カブのように、セブンのように
引き続き、大隅高山の高山やぶさめ館に滞在中。
ちょっと時間があるので、書こう書こうと思っていたことを。
雑誌「サイエンスウェブ」3月号に、日本独自の有人宇宙構想についての記事が掲載された。
中核となるのは、開発凍結になった無人ミニシャトル「HOPE」とほぼ同型の5人乗りミニシャトルだ。ミニシャトルは翼を持つ本体と拡張モジュールからなり、拡張モジュールは打ち上げごとに使い捨てとなる。ミニシャトルと拡張モジュールの合計は25t。
ミニシャトルは、HOPEとほぼ同型。これはHOPE検討の過程で行った空力解析の結果を有効に利用するためと説明されている。
打ち上げに使うのは、LE-7A後継エンジンを2基使うコアの第1段に、同型の4本の液体ブースターを装着した2段式ロケットだ。
第1段のエンジンは、明記されていないものの、2003年10月の秋にJAXAが設立された際、公表された「基幹ロケット」構想で検討されたものだろう。推力、比推力はLE-7Aとほぼ同じで、二段燃焼サイクルをやめて、より構造が簡素なエキスパンダーサイクルを採用している。
JAXAとしては、「今後10年は独自の有人宇宙構想を持たない」とした内閣府・総合科学技術会議の縛りが解ける2015年以降に、こういう有人宇宙輸送システムを開発したい、というアドバルーンを上げたといえるだろう。
「ははあ、松浦がまた有翼シャトルを批判しようとしているな」と思うだろうか。もちろん正解なのだが、実はこの構想、翼を別にしても全く成立していない。
このミニシャトル、打ち上げ前から軌道までの全領域での緊急脱出が不可能である。
もう知っている人は多いだろうけれども、スペースシャトルは打ち上げ初期の固体ロケットブースターが燃焼している間は、脱出の手段がない。1986年のチャレンジャー事故は、まさにその時間帯に発生した。
対して、ソ連/ロシアの「ソユーズ」宇宙船は、打ち上げのどの時間帯でも緊急脱出手段が存在する。緊急脱出用ロケットモーターが、人が乗るカプセル部分のみをロケットから分離できるのだ。射点上でロケットが火災を起こして、カプセルが緊急分離し、宇宙飛行士が生還できたこともあっった。
有人宇宙輸送システムとしては、打ち上げのどの段階でトラブルが起きても「とりあえず死なない。ケガは負っても生還できる」というシステムは必須だろう。
「ソユーズ」宇宙船は、「何があってもとりあえず死なない」という思想が徹底している。例えば大気圏突入時に、カプセルが適切な姿勢を取り損なった場合は、カプセルをぐりぐり軸回りに回転させて姿勢を安定させ、大陸間弾道ミサイルの弾頭のようにまっすぐ大気圏に突入するモードに入る。搭乗した宇宙飛行士は強烈な回転と加速度に晒され、目が回ったり肋骨を折ったりするかもしれないが、とりあえず大気圏再突入で燃え尽きたり空中分解したりすることはなく、生きたまま帰還できる。
そういう、有人宇宙船を成立させる上で必要な合理性が、このJAXAのミニシャトルからは見て取ることができない。この形式のミニシャトルに5人が乗るとすれば、打ち上げ時の全領域で緊急脱出可能にするには、射出座席を装備するしかないだろう。しかしたかだか25tのミニシャトルに5人分の射出座席を装備できるとは思えない。
もっと言ってしまえば、25tで5人を打ち上げる有人宇宙機、というのが無駄の塊であろう。25tといえば、ソ連の最初の宇宙ステーション「サリュート1」よりも重いのだ。たかだか低軌道との往復のためには、もっと軽量な往復手段を考えるべきである。少なくとも1人/1tぐらいでいいのではないか。1人あたりの宇宙機重量を削れば、それは打ち上げコスト削減に繋がる。
打ち上げるロケットも、決してこれで低コストな有人輸送システムになるとは思えない。この打ち上げコンフィギュレーションでは、LE-7A後継エンジンが10基必要になる。エンジン1基をどこまでコストダウンするつもりなのだろうか。現在エンジンLE-7Aエンジン1基を装着するH-IIAが100億円ほどだ。固体ロケットブースターが不要になる分などを色々勘案しても、エンジン1基を2〜3億円程度に抑えないと、現状と同じ価格にはならない。それとも「打ち上げ能力が向上するから高くてもいい」ということなのだろうか。
まして、この構想では、再利用するのは翼を持つミニシャトル部分だけである。ロケットは使い捨て、有人セグメントの拡張モジュールも使い捨て。それで、ミニシャトル部分が再利用できるとして、いったいいかほどのコストダウンになるのだろう。
一つの考え方として、「将来のSSTO構想に向けた練習だ」ということは言えるかも知れない。だが、現状では単段で宇宙に行き、そのまま帰還するSSTOは技術的に妥当な解が存在しない。研究は続いているが、まだ成立するかどうかは分からないわけだ。研究は続けるべきだが、それを遠未来の目標として高々と掲げてしまっていいのだろうか。
この構想から思い出すのは、1989年頃の、ぶくぶくと機体重量が増えていった時期の欧州版ミニシャトル「ヘルメス」だ。ヘルメスは最初15tで4人乗り、ペイロードベイとリモートアームを持つ、全くの「小さなスペースシャトル」として検討がスタートした。ところが1986年のチャレンジャー事故の結果、安全対策がクローズアップされて、重量がどんどん増え始めた。1989年には遂に、ミニシャトル全体を再利用することを諦め、軌道上で使い捨てにする「リソースモジュール」「推進モジュール」を装備した三段重ねとなった。それでも22tを超えた機体重量の増加はどうしようもなく、ついにはヘルメスを打ち上げるためだけに、打ち上げ能力を向上したロケット「アリアン5マーク2」の検討を行うという本末転倒が起きてしまった。こんなものがうまくいくはずもなく、計画は1990年代初頭に中止になった。
ここまで、私は翼を持つデメリットについて一言も触れていない。
それでも、これだけ突っ込みができるほど、この構想は形になっていない。翼を持つデメリットを言い出せば、正直なところ、この構想は突っ込みどころ満載だと思う。
JAXAの宇宙輸送システム系は、優秀な人たちが集まっている。それが、このような構想を出してしまった理由はどこにあるのだろう。彼らも分かっているはずだと思うのだけれども。
ひとつ、この構想が「HOPEの空力データを有効利用する」ということで始まっているところに、理由があるかもしれない。過去の資産を生かそうという圧力がどこかでかかったというのはあり得ることだ。
もっとも、私が知る限り、HOPEの空力設計は、打ち上げから着陸までの全領域で成立することは遂になかった。特に、打ち上げ時の横風安定性(ロケットの頭に大きな翼を持ったミニシャトルが乗っている。矢羽根が先頭についている矢と同じで、横風で簡単に姿勢が崩れてしまう)と、大気圏再突入から着陸までの全領域で機体の安定性を確保することは困難を極めたという。
私としてはHOPEは貴重な経験として頭の奥にしまい、とりあえずはゼロに戻ってまっさらな頭で、本当に有効で役立つ有人宇宙輸送システムはどんなものか、考え直すほうが良いと思う。
もう一つ、この構想はどう考えても、高価になり長期の開発期間が必要となる。それは実際に宇宙に行ってみたい向きには困ったことだが、そういう開発を歓迎する感性も存在する。
「官需に食いついて、長期間収益を上げたい」という産業にとっては、このミニシャトル構想は歓迎すべきものとなる。
それは国民の税金と「宇宙に行きたい」という国民の願いを食い物にするということだ。だが、公共事業というものがそういう性格を持つことを、皆、道路公団その他でよく知っているだろう。
「産業を支えるために官需が必要」というのは、宇宙産業ではよく行われる議論だけれど、税金を払っている側からすれば「国民にとってろくに役に立たないもので会社の売り上げを立てようというのは、ふざけるんじゃない」だろう。
「ふじ」構想を検討している時、仲間内では「カブを作ろう」ということを意識していた。ホンダのスーパーカブだ。そば屋さんが出前に使っている、あの小さなバイクである。スーパーカブは、世界で一番早いわけではないし、すごい技術を使っているわけでもない。でも、世界で一番役に立っているバイクであることは間違いない。
もう一つ、意識したのはロータスのスポーツカー「スーパーセブン」だった。セブンは、「安いスポーツカー」というコンセプトで作られた。その構造は簡素そのもので、フェラーリやポルシェに比べれば全然豪華じゃない。むしろ思いっきり安っぽい。サスペンションなんて「バカじゃないの」って思うぐらい簡単だし、エンジンパワーだって全然小さい。でも「心楽しく走る」というスポーツカーの役目に対しては、フェラーリよりもポルシェよりも応えている。
すごい技術を無理に開発する必要なんて全然ないのだ。同じ目的が達成されるなら、簡単で簡素、安っぽい技術で達成するほうが、システムとしては優れている。安くて安全で定時運行できれば、すごい必要は全くない。
すごい技術の開発は、すごい技術がどうしても必要不可欠となるときまで、とっておけばいいのである。
しかし、ヘルメスの失敗について若い技術者やマスコミは知らないのだろうか。このあたりは、「宇宙の傑作機 アリアン5」にかなり書き込んだのだけれども。
再販して、せめてマスコミに配布するぐらいのことはしたほうがいいのかなあ。版元の高橋さん、どうしましょうね。