SF大会の補足:液体酸素・液体水素は最高の推進剤か その3
「液体酸素・液体水素はいつも最高の推進剤ではない」、「噴射速度、つまり比推力が高いということが即どんな条件でも最適ということではない」ということの続きである。
コメントやトラックバックなどで見ると、やはりこの問題はわかりにくいらしい。いやいや、私の説明が悪いのだろう。もうちょっと頑張って解説してみよう。
以下、まずは「質量」「加速度」「エネルギー」「運動量」などが何かということを理解できている高校生ぐらいに向けた説明をしてみる。可能な限り数式は使わない。
こう考えてみてみよう。
「推進剤が燃焼して発生するエネルギーのいかほどが、ロケットの運動エネルギーとなるか」
ロケットは、燃焼ガスを噴射する反動で前に進む。外力が働かない理想的な状態を考えればロケットと噴射ガスの運動量の和はゼロだが、運動エネルギーはロケット本体と噴射ガスの両方に配分される。
理想的には、ガスの運動エネルギーはゼロで、ロケット本体にすべての運動エネルギーが与えられるのが望ましい。静止状態で、それがどんな状態かと言えば、例えば自分が台車に乗って壁を押すような状態だ。壁は動かず、えいやと壁を押したエネルギーはすべて自分の運動エネルギーとなる。ロケット推進ではどんな状態かといえば、「無限大の質量を噴射するという状態」だ。
もちろん実際には、噴射ガスの質量が無限大ということはないので、「ロケットの動きはじめは、なるべく大きな質量のガスを噴射したほうが、ロケット本体に配分されるエネルギーが大きくなる」ということが分かる。
以下、少し速度が付いた時、もうちょっと速度がついた時、ますます速くなった時、と考えていくと、「ロケットは前に進みつつ、後に残るガスがちょうど速度ゼロになるようにガスの噴射速度を変えていくと、ロケット本体に残る運動エネルギーが一番大きくなる」ということが分かる。
コメントでは、「排出ガスが馬の糞みたいにその場に静止するのが理想である」と野尻抱介さんが書いてくれている。まさにこのことである。
さて、液体酸素と液体水素の組み合わせは、ガスの噴射速度が高く、最終的なロケットの到達速度が大きくなるというのが利点だった。だが最終到達速度が大きくなくても良いロケット、例えばブースターや第1段の場合、発生したエネルギーの大部分が噴射ガスの運動エネルギーとなってしまい、ロケット本体の運動エネルギーにはならないということになる。
つまり、液体酸素・液体水素の組み合わせが有効なのは、最終到達速度が高い場合なのである。もっと一般化すると噴射速度が大きな推進剤が有効なのは、最終到達速度が高い場合ということになる。
次は「物理は高校1年であきらめた」という人向けの説明。
昨年の秋、イタリアで、ミハエル・シューマッハの乗ったフェラーリのF1マシンと、欧州の最新鋭戦闘機であるユーロファイターが、滑走路上で静止した状態からヨーイドンで競争するというイベントがあった。
ユーロファイターはマッハ2以上の速度を出せる。一方フェラーリF1がいくら速いといっても最高速度はいいところ400km/h以下だ。競争をすればユーロファイターが圧勝する――そう思える。エンジンの出力だって段違いだ。
が、競争の結果がどうかといえば滑走路の端でユーロファイターが離陸するまでは、フェラーリF1のほうが速かったのである。フェラーリF1は猛烈なダッシュで加速してすぐに最高速度に達したのに対して、ユーロファイターはゆるゆると出発してだんだんと加速、フェラーリF1の最高速度を超えて加速して、最後はフェラーリを抜いて離陸していったのであった。
なぜ最初の段階ではフェラーリF1のほうが速かったのか。フェラーリF1は、エンジン出力でタイヤを駆動している。タイヤが地面を押しやることで前に進んでいるわけだ。つまりエンジン出力のすべてが地面を蹴ることで車体が前に進むために使われているのだ。
ところがユーロファイターが、エンジン全開にすると、最初エンジン出力は全部噴射ノズルから後ろに吹き出すジェット噴流が持っていってしまう。ゆるゆるとユーロファイターが動き出してからだんだんと出力がユーロファイター本体を加速するのに使われるわけだ。
つまり、速度によって、本体に運動エネルギーを与える最適な方法は変化するのである。速度ゼロの時には地面を蹴るタイヤのほうがジェットエンジンよりも、良い方法だったのだ。で、滑走路途中でタイヤよりもジェットエンジンのほうが加速に向いた方法となって、ユーロファイターはフェラーリを抜いたのである。
上記2種類の説明で、納得していただけるだろうか。この問題は、今後の宇宙輸送システムを考える上で非常に重要だと思うので、もっと色々な説明方法を考案すべきかと思う。この文章を読んだ方も、色々と自分で考えてみて、できれば自分なりの説明方法を考えてみていただければありがたい。
で、「速度によって、本体に運動エネルギーを与える最適な方法は変化する」、「液体酸素・液体水素の組み合わせが有効なのは、最終到達速度が高い場合」ということを念頭において、ロケットの打ち上げを考える。
「その2」の復習だ。
ロケットの速度が低い場合、液体酸素・液体水素の組み合わせは、エネルギーの大部分を噴射ガスが漏っていってしまうので、加速が鈍い。別の言い方をすれば「液酸・液水エンジンでは、エンジン規模の割に大推力を得るのが本質的に難しい」
そして、打ち上げ初期にロケットが上に昇っていく状態では、重力損失という損失が存在する。重力損失は、大加速度で一気に上昇すると小さくなる。
だから、スペースシャトルやH-IIやアリアン5は、噴射速度は低いが大推力の固体ロケットブースターを付けている。それは、打ち上げ初期の平均噴射速度を下げるということであり、「噴射速度が大きく最終到達速度が高い」という液体酸素・液体水素の組み合わせの利点を殺すということである。
野尻さんの指摘のようにこの段階では空気抵抗による空力損失も存在する。空力損失は空気の濃さとロケットの速度が関係してくるので「どの高度をどんな速度で抜けるか」が問題になる。実際のロケット設計には大きな影響を与えるのだが、ここでの大さっぱな議論では、あまり気にしなくてもよい。
そうまでして、液体酸素・液体水素を第1段で使う理由がどこにあるかといえば、次に、地上から発進して単段で高い到達速度を得ることが必要な宇宙輸送システムを開発する必要がある場合、先行開発として意味がある。つまり「単段式再利用型ロケット」「スペースプレーン」といった1段だけで軌道速度を出す機体を作るならば、液体酸素・液体水素の第1段は意味を持つ。
ここで、たれさんが「SSTOって原理的に不可能という話はどこへ。」というコメントを付けている。
そうなのだ。この結論と、「SSTOってどうなんだ」という疑問を組み合わせると、なかなか嫌な結論が見えてくる。
長くなったので、またまた続くのであります。