「はやぶさリンク」:ミネルヴァについて考える
昨日のリリースがJAXAホームページにも掲載された。
日本惑星協会のメールマガジンTIPS/Jメールの14日11時18分配信の最新号に、的川泰宣教授が12日のリハーサルの状況について寄稿している。
・メールマガジン「TPS/Jメール」11月14日臨時号(YMコラム)
以下、ミネルヴァ関連の部分を抜粋して引用・掲載する。
【探査ロボット「ミネルバ」の運命】12日午後3時8分、地上局から「ミネルバ」放出の指令が発せられました。それが「はやぶさ」に届くまでには約16分かかります。その固唾を呑んで見守るしかない」16分間、「ミネルバ」の関係者の一部は「はやぶさ」の動きに注目しました。「一部」といったのは、この「ミネルバ」にとっては死活の時間帯にも、人手不足のISASでは、「はやぶさ」本体の本流のミッションの運用に携わって忙しく立ち働いている強力なメンバーを抱えているからです。
「はやぶさ」は、イトカワの表面との接触を避けるため、あまり近づきすぎたら、降下から上昇に転じるようプログラムされていました。「はやぶさ」の動きを見ながら、タイミングを選んで「ミネルバ」放出の指令を送ったものの、それが「はやぶさ」に届くまでの「魔の16分間」は、ひたすら祈るしか手のない時間でした。
「はやぶさ」は予想を少し超えたスピードで降下していきました。「ミネルバ」を放出するはずの時間は3時24分です。できれば降下中に放出したかったのですが、3時20分ごろに最も表面に近づいたときにそれは不可能と分かりました。あとはできるだけ表面に近い状態で上昇速度の小さいときに離したいと思っていました。
「はやぶさ」が上昇に転じました。そして確かに放出したことを告げる電波が、3時40分に地上に届きました。その16分前、つまり3時24分に、「ミネルバ」は「はやぶさ」から旅立ったことが確認されたのです。一瞬管制室はどよめきました。「はやぶさ」搭載の障害物検出センサーによっても、「ミネルバ」が探査機から分離されたことが確認されました。
しかし、放出した時刻(3時24分)での「はやぶさ」の高度は、その後の調査で約200m、十数m/秒(松浦注:cm/秒の間違い)で上昇中だったと推定されました。「微妙だねえ」──その場にいたみんなの感想です。重力の小さいイトカワの脱出速度は15〜20 cm/秒です。放出時点での「はやぶさ」の上昇速度が十数cm/秒、水平方向への放出速度は5 cm/秒です。合成すると、まさに「微妙」でした。
スピードからすれば、「はやぶさ」周回の長楕円軌道に乗っている可能性が非常に大きいと思います。「ミネルバ」のような探査機の場合、太陽の輻射圧で押される影響が割合に大きく、もし軌道に乗っていれば段々と高度を下げて、最終的にはイトカワ表面に降りるでしょうが、そのときには「はやぶさ」は旅立ってしまっているという展開になるかも知れません。「ミネルバ」の寿命は1日半です。
放出後、「はやぶさ」と「ミネルバ」の通信は18時間にわたって確保され、「ミネルバ」は回転しながら離れていく過程で、「はやぶさ」本体の太陽電池をカラー撮影することに成功しました。
逆に「はやぶさ」の広角航法カメラは、放出後212秒の時点の「ミネルバ」を撮影しています。内部の温度や電源電圧、ロボットの姿勢を示すフォトダイオードの出力などのデータを「はやぶさ」に報告ししてきており、搭載機器も正常であることが確認されています。「ミネルバ」のデータは、「ミネルバ」の中継器にいったん入って、そこから「はやぶさ」のデータレコーダーに入り、然る後に地球へ送信されます。その回線が生きていることも、今後の惑星探査から見て大きな成果だと考えています。「ミネルバ」による表面探査は、全体から見れば、アメリカが提供するはずだったミニローバーが、予算がないため撤退した後を受けて登場した「おまけのピンチヒッター」だったとはいえ、多くの人の苦労がしみこんだ芸術的な作品でした。今は、工学的に一定の成果をあげたことを喜ぶべきなのでしょう。着地を第一に考えれば何とかなったでしょうが、今回のオペレーションとしては、「はやぶさ」本体の危機を守るために「ミネルバ」はその小さな体を張ったという点もあるのでしょうね。
ともかく、この再リハーサルを得て、サンプル採取への確実性は大いに増しているので、再リハーサルで認識された課題を必死で乗り切る構えでいる「はやぶさ」チームのみなさんの健闘に期待をすることにします。
これまでもJAXA/ISASは、はやぶさ自体を「工学試験機」と位置付けているが、ミネルヴァは工学試験機の、そのまたピギーバック・ミッションとして、米航空宇宙局(NASA)のマイクロ・ローバーがアメリカ側の都合でキャンセルになった後、急遽企画されたものだった。
2003年5月打ち上げ前に、設定されたミッション成功率の採点表に、ミネルヴァは記載されていない(ミッション達成度)。「採点対象外」なのだ。
これをどう考えるか。
「JAXA/ISASは、色々な予防線を張って逃げている」と考えるか。「失敗は失敗だろう。卑怯だ」と考えるか。「できないのなら最初からやるな」と考えるか。
私は、ミネルヴァについて「次があるなら、これはまずまずではないか」と感じている。そう、次があるなら。
日本というくくりで考えるなら、はやぶさは今、日本人が到達した最も遠いフロンティアにある。江戸期の間宮林蔵、最上徳内、松浦武四郎、そして明治以降の一連の大谷探検隊や民俗学者の鳥居龍蔵、さらには戦後の植村直己といった人々の正当なる後継として、はやぶさは今、小惑星イトカワにあると位置付けることができる。
行けるかどうかも分からぬところへ行き、できるかどうかも分からぬ探査を行い、帰ってこれるかどうかも分からないのにサンプルを採取して帰還しようとしている——そのことに私は単純に、わくわくしている。前にも書いたが、そこはテラ・インコグニタ(未踏の大地)なのだ。
だいたいにおいて探検隊というのは途中で揉めるものだし、目的のすべてを達成することもない。リスクとを取るとはそういう結果を甘受するということだ。コロンブスは西インド諸島への航海で、水夫の不満を鎮めるのに腐心したし、マゼランの艦隊ではマゼラン謀殺の計画すらあった。そしてフェルディナンド・マゼラン本人は、航海の途中、フィリピンで死んでいる。
取材の途中、的川教授から、こういう話を聞いた。
ブルース・マーレイという人物がいる。アメリカ惑星探査の大立て者で、いくつもの惑星探査に関わった人だ。はやぶさは、そのブルース・マーレイが、宇宙科学研究所の客員教授を務めている時に企画された。
彼ははやぶさ計画に対して反対だったのだそうだ。「こんな危険なミッションは実施するべきではない。失敗したら宇宙科学研究所が存在できなくなる」と言ったのだという。
その通り。資金が潤沢で打ち上げ機会も多いアメリカならば、いくつもの探査機に分割して実施するミッションを、はやぶさは直列につなげて実施している。イオンエンジン、微小重力でかつ不規則な形状で不規則な重力場を持つ小惑星への継続的な接近観測、小惑星表面へのアプローチ、タッチダウンを試料採取、さらにはピギーバックミッションとしてのローバー放出、そしてまたイオンエンジンを使っての地球近傍への帰還と、小型再突入体によるサンプル回収——。
あの500点満点の奇妙な採点表は、はやぶさ計画があえてリスクを取っている証しなのだ。
これを、「あぶないことをするんじゃない」と感じるだろうか。
だが、安全第一、組織保身第一でいたならば、今、はやぶさはイトカワにいなかったろう。
リスクを取った結果、今、はやぶさはイトカワに到着し、観測を継続している。すでに撮影した画像は1000枚を超え、分光データをはじめとした様々な科学観測データも蓄積されつつある。すべてが世界初のデータであり、未踏の大地が人類全体にもたらした知見である。単純な小惑星探査機として考えるなら、はやぶさはもう十分に成功している。
私としては、そのことを評価したい。
日本の宇宙科学に問題がないわけではない。いや、むしろ問題山積といってもいい。ただしその問題は、単なる成功・失敗よりも、より根深い部分に存在する(なかなかマスメディアの報道は、根の部分には届かない)。
一例だが、アメリカの宇宙探査では、オペレーション担当者は厳格に8時間勤務を守ることになっている。それ以上働くと、ミスを犯す確率が上昇するからだ。頑張って長時間勤務をするのは、探査機を危険にさらす愚かしい行為なのである。
一方、はやぶさに限らす、日本の探査では「自分が好きでやっているんだから」と、限界を超えた長時間勤務が常態化している。あまりに人材の層が薄いのだ。
その少ない人材がフル回転しなければ、はやぶさはイトカワには行き着けなかった。今現在、はやぶさが地球にもたらしつつある知見もなかった。
「『俺たちは今、日本の惑星探査の最盛期を見ている!』ということにならんようにせんとなあ」とは、私と一緒に取材をしている笹本祐一さんの言である。
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今回のミネルバは見方によれば
失敗なのかもしれませんが
民生用部品を採用しているにもかかわらず
ちゃんと宇宙空間で作動したという点は
成功と言ってもいいのではないでしょうか。
マスメディアの報道姿勢も残念です。
成功すると余り報道しないメディアも
失敗するとなぜかトップ項目で
探査機失敗などと書くのは・・・・ですね。
メインイベントはサンプル採集ですし
今の段階での十分成功と言っていいほど
成果を出してるわけですから、それぞれの
細かいミッション一つがちょっと上手くいかな
かったとしても果たして叩くのはいかがと
思ったりもしました。
ミネルバ撮影の太陽電池パネルの写真は
感動しましたが。もっと探査機全体を捉えた
写真などはなかったのでしょうか?
撮影されたのは一枚だけでしょうか。
Posted by: TANAKA VIsion | 2005.11.15 06:04 PM