コーラ界のシーラカンスを飲む

今年の秋、茅ヶ崎駅ビルの改装があり、成城石井が店を出した。駅構内や駅ビルに店を出し、世界中の食品雑貨を扱うというコンセプトで成長しているスーパーマーケットチェーンだ。最近、焼き肉の牛角が成城石井の株を買収して傘下におさめた。会社の業績そのものは好調で、この子会社化は成城石井のオーナー社長の都合らしい。
会社の動向とは別に、この成城石井、品揃えがなかなか私の好みなのだ。間違っても普通のスーパーで扱っているような一般的な食品は扱わず、輸入物を中心に面白そうな食品雑貨がごっそり置いてある。ここの売り物で生命を維持することはできないだろうが、生活を豊かにはできるというラインナップだ。各種オイルにつけたオイルサーディーンとか、にしん(ヘリング)の大きな缶詰とか、生パスタとかニョッキとか。出来合いの総菜でも例えばチリビーンズやラタトゥーユがあったり、餃子は水餃子用と焼き餃子用があるなど、多種多様である。
そこで見つけたのが、写真の瓶。イギリス製の「キュリオスティーコーラ」というコーラの一種だ。275mlで305円というお高い代物なのだが、なかなか気に入ってしまった。
養命酒などに通じる「薬臭さ」全開の味なのだが、非常にマイルドなのだ。
原材料を見ると、砂糖、発酵ショウガ根抽出液、ガラナエキス、キャラメル、リン酸、コーラフレーバー、カフェイン、とある。うげ、リン酸だと?コーラってのはこんなもので出来ていたのか。
そもそも我々、通常なんの違和感もなく「コーラ」という言葉を使っているが、コーラとは一体何だろうか。と、思ったらちゃんとウィキペディアに「コーラ」という項目が立っている。ほほう、コーラというのはアオギリ科の植物だったのか。で、その実を使った清涼飲料がコーラだが、現在のコーラはそもそもコーラの実は使っていないと。
キュリオスティーコーラの原材料にある「コーラフレーバー」というのがコーラの実の抽出物だろうか、それとも人工的に作った代用品か?
元を正せば19世紀末アメリカで、薬局の店頭でソーダ水を売るソーダファウンテンが大流行、そこで「万病に効く」というふれこみでブームになったのがコーラだった。もちろん「万病に効く」というのはインチキで、人々は「これは薬だから」と自他に言い訳しつつがぶがぶ飲んだのである。
需要あれば供給ありで、次々に「なんたらコーラ」が出現、激烈な競争を繰り広げた。そのうちに、原材料に「コーラの実」を使うなどということは忘れ去られて、「カラメルで黒く着色し、カフェインを含んだ炭酸清涼飲料」がコーラということになったのだ。
中で人気を集めて一大産業となったのが「コカ・コーラ」と「ペプシ・コーラ」だった。ちなみに「コカ」は、麻薬であるコカインを採る南米原産の樹木。もちろん現在のコカコーラにはこんな剣呑な成分は入っていないが、当時は「万能薬」だからこんなものも使っていたのだ。そして「ペプシ」は、胃液中のタンパク質分解酵素「ペプシン」からの命名。もちろんペプシコーラにペプシンなど入ってはいない。「消化を助ける」という宣伝で売った名残である。どっちにせよ、今なら「JAROに電話しよう」だ。
ここから先は、以前見た「ヒストリーチャンネル」の番組の受け売りなのだが、なぜライバルの中からコカコーラとペプシコーラがのし上がったかと言えば、ライバルよりも大量の砂糖をぶち込み、大量の炭酸ガスを吹き込んで刺激を強調したしたからなのだそうだ。巨大市場を押さえるために、どんどん刺激をアップしていく――いかにもアメリカな市場展開である。
で、手元のキュリオスティーコーラを見ると「90年以上前から守られたレシピ」という宣伝文句が入っている。どうやら、コーラ界のシーラカンスのような位置づけのコーラらしい。
その味は、あくまで柔らかく、コカコーラのような強烈な刺激は全くない。ちょっとほっとするような優しい味である。あまりのマイルドさに、薬臭さもほとんど気にならない。かつて「万能薬」として売った名残かと思えば、むしろ味わい深い。
コカコーラだのペプシコーラといった代物をほとんど飲まなくなってから、すでに20年以上経つが、もしも世間で言う「コーラ」がこのキュリオスティーコーラのようなものだったら、私はコーラを日常的に飲んでいたかも知れない。
値段が高いということもあり、そうそう飲む気はない。それでも最近はコーラというもののイメージを変えてくれたこのキュリオスティーコーラを、時々買って来たりしているのである。
ところで、本当にコーラの実をがっちりと使った元祖コーラ、まだあるのだろうか。一度飲んでみたい気がする。