「時をかける少女」を観る
いったいいつ、まともな記事を書いたっけ、と思うぐらい潜航していた。仕事が三つ重なって忙しかったのです。
2つは告知しました。残る一つは、笹本祐一さんの「宇宙へのパスポート3」への解説執筆でした。8月発売ですが、7月29日のロフトプラスワンのイベントでは少部数ですが先行販売になるそうです。
もう次の仕事が迫ってきているのだけれど、体の細胞のひとつひとつに紙ヤスリをかけられたようなだるさで、どうにも力が出ない。その中、気分転換に映画館へと出かけて「時をかける少女」を観てきた。
素晴らしい!
原田知世主演・大林宣彦監督の1983年版映画も良かったが、それに勝るとも劣らぬ傑作だ。残念ながら上映館が少ないので、興味を持った人は万難を排して観に行くことをお薦めする。たとえ一日がかりになっても、それだけの価値がある作品だ。
製作会社:角川書店
制作会社:マッドハウス
監督:細田守
原作:筒井康隆(角川文庫刊)
脚本:奥寺佐渡子
キャラクターデザイン:貞本義行
美術監督:山本二三
音楽:吉田潔
配給:角川ヘラルド映画
キャラクターデザインとあるように、これは実写ではなくアニメーションである。また、ストーリーも、筒井康隆原作そのままではない。筒井原作のヒロインである芳山和子の姪が、新たなヒロインとなる(そう、30代半ばを過ぎた芳山和子が狂言回しとして登場する)。現代の高校生を主人公とした、完全にオリジナルなストーリーで、いくつかの道具立てだけが共通している。
細田守監督はアニメの世界では緻密な演出で知られた人だそうだが、私は初見。劇場用長編は「ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島」(2005年)に次ぐ2作目。オリジナルとしては初監督作品になる。
青春映画の条件が、「今」を描きつつ、ほんの少し現実にはあり得ないあこがれを忍び込ませることだとするなら、この「時をかける少女」は、まさに青春映画のスタンダードだと言える。
ヒロインの紺野真琴は、ちょっとしたことから時間を跳躍しする能力を身につけるが、その特殊能力の使い方はまさに等身大。大笑いさせてくれる。大笑いのうちに、時を超える能力は周囲に影響を与え、やがてのっぴきならない事態を引き起こすこととなる。その時、真琴はなにを考えてどう決断したのか——クライマックスで顔をグシャグシャにして大声で泣く真琴は、とても魅力的だ。
とにかくすべてが緻密でよく練られているにもかかわらず、苦労の痕跡を一切見せない仕上げとなっている。脚本は、タイムトラベルものの傑作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」並みに精緻であり、演出、背景、キャラクターの設定や声優の演技に至るまで、すべてがきちんと当たり前のように磨き上げられている。
しかし、その「当たり前」こそ、ここ数十年の邦画の大部分に欠けていたものではなかったろうか。
館内が明るくなってからも座ったまま、「いやあ、いいものを観たなあ」という気分にしばらくひたることができた。
この作品、Yahoo!ムービーの「時をかける少女」紹介でも、高評価をうけている。
実は今、同じYahoo!ムービーでぶっちぎりの酷評を受けている作品がある。スタジオジブリの「ゲド戦記」だ。
細田監督とスタジオジブリの間には因縁がある。当初、「ハウルの動く城」は細田監督作品で予定されていたのが、途中降板で宮崎駿監督の作品となったのだ。
両者とも沈黙を守っているので詳しい経緯は知りようもない(後からの注:細田監督は幾分かを語っていた。コメント欄参照のこと)。しかし、1)ジブリが望んで細田監督を招聘したこと、2)両者の沈黙(これは相当な軋轢を示唆する)、3)そして「時をかける少女」の素晴らしい出来映え——の3つを考え合わせると、ジブリは宮崎監督の後を引き継げる才能として細田監督を望んだものの、活動のための十分な場の提供ができなかったらしいということが見えてくる。
その結果が、「ゲド戦記」における「二世」宮崎吾朗監督の登用につながったらしいということも。
私は「ゲド戦記」は未見なので評価を差し控えたい。Yahoo!ムービーにおける酷評は、「スターウォーズ」を望んでやってきた観客にタルコフスキー版「惑星ソラリス」を提供してしまった結果、という可能性もあると思う。
しかし、これだけは言える。「ゲド戦記」には、過去の宮崎駿監督作品の成功に引き寄せられるかのように様々な資本が出資しており、大かがりな宣伝を行っている。明後日29日からの公開では、上映する映画館の数も非常に多い。
対して、「時をかける少女」は、ほとんど限定公開としか言いようのない状態で上映されている。
宣伝に惹かれて「ゲド戦記」を観るであろうお客さんの半分にでも四分の一にでも、「時をかける少女」を観て貰いたいな、と私は思うのだ。
才能は常に辺縁から雑草のように現れるものだから。かつて宮崎駿監督もそうだったように。