さて、ロケット用推進剤として、液体酸素・液体水素がどんな特徴を持っているかの解説。最終回である。
その前におわび。この話題を始めてから、何人かのプロの方々から、「説明の仕方がが悪い!」という指摘を頂いた。簡単に言うと、私が書いた物理学的な説明は間違ってはいないが、「液酸・液水は第1段に不適」ということには、実際問題としてはロケット工学的な要素がより大きく効いてくるというのだ。私は作用反作用の法則とツィオルコフスキーの式を使って説明した。しかしそれよりも、重力損失と空力損失がある実際の打ち上げで、液体水素を使った場合の工学的な考察のほうが、よりわかりやすく、また大きな意味があるというのである。
これについては、きちんと勉強した上で、私の能力が許す限りわかりやすい説明を後日アップすることにしたい。同時に、これまでに書いた部分に見つかったいくつかの誤りは、訂正が誰の目にも明らかなような形で訂正を入れることにする。
ともあれ、本稿の目的は「比推力が大きな液体水素万歳」というような、性能至上主義へ警鐘を鳴らすことにある。ロケットにとって大切なのは「高性能なこと」じゃない。「安全確実低コスト、かつタイムリーに貨物を軌道上に運ぶこと」だ。
「おーい、この荷物を宇宙ステーションにちょっと届けてくれ」「へいっ」
これである、
しかし、スペースシャトルは、推進剤に扱いが難しい上に地上からの上昇には不適な液体酸素・液体水素を採用した。それは、「次にSSTOがある」という見通しがあるからこそだった。正確には見通しではなく「きっとSSTOさ」という根拠のない期待というべきだろう。
そのSSTOだ。SSTOがいかに難しい技術かというのは、拙著「われらの有人宇宙船」(裳華房)でかなり丁寧に解説した。もしも興味があるならば、あるいは「我こそは松浦なる愚者を論破せん」と考える人は是非とも読んでみてほしい。
ひとつだけここで説明すると、衛星軌道に入るためには、重力損失と空力損失込みで10km/sの加速が必要だ。ロケットエンジンの噴射速度として液体酸素・液体水素エンジンの4500m/sを使い、ツィオルコフスキーの式を使って10km/sを実現するために必要な質量比、つまり(推進剤込みの機体重量)/(推進剤なしの空っぽの機体重量)を計算してみてほしい。だいたい全備重量の10%が機体、90%が推進剤という答えがでる。
この10%の中に、機体本体と持っていくべき荷物とが入らなければならない。半分が荷物だとすると、5%で機体構造やロケットエンジンを作らなければならないということである。しかも構造は加速に耐える強度を持たなくてはならないし、再使用型にするなら、この重量の中に帰ってくるための翼やら主脚やらを作り込まなくてはならない。もちろん強度的には何度もの使用に耐えるだけのマージンを持たせる必要がある。しかもタンクの中には極低温の液体酸素を入れなくてならないのだ!
このようなことを実現するためには、なにか未来技術による新材料が必要だ。現在の材料技術ではまだ実現は不可能である。十分な長さのあるカーボンナノチューブを寄り合わせて複合材料とするというような、新しい材料が、SSTOにはどうしても必要なのである。
私の結論を言ってしまうなら、当面SSTOは実現しないということだ。それが30年後か50年後かは分からないが、未来技術による軽くて丈夫な材料が実用化するまでSSTOが実用化することはない。
過去数年の日本の宇宙開発政策では、「20年後にSSTO」とか「20年後にスペースプレーン」というビジョンよく出てきていた。これはつまり、「開発に10年かかるだろうとして、10年後にはそんな材料が出来るだろう」と期待して、それまでは実現に向けてなんにもしない、基礎研究だけする、ということであった。北原白秋が詩を書いた「待ちぼうけ」の歌である。SSTOという切り株に、新材料といううさぎが転げるまで待とうと言うわけだ。
もちろん材料技術の進歩は急速だし、いつ何時長足の進歩があるかは分からない。しかし分からないことを当てにするというのは、我々が取るべき態度だろうか。
液体酸素・液体水素の第1段というのは、そんな未来技術を先行してエンジンだけ作ってしまったということなのだ。
そしてスペースシャトルはそのようなちぐはくさを「これこそ宇宙商業化時代を拓く未来の宇宙輸送システムだ」と宣伝し、世界中がそれに騙されたのである。
SF大会の補足はこれでおしまい。もはやスペースシャトルを「宇宙商業科時代を拓く未来への希望」と考える人はいないだろう。しかし、単に「スペースシャトルだめじゃん」と切って捨てるだけでもいけない。一体スペースシャトルは何から出発して何を失敗したのかを考察することは、失敗を繰り返さないためにも重要だ。
未来を目指すならば、今こそスペースシャトルについて徹底的に考察する必要がある、そう思うのだ。