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2005.09.07

「箕作秋吉の遺産」を聴く

 茅ヶ崎の図書館はCDの貸し出しも行っている。棚を見ていると「箕作秋吉の遺産」というCDがあったので借りだした。

 箕作秋吉(みつくりしゅうきち)(1895〜1971)は1920年代から60年代にかけて活動した作曲家。理学博士でもある。意外と作曲家は理工学系出身が多い。
 日本の五音音階を生かした作品を発表し、独自の音楽理論体系まで作り出したという人だ。CDは「箕作秋吉先生生誕95周年記念楽譜刊行会」が企画したもの(なぜきりのいい100周年じゃなかったのだろう?)。どうやらお弟子さん筋の関係者の手による非売品のようだ。箕作は茅ヶ崎に住んでいたので、その関係で図書館にあったのだろう。

 録音はラジオ放送に使ったテープと戦前戦中のSPレコードの復刻によるもの。おせじにも音質が良いとは言えない。曲目は以下の通り。括弧内は作曲年代

  • 「ピアノと室内管弦楽のための小協奏曲」(1953)
  • 「日本古謡を主題とする管弦楽のための3楽章」(1963)から第1楽章と第3楽章
  • 「芭蕉紀行(バリトンとオーケストラ)」(1937)より
  • 「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」(1935)
  • 「ローマン組曲(ピアノ)」(1927)より
  • 「小曲集(ソプラノと管弦楽)」(1929)より
  • 「三つの悲歌(バリトンとオーケストラ)」(1943)より
  • 「働く人のために(合唱)」(1947)より

 冒頭の「ピアノと室内管弦楽のための小協奏曲」が鳴りだしたとたん「そうそう、これだよ」と思わず口に出してしまった。そうだった。中学の頃、つまり現代音楽に興味を持ちだした頃に、戦前の日本人作品というと、まさにこんな曲をイメージしていたのだ。つまり五音音階を基調に、のったりのったりと進む歯切れの悪い曲を。
 なんでそんなイメージを持ったのかといえば、おそらくは音楽の授業で聴かされた近衛秀麿編曲の「越天楽」と、同じ頃にラジオで聴いた清瀬保二作曲の「日本祭礼舞曲」あたりのイメージがごっちゃになったからだろう。もちろん、そのイメージはその後武満徹、三善晃、そしてなかんずく伊福部昭と聴き進めて、ひっくり返ったわけだけれども。

 そして今、こうやって古い録音で箕作の音楽を聴いていると、私が戦前の日本音楽の特徴だと思いこんでいた歯切れの悪さが、実は曲ではなく当時の演奏に問題があったということが分かる。演奏技術が曲に追いついていなかったのだ。
 多分、このCDに収録されている曲は、現在の卓越した技術を持つ演奏家が、クリアな音質の現在の技術によって録音を入れれば、全く異なる印象を持って蘇るはずだ。誰でも知っている「さくらさくら」で異様な雰囲気の変奏曲を構成する日本古謡を主題とする管弦楽のための3楽章」の第3楽章など、なかなか面白い響きを作り出している。

 「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」は、巌本眞理、草間(後の安川)加寿子という、当時のゴールデンコンビが演奏しており、演奏そのものは素晴らしい。しかし、針音バリバリのSPの音質のため印象がしぼんでしまっている。朗々とヴァイオリンが鳴る曲なので、派手な音質のヴァイオリニストが演奏すれば映えると思う。

 曲は十分面白いのに、こうやって古い録音の私家版でしかCDを出せないというのは、悲しいことだ。私としては、せめて「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」をいい録音で聴いてみたい。

 ところで、箕作はその作品以上に、音楽史上の大失策で名前を残している。昭和22年、17歳の武満徹は、茅ヶ崎の小和田に住んでいた箕作秋吉を訪ねた。作曲を教えて欲しいと押しかけたのである。しかし箕作は、この未来の大作曲家を追い返してしまったのだった。後に箕作が語ったところによると、あまりに武満少年がみすぼらしい身なりをしていたので怪しんで追い返したのだという。

 作家の中井英夫は、このエピソードに感動して17歳の武満を「襤衣の天使」と形容したエッセイを書いた。でも、私はもっと単純なことなんじゃないかと思う。
 たとえイタい行動を取る若者であっても、人を見かけで判断しちゃいけないのだ。
 

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Comments

私はヴァイオリン音楽愛好家で、アマチュアヴァイオリニストをしている者です。
箕作秋吉の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ Op.15-1」は、荒井英治のヴァイオリン、白石光隆のピアノでCDが出ております。「昭和のヴァイオリン・ソナタ選」というCDで外山雄三、箕作秋吉、尾崎宗吉、吉田隆子の4人の作曲家によるヴァイオリンソナタが収録されているCDです。演奏も録音も良いと思います。
(ライブノーツ WWCC7426)

 どうもありがとうございます。CDがありますか、しかも尾崎宗吉に吉田隆子の曲もカップリングとは。

 探して聴いてみます。

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