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2005.08.24

深井史郎の音楽を聴く

 色々と紹介したいCDがたまっている。

 今回は深井史郎の作品集。例によってNAXOSから出ている「日本作曲家選輯」の1枚だ。

    日本作曲家選輯 「深井 史郎(1907-1959)」
      パロディ的な四楽章(1936)
      バレエ音楽「創造」(1940)(世界初録音)
      交響的映像「ジャワの唄声」(1942)

      ドミトリ・ヤブロンスキー指揮、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団



 おそらく深井史郎といっても知っている人のほうが少ないだろう。ちょっと大きな音楽事典には名前と「パロディ的な四楽章」の紹介ぐらいは出ているので、クラシック系音楽に興味があって音楽事典を読み込んだことがある人なら、あるいは名前ぐらいは頭の片隅に残っているかも知れない。

 が、おそらく宵っ張りの人の大部分は深井の音楽に親しんだことがあるはずだ。日本テレビが開局以来長い間、放送開始と放送終了時に鳩のアニメーションを流していたのを覚えているだろうか。私は長い間、「背景で流れる流麗な音楽は誰の作曲なんだろうか」と疑問に思っていた。
 その音楽こそ、実は深井の手によるものだったのだ。

 私は深井史郎の演奏会用音楽を、このCDで初めて知ったのだが、まさに衝撃、第二次世界大戦の前にかくも完成度の高い流麗な音楽を書く作曲家がいたことに打ちのめされてしまった。
 高い技術で他の作曲家を模写するという意味では、例えば、現在映画やテレビで活躍している管野よう子と近いスタンスといっても良いかもしれない。が、私の見るところ作曲技術という点では、深井史郎は管野よう子よりも遙かに高い境地に到達している。

 深井史郎は、モーリス・ラヴェルの作品にあこがれて、ラヴェルを初めとした先達の楽譜を丸暗記するという特異な手法で音楽を独学で学んだ。
 その音楽は、確かにラヴェル的だ。知性的で、隅々まで磨き抜かれている。感情的なところはどこにもなく、冷笑的な雰囲気すら漂う。彼の音楽は「音楽は魂の叫びだ」というような態度とは全く反対の地点にある。深井にとって、なによりも音楽はまず、人間とは無関係に美しくそこに存在していなくてはいけないのだ。

 1936年(昭和11年)の「パロディ的な4楽章」は、4つの短い楽章で、それぞれファリャ、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ルーセルのという当時第一線の欧州の作曲家の作風を模写したという趣向の作品だ。正直言ってこの曲はまだ若くて青臭い。意気込みに技術がついていかずに空回りしているのが感じられる。
 これが1940年(昭和15年)のバレエ曲「創造」になると、音楽は高い完成度を示すようになる。終曲「人間の誕生」の盛り上がりは、実に素晴らしい。

 しかし、このCDで一番の聴き物は交響的映像と副題の付いた1942年(昭和17年)の「ジャワの唄声」だろう。この曲の素材はジャワ島の「エス・リリン」という民謡。この民謡は日本の都節と同じ音階を使用している。
 当時、鉱物資源を狙ってジャワに進出し、戦争を戦っていた日本にとって、ジャワに日本民謡に似た音楽があるというのは、「文化的に同根」ということで統治の理由付けとして好都合だった。深井もまた「これほどの類似があるなら文化的交流がなかったとは信じられない」という態度を取っていたという。
 このことをもって、CDライナーノートで、音楽評論家の片山杜秀氏は「ジャワの唄声」を「即、『日本の唄声』であり、『大東亜共栄圏の唄声』であるともいえる」と書いている。

 が、どうなんだろう。私には「ジャワの唄声」もまた、素材に惑溺することなく、あくまでジャワ民謡を素材として解体、再構築した音楽に思える。深井の作曲技術はますます精緻になり、オーケストレーションも和声も、ラヴェルの「ボレロ」にも似た、ジャワの旋律を微妙な変化を与えつつ繰り返していく構成も、恐るべき高みに達している。

 この曲が大東亜共栄圏におもねる作品として世間に理解されたことが、戦後の深井の活動に影を落としたことは間違いない。「戦争に協力した作曲家」というわけだ。だが、そのような理解は、この曲の真価を見誤らせるものではないだろうか。むしろ私は、作曲技術を磨くことを自らに課した作曲家が到達した、とてつもない高みとして、この曲を聴くべきではないかと思うのだ。

 もしも、あなたがラヴェルや、管野よう子の音楽が好きならば、このCDは聴く価値がある。さあ、深井史郎の音楽を聴いてみよう。

 どういうわけか、NAXOSのこのシリーズはアマゾンでアフィリエイトができない。というわけで、以下にダイレクトのリンクを掲載する。

 今現在、深井史郎の音楽はこのCD以外では、わずかにオーケストラ・ニッポニカのライブ録音「菅原明朗とその周辺」に1956年(昭和31年)の「架空のバレエのための三楽章」が収録されているだけだ。
 このCDは、アマゾンで扱ってすらいないので、タワーレコードのオンラインショッピングをリンクしておく。

     「菅原明朗とその周辺/オーケストラ・ニッポニカ 」
      伊藤昇:二つの抒情曲【黄昏の単調/陰影】(1927/30)
      深井史郎:架空のバレエのための三楽章 (1956)
      菅原明朗:交響楽ホ調 (1953)
      同:ファンタジア (1981)

      本名徹次(指揮)、オーケストラ・ニッポニカ
      2004年3月7日、紀尾井ホールにおけるライヴ

 この他、「日本SP名盤復刻選集1」という6枚組セットには朝比奈隆指揮、日本交響楽団の「ジャワの唄声」(1943年録音)が収録されている。

 また、調べてみると秋田県立秋田南高等学校吹奏楽部が「パロティ的な4楽章」を一部演奏した録音も存在した。

 最晩年の「交響絵巻 東京」(1957年)や、数少ない室内楽の「13奏者のためのディベルティスマン」(1951年)なども、聴いてみたい。いつの日か録音が発売されるか、演奏会の演目に上ることを待つしかない。

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Comments

はじめまして。
上記で言及しておられる深井史郎の作品ばかりを演奏するコンサートをご案内します。
「13の奏者のためのディヴェルティスマン」、そして「パロディ的な四楽章」(戦前に演奏されていたオリジナルの3管編成版の65年ぶり蘇演)などを演奏しますので、もしご都合がよろしければぜひご来場ください。
3/25(日) 14.30開演 紀尾井ホール
オーケストラ・ニッポニカ第11回演奏会
深井史郎作品展~生誕百年~
http://www.nipponica.jp/
「パロディ的な四楽章」(オリジナル版)
「13の奏者のためのディヴェルティスマン
~宮澤賢治の童話(双子の星)による」
カンタータ「平和への祈り」
以上

 このコンサート、行ってきました。

 特に
「13の奏者のためのディヴェルティスマン
~宮澤賢治の童話(双子の星)による」

 これは素晴らしかったです。深井は緻密なオーケストレーションが身上の人だから、きっと大規模室内楽は素晴らしかろうと思っていたら案の定でした。

 よい音楽会をどうもありがとうございます。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3926019
の通販に 伊福部昭:寒帯林、深井史郎:平和への祈り 本名徹次&オーケストラ・ニッポニカの CD 送料込2500円
で2010 11/17発売 が掲載されています。

 3年前の紀尾井ホールで深井史郎作品展~生誕百年と今年8/8日比谷公会堂での平和への祈りで合唱のバスに参加した
ものです。前回は2番目の年長者だったのが今回は男声陣の
平均年齢を下げる側で伸び伸び歌えました。

 もちろん買いますとも!日比谷公会堂のコンサートも聴きました。

 実は寒帯林目当てで行ったのですが、「平和の祈り」がすごかったですね。3年前の紀尾井ホールも聴いていたのですが、今回の演奏のほうが良かったです。大きなホールでの演奏のほうが映える曲だなと思いました。

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