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2004.04.14

「はやぶさ」の話を聞く

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4月10日 晴れて暖かい

 午後から東京で宇宙作家クラブ例会。講師はJAXA/ISASの矢野創さんで、昨年打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」の運用と、今後の日本の固体惑星探査の展望について話を聞く。

 「はやぶさ」は昨年5月9日に内之浦から打ち上げられ、現在小惑星「イトカワ」に向かっている途中。地球に併走するように太陽を一周し、今年の5月19日に地球をスイングバイして「イトカワ」に向かう軌道に乗る。一見無駄に思える太陽一周だが、この間「はやぶさ」はイオンエンジンを噴射して加速している。長い道のりは加速のために必要なのだ。

 惑星間空間でのイオンエンジンの運用は、アメリカの「ディープスペースワン」が行ったことがあるが、1年以上の長期間運用は「はやぶさ」が初めてである。というよりも、「はやぶさ」の計画概要が公開されてから、なんでも世界で一番が大好きなアメリカが急遽開発して打ち上げたのが「ディープスペースワン」なのだ。ちなみに小惑星エロスを探査したアメリカの「シューメーカー・ニア」探査機は、「はやぶさ」が小惑星にタッチダウンするということを知った上で、ミッションの最後にエロスへハードランディングした。これで「世界で初めて小惑星に人工物を送り込んだのはアメリカ」ということになった。

 大人げないともいうが、2年ほどの短期間で探査機を開発して打ち上げてしまうアメリカの底力はすごいのである。

 ロケット関係者は打ち上がってしまえば、仕事は終わる。しかし探査機の担当はそこからが本番となる。5月9日の打ち上げ後、矢野さんたちは、内之浦で午後9時から午前3時まで最初の運用を行い、次の日も午後9時から午前3時、ちょっと仮眠して次の日は鹿児島から東京に戻り、またその夜は相模原の運用センターから午後9時から午前3時、と運用を続け、7月まで続いた様々な機器のチェックを行う初期運用段階では、「毎週7日勤務」が続いたそうだ。定常運用になってからやっと週6日勤務とのこと。「労基法ってなに?」の世界である。

 いろいろおもしろい話を聞く。

  • 「はやぶざ」には4基のイオンエンジンが搭載されている。製造誤差やなんやらでその性能は完全に等しくはない。チェックはまず1基ずつ行い、次に2基ずつのペアで実施、さらには3基ずつで噴射させて、最終的にもっとも成績がよかった3基を使って本番の噴射に入った。残る1基は予備。

  • 通常のロケットエンジンと比べるとはるかに推力が小さいイオンエンジンだが、長時間噴射することで最終的にはずっと高い到達速度を得ることができる。ところがこれは噴射が続いている間、毎日毎日軌道決定をしなければならないということで、運用の手間は、軌道計算できちんと天空のどのあたりにいるかがわかる通常の探査機どころじゃない。「確かに探査機は効率がよくなるんですが、その分地上は重労働になるんで、僕らは『仕事一定の法則』といってます」と矢野さん。

  • そのイオンエンジンだが、高電圧をつかうので機器に悪影響を及ぼすかもしれない放電が起こりそうになると自動的に停止する仕組みがついている。放電を起こす原因は、探査機の表面に吸着されていた気体。太陽にあぶられると気体が出てきて放電が起こりやすくなるのだ。これがなかなか一筋縄ではいかず、一度放出された気体がまた探査機表面に吸着されたり、探査機の姿勢を変えると太陽光が当たる面が変わって気体がでてきたりと、色々思ってもいなかったことが起きる。

     イオンエンジンは一度停止したら地上から復帰させなくてはならない。ところが、惑星間空間を航行している「はやぶさ」は日本からの可視時間はだいたい8時間、一日のうち16時間は地上との通信なしで自動運用されている。つまり、もしも地上からの運用が終わった直後にエンジンが停止したら、16時間も噴射ができないわけだ。それは軌道決定に影響を与えるし、なによりも地球スイングバイまでに十分な加速が得られなければ、目標である「イトカワ」にたどり着けなくなる。幸いにして4月10日現在ですでに十分な加速が得られているとのこと。

  • 「はやぶさ」もその他の日本の探査機と同様に貧乏設計である。どの辺が貧乏かといえば、地球に向ければ高速通信ができるハイゲインアンテナ(探査機の「上」についているパラボラアンテナ)の向きを変えて地球に向けるステアリング機構がついていない。アンテナを地球に向けるためには探査機全体の姿勢を変えなくてはいけない。惑星間空間を航行している時はイオンエンジンの噴射方向と太陽電池パドルへの太陽光の入射が優先されるので、通信は感度の低いミディアムゲインアンテナか、さらに低感度だけれども探査機の姿勢と関係なく通信できるローゲインアンテナで行わなくてはならない。

     となるとなにが起こるか。通信速度ががくんと低下する。最低だと8bps。1秒に8ビットという通信速度だ。それで惑星探査機を運用するのである。

    「8bpsの通信での運用って、『おお、やったぜ』という達成感があるんですよね。でも我に返ると『なんでこんなことしなくちゃならないんだ』って気分になる」

     通信速度が上がるとそれだけで探査機の運用は格段に楽になるとのこと。それはそうだ、夜の9時から午前3時なんて運用が、それこそ30分以下ですんでしまうのだから。ちなみにアメリカが現在火星表面で運用している無人探査車「オポチュニティ」「スピリット」は、256kbpsで通信する能力がある。話にならないほどの実力差だ。

     「これにはアンテナの大きさだけではなくてプロトコルの効率とか変調方式とかいろいろな積み上げが影響しています。通信方式の改良は焦眉の急です。でもどうも次の惑星探査機PLANET-C(金星探査機)までは今のままいきそうで」

 笑ってしまえるほど悲しい状況で、矢野さんたちは身を削って、それでも目標は世界一なのである。

 懇親会は高速道路ガード下の台湾料理屋、現地を確認せずに電話で予約を入れていってみたら、屋外に机を並べた屋台風の店だった。料理はなかなかうまい。矢野さんを囲んでいろいろ楽しく飲み食いする。その後、二次会三次会と流れて、最後は終電で帰宅。うっかり平塚まで乗り過ごしてタクシーをつかうはめとは相成った。

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Comments

「仕事量保存の法則」とおっしゃっていたかもしれません>「仕事一定の法則」。いずれにしても言い得て妙で、面白いフレーズです。

 根本には「楽をするよりも安くすませないといけない」、「ぎりぎりまで安くしてなおかつ成果は最大に」という考えがあるのですよね。本当は「今後継続的に楽が出来るインフラや技術を作る」ということが必要なのですが。

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