記憶の歌に再会する
実家に詰めて、原稿を書き続けている。
シーズー犬2匹が足下にまとわりついてくる。父が最後までかわいがっていた犬だ。疲れて寝転がると、体を丸めて寄り添ってきて一緒に眠る。愛されるという目的のためだけに人工的に作り出された役立たずの犬だが、確かにその体温は、本能的に人間の心を安らがせてくれる。
といっても原稿書きのストレスは犬2匹だけではなかなか解消されない、「マンガを書くことのストレスはマンガを書くことで解消する」というマンガがあったし、某作家は「長編に詰まると短編を書いてストレス解消する」そうだが、私はそこまで集中できない。
で、「ぽちっとな」、オンラインショッピングで無駄遣いする。
今回買ったのは、「ひょっこりひょうたん島 ヒット・ソング・コレクション(オリジナル版)」(amazon)。
中学生の頃の私の夢のひとつは、「NHKに行って、倉庫の中にあるであろう『ひょっこりひょうたん島』のフィルム(当時の自分にビデオという概念はなかった)を見せて貰う」ということだった。「ひょうたん島」の本放送は、私が3歳から7歳であるが、かなり初期から私は見ていた。記憶というだけなら前番組の「「チロリン村のくるみの木」から覚えている。
中でも私が喜んだのは「ひょうたん島」の劇中歌だった。「NHKにいってフィルムを見る」というのは、つまり「もう一度あの歌を聴きたい」ということだったのである。
月日は流れて、もう就職してからだったか、私は衝撃的な事実を知った。NHKは「ひょうたん島」の映像をほとんど消去していた。当時はコンテンツなどという概念もなく、2インチのビデオテープは高価だという理由だけで、「ひょうたん島」はフィルムに起こされた8話を除いてすべて消されていたのである。
ところが世の中には桁の外れたコレクター精神の持ち主がいたのだった。当時小学生から中学生であった伊藤悟氏が、番組を詳細に記録すると同時に、人形操演をしていたひとみ座と連絡を取って、台本を貰い受けて保存していたのである。
伊藤氏が保存していた記録を使い、数年前、「ひょっこりひょうたん島」はリメイクされたのだ。
リメイク版本放送の日、テレビの前にわくわくした気分で座った私は、またも衝撃を味わった。
「こんなの『ひょうたん島』じゃない、俺が見た『ひょうたん島』はこんなんじゃない!」
そう、「ひょうたん島」の中核であるキャラクター、ドン・ガバチョの声を藤村有弘ではなく名古屋章が当てていたのだ。私にとって、ガバチョは藤村有弘でなくてはならなかったのである。どうしても。
もちろん、これはないものねだりだった。藤村有弘はとうの昔に他界しており、それこそ恐山のイタコにでも呼んでもらわなくてはリメイク版への出演は不可能になっていたのだ。私は泣いた。頭の中で葬送行進曲を鳴らし、子供の頃、テレビの前で過ごした甘美な時間の記憶を見送った。
ありがたいことに、今回購入したCDには、オリジナルの劇中歌が収録されている。もちろんガバチョ役で歌っているのは藤村有弘だ。今、私は幸福な気分で「ひょうたん島」を彩った曲を聴いている。
数十年振りに聴き直し、あらためて藤村有弘の声の芸が素晴らしいことに驚く。「今日がダメなら明日にしましょ」の「ドン・ガバチョの歌」、「コケコッコ・ソング」、「外交の花」――どれもとてつもなく完成度が高い。一体他の誰が、「コケコッコ・ソング」をあのように歌えるだろうか。
彼の持ち芸だったデタラメ外国語もきちんと入っている。そういえばタモリもハナモゲラ語をやらなくなってからだいぶ経つが、デビュー時、「なんだ、藤村有弘の真似じゃないか」と感じたのを思い出した。
宇野誠一郎が作曲した音楽も、記憶に残る以上に高い完成度を示しているのを確認する。時には堅実に時には柔軟に、日本語を自由自在に扱い、一部はラップ調を先取りするような部分もある。この人の仕事は、もっと高く評価されていいはずだ。
「夜を待とうよ」「翼があったら」「勉強の歌」、どれも記憶に残る名曲だ。
不満もある。「ワンワンGIブルース」が入っていない(これはアニメ版ひょうたん島でも歌っていたから、絶対に音が残っているはずだ)し、口笛の「ダンディのテーマ」も未収録、「借金バードの歌」も入っていないし、個人的に記憶に残っている「ポストリア志士の歌」もない。
でもいいではないか。30年以上の時間を隔てて、記憶の中にしかなかった音楽に再会できたのだから。
というわけで、今、「当選したブッシュに『外交の花』を聴かせたいものだ」などと考えつつ、原稿を書いています。
「どこまでいっても明日がある ドンドンガバチョ、ドンガバチョ」そーれ!
#追記
ここまでくれば、「ネコジャラ市の11人」の劇中歌も聴きたいな、と思うのであった。
#追記2
名古屋章も、もう鬼籍に入ったのですね、嗚呼。
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