ソビエト・ロシアの科学技術を称揚する

いつだったか、SF作家の野尻抱介さんと話をしていて、「なんだって松浦さんはそう戦いますかねえ」と、やんわりと指摘されたことがあった。何の話題だったか、野山歩きの話をしていて、林野行政の矛盾へと脱線した時だったか。
確かにそうなのだ。私にはがまんならないことを、がまんならない、と言ってしまう傾向がある。「それは流せ」と言われても、心理的にどうしても流せないことがある。
このblogも、最初は時事的な話題に触れず、どうでもいい写真と身辺雑記に終始する、それも積極的に終始するはずだったのが、2回ほど中断を経て、いつのまにやら、妙に社会派っぽいことを書いていたりするではないか。どうしたことか。
父の死を契機に、あれこれ思い出したり、父の書いた文章を読んだり、様々な人から思い出話を聞いたりして、なんとなく分かった。「この親父の息子ならしょうがないか」
というわけで、力を抜くことにした。積極的に方向付けをせずに、今後とも気が向くままに書いていくことにする。ということは、時事ネタも積極的には避けないということである。
とはいえ、せっぱ詰まっているので(この辺は身辺雑記)、しばらくは他人が書いたことの紹介ということなるだろう。
そこで表題の話。宇宙機技術者の水城徹さんが、lifelogというページで、旧ソ連のコンピュータ技術について書いている。これが非常に面白い。
・水城さんのHP「航天機構」
・HP内、雑記帳に相当するページ「lifelog--not diary, not blog」
ソ連にも優秀な科学者がいて、初期には独自のアーキテクチャやOSを考案していたこと、さらには1960年代に計画経済との絡みでアメリカとは別個のインターネット的ネットワークシステムの開発に取りかかっていたことなど、今まで知らなかったことばかりだ。それらが、思想闘争の姿を借りた権力闘争と、共産党指導部の技術に対する鈍感さとでダメになっていく過程は、昨今の日本を見るようで、まったくもって他人事じゃない。
科学的を標榜した社会主義が、真の科学的発想を抑圧したのは、遺伝学のルイセンコ学説だけではなかったのだ。
一般の人は「旧ソ連、ロシアの科学技術」といってもピンとこないだろう。
少し知っている人は、「あのぼろっちい技術ね」ぐらいに感じているはずだ。
もう少し踏み込んだ理解をしているのは、おそらくミリタリーマニアではないか。「荒っぽいけれど合理的なT-34戦車と、性能第一だけど整備性最悪のタイガー戦車」だとかだ。
ロシアの科学技術は、一見やぼったく見えるが、子細に見ていくとその最良の部分は驚くほどよく出来ている。
なんだかんだで過去1年ほど、「ふじ」グループの討論で「ソユーズ」宇宙船と「ソユーズ」ロケットを調べてきた。
実によく考え抜かれた設計をしている。「こいつは日本人じゃ無理だ」と思わせるセンスを感じさせる部分も多い。
なぜ、ロシアの技術は素晴らしいかと言えば、原理原則に立ち返ってゼロから徹底的に考え抜かれているからだ。映画でいえば「スターウォーズ」と「惑星ソラリス」の差である。いきなり巨大宇宙戦艦が、ががーっと頭上を通過して観客の心理をつかむのがアメリカ流なら、3時間の映画の冒頭1時間近く、美しい地球の風景に続いて「一体ソラリスでなにが起こっているのか」と延々と議論をするのがロシア流だ。
おそらくロシアの技術者は、未知の問題にぶつかった時、原理原則に立ち返って徹底的に議論をし尽くした上で、実際の設計にかかるのである。
20年ほど昔の学生時代、大学工学部の図書館で、数学の公式を集めた辞典を見つけた。岩波書店発行のかなり古い本だった記憶がある。
序文を読んでみると(もちろん中身を賞味する能力はなかったのだ)、オリジナルはソ連、確かレニングラードで出版されたもので、分厚い本を向こうの官憲の目をかいくぐって持ち帰って翻訳した、というようなことが書いてあった。
「自分で辞典を編纂せずにソ連から持ってきたのか!」と驚いた。
これが、日本とロシアの違いだと思う。数学の研究と応用の両面で基本となる数学公式辞典を自ら編纂するロシアと、持ってきて翻訳してしまう日本。
ショッキングな体験だった。なにしろ、それまでの私のソ連技術に対する理解は、「ベレンコ大尉が亡命の時に乗ってきたMig25戦闘機は翼の前縁が鉄製で錆びる」といった、揶揄を含んだものだったから。
もっともこの体験以降も、私はずっと心のどこかで「比較すればアメリカの技術のほうがソ連よりもずっと優れている」と思っていた。確かにそういう面は多いが、それだけではないということを、はっきりと意識したのはここ数年のことだ。情けない話である。
ところで、水城さんは、例の「宇宙の傑作機」シリーズで、「ソ連のコンピュータをやります」と言っているそうのなので、次のコミケあたりで、「ソ連の傑作コンピュータ」を読めるかも知れない。版元である風虎通信の高橋さん、よろしく水城さんを叱咤激励してください。
久しぶりの写真は、モスクワ中心部の飛行場で野ざらしになっているMig25戦闘機。2003年7月撮影。こんなことになった責任は、この戦闘機の設計者にはない。明らかに共産党をはじめとした指導部のマネジメントの失敗の帰結である。