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2007.01.18

「はやぶさ2」その6:安いことは悪いこと??

 「はやぶさ2」は、「はやぶさ」のリメイクで、安く早く作れることを特徴としている。安い計画なら、予算を取りやすい、と普通の感性なら思うだろう。

 ところが宇宙関係はそうではない。

 なぜかといえば、JAXAの内外で「日本の宇宙産業を食わせる」という意識が肥大化しているからだ。

 日本の宇宙産業は、衛星通信や放送など宇宙利用を除けば、その規模は国家予算とほぼ等しい。国しか顧客がいないわけだ。産業のいうものはすべからく維持していくには一定以上の規模が必要だ。つまり、日本で宇宙産業を維持したいならば、国家がなるべく沢山のお金を出し続けなくてはいけない。

 国がお金を出すには名目がいる。「通信実験衛星を作ります」とか「地球観測技術衛星を作ります」とか「国際宇宙ステーション計画に参加します」とか。
 そして、産業維持のためにお金を沢山出すための、もっとも簡単な手段は、個々の計画を大きくすることだ。沢山の計画を立てるという方法も考えられるが、そのためには文部科学省や財務省や、あるいは政治家やらを説得してその計画が必要であることを認めて貰わなくてはならない。現行の制度では、それはとても大変な労力を必要とする。それよりも、大きな計画をどんと認めさせたほうが大きな金額を簡単に宇宙産業に流すことができる。

 税金を払っている国民の側からすると、真に必要な計画を最適コストで行って、もしも余剰が出たら新規計画に使って貰いたいところだ。
 しかし、実際にはそうはなっていない。

 関係者がどんな意識でいるか。昨年、私がもっともがっくり来た事例を書こう。以下「某」が増えるが我慢してほしい。

 昨年、私が某会合に呼ばれた時のことだ。会合前の雑談で、ふと後ろでひどく怒った声が聞こえた。思わず聞き耳を立ててしまったのは、怒りのトーンが非常に強かったからである。
 声の主は某宇宙機関でかつて枢要な地位を占め、その後某宇宙メーカーに天下った人だった。彼は「小型衛星?とんでもない」と繰り返していた。
 話題は、JAXAが検討中の「防災衛星」についてだった。2004年の新潟県中越地震のような大規模災害が起きた時に、宇宙からいち早く現状を調べる衛星システムである。現在JAXAがどのような衛星コンフィギュレーションが良いかを検討している。

 当時、防災衛星には基本的に2つの方向性が提出されていた。一つは、従来の地球観測衛星をより高精度化したもの。もう一つは、安価小型の災害地観測に特化した衛星を多数打ち上げて監視頻度を上げるというものだった。

 話の主はそのうちの小型衛星について怒っていたのだった。「それでは、規模が1000億円に満たない。そんな計画では産業が保たない」と彼は怒っていた。

 彼には大変申し訳ない、盗み聞きと言われるかも知れないことだったが、本来これはあんな会合の前に大声で話すべきことでもないので、おあいこというところだろう。

 かつて宇宙機関の経営にタッチしていた彼が、小型衛星群という案を断罪した理由が、「計画規模が1000億円に満たない」というものだったところに注目して欲しい。「小型衛星よりも大型衛星のほうが役に立つから」ではないのだ。「大型のほうが予算規模が大きくなって、産業にお金が回るから正義」なのである。


 私は彼が有能な人だと思っていただけに、この話を聞いてしまったショックは大きかった。「あなたですら、そんな発想でいるのですか」と。


 その後、昨年末になって、防災衛星は光学とレーダー各2機の4機の衛星で構成されるという報道があった。IGSと同じコンフィギュレーションだから、1機250億を下るとは思えない。「小型衛星なんて」と怒っていた彼の思惑通りになったわけである。

 これは典型例であって、現在のJAXAは、「産業を食わすために大きな計画を回す」という態度が身に染みついてしまっている。大きな計画が役立つかどうかよりも、大きいということが優先されてしまっているのだ。そして産業側の一部も、「大きな計画が欲しい」といって色々運動していたりする。

 こんな状況では、「はやぶさ2」は安い、というのはむしろ計画を通すのにはデメリットとなる。必要なのは大きくて重くて開発に長期間がかかって、宇宙産業に長期間に渡って大きな金額を落とすことが出来る計画だということになってしまうからだ。

 国民からすればとんでもないふざけた税金の浪費だ。ところが、関係者は大まじめに、それは浪費ではなく日本にとって必要な産業の維持であり、正義であると信じている。
 本当に行うべきは「産業の育成」であり、「未来への成果を積み上げること」なのだが、実際には公共事業的に「産業を食わす」という発想が優先してしまっているというわけだ。

 いつまでもそんな意識でいると、それこそ日本の宇宙開発全体が国民にそっぽを向かれる可能性が高い(一部ではもうそっぽを向かれている?)が、なかなかこの辺り病根は深い。

 JAXAで、「日本の宇宙産業を食わす」という意識が肥大してしまった理由は、1989年の対米通商交渉「スーパー301」に負けて衛星市場を開放してしまったからだ。それまでNASDAは「産業を食わす」ではなく「産業を育てる」というごく当たり前の健全な発想を持っていた。
 この問題は長くなるので、別に機会を作って書くことにする。

 「はやぶさ2」に関しては、あと1回書くことにする。最終回は、JAXAの経営について。

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Comments

松浦様

上記に記載されたように、技術開発優先であった組織/団体が、雇用を生み技術者の技量を維持する間に、いつの間にか雇用や商売が第一優先になってしまうという状況は家電産業以外でも散見されます。

>本当に行うべきは「産業の育成」であり、「未来への成果を積み上げること」なのだが、実際には公共事業的に「産業を食わす」という発想が優先してしまっているというわけだ。

いくら産業の育成をしても大した市場にならないと上層部が達観してしまっていますね。
それなら業界を食わす仕組みを作る方が、業界から感謝されるし「オレのおかげだ!」と胸を張れる・・・。

何ともありふれた光景ですね。

失礼!

安いからやる、高いからやるという議論のなんとむなしいことか、無意味なことかがよくわかりますね。

お金を無視はできないが、それは目的ではないはずで、お金のことばかりいうのならば、極論すればそのお金で海外投資信託でもしたほうが国民の将来のためになるという議論になる。

そういえば、最近は恥ずかしげもなく、ナンタラマネーとかいう雑誌が出ています。「金の亡者」なんていう言い方は悪口ではなくなりつつある。

金を「防衛」と置き換えてもよい。かつて「それが防衛になんの役にたつのか」という質問に「防衛には役立たないが、防衛するに足る価値がある国を作るのには役立つ」という返答をした科学者がいたと聞きます。

文化行政に携わっているものだから、自分の現状とつい重ね合わせて読んでしまいました。

反論する訳では無いのですが、もしも現実問題としてこの問題を改め、低コスト化が進んでいった場合、産業は成り立っていくのでしょうか?

官需主導の宇宙開発しか発想できないと無理でしょう>hideさん

>沢山の計画を立てるという方法も考えられるが、そのためには文部科学省や財務省や、あるいは政治家やらを説得してその計画が必要であることを認めて貰わなくてはならない。

てのは大変でも、それをやって行くしかないんじゃなかろうかと思います。産業の維持と適切な費用を両立するためには。適正な費用であればニーズ自体はあると思いますし。

>低コスト化が進んでいった場合、産業は成り立っていくのでしょうか?
 低コスト化は回数につながるから、むしろ産業的にいい方向にいくんじゃないですかね?
 デブリの問題もでてきますが、それを解決する人工衛星の打ち上げなんてのも考えられますし。

コストダウンによって、MHIやIHI他既存の宇宙開発をやってきた準官企業が喰ってけようが潰れようが、そりゃ自分の選んだ議員たちが回してるお国の方針ですからね。

それにその結果として既存企業が撤退しても、その隙間を埋める企業が必ず現れて新しい産業層を作り出しますよ。みすみす宇宙産業が無くなってしまうのを見過ごすほど、おとなしい人たちばかりの日本じゃないですから。

始めまして
自分は宇宙技術に関しては素人なのでブログ記事に問題を抱えていると思って、ここを薦められて読んだのですが、いまいち理解できていません。
もしよかったら、ブログ内で誤解や間違いがあれば訂正していただきたく思います。
甚だ勝手ながらよろしくお願いします
あと、ルナA計画のペンレトレイターについての記事などありましたらご紹介いただきたく思っています。無学なのですいません
あと、こちらをごらんの方々でも自分のブログ内の宇宙記事の間違いがありましたら、指摘していただきたく思います。大変ぶしつけですが、お願いします(素人の暴走記事という領域かもしれないので詳しい方の指導をよろしくお願いします)
http://self0507.blog52.fc2.com/blog-entry-293.html
http://self0507.blog52.fc2.com/blog-entry-294.html

 通報者さん

 私は、プロとして公にしたものがどう誤読されようと仕方ない、それは自分の責任であると考えています。読者がどう読むのも勝手ですから、誤読されないような書き方を自分がしなくてはなりません。

 私から見るとリンク先は意味不明です。それは悲しいことですが、そういう読まれ方もありなのでしょう。

 冥王星さん

 よく資料を集めてきましたね。私思うに、日本の宇宙開発の問題は合理的戦略思考の欠如です。私はnikkeibp.netにずっと記事を書いていますので、よろしければ読んでみて下さい。

 最新記事ではLUNAR-Aのことを書きました。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/matsuura/space/070119_tyushi/

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