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2005.10.10

「禁煙ファシズムと戦う」を読む

 「禁煙ファシズムと戦う」(小野谷敦編著、斎藤貴男著、栗原裕一郎著 ベスト新書)を読んだ。

 川端裕人さんの「ニコチアナ」を読んで以来、タバコの害というものを否応なしに考えさせられている。もちろんその背後には、「俺はタバコを吸い続けて長生きするんだ」とタバコを止めることなく、死に臨んでもタバコを止められなかった父の姿がある。父が何を考えていたかは手に取るように分かる。健康なときは「俺がタバコごときで死ぬはずがない」、体を悪くしてからは「どうせ死ぬのだからタバコを止める必要はない。タバコぐらいは吸い続けたい」だったのだ。

 あるいは、ちょっとばかり話題になっている「禁煙ファシズム発動(大事な人に押し付ける)」を読んでみたり。そう、私もまた、誰がタバコを吸おうと、私が煙たくなければ知ったことではない。でも、父にはタバコを止めて欲しかった。大腸ガンの発病確率が幾分なりと下がるなら、止めて欲しかったのである。

 しかも上記エントリのコメント欄に、上記本の著者の一人である小谷野敦氏が「煙草と肺癌はあまり関係ないです。癌の原因は一に遺伝、二にストレス。ファシズムはやめてください。(小谷野敦)」という、かなり感情的と思える書き込みをしている。

 どうやら「禁煙ファシズムと戦う」は喫煙者の理論武装の書らしい。なら読んでみなくてはならない。そう考えたのだった。


  本書は事実上、小谷野敦氏の著書だ。氏が企画し、文章を書き下ろし、氏の頼みに応じて斎藤貴男氏と栗原裕一郎氏が、過去に発表した文章を再掲載している。

 中核となる小谷野氏の議論だが、あまり冷静とは言えない。喫煙の害については、受動喫煙の害を否定するエンストローム論文(本書末尾に掲載されている)にのみ拠っており、その他の論文は何をどう検討し、どのような結論に至っているかを調べてはいない。つまり都合の良い論文をつまみ食いしている。受動喫煙の先駆的研究である平山雄の論文を「インチキであることはほぼ明らかになっている」と書くが、それは平山の論文の否定であっても、受動喫煙の害の否定ではない。本書からは、小谷野氏が受動喫煙の害を主張する平山以降の多くの論文を直接吟味した形跡は読み取れない。このあたりは、川端裕人さんが「『禁煙ファシズムと戦う』についてのコメント1、疫学の誤解について」で、きちんと論証している。

 川端さんの議論は、以下の3つの記事で公開されている。これも喫煙問題を考える上ではずせない文書だと思う。

 基本的な小谷野氏の主張は、以下の通りだ。


  1. 自動車の排気ガスや飲酒など、タバコの他にも社会に害なすものは多い、なぜタバコだけがかくも排斥されるのか。
  2. タバコの害をことさらに言い立てるのは特定集団を排斥したい考える心の有り様だ。それはファシズムである。
  3. ニコチンはストレス解消に効果がある。喫煙者にとってタバコよりもストレス社会であることがより大きな問題である。
  4. 人間の寿命は喫煙如何ではなく遺伝的素因で決まることが、分かってきた。先天的に寿命が決まるという不条理に耐えられない者が「遺伝」という科学に代わって「受動喫煙の害」というエセ科学にすがろうとしているのだ。

 私の意見はといえば、
 1)は、確かにその通り。しかしこれらをタバコの害とリンクさせて語るべきではない。独立して考えるべき問題だ。
 2)は、小谷野氏の考えすぎと見る。タバコを吸わない者として私は、昨今の分煙と禁煙の進行で、「タバコの煙がないということは、かくもすがすがしいものだったのか」と感じている。つまるところ、根本にあるのは喫煙者と非喫煙者がタバコというものに持つイメージが大きく異なるというところに、禁煙運動が喫煙者を必要以上に圧迫する原因があると思う。
 3)は、その通り。ニコチンに鎮静効果があり、紙巻きタバコは第一次世界大戦を契機に世界に広がった。が、戦場で死の恐怖から逃れるために使われたタバコを、いかにストレス社会とはいえ、平和な社会で一体どこまで容認するべきなのかは、よく考えねばならないだろう。
 4)は粗雑な議論だ。ガンにかかりやすいガン遺伝子は確かに見つかっているが、遺伝的素因のみで寿命が決まるわけではない。能動的喫煙が、ガン遺伝子を持つ者も持たない者の双方でガンの罹患可能性を上げることを無視してはいけない。

 本書の面白さは、むしろ小谷野氏の嘆き節とでもいうべき書き口にある。自分の体験を肴に、怒りや嘆きを文章芸にまで高めているといえるのではないだろうか。純粋に読み物として面白い。

 それと、1)に関して、少なくとも自動車が社会にもたらす害に関しては、かなり的確な指摘をしている。一体自動車がもたらす利便は、大気汚染や交通事故による不利益を補ってあまりあるものなのか。
 それはタバコの害と切り離して、十分に議論し、行動しなければならない事柄だ。自動車がタバコ以上に問題にすべき事柄だと主張するならば、小谷野氏はタバコとは独立して自動車という文明の利器がもたらす効用と害悪について、一冊の本を書くべきと思う。

 一体我々は、タバコというものと今後どう向き合うべきなのだろうか。その害ははっきりしているが、ではどう行動すべきなのだろうか。小谷野氏は自動車の害について、自動車産業の利権を指摘するが、タバコ産業もまた巨大な利益を生み出す利権だ。利権には、それで生活する者が張り付き、そこから搾取をする者が寄生する。利権の絡む問題を解決するのは非常に難しい。なにしろ国家もまた、税金という形でタバコ産業に寄生しているのだ(タバコは、税収以上に保険財政の悪化という形で国家財政を蝕んでいるわけだが)。

 私思うに、本気で社会の脱ニコチン化を進めるなら、日本統治下の台湾で、後藤新平が採用した阿片政策を採用するしかないのではないだろうか。後藤は、まず阿片中毒患者に対しては阿片を供給し、一方で阿片の流通を徹底的に取り締まり、新規の中毒者が出ないようにした。そのうちに阿片中毒患者は死に絶え、阿片中毒に支払う社会的コストはゼロになるという、極めて気の長い方法だ。

 例えば、タバコの購入を特定の電子マネーカードでしかできないようにする。現在の喫煙者には全員このカードを配布する。一方、一切の新規申請は認めないことにする。カードは本人の死去に伴って無効になる仕掛けをしておく。こうして100年も経てば、社会の脱ニコチン化は達成されるだろう。それは同時に100年をかけてタバコ産業を安楽死させるということでもある。

 それでも残るものはあるだろう。パイプで吸う刻みタバコと葉巻ぐらいは、文化として残しても良いかもしれない。しかし、手軽に喫煙できる紙巻きタバコは、はっきり絶滅させるべきだ。「ニコチアナ」を読んで、私は「紙巻きタバコは文化ですらない。ニコチン依存症を金にする商品だ」と考えるようになった。

 小谷野氏はファシズムというが、私は、現在の分煙の傾向を好ましく感じている。これほどまでにタバコの煙が社会に充満したのは、ウォルター・ローリーが喫煙をファッションとして新大陸から欧州に持ち込んて以降、なかんずく紙巻きタバコというテクノロジーが第一次世界大戦を契機に世界に広がって以降だ。そう考えれば、脱ニコチン化ということは、単に第一次世界大戦以前、ウォルター・ローリー以前に戻るということなのだ。

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Comments

小谷野さんの主張で大変共感しかつ痛々しいのは車よりもアルコールです。アルコールハラスメントについて、もっと積極的な行動を起こすべきなのにそれを喫煙の許しを請う取引材料に格下げしているのは矛盾しています。同じ苦しみを非喫煙者と共有出来ないのか?同じ痛みを常習飲酒者に強要出来ないのか?

私も「けむりのライセンス」という小文を書いた事が有ります。
http://groups.google.com/group/fj.soc.smoking/msg/b5d231e3b07c4558?q=sionoiri-tky&start=10&hl=ja&lr=&rnum=17
煙草のライセンス制については後藤新平が台湾総督府でアヘンにたいして同様の既存常習者にのみライセンスを与えた故事が有ります。
http://blog.mag2.com/m/log/0000139973/106084916?page=1
その時は星一にアヘンの成分のモルヒネを抽出させる「中抜き」も許してます。明治父アメリカや人民は弱し官吏は強しに星側の主張を星新一が記載しています。
http://polaris.hoshi.ac.jp/kanri/annai/hajime.html

#めーるの「てぃけーわい」は「けーけーあーる」

こんにちは。
自分がなんだか読みにくい文章を書いてしまっただけに、松浦さんの文章を読んでほっとしました。

星新一は通過儀礼のようで読む機会があり、名文なので泣いて納得したけれども、世の中そんなに綺麗ではない。もう一人の二反田音蔵は新聞で解説記事を読んだきり。朝鮮・満蒙における阿片の扱い、南満州鉄道と後藤新平の関わりに目を瞑ると、片手落ちになる。
http://www.jca.apc.org/~altmedka/yom-6-6.html
http://ch.kitaguni.tv/u/5238/%CE%F2%BB%CB/0000196617.html
http://www.elf-book.com/07-visitor/visitor.contents0504.html
http://www.elf-book.com/07-visitor/visitor.contents0505.html

 そこまでヒステリックになっても他人の風上で煙草を吸う行為を正当化したい人には憐れみと軽蔑しか感じません。

初めまして、ポレといいます。
車の害と煙草の害について思ったことがあるのでちょっと書きます。
これは、一言で表すなら禁煙者も喫煙者も同じ人間って所ではないでしょうか?
つまりは煙草の害という点では2派に分かれるこの問題も、
車の使用という点において小谷野さん含め我々ほとんどの人間が「車の便利さは必要だ」という欲求から弾圧されていないだけなのだと思います。
それに人間は起こってからでないと後悔できないものなので、
「自分は事故を起こさない」と根拠無く考えるからこそ車を使用したがるのだろうと思います。
実際車の使用を弾圧されて困るのは1人や2人ではないでしょうしね...
恐らく8割か9割の人々が困っちゃいますから...

こんな本もございますね。

。「タバコなんざ、ガキや貧乏人に黒人、あとはバカに吸わせておけ」など、耳を疑うような内部関係者の発言が次々に紹介されていく。

『悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4822243427/250-7456506-1336210

 満州国と麻薬の関係は、あまり知りませんでした。 sionoiriさん、どうもありがとうございます。確か、満州馬賊で有名になった小日向白朗も麻薬に噛んでいた記憶があります。最近、佐野眞一氏が「麻薬王」という本を出していますね。

 二反田音蔵は興味深いです。満蒙開拓義勇軍でも、こんな篤志家がいませんでしたっけ。的確な状況分析を持たない善意とか勤勉とかが、とんでもない結果を惹起するというのは、色々考えなくてはならないところでしょうね。

 酒について、私は午後11時以降もコンビニで酒を買えるようにしたのは大失敗ではないかと思っています。飲酒運転のいくばくかは、この規制緩和が間接的な原因になったのではないかという気がします。

>悪魔のマーケティング
 こりゃ面白そうだ。読んでみます。

http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2005/10/post_976e.html
http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2005/10/post_9cb6.html

川端裕人です。
「禁煙ファシズムと戦う」の巻末に掲載されているエンストロームの論文について、掲載誌であるBMJの翌号に載った批判コメントの要約をエントリにしました。よろしかったら、ごらんくださいませ。

 あ、川端さん、ご苦労様です。こうしてみると、小谷野さんはかなり恣意的にエンストローム論文を利用していますね。本人は意識してやっているのでしょうか。それとも無意識?

 小谷野さんのはてなダイアリーはコメントもトラックバックも切られているので、「ここでこんな議論してます」と伝える手段がないですね、

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/

エンストローム論文が発表された翌号で、このPassive Smoking Rapid Responce 特集(2003年8月30日号501ページから)をやっているわけで、小谷野氏の執筆時点で、この情報が入っていないというのは変なんですけどね。少なくともジャーナリスティックな書き方ではないですよね。意図的に無視したのか、それとも単に知らされていないのか。いずれにしても、困ってしまいます。

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