回れ!イトカワ
現在、小惑星イトカワの近傍で探査を続けている小惑星探査機「はやぶさ」から、素晴らしい観測結果が届いた。回るイトカワの動画像だ。
正確にはイトカワの観測データを処理して動画像を作成したということなのだが、堅いことは言いっこなし。今、我々の「はやぶさ」は、確かに未知の世界にいるのだ。
「はやぶさ」のイトカワ到着後の広報について、実は関係者およびその周辺で議論が起こっている。何をやっているのか何も出てこないではないか、広報どうした、というのだ。
実態はといえば、連日素晴らしいデータが出ていて、相模原に詰めている惑星科学者らは興奮しっぱなし状態なのだという。
ところが人がいない。出てくるデータを、誰にでも分かる形で整理して広報資料を手早く作成できる人手が足りない。現状では、なんとか広報しなくては、と考えた研究者の一部が広報資料を作成し、やっと少しずつ成果をホームページに出しているという。「言い出した者がやる」というのが旧宇宙研の伝統だが、この場合はマイナスに働いている。言い出した者がより一層の負担を強いられていることになるから。
しかも見るところ、その少ない広報資料をきちんと公開するJAXA全社体制もできていない。今回の素晴らしい動画像も、JAXAトップにはリンクされていない。
歯がゆくてしょうがない。
この大一番で、がんがん情報を出しておけば、例え後で探査機がトラブルを起こし、場合によっては沈黙してしまっても、世間の評価は「あれだけ色々やったんだからいいか」ということになる。「●●億円が宇宙のチリに」というマスコミの常套句だって封じることができる。
ひいては、次の小惑星探査機、次の科学衛星の予算を得るにあたっても効果があるはずだ。「日本の宇宙科学ってこれだけのことをやっているんだね」ということが、世間一般に知れていれば、自ずと政治も行政も実績を正しく評価することになるのだ。
それは回り回ってJAXAの仕事全体へのイメージアップにもつながる。一般の人は、旧NASDAだのISASだのを区別していない、「なんか宇宙」、これだけである。いや、「日本の宇宙ロケット」とか「日本の衛星」とか意識してくれているなら、御の字だ。
ひっくり返って「なんか『はやぶさ』って情報出てこなくて感じ悪い」となると、その悪印象は回り回って例えばH-IIA/Bロケットに影響することだって考えられる。
これは常識と、ちょっとした想像力の問題だ。
毎日1枚の画像を「今日のはやぶさ・イトカワ」と、JAXAのトップからリンクを張る。それだけでいいのだ。後は毎日どんな一枚を緩急を付けて出していくかという演出の問題である。もちろん嘘はいけないが、ページ構成とか、アクセントの付け方などは十分考える必要がある。
淡々と情報を出しているだけでは、訴求力に欠ける。アクセントをつけないと。届かない情報は、「出してますよー」という言い訳でしかない。
今からでも遅くはない。11月のイトカワへのタッチダウンにむけて、できることはまだまだあるはずだ。
惑星科学者にとって、重要なことは論文を書き、新たな知見を発表することだ。が、狭いアカデミズムの枠を超えて、「自分対置は今、知の最前線でこんなことをやっているんだ」と、世間一般に向かって語る努力を忘れてはならないだろう。探査機の予算を、回り回って出しているのは、世間一般なのだから。
がんばれ、「はやぶさ」。
とりあえず、JAXAトップページがあてにならないので、いち早く「はやぶさ」情報を知りたい人のためのリンクを掲載する。
- 今日の「はやぶさ」:ここを毎日見ていると、「はやぶさ」がイトカワ上空を動き回っているのがわかる。
- 「はやぶさ」関連記事:発表関連ならここ。
- 小惑星探査機「はやぶさ」
- 宇宙科学研究本部トップ:一応最新情報へのリンクがあるのだけれど、今ひとつ目立たない。何かをがつんと広報するというデザインになっていないせいらしい。淡々と情報が提示されている。
宇宙科学の広報を巡る問題点は、この本の後半に書いたのだがなあ…とこれは私の嘆き節。届かない情報が無意味ということは、私自身にも適用される。とにかく、宇宙科学に携わる人々は素晴らしくクレバーかつ恐ろしくタフで、しかも命を削るようにして仕事に打ち込んでいる。本当は彼らが広報などに心患わされないでも十分な広報ができる体制を整えるべきなのだが、それもこれも金次第の部分があまりに多い。
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JAXAは自分で自分の首を絞めている感じです。潜在的なファンは多いにも係わらず、お役所的に「知らしむべからずよらしむべし」では、どんな素晴らしい実績をあげていても、過小評価されて、失敗のみ過大に評価されるだけです。宇宙開発が失敗の積み重ねである以上成功時のパブリケーションなくして国民の支持はないと関係者は肝に銘ずるべきでしょう。
(これは取り上げるプロジェクトにも反映していますよね。玄人受けはしても素人である国民にアピールするものは本当に少ないです。)
Posted by: ysaki | 2005.10.26 09:30 AM
広報が へたすぎます。
学者先生がたは 予算とれたあとは あまりに 世間へのアピールが へたです。
松浦さんのご意見には 賛成です。 さて BPの記事 見に行ってきます。
Posted by: ウエノ | 2005.10.26 10:50 AM
同感です。人手不足なのは、感じますが、発表したプレスに文章も少ないんですよね。本当に頑張って欲しいです。マスコミを味方にすると、どれだけ変わることか・・・
Posted by: SHUN | 2005.10.26 11:53 AM
直接このエントリとは関係ありませんが、こちらのサイトで「恐るべき旅路」を知り、36時間後には手元にありました。非常に興味深い内容で、過去通勤時間がこれほど短く感じたことはありません、一気に読み終りました。27万人の署名、懸命に前へ進もうとする宇宙研の方々の想い、そして健気に(そう感じるのは私だけかな)それに応える「のぞみ」。幾度となく目頭が熱くなりました。
いつか、データレコーダに記録された火星の画像が見られたら...、などと考えると直接会った事は無いものの、「のぞみ」がいとおしく思えて来ました。
Posted by: みずたに | 2005.10.26 11:22 PM
ISASのサイトはほぼ毎日見にいっているのに、「はやぶさ」の情報が少ないので、ミッションそのものが成果が上がってないのではと心配していました。そうではなく、広報に手が回っていないのかと聞いてちょっと安心したが、国民に広くアピールできていない現実が大変残念です。
火曜日の夜、NHK教育「視点・論点」にプロジェクトマネージャの川口淳一郎さんが「はやぶさ」について解説しているのを偶然観ることができました。もっと一般人の目にするメディアに出てほしいですね。そういえば昔、NASAの「バイキング」の火星探査などは、NHKニュースセンターで連日報道していたような記憶がありますが・・・。夏頃、「サイエンスゼロ」に「はやぶさ」取り上げてほしいとメールしたことでしたが、一民間人としては今後もいろんなメディアに地道に要求してみようと思います。
今年の1月31日の宇宙学校倉敷に出席しましたが、そのときのISASの先生たちは、昨今の「行政改革」路線の圧迫を受けてか、何となく税金を使うことに躊躇している感があったので、”すばらしいことをされているので、がんばって下さい”と、発言したことでした。「はやぶさ」の成功がはずみになればと願います。
「恐るべき旅路」読みました。恐るべき取材力ですね。わたしも一気に読み、感動しました。いつか「はやぶさ」のルポを書かれることを期待します。
Posted by: tsuji | 2005.10.27 12:37 AM
「はやぶさ」,とりあえず何とかめど処はついたみたいですね.
http://www.jaxa.jp/press/2005/10/20051027_hayabusa_j.html
「新規に導入した制御策」というのがよく分かりませんが…….
=====(以下,引用)==========
新規に導入した制御策により、微小なジェットの噴射を精度よく管理して加える方法にめどがつき、帰還までに必要な量を確保できることが確認できました。
Posted by: 國分利幸 | 2005.10.27 03:34 PM
今回の呼び掛けにまったく同感です。
長年、シベリヤ開発、インドネシア開発、ロナ川開発
に関わり想像を絶する環境で日本人として頑張った。 しかし 日本人が世界で活躍していて世界に貢献していることは ほとんど報道されない。
国内に於いても同様に JAXAの失敗ばかり取り上げるマスコミに対し以前から苦々しく思っている。
そしてHPで提起してきたが、反面 JAXAも、もっとマスコミをうまく利用してほしい。
宇宙開発を進めようと思うなら今回、皆でキャンペーンを張り経過をどんどん国民に拓いていこう今、こんな修羅場を乗り越えようとしている
此処まで成果を挙げている。
逐一情報を垂れ流そう。
Posted by: 加藤勝彦 | 2005.10.31 08:06 AM