。OSのサイズや実行速度については、気にする必要はない。いずれムーアの法則が解決してくれる。ただ一つの筋の良いOSをブラッシュアップしていけば、いずれそのOSでパソコンから携帯端末までをカバーできる未来が来る。

 そう考えた上でアップルが出した結論が、カーネルにオープンソースのダーウィンを採用したMacOS Xだったのだろう。ご存知の通り、iPhone/iPod TouchはMacOS Xで動いている。

 パラダイス鎖国などと言われている、日本の携帯電話メーカーは、この先どうなるのだろうな。あまり良いことにはなりそうもない予感がする。

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2008.01.02

モバゲータウンの高校生

 年末、恒例の高校クラス会。なぜか2年の時のクラスが卒業以来四半世紀以上、一年も欠かすことなくクラス会を開き続けている。

 一人、大学の新入生に情報リテラシーを教えている友人がいる。彼が言うに「俺、最近モバゲータウンやってんだよ」

 白状するならすぐにモバゲータウンのなんたるかを思い出せなかった。「モバゲーって、モバイルのゲームか?」

「違う違う、SNSだけど携帯専用なんだ。今の高校生のけっこうな部分がモバゲータウンやってんだよ」
「この年して女子高生とお友達になりたいとか」
「バカ、この春にはモバゲータウンやってた連中が、新入生で入ってくるんだ。情報リテラシーを教える側が、モバゲータウンを知ってないとまずいだろ」

 高校生のほとんどは自分が自由に使えるパソコンを持っていない。しかし携帯電話は持っている。彼らはパソコンではなく携帯電話経由で ネットを利用しているのだという。

 彼によると、最近問題になっている高校の裏サイト問題や、無防備なプライバシーの露出なども基本的には携帯電話サイトにおける問題なのだとか。

「ホントにね、みんな携帯電話でネットしてるんだよね」

 話題は携帯の弊害へと向かう。道具は思考を支援する。問題は携帯電話という道具が、人間の思考を支援し拡張するだけではなく、モバイルという特性故の不自由さを持っていることだ。小さく低解像度のディスプレイ、テンキーを使う日本語入力、相対的に小さいメモリー容量——。

 携帯電話を、電話として捉えるなら、他に置き換え不可能なコミュニケーションの道具だ。しかし、メール送受信装置、デジカメ、音楽プレーヤーとしては、十徳ナイフ的なもどかしさがつきまとう。確かに役立つが、専用の道具とは比較にならない。

 しかし、道具は人を育てる。極端な例だが、十徳ナイフでは宮大工は育たない。

 日本語に、ケータイ小説という文体が、新たに付け加わるなら、それはそれでいい。しかし、携帯電話によるコミュニケーションに依存することで、ケータイ小説文体でしか思考できないようになるとこれは問題だ。

 音楽に関しても然り。CDで16ビット、44.1kHzのクオリティを手に入れた我々だが、今や圧縮音声により、手に入る音楽データのクオリティは逆に低下している。「人間の聴覚では聞こえないデータを削ることでファイル容量とビットレートを落としている」とはいうがどこまで下げて良いのか。

 自分自身、携帯電話にHE-AAC、48kbpsでCDからリッピングした音楽データを入れており、それでモバイル用途は満足している。しかし、その一方で自宅にはCDを再生する環境を持っており、通常はCDで音楽を聴いている。
 携帯電話のHE-AAC、48kbpsという音環境で、果たして「良い音を聴き分ける耳」は育つのか(自分がそんな耳を持っているかというのは、この際別にして)。

 酒も入っているせいか、ぐるぐると議論は回る。

 日頃パソコンを使い、同時に携帯電話も使っている身からすると、携帯電話には「葭の髄から天上覗く」のようなもどかしさがつきまとう。広い情報の海を狭い狭い窓から観ているような。

 今の高校生が、その狭く小さな窓だけでビットの海を観て触って、育っているとしたら、それは問題だ。

 携帯電話端末がタダではなくなり、その一方で「EeePC」のような低価格ノートパソコンが日本でも発売されるようになると、状況は変わるだろうか。

 いや、そう簡単ではないだろうな。

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2007.05.16

デジタルカメラを買う

Ixyl4

 3年振りにコンパクトデジカメを更新した。

 前回の更新記録はこれ。コニカ・ミノルタのDimage Xgの代替機は、キヤノンのIXY DIGITAL L4。選択基準は、起動とフォーカスのレスポンスの双方が速いこと、そしてなによりも小さいこと。

 私はずっとDimage Xgに首からさげるストラップを付け、シャツの胸ポケットに入れて持ち歩いていた。ところが昨年auに携帯電話を切り替えて以降、胸ポケットを携帯電話が占拠するようになった。

 色々デジカメの持ち歩き方を考えてみたが、どうにも落ち着かない。胸ポケットに携帯電話とデジカメを入れるとかさばって仕方がない。カメラだけズボンのポケットに入れることも考えたが、歩くのに邪魔になる。かといって、カメラをカバンに入れてしまえば、気軽に自分の生活を記録する体制ではなくなってしまう。
 携帯電話に付属のカメラをメインとすることも考えたが、カメラのレスポンスがいまひとつで、チャンスを逃しがちだ。

 今回の切り替えに当たっては、胸ポケットに携帯電話と一緒に入れておいてもかさばらないことを条件にした。最後に残ったのはIXY DIGITAL10とL4の2機種だ。性能と機能は10のほうが上だが、ほんの少しL4より大きい。
 その少しが使い勝手にどの程度影響するか。さんざん店頭で迷ったあげく、私はL4の小ささを選択した。

 選択は間違っていなかった、と思う。L4は小さなシャツの胸ポケットに、携帯電話と並べて入れておくことができる。必要に応じて、迷わず携帯電話とカメラを取り出すこともできる。起動とフォーカスのレスポンスも文句ない。3年前にDimage Xgを選択した理由は、「どのカメラよりもレスポンスが良い」というものだったが、L4の反応速度は、軽くDimageを凌駕している。しかも画素数は300万から710万に増えているのだから、3年分の技術進歩には驚いてしまう。

 その3年の間に、コニカ・ミノルタは、カメラ事業をソニーに売却してしまった。コニカもミノルタもとうになく、今やコニカ・ミノルタはカメラメーカーではない…

 いや、これは感傷だ。

 栄枯盛衰は世の習いであり、コニカ・ミノルタは、必要な選択をしたに過ぎない。

 私が最初に手にした一眼レフは、ミノルタのSR-1だった。父が私の誕生に合わせて買ったカメラ。

 おそらく新しいL4も寿命は3年だ。3年後、自分はどのようなカメラを使っているだろうか。

 そして、3年後のカメラは何を写すだろうか。

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2006.11.13

携帯電話を代える

Mobilephone_1


 携帯電話を代えた。

 これまで10年以上、東京デジタルフォンで契約し、Jフォンになり、ボーダフォンに買収され、ソフトバンク携帯へ、と名前と資本が変わってもつきあってきたが、今回ナンバーポータビリティ制度が動き出したので、auに乗り換えた。

 最初の携帯は確か三菱電機製の端末で、厚手の食パン1枚の半分ぐらいの大きさがあった。これはかなり頑丈でバッテリー持ちも良かった。機能は通話オンリー。電話帳は登録できたものの、入力可能な文字はカタカナだけだった。

 携帯メールサービスが始まって、メールサービスを使いたくなって買い換えたのが、パイオニアのDP-212だった。全面ディスプレイでダイヤルボタンもタッチスクリーン表示というユニークな携帯で、とても気に入っていた。もっともこの時期は仮名漢字変換が貧弱で、とてもメールは使えたものではなかったのだけれども。

 Jフォンは嫌いではなかった。NTTドコモがユーザー急増をしのぐためハーフレートを採用し、音質が会話が成立しないほどに劣化した時も、Jフォンはきれいな音で通話できた。電話がつながりにくくなる人混みでも、比較的ユーザー数が少なかったので、きちんとつながった。つらかったのは、種子島と内之浦でのエリアが狭かったことだが、それも時間と共に使用可能区域が広がっていった。

 気に入っていたDP-212だが、3年ほど使った後に、表示が乱れるという故障を起こした。修理するよりも新しいのを、と考えて端末を更新した。軽く小さく、安いものをとだけ考えたので、どの機種かすら覚えていない。メールは初めから使うつもりはなかった。
 この機種をポケットに入れたまま洗濯機で洗ってしまい、あわてて端末を更新したのは、2002年9月のH-IIAロケット3号機打ち上げの直前だった。パナソニックの携帯だが、これまた「通話ができればいい。一番安い奴」で入手したものだった。思い入れがなかったので型式など覚えていない。初めて手ににれたカメラ付き携帯だったが、画質はとても使えたものではなかった。

 #2006,11.14追記:J-P51だった。

 パナソニック君を、またも洗濯機で洗っておしゃかにしたのは、確か2004年の春のこと。次の端末は、Jフォンショップで0円で入手した東芝の「KOTO」だった。これは、手に良くなじむデザインと、使いやすいユーザーインタフェースが秀逸な傑作だった。この携帯から、遅ればせながら私は内蔵電話帳を本格的に使い始めた。それまでは、相手の名前を漢字で入力するのがひどく面倒だったので、電話帳への登録をほとんどしていなかったのだった。

 携帯電話は端末販売にインセンティブが出ており、そのコストを通話料で回収するシステムになっている。これ以降、結果的にではあるが、端末を金を払って買う必要なしというのが私のポリシーとなった。

 2005年7月、M-V6号機打ち上げを見られずに、内之浦から帰還してきた私は、またも携帯を洗濯してしまった。3連続で携帯を水洗いしてしまった私は、端末に金を払う気を完全になくしていた。ボーダフォンショップに出かけていった私は、「0円の端末を」と要求した。
 なじみ深い第2世代携帯、PDC方式の携帯端末は、ただ1機種になっており、しかも有料だった。種子島や内之浦での通話に不安を感じつつ、私は第3世代携帯に乗り換えた。

 ここからが愚痴になる。

 乗り換えた日本電気製の端末802Nは、おそらくは不人気で余っていたからこそ0円だったのだろう。とんでもない駄作だった。必要な機能はメニューの階層深くに隠されており、どうでもいい機能はボタン一つでアクセスできた。しかも、ユーザーインタフェースには、およそ一貫性というものがなく、いらいらさせられた。

 ボーダフォンの第3世代携帯も、使いにくかった。PDCと比べて音が良くなったというわけでもないのに通話は不安定で、よく切れた。通話には微妙な時間遅れがあり、しかも突発的に時間遅れが拡大することもあって、会話をするのにもストレスがあった。もちろん、種子島と内之浦の通話エリアは狭かった。

 ナンバー・ポータビリティ制度がスタートすることは知っていたので、「それまでの辛抱だ」と思い、使い続けた。

 新しい端末はサンヨー製のW42SA。ちょっと使ってみたが、これまで形落ちの0円携帯を遍歴してきた身には、最新携帯の使い心地は天国である。これもまた、ナンバーポータビリティ制度開始のサービス合戦で0円。その代わりあれこれ契約に条件を付けられたが。

 さあ、洗濯機にかけないようにしないといけない。


 写真は、私に忍耐と人生を教えてくれた802N(左)と、新しいW42SA(右)


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2006.04.07

デジカメを買う

Fz71

 またもしばらく潜航してしまった。その間に、確定申告をして、原稿をひとつ上げ、次の原稿にとりかかった。

 そして、デジカメを買った。

 買ったのはパナソニックのDMC-FZ7だ。これまで3年間使用してきたDMC-FZ1のリプレイスである。

 この機種はFZ3、FZ5と新製品を出してきていたが、これらはせっかく買いそろえたテレコンバーター、ワイドコンバーターが使えなかった。今回FZ7では純正テレコン、ワイコンが用意され、そのためのアダプターを使うと、私のテレコン(オリンパスの「T-CON17」)、ワイコン(レイノックスの「HD-7000Pro」)も装着可能になる。
 さらには、マニュアル露出、マニュアルフォーカスが可能になったことが、買い換えの決め手となった。やはり、オートだけでは打ち上げの撮影はつらい。

 この大きさで35mm換算で36〜432mm。ワイコンを使うと25mmとなり、テレコンでは734mm。しかもFZ1の200万画素から600万画素に高解像度化したので、デジタルズームもそこそこ使い物になる。デジタルズームとワイコンを組み合わせると、実に2936mm相当の超望遠が実現できる。
 たったこれだけの荷物で、25mmから3000mmまでカバーできる。まさにスーパーカメラだ。

 もちろん欠点もある。レンズはワイド側の樽型収差が大きいし、CCDが小さいからS/N比は悪く、画質はそこそこだ。
 が、そのことを理解して使えば機動性は抜群と言える。

Fz72 テストで写真を撮ってみたが、なかなかだ。3年前のFZ1に比べれば段違いである。

 そろそろ仕事用にデジタル一眼レフを買わねば、とも思うが、現在のデジタル一眼レフは、「デジタル一眼レフにしか実現できない絶対的な優位性」が見えてこない。FZ7は、フィルムカメラでは絶対実現不可能な、広い焦点距離レンジと、携帯性を実現している。そこがいいのだ。
 個人的にデジタル一眼レフは、「ボディ側に手ぶれ防止機構を内蔵」「CCD面の自動清掃機構を内蔵」の2点がクリアされたら、買うかと思っている。

 最初にデジカメにさわったのは、1993年の暮れ。アップルのQuickTake100だった。あれから12年で、デジカメはずいぶんと進歩したものだ。おそらくこれからもますます進歩するだろう。楽しみである。

 機械を選ぶ時には、「あれもこれも」と欲張るのではなく、使い方を想定して思い切って割り切った方が、結果として使いやすい道具を手に入れることができる。FZ7は画質がそこそこで、レンズは収差が大きいが、「いかなる場合にもとにかく記録を取る」という用途には非常に向いている。  なにしろ軽い。軽いということは持ち出しやすいということだ。どんな高性能のカメラであっても、とりあえずその時に持っていなければ写真を撮ることはできない。デジタル一眼レフで、700mm相当のレンズを振り回すのは(フィルムカメラよりも楽とはいえ)、大分骨が折れるということを考えると、このカメラのコンセプトはなかなか素晴らしい。
 上位機種のFZ30になると、かなり大きく、重くなるのでデジタル一眼レフに対する優位性は薄れるだろう。

   色違いのシルバーボディもある。テレコン、ワイコンとの組み合わせもあって、私としては黒のほうが好みだ。

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2004.04.03

携帯電話の進歩にびっくりする

kddi.jpg

 4月2日の朝は雨っぽかった。自動車で父を病院に送る。帰途、ガソリンスタンドで自動車の簡単な整備。車内を掃除してタイヤ空気圧を調整する。大分圧力が下がっていた。あぶないあぶない。

 午後からはすばらしい陽気。春だよなあと思いつつ、水道橋のKDDIへ、日経WinPCの連載のための取材。カメラマンのOさん、編集長のIさんと一緒。最近の携帯電話の恐るべき進歩にびっくりする。これを高校生が使っているのかと思うと、なんともいえない気分になる。

 昔話をするのは年を取った証拠だというが、自分が子供の頃は家に電話のない友達というのが実際にいた。電話は電電公社の黒電話で。ダイヤルは回すものだった。子供が電話で友達を遊びに誘うと、「子供らしくない」といわれたものだ。子供は玄関先で「あそぼー」と叫ぶものだった。

 フィンガー5の「恋のダイヤル6700」などは、テクノロジーの発達により、今の青少年には理解できなくなっているのではないだろうか(でも調べてみるとこの歌、ちゃんと着メロリストには入っていた)。あの歌ではダイヤルは「回す」ものだし、だいたいなんであんなに女の子のところに電話するのがどきどきするかといえば、親が出てきたらどうしよう、ということだものな。携帯電話なら、親が出てくるというのはまずない。

 帰途、I編集長と、テクノロジーの進歩について話し合う。I編集長曰く「たしか1993年の5月だったかな、ジョージ・ギルダーのインタビューをしたんだ。ギルダーは『今アメリカではネットワークが大きな影響を持ち始めていて、ルーターが重要になっているんだ』といったんだけど、僕なんか『ルーターって何?』だったんだよね」。私にもそんな経験が山ほどある。

 20年前の1984年がどんな時代だったか考える。私は人より2年遅れた大学3年生だった。

 1984年。

 もちろん携帯電話はない。インターネットもない。パソコン通信草創期だ。そのパソコンはといえばPC-9801F(8086、8MHz)だった。ADSLに押されてあっという間に衰退したNTTのINS64すらまだだ。NTTの三鷹実験は1985年だった。大型テレビもまだだ。28インチ以上のテレビ普及は1986年である。家庭用ビデオは普及しはじめたばかりで、VHSとベータががっぷりよつだった。

 こと技術という一点に限ってみても、20年前に今の状況を予想することはできなかった。つまり20年後も予測不可能である。「20年後にあれができるこれができる」と語る者がいたとしても、それは信頼すべきではないだろう。

 夜、町田に出てNIFTY-Serve時代からの友人Kさんと一席。「面白い人を紹介します」ということで一緒にやってきたNさんは、なんと日大航空出身だった。なぜか最近日大航空出身者と会う事が多い。飛行機の話でどーんと盛り上がり、終電を逃してKさんの家に泊まることになる。

 写真は、水道橋と飯田橋の間にあるKDDI本社前。かつてのJR貨物の飯田町駅だった場所はきれいな高層ビジネスビルが建ち並ぶオフィス街となっていた。

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2004.03.04

デジカメでしかできないことを考える

FZ1.jpg

 原稿の一日。夕方歯医者に行く。やっと欠けていた奥歯が埋まる。書評原稿が締め切りになっていることを忘れ、催促のメールであわてて書いて送信する。

 特記すべきこともないので、今日の写真はこの1年ほど使ってきたカメラについてを。パナソニックの12倍ズームデジカメ「DMC-FZ1」だ。ファームウエアアップデートをかけてあり、機能は「FZ2」相当になっている。

 見ての通り、ワイドコンバーター(レイノックスの「HD-7000Pro」)とテレコンバーター(オリンパスの「TCON-17」)を入れている。取り付けのために55mm口径のブタバラアダプターも購入した。

 もちろん画質はそれなりだし、画素数は200万画素でしかない。また、オートフォーカスはもっと速いほうがいい。しかし、たったこれだけの大きさの装備で35mmフィルム換算で24.5mmから714mmまでの焦点距離をカバーでき、しかも手ブレ防止機能で手持ち撮影が可能というのは、デジカメならではだろう。今後1年ぐらいはこの組み合わせで取材していくつもりだ。

 ちなみに「国産ロケットはなぜ墜ちるのか」の表紙は、このカメラで撮影したH-IIAロケット6号機である。

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2004.03.02

デジカメを買う

dimage.jpg

 起きて原稿、午後にカイロプラクティク、そしてまた原稿。夜はカレーなんぞを煮込みつつまた原稿。

 ついに買ってしまった、デジカメ。コニカミノルタの「DiMAGE Xg」である。以前から小さくて常時携帯できるデジカメが欲しく、色々と物色していたのだ。これまでさんざんカメラ屋の売り場前で「買うた止めた音頭」を踊ったのだけれど、このようなblogを始めてみるとやはり小さなカメラが欲しいということで、ついに購入してしまった次第。

 ちなみに、「買うた止めた音頭を踊る」というのは、確か模型雑誌「モデルグラフィックス」から広がった言葉。店頭で買おうか買うまいかさんざん迷う様のことだ。言い出したのはライターの松本州平さんだったと記憶している。

 私は、デジカメはフィルムのカメラの代替品ではなく、「デジタルならでは」、「デジタルでしかできない」という設計をするべきだと考えている。日常持ち歩くカメラとして考えるなら、それは「起動が速く」、「シャッターのタイムラグが可能な限り小さく」、「オートフォーカスが高速で」、「小さく軽く電池の持ちが良く」、「丈夫であり携帯時に存在感がなく」、「撮影の際もカメラとしての存在感を持たないもの」——という条件を満たすものとなる。つまりは可能な限り「目」に近いカメラが理想なのだ。

 もちろんこれらがすべて現状の製品で満足されるわけではなく、一番近いものとして、この「DIMAGE Xg」を選んだ次第。

 このカメラ、なにがいいって、起動してもレンズが前にせり出さないのだ。このため、「おお、これから写真を撮るのか」という大仰さが一切なく、目の延長として自然にシャッターを切ることができる。起動は速いし、シャッターラグも小さい。ただしオートフォーカスは決して速くない。まあ、それでも以前使っていたカメラに比べれば速い。

 このカメラが現役なのはせいぜい2年だろう。2年経てば技術進歩で、カメラの性能が上がっているだろうから買い換えだ。コストパフォーマンスは、2年間で何枚写真を撮れるかということにかかってくる。

 実際に撮影してどうかというような話はまたいずれ。

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