北海道ロケットに関する防衛副長官の発言を考察する
もう6年ほども以前になったが、SpaceServerという宇宙開発系ニュースサイトをせっせと更新していたことがあった。今日は、そのころの論調で真面目に行く。
日本惑星協会のメールマガジン「TIPS/Jニュース」の最新号で、JAXA/ISASの的川先生が、北海道・大樹町で打ち上げ試験を行っているハイブリッドロケットが、販売に乗り出そうとしたところ、国会議員が「テロに悪用されるのではないか」と発言したことで足を引っ張られていることについて、札幌の雰囲気を書いている。
的川先生は、宇宙開発の足を引っ張られる危惧をそれとなく書いているのだが、この件の真の問題はそこにはない。テロリズムもまたコストパフォーマンスの問題であることを防衛副長官が理解しておらず、「庶民感覚」の発言で新たな産業の芽を摘むかのような発言をしてしまったことだ。
「『テロに使われる危険があるのではないか』と感想を述べた」のは、今津寛防衛庁副長官だ。
が、考えてみよう。テロリストの資金には限りがある。テロの目的は破壊を持って社会に恐怖を与えることであり、限られた資金でより大きな恐怖を与えることが必要になる。 報道によると、北海道のロケットは210万円で、打ち上げサービスには別途100万円がかかる。自分で打ち上げを行うとしても、最低でも210万円かかる。
210万円もあれば、もっと簡単かつ効果的なテロの実施方法がいくらでも存在する。中古の10tダンプに山ほど爆発物(知識があればそこいら辺で手に入るもので作れないわけではない)を搭載して国会正門に突っ込むなどというテロでも、おそらく210万円はかからない。中古ダンプはロケットよりも入手は容易だし、そもそも調達にあたって足がつきにくい。盗むというような非合法手段を使えば、調達にあたって必要なコストはゼロになる。
テロリストにとって、北海道のロケットを入手するというのはまったくもって非現実的なのだ。
今津副長官のホームページの冒頭には「私は魚屋の五男坊です。大衆の中で育ちました」とある。それはいい。が、ひとたび防衛庁副長官になり、日本の防衛政策に責任を持つ立場になった以上、公の会議において「ロケット=ミサイル。なんとなく不安」という庶民的感覚で発言するようでは、勉強不足の評価は免れないだろう。
しかも、今津副長官の不用意な発言は、彼の地元である北海道に新しい産業が創生するかもしれない機会に水を差したのである。
私自身は、以前も書いたが、もっと三菱重工業や石川島播磨重工業だけではなく、日本のあちこちでロケットを開発する試みが立ち上がるべきだと考えている。物事が進展する時には、有象無象が希望を持って参入することが不可欠なのだ。
テロへの転用を防ぐという点は、推進剤を液体に限るということでほぼ確実に防げるだろうと提案する。
液体水素を使うならば、そもそも大量の液体水素需要は限られているので追跡が可能だ。液体酸素とケロシンの組み合わせでも、液体酸素の販売にそれなりのトレーサビリティ技術を応用することで、十分に「どこで、誰がどのようなロケットを開発し、打ち上げようとしているか」を追跡し、把握することができるだろう。
「どこで誰がどんな開発をし、どんな打ち上げをしようとしているか」という情報が共有されれば、後は適切なルールづくりだけで、誰でもロケット開発に参入できる状況が生まれる。
現在、軍用ロケットモーターは、ほぼすべてが即応性に優れる固体ロケットを利用している。が、宇宙に出ていくロケットを開発するなら、性能的に固体ロケットよりも液体ロケットのほうが有利だ。
糸川英夫博士がロケット研究を始めた昭和30年当時は、日本の機械加工技術では液体ロケットを開発するのは非現実的だった。だから東大から宇宙研へというロケット研究は固体ロケットを中心に進んだ。
しかし、現代日本で宇宙を目指すならば、固体ロケットに改めて手を出す理由は全くない。そして、液体ロケットエンジンなら、テロに利用される可能性は、10tダンプほどにもない。
なんとかして、誰でもロケットを開発し、地上燃焼試験を行い、ロケットを打ち上げられるようにならないだろうか。国民に選ばれた代表である国会議員の方々には、むしろこの方向で考えて欲しいのである。
以下に参考リンクを掲載する。
今津副大臣は、自由民主党衆議院議員、北海道六区(旭川市を中心とした上川支庁管内)選出で当選3回、1946年生まれの58歳。中央大学法学部を卒業している。
発言があった副大臣会議は首相官邸で開催される各省庁副大臣の間の意見交換のための会合。発言の記録は見つけることができなかった。
ホームページ内には、この報道に対する記述はなかった。
問題となったロケットは、NPO法人の北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)が開発したハイブリッド・ロケット「CAMUI」だ。開発の中心になっているのは北海道大学で、北海道・大樹町で発射実験を行っている。
- HASTICホームページ
- CAMUIロケット説明:推力200kgf級のエンジンを搭載している。到達高度は1kmでアクリルと液体酸素を使うハイブリッド・ロケットだ。固体と液体を使用するのでハイブリッドと呼ばれる。
- CAMUIロケット説明:推力200kgf級のエンジンを搭載している。到達高度は1kmでアクリルと液体酸素を使うハイブリッド・ロケットだ。固体と液体を使用するのでハイブリッドと呼ばれる。
- CAMUI資料(PDF)
HASICは、このロケットを210万円で販売するとしている。販売にあたっては打ち上げサービスとセットとなる。つまり購入者が自分で打ち上げることは出来ず、打ち上げはHASTICに委託することになる。1回の打ち上げサービスは約100万円。
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どうも今日は。アニソラのおおむらです。
固体ロケットというとモデルロケットもそうなんですけど、確かモデルロケットのテロへの転用を危惧する声もあるんですよね。(これは日本に限った話ではないとは思いますけど。)
正しいロケットへの教育の芽が摘まれてしまう可能性があるということも問題なのではないかと思います。
Posted by: おおむらゆう | 2004.11.06 12:10 PM
国際テロ組織の資金力を考えれば、210万円など取るに足らない
金額です。
アメリカの同時多発テロにかかった費用は、4500万円~5500万
円、低予算のケニアとタンザニアの米大使館爆破テロでも500万
円、スペインの列車爆発テロでも100万円くらいかかっています。
トレーサビリティ技術で「どこで、誰がどのようなロケットを
開発し、打ち上げようとしているか」を追跡したり、「どこで
誰がどんな開発をし、どんな打ち上げをしようとしているか」
という情報を共有して適切なルールを作りをするなどの予防措置
を行うためには、ロケットがテロに使用されるかもしれないという
認識があることが前提です。
ロケットによるテロの可能性をはなから考えず問題提起もしない
ようでは逆に政治家としての資質を疑います。
北海道のロケットは助成事業にもなっていますし、足を引っ張られ
ているというのは気分的なものにすぎないのではないでしょうか?
Posted by: jan_goody2004 | 2004.11.06 05:01 PM
モデルロケットは、どうしても簡便さが優先するから固体ということになりますよね。911テロ以降、アメリカでもモデルロケットへの締め付けが起きているという報道がありました。
モデルロケットに関する問題は、むしろ規制強化を恐れてモデルロケットを楽しむ側が技術的な工夫に自己規制してしまう可能性がある、というところだろうと思います。「経済産業省から何か言われたらモデルロケットはおしまいだから、なるべく縮こまっている」というように。
私が液体ロケットエンジンへのシフトを主張する背景には、こういう萎縮を防ぐと言う意味もあります。
#テロに掛かった費用
どうも重要なデータをありがとうございます。出典はなにでしょうか。
>>ロケットがテロに使用されるかもしれないという認識
なんであれ、道具はすべてテロの道具になる可能性があります。出刃包丁から自動車にいたるまでですね。それでも我々が包丁や自動車を使い続けるのは、これらがより有用だと判断しているからです。
ロケットという、日々の生活にあって新参の道具にとって有用さに関する認識は必ずしも人々の間で共有されていません。むしろ、最初は「これ、危険じゃないか」と警戒されます。明治初年に蒸気機関車が火事を起こすとして忌避されたように。
私はできれば政治家に、本能的な忌避を廃した理性的判断をして欲しいと思うのです。
そしてロケットのテロにおけるコストパフォーマンスは低いというのが私の主張です。それも圧倒的にです。
「ロケットでなければ社会に与えられない恐怖」が存在し、その恐怖を与えることが、難しい調達、面倒な発射準備、足がついて逮捕される危険性――などなどよりも遙かに意味があるということになって、初めてロケットによるテロが現実味を帯びます。
現状、CAMUIロケットによるテロを心配するなら、それ以前にテロに対して考えるべきことは山ほどある、というのが私の意見です。
トレーサビリティに関しては、対テロ対策もさりながら、そもそもロケットは広い地域に告知をしなくては安全性を確保できないという特性があるところから、重要だと考えています。
>足を引っ張られているというのは気分的
政治家の発言は、まさに「気分」によって増幅されることがままあります。官僚には政治家の小さな発言でも気を遣って行動を起こす習い性があるためです。気分だからといって、放置はするべきではないでしょう。
Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.06 09:11 PM
こんにちは,以前もコメントさせていただきました A3 という者です.
この件に関しまして,松浦様の意見に賛成です.特に,コストパフォーマンスと言う点からして,1回限りの使用に過ぎない用途として CAMUI ロケットのコストパフォーマンスは低く過ぎとしか言い様がありません.このロケットは,安価で手に入りやすい燃料で何回も打上げが出来るというというところが売りですから.飛行能力と価格を見比べると,再使用であることを考慮しなければペイしないでしょう.
また,政治家は自らの発言にもっと責任を持って欲しいものです.自分には詳しくない分野に関してブレーンに相談しているのかどうか疑問です.
Posted by: A3 | 2004.11.07 12:27 AM
こんばんは、ほったです。
私、なぜ松浦さんと同趣旨の論調が批判された当事者自身からでてこないのか?ということが、「真の問題」のさらに「真」の問題であると思いました。
いや、彼のロケットがホントにテロリストのお眼鏡に適うものかどうかは、ちょっと脇に置いておきますが。
どの業界でもよくある話で、「有能な研究開発者の集団が、余勢を駆って事業化に乗り出した途端、出鼻を挫かれている」という図式に過ぎないと思います。
ここからは私の諸経験に基づく邪推になりますが、HASTIC(【注】HASICではありませんね)、もしかすると研究開発者専制集団にありがちな、
「セキュリティ? トレーサビリティ? リスク管理? そういうことは、とりあえず私は興味ありません。とにかく、素晴らしいモノを作り上げたい一心です。
大事な書類や機材が誰かに持ち出されたりしたら、ですって? それは、関係者皆さんの良識にお任せしていますよ。」
などという意識がまだ働きやすい環境にあるのではないでしょうか?。
実はHASTIC、全くご縁の無い組織でもないのですが、起死回生を図るためにも、もう少し事業経営系の人材の陣容を拡充すべき時期に来ているのではないかと。
そして、政治家に好きな言わせないようにする「力」、政治家にファンを広げる「力」も、また必要となりつつある時期だと思います。
では
Posted by: ほった | 2004.11.07 12:49 AM
>#テロに掛かった費用
同時多発テロにかかった費用が4500万円~5500万というのは、同時多発テロ独立調査委員会の報告書による毎日の記事で、
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/nybomb/news/20040824k0000m030034000c.html">http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/nybomb/news/20040824k0000m030034000c.html
ケニアとタンザニアの米大使館爆破テロが500万円、スペインの列車爆発テロが100万円くらいというのは、国連のアルカイダ・タリバン制裁監視委員会の報告書です。
http://blog.ishikawa-news.com/mt/archives/2004/08/post_194.php">http://blog.ishikawa-news.com/mt/archives/2004/08/post_194.php
米国の親密な同盟国である日本でのテロに210万円程度使うことぐらいは国際テロ組織にとっては何でもないと思いますよ。
ただロケットは大量生産品ではありませんから、銃や毒薬などのコントロールにくらべれば、テロの危険性をゼロに近づけることは容易なはずです。
今回の発言は、規制をすべきというのではなく危惧の表明にすぎませんから、過剰な自己規制をするとしたらそちらの方が問題だと思います。
これにかぎらず、新潟地震でテレビ局が地震のシーンのあるアニメや映画を放送延期したりとか、どうも日本には過剰な自己規制をしてしまう妙な風潮があるようです。
Posted by: jan_goody2004 | 2004.11.07 02:51 AM
>HASTIC(【注】HASICではありませんね)
いけない!直しておきました。
テロ費用の出典、ありがとうございます。犠牲を省みなければ特攻要員数人と5000万があれば、高層ビルを含む街を一街区破壊できるということで、911テロのコストパフォーマンスは絶大だったのですね。
>日本には過剰な自己規制をしてしまう妙な風潮
私は最近とみに強まってきているように思います。妙な抗議(大抵の場合根底に自己顕示欲がある)に安易に屈することと、「和を持って尊しとなす」とは別物だと思うのですが。
>なぜ松浦さんと同趣旨の論調が批判された当事者自身からでてこないのか?
それはその通りだと思います。糸川英夫という人がパイオニアとして偉かったのは、ロケット打ち上げに必要だと思えばどんなところのどんな人にでも会いに行ったところです。それが漁協の漁師でも、総理大臣であってもです。
もちろん当時は東大教授の肩書きが今よりもずっと大きな意味を持っていましたが、彼はそのことを理解した上で存分に肩書きを利用したといえるでしょう。
では我々は?というところですね。
>政治家にファンを広げる「力」
そうですね。政治家も特殊な人種ではなく、同じ国民なのですから。
Posted by: 松浦晋也 | 2004.11.08 01:32 PM