己のやらかした誤報を思い出す
火星探査機の話を書き続けているので、本日は簡潔に(あれ、デジャヴが)。
NHKの「奇跡の詩人」問題を追求し続ける小林泰三さんが、来られたので、もう少しNHKの話をする。
私は記者としての職歴の最後2年間を通信・放送業界のニューズレター記者として過ごした。取材対象にはNHKも入っており、実際何回も取材をした。ちょうど地上波デジタル放送が始まろうとしていた時期で、NHKは高精細デジタル放送を「デジタル・ハイビジョン」と命名して大々的な宣伝をしていた。
ご存じの方も多いだろうが、通常のテレビ画面は縦横比が4:3で、ハイビジョンのような高精細テレビ(HDTVという)は16:9だ。HDTVの画面のほうが横長なのである。
ある時、NHKで「デジタル・ハイビジョン」を取材していた時、私は思いついて「縦横比が変わることでカメラマンはとまどいませんか」と質問してみた。高精細放送に切り替わる時に一番変化に抵抗するのは人間の感性の部分ではないかと思ったのである。
取材相手の部長は即座に「そんなことはありません」と答えた。
「16:9という比率は、人間の視覚に対する実験から導き出された値です。それだけ人間にとって4:3よりも自然なのです。だからカメラマンはすぐに慣れます。むしろ構図を取りやすいほどです」
私はなるほどと思い、その旨記事を書いた。
独立してから、しばらく経った頃、私は独立系映像プロダクションのプロデューサーと話をする機会をもった。話題は放送機材のデジタル化に及び、HDTVカメラに言及することとなった。思いついて私はかつてNHKにぶつけたのと同じ質問をしてみた。
「縦横比が変わることでカメラマンはとまどいませんか」
「そりゃあとまどいますよ。問題大ありです」
彼は即答した。
「カメラマンにとって4:3という縦横比は、身体に染みついたものです。もう何十年も我々はその縦横比で仕事をしてきたんですよ。カメラマンだけじゃなくてディレクターだってずっと4:3で発想してきたんです。それをいきなり切り替えろというのだから、ものすごく大変です」
「でもNHKは、すぐに切り替えられると言っていましたが」
「ああ」、彼は笑った。
「ハイビジョンを普及させたいNHKが、フいたんでしょう」
そう話す顔には「NHKは何も知らない記者に吹き込んだんだろうな」という表情が浮かんでいた。
彼の言葉にはいちいち実感がこもっていた。管理職であるNHKの部長よりも、長年現場で番組を作ってきたプロデューサーの言葉のほうが遙かに信用できるな、と私は判断した。
NHKから出てくるコメントがすべて嘘だとは思わない。しかし、自らの組織に対する利害が関係する事柄では、NHKの管理職は嘘をつくこともある。本人が信じ込んでいる可能性もあるものの、少なくとも結果として嘘になるような発言が飛び出す場合がある。
私はそのように胸に刻み込んだ。「あの時、裏を取っておけば良かった」という反省と共に。
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