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2005.08.31

巨大台風で、アメリカ京都議定書へ復帰、と妄想する

 アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」はニューオリンズなどに甚大な被害を与えた。


 特に最後の読売新聞の記事に注目して欲しい。アメリカ経済に大きなダメージが発生している。

 このハリケーンで、ほんの少し、まったくもってほんの少しだけれども、期待していることがある。アメリカが温室効果ガス削減の京都議定書に復帰はしないまでも、復帰しようとする機運が出てくるのではないか、と。

 ご存じの通り、1997年12月、地球温暖化防止京都会議で温室効果ガス排出削減の枠組みを定めた京都議定書が採択された。これに対してアメリカは2001年3月、国内経済活動に悪影響を与えるという理由で京都議定書から離脱した。
 現在人類は、年間240億トンの二酸化炭素を空気中へ放出している。アメリカは、そのうち57億トン(24%)を発生している。これはもちろん世界一だ。

 二酸化炭素は、大気の窓を遮る形で地球に入射する太陽エネルギーが宇宙空間へ放射するのを妨げる。これは事実。そして、前世紀半ばに観測が始まって以来、連続的に大気中の二酸化炭素の濃度が上昇し続けている。これも事実。一方地球全体の平均温度も、観測が始まってから上昇し続けている。これまた事実だ。

 では、温室効果ガスが、地球平均温度の上昇の原因なのか。色々な議論がある。が、少なくとも世界各国が顔を付き合わせて二酸化炭素ガス排出削減を議論しなければならない程度には、その因果関係は見えてきている。

(ここまで数値などの出典は、「<新>地球温暖化とその影響(内嶋善兵衛著 裳華房)」)

 そして問題、地球温暖化によって巨大台風の数は増えるのか。

 最近の一部の研究では、温帯域の降雨が増えるという結果が出ている。

 国立環境研究所の江守正多室長の研究によると
 降水量は日本を含む中・高緯度地域と熱帯の一部で増え、亜熱帯で減る一方、大気中の水蒸気が増えることで豪雨は広い地域で激しさを増すことが分かった。降水量に比べて豪雨強度の変化が特に大きい北米の中、南部や中国南部、地中海周辺などは、一時期に雨が集中するため、水害とともに渇水の危険も高まる。

 これをもって、すぐに「地球温暖化によって大型台風が増える」とはいえない。

 が。もしそうだとしたら。

 いや、因果関係をきちんと立証するより前に、アメリカ国内で「巨大台風襲来は、地球温暖化のせいではないか」とする世論が盛り上がったらどうなるか。

 アメリカが京都議定書を離脱した理由は、「経済活動に悪影響を与える」だった。巨大台風が来ればそれどころではない悪影響が経済活動に及ぶとすれば、アメリカが京都議定書に復帰する合理的理由が生まれることになる。

 それが事実であるというよりも、そうアメリカが考える、ということが重要だ。

 温室効果ガス削減について、私は「地球温暖化防止」という以上に積極的な意味を見ている。これは人類が初めて試みる、全地球的気候改造ではないだろうか。二酸化炭素ガス排出は、気候改造を意図したものではなかったが、その抑制は立派な気候改造の試みだ。

 その試みに、世界一の二酸化炭素ガス排出国であるアメリカが加わるとしたら。全く持って不謹慎だが、私はわくわくしてしまうのだ。

 ところで、この件、タバコの害と似ている。かつて、タバコを規制すると税収が減少するという議論があった。実際にはタバコは喫煙者のみならず受動喫煙者の健康をも害し、健康保険財政に多大の損害を与えているわけだ。実は今、川端裕人さんの「ニコチアナ」を読んでいて、色々思うところもあるのだけれど、これはまた後日。

2005.08.30

イベント:宇宙開発フォーラム2005が開催されます。

 首都圏の学生が主体になって活動している「宇宙開発フォーラム」が今年も開催される。

◇宇宙開発フォーラム2005◇-----------------------------------

1.日程: 平成17年9月18日(日)及び19日(祝)

2.場所: 日本科学未来館(東京・お台場)
      
3.参加費:無料
    (レセプションのみ実費として学生2000円、一般4000円いただきます)

4.プログラム(予定):

■宇宙開発概論(9月18日10:30〜11:50)
講師:中須賀真一氏(東京大学工学部航空宇宙専攻教授)
 宇宙開発に関する基礎的な知識を提供するとともに、この後のプログラムに参加する際のものの考え方、フォーラムの意義付けを明確化することが目的です。超小型衛星の話題を中心に、世界的な動きやここ数年の変化など、現在の宇宙開発を取り巻く環境や、宇宙開発技術の概観について話していただきます。 

■宇宙法ワークショップ(9月18日13:00〜15:00)
講師:平井昭光氏(レックスウェル法律特許事務所弁護士)
 宇宙開発を進める上で法律の知識って必要なのでしょうか? 宇宙法ワークショップでは、契約の基礎についての簡単なレクチャーの後、グループに分かれて、実際に契約書作成のシミュレーションをしていただきます。契約というものの重要性と、締結交渉のダイナミズムを実感してください。

■宇宙ビジネスワークショップ(9月18日15:10〜17:45)
講師:宇宙旅行関係者、ビジネスコンサルタントの2名を予定
今年のテーマは宇宙旅行ビジネスです。講師の方によるセミナーの後、参加者には、グループに分かれて実際に宇宙旅行プランを考えていただきます。最後に各グループがプレゼンテーションを行い、専門家の方にご講評いただきます。2007年には、宇宙旅行が本格的に開始されます。これを機会に宇宙旅行について考えを深めてみませんか?

■技術ワークショップ(9月19日10:30〜12:00)
講師:山下民夫氏(有人宇宙システム株式会社技監)
 2003 年「コロンビア」事故以来、スペースシャトルの打ち上げは中断されてきまし
たが、今年の7 月末には野口宇宙飛行士を乗せた「ディスカバリー」が再開1 号機として打ち上げられました。スペースシャトルを始めとする有人宇宙技術における安全性の問題について、専門家の方に話していただき、学生がグループワークを行う予定です。
 タイムリーな話題ということもあり、文科系の学生にも興味の持てる内容になると考えています。

■特別セミナー(9月19日12:50〜14:10)
講師:春原剛氏(日本経済新聞社国際部編集委員)
 日本において情報収集衛星が導入され、運用が開始されるなど、今、衛星を利用した情報収集が日本外交、安全保障などの観点から注目を集めています。この問題に関する著書のある日本経済新聞社の春原編集委員をお招きして、国際的な視点からご講演いただきます。

■宇宙開発政策ワークショップ(9月19日14:15〜16:45)
講師:金山秀樹氏(CSPジャパン株式会社)
 今年は、発展途上国の宇宙開発に焦点を当てて、ワークショップを行います。各国の宇宙開発政策の概況についてのレクチャーの後、参加者には政策評価を行っていただきます。今後無視することができない発展途上国の宇宙開発について知るとともに、政策的思考を体験していただくことが狙いです。

■パネルディスカッション(9月19日17:00〜19:00)
講師:樋口清司氏(独立行政法人宇宙航空研究開発機構理事)
   青木節子氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)
   駐日CSA関係者(予定)
   山根一眞氏(ジャーナリスト)(予定)
 異なる立場にいらっしゃる著名な実務家の方々を3〜4名お呼びし、日本の宇宙開発についてパネルディスカッションをしていただきます。フォーラム全体をまとめ、今後の宇宙開発のあり方などについてメッセージを発信するとともに、フォーラム参加者の今後の活動を促進することを目的としています。


<ポスター展示>(9月18,19日10:00〜18:00)
 SDF 内で2005年9月までに行ってきた研究会の成果をポスターにして発表します。また、宇宙開発機関、大学研究室、各地の学生団体や市民団体の方々に、日々の活動についてポスターや冊子等によって発表をしていただきます。全国各地で、様々な人々が、様々な手法を使って宇宙開発にコミットしていることを示し、来場者の方々により積極的な宇宙開発への関わりを促すことを目的としています。


<レセプション>(9月18日18:00〜20:00)
 立食形式のパーティーです。普段なかなか会う機会のない研究者や社会人の方と学生との交流や、首都圏以外の地域で活動している方々との出会いを提供し、宇宙開発をめぐる新たな動きを生み出すキッカケを提供します。

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 参加希望の方は、宇宙開発フォーラム実行委員会のホームページから申し込みを行うこと。

 宇宙開発フォーラムは、宇宙に興味を持つ学生達が集まって開催しているイベントだ。特徴的なのは文化系の学生も参加し、法学や経済学からのアプローチについても網羅していること。毎年かなり充実したプログラムを組んでくる。

 今年も2日に渡る充実した内容だ。よくこれだけの豪華メンバーを講師として呼んだものだと思う。

 意外と世間の目には触れにくいのだが、ここ数年、宇宙を目指す大学生、大学院生の活動が活発になってきている。私も何回か呼んで貰い、学生達と話をした。
 正直、青い。まだ認識は浅いし勉強も足りない。しかし、彼らにはエネルギーと意志があり、何よりも未来がある。とにかく元気なのだ。

 若い彼らが元気だということは、とても重要だ。頑張って欲しい。

2005.08.29

ネット古書店で本を買いあさる

 次々と宅急便が到着している。送り元は、全国各地の古本屋で中身は本。何のことはない、自分がネット古本屋に注文した本が届いているだけだ。

 スーパー源氏という、ネット古本屋の在庫を横断検索できるページを見つけてから、せっせと資料本を買うようになった。「恐るべき旅路」を書いた時には、過去に出版された火星関連本を、スーパー源氏経由で相当買い込んだ。もっとも資料を一番多く使用した、火星観測の歴史を書いた章は、そっくりそのまま削除してしまったが。

 ここのところ狙っているのは音楽関係の本。黛敏郎の「題名のない音楽会」と「題名のない独白」は入手済。秋山邦晴「日本の作曲家たち」は、注文をかけたら「売り切れ」という返事が返ってきた。船山隆「現代音楽 音とポエジー」は注文中。さあ、来るかどうか。
 大田黒元雄「バッハよりシェーンベルヒ」は探しているのだけれども見つからない。その昔、神保町の古賀書店で見かけたのだけれど、その時金がなかったのが運の尽き。あの時買っておけば良かった。

 大学に入ってバイトをするようになり、何がうれしかったって、本が存分に買えることだった。そういうことをやっていると、書庫だか生活空間だか分からない部屋に住む羽目になるわけで、実際今の私はそういう部屋に住んでいる。

 電子書籍が云々されるようになって大分経つが、未だ普及の兆しはない。私の場合、本というマテリアルに価値を見いだしているのではなく、とにかく中身が読みたいから買うのだ。だから電子書籍があればそれでも一向に構わない。
 どうも、あまりにきびしい著作権管理が普及を妨げているという気がする。現状の電子書籍の著作権管理では、ハードディスクがクラッシュしたら蔵書全滅ということになる。どうにかして欲しいところだ。


 最近読んだ中では出色の大当たりだった本。パロマ山の5m望遠鏡の建造を追ったドキュメンタリーだ。戦後すぐに翻訳された本だが、ハワイの「すばる」望遠鏡の建設関係者が望遠鏡建設にあたって参考書として読んだことから復刊したというもの。

 望遠鏡のような巨大建造物を作る過程が面白くないはずがないが、本書も実に面白い。多くの人々の人生を飲み込み、巨大な建造物が動きだすまでのドラマはとてもダイナミックだ。ヤーキースの1m、ウィルソン山の2.5m、そしてパロマー山の5m——望遠鏡を作るたびに、誰かが体を壊したり、あまつさえ死んでいるのだから壮絶である。





 下巻のクライマックスは、5m鏡の輸送。巨大構造物の輸送は、それだけで胸躍るものがある。輸送に従事した鉄道関係者のプロ根性が泣かせる。

2005.08.28

非電化冷蔵庫について、ほんの少しだけ考察する

 5月18日の面白いページを2つ紹介するで紹介した非電化冷蔵庫について。

 「<新>地球温暖化とその影響」(内嶋善兵衛著 裳華房)を読んでいて、使えそうなデータを見つけた。同書27ページの図2・4だ。
 地表に入射する波長別の太陽エネルギーと、地表からの宇宙への輻射の波長別エネルギーのグラフだ。実は「大気の窓」がどの程度のエネルギーを透過するか、今まで知らなかった。同書のグラフでは、本当にどかんとグラフが谷を描いている。これほどの割合で透過するならば、非電化冷蔵庫に応用できそうだ。

 波長8〜13μmの赤外線は、大気に吸収されない。「大気の窓」というやつである。だから、この赤外線は、宇宙から直接地表に届くし、地表から放射した場合はそのまま宇宙へと出て行く。
 つまりこの波長帯で夜空へ輻射すれば、宇宙を背景輻射3Kを低温熱源として利用できるということになる。この波長帯は雲も透過する。だから曇っていても構わない(嘘でした。コメント参照のこと。2005.8.29)。

 つまりこの波長帯の赤外線を集中的に放射する材質を放熱板に使うと、非電化冷蔵庫の冷却効率は上がることになる。

 と、ここまで考えて、ちょっと検索をかけてみたが、そのような材料を見つけることができなかった。なにかありそうな気がするのだけれども。前回の記事へのコメントで教えてもらったまず貼る一番はどうだろうと思って、資料をダウンロードしてみたが、「熱を遠赤外線に変換して放射」としか書いていなかった。遠赤外線というのはだいたい波長3μmから1mmまでのかなり幅広い領域を指す。ちょっとこれだけではなんとも言えない。

 ちなみに黒体輻射のピークは常温の300K(27℃)で10μm、273K(0℃)で11μm。都合がよさそうだが、実は大気の窓はこの波長付近にちょっとした“曇り”があって透明度が落ちる。オゾンがこの波長域の赤外線を吸収するためだ。
 できれば300Kで8.5μm付近、あるいは11μm付近に輻射のピークが来る物質が好ましい。得に300Kで11μm付近にピークがくる物質だと、273Kでもピークがうまく大気の窓に入りそうだ。

 ここ数日の考察はここまで。まあ、日頃、あれこれの日常の合間に、こんなことを考えているのであります。


 今回の参考書。地球という星の基本的な熱収支がどうなっているかを、わかりやすい言葉でまとめてあるのが便利だ。巻末に詳細な参考文献リストが突いているので、地球温暖化について、もう一歩突っ込んで調べるための出発点としても使える本だ。




追記:お、ポチは見た!が、少し更新しているぞ。あるある大事典のニセ実験と洗脳など、いいところを突いている。
 ネット利用者とそれ以外で、メディア・リテラシーに大きな格差が発生しつつあるような気がする。例えばみのもんたが、「奥さん、あれが体にいいっすよ。分かる?」とやると疑いもせずにスーパーに殺到する人々と、そうではない人と。

2005.08.26

ネットで聴ける現代音楽を紹介する

 色々現代音楽について書いているが、「聴いたこともない、耳慣れない曲に金は払えない」と思う人も多いだろう。

 そこで、とりあえず無料で聴くことができる曲の紹介。

 ヤマハミュージックイークラブというヤマハが公開しているHPにあるプレイヤーズ王国というところだ。さまざまな人が自分の演奏や打ち込みを公開しているページだが、ここに忍冬さんという方が、芥川也寸志「ラ・ダンス」を初めとした現代曲をアップしている。
 プレイヤーズ王国にアップされている曲はまさに玉石混淆なのだが、忍冬さんの曲はどれもなかなか素晴らしい演奏だ。

 ここのアップ曲は、MIDIやmp3の音源をストリーミングで流すというちょっと特殊なファイル形式で、専用のプレーヤーソフト「MidRadio Player」が必要だ。著作権管理の関係でこうなっているのだろう。ソフトは上記リンクから無料でダウンロードできる。

 アップされている曲は以下の通りだ。

 私からあれこれ言うよりも、とりあえず聴いてみて欲しい。特に芥川也寸志の作品番号1である「ラ・ダンス」と、芸大在学中の黛が作曲した若々しい「オール・ドゥーブル」は、CDすらない、貴重な演奏だ。

 忍冬さん、ありがとうございます。

2005.08.25

1982年、風が追い抜いていった

 外は台風11号の風雨が吹き荒れている。こういう日は屋内で色々なことを思い出す。

 過去、あちこちで話したことなのだが、23年を経て未だ記憶鮮明な出来事だ。記録のため、当blogにも書き留めておくことにする。

 私が原付の免許を取ったのは1982年、20歳の時だった。免許証には「昭和57年6月11日」とある。「夏休みに北海道に行きたい。でもローカル線の駅で何時間も待つのはイヤだ」というだけの理由で免許を取得したのだった。
 早速原付を物色し、これまた「荷物がいっぱい積める」という安直な理由で発売直後のホンダ・モトラを近所のバイク屋に注文した。今も覚えている、納車は6月13日だった。ホンダのホームページによると、「モトラ」の発表は6月9日で発売は10日だ。まさに発売直後にさっと買ったのだな。

 7月8月と、私は猿のラッキョウむきのようにモトラに乗りまくった。乗ってみて、バイクの魅力に気が付いたのだ。8月末の時点で、走行距離は3000kmを越えていた。

 1982年9月4日、私は北海道に向かって出発した。4日かけて国道4号を北上し(途中、仙台の友人のところで二泊滞在し、遊んだ)、7日夜に青森から苫小牧行きのフェリーに乗り、8日の早朝、北海道に上陸した。
 それから10日ほど、私は道東を中心に走り回った。帰宅した時、走行距離は5500kmを超えていた。

 確かあれは、紋別から国道273号で層雲峡に向い、糠平湖、然別湖経由で上士幌を通り、弟子屈へと向かった日の事だ。旅程を思い出せば、9月15日だったはずである。当時273号は途中から林道のような細い未舗装の山道で、カーブを抜けるたびにリスが驚いて逃げていった。層雲峡から先は、深々と砂利を敷き詰めた走りにくい路面で、砂利には2本、ダンプカーが付けた轍が刻まれていた。
 その日の行程が思っていたより長く、予定よりも遅れていた。273号と39号との分岐を過ぎた峠の下り道だったと思う(今、地図を見ると、その部分にはトンネルが開通している)。下りの砂利路面を、私は轍にタイヤを取られながら下った。速度メーターが50km/hを指しており、「こんなに出して大丈夫か」と思ったのを覚えている。
 突如、フロントキャリアに積んでいた荷物が落ちて前輪にひっかかった。荷物を留めていたゴムバンドが振動ではずれてしまったのだ。私はモトラもろとも大きく回転して路面に叩きつけられた。
 気が付くと自分の足の上に、モトラが乗りかかっていた。「ひょっとして折れたか」と、骨折を覚悟した。が、動かすと足はなんの異常もなく動いた。

 私は、自分がダンプの作った轍にすっぽりとはまりこんでいるのに気が付いた。モトラはちょうど轍と直角に倒れ込んでいた。つまりモトラはちょうど轍にかけた橋のようになり、私はすっぽりその下に収まって無事だったのだった。よろよろとモトラを引き起こした私の横を、ダンプがもうもうと土煙を上げて通り過ぎていった。

 「トムとジェリー」のような間抜けさだ。砂利が幸いし、私はケガ一つしなかった。ただ、モトラの左ステップが大きく曲がっただけだった。

 初めての大転倒はかなりのショックだった。そのまま走るのを止めたかったが、人気のない山中で夜を迎えるのも嫌だ。私は曲がったステップのモトラにまたがり、また走り出した。国道241号を、オンネトーへの右折を無視してひたすら走り続ける。

 夕暮れ近くの阿寒湖手前のワインディング、と記憶しているのだけれども、今、地図を見ると、そんなところにワインディングはない。私の記憶違いか、道が改良されたのだろう。突如、風が追い抜いていった。

 風が追い抜いていった——としか形容のしようがない。それは女性ライダーが乗ったホンダCB250RS-Zだった。長い髪をヘルメットからなびかせ、赤と黒に白のアクセントの入ったライディングスーツの背中をひらめかせると、彼女はややお尻を落としたハングオン気味のライディングで、右カーブを単気筒のエンジン音も高らかに駆け抜けていった。

 背筋の伸びた、ほれぼれするような美しいライディングだった。いまでもその背中をまざまざと思い出すことができる。

 1982年当時、まだ女性ライダーは珍しかった。こっちが原付でひいこらしながら未舗装国道を一日中走り、あまつさえ大転倒すら経験した果てに見た女性ライダーの背中とお尻は、もちろん色っぽくもあったし、それ以上に「バイクって、あんなに格好良く乗れるんだ」という驚きを持って記憶に焼き付いた。

 数ヶ月後、私はバイク雑誌(「モーターサイクリスト」誌だったはずだ)を見て、その女性ライダーの正体を知った。堀ひろ子さんだった。雑誌に、彼女の手によるCB250-RS-Z北海道ツーリングの記事が載っており、その日程と自分の旅程が、阿寒湖でクロスしていたのだ。そして記事に付属した彼女の写真は、まさにあのスーツを着ていた。
 検索をかけてみると——おお、このスーツだ。「ひろこの」オリジナルだったのか。

 堀ひろ子という名前を、尊敬と郷愁を持って思い出せるのは、今や40歳以上のバイク乗りだけだろう。彼女は女性モータージャーナリストの草分けで、ロードレースに参戦し、さらには日本人女性として初めてサハラ砂漠をバイクで横断した。1982年頃は、「ひろこの」というショップを経営して、オリジナル商品も販売していた。要するに当時のバイク雑誌の紅一点で、バイク野郎憧れの「オネーサマ」だった。
 今、調べてみると堀さんは1949年生まれで1982年当時は33歳、そりゃ20歳の当方からみれば、とてつもなく色っぽく格好良く見えたわけだ。

 残念なことに彼女は、1985年にこの世を去った。自殺だったと聞くが詳細は知らない。激烈に生きる人特有の、余人にうかがい知れぬ悩みがあったのかと、想像するのみだ。

 あれから23年、私もずいぶんとあちこちを走り回り、様々な女性ライダーともすれ違ったが、あれほど格好良いライディングはついぞ見たことはない。美の神がアホたれ大学生に見せた一瞬の幻だったと言われても、私は信じるだろう。

 「バイクに乗れば風になれる」というような気取った物言いは大嫌いだ。それでも、あの日の記憶を、私は「風が追い抜いていった」としか形容しようがない。

2005.08.24

深井史郎の音楽を聴く

 色々と紹介したいCDがたまっている。

 今回は深井史郎の作品集。例によってNAXOSから出ている「日本作曲家選輯」の1枚だ。

    日本作曲家選輯 「深井 史郎(1907-1959)」
      パロディ的な四楽章(1936)
      バレエ音楽「創造」(1940)(世界初録音)
      交響的映像「ジャワの唄声」(1942)

      ドミトリ・ヤブロンスキー指揮、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団



 おそらく深井史郎といっても知っている人のほうが少ないだろう。ちょっと大きな音楽事典には名前と「パロディ的な四楽章」の紹介ぐらいは出ているので、クラシック系音楽に興味があって音楽事典を読み込んだことがある人なら、あるいは名前ぐらいは頭の片隅に残っているかも知れない。

 が、おそらく宵っ張りの人の大部分は深井の音楽に親しんだことがあるはずだ。日本テレビが開局以来長い間、放送開始と放送終了時に鳩のアニメーションを流していたのを覚えているだろうか。私は長い間、「背景で流れる流麗な音楽は誰の作曲なんだろうか」と疑問に思っていた。
 その音楽こそ、実は深井の手によるものだったのだ。

 私は深井史郎の演奏会用音楽を、このCDで初めて知ったのだが、まさに衝撃、第二次世界大戦の前にかくも完成度の高い流麗な音楽を書く作曲家がいたことに打ちのめされてしまった。
 高い技術で他の作曲家を模写するという意味では、例えば、現在映画やテレビで活躍している管野よう子と近いスタンスといっても良いかもしれない。が、私の見るところ作曲技術という点では、深井史郎は管野よう子よりも遙かに高い境地に到達している。

 深井史郎は、モーリス・ラヴェルの作品にあこがれて、ラヴェルを初めとした先達の楽譜を丸暗記するという特異な手法で音楽を独学で学んだ。
 その音楽は、確かにラヴェル的だ。知性的で、隅々まで磨き抜かれている。感情的なところはどこにもなく、冷笑的な雰囲気すら漂う。彼の音楽は「音楽は魂の叫びだ」というような態度とは全く反対の地点にある。深井にとって、なによりも音楽はまず、人間とは無関係に美しくそこに存在していなくてはいけないのだ。

 1936年(昭和11年)の「パロディ的な4楽章」は、4つの短い楽章で、それぞれファリャ、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ルーセルのという当時第一線の欧州の作曲家の作風を模写したという趣向の作品だ。正直言ってこの曲はまだ若くて青臭い。意気込みに技術がついていかずに空回りしているのが感じられる。
 これが1940年(昭和15年)のバレエ曲「創造」になると、音楽は高い完成度を示すようになる。終曲「人間の誕生」の盛り上がりは、実に素晴らしい。

 しかし、このCDで一番の聴き物は交響的映像と副題の付いた1942年(昭和17年)の「ジャワの唄声」だろう。この曲の素材はジャワ島の「エス・リリン」という民謡。この民謡は日本の都節と同じ音階を使用している。
 当時、鉱物資源を狙ってジャワに進出し、戦争を戦っていた日本にとって、ジャワに日本民謡に似た音楽があるというのは、「文化的に同根」ということで統治の理由付けとして好都合だった。深井もまた「これほどの類似があるなら文化的交流がなかったとは信じられない」という態度を取っていたという。
 このことをもって、CDライナーノートで、音楽評論家の片山杜秀氏は「ジャワの唄声」を「即、『日本の唄声』であり、『大東亜共栄圏の唄声』であるともいえる」と書いている。

 が、どうなんだろう。私には「ジャワの唄声」もまた、素材に惑溺することなく、あくまでジャワ民謡を素材として解体、再構築した音楽に思える。深井の作曲技術はますます精緻になり、オーケストレーションも和声も、ラヴェルの「ボレロ」にも似た、ジャワの旋律を微妙な変化を与えつつ繰り返していく構成も、恐るべき高みに達している。

 この曲が大東亜共栄圏におもねる作品として世間に理解されたことが、戦後の深井の活動に影を落としたことは間違いない。「戦争に協力した作曲家」というわけだ。だが、そのような理解は、この曲の真価を見誤らせるものではないだろうか。むしろ私は、作曲技術を磨くことを自らに課した作曲家が到達した、とてつもない高みとして、この曲を聴くべきではないかと思うのだ。

 もしも、あなたがラヴェルや、管野よう子の音楽が好きならば、このCDは聴く価値がある。さあ、深井史郎の音楽を聴いてみよう。

 どういうわけか、NAXOSのこのシリーズはアマゾンでアフィリエイトができない。というわけで、以下にダイレクトのリンクを掲載する。

 今現在、深井史郎の音楽はこのCD以外では、わずかにオーケストラ・ニッポニカのライブ録音「菅原明朗とその周辺」に1956年(昭和31年)の「架空のバレエのための三楽章」が収録されているだけだ。
 このCDは、アマゾンで扱ってすらいないので、タワーレコードのオンラインショッピングをリンクしておく。

     「菅原明朗とその周辺/オーケストラ・ニッポニカ 」
      伊藤昇:二つの抒情曲【黄昏の単調/陰影】(1927/30)
      深井史郎:架空のバレエのための三楽章 (1956)
      菅原明朗:交響楽ホ調 (1953)
      同:ファンタジア (1981)

      本名徹次(指揮)、オーケストラ・ニッポニカ
      2004年3月7日、紀尾井ホールにおけるライヴ

 この他、「日本SP名盤復刻選集1」という6枚組セットには朝比奈隆指揮、日本交響楽団の「ジャワの唄声」(1943年録音)が収録されている。

 また、調べてみると秋田県立秋田南高等学校吹奏楽部が「パロティ的な4楽章」を一部演奏した録音も存在した。

 最晩年の「交響絵巻 東京」(1957年)や、数少ない室内楽の「13奏者のためのディベルティスマン」(1951年)なども、聴いてみたい。いつの日か録音が発売されるか、演奏会の演目に上ることを待つしかない。

2005.08.23

iTunes Music Store開始と現代音楽のプロモについて考える

 私が、現代音楽というものを聴き始めた中学生の頃、まだCDは存在せず、LPレコード全盛だった。茅ヶ崎のレコード屋にはごく僅かな現代音楽関連のレコードしか置いていなかったし、薄い品揃えもすぐに返品されてしまっていた。

 アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団によるストラヴィンスキー「詩編交響曲」のレコードが欲しくて、次のお小遣いで買おうとしていたら、翌月にはすでに店頭にはなかったということがあった。あっさりと買おうと決めたわけではない。店頭にある限りのレコードを比べ、ジャケット裏のライナーノートを立ち読みし、さんざん迷ったあげく買おうとしていたのに、手に入らなかったのだ。喪失感は大きかった。
 あるいは松下真一「星達の息吹き」を買おうとした時のこと、ほんの半年前に発売されたレコードなのにもかかわらず、注文をかけてみると販売元のビクターは、あっさりと廃盤にしていた。

 で、本題。ついにアップルが日本でも「iTunes Music Store(ITMS)」を開始した。早速使ってみたが、なかなかこれは便利だ。音楽をその場で試聴して、オンラインでさっと買えるというのはこれほど便利なものか。その仕組みからして品切れはなしだ。素晴らしい。

 検索は英語でやったほうが早いことに気が付き「toshiro mayuzumi」と検索してみる。「天地創造」あたりがでてくるかと思ったら、陸自音楽隊演奏による「行進曲 祖国」が出た。
 聞いたことのない黛の曲なら買わずばなるまい。というわけで、ITMS初購入は、黛敏郎の「行進曲 祖国」ということになった。いかにも手慣れた技術で流した(特にトリオ部分)という印象の曲だった。

 takemitsuで検索するとさすがに武満徹はいくらか入っている。ただ、4楽章の曲を4回ダウンロードして600円というのはどうにも面倒たし、圧縮音声フォーマットのくせに少々高いという気も。まとめてダウンロードで400円ぐらいとはならないだろうか。

 クラシック系の品そろえを見ていくと、まだまだだなあという印象。特に私の好みの現代系はぐっと品揃えが薄い。合唱曲やブラスバンド用の曲を積極的にそろえてくれるとうれしい。このあたりは実際に歌ったり演奏する人たちが買うだろうし、特に地方ではCDの入手が困難になるから。
 個人的には松平頼暁の一連の作品が入るとうれしい。「カインの犠牲者の為に」あたりは前衛とはいえ無茶苦茶ポップで面白いのだが。

 と、ここまで考えて、「現代音楽の当事者達は、自分たちの音楽を積極的にプロモートしてこなかったのじゃないか」ということに気が付く。

 現代音楽のコミュニティでは、時折「独りよがりの音楽を書いてきたから聴衆から遊離した」というような議論がなされることがある。が、独りよがりという点では他のジャンルでも結構なものだ。早い話、スクラッチやノイズ・ミュージックがそれなりの聴衆を獲得し、似たような音響を振りまいているクラシック系の音楽が「なんか変な音楽」として忌避されるのは、なぜか。

 こう考えていくと、どうも音楽というものは、単純に「耳慣れている/耳慣れない」ということで好悪が決まるもののような気がしてくる。どんなに奇妙な音楽も百回聴けばそれなりに聴けるようになるんじゃないか、というわけだ。

 このあたり、かつては12音音楽が一般化するかどうかでかなり激論があったところだ。しかし現在、映画音楽やテレビの劇伴では12音的技法が当たり前に使われていることからすると、「12音技法は人間の生理に反する非人間的な音楽の破壊だ」という意見は、案外的はずれだったんじゃないだろうかという気がする(かなり粗雑な議論ではあるけれど)。

 つまり、だ。「現代音楽がマイナーだ」という問題は、単に「ヘビー・ローテーションでメディアに露出していないだけだ」というところに還元できる。事実、過去にはグレツキの「悲歌のシンフォニー」がイギリスのラジオで何回もしつこく繰り返して放送されたことがきっかけとなり、大ブレイクしたということもあった。
 シェーンベルクだってブーレーズだって、メディアでヘビー・ローテーションしてがんがん露出すれば、ヒットチャートのいいところに行くんじゃないだろうか。もっとも現在、ヒット曲のヘビー・ローテーションは、テレビとラジオで行われているが、これらのメディアは24時間という時間に縛られている。そこに新たに現代音楽が参入する余地はほとんどない。

 そこでITMSだ。日本現代音楽協会あたりは、毎年がらがらのコンサートを開催しているのだから、録音をどんどんITMSで売りに出したらどうだろうか。多少長い曲でもけちなことをせずに150円で売るべきだろう。試聴も、30秒などというけちなことを言わず、曲の長さに応じて1分、2分と聴かせるべきである。

 ITMSではアフィリエイトをスタートさせるそうだから、その上で、あっちこっちの有力ブロガーには無料で全曲試聴させるキーでも配布して、紹介して貰うのだ。うまくいけば、作曲家達にヘビー・ローテーション可能な曲を書いて貰うというのもいいだろう。演奏時間5分以内で、サビが存在するというような条件を付けても、能力のある作曲家なら魅力的な曲を書くことができるはずだ。

 こういうプロモーションがスタートしたら、私は喜んでアフィリエイトするのだけれどもなあ。

 ちなみに、これまでに私がITMSで買った曲。
・黛敏郎「行進曲 祖国」
・「クリスタルサイレンス」:残念ながらチック・コリアの演奏はなかったのでバーバラ・モントゴメリーのカバー。
・Tears for Fearsの「Everybody want to rule the world」
・ショスタコービッチの「祝典序曲」

2005.08.17

宣伝:8月21日(日曜日)、新宿・ロフトプラスワンでトークライブに出演します

 次回のロフトのライブトークのお知らせです。8月21日(日曜日)、あの垣見恒男さん、林紀幸さんがロケット開発の過程で起きた、あまたの失敗について語ります。

宇宙作家クラブPRESENTS
「ロケットまつり7」

 ロケットから人生観まで学べてしまうぞ!失敗は成功のもと。やらかした失敗を大公開!失敗から学べ!

【Guest】林紀幸、垣見恒男
【出演】浅利義遠、笹本祐一、松浦晋也、他

ロフトプラスワン :新宿・歌舞伎町

Open/18:30 Start/19:30
¥1000(飲食別)
当日券のみ

 私もどんな話が出てくるか知りません。とりあえず、机に突っ伏す練習だけはしておこうと思います。

2005.08.13

疾風怒濤の日々を乗り切る

 ああ、大変だった。

 7月始めからの行動は以下の通り。

 7月1日から8日。内之浦に行く。M-Vロケット6号機の打ち上げは取材できず、撤退。
 7月11日から20日、アメリカ取材。スペースシャトルSTS-114の打ち上げ取材はできず、撤退。
 7月26日から8月10日。スペースシャトル「ディスカバリー」が打ち上げられた。急に忙しくなり、あちこちのマスコミに露出することになる。テレビ局の拘束及び、新聞の座談会というものを初めて経験する。

 いやもう、主観的には無茶苦茶な日々だった。

 以下は告知です。

 明日というか今日ですね、8月13日はコミックマーケット68(東京ビッグサイト)に売り子で出ます。後輩のブースでして、ネコ耳戦車の本などを売っております。

・西よ-27a 「ILMA EXPRESS」

 もう一つお知らせ。私が時折寄稿している風虎通信からは、「宇宙の傑作機8 ヴォストーク宇宙船」江藤巌著が発行されます。私は未見ですが、間違いなく、日本でもっとも詳しいヴォストーク宇宙船に関する本になっているはずです。

・西ら-26b「風虎通信 」

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