神舟6号打ち上げに関するネット上の意見に意見する
「神舟6号」の打ち上げと飛行に関連して、ネットではかなりいい加減なデータに基づいた独善的な意見が散見される
何を考察し意見を表明するにしても、まずは事実関係を押さえなくてはならない。「神舟6号」は、有人宇宙活動について多くの人が自分なりに考えるチャンスでもある。
以下に私が知る限りの事実関係、及び私の意見をまとめておく。
・打ち上げ直前まで、どの宇宙飛行士チームが乗るかは、決定されなかった。安全性配慮皆無。さすが人権無視の国。
- 同じ訓練を受けた飛行士チームを用意し、ぎりぎりまで引っ張って当日の体調までを加味して飛行チームを選抜するのは決して悪いやり方ではない。むしろ成功率を上げるためには当然の方法だ。
- 神舟宇宙船は、1999年以降まずは4回の無人飛行でテストを行い、5機目で有人飛行を実施した。それだけ慎重かつ段階的に技術開発を進めているということである。
- 安全性を云々するなら、最初の打ち上げであるSTS-1(1981年、オービターは「コロンビア」)に2人の宇宙飛行士を搭乗させたスペースシャトルのほうが、遙かに危険を犯していたといえるだろう。スペースシャトルはそれまでの「マーキュリー」から「アポロ」までのカプセル型宇宙船とは全く異なるシステムだった。しかも開発はトラブル続きで、初飛行時には耐熱タイル脱落の危険性が完全には解決していなかった。その状態でアメリカは、無人の飛行試験を行わずに、宇宙飛行士を乗せて打ち上げた。もっとも、それは人権無視ではなく、リスクを十分に理解した上で、宇宙飛行士が任務を遂行する意思を表明したということではある。
・中国はロケット失敗で村を吹っ飛ばしたことを隠すような国だ。どうせ有人飛行でも人権無視バリバリだろう。
- 1996年2月14日、「インテルサット708」を搭載した長征3Bロケットが打ち上げ直後に近傍の村に墜落し、多数の死者を出した。中国政府はこれを隠蔽したが、打ち上げに立ち会っていた衛星製造元の米スペースシステムズ/ロラール社の技術者によって事実が世界に知れ渡った。これは事実だ。
- しかし、その後中国の宇宙開発上層部では、粛正と形容すべき苛烈な責任追及が行われ、主要メンバーが一新した。
- その後、長征ロケットは9年間、40機以上もの打ち上げ成功を続けている。
- この事実から推測するに、1996年の事故以降、「無能」と判断された者は容赦なく引きずり降ろされ、変わって有能な者が主要な職に就いたと考えられる。
- 事故隠蔽は恥ずべきことだが、彼らが組織の自浄能力を持つことを過小評価するべきではない。果たして我々のJAXAはどうか。省みる必要がある。
・宇宙船は40年前のソユーズ宇宙船のコピー、ロケットはソ連の技術だ、中国の宇宙技術など大したことない。
- 中国のロケット開発は、アメリカのジェット推進研究所で、創設者セオドア・フォン・カルマンの片腕として活躍した銭学森博士が、帰国してから始まっている。また、現在主力の長征ロケットは、中国とソ連の関係が悪化した1960年代以降に開発された。このことから、中国のロケットはルーツはアメリカの技術で、実際面では独力で開発されたと見るべきである。決してソ連の技術をそのまま導入したというものではない。
- 一部では、「中国のロケットはヒドラジンなんかを使った時代遅れだ」という意見もある。しかしヒドラジンと四酸化二窒素の組み合わせは、混合すれば確実に着火する。確実性の高い推進剤だ。ロケットに要求されるのは「定時に確実に打ち上げられ、確実に荷物を軌道に送り届けること」だけだ。先端技術を使う使わないは、道具としてのロケットの評価には関係ない。ヒドラジン系推進剤の使用は、むしろ手慣れた古いが信頼できる技術を、適材適所に使っていると評価できる。
- 神舟宇宙船は、確かに機械モジュール、再突入カプセル、軌道モジュールの3分割構成で、再突入カプセルの形状はソユーズ宇宙船とほぼ相似形だ。中国とロシアは1995年3月に有人衛星技術供与の協定を結んでおり、ソユーズの技術が神舟に導入されたのは間違いない。
- しかし、神舟の構成を子細に見ていくと、それがソユーズのデッドコピーではなく、中国なりの改良を大幅に盛り込んだものであることが分かってくる。おそらくは、再突入から着陸までの最も危険なフェーズに関連する技術——例えばカプセルの空力形状や耐熱技術、パラシュート展開や着地時の逆噴射ロケット——といった部分については実績のあるソユーズの技術を導入し、その一方で、機械モジュールや軌道モジュール、アビオニクスなどは中国独自で開発したのではないだろうか。
- 特に、太陽電池パドルと姿勢制御系を持つ軌道モジュールは、ほぼ完全に中国の技術で開発されたと見るべきだろう。ソユーズの軌道モジュールは、とりあえず宇宙飛行士が脚を伸ばして過ごす空間という程度のものだが、神舟の軌道モジュールは、高度な自律性を持った小型宇宙ステーションである。
- 機械モジュールを見ると、太陽電池パドルが回転機構を備えていることが目に付く。ソユーズのパドルは回転機構を持たず、定常飛行中のソユーズはパドルを太陽に向けた姿勢でスピン安定を取る。パドルが回転するということは、神舟がスピン安定ではなく、三軸安定を行うことを意味している。つまり内部の設計は根本からソユーズと異なるであろうことが分かる。
・有人宇宙飛行のようなことをやる前に、国内の貧富格差や人権問題など地上で解決すべき問題が山積しているのに、中国はなにをやっているのか。
- 国内に貧富格差や、民族問題を抱える中国にとって、有人宇宙開発は、国家統合のシンボルとして、国内統治にとって有効な手段でもある。有人宇宙飛行は、必ずしも一枚岩ではない中国人民に国家意識を持たせる有効な統治策なのだ。中国首脳部は、有人宇宙飛行は貧富格差や人権問題を「解決」ないし「棚上げ」にする有効な統治策として認識しているはずである。
- また、2008年北京オリンピック、2010年上海万国博と続くビッグイベントに向けた、国威発揚としても意味がある。中国はここ数年、太平洋を挟んだアメリカと対峙する姿勢を示しつつある。アメリカに対して中国のプレゼンスを示すには、有人宇宙飛行は大きな外交的パワーとなる。
・中国が有人宇宙船を作ったと言っても、技術的に遅れているカプセル型だから大した事ない。日本はもっと進んだ有翼型の有人宇宙船を作る。中国に遅れを取っているわけではない。
- カプセル型宇宙船が、無条件に有翼型宇宙船よりも劣るというのは、スペースシャトルが振りまいた幻想である。評価すべきは「安全に人間を宇宙に送り届け、安全に帰還できるか」ということであり、次いで「安全性を確保した上で低コストかつ定時の運航ができるか」ということである。神舟は、コストは1回5億元と言われている。安いとは言い難い。しかし、安全性については実績のあるソユーズの技術を使っている。また、今回の神舟6号が、予告時刻通りに打ち上げられたことで分かるように、定時運行も可能だ。安全性と定時運行という面では、神舟は要求を満たしている。
- 中国の有人宇宙開発で、私が脅威と考えるのは、十分な時間をかけて、一歩ずつ前進するという方針で進めていることだ。新しい技術で一気に高飛びというようなことを一切してない。一回一回の飛行の間隔を十分に取り、毎回の打ち上げごとに基本の設計に対して改良を加えて完成度を上げてきている。宇宙船が使い捨てであることを逆に利用して、毎回少しずつ進化させているのだ。今回の6号では、軌道モジュールが、5号の時のものに比べて、長期滞在用設備を拡充しているという。
最後に。
- このフラッシュでは「軌道船」となっているが、軌道モジュールの太陽電池パドルが開いていない。
- ささいなことだが、「推進部」となっている機械モジュールの後部が太すぎる。
- 「帰還船」となっているが、再突入カプセルの突入方向が反対。この方向だとカプセルは燃え尽きてしまう。
- 資料提供、未来工学研究所となっているが、このフラッシュを見て、未来工研は頭を抱えていると思う。しっかりしろ、朝日新聞。
中国にかこつけて自分の宣伝をしてどうするよ、とも思うが、カプセル宇宙船と有翼宇宙船という件については著書2冊で、十分書いたと思っている。疑問のある方は、とにかくこれらの2冊をまずは読んでみてほしい。カプセル型宇宙船については、こちらの本で集中的に解説している。
スペースシャトルに代表される有翼型宇宙船の問題点についてはこの本に書き込んだ。
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Posted by: 林 譲治 | 2005.10.13 07:32 PM
この話を次回のロケットまつりで詳しくお願いします。
Posted by: mary_m | 2005.10.14 07:27 AM
有人宇宙船には国威発揚のような政治的な効果はあるが、経済的・科学的効果は小さく(もしくはコストに見合わず)日本有人飛行を行うのはリスクばかり大きくてメリットがない。中国と異なり日本は一枚岩な国で、分裂の危険性は殆どないし。
という意見はどうでしょう。日本において有人宇宙飛行を否定する人々のもっとも一般的な意見ですけれど。
Posted by: bou himitu | 2005.10.14 09:29 AM
昨日の報道だと、中国も将来はスペースシャトルを開発するという話が出ていたようですが、そういう点では中国もシャトル神話に毒されているのかも知れません。勿論、NASAの軌道修正を受けてシャトル開発は中止になるとは思いますが....。
日本の宇宙開発は地道に打ち上げ成功の数を増やす事ですね。一回の失敗で全ての歩みが止まって二歩後退するようでは宇宙開発も何もないでしょう。
Posted by: ysaki | 2005.10.14 09:59 AM
中国のロケット開発は、60~70年代の米ソ同様、国威発揚のためという要素が大きいのでしょう。
どうも宇宙開発というのは国威発揚という名目があると大きく進みますが、80年代以降の米ソのようにそれが失われると停滞する傾向があるように思います。
いずれは中国の宇宙開発も同じような道をたどるのでしょう。
そして日本は最初から国威発揚のためという要素が小さかったため、宇宙開発が迷走し続けてるのでしょうね。
Posted by: Baatarism | 2005.10.14 11:52 AM
>・打ち上げ直前まで、どの宇宙飛行士チームが乗るかは、決定されなかった。安全性配慮皆無。さすが人権無視の国。
宇宙船の乗員を打ち上げ数時間前まで指名しなかったのが人権無視だったら、選手をベンチ入りまでさせといて試合には出さない野球の監督や、選手は試合当日に調子の良いものを選ぶと公言して練習で競争させるサッカーの監督なんかも人権無視だなあ。
逆の話もあって、アメリカ最初の有人宇宙ミッションでは、3人の乗員候補から当日指名するとの公式発表にも関わらず、実際には誰が飛ぶのかずっと前に決定していて、3人にもそれが知らされていた。お陰で残りの二人は、自分達もまだ飛ぶ可能性があるようにマスコミに対して振る舞わねばならなかった。こちらもまた残酷。
Posted by: ROCKY 江藤 | 2005.10.15 01:38 AM
> 「帰還船」となっているが、再突入カプセル
> の突入方向が反対。この方向だとカプセル
> は燃え尽きてしまう。
ここんとこは直ったみたいですね
Posted by: るう | 2005.10.18 11:56 PM
相変わらずおかしいのは、
・長征2号FのSRBが3本しかないように見える。
・軌道船のソーラー・パドルが開いていない。
・推進部がスカート広げたみたいな変な形(本当は円筒形)。
・パラシュートが矩形のタイプに(ソユースと同じならば円形のはず)。
Posted by: ROCKY 江藤 | 2005.10.20 01:45 AM
中国はシャトル系の機体を検討はしていました。しかし、難しすぎるということであきらめたようです。
実際問題として国威発揚としての宇宙開発は、いつまでも続かないと思います。ずっと続けてどんどん宇宙に出て行くためには、どうしても自由化と経済活動が必要になるでしょう。
それが難しいのですが。
Posted by: 松浦晋也 | 2005.10.21 10:33 AM
こちらのブログの紹介で「われらの有人宇宙船」を購入し読ませていただいた者です。
大変参考になりました。
最近、ライブドアの堀江氏が宇宙観光事業に興味を示しているとの報道がありますが、
松浦さんはどのようなご感想をお持ちでしょうか。
よろしければお聞かせください。
Posted by: VG | 2005.10.21 10:25 PM
>ずっと続けてどんどん宇宙に出て行くためには、どうしても自由化と経済活動が必要になるでしょう。
僕は日本が宇宙で大きな活動ができるのは、民間企業が中心になってからではないかと思います。
考えてみれば宇宙産業はモジュラー型ではなくインテグラル型の産業ですから、基本的には日本人には向いているはずです。ただ、日本人の特性を生かすためには、国策ではなく民間企業で活動しないと難しいのでしょう。宇宙産業が造船・海運業程度にありふれたものになれば、日本企業が宇宙で大きく活躍できると思います。
ただ、そうなるまでは日本の宇宙産業にとっては厳しい時代が続くのでしょうね。
Posted by: Baatarism | 2005.10.22 01:09 PM
以下コピペです。
中国すごすぎ。
こんな負け組みロケットの話題なんかほっといて、
NASAが2018年実現の月面有人探査を今年の9月18日に発表したんだけど
(日本でも結構報道された。NASAのホムペに詳しい解説あり)、
一方中国がつい11月4日に2017年までに月面有人探査を目指すと発表
(2chではニュー速+のスレが立たなかった)、 すごいことになってますよ。
中国が1年前にぶつけて来ましたよ.。
どっちが「一番乗り」を果たすのか。
ゴミH2Aどころじゃないぜ。
Posted by: UT | 2005.11.17 05:18 PM