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2006.06.01

「宇宙の果てまで」を読む


 望遠鏡は大好きだ。望遠鏡で宇宙を観測すること、というよりも、望遠鏡という機械自体が大好きだ。機械は、人間の身体機能を拡張する役割を担っているが、特に望遠鏡は視覚という、人間にとってもっとも重要な知覚を拡張してくれる。しかも「遠くを見る」という方向で。それだけでわくわくする。
 顕微鏡も視覚の拡張なのだけれど、少なくとも私の場合、わくわく感では望遠鏡に一歩譲る。
 しかも、望遠鏡は大きければ大きいほど解像力が上がり、かすかな光を捉えることができるようになる。

 「視覚を拡張する。遠くを見る。大きいほどよい」。おお、なんという快感。

 しかし望遠鏡を作るには大変な手間がかかる。巨大望遠鏡となると、関係者の人生をいくつも飲み込むほどの労力をかけなければ作ることはできない。巨大望遠鏡建設は常にドラマでもある。

 だから私は、望遠鏡を作る話もまた、大好きだ。

 小平桂一著「宇宙の果てまで」がハヤカワ文庫で復刊した。国立天文台がハワイ島・マウナケア山頂に建設した直径8mの「すばる」望遠鏡建設を、著者の人生行路と重ねて記録した本。
 一言、傑作だ。何も言わず読むことをおすすめする。一人の天文学者がどのようにキャリアを重ねるかという人生読本でもあるし、同時に空ばかりを見ていた天文学者が、社会に向けて語り霞が関と折衝し政治家を説得し、ありとあらゆる俗事と関わりつつ、最後に空を見るための巨大望遠鏡を作り上げる物語でもある。最初の欲望は、「遠い宇宙を見たい」という学問上のものだったかも知れないが、実現には法律の壁を乗り越える必要があり、無理解と無関心をはねのける必要があり、なによりも資金が必要となる。なにしろ現地ハワイに赴任する者のための、勤務手当まで準備しなければならないのだ。

 著者は何度となく「この望遠鏡が何の役に立つのか」と自問自答する。答えは、読んで確認してほしい。「宇宙の果てを見たい」という素朴で根源的な欲望が、形をとるためにはどれだけの論理を必要とするかが分かる。
 やっと建設が始まっても、やってきた不況で予算の先送りされ、建設中の事故もあり、建設途中で逝く者もあり、著者は途中で体を壊し、何度となく上った梯子を外されるような事態が発生し——やっと望遠鏡が完成しても、それは観測に向けたスタートラインにたどり着いたに過ぎない。ラスト近く、「すばる」の試験で素晴らしい星像が得られるのを見た90歳の老天文学者が「もう観測は諦めていましたが、やっぱり観測をしたくなりました!」と語るシーンは感動的だ。

 以下は関連図書を紹介する。


 こちらは「すばる」のような国家級の巨大プロジェクトではなく、自分の研究の必要性からハワイに2m望遠鏡を建設した東京大学教授の記録。いやもう、この「マグナム」望遠鏡も、建設に当たってしゃれにならないほどの苦難を重ねている。その苦難のすべてが、技術的なものではなく、制度的なものだというあたりが腹立たしい。特に予算獲得に当たってのお役所の壁は——著者が決して泣き言を書かないだけに——その理不尽さ加減が目立つ。

 ちなみにイギリスには、人口比で日本の10倍の天文学者がいるそうだ。かつて広大な植民地を持ち、強大な経済力を誇ったイギリスが、なぜそれほど多数の天文学者を抱えているのか——天文学を不要不急の学問と思っている人は、考えてみてみよう。

 歴史を振り返れば、天文学は正確な時刻を知り、地球上で自分がどこにいるかを知り、さらには原子物理学の進展に必要な知見を得てきた。実は天文学は、様々な意味で実利も生み出している学問なのだ。



 以前も紹介したが、パロマー山の5m望遠鏡建設の記録。本書の主人公は巨大望遠鏡そのものだ。提唱者の天文学者ジョージ・エラリー・ヘールをはじめ、様々な人々の人生を飲み込んで、望遠鏡が作られていく過程は、めっぽう面白い。「すばる」関係者は、望遠鏡建設にあたって本書を読んで参考にしたという。



 巨大望遠鏡を語るにあたっての基礎文献。出版年次が1995年と少し古いので、最近のトピックは載っていないが、ハーシェルの望遠鏡以来、人類がどのようにして技術的困難に立ち向かって、巨大な望遠鏡を作ってきたかが分かる。旧ソ連における望遠鏡技術についても言及しており、私には、ソ連がパロマーの5mに対抗して作ったゼレンチュクスカヤの6m望遠鏡の記述が興味深かった。

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Comments

何事にしてもビックプロジェクトは1世代では終わらないと思いました。医療の世界で言えば、大規模治験も企画する教授と解析する教授は世代が替わる。企画するためには出世しないといけない。
娘の話が端々に出てくるんですが、そういう意味でも、そう言った女性キャスターが居たなぁという時代感が、一仕事を終えるのに掛かった、時間の流れを感じさせます。

#でも、今日の話題はイオンエンジン組成かと思っていた。

 「桂子アネットの父です」と、役所で自己紹介するシーンがあるんですよね。小平先生なら逆でしょう、と思うんですが、テレビの威力ですね。
 娘の知名度だって利用できるなら利用してやるという意志を感じるところです。

 イオンエンジンは毎日のスクープみたいですね。大手メディア向けにサイエンス6月2日号にでるはやぶさ特集の説明があったようで、そこでのぶら下がり取材かなにかで引き出したのでしょうか。

 推力を確認したということは、スターセンサー以下健全だったということだと思います。
 この後はしばらく推進剤節約のために、出発までの間、探査機の不要部分を止めて休眠状態に入れるはずです。

はやぶさタンネタではなかったのですね。w

早川のすばる本、買いました。前の版は図書館で借りて読んだので...
久しぶりに読み返すとかなり面白いですね。

基礎分野への投資が文部科学省で拡大している状況も、継続/中断・破棄の選択が厳しくなっている状況で、JAXAへの継続投資も選択が進みそうなので、ちょっと不安です。

先進国のネクタイではなく、きちんと産業育成や先端技術保持という観点での松浦さんの本を期待しているのですが、どうでしょうか?

今のままだと、宇宙開発・研究への投資が先細りになりそうですし、是非お願いしたい内容と思っています。

私にとっては(旧姓)小平アネット桂子は小平桂一の娘ですが、
(でも知ったときにはちょっと驚いた)
モータースポーツ好きの私の妻にとっては小平桂一がアネットの父です。

初めまして。以前からいつもブログを拝見させて頂いています。天文関係の話題が出たので思わずコメントを寄せたくなりました。
私は「宇宙の果てまで」という本を読んでハワイ島ヒロに行く事を決意した人間です。モチロン天文学を勉強する為にです。しかしあの本のストーリーの続きを自分自身で確認したくなった!という好奇心もあったのかもしれません。 大学に通いながらすばる研究所内で学生アルバイトとして仕事に従事し、すばる望遠鏡の状況、望遠鏡をとりまく人々の素顔に触れる事で、自分にとってすばる望遠鏡は単なる機械仕掛けの装置ではなくなりました。この世界最高の視力を持った生き物はまさしく世界を代表する一人の天文学者なのです。このすばるよの出会いと同時に、ハワイ島ヒロという田舎街とのめぐり会いも私の人生を大きく変えました。
現在は米本土で航空宇宙工学を学んで卒業し、ヒロに舞い戻って人生最後の夏休みを過ごしているところです。
17歳の私が出会ったこの「宇宙の果てまで」という本は、後10年間の私の人生を大きく変えた一冊の物語でした。是非いつかすばる望遠鏡を、ハワイ島ヒロを訪れてみて下さい。本の最初で、途方にくれた3人の天文学者が、南国のこの田舎町でピザを食べながら将来に思いを馳せている姿が目に浮かぶかもしれません。

「“銀河の研究”をやりたいが、望遠鏡も作らなきゃならない」ってところに、科学者の仕事の難しさを見ました。実験室にこもりっぱなしじゃ500億円を動かすのは無理ですよね。
自分では(年齢的に)十分活用できないであろう施設を、後進のために残すという考え方に、高貴さを感じます。将来、惑星間以上の長距離に人間が出向く時には、そういった考えが欠かせないでしょうから。

 山下さん、はじめまして。

 一冊の本から自分の人生を切り開いていったのですね。素晴らしいことだと思います。

 すばるは一度行ってみたいと思っています。できれば一晩を山頂で明かして星空を眺めてみたいものですが、難しいのでしょうね。山頂まで上がらなくとも、マウナケア周辺は素晴らしい星空だと聞いていますが。

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