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2005.10.07

「作曲家の個展2005−松平頼暁」を聴く

 6日は、夕方からアークヒルズのサントリーホールへ。「作曲家の個展2005−松平頼暁」を聴きに行く(朝日新聞によるコンサート紹介)。サントリーホールは毎年、一人の作曲家に焦点を当てたオーケストラによるコンサートを開催している。そのシリーズの24回目。

「作曲家の個展2005松平頼暁」


  • 曲目

    • 「コンフィギュレーションI」(1961−63)
    • 「コンフィギュレーションII」(1963)
    • 「リメンブランス」(1996)
    • 「モルフォジェネシスI」(1991)
    • 「ダイアレクティクスII」(2004)【サントリー音楽財団委嘱 世界初演】

    • 指揮:下野竜也
    • ピアノ:中村和枝(「モルフォジェネシスI」)
    • 管弦楽:東京都交響楽団


 松平頼暁(まつだいら・よりあき)の音楽を、クラシック系音楽を知らない人にどう説明したものか…

 まず彼は「俺の魂の叫びを聴け!」的な音楽の対極に位置する。

 どうやら彼は「今までに聴いたことがない音楽を聴いてみたい」という欲求の上に活動しているらしい。

 だから彼はシステムによる作曲をする。最初にいくつかの規則を設定し、それを自動的に展開していったものが結果として作品となる。あくまで「今までに聴いたことがない音楽」が目的なので、「内面の発露としての音楽」には興味がない、らしい。

 松平の作品は、とても面白い。まずシステムありきで、過去の作曲技法を一切無視するからだ。クールで、キッチュで、しかもシリアスでもあり、ユーモラスでもある。

 実は彼の作品は、独奏や室内楽のような奏者の少ない曲のほうが理解しやすい。彼が作曲にあたって採用したシステムがそのまま音楽の形となっているということが、はっきりと聴き取れるからである。一方、オーケストラ曲は、「なにやってんだこりゃ」になりやすい。複雑な音の動きが、システムの面白さを覆い隠してしまいがちなのだ。

 さあ、今宵はどうかな、と思ったら、半々だった。

 一番古い2曲の「コンフィギュレーション」、特にIの方は、システムがはっきりと聴き取れる面白い曲だった。基本は分散和音に続いて音列技法によるぽつん、ぽつんと音が鳴る点描のフレーズが続く。繰り返すたびに分散和音も、点描の部分も微妙に変化し、聴き手の意識は繰り返しと変化へと集中していく。
 「リメンブランス」、これはかなりきつかった。元はピアノ曲なのだけれど、オーケストラ版への展開で音が分厚くなり、基本的なアイデアがわかりにくくなってしまっている。松平は伝統的なオーケストラ書法に顧慮しない。管弦楽法という技法は、「バランスよく、すべての音を聴き手の耳に届ける」ためのものだ。それを無視するのだから、何をやっているのか、どうしても聴きづらいものになる。
 「モルフォジェネシスI」、こいつもきつい。ピアノソロが入る事実上のピアノ協奏曲だが、オーケストラとソロの関係は伝統的な協奏曲のものではない。ピアノソロが音楽的に重要なパッセージを展開しているのに、オーケストラが覆い被さって聴き取れないというようなことが起こる。

 最後の「ダイアレクティクスII」は面白かった。松平お得意の引用(それもイタリアルネサンスの作曲家ジェスアルドのモテットを、ストラヴィンスキーが編曲した曲を、さらに引用するというひねくれっぷりだ)から始まり、様々な作曲家の曲を直接引用するのではなく、オーケストラ技法を引用するという曲。システム即音楽という身も蓋もない明快さが快い。
 コンサート前のプレトークで、一部ネタばらしをしていたが、曲のラストはショスタコービッチの第5交響曲第3楽章ラストのオーケストレーションをそのまま引っ張ってきて、その上に自分の音を展開するというものだった。

 演奏は、楽譜を忠実に再現するというもの。指揮者の下野竜也は初めて聴いたけれども、とてつもないテクニシャンだ。かなり難しい曲を易々と指揮していた。オーケストラは少々練習不足か。もう少し練習時間があれば、もっと切れの良い演奏になったろう。

 松平は当年74歳。プレトークでは、最近、40年近く作曲してきた演奏時間が2時間近い大作「レクイエム」を完成させ、さらにこれからオペラを三部作で3曲作曲するという予定を話していた。
 前衛という言葉が無意味になってから、もうずいぶん経つけれども、1950年代に前衛として出発した彼が、一貫して自分なりの方法論を貫き、ますます旺盛に作曲をしているという事実は、敬服に値する。今年は彼の個展が3回あるそうだ。

 私は、松平の音楽が好きだ。というのは、松平自身が色々な矛盾を抱えているらしいことがなんとなく分かるから。

 彼はあちこちで「ショパンは嫌いだ」と公言しているが、自作では何度となくそのショパンを引用している。システムによる作曲で一貫し、自分は自作が最終的にどう響くかよりもシステムのほうが重要だ、としているのに、作品表を見ると「墓碑銘」と題した親しい人の死に触発された作品が散見される。かなり激しい政治的主張を目指したと思われる曲すらある(曲名は忘れたが、隠れキリシタンのオラショと、オリジナルのグレコリオ聖歌を同時演奏するという曲もあった。作曲者によると、オラショの変形の度合は、幕府によるキリシタン弾圧の強度を意味するという)。
 自らをマイノリティと規定するのに、作品が英語の題名を持つことについて、「日本にはこういう曲の市場が無かったから」という。つまり英語圏の音楽市場を目指して作曲したということであり、マイノリティといいつつマジョリティになりたいという意志もあるわけだ。
 
その矛盾が面白い。

 こういう作曲家の曲を、どう薦めたものか迷ってしまうが、「とにかく無茶苦茶変てこなキッチュな曲があるよ!」と薦めるのがいいのかも知れない。いや、本当に面白いんだから。


 松平頼暁の代表作を一曲となると、このアルバムに収録された「マリンバとオーケストラのためのオシレーション」ということになるのだろう。これが、見事にぐらいに変な、良い意味で「狂ってる曲」だ。

 まずオーケストラは3群に分割される。しかも3つのオーケストラは1/3音ずつチューニングをずらす。「恋のバッドチューニング」どころじゃない。

 で、ソロのマリンバ共々、オーケストラは、3連符5連符7連符9連符と、通常とは異なる分割のリズムで、短い旋法的なフレーズ(つまり割とわかりやすい響きだ)をえんえんと繰り返す。例えば5連符で音符6個で1フレーズに、7連符で音符8個で1フレーズというような、ひねたリズムが重ねられる。もちろんそういうフレーズは厳密なシステムに基づいて作られる。
 つまり様々なやりかたでシステマティックに「ずれ」を音楽に組み込んで、音響的にもリズム的にもモアレ模様を作り出すというのが、この曲の目的なのだ。

 結果として鳴る音楽は、豪華絢爛そのもの。ガムランとも中国の礼楽ともつかない異様な響きで朗々と鳴り渡ることになる。しかも曲全体の要となるソロのマリンバは、音楽を司る巫女のように「狂う」ことが要求される。マリンバ奏者は、叫び、演技し、曲の後半にはかなり長い即興を行う。

 にも関わらず、作曲者にとっては、この曲が派手で狂っているように響くということは無意味なのだ。確か初演の時だったか「極彩色の鳥が飛ぶようだ」という批評が出たことことがある。作曲者の反応と言えば「システマティックに音を組んだだけで、そんな印象を引き出すように意図したつもりはない」というものだった。

 この曲、NHKが出している尾高賞という賞を取った。尾高賞受賞作は、NHK交響楽団が定期演奏会で2回演奏することになっている。ところがN響メンバーが「こんな曲やってられるか」と怒ったために、2回目の演奏はキャンセルされてしまった。オケのチューニングをずらすというところで、演奏家の生理的反感を買ってしまったらしい。まったくもって、この素晴らしく狂った名曲にふさわしいエピソードだと思う。

 余談だけれども、誰か新進のマリンバ奏者が、池野成「エヴォケイション」、松平「オシレーション」、伊福部昭「マリンバとオーケストラのためのラウダ・コンチェルタータ」というプログラムでコンサートを開かないかしらん。どれも体力勝負で狂気全開でありつつクールに演奏しなくてはならない曲だ。一晩でまとめて、是非とも聴いてみたいところ。


 システムを聴き取るという点では、こちらのピアノ作品集のほうが面白いかも知れない。どの曲も「オシレーション」のような派手な印象はなく、静かな佇まいを見せる。特にアルバム表題作である「BINARY-STARS 連星」は、どこにも刺激的なところがないとてもクールな曲だ。例えば、坂本龍一のピアノ曲が好きな人ならば、きっと気に入るのではないだろうか。

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