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2006.04.08

ゴジラのテーマのルーツを探る

 ネットを見ていると、意外に知らない人が多いようだったので。

 伊福部昭の手による「ゴジラ」のテーマ。これがモーリス・ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト調」の第3楽章に出てくるモチーフと酷似しているというのは、割とよく知られているようだ。しかし、同じモチーフが伊福部の先行作品に出てくることは知られていないらしい。

 1948年(昭和23年)、伊福部は最初のヴァイオリン協奏曲を発表した。敗戦後の1946年に北海道から上京してきて最初の大作である。当初3楽章の構成だったが、その後彼は、緩やかな第2楽章を削除、数回の改訂を経て「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」という全2楽章の曲として完成させた。
 この曲の第1楽章のほぼ中間あたりに、あの「ゴジラ」のモチーフが出てくる。まさに映画の冒頭で鳴るテーマ通りだ。ただし楽章を貫く主題というわけではなくて、中間部で音が自由に展開する中で一瞬出現するという印象である。

 若き日の伊福部はラヴェルに傾倒していたので、「ピアノ協奏曲ト調」をよく知っていたのは間違いないだろう。ラヴェルはこの曲と、もう一曲「左手のための協奏曲」の2曲のピアノ協奏曲を作曲している。「ト調」が洒脱なら、「左手」は雄大であり、対照的な曲である。
 「ト調」の第3楽章で、ピアノが高音域で一瞬「ゴジラか?!」と思わせるモチーフを演奏する(もちろん作曲時期はラヴェルのほうが先だ)。ただしモチーフは出だしが同じであるものの、フレーズ後半の受けがゴジラとは異なる。音域もゴジラとは対照的であることからして、伊福部が盗作したのではなく、ラヴェルの楽想が伊福部の心の深い部分に沈み込んで、全く異なる歌として響きはじめたのが、「ゴジラ」だ、と考えるのが妥当なのではないだろうか。

 伊福部は映画「銀嶺の果て」(1947年、黒澤明脚本、谷口千吉監督&脚本、三船敏郎のデビュー作)から映画音楽の仕事を始める。彼は過去の自作から旋律を持ってきて、映画のシーンに合うようにオーケストレーションを施すことが非常に多かった。また、同じ旋律を複数の映画に使うことも珍しくはなかった。

 このように考えてくると、まずラヴェルの「ピアノ協奏曲ト調」があって、それを自らの骨肉の中で変奏したものが「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」に一瞬顔を出し、さらにそのモチーフを映画に転用したのが、「ゴジラ」のテーマとなったのだろう。

 ちなみに、伊福部75歳の1988年、9人の弟子達が師匠の旋律を使った短いオーケストラ曲を作曲して師匠に謹呈した。「9人の門弟が贈る<伊福部昭のモチーフによる讃>」という曲集だ。この中でもやはりというべきかゴジラのモチーフを取り上げるものが最も多かった。
 私は演奏会の生でこの曲を聴いたが、黛敏郎の「Hommage a A.I.」が圧倒的に面白かった。ゴジラのモチーフを演奏しているはずが、いつの間にかラヴェルのピアノ協奏曲になってしまうあたりは、「おお、分かっているじゃないか」と膝を打ちたくなるようなしゃれっ気一杯の曲だった。

 さて、結論だ。「ゴジラが好きならば、ラヴェルも、協奏風狂詩曲も聴こう」。これである。


 オリジナルサントラで、ゴジラを聴きたければこれだ。ゴジラだけではなく「ラドン」「サンダ対ガイラ」「怪獣大戦争」など、特撮映画における伊福部節がいやというほど堪能できる。

 彼が「ゴジラ」の音楽を担当した時には、「そんなキワモノ映画の音楽をやるなんて」と忠告した人もあったというが、結果として特撮映画の音楽は、格好の伊福部音楽への入門編ということになった。

 「サンダ対ガイラ」などで「本物以上に本物らしい東宝自衛隊」などと言われたのも、伊福部のマーチがあったればこそだろう。毎年8月に陸上自衛隊が富士の演習場で実施する総合火力演習では、いつも「ここで伊福部マーチが流れればなあ」という声が聞かれるのである。


 「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」はいくつか録音があるが、入手しやすく演奏も良いのはこのCDだろう。ゴジラのモチーフは第1楽章の7分25秒ぐらいのところで出現する。楽曲の構成という点では、最初に「ドレミ、ドレミ、ドレミドレミ」という上行する音形で、リズムが準備され、何回か繰り返された後に、「ドシラ、ドシラ」と、ゴジラのモチーフがほぼ完全な形でまず低弦で、次いで金管主体で出現する。全体の中では経過句として軽く扱われているが、その印象は鮮烈だ。あまりに鮮烈なモチーフなので、伊福部自身もゴジラに転用する気になったのではないだろうか。

 このCDにはもう一曲、伊福部27歳(ラヴェルが名作「弦楽四重奏曲」を作曲した年齢だ)の大作「ピアノと管絃楽のための協奏交響曲」も収録されている。若き伊福部が、機械主義的な音響を追求した素晴らしく面白い曲だ。

 この曲は、1942年の初演後、楽譜が空襲で焼失したと思われていた。その後、伊福部はこの曲の旋律を、「タプカーラ交響曲」「ピアノと管絃楽のためのリトミカ・オスティナータ」に使用した。
 ところが、 1990年代に入ってNHK資料室からパート譜が発見された。伊福部自身は「あれはなくなったもの」と復活を渋ったそうだが、周囲が説得して、1997年に復活演奏された。

 まさに「蘇る名曲」なのである。聴くべし。


 ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト調」は、枚挙のいとまがないくらいのCDが出ている。私はアルゲリッチのハジけた演奏が好きなのだけれど、どうせなら「左手」とのカップリングで、ということで、ツィマーマンとブーレーズのコンビによる録音を推薦する。伊福部のどこか未熟でごつごつとしている(それがいいのだけれど)「ピアノと管絃楽のための協奏交響曲」に対して、なんと洗練され構成しつくされた音楽であることか。「これほど完成された曲を書く奴は人間じゃない」と思わせる曲である。




 「伊福部昭のモチーフによる讃」は、以前CDが出ていたのだけれど、現在は廃盤になっている模様。まあ、そのうちにまた出てくるでしょう。

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Comments

リトミカ・オスティナータについての記事をエントリーし、TBさせていただきました。
ゴジラの音楽がこの曲の中にも入っているのには驚かされます。春の祭典が出てきたり(明らかに影響を受けているように思います)と、彼の音楽は中々に奥が深いですね。ご指摘のヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲に出て来るゴジラのテーマはニヤリとさせられますが、この曲ではドキリとさせられてしまいます。

Schweizer_Musikさん、はじめまして。


 リトミカ・オスティナータは私も大好きです。実は、最初に意識して聴いた伊福部音楽が、リトミカ・オスティナータでした。

 度肝を抜かれましたね。こんな音楽があるのかと。この後ラウダ・コンチェルタータの初演をラジオで聴いて、これまたびっくりだったわけです。

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» 伊福部昭のリトミカ・オスティナータ考 -01. はじめに [鎌倉スイス日記]
この素晴らしい作品は、1941年に書かれたピアノと管弦楽のための協奏風交響曲のスケッチを元に書かれた。協奏風交響曲は戦災に遭って焼失したと考えられていたこともあり、伊福部氏はその楽想を元に新たな作品を作ろうと考えたのだった。(後に偶然、この協奏風交響曲のパート譜が発見され、スコアが復元されたことは、周知のことであろう。 1961年に書かれたこの作品は、更に1971年に改訂を加えられており、今回この作品について考える際に利用した全音から出版されている二台のピアノのための楽譜は改訂版となっている。例え... [Read More]

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