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2004.06.03

講演をする

5月21日

 朝から少々ショックなことがあり、日本宇宙フォーラムに行って善後策を協議。私の感想は「これ以上どうすればいいのでしょうか」。自分の力不足で起きた事態を、伏して担当のMさんに収拾をお願いする。

 そのまま某社の勉強会。勉強しに行くのではない。講師で行くのだ。もちろん不安定な浮草稼業故、乞われればたいていのことはするが、いいのか、私ごとき食わせ者が講師で。

 以下は、講演の後で考えたことのメモ。この場で公開しておく。あくまでもメモなので書き込んである数値には推定が含まれるし、結論もない。

 現在の宇宙開発が抱える最大の問題点は、地球低軌道への輸送コストが、地上の経済活動とシームレスにするには高すぎるということだろう。スペースシャトルは最大で7人と29.5tほどのペイロードを打ち上げることができる。実際には重心位置やカーゴベイの容積の制限があるし、しかもオービターを再利用するスペースシャトルの場合、軌道傾斜角がケープ・カナヴェラルの緯度である28.5度以外の軌道に打ち上げると、打ち上げ能力がぐぐっと減少する(ちなみに使い捨てのロケットの場合、打ち上げ能力はシャトルほどには減らない。その理由は自分で考えてみよう)。そんなこんなで、国際宇宙ステーションへの打ち上げの場合、1回の打ち上げで、だいたい15t〜20tぐらいのペイロードを持って行っていたようだ(ようだ、というのは昨今のNASAプレスキットはテロの影響か情報がかなり限られてしまっているからである)。スペースシャトルは空虚重量70t、スラスター推進剤やら燃料電池用液体酸素や液体水素などを詰めて全備重量約100t、これにペイロードを加えて打ち上げ時重量約120tというのがスペースシャトルの実態である。
 で、打ち上げコストは2003年2月のコロンビア事故以前で約500億円だった。まだ飛行再開はしていないが、2005年度NASA予算案から推定すると、再開後の打ち上げコストは約800億円となる。こんなにコストが高騰する理由は、打ち上げ時に地上になにかあったときのために予備機を待機させるためらしい。
 
 同じ事をロシアの宇宙機でやるとどうなるか。3人乗りのソユーズ宇宙船は大体30億円らしい、ソユーズロケットは20億円なんだそうだ。6人を2機のソユーズで打ち上げるとして100億円。地球低軌道に20tが打ち上げられるプロトンが約100億円ぐらいらしい。つまり1人欠けるけれども、シャトルと同じ事をやる打ち上げコストは200億円。

 大ざっぱな比較だが、これだけでもスペースシャトルは引退して当然という構図が見えてくる。

 日本が同じ事をやるとどうなるだろうか。H-IIAは地球低軌道への打ち上げ能力は10tで、実績ベースの打ち上げコストはだいたい1機90億円。荷物だけなら20tを打ち上げるのに180億円。もっとも日本の場合、打ち上げ時に島を避けるために軌道をぐっと曲げたりするので、ISS軌道となるとおそらくはもっとペイロードは減るだろう。
 ちなみにISSへの貨物輸送用に開発するというH-IIA+は、ISS軌道へ17tを上げる能力を持ち、コストは120億円程度になるらしい。

 さて、ここで実績も何もないロケットを新たに開発して参入するとして、どの程度のコストを目指すべきなのだろうか。
 H-IIAを半額にするというだけではダメだろう。ロシアに勝つことが必要条件になる。何度か書いているが、「半世紀前に設計されたソユーズに負けるような宇宙輸送システムを作っちゃダメ」なのである。
 思い切ってソユーズの半額を目指すことにする。つまり地球低軌道に10tを打ち上げるコストは15億円ぐらい。
 これぐらいのコストにならないか、とプロに尋ねたことがある。「きつい、とてもきついなあ」というのが答えだった。が、実際のところどうなのだろうか。

 今まで、ゼロから徹底したコスト優先で設計された宇宙輸送システムは存在しないのだ。せいぜいがあのあやしげな「オトラグ」ぐらいではないだろうか。

 もう一つ問題がある。「打ち上げ能力10tのロケットを年2回打ち上げるのと、能力5tのロケットを年4回打ち上げるのはどっちがいいか」ということだ。年4回のほうが絶対にいい。ロケット生産から打ち上げまでのシステムが円滑に回り、作業者の熟練度が向上するからである。じゃあ、「1tのロケットを年10回だったら」「100kgのロケットを年100回だったら」。ロケットは基本的に大きくなるほど搭載ペイロード単位重量あたりのコストが下がる。が、だからといってむやみやたらとロケットを大型化すればいいというものではない。

 なによりも、一体そんなロケットでお客はどこにいるのか、という問題がある。新しい宇宙輸送システムは「既存の打ち上げ需要に合致する」というだけではだめだ。「新たな宇宙輸送の需要を喚起する」ものでなくてはならない。では新たな需要とな何だろう。お客さんが「そうだよ、俺が欲しかったのはこれなんだよ!」と内なる需要に気が付く、そんな需要とはいったいどんなものだろうか。

 私にはまだ分からない。しかし、ソニーのウォークマンが「歩きながら好みの音楽を聴く」という需要を作ったように、今、新たな需要を喚起するような宇宙輸送システムが必要なのである。

 「お客さんはどこ?」、これはメモなので結論はない。はっきりしているのは、お客さんを探さずにロケットの性能や価格をうんぬんしてはいけないということだ。

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