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2006.01.08

「はやぶさリンク」:石橋を叩くな、渡れ!

 本ページで続いていた「はやぶさ」を巡る議論も、そろそろ出尽くしたようだ。
 私自身は、ここで議論して結論が出るとは思っていない。書き込みをしてくれた人たちが、ここで交わされた意見に基づいてもう一度考え、次の機会にまた意見を表明することが重要だと考えている。
 これまで、私自身の意見を開陳することは控えてきたが、そろそろきちんと書いておくべきだろう。

 議論の中心となったのは、1)「はやぶさ」は成功か失敗か、2)メディアはよりわかりやすく「成功/失敗」に特化して報道すべきか——ということだったように思う。まずは1)のほうを。2)については日を改めて書きます。

 昨年11月、何度も相模原の特設プレスセンターにかよいつつ、なによりも強く感じたのは、「きっとマリナー、パイオニア、ヴォイジャーといった探査機が目標に近づいた時のジェット推進研究所は、こんな雰囲気だったに違いない」ということだった。
 誰も見たことがない、未踏の地に近づくということが、その場の雰囲気すらも独特の色に染めてしまっていた。「なるほど、未知の世界に赴くというのはこういうことだったのか」と、私は思った。

 「はやぶさ」ミッションで、最も重要なことは、「日本が主体となって人跡未踏の地に初めて赴き、未だ誰も体験したことのない環境で誰も見たことがない世界を観察し、誰もやったことのないことをやろうとした」ことだ、と私は考える。

 これまでの日本の宇宙開発は、基本的に「できると分かったことをやる」という方向で進んできた。日本がロケット開発に手を染めたとき、すでに「ロケットというものが作れる」と分かっていた。日本が「おおすみ」を打ち上げた時、すでにいくつもの人工衛星が地球を回っていた。
 その後の旧NASDAミッションは、すべて「できると分かっていることを自分でやってみる」というものだった。
 旧ISASミッションも、ほとんどはそうだった。日本がX線天文衛星を打ち上げた時、すでにアメリカの「ウフル」が「宇宙に出てX線で観測すると、新しい世界が見える」ということを証明していた。オーロラ・磁気圏観測も、「エクスプローラー」によるヴァン・アレン帯発見以降、「宇宙からの観測で色々分かる」ということは判明していた。太陽観測では「ようこう」が大きな成果を挙げたけれども、その前にスカイラブの太陽望遠鏡が「宇宙から太陽を見るとすごいぞ」ということを示していた。
 過去四半世紀の旧ISASミッションは、素晴らしい結果を出したけれども、基本的に「できると分かっていることを、より先に進める」という性格のものだった。その過程における技術革新や新しい観測機器の開発、得られた科学的成果を小さく見積もる気は全くない。しかし本質の部分では「先例があり、先の見通しがある」ミッションだった。

 「はやぶさ」は違った。

  「イオンエンジンが宇宙空間で長時間運転できる」という保証はなかった。えんえんとイオンエンジンを噴射し続けて、なおかつきちんと探査機を誘導し、目的の小さな小惑星に探査機を到着させることができるかも、誰もやったことがない事柄だった。
 重力が小さな、差し渡し500mの小惑星の近傍に探査機をきちんと留め置くことができるかも分かっちゃいなかった。ましてや、接近し、着地し、サンプルを採取し、もう一度飛び上がれるかどうかは、誰も「できる」と確信を持って言うことはできなかった。例えトラブルがなくても、サンプルを持って帰れるかどうかは、はっきり「できます」と言えるようなことではなかった。

 これを無責任だと思うだろうか。「できるかどうか分からないことに国費を費やすというのは、納税者に対する背信だ」と感じるだろうか。

 そうじゃない。これこそが「未知の世界に挑む」ということなのだ。それは「運を天に任せる」というのとはまったく異なる。

 日本最初の南極越冬隊を組織した西堀栄三郎は「石橋を叩けば渡れない」という名言を残した。
 渡らねばならぬ石橋がある。大丈夫かどうか、叩いていると色々と疑念がわき上がってくる。「本当にできるのか、どうなのか」、自分の気持ちが自分を縛ってしまい、渡れる橋も渡れなくなってしまう。
 だからまず「渡る!」と決める——そう西堀は考えた。そして「石橋を渡る」ために考え得る限りの準備をする。しかし、人間は全知全能ではないので、必ず抜ける部分がある。抜けがないなんてことはあり得ない。それは、現地に赴いてからの工夫で切り抜ける。
 この考えに基づいて、西堀は越冬隊を準備し、成功に導いた。

 はやぶさのミッションを子細に観察していくと、まさに西堀が示した方法に乗っ取っていることが分かる。できるかどうか分からない。だから徹底的に準備する。それでも不測の事態は起きる。それはその場その場の判断で乗り切っていく——というように。

 「未知に挑むような危ないことを、日本はしなくていい。できると分かったことだけを着実に進めるべきだ」という考えもあるだろう。しかし私はその意見に与しない。
 「恐るべき旅路」の後書きにも書いた事なのだけれど、未知に挑む事業は、社会に活気を与える。その活気は巡り巡って、日本を、さらには世界を刺激し、根源の部分から人類社会を富ませることになる。
 例えば、パイオニアやヴォイジャーが、どれほどの刺激を人類社会に与えたかを考えてみよう。
 糸川英夫博士がペンシルロケットを飛ばしてから50年、パイオニアやヴォイジャーに遅れること30年、我々のJAXA/ISASは、やっとその場所にたどり着いたのだ。誰も行ったことがない、誰も見たことがない場所へ。

 同時に、「はやぶさ」が始まりでしかないということも、我々は認識しておく必要があるだろう。
 akiakiさん、というよりも秋田大学の秋山演亮さんが、2005年12月29日の日記に記している川口淳一郎教授の言葉は、とても重要だと思う。

今回のミッションの成功・不成功という議論はさておき、自分としてはようやく「世に問う」事が出来る形にまで持ってくることが出来たと思っている

 私には、常に端的で鋭い言葉を吐く川口プロマネが、「君の話は長すぎてケーキの蝋燭が燃え尽きちゃうよ」と言われるほどの長いスピーチをしたというのも驚異なのだけれど(一体どんなことをどんな調子で話したんでしょうか←秋山さん)。
 現状を川口プロマネは「世に問うところまで持ってきた」と認識している。


 確かに川口プロマネ以下計画に参加した人々は、「はやぶさ」で大冒険(あえてこの言葉を使おう)をやってのけた。冒険はまだ続いている。

 でも、まだまだ始まりなのだ。

 今、この瞬間もNASAが土星に送り込んだ探査機「カッシーニ」は、土星系の驚異の姿を地球に送り続けている。

Cassini-Huygens

 「はやぶさ」の先には、もっと途轍もない、驚異の世界が待っている。「はやぶさ」は必死のオペレーションであれだけのことをやりとげた。でも同時にその大冒険は、次の冒険への序奏なのである。否、これからの努力で序奏にしなくてはいけない。

 「クレージーキャッツの大冒険」を知っている人は、歌詞を思い出して欲しい。あ〜あ〜、大冒険、大冒険。でも、まだ我々は「はやぶさ」で、宇宙に対して「ちょっと百円貸してくれ」と頼んだだけなのである。

 もちろん「カッシーニ」は「はやぶさ」の何十倍ものお金をかけた巨大計画だ。比べたら「はやぶさ」がかわいそうだろう。でも、「はやぶさ」の先に、もっとすごい世界があるということを知るのは、決して悪いことではない。

 それが「百円借りる」程度であっても、我々は「はやぶさ」ミッションで、やっと未知の世界への入り口にたどり着いたのだ。胸を張って良いと思う。そしてこれから先も、胸を張って進んで欲しいと、私は思う。


 最後は、宮沢賢治「青森挽歌」のフレーズで締めくくろう。

ヘツケル博士!

わたくしがそのありがたい証明の

任にあたつてもよろしうございます

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Comments

 11月のはじめ、着陸ミッションの取材陣が集まりはじめた宇宙研の大会議室を使ったプレスセンターで、はるばる北海道からこのために上京してきた笹本は松浦さんに聞かれました。
「なんで取材に来たの?宇宙へのパスポートのため?」
 そりゃもちろんそれもあるし、打ち上げ前からミネルバの取材に出掛けたりはやぶさの現物にお目に掛かったりして、内之浦から打ち上げられるのを見送った身としては、いろいろ見届けたいことがあるじゃないですか。
 でも、一番の理由はこれ。
「だって、面白そうじゃないですか」
 実際、日本初の惑星探査は、じっさいに運用している教室ほどもない司令室にいられなくても、プレスセンターで広報や関係者の話を聞くだけでもそれはそれは面白いものでした。あの高揚感は広報もマスコミも一番伝えていない、伝えられない部分だと思います。
 11月26日の着陸本番、記者室で得られる情報はネットと同じ荒れたストリーミングの画像がプラズマディスプレイに流れているだけでした。でも、早朝から集った記者がみんなディスプレイの前で粗末なストリーミングに固唾を呑み、降りてきたデータを見た的川先生がカメラに向かって満面の笑みを浮かべてVサインを出したときは歓声まで上がったんです。
 ただ、着陸が確定していなかった段階で「あと2回くらいやるかあ」と川口教授が言ったら運用室に何とも気まずい沈黙が流れた、みたいな話も聞いていたんで、確実な話が運用室から流れてくるまでは「いや、あれはVサインではなくあと2回ということかも」なんて言う記者もいましたが。

 あのとき、相模原の宇宙研の大会議室は、間違いなく人類の最前線の宇宙探査を取材していたんです。


 しかし、西堀隊長だのクレージーだの宮沢賢治だの、どーしてこー例えがじじむさいんだか。

はやぶさの話を長い間有難うございました。
新聞やTVでは分からないこと、書いてないことがしっかり書かれていて楽しく読ませていただきました。まだ毎日稼ぎに追われていて落ち着いた時間がなかなか取れない毎日ですが、このようなブログを読ませていただけると心が静まり、元気が湧いてきます。大冒険はいくつになっても心弾むものですね。これからもどんどん詳しい事柄を書き続けてください。
なお、たとえ話は古臭い宮沢賢治などでも私は歓迎です。なにしろ孫3人の元科学少年であり、若い頃はグライダーに乗って夢見ていたという歴史があるのですから。 では今後もよろしく。  

>日本が「おおすみ」を打ち上げた時、すでにいくつもの人工衛星が地球を回っていた。

これはちょっといただけない。
L-4Sによる衛星打上げは,
・全段個体燃料ロケットを使用する
・重力ターン方式でロケットの姿勢を"制御"する
という点において,世界に類を見ない。特に後者は世界からは「そんなんで衛星が上げられるか」と言われていたという。そのような未知の領域であったればこそ,「おおすみ」の誕生は5号機まで待たねばならなかった…そのようなことは松浦氏は充分承知のはずである。(なお,この技術が発展性がある/あったか否かは,ここでは主題ではないと考えるので,評価しない。)

それに対して,

>「イオンエンジンが宇宙空間で長時間運転できる」という保証はなかった。

とあるが,電気推進技術は,運用形態や方式や連続運転時間は違えども,世界レベルでは現代宇宙開発史としては比較的古い技術であり,日本国内でも実証・実験はおこなわれている技術である。いわば,松浦氏の言うところの

>基本的に「できると分かっていることを、より先に進める」という性格のもの

と言って良いと考える。
全体の論調としてはうなずけるものの,この技術比較については違和感がある。

"冒険はまだ始まったばかりである"であってほしいものだ。

宇宙開発の発展が、今の景況となんら関係がない以上、そして影響を及ぼさない以上、そして国民に対して夢を持たせるような説得力が無い場合、宇宙開発は、松浦さんや他の方々の望むようなもにはならないでしょう。残念ですが。

はやさぶさは純粋に試行錯誤や苦労は感動でき共感できました。

ところで今日、「宇宙の防衛利用解禁へ、自民が夏にも政府に提言」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060106-00000101-yom-pol

こんなニュースがあり、まっさきに思い浮かぶのは、航空管制機能と気象衛星ひまわりの相乗りでした。防衛費4兆9030億円(2005年度。一般会計約80兆円に対して約6%)もの資金の一部でもまわってくれば、すごいことになるのかな、と素人考えだったりします。

アメリカ合衆国などは軍需関係での研究で航空宇宙の技術が一体だそうですし、負傷帰還兵の対策から医療・マンマシンイタフェースへの研究投資も大きいと聞きます。惑星探査での自動化や信頼性向上にもつながっていると感じます。

この日本の方針転換がJAXAにとって、良いことなのか、困ったことなのか正直よく判りませんでした。

>一介のはやぶさファン
>宇宙開発の発展が、今の景況となんら関係がない

宇宙開発にもGNP乗数効果があります。
3-4程度でそんなに高くないのですが、公共事業の中では良の範囲です。更に大事なのは、中卒でも従事できる、田舎の道路舗装、乗数効果1台の無駄公共事業でなく、大学院卒が主力の高度製造業に資本(政府資金)を回すことが、高度産業社会の日本の高賃金構造を支えるために必要なのです。
もちろん、どうせ年収300万以下になるのさ、と割り切るなら、産業の高度化は必要有りません。

今年の元日の毎日新聞を読んだら、ノーベル賞を貰った田中さんが、HAYABUSAの事を賞賛してました。同じエンジニアとしてjaxaの皆さんのご苦労が理解できたのでしょう

そういえば、学生時代の先生(大企業の技術職から転身してきた)が、卒論発表のときに
「君たちは今日研究でやってきたことを世に問うたのだ。云々」と言っていたのを思い出しました。
(正確には、卒業後に後輩の発表会でそう言っていたと聞いただけなのですが)
なるほど、その先生もオーラ出まくってたなーと。

ちょっと脱線しましたが、「世に問うた」ということは、こちら側にボールを投げられたとも言えると思います。
今後、日本を宇宙大国にしていくか、そうでない方に向かわせるか、われわれ国民にその選択を突きつけられていることを改めて実感させられた言葉です。
(その選択から逃げてきたことの結果が、今までの中途半端な状態でしょうし)

「冒険」の意味合いですよね。今はまだ、予算とか打ち上げ能力とかの制約が厳しいせいで「冒険的」になっている面がある気がします。本来は大型船で何百人もスタッフを乗せて業務として調査に行きたいところ、一人乗りヨットに繊細な機器をぎゅうぎゅうに詰め込んだ結果、冒険になってしまうというか・・。

どういう道をたどるかは別にして、個人的には一日も早くもっと大きな船に乗って、それこそ誰もたどりつけないその先を探査してくるような、本当の冒険に乗り出して欲しいなと思います。現況が、そういう道につながっていることを期待します。

本題と関係ないんですけど、
ここに晒したメールアドレスに、
やたらと spam が届くようになりました。
最初のは 1/10 からです。
他の人はそういうことないですかね?

特に必要無ければ、メールアドレスを出すのはやめて頂けるといいんですけど。

>特に必要無ければ、メールアドレスを出すのはやめて頂けるといいんですけど

 ココログの設定を一応当たってみましたが、メールアドレス表示をやめるという設定が見つかりませんでした。

 帰ったらもう少し調べてみます。

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