SF大会の補足:液体酸素・液体水素は最高の推進剤か
SF大会での補足第二弾。どうも「液体酸素・液体水素こそ最高のロケット用推進剤」と思っている人が多いようなので。
この話、私も野田篤司さんと議論するまではきちんと理解していなかった。どうも野田さんと議論がかみ合わないなと思っていたら、野田さんにとっては液体酸素・液体水素がどんな条件でも最高の推進剤というわけではない、ということは自明だったのである。
「液体酸素・液体水素最高!」と思っていた私は大きな衝撃を受けた。
そう、スペースシャトルの問題点は液体酸素・液体水素を使ったというところにもあるのだ。
以下、なるべくわかりやすく説明を試みてみる。私も完全に理解しているかと言えば自信はないのだけれども。
ロケットの性能は、ツィオルコフスキーの公式という簡単な式で表すことができる。こんな式だ。
ロケットの最終到達速度=噴射ガスの速度×Log(推進剤込みのロケット質量/ロケット本体だけの質量)
ただしLogは自然対数
この式から、ロケットを最終的に高速に加速するには、1)噴射ガスの速度が大きい、2)本体を軽くして中に一杯推進剤を積む、という2つの方法があることがわかる。
で、液体酸素・液体水素は1)の方を追求する手段だ。燃焼は化学反応だから分子1モルあたり発生する熱で、1モル分の生成ガスを加速する。だから噴射速度を上げるためには軽い分子のほうが良い。液体酸素と液体水素だと、発生するのは分子量18の水だ。これは、ケロシン・液体酸素で発生する二酸化炭素や、ヒドラジン・四酸化二窒素から発生する酸化窒素よりもずっと軽い。
だから最終到達速度を高めるためには、液体酸素と液体水素の組み合わせが不可欠になる。もちろんこの組み合わせは発生する熱量も大きい。
気が付いて欲しい。上記には「最終到達速度を高めるためには」という条件が付いているのだ。では、そんなに最終到達速度が高くなくてもいい場合はどうだろうか。
ここで、ロケットは、後ろにガスを吹き出すことでガスとの間で運動量の受け渡して前に進むということを思い出そう。
速度ゼロから噴射でロケットが動き出すことを想像して欲しい。ロケットエンジンはエネルギーを発生してガスを噴射している。でも、最初の段階では噴射のエネルギーはロケットそのものの運動エネルギーにはならない。全部ガスの運動エネルギーとなってしまうことが分かるだろう。やがてロケットがずるずると動き出していくと、運動エネルギーは少しずつ効率的にロケット本体が受け取るようになっていく。
分かっただろうか。軽いガスを高速で噴射するということは、ロケットが動き出す初期には、運動エネルギーをガスが持っていってしまうということなのだ。
電気回路の知識のある人は、インピーダンス・マッチングを思い浮かべてくれれば理解しやすいのではないだろうか。
もちろんロケットの速度が上がるにつれて、噴射ガスの運動エネルギーと比べてロケット本体が得る運動エネルギーは大きくなっていく。 だが、そんなに高速に加速しない時は、液体酸素・液体水素の組み合わせはかえって効率が悪くなるのである。
ロケット打ち上げ時を考えると、地上の速度ゼロから加速していく第1段がまさにこの条件に相当するのだ。
「シャトルもH-IIもアリアン5も、第1段は液体酸素・液体水素だ。どうなってんだ」
そう、だからこれらのロケットには固体ロケットブースターが付いている。ガスの噴射速度は小さいが推力の大きな固体ロケットブースターを付けて、打ち上げ初期の平均ガス噴射速度、つまりは比推力を下げてやっているのだ。
ここで疑問に思わなくてはいけない。取り扱いの難しい液体酸素・液体水素を使って、噴射速度を上げる、つまり高性能にしたというのに、なんで固体ロケットブースターでわざわざ噴射速度を下げなくちゃならないのか?どこかおかしくないか?
どうなってんだ?
以下続く。
« 宣伝:宇宙ステーション利用計画ワークショップで対談します | Main | SF大会の補足:液体酸素・液体水素は最高の推進剤か その2 »
「宇宙開発」カテゴリの記事
- 【宣伝】12月18日火曜日、午後8時からニコ生ロフトチャンネルで放送を行います(2012.12.18)
- ちくま文庫版「スペースシャトルの落日」、目録落ちのお知らせ(2012.10.16)
- 宣伝:小惑星探査機「はやぶさ」大図鑑、発売中(2012.08.16)
- 【宣伝】4月15日(日曜日)、 『飛べ!「はやぶさ」小惑星探査機60億キロ奇跡の大冒険』朗読会があります。(2012.04.05)
- 【宣伝】12月10日土曜日、早朝5時からのテレビ番組で、はやぶさ2の解説をします(2011.12.09)
Comments
TrackBack
Listed below are links to weblogs that reference SF大会の補足:液体酸素・液体水素は最高の推進剤か:
» ロケットの速度と性能 [chic, grand, géostationnaire]
速度ゼロから噴射でロケットが動き出すことを想像して欲しい。ロケットエンジンはエ... [Read More]
« 宣伝:宇宙ステーション利用計画ワークショップで対談します | Main | SF大会の補足:液体酸素・液体水素は最高の推進剤か その2 »
SF大会には参加しませんでしたが,この話は興味深く拝見しました。
その昔,ブルーバックスの『銀河旅行』(石原藤夫)を読んで「光子ロケットは低速時には効率が悪い」と知って目からウロコだったのですが──液酸-液水も同じ理屈でしたか。
スペースシャトルはあんなにでかい液水タンクを持っているのに(液水は比重が小さい),打ち上げ時の推力の過半を固体ロケットから得ているのはヘンだ,とずっと疑問に思っていました。松浦さんが「設計が悪い」と言い切ってくれるまで。
Posted by: 星 暁雄 | 2004.08.29 10:05 AM
これってまず「最適噴射速度」と「重力損失」という、ふたつの要素にくっきり分けて語るべきではないですか? 地球からの打ち上げロケットには、もうひとつ「空力損失」も考えないといけませんけど。
最適噴射速度についての松浦さんの説明は、ちとわかりにくいです。排出ガスが馬の糞みたいにその場に静止するのが理想である、という説明法が比較的わかりやすいかな?
反動質量を倹約する観点からは、噴射速度は大きいほどよい。エネルギーを倹約する観点からは、最適噴射速度で噴射するのがよい――という説明法もあるでしょうか。
Posted by: 野尻抱介 | 2004.08.30 04:08 AM
>ガスの噴射速度は小さいが推力の大きな固体ロケットブースターを付けて、打ち上げ初期の平均ガス噴射速度、つまりは比推力を下げてやっているのだ。
それは違うんではないでしょうか。
「コロンビア事故最終報告書」のスペースシャトル開発の経緯についての記述によると、スペースシャトルの固体ロケットブースターは、「打ち上げ初期の平均ガス噴射速度を下げる」のが目的ではなく、単に開発費を低く抑えたかったためのようです。
http://lts.coco.co.jp/isana/final_report/s1-2.html
『短期間で予算の節約を実現することの引き換えに、予定より運用コストが高くリスクの高い機体を造ることになったのです。たとえばひとつの例は、シャトルに「くくりつけられる」ブースターに液体燃料を使うか固体燃料を使うかという問題です。運用コストが高くなるにもかかわらず、開発費が安いという理由から、シャトルには固体燃料ロケットブースターが選ばれました。』
Posted by: jan_goody2004 | 2004.12.28 11:59 PM
「液体水素・液体酸素は第一段に向かない」説の物理的根拠がどうなっているのか探しているのですが、まず最初の
>でも、最初の段階では噴射のエネルギーはロケットそのものの運動エネルギーにはならない。全部ガスの運動エネルギーとなってしまうことが分かるだろう。
という、これがどういう物理現象なのかよくわかりません。
ガスの下方向の運動エネルギーになるからこそロケットの上方向の運動エネルギーが生じるわけですが、打ち上げの最初の段階ではロケットの上方向の運動エネルギーを打ち消すような方向のガスの運動エネルギーが生じるということなんでしょうか?
Posted by: jan_goody2004 | 2005.01.02 12:34 AM
疑問点をよりわかりやすくまとめれば、『ケロシン、ヒドラジン、液体水素それぞれの燃料重量が同じならば噴射質量も同じで、なおかつ仮に燃焼温度・燃焼圧力も同じとしたならば、「噴射速度×噴射質量」で表される推力(加速力)も同じはずなのに、液体水素の場合はその分子一つの質量が軽いがゆえに「噴射速度×噴射質量」に損失が生じて推力が弱くなるというのどういうことか? 運動エネルギーや質量はどこへ消えてしまったのか? これは「質量保存の法則」「エネルギー保存の法則」という物理学の基本に反することではないのか?』ということになります。
そもそものきっかけが野田さんのお話ということで野田さんの発言をネットで調べてみたのですが、液体水素の比重が小さいことによってタンクが大きくなって構造材重量や空気抵抗が大きくなることのデメリットしか言及されていないようです。
http://njb.virtualave.net/BBS.cgi?b=nmain&normal&_f=nmain0135.html
http://www1.odn.ne.jp/~draken/g-con__noda.html
燃料の比重が小さいことによるエネルギーロスについて説明しているサイトはないかと探してみたところ、m dv/dt = F - u1 dm1/dt というメシチェルスキーの式で説明しているページがありました。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/a-cubed/bs2/C2008827323/E973234277/
が、この式は先にあげたエネルギーロスをなんら説明するものではなく、単にこの文を書いた人が比重の小さいことを噴射質量の小ささと勘違いをされているだけのようです。
燃料重量が同じならば噴射質量は同じで、燃焼温度・燃焼圧が最も高いのが液体水素ロケットならば、噴射速度×噴射質量=推力(加速力)は、液体水素ロケットが最も大きいということになるはずで、それを覆すような物理法則は存在しないようです。
Posted by: jan_goody2004 | 2005.01.03 03:27 AM
この件に関しては、当blogの記事を書いた後で、プロからもっと簡単な説明を教えて貰いました。
仕事が一段落しましたら必ず当ページでまとめますので、この件に関する書き込みはこれまでにしていただければと思います。勝手なお願いではありますが、
当方、現在そこまで頭が回っておりません。情けない話ではありますが、仕事がそれほど切迫していることをご理解いただければと希望するものです。
Posted by: 松浦晋也 | 2005.01.03 08:56 PM
了解しました。
こちらでお待ちしていますので、お時間が出来ましたら何時でもいらしてください。
Yahoo!掲示板 宇宙探査 「液体酸素・液体水素は最高の推進剤か?」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835557&tid=1ubnbbc0aga1a61ubnbfeaga4obag9ba4nbfdbfjbadea4aba1a9&sid=1835557&mid=1
Posted by: jan_goody2004 | 2005.01.03 09:57 PM