東大Cubesat XI-V成功の場に立ち会う

27日は1日原稿を書き続ける。午後3時過ぎから、東京大学のCubesat「XI-V」打ち上げ速報ページにリロードをかけ続け、無事に打ち上げられ、どうやら衛星分離まで行ったらしいことを確認。東京大学へと出かける。
東京大学本郷キャンパスにある中須賀研究室に到着したのは午後7時過ぎ。研究棟に入るとなにやらぶっそうな張り紙が。「この建物は耐震性がないことが確認されたので補強工事をします。強い地震があったときは直ちに屋外に逃げること」…
大学衛星のコンソーシアムであるUNISEC事務局長の川島レイさんと、川島さんのキューブサット物語や私のスペースシャトルの落日
を担当した編集者のまんぷく屋ことIさんが、「遅いよ、何やってんの」と迎えてくれる。
川島さんはびしっと赤いスーツを着こなしている。勝負服?
研究室では、背広で決めた助手の酒匂さんが「どもっ」と迎えてくれた。学生達はそれぞれパソコンに張り付いている。一人はチャットで国内外との連絡を担当している。模造紙に投影されたプロジェクター映像には、世界地図上のXI-Vの現在位置と軌道、受信可能範囲、そして受信可能になるまでの時刻が写っている。
中須賀研究室のCubesat「XI-V(サイ・ファイブ)」は、ロシアの「コスモス」ロケットで打ち上げられた。欧州宇宙機関の教育用衛星「SSETI」本体に組み込まれ、ロケットから「SSETI」が分離後に、放出される。私が到着した時点でSSETIの分離、電波発信は確認されていた。軌道上物体をレーダーで監視している北米防空司令部(NORAD)からは、軌道上に4物体が飛んでいると連絡が入ったという。どうやらSSETIと3機のCubesatらしい。分離は成功したようだ。
だが、SSETIとなにか壊れた破片という可能性だってある。最終的には東京上空を通る時に、衛星からの電波を受信して確認しなくてはならない。今回の打ち上げにあたっては、国内数大学が受信体制を組んでいる他、海外のアマチュア無線愛好家にも協力を依頼している。
研究室のホワイトボードには、今日のタイムラインが書き込んである。本日の受信チャンスは2回、ワンパスが午後9時20分過ぎから、ツーパスが午後10時46分から。
衛星の上空通過をパスという。ワンパスは第一可視、ツーパスは2回目の第二可視。Cubesatは地球を南北に回る太陽同期極軌道という軌道に投入された。Cubesatが地球を巡るほどに、地球も回るので、Cubesat直下にどの地域が来るかは衛星の周回ごとに異なる。軌道の性質からして、受信のチャンスは朝2回夜2回程度だ。
ホワイトボードにはワンパスのところに「EL低い」と書き込んである。EL、エレべーション、仰角のことだ。地平線から角度にして何度のところを衛星が通過するか。ワンパスは東京から見て地平線近くをかすめるようにして通過するので、電波の受信が難しくなる。ツーパスはどんぴしゃり、東京上空を通過する。
すぐに、研究室の主、中須賀真一教授が登場する。昼間は、冬に実施するロケットを使った網展開実験の準備で、相模原の宇宙科学研究本部で実験をしていたという。来るやいなや、学生が取り寄せていたデリバリーのピザをトースターで温め、食べ始める。
「いやー、お腹減っちゃって。昼もちゃんと食べたんだけど、まだお腹減っちゃって」とピザを食べつつ、やってきたマスコミの質問に答える。
「ドイツは取れたそうです」と、チャット担当者が報告する。同時に打ち上げたドイツのCubesat「UWE-1」の電波が確認できたという。これなら「XI-V」も見込みは明るそうだ。

どんどん人が集まってくる。一昨年の「XI-IV」に参加した卒業生達だ。中須賀先生「同窓会みたいだね」。静かに緊張が高まっていき、ワンパスが始まる。
受信担当の学生が受信機を操作するが電波は受からない。ワンパスは地平線から7度程度のところを通過するので捕捉が難しい。どうしても衛星からの電波を受信できないまま、時間切れ。
どんな心境ですかとマスコミに質問された中須賀先生、「いやー余裕ですよ」。続けて「電池が減ってるかなあ。9月打ち上げ予定の時期があって、その前に搭載電池に充電したのが最後だから、電池が減っている可能性がありますね。太陽電池に光が当たればじき充電されるんだけれども、地球の影に入る軌道を飛んでいるからなあ」
時々誰かが、「今どこ飛んでる?」という。海外のアマチュア無線局が受信し、受信レポートが来るのを期待しているのだ。中須賀先生も気にしている模様。「今回はSSETIが、電波を受信した局に懸賞金を出すと言ったから、みんなそっちの受信体制になっちゃったんじゃないかな。まあ、向こうは受信できたことだし、次の周回では、こっちの衛星を狙ってくる局も出てくるでしょう」。

次のパスまで1時間半。ここでIさんと夕食に出る。
研究室に戻ると可視15分前。また、静かに緊張が高まっていく。衛星は北側から日本列島に近づいてくる。
東京の可視が始まる2分前、チャット担当の学生が声を上げた。「道工大、取れました!」
すぐに反応したのは中須賀先生だった。「受信できたって?」
東京より北で受信している北海道工業大学の受信チームがXI-Vの電波を受信したという。成功だ!
もうすぐ東京でも電波が受信可能になる。
「みんな静かに!静かに」と中須賀先生が声をかける。

ツーパス開始。ほどなく、UHF帯のノイズの中から、XI-Vの発するモールス信号が聞こえてきた。最初は弱く、やがて強く、1分間に10秒の割合で、XI-Vはモールス信号を繰り返している。モールスを読み解く係の学生が、必死にメモを取っている。
意外なほど静かだった。「おおっ」と一瞬歓声が上がっただけ。みな張りつめた表情で、XI-Vの信号を聴いている。受信担当の学生が、周波数のシフトを測定していく。XI-Vからの電波はドップラーシフトに加え、衛星の温度によって周波数が変化する。安定した運用のためには、まず、どれだけの周波数変移が起きるかを測定する必要がある。
「ドリフトしてますね」「ええ」というような小声の会話だけが、研究室に響く。
私はパソコンモニター上に表示される、XI-Vの仰角を見ていた。数字はすぐに30度を超え60度、そしてついに85度を超えた。
あれだ、あさりよしとお「なつのロケット」のラスト。
「今、真上」
学生達はあのラストを体験しているんだ。
やがてXI-Vからの信号は弱くなり、ノイズが優勢になり、ツーパスは終わった。
中須賀教授と酒匂助手が「やー成功だね」「やりましたぜ」と握手し、抱き合う。ぱらぱらマスコミ関係者から拍手が起きるが、すぐに止む。中須賀先生が言う。「一回目はラッキーだったとも言えるけれど、二回目はそうじゃない。こうやって成功を積み重ねていくことが大事なんです」。そして、「おう、こっち来い」とXI-Vプロジェクトマネージャーの船瀬さんを引っ張りだして握手した。「おめでとう」。

ここに至るまでにいくつもの難関を乗り越えたのだろう。船瀬さんが一回だけ、目尻をぬぐう。中須賀、酒匂、船瀬の握手をマスコミが撮影する。
そこで初めて拍手が起きた。
中須賀先生が学生達に言う。「みんな良くやった。努力の結果だと思います」そして、「おめでとう」。
先生が「おめでとう」と言う。XI-Vが先生のプロジェクトではなく、学生のものであると言っているのだ。
酒匂さんが、「乾杯の準備を」と言って部屋を走り出ていく。残念ながら、私は時間切れ、ここで研究室を辞去し、終電一つ前の東海道線で帰宅した。
最後に一言、「みんな、おめでとう!」
2機のCubesatは、地球を回り続ける。
2003年6月に打ち上げられた、日本初の2機のCubesat、東京大学中須賀研究室の「XI-IV」と、東京工業大学松永研究室の「Cute-I」を開発した学生と先生の奮闘振りをまとめたノンフィクション。学生の衛星を打ち上げる——不可能を可能にするとはこういうことだ、という本。カバーの下にはちょっとした仕掛けがあるので、読み終えたらカバーを外してみて欲しい。
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松浦様
お忙しいところを、お運びいただき、ありがとうございました。電波がとれて、本当によかったです。今度はぜひ、宇宙作家クラブ衛星をうちあげましょう!
Posted by: 川島レイ | 2005.10.29 12:42 AM